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魔王と勇者が死んだ後、俺が世界の主になる  作者: 我妻 ベルリ
第三章 仙船 大千郷の英雄編
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第36話 夢廻り〜キザシ〜

 肩を揺さぶられて僕は目を覚ます。


 「ノア、着きましたよ」

 「クミさん…あれ?僕なんかすっごい長い夢を見ていた気が…」

 

 体は疲れていないし、さっき寝落ちした記憶もある。

 でも、気分的には長い眠りから覚めたときのような違和感がある。

 気のせいだろうか。


 「さあ、降りましょう。ノアが来たがっていた仙船ですよ」


 ○ ○ ○


 そこは、港のようになっていて大小様々な空舟(くうしゅう)が停泊している。

 まず目に入ってきたのは、現地の人だ。話を聞いていた通り、耳と尻尾の生えた獣人 狐族(こぞく)に、海蘭(かいらん)さんのように角の生えた龍族(りゅうぞく)。一見僕達と同じに見える仙人。多くの種族がまざり、賑やかに過ごしている。


 「す…ごいな…」

 「ぷはっ!ジン!君なんて顔をしてるんだ」


 ジンの驚いて口が開きっぱなしになった顔を見て、アニーナは吹き出す。僕達もそれに釣られて笑う。

 目新しい世界に浮かれていると、海蘭さんがコホンと一回咳払いをし、僕達を案内する。


 「この仙船の船長と話す準備が出来ました。ご案内いたします」


 ………

 ……

 …


 街の中を歩いて、舵取(かじと)(とう)と言う場所を目指す。そこにこの巨大な船の操縦室と船長が居るらしい。


 そこに行く道中。繁華街を抜ける為、大通りを通ると、そこには目新しいものが上下左右びっしりと広がっていた。

 街並みは豪華で、これ程高い建物は見た事がない。歩くだけで店から呼び込む声が、四方八方から聞こえてくる。活気に溢れた街中に、ここが船の上である事を忘れてしまう。

 大通りを抜けると、目の前に塔…と言うか、城のような建物が姿を現す。


 「こちらが舵取り塔でございます。中で船長がお待ちです。どうぞこちらへ」


 重そうな扉がゆっくりと開かれ、中へと歩みを進める。

 広い空間に本や資料、(おびただ)しい数の地図があちこちで広げられている。

 広い空間のその奥。個室になっている場所に案内される。

 中には、仙船の全体模型が机の上に浮いている。これも魔法だうか。

 そしてその大きな机の奥に、花柄の羽織を纏っている中年男性が座っていた。右目に眼帯をしており、無精髭を生やした男だ。


 「やぁ、クミさん、ボーガスさんお久しぶりです。他の方々は初めましてだね。この仙船の船長兼この船を護る天護軍(てんごぐん)の総大将をしている(えい)夕源(ゆうげん)だ。よろしく頼むよ」


 仙人をまとめる人物と言うから、少し緊張していたけど、そこまで怖い人ではないらしい。逆に気さくで親しみやすそうだ。

 挨拶を済ませると、海蘭さんが夕源さんの机の上を覗く。そして、ため息を吐き捨ててから表情が凍りつく。


 「夕源様…。あれ程仕事は終わらせておいてと言いましたよね?何一つ終わってないじゃないですか!元々、私は私の仕事で忙しいのに、秘書としてスカウトしてきたのは夕源様ですよね!?しっかり仕事はこなして貰いますよ!」

 「か、海蘭ちゃ〜ん。そんな厳しいこと言わずにさ〜。そ、それに今は客人の前だし…」

 「関係ありません!これが終わったらしれっとサボるおつもりでしょ!?」


 前言撤回。気さくよりも怠惰な人っぽい。


 ○ ○ ○

 

 僕達は今回仙船に来た理由を話す。アスは重傷を負い、意識が戻らないこと。アスを治す為に協力を必要としていること。

 話を聞いた夕源さんは少し考えた後、海蘭さんに質問を投げかけた。


 「海蘭。結朝(ゆいちょう)の所に空きはあったか?」

 「今確認します……ありますね。特別患者として連絡しておきましょう」

 「え?良いんですか?」


 特別患者…と言う単語に思わず声あげてしまう。

 確かにアスは重傷だが、そんなすんなり…。


 「当然だよ。一度仙船を助けてもらった身としては、まだし足りないくらいさ。彼の事は任せて欲しい。必ず僕の妹の結朝が治すよ。早速病院へと搬送しよう」


 夕源さんはそばに居た従者に指示を出し、搬送の準備を始める。


 「では、改めて君たちを歓迎するよ。仙船を楽しんでくれ。あ、それとクミさんとボーガスさん。君達に僕からささやかなプレゼントがある。期待していてくれ」


 ささやかなプレゼント?なんだろう。

 とりあえず、僕達は夕源さんに最大の感謝を表し、その場を後にした。


 ○ ○ ○


 僕達は、夕源さんが手配してくれた馬車で病院へと向かっていた。

 街中に豪邸のような建物が見える。

 看板には「栄総合病院」と書かれている。

 そこの病院長であり、夕源さんの妹である結朝さんは、(えい)一族に代々伝わる回復魔法の使い手で、トップクラスの腕前だとか。

 中に入り、アスの運ばれた病室へ向かうと、ベットの横で何やら慌ただしくしている女の子を見つける。

 僕よりも小さい。迷子だろうか?

