第37話 夢廻り〜ハジマリ〜
その日の夜。
僕は夕源さんが用意してくれた宿屋に泊まった。話によると仙船一の所らしく、その話の通り豪勢な内装に、全員がまた興奮する。
ここ最近は野宿だったのでまさに天国のようだ。
最大限のおもてなしを受けた僕達はなんだか一周回って申し訳なる。それほどのおもてなしだった。
夕食に並んだ料理は、見た事ないものばかりで、全てが美味しかった。トウフ?と言うものと辛いソースを合わせた「マーボードーフ」と言うものは特に美味しかった。
美味しい食事の後、僕達は劇について再度語り合ったり、明日の予定を立てていたが、その作業も眠気に遮られてしまう。
日中で騒ぎ疲れたせいか、僕達はすぐに寝てしまった。
○ ○ ○
次の朝。
今日は時に予定もないので各自自由行動になった。
観光にも行きたかったが、クミさんの師匠に会う事にした。
前々から会おうとしていたし、昨日結朝さんから本人が待っているとまで言われてしまっては、会わずにはいられないだろう。
僕からしたら…大師匠に当たる人だ。あまり話は聞かないが、クミさんが語らずともその厳しさはわかる…。
だって…。
「はぁ〜〜…。怒ってるかな〜……?最後に会ったのいつだっけ?怖いよ〜〜嫌だよ〜〜〜」
さっきからクミさんのぶつぶつ独り言が止まらないからだ。というか、もはや誰?こんな人だっけ?この人。
師匠が居る道場は繁華街から離れた場所にあるらしく、クミさんが直接案内してくれた……のだが、明らかに進むペースが遅い。まるで亀のように重い足を持ち上げ、一歩一歩進んでいる。
クミがここまで恐怖する師匠……。自然と僕の背筋も伸びる。
○ ○ ○
街から離れ、あたりの雰囲気は静かなものになっていた。
周りに建物は少なく、道の先の方に大きな館が姿を現した。
「こ、ここです……着いちゃった……」
「まだ言ってるんですか?」
ずっとこんな調子である。
立派な門の横には「水仙流剣術道場」と達筆な文字で書かれている。
覚悟を決め、僕は慎重に門を叩く。返事は無い。もう一度叩いてみるが、やはり何も返ってくることはなく、静寂の中に門を叩いた回数分だけ音が反響するだけだった。
「あれ?返事ありませんね?」
「き、きっと留守なのですよ!残念ですね!さ、帰りましょ!ノア!」
「いやいや!ここまで来て帰れませんよ!どんだけ嫌なんですか!」
クミさんが帰ろうとする手をとり、綱引きのように互いに反対の方向へ引っ張り合う。
次の瞬間。門が勢いよく開き、中から誰かが飛び出す。
「やっっっと帰ってきたかっ!クソ弟子ーーー!!!」
「かはっ!?」
「え?!」
門から飛び出てきたのは女性で、そのままクミさんの顔面向けて飛び蹴りを喰らわせる。
クミさんは、僕が引っ張っていた手を離したこともあり、数メートル宙を舞って地面に激しく激突する。
と言うか、弟子って言った?……って事はこの人は…!?
