道の続きを走る者達
『残り200mを切りました。ウインターコスモス抜け出して、ウインターコスモス早くも先頭。
しかし内から、馬群の中からニーアアドラブルが動き出している。野々宮騎手鞭を振った。ニーアアドラブルが上がって来る。それを追うように外から、外からトモエシャインも上がって来た。
これは三つ巴になるのか。トモエシャイン間に合うか。ニーアアドラブル更に伸びる。ウインターコスモス厳しいか、粘っているが苦しいか。
ニーアアドラブルかわした! ウインターコスモスをかわし、ニーアアドラブルついに先頭を捉えました。しかしウインターコスモスも諦めない。ウインターコスモスまだ追いすがる。
そして後ろからはトモエシャインが猛追! 間に合うか、届くのか、差せるのか、ニーアアドラブルの末脚を、後ろから差せる馬が存在するのか。
ウインターコスモスもまだ粘る。先頭ニーアアドラブルと半馬身差。しかし差し返すのは厳しいか。トモエシャインも届かないか。ニーアアドラブル依然先頭。先頭守ったまま、今1着でゴール!
2着に残りましたウインターコスモス。3着惜しくも届かずトモエシャイン。
女王の連覇です!!
去年に続き、今年のジャパンカップもニーアアドラブルが制しました。中距離女王の力に陰りなし!
2着はウインターコスモス、半馬身差。四歳牡馬が意地を見せました。
そして意外や意外、3着はトモエシャイン。2着ウインターコスモスと半馬身差。ニーアアドラブルに一馬身差まで迫りました。
女王に一歩及ばず、しかし女王の背後まで迫って見せました。秋華賞はフロックではなかったと証明するような走り。
しかし勝ったのはニーアアドラブルです。牡馬の刺客を、年下の挑戦者を、見事に降して女王が連覇達成です……』
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『また一緒に走ろう。次も私が勝つから』
別れ際、あいつは確かにそう言った。
人間の様にしゃべれる馬がいることを、私はその時初めて知った。
そして彼女に返事をしようとし、でも私はしゃべり方が分からなくて、彼女に返事をすることが出来なかった。
私の返答を待たず、彼女は寂しそうに笑って、私の前から去っていった。
私の前から去っていく彼女を、私に勝って観客席の前を誇らしげに駆ける彼女を、私は最後までじっと見続けた。
彼女の全てを、彼女が走るその姿を私自身に刻みたくて、じっとじっとその姿を見つめた。
彼女に声を掛けられた時、返事が出来なかったという後悔が私にはある。あの時私も彼女のように喋れたらと、今でも思う。
けれど、彼女は私に『また一緒に走ろう』と言った。間違いなくそう言った。だから、私は返事を出来なかったけれど大丈夫だ。
だって彼女自身が『また一緒に』と言ってくれたのだから。きっと彼女はまた私の前に現れる。
次の春か、1年後の秋か、あるいはもっと先になるかは分からないけれど、彼女は必ずまた私の前にやって来る。
深く輝く美しい栃栗毛がパドックに現れて、また一緒に走ってくれる。私の挑戦を受けてくれて、彼女も私に挑戦してくれる。
それが分かったから、そうなると彼女が言ってくれたから、私はただ待てばいい。
なにせ『次も私が勝つから』とも彼女は言ったのだから。あいつは私に勝ち越しているくせに、まだ私に勝つつもりなのだ。
負けたばかりの私に向かってそんなことを言うなんて、なんて性格の悪い女だろうか。思い出すだけで、思わず笑ってしまいそうになるほどあいつは性格が悪い。
でもそう言葉にした以上は、彼女は次に再会した時私に勝つつもりでいるのだ。そして私ももちろん、負けた以上は次こそ勝つつもりでいる。
なら私は走り続けよう。勝ち続けよう。再会した時に、彼女の走りに能う自分でいる為に。
