第24話 公開脅迫
ヴァロニスさんと夜更けまで話し込んだ後、僕は丑三つ時にようやくベットに入った。遅くまで話していた為、ベットに寝た瞬間に気絶するように眠りに入った。
僕はそのままお昼ごろまで寝てしまっていた。
○ ○ ○
その日の夜。
日も沈んだ頃、街の真ん中に位置する大聖堂に集まっていた。カモミール家と僕達。その他にも街中から集まった騎士や元騎士の人が約500人ほど集まっていた。
今日はこの大聖堂を使って決起集会を行うことになっていた。
集まった人たちの顔は様々だった。覚悟が完全に決まった顔。まだ決まりきらず揺らいでいる顔。この場にいる人にも愛すべき人が居るんだ。エルアナさんもヒルマさんとの関係を断ち切ってまで戦いに来ている。協力することになったとは言え、こんな僕が戦って良いのか。そんな気持ちを拭いきれずにいた。
「そんな辛気臭い顔してどうしたんです?ノアくん」
「あ、グリクスさん」
大聖堂では様々な人がクミさんとボーガスさんと話をしようと人だかりができていた。世界を救った元メシア騎士団がいる事に驚きと安堵したのだろう。その人だかりから少し離れた場所でぽつんとしていた僕に話しかけてくれたのは、エルアナさんの護衛をしているグリクスさんだった。
なんかこの人は護衛と言うより、付き人みたいだ。ピシッとした隙のない雰囲気のヴァロニスさんとは違い、どこか気の抜けてたような柔らかい雰囲気がする。
「こうして話すのは初めてだね。どうだい?緊張してる?」
「そうですね…緊張って言うよりはここにいて良いのかなって感じがします」
「?と言うと?」
「みんな覚悟を持ってここに来てる。エルアナさんも婚約を破棄までしたんですよね?他の人にも愛すべき人が居るのに、それを振り切ってまで戦おうとしています。そんな戦いに僕なんかが…」
戦って良いのでしょうか。
そう言おうとした瞬間に頬を人差し指の腹で押し付けられ、喋るのを強制的に止められる。
「むぅ?あにうるんえすか(何するんですか)」
「覚悟がんぎまった奴しか戦えないのか?君は何のために戦うんだ?」
その質問に、すぐに答えが出て来ない。咄嗟に喉まで出てきた「皆んなを守る為」と言う答えは、僕が口にする言葉でない。そう感じた。
「それは………」
「君は「協力して」と言われたから戦うんだろ?君がみんなと一緒の覚悟を持つ必要はない。これはボク達の戦いなんだ。心配しなくて良い」
「………ありがとうございます」
その言葉に何だか心が少し軽くなった気がした。
「…ボクはね…実は亜人なんだ」
「え?あ、亜人?」
確か…エデル村でクミさんとの修行の時に習った気がする。獣人と人間の間に生まれた人を亜人と呼ぶ。人の姿と獣の姿の二つの姿を持ち、体を獣に変えられるとか。
「それで昔いじめられたんだけど、ナバロウ様に救われたんだ。それからエルアナお嬢の護衛をしてる。恩返しがしたい。それだかの為に戦うんだ。戦う理由ってのはスケールは小さく、大層なものじゃない方が良いんだよ。だから君もほどほどの理由を見つけなよ」
「はい。そうしてみます!」
なんだかとっても心配をかけてしまったみたいだ。優しく接してくれた事が僕は嬉しかった。
「ちなみに、何の獣人の力が使えるんですか?」
「えぇっと……タカの力だよ」
「静粛に!」
その時、大きな声が大聖堂に響き渡った。声の方を見ると、壇上にナバロウさんが立っている。これから決起集会のスピーチが行われる。騒がしかった空気が一気に静寂に包み込まれる。
「諸君っ!今宵はよく集まってくれた!ここに居る皆の力を貸してほしい!「星座の夜鯨」と「洗脳」の討伐!この都市を皆で護ろうではないか!」
「うぉおおおお!!!」
一斉に歓声が上がる。あたりは一気に熱気と覇気に飲み込まれ、振り上げられた拳に力が籠り、うでには血管が浮き出ている。
僕達なんかいなくても何とかなってしまうんじゃないか。そう思えるほどだった。
「では、次は現在メルヴィル街道にいる「星座の夜鯨」についてをミズ・ウノンセくんから詳しく説明してもらおうと思う」
そう言うと、ナバロウさんと入れ違いで1人の男の人が壇上へと立ち上がる。
男は俯きながらじっと立ち尽くす。何も言わずに。
「どうしたんでしょうか」
「…さぁな」
グリクスさんの様子からも何か異常があったのかもしれない。そう思った時だった。
「君達は…………最悪の罪人様には勝てません。もう、お終いなの〜です」
突然の、そして意味不明な言葉に会場がざわめく。ナバロウさん達も周りの人も何が起きたのか理解出来ていない。
「そう………もう………皆んな皆んなお終い……ゴフッ!?オエェ………」
突然ミズさんは真っ赤な血を吐き出し壇上に倒れ込んだ。場が一気に恐怖へと塗り替えられていく。僕とグリクスさんは咄嗟に構えをとる。
敵襲だ。
場が騒然となりパニックに陥る中、突然大聖堂の全ての照明が消え、明かりを失った。ランプも蝋燭も全てが消える。
漆黒に飲まれたかと思いきや、壇上の明かりだけがパッと再び光を放つ。
照らされた壇上に立っていたのは罪人だった。
「あっ、あっ、あ〜。聴こますでしょうか?皆さん。驚かしてごめんなさい。そして、初めま〜して」
毛先が赤く染まった黒髪。人形のような白い肌。タキシード姿に、光を失い闇が蠢く目をした男性が声を拡大させる魔道具を使い、会場に語りかける。
まるで自分のスピーチかのようにペラペラと話す姿は優れた司会者のようであり、恐怖を感じさせなかった。
「最悪の罪人「洗脳」の罪。ドロ・ディレティロと申します。どうぞお見知り置き〜をっ!」
「!?」
あれが……最悪の罪人!「洗脳」!!