「まったく!帰ってくるのが遅いわ!」
クミさんの師匠。僕の大師匠は、思っていた人とは違った。
クミさんに剣術を教えたことからも、すでに年配の方なんだと思っていた。しかし、実際は大人のお姉さんのような見た目で肌も若々しい。
吹き飛ばされたクミさん。それを鬼の形相で睨む大師匠。その場の端で怯える僕。
な、なんだ…これ。
○ ○ ○
「始めしてだね!私は水仙流師範をやってる麗・飛将だ。よろしねノアくん!」
「は、はい…よろしくお願い…申し上げます…」
「やだなぁ〜緊張しなくても大丈夫だよ!可愛いな〜!」
いや、さっきクミさんの事蹴り飛ばしてましてよね?クミさん…さっきから何も話さずただ震えてるんですけど…。
頬に大きめの絆創膏を貼り、クミさんは何も話さない。ただ椅子に座り、俯いて震えるだけ。
地獄のような初対面になってしまった。
「そーれーでー?」
「ひっ!?」
プルプルと震えていたクミさんの体は、呼びかけに呼応するようにブルブルとより激しく震えだす。
「なんでこんなに会いにくるのが遅くなったんだい?ク〜ミ〜。言ったよな?魔王を片付けたら顔を見せに来いって。それなのに?戦争が終わっても連絡一つよこさない。何年も私をほったらかして?弟子を連れてきて師匠気取りかい?クミちゃん?」
「あばっばばびばば…」
もうクミさんは壊れてかけてる…。まぁ、それはクミさんが悪い。
しかし、それでも僕が否定しなければいけない部分がある。
「あの!」
「あぁん?!」
「……イエ、ナニモアリマセン」
無理でした。
「あ、間違えた……。どうしたんだい?ノアくん?」
飛将さんは改めて優しく反応する。だいぶ無理があるが、この際はどうでもいい。しっかりと言いたい事は言うべきだ。
「ク、クミさんは!僕にとってたった1人の師匠です!僕に生きる術を教えてくれて、1人だった僕に他人と共にいる楽しさを教えてくれました!な、なので!決して師匠気取りじゃないでふ!」
「……」
さ、最後は噛んだが、僕の伝えたい事は伝わった筈だ。
クミさんは僕の師匠だ。たとえ、クミさんを育てた人と言えど、そこを侮辱されて黙っている弟子はいない。
僕の気持ちが伝わったのか、飛将さんは落ち着きを取り戻し、冷静に話を始める。
「すまなかったね。確かに言いすぎた。クミ」
「は、はい!」
「ノアくんもすまなかった。今のは失言だ。…いい弟子を持ったじゃないか」
「…!はい!」
クミさんから少し笑みが溢れ、その場が和む。なんだかこっちも嬉しくなる。
「でも、許したわけじゃないから」
「………はい」
そりゃそうだ。こっちに関してはクミさんが悪いんだから。
もう一度、場が凍りついた。
○ ○ ○
クミさんは魔王を討伐した過程や、その後の生活を報告した。
エルアナ島のエデル村で生活していた事。
そこで勇者マリスの弟である僕に出会い、一緒に旅を始めた事。
仲間が加わり、楽しく過ごしている事。
その仲間が重傷を負い、治療に協力して欲しくて戻ってきた事。
ここまでの話を聞いた飛将さんは、特に何も口を挟まず頷くだけだった。
話が終わると少しの間黙り込み、顔を隠すように俯いた。あんな態度をとっていたが、自分の弟子が魔王を討伐し、幸せに暮らしている。その事実に安心したように見えた。
「そうだったのか…。楽しくやってるじゃないか」
「ええ…そうですね。今はノア達が居ますし楽しいですよ。あなたの気持ちが少し理解できたような気がします」
「ふんっ!あんたなんてまだまだだよ!」
2人は空いた時間を取り戻すように会話を続ける。話すクミさんも、聞く飛将さんも楽しそうだ。
話が大体終わり、僕達が帰ろうとすると、それを飛将さんが引き留める。
「待って待って。夕源さんからなんか聞いてないの?プレゼントがどーとかこーとか」
そう言えば、昨日帰り際にそんなことを言われた気がする。
「そろそろ来ると思うんだけど…」
「来る?人物なんですか?」
すると、僕達と同じように門を叩く音が鳴る。
「お、ちょうど来たみたいだね。2人とも玄関へ行ってみな」
僕達は言われるがまま玄関へと向かう。
外に出ると、そこに居たのは僕もクミさんも予想していなかった人物だった。
「え………なんでここに…」
「やあ!久しぶりだねクミ」
玄関に立っていた人物は、僕も知る人物だった。いや、この仙船だけでなく、全世界の人が知っている人物。
「なんで居るんですか!?総一郎!!」
吾妻総一郎。クミさんとボーガスさん、兄が所属していたメシア騎士団のサポート魔法使い。
そんな人がなんでここに?単純な疑問が更に脳の思考を鈍らせる。
「実は、前から仙船に来て欲しいって言われててね。さっき到着したんだけど、夕源様にクミとボーカス。それと新しい仲間が来てるって言うから慌てて飛将さんに連絡を取ったんだ。そして今に至るってわけさ」
「はぁ……?もう…なんか色々ありすぎて気分が悪くなってきますよ」
「え!?僕が来たのが原因!?酷いよ〜」
着物のような服装でメガネをかけた姿は、僕が知っているメシア騎士団の吾妻総一郎の姿そのままだった。
僕がじっと顔を見て固まっていたからか、吾妻さんは視線を僕に移す。
「君がマリスの弟か…。聞いていた通り優しそうな子だ。よろしく頼むよ」
「は、はい!よろしくお願いします!」
握手を交わそうと手を伸ばした瞬間。
ピピピー!!
