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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
三章:雪の姫はワルツを踊る
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第11話 捜索開始(1)


 ――――さあ、どうしようか。


 鍵のかかった窓を見て、顔を引き攣らせる。内側から鍵を開けることが出来なくなってしまった。扉もノックしないと開けてくれない。

 昨日のあたしがした行動で、ママの逆鱗にとうとう触れてしまったようだ。窓が細工され、部屋の前には完全にメイドが待機している。


「ねえ、あたし、トイレに行きたいの」

「かしこまりました」


 そう言ってドアが開いた瞬間に逃げようものなら、屋敷中のメイド達があたしを捕まえに来る。そして、部屋に連れ戻されるのだ。暴れても、メイド達は絶対にあたしから離れてはくれない。


「畜生! 放しなさいよ!」

「テリーお嬢様! 私達も仕事なんです!」

「怒らないでください!」

「どうか良い子になさってください!」

「我々からのお願いです!」

「お嬢様が逃げるたびに怒られるのは私達!」

「お陰で連勤です!」

「自分の時間も無い!」

「理不尽極まりない!」

「酷すぎる!!」

「「びええええええん!!」」

「……それは、あの、……悪かったわ……」


(さて、どうしたものか…)


 とりあえず、あのメイド達には旅行の切符をプレゼントしましょう。そうしましょう。彼女達も、疲れているのだろう。あたしも疲れたわ。考え疲れたわ。まさか部屋を改造されるとは思わなかった。


「まさか、ここまでされるなんて…」

「無茶をするからさ」


 はっと顔を上げると、ドロシーがあたしの部屋のクローゼットからドレスを取り出して、自分に重ねていた。


「ドロシー!」

「おお、このドレス! 僕にぴたっとハウスじゃないか! 僕、意外とドレスも似合うんだねえ…。うっふん。わお。セクシーだね。ドロシーちゃん…」

「あんた、どこにいたのよ!」


 ドロシーがあたしに振り向く。


「ねえ、テリー、このドレス貰っていい? 僕にお似合いだと思うんだ」

「ドレスくらい、いくらでも持っていきなさい! ただし、それはお前が役に立った時の報酬よ! この役立たず!」

「人が現れたら役立たず呼ばわり。僕が何をしていたかも知らないくせに」

「何よ。愛しのメニーを放って、何をしてたって言うの?」

「メニーね」


 ドロシーがドレスをクローゼットに戻し、歩き出す。


「どこから話せばいいかな?」


 ベッドに座り、マントを広げ、足を組み、首を傾げる。


「街の状況、メニーの状況」

「順番に行くわ」


 まずは、街の状況。


「街では何が起こってるの」

「良くない風が流れてる。誘拐事件や、通り魔事件の時と同じような風。非常に息苦しい。多発している地震が不安を煽ってる」

「地震、ね」


 昨日、ニクスが泣き叫んでいた事を思い出す。ドロシーが腕を組み、話を続けた。


「最近、本当に地震が多いだろ。地震のせいで人が死んで、怪我をして、寒いから風邪を引いて、病気を運ぶ。病院は稼ぎ時だ」

「風邪くらい、寝てれば治るわ」

「原因不明の病なら、そうはいかない」

「…原因不明の病?」

「一部の人達が病に侵されている。病院で入院が相次いでいるんだ。お陰で城下町は大混乱。皆、毎日、怖がってる。毎日、不安な風が吹き続いてる。地震か、不治の病か、不安でぺっちゃんこになりそうな毎日。非常によろしくない」

「…メニーの病気といい、最近は原因不明の病が人気なのね。一体何なの?」

「丁度いい。メニーの話をしよう」


 次。メニーの状況。


「何よ。感染症でも流行ってるわけ?」

「呪いだ」

「……」


 あたしはきょとんとする。


「呪い?」

「病じゃない。呪われているんだ。魔力が体にこびりついて、剥がれない。このままじゃ、メニーだけじゃなく、呪われた人達全員、氷漬けになって死んでしまう」

「メニーも……呪われてるの……?」

「どこで引っ付けてきたかは分からないけど…」


 ドロシーが深刻そうに頷いた。


「呪われてる」


(…という事は、このままいけば、メニーは死ぬ…?)