 優しく声をかけてみる。


 「お嬢ちゃんどこから来たの?迷子?」

 「あ!ノア坊その方は…」

 「ん?なんです」


 ボーガスさんの呼び止めに反応し、振り返ろうとした瞬間。僕の頬に小さな拳が入る。


 「ぶへっ!?」


 その力は思ったよりも強く、僕は反対の壁まで飛ばされる。視界がぐるぐると回り、何が起きたのかわからない。


 「誰がお嬢ちゃんよ!あたちは立派なレディよ!」

 「あははは…言い忘れておったわい。ノア坊よ、この方が夕源様の妹君(いもうとぎみ)である(えい)結朝(ゆいちょう)様じゃ」

 「は、早く言ってくださいよ……」

 「安心しなさい。あたちの力で傷は治してあるから」


 ……。

 …だとしても痛いです。


 ○ ○ ○

 

 「うん。この子の容体は重傷だけど、命に別状はない。私が責任もって直すから安心しなさい!」

 「あ、ありがとうございます!」


 ここまで来るのに随分と時間が掛かってしまった。アスが本当に治るかどうか。正直不安だった。

 実際に治ると言われ、ずっと感じていた不安が晴れ、僕は深く息を吐く。

 ようやく…アスを起こすことができる…!


 「結朝様。私からも感謝を」

 「いいのよ!クミちゃん達には恩があるからね!ここはあたちに任せて、皆んなは観光でもしたら?あ!クミちゃんはお師匠に会ってきなさい!あの子首を長〜〜くして待ってるわよ!」

 「え………。お師匠ですか…………嫌だ」


 珍しくクミさんが弱気に…。ど、どんな人なんだろう…。

 とにかく、僕達はアスを結朝さんに任せることにした。


 僕達は病院を後にし、街を練り歩く事にした。

 さっきからずっと気になっていたので、僕達のテンションも自然と上がる。

 出店から聞こえる名前には当然聞き馴染みは無く、良い匂いが鼻をくすぐる。かと思えば、反対側には見たこともない杖や剣の数々。その隣には大量の書物。さらにその隣には仙人達が着ているものと同じ服が並ぶ。

 どこに目を移しても、どれもが新しい。

 僕は興奮し、皆んなよりも早足になる。


 「ノアくん!あんまり遠くに行かないで!」

 「香薬(かやく)!はやくはやく!」


 柄にもなくはしゃぎ、後ろにいる皆んなに振り返った瞬間。

 ドンッ。

 体に軽い衝撃が走り、僕は尻餅をつく。顔を見上げると、背の高い好青年が同じく驚いたような表情で、僕の事を見下ろしている。人にぶつかってしまったらしい。


 「すみません!前見てなくて…」

 「いやいや!俺は大丈夫だから!君の方こそ大丈夫かい?」


 綺麗な藤色の長髪。声を聞くまで女性だと思っていた程だ。すらっとした背丈に整った顔。その上優しい対応。

 種族が変わってもイケメンはイケメンなのだな。


 「すみません!私のノアが!お怪我ありませんか?」


 ん?私の…?


 「本当に大丈夫ですから。俺もぼーっと考え事をしてましてね。俺の方こそお詫びさせてください。見かけたところ、皆さん旅人の方でしょうか?見慣れない格好なので」

 「え、ええ」

 「なら、すぐそこで行われる劇を見ていってくださいよ!仙船が誇る劇団が定期的にやってて、ちょうどこれから始まるんですよ!」


 イケメンが指差す方向には、街中の開けた場所に舞台が用意されており、その前には溢れんばかりの人が押し寄せていた。


 「良いんですか?なら…折角ですし見ていきませんか?」

 「そうだね。ノアくんの隣に座れば……それもうデート…!」

 「ん?何か言いました?」

 「なんにも?」


 そんなこんなで、僕達は仙船の劇を鑑賞する事になった。

 舞台の近くに行くと、更に人の密集具合(みっしゅうぐあい)は増し、僕の背丈では前の人の背中に隠れて劇が見えないほどだった。


 「ノア君!見えないでしょ?ほらっ!」

 「うわっ!?」


 香薬は僕の脇腹をぐっと掴み、体をヒョイっと持ち上げる。

 確かに劇は見えるようになったし、気にかけてくれるのは嬉しいんだけど…。なんか、男として何か大切なものが足りていない気がした。


 「あはは…あ、ありがとう…」

 「くっ…!ノア…それじゃまるで親子だな?くはは…!」

 

 ぐっ!ジンめ…少し背が大きいからって!

