第19話 キズを直す
「仙船…大千郷…!空…!飛ぶ…!船…!?」
「ノ、ノア…?」
お伽話で出てくる空飛ぶ船。それと全く同じ物がこの世に存在する…!?皆んな一度はお伽話に出てくる空飛ぶ船に乗ってみたいと思うはずだ!それに乗れる!?
いや、本当に存在するのか?でもクミさんは言ってるし…。本当なら…一体どうやって飛んでいるんだ?いやいや、原理なんてどうでも良い!飛んでる事実がワクワクするんだ!でも、飛んでるならどうやって乗る……
信じ難い話に思わず心が跳ねる。頭の中でいろんな妄想が駆け巡る。
あまりに興奮した様子のノアを見て、クミとボーガスは子供らしい反応に思わず笑ってしまう。
「わっはっはっは!なんじゃ!子供らしいところもあるんじゃな?はっはっは!」
「ふふっ。私も初めて見たかもしれませんね。そんな一面もあるんですね」
「〜!そんな笑わないでくださいっ!」
ちょっと恥ずかしい。
たっぷり笑われた後、ようやく話が「仙船」に戻る。
「仙人の船…。その名の通り仙人と呼ばれる人外の種族が住む巨大な船です。そこに行けばアスもきっと目を覚ますと思います」
「ど、どこにあるんですか?」
「行きたくてたまらん顔じゃなぁ?」
「うっ…そ、そんな事ありませんよ…」
顔に出てた……?
「ヘルエア島の下の海。アマルダ海の上空に位置しているはずです。私の…剣の師匠もいるので…ノアの成長にも良いと思いますよ…」
「ク、クミさん?どうしました?」
明らかにクミさんの顔色が悪くなる。目線は明後日の方向に…冷や汗を流して顔が白くなっていく。
「し、師匠に…鍛えて…もらえますよ…」
「師匠…そんなに怖いんですか?」
「…………ええ」
いつも冷静沈着でかっこいいクミさんがこんなに動揺してる…。どんな人なんだろう。
「とりあえず、アス坊主の治療は仙船でしか治療できん。馬車かなにかでアス坊主を運び、連れて行く。師匠との再会はその後。それでいいな?クミ」
「え、ええ。そうしましょう。ボーガスのジンは来てくれるんですよね?」
「ああ。ここでお別れも寂しいしのぉ。それに、仙船の様子も見ておきたいしの…」
「…そうですね」
会話が終わると僕達は宿舎に戻り、旅の準備をし始めた。
○ ○ ○
窓の外は暗闇に染まり、部屋の明かりをつけると、窓のガラスに自分の姿が映る。
1週間後には仙船へと旅立つ。それまでにしておきたい事はいっぱいある。そう考えていると、不意に扉が2回鳴く。
「はい?どうぞ」
「すまない…こんな夜更けに…。少しお願いがあってな…」
ラフな格好で部屋に入ってきたのはアニーナだった。
この一ヶ月アニーナとは数回話したが、あの日から元気がない。チャックマンと言う相棒を失った心のキズは想像を絶するほど深い。
アニーナを部屋へと招き入れ、僕はお茶を入れる準備をしながら言葉を紡ぐ。
「ゆっくりしてて下さいね。あ、そこに座って下さい。今お茶入れます」
「あ、ああ。ありがとう…」
部屋に静かな静寂が訪れる。
コポコポと湯を沸かす音だけが2人の沈黙を繋ぎ通す。湯と茶葉が混ざり合い、湯が染まる。
2つのティーカップにお茶を注ぐと心地いい香りが部屋に舞う。甘いようでどこか苦味を含んだ香り。テーブルにティーカップを置き、僕も席に置く。
「どうしたんですか?」
「少し…な…。君と話がしたくなったんだ」
そう言うとお茶を一口飲み、アニーナの視線は僕からお茶に移る。
僕もお茶を口にする。果実の様な甘い味がした後、じんわりと苦味が訪れる。いつもより苦味を強く感じたのは僕だけだろうか。
