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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
四章:仮面で奏でし恋の唄(前編)
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第5話 美しきお城の庭にて(2)


「………悪くないでしょ?」


 何度も妄想して憧れたシチュエーション。相手は、リオン様。


「いつかそんな殿方が現れたらいいなと思って」


 リオン様はメニーを選ぶ。

 あたしは見向きもされない。

 リオン様はメニーに一目惚れする。

 王子様と手を取り合うのはメニー。


 あたしじゃない。


 叶うはずなかったのに、

 叶うはずがなかったのに、


 あたしは妄想してしまった。憧れてしまった。


「恥ずかしい」


 叶うわけなかったのに。


「どこが恥ずかしいの?」


 ゆっくりと顔を上げる。目の前にいるキッドは首を傾げた。


「素敵な妄想じゃないか」


 キッドが優しく微笑む。


「俺のより全然マシだ。まともすぎて、羨ましいくらい」

「…あたしだけが教えるなんて不公平だわ。キッドのも教えて」

「俺の訊きたい?」

「そうね。暇つぶしに聞いてやるわ」

「いいか? まずは」


 突然キッドが腰を上げ、あたしの手から離れる。


「俺が立つだけで、拍手が起きる」


 横からはキッド最高! の声。


「俺が右手を上げると、レディは目をハートに変えて倒れる」


 ピンクの歓声。


「俺が左手を上げると、紳士は感動に耐え切れず胸を押さえて倒れる」


 黄色い歓声。


「俺が歩き出せば人々は感動して涙を流す」


 青色の歓声。


「そして俺は」


 キッドがあたしの横に戻ってきた。


「お前の元へ帰ってくる」

「何それ」

「お前はにこにこ笑ってる」

「うわ」

「可愛い声でこう言うんだ。『あたちのキッド、あいちてるわ』」

「ちね」

「テリー、人に死ねとか言っちゃいけないんだぞ。実に下品だ」

「お前相手に下品も作法もないわよ」

「どうだ。俺の妄想。すげえだろ」

「……馬鹿みたい」


 楽しそうに叶いもしない妄想をべらべら喋ったりして。


「恥ずかしくないの?」

「お前は俺の妄想を恥ずかしいと思った?」

「別に。思うのは人それぞれだわ」

「じゃあ俺も同じ意見。思うのは人それぞれだ。素敵な妄想をすればするほど想像力と発想力が磨かれていく。それが自分に必要だと思うことならば、行動に移すだけ」

「魔王と怪獣は当分現れないんじゃない?」

「そこは安心するといい。テリーという魔王と怪獣がいるから」

「くたばれ」

「あははははは!!」


 膝を叩いて笑うキッドから目を逸らす。


(……思うのは人それぞれだわ)


