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魔王と勇者が死んだ後、俺が世界の主になる  作者: 我妻 ベルリ
第一章 ヘルエア島の少年編
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第9話 レーススタート

 次の日から僕達は迷宮(ダンジョン)競走(レース)の準備を始めた。

 武器の手入れ、迷宮で必要になる物資の調達、そして僕とアスの実力の底上げ。

 競走開始まであと6日。その間に必要最低限の実力を身につけなきゃいけない。迷宮の第5層に潜って、魔物を倒しながら知識と実力を高めて行く。


 クミさんとアス、アニーナさんは別の場所で剣術や体術の修行。僕とジン、チャックマンさんは魔法や迷宮の基礎知識を学んでいく。

 丁度目の前に現れた動く(よろい)という魔物。鎧を着ていた死体に寄生し、その鎧を動かしてまた次の宿主を探す魔物。相手を見つけ、僕達は戦闘体制に入る。


 「行けッ!ノア!」

 「二門!火が鳴り血が揺れる。轟く怒りを今放つ!火焔砲弾(ファイヤキャノン)!」


 僕の杖からオレンジ色の炎の弾丸が放たれる。轟音が響き渡り、真っ直ぐ動く鎧に向かって行く。

 (まばゆ)い光と炸裂音が鳴った後、魔物は断末魔を上げながら霧散(むさん)した。

 次の詠唱を始めている時、後ろから隠れていた動く鎧が飛びかかってきた。


 「なっ!?」

 「天壁不動(てんへきふどう)!」


 ジンの斧が光り、あの時と同じ魔法の盾が、僕と動く鎧の間に現れる。


 「ノアちゃん伏せて!はぁああ!」


 チャックマンさんの野太い声に驚きつつ、指示に従い僕は咄嗟に頭を下げる。チャックマンさんは動く鎧に向かって飛び蹴りを打ち込む。吹き飛んだ動く鎧は壁にめり込み、粉砕した。


 「チャ、チャックマンさんって…お強いんですね?」

 「んふふ、お淑やかなレディもやる時はやるものよ?それと…「さん」は要らないわ。私達はチーム。家族の様に協力しなきゃここでは命取りよ」

 

 迷宮では、今の様に連携できなければ命に関わる。僕を守ってくれたジン。その隙をついて倒してくれたチャックマン。この連携がなきゃ、僕は死んでいた。


 「わかりました。改めてよろしく、チャックマン」

 「ええ、改めてよろしくね♡」


 その後も迷宮を進み、僕達は第7層で一旦休憩をしていた。

 持ってきていた水筒に口をつける。喉の渇きを潤していると、チャックマンが僕の杖を見ながら話しかけて来る。


 「あなたの杖。もう限界じゃ無い?所々ひび割れてるし、あなたの魔力量について行けてないわよ?」

 「え?」


 僕は視線を杖に落とす。確かに所々ひび割れてるしボロボロだ。エデル村の修行の頃から使っているから、半年とちょっとくらい使ってきたけど、魔力量について行けてないってどういう事だろう。


 「あの…魔力量について行けてないって?」

 「魔法の杖やアニーナちゃんが使ってる魔法の地図とかは魔法道具と呼ばれているわ。その魔法道具には、それぞれこめられる魔力量にも限界があるのよ。こめる魔力量が多ければ多いほど魔道具も大きく、高価な素材を必要とする。逆に、地図みたいな小さい魔法道具は簡単に作れるし、魔力量も少ないってわけ。ノアちゃんの杖は、ノアちゃんがこめる魔力が多すぎて杖が限界を迎えつつある。ノアちゃんの魔力量について行けてないって言う状況。わかったかしら?」