 あたしは笑顔で頷く。


「よし、放置でいいわ」


 ドロシーがイラっとこめかみに青筋を立てた。


「テリー!」

「ドロシー、あたしの望みは死刑回避の未来だけよ」


 メニーがこのまま死ねば、病死と思われる。メニーがプリンセスになって、あたしを死刑にする日は永遠にやってこない。


「いいじゃない。最高よ。他の人達には申し訳ないけど、呪われる方が悪いのよ。あたしは呪われてないし、ピンピンしてる。いいわ。しょうがない。放置して、病死に見せましょう。ふふん! 呪いを愛し愛する! これであたしは救われる!」

「罰が当たるよ。テリー。人を呪わば穴二つだ」

「そんなの迷信よ」


 鼻で笑い飛ばしてしまえ。


「はっ! 呪った分自分に返ってくるなんて、あるわけ無いじゃない。世の中、抗って生き残った者勝ちなのよ。ドロシー。死人に口無し」

「ふふっ。安心してテリー。気を急ぐのはまだ早い。いいかい。メニーは死んでない。呪われた人達もだ。この呪いはね、根源さえ何とかしてしまえば解ける仕様だ。ただ、非常に特殊で、非常に強い魔法ってだけ」


 最近、メニーの様子が確かに変だった。


「君、メニーがおかしくなり始めたのがいつだったか、知らない?」

「知るわけないでしょ。そんなの……」


 ―――――――いや、


「……知らないって言ったら、嘘になるわね」

「え?」


 あたしは視線を逸らした。


「……雪の城に行った時、メニーもついてきたのよ」

「何?」


 ドロシーが目元を鋭くさせた。


「メニーが? 君、一人で行ったんじゃないの?」

「しょうがないでしょ。ついてきたのよ。冒険に行くって言ったら、行きたいって、向こうが勝手についてきたの! 言っておくけど、あたし、何も悪くないわよ」

「どうしてその事を黙ってたのさ?」

「問題無いと思ったのよ。現に問題無かったわ」

「現に問題が起きた」

「それまでは何も無かった。本当よ」

「でもメニーはおかしくなった」

「ええ。……そうよ」


 正直に頷く。


「確かに、メニーがぼうっとし出したのは、雪の城から戻って来てからだった」

「雪の城に変なものが無かった?」

「言った通りよ。お城の中には鏡しか無かった」


 ドロシーが顎をさすった。


「……鏡ね」

「ホームレスの説はおしまいね」

「その鏡、どんな鏡だった?」

「どんなって…」


 あたしは薄っすらと思い出す。


「高価そうな鏡だった」

「ふむふむ」

「額縁に入ってるの。あれは本物の金かも」

「金の額縁ね」

「丸い形で…」


 覗けば、プリンセスのあたしが映っていた。


「……そうだ。確かに変な鏡だった。鏡の中のあたしが喋ったのよ」

「ん?」

「鏡には、理想のあたしが映ってた」


 美しくて、綺麗で、可愛くて、理想のプリンセスになったあたしが、鏡に映っていた。


「願いは何だ、って訊かれた」

「願いを叶えてあげる、って」

「望みはなんだって言われて」

「戸惑ってたら、鏡からあたしの望みを言っていくのよ」


 あたししか知らないような事まで。


「望んだ願いは全部叶えてあげるとも、言われた」

「テリー」


 ドロシーの顔色が変わった。


「それ、君、メニーを殺したいとか、願ったわけじゃないだろうね?」

「ドロシー、あたし、冷静だったらやってたかもしれないけど、その後すぐに気絶したのよ」

「気絶? 君が? 一体どうして?」