 これはただの妄想。叶わないからこそ頭で想像するシチュエーション。


「その話で言うなら」


 あたしは妄想を続ける。


「魔王ってことは、国はあたしのものなわけでしょ。だったら身分が関係ない学校を作るわ」

「身分が関係ない学校? へえ。どんな学校?」

「貴族も平民も関係なく一緒に勉強出来る学校よ。そこであたしはニクスと勉強するの。教師はクロシェ先生」

「なんてことだ。身分を重要視して天狗になってる貴族からすると、とんでもない悪党じゃないか。テリー」

「ふん。そんな奴ら貴族とは言わないわ。ただの遊び人よ。貴族ってのはね、国のために尽くした人達の名誉で勝ち取った身分なのよ。パパがそうだったもの」

「パパ」


 テリーのパパか。


「興味深いな。訊いても良い? お前のパパは、どんな人?」

「お前とは違って優しい人」

「俺だって優しいよ」

「見習ってほしいくらいよ。あたしのパパは親切さで言うと世界一だわ。親切な殿方ってモテるのよ。親切だからこそ傲慢なママと結婚できたんだわ。間違いない」

「メニーがいるってことは離婚したんだよね」

「そうよ」

「お父さん、今はどこに住んでるの?」

「もういない」

「ん?」

「亡くなった」


 風が吹いて、花が揺れた。


「さっき言った、仲のいいメイドから聞いた。もうしばらく前に亡くなったって」

「へえ」

「ママは離婚したって言ってたから、離婚したのかと思ってたら、そうじゃなかった」

「……なるほど。その事実を隠すためか」

「そうよ。で、メニーのお父様と再婚した。このご時世、貴族の家はいつ崩れてしまうか分からないもの。だから金持ちの平民なんかと結婚したのよ」

「そうか」

「メニーは平民だったから、作法を教えないと」

「そうだね」

「メニーどこに行ったのかしら」

「意外と外に出てるかも」

「リトルルビィと合流してたらいいけど」

「してるさ。だから心配無いよ」

「…別に、心配してるわけではないけど、ただメニーが…」

「テリー、ストップ」

「ん?」


 またキッドに止められる。


「何?」

「話題が戻ってる」

「ん?」

「俺、お前の話が聞きたかったのに」

「してるじゃない」

「そうか。じゃあはっきり言おう。メニーのことは忘れて」

「はあ?」


 顔をしかめる。


「別にメニーの話なんてしてないじゃない」


(あたし、メニーのこと話すのだって嫌なのに)


「分かった。話題を変えよう」

「面倒くさい奴ね」

「よし、俺とお前の話に戻そう」

「また何を話すの?」

「そうだな。どこから話そうか。こういう時間が沢山ある時に、一度振り返ってみるのも悪くない。俺とお前が出会った時の話とか」

「二年前」

「そうだ。つまり出会って二年。婚約者になって二年経ってる」


 キッドがあたしの手を握った。


「これ、結構凄いことだよ。別れも、寄りを戻すってイベントもなく、すんなり二年目」

「あたしは今別れてもいいのよ」

「半年後に再会する?」

「…いつの話をしてるのよ」

「お前な、俺に構ってもらえて幸せなんだぞ。覚えておけ」

「なんでキッドに構ってもらえたら幸せなのよ。誰かが言ってたわけ? 勘弁してほしいわね」

「色んな女の子に言われるんだ。キッドは憧れの王子様だって」

「はっ!!!!!!!!!」

「テリーなら独占していいよ。婚約者だから特別」

「お前はいらない」

「残念。俺はお前のもので、お前は俺のものだ」

「あたしはあたしのもので、お前はお前のものよ。あたし、お前なんかいらない」

「なんだよ。可愛くないな。こういう時は、『あたし、キッドのものなの…?』って可愛く俺を見つめるところだ」

「まるで恋泥棒ね」

「あながち間違いじゃない。その通り。俺はお前のハートを狙う恋泥棒さ」

「どう? 捕まえられそう?」

「うん」


 キッドが頷いた。きょとんとして、もう一度キッドを見る。


「え?」

「ん? 何?」

「今、なんて言った?」

「ん? 何?」

「その前よ」

「うん」

「あたしの言ってたこと理解して言ってる?」

「もちろん」


 キッドがにやりと笑う。


「捕まえるよ。怪盗パストリル」

「……ああ、そう」


 パストリル様がキッドに捕まるのね。


「まあ、無理だと思うけど」

「お前はどっちの味方なわけ?」

「馬鹿。パストリル様はね、他の犯罪者と違うのよ」

「一緒だよ。犯罪者は犯罪者だ」

「あの月のように美しいんでしょうね。ああ、いいなあ。今度、夜に美術館の近くでも歩いてみようかしら。会えるかもしれない」

「残念だがそれは無理だ」

「どうして?」

「その前に俺が捕まえるから」

「ああ、そう。せいぜい頑張りなさい」


 ま、無理だろうけど。


(どうせあと2件の事件を起こしていなくなるわ。……それが紹介所じゃなければ、いいって話だけど)


 扇子をパタパタ扇ぐ。ぬるい風しか来ない。


「もしもよ。パストリル様がお前なんかに捕まっちゃったら、あの方のお顔を拝めなくなるじゃない。そうなったらお前、どう責任取ってくれるわけ? あたしの癒しは?」

「大丈夫。お前には俺がいるから。いくらでも俺を拝むといい。癒しもあげる」

「いらない」

「なんだよ。俺、容姿には結構自信あるよ」

「それは知ってる」

「ねえ、テリー、俺の容姿レベルはどれくらい?」

「あたしが見た中で一番のイケメンよ。それは断言できる」


 言うと、キッドが静かになった。


(……ん?)


 キッドに顔を向けると、キッドが驚いたように硬直してた。


「……キッド?」

「そういえば、聞いたことなかったな」


 テリーが教えてくれないから。


「ねえ、テリーから見た俺ってどんな人?」


 きょとんと瞬きをする。


「あたしから見たキッド?」

「うん。ぜひこの機会に聞きたいな」


 テリーから見て、


「俺はどんな人?」

「嘘つき」

「人間は皆嘘つきだよ。もちろんお前もね」


(……あながち、間違いではない)


「じゃあ、テリーから見て、俺のいいところ教えて」


 そうだな。


「俺のかっこいいところがいい」


 好きなところじゃないよ。


「かっこいいなって思うところ」


 それならいいだろ?