 僕の魔力量にこの杖が耐えられていない…という事らしい。このまま使い続けると、魔法の威力半減。杖の故障に繋がるらしい。幸いここは冒険者の街。武器屋なら困る程ある。


 「迷宮を出た後、私とちょっと見に行きましょうか。あと…魔法詠唱の短縮もやらなきゃね」

 「魔法詠唱の短縮?そんなものがあるんですか?」

 「やっぱり知らなかったのね…クミちゃんは剣術に特化してる感じだったから知らないのも無理ないかしら。さっきの戦いでジンちゃんがそうだったんじゃない?」


 そう言えば…「天壁不動」と叫んだだけで魔法の盾が現れた。詠唱の短縮が出来るなら、咄嗟の対応も容易になる。

 隣で僕達の話を聞いていたジンはゆっくり斧を取り出し、僕の前に置いた。

 ジンの見た目は175cmくらいはある。僕より20cmくらい高い。目の前に置かれた斧はジンの半分くらいの大きさ。誰でも振り回せる様な斧じゃない。

 斧には模様が彫られていて、刃の部分は鈍い光を放っている。


 「この斧は師匠が俺の為に作ってくれたんだ。詠唱すると魔法の盾を出せる。詠唱の短縮は咄嗟に魔法を放てる利点がある。だが、魔法の効力が薄まったりする欠点もあるぞ」


 利点も欠点もある…。でも、咄嗟に動けるのはやはり大きい。


 「教えてください!出来ることはなんでもやっておきたいんです!」

 「…よし、わかった。俺が詠唱短縮を教えてやる」

 「多分、ノアちゃんの魔力量なら短縮しても十分な威力は出ると思うわよ?」


 休憩を終えた後、僕はジンに詠唱短縮を教わった。他にも、魔力感知などの役立つ技術を学んでいると、時間はあっという間に過ぎ、数時間が経過していた。


 ○ ○ ○


 次の日、迷宮に潜る前にチャックマンと僕、そしてクミさんとアニーナで武器屋へと向かっていた。


 「なんで私まで………」

 「クミは剣術に頼り過ぎなんです!一門の魔法が使えるなら魔法の杖の一つでも持っておくべきです!」

 「クミちゃんも魔法の杖を買うのね?ノアちゃんに魔法でも教わるのかしら?」


 アニーナさんはお母さんの様に叱り、チャックマンはニヤニヤと微笑み、クミさんは右手で眉間を押さえながら息をつく。

 どうやら、クミさんも魔法の杖が必要になるらしい。

 珍しくクミさんが怒られてる。アスの方で何があったんだろう……。

 少し歩いた後、路地裏を少し行ったところにある武器屋に辿り着いた。


 「ここは私のお気に入りの店なのよ。見た目は………あれだけど、店主も武器も最高よ!魔法道具と武器に関しては全て一級品だから安心してちょうだい。さぁ入って入って♡」


 チャックマンが絶賛する店。見た目はこじんまりとしたただの武器屋。レンガの壁にはツタがへばりついており、ぶら下がっている店の看板は掠れて、名前もよく分からない。「ブ ン  ィ ショ プ」?やっぱりわかんない。

 塗装のはげた扉を開けると、チリンチリンとベルが鳴り、奥の方から老人の店主の掠れた声が聞こえて来る。


 「はぁ〜い…ああ、チャックマン様でしたか。いらっしゃいませ」

 「久しぶり♡ブロンディさん。今日は私のじゃないの。後ろのノアちゃんのと、クミちゃんの杖を探しにきたのよ」

 「左様でしたか。では、こちらに」


 そう言うと、店主は店の奥の方へと姿を消した。僕達が後を追うと、奥には作業場が設けられていて、机の上に水晶の様なものが置かれていた。

 壁には武器がズラッと並んでいて、大剣の刃に僕の顔が写り込んでいる。


 「この〜水晶に魔力を注いで下さい。こめる魔力量で杖の形、素材、大きさを決めますので…」

 「どっちからにするんだ?」

 「じゃあ私から行きましょう」


 クミさんは水晶に手をかざし、静かに目を閉じる。

 水晶にクミさんの魔力が流れて行くのを感じる。水晶は徐々に光を放ち始めた。


 「…………はい。もう大丈夫でございます」

 「ふぅ」


 クミさんが手を下ろすと、水晶は光を失った。

 僕もクミさんと同じ様に手をかざし、魔力を込めようとする。心臓のあたりにある海を流し込む様に………。


 「お、おい!何しようとしてるんだ!」

 「え?」


 魔力を注ごうとした瞬間、アニーナに呼び止められる。クミさんと同じ動作のはずだったけど…何かしてしまったのだろうか?