「鏡を見てたら、意識が遠くなった」


 鏡の中のあたしが喋ったわけだし、


「……驚いて、気を失ったのかも」

「……もしかして、その鏡、テリー、こんな歌を聴いてないかい?」


 ドロシーが息をすっと吸って、歌い出す。


 鏡よ、鏡よ、鏡さん、

 この世で一番美しいのは誰。

 鏡よ、鏡よ、鏡さん、

 この世で一番美しいのは、誰か。

 鏡よ、鏡よ、鏡さん、

 この世で一番美しいのは、誰か。

 鏡よ、鏡よ、鏡さん、

 この世で一番美しいのは、プリンセス。

 プリンセスの名は、誰か。


「…………それ、ニクスが歌ってた」

「いつ」

「あたしが雪の城に入りたいって言った時に」

「プリンセスは、テリー?」

「……ニクスは、そう歌ってた。あたしはニクスにとって、お姫様だからって。でも、その歌はラジオで聴いた歌だって」

「最悪だ」


 ドロシーが忌々しげに呟き、あたしを手招きした。


「おいで、テリー」

「え? 何?」

「たった今、君の口から有力な情報を手に入れた。それも最悪な情報だ。ああ、間違いない。最低に最悪。根源はそれだ」

「な、なんか、まずいの?」

「まずは確認しよう。おいで」


 ドロシーの横を叩かれ、あたしは早足でドロシーの隣に移動する。ドロシーの横に腰をかけ、ドロシーがあたしの両手を握った。額と額を合わせて、ドロシーが目を閉じる。あたしは目玉を震わせる。


「ねえ、何するの?」

「いいから目を閉じて」

「え、まさか、あたしも病気なの? あたし死ぬの? え? 嫌よ! あたし、死にたくない!」

「確認するから目を閉じて!」

「ん!!」


 あたしの瞼がぎゅっと下ろされると、ドロシーの唇が動き出す。


「鏡の破片が刺さる時、心の凍る少年よ、心を表せ、目を覚まさん」


 あたしの脳の中に緑の手が入ってくる。扉をノックされる。あたしは扉を開ける。ドロシーが立っている。あたしはドロシーを中に入れる。ドロシーがお辞儀してから中に入る。辺りを見回す。あたしの脳の中を眺める。真っ白い世界。ドロシーが眉をひそめてあたしに振り向いた。


「君、メニーと一緒に鏡を見たんじゃないの?」

「見たけど」

「……質問を変えよう。ニクスが歌っていたのは、鏡を見る前?」

「ああ…」


 こくりと頷く。


「そうよ。雪の城に入る前日。初めて鏡を見る前よ」

「鏡を見る前に、君は『プリンセス』になった」


 ドロシーがゆっくり歩き出す。頷く。


「なるほど」


 ドロシーがあたしに振り向いた。


「何かが、頭の中に入ってきた感覚は無い?」

「………」


 ―――――あ。


「あった」


 あたしは頷く。


「気絶した時、白い靄みたいな、手みたいな、うようよしたものが、あたしの中に入ってきた感覚、あるわ」


 でも、あたし気持ち悪くなって、声をかけたの。


「お前達誰よ、って」


 そしたら、急に離れていった。


「離れていった?」

「ええ」

「君、それに声をかけたのかい?」

「だから、気持ち悪かったのよ。頭の中を触られそうになった感覚がして」

「…………」

「さっきから質問攻めばかりね。ねえ、あたし病気なの?」

「もう一つ、確認したい」


 ドロシーが手を後ろにやり、前に出す。どこからか取り出した林檎をあたしに差し出した。


「テリー、これをお食べ」

「林檎?」

「ああ」


 あたしは林檎をかじった。


(うっ)


