第25話 高貴な剣
大聖堂に途方もなく重い空気が息を詰まらせる。
最悪の罪人と中央帝国騎士団最強の剣士は互いに睨み合う。
張り詰めた空気の中で先に動き出したのは「洗脳」だった。
懐から魔法の杖を取り出し、洗脳済みの騎士団員をステラデスさんに襲わせる。10人ほどの騎士が剣を振りかぶり飛び掛かる。対して、中央帝国最強の剣士は剣を抜かず、右手を振りかぶる。手刀だ。
「君たちはこれで十分だろう」
そう呟くように言うと、手刀を振り下ろした。騎士は全員吹き飛ばされ、その勢いは傍観していた僕達に強烈な風圧として襲いかかった。
「なっ!?帝国宝剣の実力を見誤りましたね…」
「さぁ「洗脳」大人しくするんだ。今から君の首をはねる」
そう言うと、ステラデスさんは腰に刺さった宝剣を引き抜く。鞘から姿を現した「真王剣」は銀色に光を放っていた。引き抜いた瞬間に更に空気が締め付けられる。この場にいる全員がたった1人の青年の実力に驚き、恐怖を覚えた。
「流石は帝国宝剣。その実力は本物って事ですか。怖いで〜すね」
「では、執行する」
ステラデスさんの姿が消えたかと思った瞬間、目で追うことすら許されない速度で「洗脳」の背後に立ち、「洗脳」の首を斬り飛ばした。
首が大聖堂へと転がり、紅い血が床に絨毯を敷いたように広がる。
先程の脅迫していた相手とは思えない最後。こんなあっさり討伐されるものなのか?
そう感じた瞬間、僕達の背後から声が聞こえた。
「いや〜恐ろしいですね〜。洗脳しておいて良かったですよ…」
「!?」
振り返ると、扉の無くなった入り口に立っているのは「洗脳」だった。首を斬られた死体を見ると、いつの間にか別人はとすり替わっていた。いや、これも洗脳だったんだ。別人を「洗脳」本人だと思い込まされた。最初から本物は姿を現していなかった。
「貴様…!」
「罪の無い一般市民を殺した感想はどうですか?今の心境をお聞かせ願いたいですね〜」
「ヴァロニス!グリクス!」
ナバロウさんが2人の名前を叫び、その声に応えて2人が剣を抜いて襲いかかる。しかし、2人の剣は「洗脳」の体に届くことはなかった。
突如現れた2人の黒いローブを着た剣士に阻まれる。顔までローブに覆われており、顔は確認することができない。
「ッ!?まさか…お前なのか……!?」
しかし、ヴァロニスさんには2人のうち片方の剣士に心当たりがあるようだった。
他の人たちも攻撃を仕掛けるが、2人の剣士を前に誰も傷すら与えることができなかった。
「目的は達成したので私はこれで失礼します。招かれざるお客さんも近づいていますし…皆さん1週間後にまたお会いしましょう…」
そう言い残すと僕達の視界が急に暗くなり、視界が戻った時には「洗脳」は姿を消していた。
その場には困惑と無音が残った。
「くっ…やはり一筋縄では行かないか…」
ステラデスさんは剣を鞘に収めると壇上に上がり、死体をどかして話し出した。
「私は帝国宝剣のステラデス・アンストース。最悪の罪人死刑執行の命を受けて来た!」
「貴方が帝国宝剣ですか。つまり、我らの討伐隊に加わっていただけると?」
壇上のステラデスさんにナバロウさんがそう質問する。しかし、その質問を答えのはまた別の人だった。
「いいや、君たちには鯨退治だけして貰おう」
扉から入って来たのは大量の中央帝国騎士と黒いローブ姿の老人だった。鋭い眼光はヴァロニスさんと似たような…いや、それ以上の威圧感を感じる。まるで隙がない。あの人も只者じゃない。
「な!?なぜこのような場所に貴方様が居るのでしょうか…」
当然、ナバロウさんが頭を下げて丁寧な口調に変わる。気がつけば、他の人も同じように頭を下げている。頭を上げているのは僕とヴァロニスさんとクミさんとボーガスさんだけだった。
「ノア、貴方も一応頭を下げたほうがいいですよ。あの方は中央帝国の最上位貴族のクレアデス・アンストース様です」
僕はそう言われた瞬間に頭を急いで下げる。クミさんとの授業で習った。この世界の中で一番偉い人達「最上位貴族」。全世界の頂点に立つ人間。その1人がヴァロニスさんの弟で、バンロの父親だなんて!