「ね、教えて?」


 あざとく、可愛らしく首を傾げる。


「どこがかっこいい?」

「かっこいいところ…?」


 あたしは頭をひねらせて考える。


「容姿で言えば全部完璧」


 あんたってむかつくくらい美形よ。


「身長も高いし、優しいし、気遣いも出来る。それだけならレディ達があんたに惚れるのも納得する」


 あ、


「そういえば」


 あれは嬉しかった。


「デートの練習」


 ニクスを見送った後の、初めての『デート』。


「正直、あんたにしては気が利くなって思った」


 ペアで揃えた『あれ』もまあまあ悪くない。


「あとは」


 誕生日。


「プレゼント、意外なものばかりで、それは面白いと思う」


 あと、


「ニクスのピアス、入れるの手伝ってくれたのも感謝してる」


 あと、


「リトルルビィ、楽しそうに働いてるところ見てて、あんたがいい所を紹介してあげてるんだなってことは、分かる。そこは感心してあげる」


 あとは、


「……契約とは言え、絶対守ってくれるところ」


 それと、


「過呼吸も、整えてくれた」


 あと、


「スケート会場貸し切りにするの、あれは女の子喜ぶわよ」


 あと、


「あんたの部屋にある毛布は最高にいい」


 あと、


「手紙の内容はともかく、律儀に出してくれるのはありがたいわね。状況がわかるし」


 あと、


「まあ…ごめんなさいが言えるようになったのは、感謝するべきなのかしら…」


 あれをするのは二度とごめんだけど、


「くくっ。煽ってる?」

「煽ってないから近づかないで。あたしの可愛い膝小僧ちゃんを撫でるんじゃないの」


 それと、


「紹介所」


 作ってくれた。


「あれは一番大きかったかも」


 あたしの希望、全部聞いてくれた。


「あ、そうだ」


 紹介所の相談をしてなかった。


「キッド、紹介所のことで話が…」




「テリー」




 気が付くと、キッドの傾げた顔が目の前にあった。下ろされた瞼。形の良い唇が、もう、何ミリか近づけば、キスが出来るだろう。


(あれ?)


 キッドが止まらない。


(あれ?)


 どんどん近づく。


(あれ)


 このままじゃ、キスしちゃう。

 ファースト・キス。

 この世界での、ファースト・キスではない。

 

 

 あたしの人生においての、ファースト・キスだ。



「ちょっ」


 目を見開き、驚いて、慌てて、急いで、その形の良い唇から逃れようと、空いていた手でキッドの口を押さえた。ふにっと、キッドの唇が手袋越しにあたしの掌に触れる。


 キッドがぱちっと瞼を上げた。あたしと目が合う。


「……………」


 お互い、目を合わせて黙る。


(…………油断してた)


 いつもの会話と美しい景色に、気が緩んだわ。


(このキス魔。あたしに簡単にキス出来ると思わないで。あたしはそこら辺の可憐な乙女とは違うのよ)


 じっと睨むと、―――キッドの目が、少し鋭くなった気がした。


(ん?)


「……ちぇっ。駄目だったか」


 キッドが悪戯な笑みを浮かべて、あたしから顔を離す。目は鋭くない。


(……気のせい?)


 変な違和感を感じたのだけど。


(……気のせいか)


 気にせず、あたしはむすっとむくれる。


「いけると思ったの? なめないでくれる?」

「お前の可愛い手が無かったらいけたのにな」


 微笑んだと思えば、握ってたあたしの手を持ち上げ、唇に寄せた。


 ――――ちゅ。


「ひゃっ」


 思わず、ぴくっと手が強張ったのを見て、キッドがくつくつ笑う。


「手袋なのに? いい加減キスに慣れたら?」

「ううう、うるさいわね。キスくらい慣れてる!」

「あーあ、先が思いやられるね」

「なによ。好きな人のキスなら、喜んで受けるもん!」

「なんだよ。ここにいるだろ? 婚約者」

「名前だけじゃない」

「つれないな」


 クスクスと、いつものようにキッドが笑う。


(……油断も隙も無い)


 こんな軽い奴に、唇を取られてたまるか。


「……へえ。口紅もしてるんだ」


 キッドの目があたしの口を見ている。さっきトイレで拭ってしまったけど、


「…口紅、取れてない?」

「うん。大丈夫」

「そう。ならいいわ。メイク直しは必要ないみたいね」

「必要なら言って。俺が直してあげる」

「メイクも直せるの? 何なの? 一体お前は何なの?」

「え? 何? 俺のこと知りたいの? いいよ。何から話す? 俺が今朝食べたものから話そうか?」

「いらない。本当に興味無い。お前が何食べてようがどうだっていいわ。微塵も興味無い」

「また不機嫌になるんだから。こいつめ」


 ぷにぷに頰を押されて、舌打ちする。


(うぜえ!!)


