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魔王と勇者が死んだ後、俺が世界の主になる  作者: 我妻 ベルリ
第二章 セティヌスの少年剣士編
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第23話 貴方へ送る言葉「    」

 時計を見ると12時を過ぎていた。ベットに入っても一向に眠れそうにない。

 ヒルマさんと別れた後から心の中にいるモヤモヤはより一層大きくなった。

 寝付けないのでお屋敷を意味もなく深夜徘徊する。夜のお屋敷は物音一つない静けさに包まれ、どこか神聖さすら感じる。窓から月明かりが差し込み、廊下が青く照らされている。ふと窓から中庭を覗き込むと、綺麗な花壇の側で花を眺めているヴァロニスさんが居た。


 「おや?眠れないのですか?」


 ヴァロニスさんは僕は背中を向けたまま話しかける。後ろに目がついてるのか?足音一つ立てていなかったのに。


 「はい。なんだか眠れなくて。何をなさっているんですか?」

 「私も寝付けずにいましてね。そう言う日はこうして花を眺めて心を落ち着かせているのです」

 

 花壇には白くて小さな花が月光に照らされて光咲いている。


 「綺麗な花壇ですね。なんと言う花なんですか?」

 「カモミールです。この家の象徴である花ですよ。私はこの花言葉が好きでしてね」

 「へぇ〜。なんて花言葉なんですか?」


 その時、ようやくヴァロニスさんは僕の方に向き直る。

 真っ白な髪、メガネの奥にある鋭い眼光。すらっとした執事姿だが、どこにも隙がない。やはり、ただ者でもない。僕ですら圧倒的な実力を感じとれる。

 

 「花言葉は「逆境に耐える」です。何があっても立ち上がるような、力強さを感じさせる素敵な花言葉なのです」

 「確かに…良い花言葉ですね」


 深夜の花壇の前で穏やかな時間が流れる。威圧感を感じながらもどこか心強さも感じた。

 月の光は僕達を優しく包み込む。僕はずっと気になっていた事を聞いてみることにした。


 「あの…ヴァロニスさん。アンストースってお名前でしたよね?」

 「ええ。それが…なにか?」

 

 ヴァロニスさんはパッと見て70歳近い。バンロは40過ぎだろう。年齢的に考えて……。


 「ヴァロニスさんは、バンロのお父さん…なんですか?」

 「っ!?…バンロを知っているんですか?」

 「や、やっぱり!」

 「ああ、父親ではありませんよ?私はバンロの叔父です」

 「お、叔父?」


 予想が外れ、僕はぽかんと口を開ける。その姿が可笑しかったのか、ヴァロニスさんは少し笑ってバンロとの関係を説明し始める。


 「私にはクレアデスと言う弟がいましてね、その弟の子供がバンロです。ちなみにバンロにも子供がいますよ」

 「えぇ!?バンロに!?」


 勝手に独身の旅人だと思っていた。まさか子供がいるなんて…。


 「…バンロは可哀想な子です。バンロとはどこで?」


 僕はバンロと出会った時の話をした。ダンジョンで出会った事。僕の命を助けてくれた事。彼のお陰で今の僕がある事。僕の知っている事は全て話した。

 ヴァロニスさんは静かに頷きながら僕の話を聞いていた。


 「そうですか……よかったです。あの子は…家を出て幸せにやっているようですね」

 

 家を出た?そう言えば、バンロは「アンストース」と言う名前を嫌っているように感じた。何か事情があるのかもしれない。

 僕の顔を見て、ヴァロニスさんが「聞きたいですか?」と優しく問いかける。家庭の複雑な事情なのだろう。子供の僕でもわかる。あまり聞くべきことでもないのかもしれないが、僕は気になってしまいヴァロニスさんの問いかけに頷いてしまう。

 ゆったりとした空気の中、ヴァロニスさんが静かに語りだす。


 「そうですね…まずはアンストース家について話しましょうか。アンストース家は代々「帝国宝剣」と言う中央帝国でも、最も優れた剣士に与えられる称号を受け継いできたのです」


 帝国宝剣。中央帝国騎士団の中で最も優れた剣士に与えられる称号。中央帝国の最上位貴族の護衛や、脅威に対して単独で討伐にあたる最強の剣士。帝国宝剣に選ばれた者はアンストース家に伝わる真王剣(しんおうけん)とアンストース家当主が与えられる。

 

