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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
三章:雪の姫はワルツを踊る
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第4話 地震の痕跡(1)


 その夜、サリアが眉をひそめた。


「そういえば、大丈夫でしたか? すごい地震でしたが」


 あたしの髪に優しくタオルを当てながら訊いてくる。

 あたしは頷き、鏡越しのサリアを見つめた。


「怪我はなかったけど、最近妙に多いから心配ね」

「そうですね。用心に越したことはありません。もし外出している時に地震が起きてしまった場合の事も、きちんと頭に入れておいてくださいね」

「クロシェ先生からまた教わらないと」

「ええ。危険な目に遭ってないうちに、教わっておいてください」

「サリア、あたしが地震で怪我しちゃったらどうする?」

「そうですね。テリーお嬢様、どうか死なないでって、泣いてすがりますかね」

「サリアが泣くの?」

「ふふっ。私だって泣くんですよ」


 サリアがタオルを畳んだ。ブラシを掴み、あたしの髪を優しく梳いていく。


「そうだ。テリーは知ってますか? 地震が起きてから、中央区域の丘の下に大きな穴が出来た話」

「…穴?」

「ええ。号外の新聞に載ってました」

「それって、いつの地震の影響?」

「今日です」

「今日?」

「はい。地震が発生してから見つかったと言われてます」

「…なんか」


 鏡に映るサリアの顔を見て、あたしは首を傾げる。


「腑に落ちないって顔ね。サリア」

「そうですね。どこか、納得が出来なくて」

「納得?」

「だって、地震が発生して、地割れが起きた、というのであればわかるんです。穴なんですよ? それも、巨大な丸い穴」

「岩でも落ちたんじゃない?」

「写真で見る限り、岩の大きさとは思えなくて。…なんというか、岩というより隕石。まるで巨大な隕石が空から降ってきたような」

「でも隕石なら分かるわ。空から落ちてくるわけだし」

「ええ。ですが、そのようなものがあった痕跡は見たところありません。岩も隕石も落ちる事なく、ただ、それくらいの大きさの穴が出来た」

「それって、今回初めて見つかったの?」

「らしいですね。何も落ちてないのに丸い穴が出来るなんて、とても不思議な現象です」


 サリアがあたしの長い髪をブラシで梳いていく。


「宇宙人、ですかね?」


 ふふっとサリアが笑い飛ばす。


(あ、自分でも馬鹿な事を言ったって思ってる顔)


「気になるの?」

「ええ。正直、とても引っ掛かります。魚の骨が喉につっかかったような、気持ちの悪い感覚です」

「明日一緒に行ってみる? 見れるかわからないけど…」


 提案すれば、サリアは首を振る。


「そんなことのために業務を無視できません」

「無視じゃないわ。あたし、ちょっと街に行こうと思ってて」

「あら、また勉強をさぼるおつもりですか?」

「サリア」

「ふふっ」


 むっとすると、サリアが笑う。

 そんなサリアに、あたしも無邪気な笑みを浮かべて、振り向いた。


「サリア知らないの? 新しく出来たパン屋のこと」

「ミセス・スノー・ベーカリー、でしたっけ?」

「そうよ! そこのね、チーズを半分以上使ってて、こんがり焼いたベーコンのパンが、すっごい美味しいの! 本来なら今日行く予定だったんだけど、遊びに行ってて行けなかったでしょ? だから明日、何があっても絶対行ってやろうと思って! でも、ほら、あたし、まだ12歳でしょう? 人が多いところに出かけるなら、保護者が必要だと思うのよ。サリア、時間があるなら明日付き合ってくれない?」