「テリーは今朝何食べた?」

「あたしは……」


 言いかけたその瞬間、りーん、とベルが鳴った。あたしとキッドが見上げる。時計の針が20時を回っていた。


(20時か)


 いつの間にか、時計の針が進んでいたようだ。この仮面舞踏会が終わるのが0時。あたし達のような子供がいられるのは21時まで。だから、……そろそろ戻った方がいいかもしれない。


(メニーが捜してるかも)


 リトルルビィと合流してたら何も問題はないと思うけど、そろそろ頃合いかも。


「そういえばさ」


 視線をキッドに戻す。キッドも時計からあたしに視線を移していた。


「国王は見たけど、王子がいないね」


 ああ、そういえばリオン様をお見かけしてないわね。


「テリー、会った?」


 あたしは首を振った。


「見てない」

「うん。俺もだよ」

「色んな人に挨拶してるのよ。王子様ってお忙しい方だから」

「残念だったね」

「………ん、何が?」

「お前、憧れの王子様に迎えに来てほしいんだろ?」

「あら、何の話かしら」

「リオン殿下はお前を迎えに来ない。ということは、リオン殿下はお前の王子様じゃないわけだ」

「何言ってるんだか。リオン様は皆の王子様よ」

「リオン様と前世で結ばれてたんだっけ?」

「……………」


 睨むと、キッドがにまにま笑ってる。


「……そうやって、またからかう」


 つん、と顔を逸らすと、キッドがあたしの頬に手を添えて、優しく自分の方向へ向かせた。


「ニクスに言ってただろ?」

「ただの冗談よ。何? 本気にした? 婚約者が王子様に取られると思ってひやひやした?」

「いいや。何もひやひやしてないよ。ただ」

「ただ?」

「リオン様には、お前を喜ばせることは出来ない」

「へえ? で?」

「で、俺は考えてるわけだ。どうしたらテリーが喜ぶのかなって」

「へえ。あたしが喜ぶことを考えてるの?」

「そうだよ。お前の王子様は俺だから」

「キッドが王子様ね」

「ねえ、テリー」


 どうしたらいい?


「どうしたらテリーは喜ぶ?」

「そうね」


 だったら、


「今夜は仮面舞踏会よ」


 せっかくの舞踏会なんだから、


「……ダンスでもする?」


 言えば、キッドがぱっと目を見開いて、口角を上げる。


「踊ってくれるの?」

「……気分も落ち着いたし。いいわ。一曲だけ」

「よし、きた!」


 キッドが勢いのままあたしから離れる。立ち上がり、歩き、振り向き、あたしの正面に立つ。

 胸に手を当て、顔を上げる。


「我が君」


 跪く。


「我が愛しのテリー」


 手を差し出す。


「我が愛しのプリンセス」


 微笑む。


「この俺と踊って頂けますか」


(まるで本当に王子様ね)


 あたしよりも、キッドが喜んでるように見える。


(子供なんだから)


 微かに口角を上げ、その手の上に手を重ねる。


「喜んで」


 手が握られる。


「よし、行こうよ。仮面も忘れずに」


 キッドがようやくあたしに仮面を返してきた。その仮面をつけ、キッドも仮面をつけ、お互い顔を隠して、再び手を握る。


「さ、行こうよ。テリー。リードなら任せて」

「お待ち。キッド」


 その前に、


「見つかったらタダじゃ済まないわ…。作戦Cよ。キッド、あんたが先頭に立って」

「お任せを。愛しの我が君。必ずしも、騎士の私が貴女をここから連れ出しましょう」

「いいから早くして! 早く!」

「分かった分かった。そう叩くな」


 キッドが呆れたように笑い、また楽しそうにあたしを引っ張る。手を繋いで、地面を蹴って、足音を重ねて、美しい庭を後にした。



 風に吹かれて、青い薔薇が揺れる。



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