「もう傷は痛まないのかい?あんなに深い傷を負った…君はまだ子供なのに…」
「はい、もう大丈夫ですよ!ほら、この通り!」
僕はその場で両腕を広げ、力こぶを作って見せる。その無邪気さを面白がったのか、アニーナの表情がようやく柔らかくなった。
「んふふ。君は元気だね」
「はい!次の旅も今から楽しみです!」
「次の旅…か」
再びアニーナの表情が曇る。
「僕は…その旅について行けない。そもそも、永久のエルダで協力するのが目的だもんね。僕は…君達の旅路の安寧を祈ってるよ…」
「え…?アニーナは…来てくれないんですか?」
「……悪いけどね」
アニーナの視線はお茶に注がれる。俯いているが、暗い表情がわかる。
「そうですか…残念です…」
「ああ…そうだね。………なぁ、君は明日暇かい?」
「え?」
「もし、旅の準備の邪魔じゃなければ…僕とデートしてくれないかい?」
「…………んぇ?」
○ ○ ○
次の日の午後。太陽が少しづつ傾き、街が少しづつ染まって行く。
午前中は旅の準備を進め、僕は待ち合わせの場所で人の流れを見ながら待つ。
「やあ、ノア君。待たせてしまったかな?」
「いいえ。今来たところですよ」
普段着に身を包み、右手には花束が握られている。服装はきちんとしているが、表情はどこか覇気がない。
「さ、行こうか」
そう言って僕達は墓地に向かう。
迷宮競走で亡くなった冒険者を弔うための墓地。デートと言うのは墓参りのことだった。僕は少しからかわれたらしい。
世界が果実のように染まった頃、僕達は花束を墓石に置く。
チャックマン・ハート。勇敢な冒険者の墓だ。
「………僕ね…実は貴族の生まれなんだ」
「…え?」
「別に大した家柄じゃないけどね?そこそこ裕福な家だった。でも、僕はそんな家に飽き飽きしていた」
アニーナは墓を見つめながら話す。視線はこちらに向けず、ただ墓石に刻まれた「チャックマン・ハート」の文字だけを見つめている。
「だから家を飛び出した。右も左もわからない世の中を1人でただ歩き回ってた。そんな時にね、チャックマンが居たんだよ。変なおっさんがぼっちで酒場に居た。見るからに怪しいけど、なんとなく話しかけてみたんだ」
「それが出会い…ですか」
「ああ。最初はただ組んでみただけ。すぐに解散すればいいと思っていたよ。でも、彼は…彼女は全て教えてくれた。冒険の仕方、人との接し方、心のあり方なんかもね………」
そこまで話したところで、アニーナの言葉が詰まる。僕は墓石からアニーナの横顔へと目線を移す。
そこには、瞳に涙をいっぱい溜めたアニーナの横顔があった。
「彼女は……チャックマンは………!僕のお姉ちゃんだった!僕のかけがえの無いお姉ちゃんだったんだよ……。こんな風にお別れだなんて……寂しいよ…ううっ……」
ダムが決壊したように涙が溢れる。頬を伝う涙は夕陽に照らされ、宝石のように光る。
チャックマンは、僕達の頼れるお姉さんだったのだ。
「アニーナ。チャックマンの旅の続きをしてみませんか?」
「…え?」
「チャックマンが見るはずだった旅を僕達が見てまわりませんか?チャックマンも僕も…アニーナも冒険者だから」
「………」
アニーナは墓を…彼女を見つめた後、僕の方に向き直って答えを聞かせてくれる。
「わかった。君達と旅を続けるよ。僕が…お姉ちゃんの分まで旅をする!」
アニーナの目には涙が浮かぶ。しかし、これ以上溢れる事はなかった。
多分。お姉ちゃんも弟の泣き顔は見たく無いだろうから。