 「バンロはクレアデスに次期帝国宝剣になるように厳しい鍛錬と教育を受けていました。バンロは確実に実力をつけていった。しかし、帝国宝剣に選ばれたのはバンロの息子、ステラデスでした」


 ヴァロニスさんの表情がぐっと険しくなる。バンロは、自身が目指していた…目指す事を強制されていた帝国宝剣を息子に獲られてしまったんだ。


 「バンロは悪くありません。帝国宝剣を選ぶのは真王剣なのです。真王剣を扱う資格が有るかどうかは剣が決める。あまりに無慈悲にその所有者を剣は決めるのです。ステラデスは当時5歳でした。そんな小さな息子に才能で負けたバンロは家を飛び出しました」


 僕は言葉が出て来なかった。なんて言えば良いのか。あんなに良い人なのに…そんな過去があっただなんて知らなかった。いや、知らなくて当たり前だ。知られたくなかったのだから。


 「妻と息子を捨てて家を飛び出し、破門になりました。その後のバンロをしんぱいしていたのですが…君の話を聞いて安心しました」

 「バンロは……良い人ですよ…」

 「…はい。そうですね…」


 それが僕が出せた精一杯の言葉だった。


 「まぁ…クレアデスを帝国宝剣にあそこまで執着させたのは…私のせいなのです。結果的にはバンロを追いやったのは私なのですよ」

 「え?それはどう言う…」


 ヴァロニスさんはゆったりと歩き出した。中庭の花壇の周りをなぞるように。僕もそれについていく。


 「ステラデスの前の帝国宝剣は、私の妻のリュウ・アンストースでした。結婚した後にすぐ真王剣は彼女を選んだのです」

 

 アンストース家に加わった瞬間に選ばれたと言う事なのだろうか。

 しかし、意外だった。先代の帝国宝剣はヴァロニスさんだとばかり思っていた。只者でもない雰囲気も元帝国宝剣なら納得がいったのに。


 「私は妻が帝国宝剣に選ばれた事が悔しく、そして、彼女に剣を振らせまいと今まで以上に剣を振りました。そうしたら、その功績が認められ「剣極(けんごく)」と言う帝国宝剣を超える特別な称号をいただきました」


 なんだか今、さらっとすごい事を言われた気がする。

 最強の剣士の称号を超える称号を特別に与えられた?これがこの人の底知れない実力の正体なんだ。どれほど強いのだろう。

 僕の驚いた表情とは対照的にヴァロニスさんはまた表情が険しくなる。


 「最初、クレアデスは強く悔しがりましたが、最終的には私たち夫婦を祝福してくれました。私は妻の代わりに剣を振るいました。幸せな結婚生活を送って行こう。家庭を築き、幸せになろう。そう2人で語り合いました。そんな時です。「洗脳」に妻がやられたのは…」

 「!?」


 え?ヴァロニスさんの奥さんは……「洗脳」に…?


 「私は剣極として第一次魔族滅却戦争で前線に立っていました。戦争に騎士を出していた隙を狙い、5人の罪人が中央帝国を襲いました。帝国宝剣として妻は戦い、妻は…リュウは洗脳されてしまいました。自我を失い、体の時は止まり、ただの操り人形と化した妻はそのまま罪人とともに姿を消しました…。クレアデスには「何の為の剣極なんだ!」と叱責されました。当然です。妻を…愛すべき人を守るために剣を振っていたのに、いざと言うときに何もできなかったのですから」


 僕はヴァロニスさんの顔を見る事ができなかった。あまりにも…酷すぎる…。


 「クレアデスはその頃から剣にのめり込みました。本当の強さを求めて。バンロやステラデスに厳しく接するのも、私が原因なのです。………今回の討伐は…私にとっては妻の弔い合戦なのです。「洗脳」を必ず殺し、妻を弔うのが私にできる最後の愛情表現なのですよ」

 「……必ず勝ちましょうね」

 「………ええ…」


 ヴァロニスさんはある花壇の前で立ち止まる。そこには金色の小さな花が花壇を埋め尽くしていた。この花も月光に照らさらて煌びやかに光咲いている。


 「この花は、妻が好きだったリュウキンカと言う花です。この花言葉も私は好きなのです。「必ず来る幸せ」いつでも希望を捨てずに諦めなかった彼女らしい花です。私は…妻にたった一言を送るためにここまで剣を振り続けました」

 

 僕は更に強い覚悟…いや、執念を見た気がした。

 夜風に煽られ、リュウキンカは微かに揺れ動いた。


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