 悔しさと恥ずかしさでなんとも複雑な気持ちになった。


 そんなこんなしていると、舞台の縁幕が左右に割れ、それと同時に観客が沸き立つ。

 幕が開け、演者が出てくると静かに物語の説明を始める。

 

 「これから皆様には、古来より伝わる仙船誕生の物語『廻夢龍譚(かいむりゅうたん)』をお届けいたします。我らが受け継いだ渾身の劇!是非ともご覧に入れましょう」


 演者の一礼に合わせ、観客達の歓声と拍手が物語の期待感を跳ね上げる。

 そして、物語は静かに幕を開けた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

         『廻夢龍譚』


 昔。仙船が出来る前の大昔。

 森の奥深くに仙人の住まう里がありました。そこには3人の兄弟が居ました。

 名を、朝葉(ちょうよう)園夕(えんゆう)扇夜(せんよ)と言いました。


 その3人は、里をより良いものにしようと力を出し合いましました。


 朝葉は、怪我をした人々をその力で癒しました。

 園夕は、「天元楊騎(てんげんようき)」と言う逞しい護神(まもりがみ)をその身に宿し、人々を守りました。

 扇夜は、2人と違い特別な力はありませんでした。しかし、誰よりも人々に寄り添い、慕われていました。


 ある時。彼らの里に厄災が訪れました。

 この世に三種存在する龍が一体。名を「時帝龍(じていりゅう) 歳明(さいめい)」。

 龍は、彼らの里に呪いをかけました。時間を狂わせ、歪ませる呪い。

 人々はその時間に囚われ、永遠の時を感じる事になりました。


 その呪いを断つ為、扇夜は立ち上がりました。

 時間が歪み、歳明に殺されても時間が遡る事に気がついた扇夜は、数え切れぬ戦いを挑みました。


 そして、「幾度挑んだか」っと言う言葉の意味すら忘れた頃。

 ようやく、歳明の力をその身に封じ込めることが出来ました。

 力を失った歳明は封印され、扇夜の子孫は力を継承していきました。


 歳明の封印を守る為に仙人は集まり、里は大きくなり、千の郷が集う場所と言う意味の「大千郷」と言う巨大な船を作り出し、地上から脅威を取り除きました。


 三人兄弟は、大千郷をより栄えたものにする為、「(えい)」を名乗り今も尚、この船を守っていったとさ………。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 舞台が終わると、溢れんばかりの歓声と拍手が響き渡る。その歓喜は鳴り止まず、演者が深々と礼をして舞台から消えても尚続いていた。


 舞台からようやく人が散り始めた頃、僕達もその場を離れようとしていた。


 「いや〜、やはり仙船の劇は良いですね」

 「そうじゃのぉ〜。前見た時は堅苦しい場じゃったから内容に集中出来んかったが、今回のは見応えあったの〜」


 クミさんとボーガスさんは落ち着いた様子で感想を語り合っていた。

 それは、一度見た事があるからだろう。感動と言うよりかは、素晴らしさの再確認であろう。

 しかし、初めて見た僕達は違う。


 「あんなにす、凄いものなんですね!アスが起きたらもう1回…いや、2回は見ましょ!」

 「そうだね…。僕は他の劇も見たことあるけど、それとは比べ物にならないほど素晴らしかったよ」

 「うんうん!あんなに凄いだなんてね!あと、ノアくんが可愛いかった!」

 「それは劇見てたのか?まぁ、ありゃすごかったな!特に龍と戦う場面は思わず胸が熱くなったぜ!」


 僕、アニーナ、香薬、ジンは未だ興奮冷め止まない。

 物語の内容はもちろん、奥で楽器を奏でていた奏者の音色、演者の迫真の演技。その全てが素晴らしかった。

 その様子を見ていたイケメンは笑顔で僕達の興奮する姿を喜んでいた。


 「そんなに喜んでもらえるとはね。誘ってよかったよ!それじゃあ俺はこれで」

 「え?もういっちゃうんですか?」


 もっと話したいし、仙船のことを教えて欲しかった。

 しかし、彼は残念そうに眉をひそめる。


 「ごめん。俺にもやる事があるんだ」

 「そうですよノア。こちらの都合で引き止めるのも良くないでしょう」


 それもそうだ。

 僕は別れを惜しみながらも別れの挨拶を済ませた。

 彼も笑顔で別れを告げて振り返って歩いて行ってしまう。

 そう言えば名前を聞いてなかった…!

 急いで彼を呼び止める。


 「ねぇ!名前は!?」

 「そうだな………月旦(げったん)(もく)・月旦だよ」


 そう言い残し、彼は賑わいを見せる夕暮れの繁華街へと姿を消した。

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