吾妻さんが腕に嵌めていた腕輪のような魔法道具が鳴り響いた。
「ん?どうかしました?」
「ああ、これは夕源様から貰ってた魔法道具でね。何か用があったらこれで知らせるって言ってたんだ………けど……」
自身の腕を見て顔が青ざめる吾妻さん。その様子から僕達はただならぬ事態にあるのだと理解する。
「悪いけど……思い出話にふけってる暇は無さそうだ。クミ、ノアくん。それと飛将さん。武器を持って僕に着いてきてくれますか?」
○ ○ ○
僕達は急いで来た道を戻り、街へと向かう。
気がつけば、体は汗でびっしょりと湿り、息は荒く心臓の鼓動が跳ねる。それが走っているからか、心配から来るものなのかはわからなかった。
丘を登り、街の全体が見えたときには…。
そこは、炎に包まれた地獄絵図と化していた。
ドス黒い黒煙が立ち上り、街はほぼ炎に飲み込まれ、昨日見た繁華街や宿屋は見る影も無かった。
「な、なんだ……これは!?吾妻くん!どうなってる!」
飛将さんが街の変わり果てた光景を目の当たりににし、吾妻さんへ説明を求める。
「僕にもわかりません!でも、病院が突然爆発して、その炎の中から魔物が一体現れたとか……」
魔物?なぜ急に?
爆発…?病院が……………。
…………アスは?
香薬は?アニーナは?ジンは?ボーガスさんは?
気がつけば、僕は燃え盛る街中へと走り出していた。
「ノア!!!」
クミさんの呼び止める声も聞こえないふりをして、一心不乱に走り抜ける。多少の火は自分の水魔法で消化し、病院があった場所へと走る。
「!?おーい!ノアか!?ノアなのか!?」
「っ!!ボーガスさん!!無事だったんですね!み、皆んなは!?アスに、香薬、アニーナ、ジンは?!皆んなはどこですか!?」
僕の呼びかけに、ボーガスさんは答えない。
ただただ俯く。
僕は嫌な予感がしてならなかった。
それでも自分の最低な想像だと信じ、ボーガスさんにみんなの居場所を聞き続ける。
しかし、それは無情にも現実になる。
ボーガスさんの背後。ボーガスさんの盾の力によって護られた小さなスペースに、黒い何かが横たわっている。
その黒い何かは……複数あり…………合計で3体ある。
僕は…………その黒い何かを直視できない。
けど、それが何なのか……わかってしまう。
「香薬……?アニーナ……?ジン……?」
焼き焦げた皮膚、髪、服。全てが黒く焼き焦げた訳ではなかった。微かに残った部分は………その焼死体が誰だったのかを明確にするには充分だった。
それだけじゃない。体格からも自然と理解してしまう。目の前に転がる焼死体が…皆んなだと。
「な…。なん………な。へ?あ…え?なな、なに…?あれ?みんな?……あれれ……?」
何が何だかわからない。
目の前の現実を、ただただただ拒む。
とっくに答えはわかっている。けど拒む。考えない。なにも。
僕は膝から崩れ落ちる。ボーガスさんが慌てて駆け寄り、逃げるよう訴えかける。
「良いか!アスが魔染病にかかって、そのまま魔物化した!!ここは危険だ!一旦逃げて対策を…」
ピシャッ。バタッ。
僕の顔に血がかかる。膝元には首より上が無くなったボーガスさんが寝ていた。
死体から視線を上げると、目の前には7メートル程の人型の魔物がこちらを見つめていた。
体も、魔力も、人の顔に近しいおぞましいの顔も。全てが魔物だった。
しかし、自然とそれが誰か。僕にはわかった。
「アス……?な
ん
で
こ
ん
な
・
・
」
ゴトッ
視界が突然地面へと近づく。
地面に倒れたのかと思った。けど、バラバラに吹き飛ばされていく僕の体が見える。
あ
僕も
死んだんだ。
○ ○ ○ ○ ○ ○
○ ○ ○
○
肩を揺さぶられて僕は目を覚ます。