「アメリアヌ様やメニー様を誘われてはいかがですか? 奥様や、他のメイドも使用人もいますよ」

「サリアが行ってくれるなら、パンを独り占めできるわ! それに、あたしが二個買って、一個いらないから誰かにタダで渡すことも出来る」

「ふふっ。テリー。それはデートのお誘いと受け取っていいですか?」

「そうよ。あたしはサリアを口説いてるの」

「ふふふ。まったく。生意気ですよ。お嬢様」


 振り向くあたしに、サリアが微笑ましそうに笑う。だからあたしも甘えて笑う。


「ねえ、行く?」

「そうですねえ…」

「行こうよ」

「ふふ」

「あたし、サリアとデートがしたいなー?」

「んー…」


 サリアが首を傾げて、目玉を泳がせて、右、左と見て、あたしを見つめて、微笑んだ。


「パン代はテリーのお小遣いですか?」

「もちろんよ」

「承知いたしました。では、明日、一緒に出掛けましょうか。どうしてもテリーお嬢様が街へ行きたがっていると、ギルエド様に業務の変更を伝えておきます」

「頼んだわよ。サリア」

「テリー」


 サリアが軽く頭を下げる。


「ありがとうございます。わがままを聞いてくださって」

「サリアこそ、あたしのわがままに付き合ってくれてありがとう」

「楽しみにしてますね。パンも」


 微笑んで、呟く。


「謎の現場も」


 サリアの目が、謎を解きたがっている。つっかかった違和感を、不思議を、正解の答えに導きだしたがっている。


(…巨大な穴か)

(キッドの関わってる事件と、何も関係ないといいんだけど)


 まあ、この一年何もなかったし、呪いの飴を渡す魔法使いについての情報も一切無いわけだし。


(ただの不可思議な不思議な不可解な不安定な不確定な不自然な自然現象でしょうよ)


 ふああ、とあくびをした。





(*'ω'*)






 次の日。


「ぎゃーーーーーーあ!!!!」


 あたしの悲鳴がトイレに響く。メイド達がトイレの扉をノックした。


「テリーお嬢様!!」

「どうなされたのですか!」

「虫ですか!?」

「無視ですか!?」

「蜘蛛ですか!?」

「あら、蜘蛛ならどうぞそっとしておいてくださいな」

「そうですわ。お部屋に出た蜘蛛は幸運の持ち主なのですよ」

「テリーお嬢様、蜘蛛はお友達。怖くない」

「テリーお嬢様、蜘蛛はお友達。怖くない」


 あたしは扉を少しだけ開ける。


「……生理だわ……。生理が始まったわ……」

「まあ!」

「生理でしたか!」

「なーんだ! びっくりしちゃいました!」

「もう! テリーお嬢様は大袈裟なんだから!」

「たかが生理で!」

「生理如きで!」

「「悲鳴など大袈裟ですわ! おほほほほ!」」

「サリアーーーーー!」


 泣き声をあげればサリアが新しい下着とナプキンを持ってやってくる。あたしはベッドに運ばれる。


「なんの…これしき…あたしは…今日…パンを食べにいくのよ……」

「テリー、無理せずに」

「サリア! 何言ってるの! さあ! ベーコンチーズパンを買いに行くわよ!」


 ぐるるる!


「ああっ! 腹痛による朝ごはん食べなかった空腹からの腹痛だわ!」


 びきびき!


「ああっ! 昨日の筋肉痛だわ!!」


 あたしは瞼の上に手の甲を当てる。


「ああっ! なんてこと! 色んなところにダメージが! このままだと、棺桶の中に入ってサリアの背後を歩き回ることになっちゃう!」

「テリー、少しお休みください。パン屋ならいつでも行けますので」

「何のこれしき…! 今日のランチは…! ベーコンチーズパンって決めてるの!」


 あたしが牢屋の中にいる間、どれだけ懐かしんだか。ベーコンチーズパン。

 あたしがふと思い出した時に、どれだけ食べたかったか。ベーコンチーズパン。

 あたしの小腹が空いた時に、どれだけ恋しかったか。ベーコンチーズパン。


「行くわよ…。絶対に、ベーコンチーズパンを、食べなくては…!」

「しかし…」

「うるさい! 早くドーピングよ!」


 あたしは陣痛薬を飲み込む。ラジオから曲が流れてくる。


 不思議な薬のーまされてー、元気なレディに、変身だぁー!