 ぺっ! と吐き飛ばす。


「何よ、この林檎。くそ不味いじゃない!」


 ドロシーが黙った。あたしはドロシーを睨みつける。


「ドロシー、どういうつもりよ!」

「君は」


 ドロシーの緑の眼が、あたしを見据える。


「世界が一巡する時、生と死の狭間にいた」


 あたしの手にあった林檎が砂となって消えた。手の上が軽くなる。


「テリー、今起きてる事を、改めて話そう」


 街の状況。


「原因不明の病。原因は、鏡だ」


 テリー。雪の城に置かれているのは、


「古代昔、魔法使い達が作った、魔法の鏡」


 もとい、


「呪いの鏡」


 見た者は鏡の魔力に魅入られ、圧倒的な魔力に体が耐え切れなくなり、全身が凍っていき、やがて死に至る。


「しかし、鏡はある事をすれば、呪われずに済む」


 鏡の主となるんだ。


「主としての権利を持てるのは二人まで。一人はキングかクイーン。もう一人はプリンスか、プリンセス」


 つまり、


「ニクスは、鏡の所有者だったんだ」


 でも、それをテリーに譲った。


「主が望めば、主を変える事が出来る。自分の呪いを人に移すように、輪廻する」

「……ニクスは、あたしを呪ったの?」

「いいや、違う」


 テリー、ニクスは多分、


「君の身を案じたんだ」


 鏡は雪の城の最奥部にあった。


「君は、近づいちゃいけないと言われていた」

「ええ。雪の城には雪の王がいるから、近づくなって」

「王じゃない。鏡があったんだ」

「……呪いの鏡があったから、近づくなって言ってたわけ?」

「でも、テリーは雪の城に入りたがった。それはもちろん、テリーがニクスの事を調べるためだ。雪の王が本当にいるか確認しに行ったってのは僕だって君から聞いてるから知ってる。でも、ニクスからしたら、そんな事情なんて知らない」


 テリーが呪われたどうしよう。


「ニクスは君を守ったんだ」


 守るために、


「主の権利を譲った」

「それ、ニクスはどうなるの? 所有者は、二人までなんでしょ?」

「ニクスのほかにいるとすれば、考えられるのは一人だけだ」


 あたしは唸るように名前を言った。


「……雪の王」

「ニクスは君に権利を譲った。今では、ただの子供だ」

「だから、あたしは呪われてないの?」

「ああ。そうとも考えられるし」


 ドロシーが人差し指を立てた。


「君の状況の話をしよう」

「あたしの状況?」

「テリー、これは可能性だけど」


 ずっと不思議だった。だって皆には見えない僕を、君だけが見えたのだから。


「テリー、君は、……魔法にかかりにくいのかもしれない」

「魔法にかかりにくい? だったら今までのあんたの魔法は何なのよ」

「正しくは、君自身へかける魔法にかかりにくい。君の中身だ。君の心には、魔法が効かない。君が許さない限り、魔法が君を支配する事は出来ない。これはおそらく、君の記憶が残っている事にも繋がってると思うよ」

「ドロシー、さっきから難しい話ばっかりでうんざりしてるの。もっと簡潔に言って」

「もう! つまりだね、お馬鹿なテリーたん。世界が一巡された時、君は生と死の狭間にいたわけだ。その時に、発動された膨大な魔力が君に何かかしらの影響を及ぼした。そのせいで、君は魔法にかかりにくくなった」

「……つまり?」

「君は呪いにかからない」


 あたしは目を開けた。ドロシーが目を開けた。額同士が離れる。世界は白い世界から、あたしの部屋に戻ってくる。


「情報をまとめよう」


 ドロシーがあたしから手を離した。


「街で起きている一連の病は、鏡の呪い。全員雪の城に入ったんだ。悪戯とか、酔っ払いとか、理由は様々。そして、鏡を見て、呪われた」

「メニーも同じだ。冒険に出かけて鏡を見て、呪われた」

「ニクスは、…多分、これは僕の推測だけど、鏡の所有者であったニクスは見張っていたんじゃないか? 人々が鏡に呪われないように」

「だから、テリーと遊ぶ場所があそこだった。離れたら、誰かが呪われるかもしれないと思って。ニクスは鏡が誰かを呪わないように常に見張っていた」

「そして、ニクスと友達のテリーは」

「膨大な魔法の影響によって、呪いにかかりにくい体となっていた」

「更に、ニクスが君に権利を譲った」

「だから、鏡の魔力に支配されなかった」

「侵入してきた魔力を見つけて、声をかける事が出来たんだ。普通はあり得ないその行動に、驚いた魔力が逃げ出した」

「君は鏡に絶対に呪われない」

「そうさ、つまり」


 鏡を見ても平気な君は、


「今や、呪いの根源である鏡を割る事が出来る、唯一の人物」


 ドロシーがあたしの手を引いて立ち上がると、足をゆったりと動かし、あたしとワルツを踊りだす。くるん、くるんと回れば、ドロシーの帽子の先がふわりと揺れた。


「さあ、テリー、最終ミッションは決まったかい?」

「……あたしに行けって言うの?」

「君にしか解決出来ないんだよ? さ、テリー、皆の英雄になろう!」

「嫌よ!」


 あたしは首を振る。


「確かにその理屈で言えば、あたしは呪いにかかりにくい体なのかも。まあ、現に、あんたの事も見えるわけだし。膨大な魔力ね。納得いったわ。でもね、嫌よ。こんなにか弱いあたしがそんな危ない橋を渡るなんて、冗談じゃない」