彼女を待ちながら、彼女と戦うにふさわしい自分で在り続ける為に、私は勝ち続けよう。
例えレースがどれだけ孤独でも。私と一緒に走ってくれるような強い馬が、彼女以外どこにもいなくても。
彼女との再戦に向け、私は戦い続け、勝ち続けよう。
そう思っていたのだ。そう思っていたのだが、強い馬というものは意外といるものである。
今日のレース2着に入った鹿毛の牡馬を、私は見た。
今日のレースであの馬は私の前でずっと粘っていた。最後に突き放してやるつもりが、結局ゴールまでに半馬身差しか付けられなかった。
その背に乗っているのは、確かあの栃栗毛の背に乗っていた騎手である。あの男、今日は栃栗毛じゃなく鹿毛の牡馬に乗っている。
どうせなら栃栗毛を連れて来てくれたら良かったのにと思いつつ、その男を乗せた鹿毛の牡馬を見る。
レースが終わって間もないというのに、その馬の息はすでに整い、涼しい顔をしていた。無表情なだけかもしれないが、疲弊している様子がない。
私でもまだ呼吸が整い切っていないのに、その牡馬はもう落ち着きを取り戻している。
私の末脚をもってして、半馬身差以上の差を許さなかったあの馬。あれだけの走りをしながら、あの馬にはまだ余裕が残っていると私は思った。
余裕があると言っても、あの馬がレースで手を抜いた訳ではないのだろう。単純にあの馬にとって今日のレースは距離が短すぎて、力を発揮し切れなかったのだ。
多分あの馬はより長い距離で力を発揮する。ゴールが遠ければ遠いほど強くなる馬だ。
今日よりもっと長い距離のレースで出会ったら、私でも危なかったかもしれない。そう私に感じさせるほどの力を、あの馬は持っている。
多分私と同い年の馬だ。あれだけ走れる馬が、今まで一体どこに隠れていたのか。
しばらくその馬を見つめていると、その鹿毛は何故かそそくさと、私の視線から逃げる様に地下馬道へと引っ込んでしまった。
……なんだあいつ、何だか失礼な男である。
「ブフゥーッ! ブフゥーッ!」
そして私の視界に割り込むように、また別の鹿毛の馬が現れた。
今度は牝馬の鹿毛だ。多分私より年下の馬である。
その鹿毛はさっきの牡馬とは正反対で全く整わない呼吸のまま、ふらふらの状態で私の前にやって来た。
確か、今日3着に入った馬だ。体力を振り絞って私に挑み、1馬身差まで迫ったが、結局それ以上私との差を詰められなかった馬だ。
負けて悔しいのだろう。その馬が私のことを睨んでいる。
その目付の悪さだけは、なんだか栃栗毛にとても良く似ていた。
でもそれだけだ。似ているのは目付だけ。私に迫った脚の速さだけは、多少認めてやってもいい。
だがスタミナも、根性も、覚悟も、迫力も、何もかも、栃栗毛には遠く及ばない。
この小娘は、ちょっと脚が速いだけの未熟者だ。
その年下の鹿毛を無視し、ウィニングランをする為にスタンド前へと向かう。
背後で先ほどの鹿毛が悔しそうに嘶き声を上げる。うるさいなあと思いつつ、振り向きもせず私は進む。
でも、私に迫ろうとしたあいつの末脚はそれなりに見所があった。
ちょっとだけ、この先が楽しみな小娘ではある。
今日私の前に現れた2頭の鹿毛の馬。年下と同い年、牝馬と牡馬のその2頭。
あいつらが一緒に走ってくれるなら、栃栗毛のことを待っている間も、私は退屈しないで済むかもしれない。
そんなことを考えつつ、今日も勝利の喝采を浴びながら、私は観客席の前を駆け抜けたのだった。
主人公の言葉に囚われたニーアアドラブルの心を救うのは、きっとトモエシャインにしか出来ない役目。
妹よ、道照らす光となれ。
続きは明日の昼12時投稿予定です。
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