 「そんな大量の魔力を注いだら………いや、まず何処からそんな魔力を出したんだ!?」

 「え?普通にやろうとしたんですけど…」

 「アニーナちゃん。私には魔力感知が出来ないわ。クミちゃんもかしら」

 「ええ…少しだけ感じ取れますけど…」

 「ノアの魔力量は底なしなのか…?初めて見たぞ。こんな魔力…」


 アニーナの驚きの視線が僕に向けられる。特に意識したこともなかったが、僕の魔力量は多い方なのか、少ないのか。この反応を見ると、普通よりも多いのかも…。


 「水晶は…もう大丈夫でございます。お二人の杖は私が職人の誇りにかけてお作りいたしますゆえ、迷宮(ダンジョン)競走(レース)には間に合う様に致します」

 「ええお願いねブロンディさん」


 色々あったが、なんとか杖を作ってもらえることになった。

 用事は済んだので退店しようとすると、店の扉が開き、ベルが店内に鳴り響いた。


 「は〜い…。あ、これはこれは「BB(ダブルバレット)」の香薬(かやく)皆華(みなか)様。お品物は出来上がっております。少々お待ちを」

 「………ああ」


 無愛想に返事を返した女性は、少し異様な人。僕の目にはそう映った。

 黒い短髪で身長は高め。シャツにタイトなズボン。服の上からでも分かる鍛え上げられた筋肉。目には光が見えない。それでいて影が薄い。アニーナとクミさんよりも高い高身長の女性は、そうそういない。それでも、酒場て近くに座っていても気づかない様な空気に溶け込み方。まるで…殺す事に特化した人形様な…。


 「私に何か用かな…坊や」

 「!?」


 バレない様にしていたつもりだけど…。

 僕と目が合った彼女は、体は微動だにせず、ただ真っ黒な黒目だけを動かして僕の事を見下ろす。見られただけで背筋に寒気が走る。


 「いえ、何もありません。この子は人見知りなので誰にでも怯えてしまうんです。そうですよね?ノア」


 クミさんの咄嗟の対応に僕も合わせる。


 「は、はい。ごめんなさい…」

 「いや………良いんだ。こちらこそ怖がらせた様だね」

 「皆華様〜、お品物がご用意出来ました」

 「…ああ。では、これで」


 店主に呼ばれた皆華?と言う人は店の奥へと姿を消した。


 ○ ○ ○


 4日後。永久(とこしえ)のエルダ迷宮(ダンジョン)競走(レース)当日。

 迷宮の前に向かうと、たくさんの冒険者が集まっていた。

 不安な表情を浮かべる人、余裕に満ち溢れた人。静かに目を閉じ、その時を待つ人。様々な冒険者がレース開始を待っていた。


 「準備は出来ましたか?ノア、アス」

 「はい。大丈夫です」

 「僕も。クミさんは急な魔法の習得、大丈夫だったんですか?」


 アスの問いかけにクミさんは問題無いと答える。正直、クミさんは感覚で全てを行う人だから、教えるのは苦労したけど…なんとか魔法を使える様に出来た。僕がクミさんに教えた事で、僕の基礎能力も上がったし、準備は完璧だ。


 僕の腰に刺さった剣、背中に背負った荷物。そして左手に握られた新しい杖。ヤドリギの木で出来ていて、先端には高価な魔法石が使われているらしい。手元の装飾にはチャックマンが選んでくれたバイカラートルマリンと言う宝石が埋め込まれている。埋められた宝石が結構気に入ってたりする。


 「気に入ってもらえたかしら?」

 「あ!おはようございます。気に入ってます!」

 「うふふ、なら良かったわ。さ、皆んな準備はできてるわね?」

 「君こそ準備出来ているのかい?チャックマン。君だけだよ?この場で何も身につけていないのは」


 チャックマンは何も身につけていない。武器も、回復薬も、何も。ずっとこの姿で迷宮に潜っていたけど、確かに大丈夫なのか?


 「あら?心配してくれるの?アニーナちゃん。私のスタイルは、あなたが一番知ってるでしょ?」

 「まぁね」


 「勇敢な冒険者の皆さん!永久のエルダを攻略するのは誰か!眠る財宝を奪い取るのは誰か!今日のレースで決めようじゃありませんか!」


 ギルドの司会が演説を始めると、それに応えるように周りの冒険者が叫び始めた。声がビリビリと空気を震わせ、耳から体に響く。


 「それでは!永久のエルダ迷宮競走………レーススタートです!」


 迷宮の入り口に冒険者が一斉に駆け出す。

 僕達の試練が始まりを告げた。

 

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