一般市民のような男は自らを最悪の罪人と名乗る。その自己紹介はこの場の全員を驚く市民から怒りをもった狩人へと変えた。
「貴様ッ!!一体どこから湧いて出た!」
「人を虫みたいに言わないで下さ〜いよ。どこからって…堂々と正面の扉からですよ?皆さんの目の前を通って…ね」
そんなわけが無い。僕とグリクスさんは話しながらも会場に目を向けていた。「洗脳」に気がつかないわけが無い。仮に人混みの中で見落としても、あの異様な気配にクミさんやヴァロニスさんが気がつかないはずが…。
いや……気がつけなかったのか…?
「…チッ。既に洗脳済みって訳か。一体いつかけられた…」
グリクスさんが考える素振りをしながら舌打ちをする。
そうか。僕達は洗脳されていたんだ。存在を認知させない洗脳が既にかけられていた。かけられたことにすら気付かない洗脳。まるで魔法のようだ。
「まさかこうして獲物が自ら狩場に来るとはな!おい騎士団!かかれ!」
ナバロウさんが吠えるように声を荒あげ、手を「洗脳」に向かってかざす。
しかし、騎士団員は誰も動かない。
「な!何をしておる!」
「無駄だ〜よ。君達が気がつかなかったように、騎士の皆んなも気がつかないのさ」
「!?」
その言葉に動かされたように、辺りを警護していた騎士団員は「洗脳」ではなく僕達に剣を向ける。既に対策済みだ。何もかも一歩先をいかれている。
「洗脳」はやけに耳に響く声で高笑いし、僕達を嘲笑う。そして、その興奮した状態のまま僕達に言葉を投げかける。
「私がここに来た理由はただひと〜つ!この都市を明け渡しなさい!期限は1週間!1週間後にメルヴィル街道にいる「星座の夜鯨」をこの都市に呼び寄せます!私の要求に応じなければ皆殺しです!せいぜい足掻いて見せてくだ〜さいね!!あはっ!あはははは!」
1週間後…このままでは全員が皆が殺される…!
「そうさせない為の決起集会じゃ…愚か者が…。お主…このまま帰れると思うなよ?」
ナバロウさんが腰に刺さった剣を抜く。エルアナさんもヴァロニスさんも。僕達もクミさんも臨戦体制だ。
一触即発の状態。どちらが仕掛けるのか。いや、すでに仕掛けられているのでないか?そう疑心暗鬼になった心が体を固める。
大聖堂に「バンッ!」と大きな音が響く。先に動いたのは…扉を蹴飛ばし、突然入ってきた第三者だった。
「あれ?力入れ過ぎたかな?蹴飛ばすつもりなかったけど…」
その場の全員の視線が蹴飛ばされた鉄の扉とそれを蹴飛ばした青年に集まる。
入って来たのは、金髪の青年だった。白いローブ姿に胸には中央帝国騎士団の紋章。一本の剣を腰に帯剣している。
まるで、バンロの若い頃のような見た目だ…。
「貴様が最悪の罪人「洗脳」の罪ドロ・ディレティロだな?」
「あら〜?なんでここに貴方のような方がいるのです?」
「洗脳」ドロ・ディレティロはその人物を知っているようで、驚きと好奇心の混ざったような表情を浮かべた。
「貴様の捜索及び死刑執行の任を授かった中央帝国騎士団「帝国宝剣」のステラデス・アンストースだ。貴様を死刑に処す!」
ヴァロニスさんの甥。バンロの息子のステラデス・アンストース。
中央帝国最強の剣士が最悪の罪人を鋭く睨んだ。