「ん?そこの2人はメシア騎士団のクミ・ヴィバールとボーガス・ダイヤスではないか。久しいの」
「はい。ご無沙汰しています。今日はどう言った用件で来られたのですか?貴方のような方が来るなんて、余程のことがない限り直接出向くなんてあり得ないと思いますが」
クミさんが丁寧にここに来た理由を問いかける。最上位貴族と対等に話せるなんて…クミさんってもしかして僕の思っている以上に凄い人?
「うむ…最悪の罪人の処刑の為だ。最近奴らに何やら怪しい動きがあると小耳に挟んでな。中央帝国直々に討伐対象に選んだのじゃ。今回は「洗脳」だけのようじゃが、1人でも殺しておきたい」
「左様でしたか…」
「ごほん…。最悪の罪人については我ら中央帝国騎士団に一任する。貴様ら討伐隊は「星座の夜鯨」の討伐を命ずる。これは決定事項だ。行くぞステラデス」
「はっ」
そう言い残したクレアデス様はヴァロニスさんをチラリと見た後、そのまま大聖堂を後にした。ヴァロニスさんも去っていくクレアデス様の背中を睨みつけていた。昨日の花を眺めていた優しい目とは真逆の目だった。
ステラデスさんはクレアデス様が居なくなったのを確認した後、こっそりヴァロニスさんに近付いた。
「叔父様お久しぶりでございます」
「…ああ。元気にしているか」
「はい」
「そうか……。クレアデスは相変わらずだな」
「ええ…そうですね。今回の事は私にお任せください。では、失礼します」
ぎこちない会話が終わり、大聖堂にはただただ混乱が残っていた。
○ ○ ○
大聖堂を後にして、僕達はカモミール邸に戻り今後の作戦を練り直す。元々立てていた計画は突如現れた「洗脳」とクレアデス様によって狂ってしまった。猶予は1週間。しかも、「星座の夜鯨」の討伐のみ。
「お父様!このままで良いのですか!?」
声を上げたのはエルアナさんだった。声を上げたくなるのはわかる。当然現れた中央帝国騎士団に相手を取られたのだから。覚悟を決めていたのにその相手を奪われるのは、怒って当然だ。
「じゃあどうするんだ?最上位貴族様に反抗するのか?」
「………」
「気持ちはわかるが、我々は鯨狩りに全力を注ぐ。それに「星座の夜鯨」は手強い。相手が一体に絞れたのなら、その一体に全力を注ぐまで」
「ですが!………いえ、わかりましたわ」
「ありがとう…」
エルアナさんとナバロウさんの話が落ち着き、議題は「星座の夜鯨」へと移ろうとしていた。
「1週間後、メルヴィル街道に向かい鯨を狩る。奴は姿を消す能力を持っていると言う」
「そんな相手とどうやって戦うんです?」
「そ、そうだぜ!見えないなら攻撃も防ぎようがないじゃねーか!」
ジンとアニーナがナバロウさんに質問を投げかける。僕も同じ意見だ。戦闘時に姿が見えないのなら戦えない。
その質問を当然のように予測していたクミさんとのボーガスさんが答える。
「ゴリ押しです」
「ゴリ押しじゃな」
「……え?」
「辺り一体に斬撃と魔法を撃ち込むんですよ。無造作に放てば当たります」
「わしが全方向に防御を展開するから安心せい!」
ダメだ。この2人。次元が違いすぎる。
「さ、流石に他の方法があるんですよね?」
「ああ。特殊な魔法道具がある。見えない相手を映し出す鏡だ。それを使って戦う」
香薬の質問に丁寧に返すヴァロニスさんだが、絶対この人も辺り一体を細切れにして戦うタイプだ。
「勝負は1週間後だ。それまで皆しておきたい事をしておいてくれ」
ナバロウさんの言葉で解散となった。僕は自室に帰る途中で窓から夜空を見上げた。半端な形をした月が優しく光を放っている。来週は満月だ。