「このままじゃ、皆が死ぬんだよ。テリー」

「言ったでしょ。呪われる方が悪いのよ。メニーだって、このままくたばるべきだわ。あんな奴、死ねば良い。そしたら、罪滅ぼし活動なんてしなくて済む。あたしの未来に、破滅は無くなる」

「ニクスの事はいいの?」


 あたしはドロシーを睨みつけた。


「ニクスは、魔法の鏡の所有権を与えるほど、大切な友達の君との約束を破った。なぜだろうね」


 そもそも、そこから始まった。


「でも本当は、その前から始まっているのかもしれない」


 ニクスはどうして、鏡を所有していたんだろう。


「気になるだろ?」


 その果てに、答えがある。


「確かに、鏡を割らなければ、メニーは呪いによって死に至る。君は未来永劫、死刑になる事は無いかもしれない」


 でも、そんな事になってごらん?


「貴様を殺してやる」


 ドロシーが口角を下げ、緑の目を鋭くさせ、その眼を、じっと、あたしに向けた。その目は、殺意に満ちていた。


「ギロチンよりも、一度目の世界よりも、もっと苦しい思いをさせて、殺してやる」

「呪いは効かない」

「魔法は効かない」

「だから何だ」

「貴様にかける魔法はいくらだってある」

「ドレスで体を締め付けてやろうか」

「足の骨が砕けるまで靴を窮屈にしてやろうか」

「とことん追い詰めてやる」

「死ぬまで苦しめてやる」

「死んでも苦しめてやる」

「その魂を追いかけて」

「生まれ変わっても」

「何度生まれ変わっても」

「貴様が幸福になる事は無い」

「僕が永遠の呪いをかけてやる」


 ドロシーがあたしの手を握り締める。


「さあ、テリー」


 ぎゅっと、握り締める。


「メニーのため、そして、ニクスのためだ」


 ドロシーが、にこやかに微笑んだ。


「分かってるだろ?」


 お前は動かなくてはいけない。それがお前の罪滅ぼし活動だ。


「ミッションは?」


 ドロシーがあたしを見つめる。ドロシーの緑の目があたしを睨む。あたしは口の中に溜まった唾を呑みこむ。ドロシーは見る。あたしを見る。あたしの奥底を見てくる。あたしの心を見てくる。さあ、どうするんだと訊いてくる。あたしは歯を食いしばり、NOとは言えない状況だと悟り、そのクエスチョンに答える。


「……『魔法の鏡を割って、呪いを解く』」

「素晴らしい」


 足が止まる。ドロシーが笑顔のまま、言った。


「復唱!」

「愛し愛する。さすれば君は救われる」

「メニーを愛して、ニクスを愛する。悪知恵を良い事に活かすんだ。テリー!」

「はあ……」


 あたしはがっくり肩を落とした。


「結局、メニーを助ける事になるのね…」

「それが君のためになる」

「そうかしら」


 ドロシー、あたしは思うのよ。


「あたし自身が、死刑になる未来を築いていってる可能性も、あるんじゃないかって」

「そうなったらその時さ」


 言ってるだろ。


「いざって時は、僕と旅に出よう」

「魔法使いのお守の未来なんて嫌よ」

「じゃあ働くんだね。一度目の世界での罪を償うんだ」

「あたしが何したってのよ…。メニーには、ちょっと躾をしただけじゃない…」

「はっ。ちょっと躾ね」


 ドロシーが冷たく笑い飛ばし、あたしの背中を叩いた。


「ほら、準備して。街まで送ってあげるから」

「ねえ、あたしがいない間、あたしに似た人形を部屋に置いてよ。魔法で出来るでしょ?」

「魔法使いにはルールがある」

「チッ。ケチ魔法使い」


 ドロシーの肩にあえて肩をぶつけ、ふらついたドロシーを無視してクローゼットに入り、扉を思いきり閉めてやった。



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