 馬車の中で、あたしはげっそりした状態でサリアのお膝にお世話になる。膝枕状態でぐったりの体が車輪の揺れと共に揺れる。


「……お腹もちゃもちゃする……」

「休めばいいものを」

「やだ…! あたしは、何としてでも、ベーコンチーズパンを食べるの…!!」


 ああ。女って面倒くさい。月に一度こんな思いをしないといけないなんて。なんて可哀想なの。あたし。下から血がどばどば出てくるなんて、殿方には想像が出来ないでしょうね。


 ああ、昨日の筋肉痛。ふざけやがって。キッドのせいだ。

 ああ、生理の腹痛。ふざけやがって。全部メニーのせいだ。


 体が重い。重力で押しつぶされる。


「サリア、あたしが死んだら、ベーコンチーズパンを、お墓に添えて…! 絶対よ…!」

「はい。必ず」

「くそ…! ただ、不幸中の幸いは、昨日じゃなくてよかったってことよ…! 昨日ならもう最悪だった。でも今日はサリアが一緒! サリアなら何かあったらどうにかしてくれる! もう何も怖くない!」

「テリー、紅茶でもいかがですか? 体が暖まりますよ」

「……………」


 あたしはむくりと起き上がる。サリアが手持ち鞄からティーカップとソーサーを取り出す。水筒から紅茶を注ぐ。


「はい」

「ありがとう」


 あたしはおしとやかに紅茶を飲む。ふう。美味。


(生理と筋肉痛に侵された時の紅茶って美味だわ)


 ああ、体が温まってきた。


「すごい。本当に楽になってきた。サリアは何でもマンね」

「それを言うなら何でもウォーマンです。女ですから」

「マンもウォーマンも一緒でしょ。ウォーつけるかつけないかの違いでしょ」

「勉強を教えている先生が悲しみますよ」


 三人がスケートしてる間に聞きましたよ。テリー。


「テリーが一番成績が悪いだとか」


 あたしは黙って紅茶を飲む。


「テリー?」


 あたしは目を逸らす。


「サリア、違うの」

「何が違うんですか?」

「なんかね、12歳になってからね、急に難しくなったのよ。あたしね、悪くないの。数字がね、悪いの」

「理解するためにクロシェ先生が宿題を出しているとおっしゃってましたよ」


 あたしはうなだれる。背もたれに行儀悪く体重を乗せ、ぶすっと唇を尖らせる。


「…わかんないんだもん…」

「先生に聞けばいいものを」

「だって、課題は夜にやってるのよ。もしくは朝起きてから一気に。先生が寝る前に訊くなんて悪いじゃない」

「課題をやる時間を考えるのも課題ですよ」

「課題課題課題。ああ、課題ばっかり。なんで勉強しなくちゃいけないの? わからない問題ばっかり。もう嫌になっちゃう。あたし、数字とは相性が悪いんだわ」

「それでも、課題は待ってはくれませんよ」

「先生に訊きに行くのもだるいわ」


 唇を尖らせると、サリアがくすっと笑う。


「訊ける相手は、ここにもいますよ?」


 ちらっと見る。目の前のサリアが微笑んでいる。


「…サリアが教えてくれるの?」

「テリーくらいの年齢の範囲でしたら、お答え出来るかと」

「……本当?」

「テリー、知ってますか? 私、教員免許を持ってるんですよ?」


 その言葉で、あたしの顔がしかめられる。


「え?」

「奥様が、使用人全員に言ってるんです。何か資格を取っておくようにと。私は勉強するのが好きでしたから、教員免許を取得してます」

「……ってことは?」

「まあ、テリーの年齢くらいの範囲でしたら、教えることも可能だと」


 サリアが一言付け加える。


「教科書を見て分かれば、のお話ですが」

「じゃあ、サリアに訊いてもいいってこと?」

「ええ。いつでも」

「寝る前でも?」

「私は貴女達が眠ってから、寝るので」

「ああ、サリア!」


 あたしはティーカップを持ったままサリアに抱き着く。


「あたしの救世主! お給料上げるわ!」

「大丈夫ですよ。十分貰ってますから。でも、先生に訊いた方が早いと思います。彼女は、それが仕事ですから」

「分かった。どうしても訊けそうにない時だけ、サリアに訊く!」

「ええ。そうしてください」

「サリア大好き!」

「また口が上手いのだから」


 サリアがくすっと笑う。


「ほら、お行儀良くしてください。おかわりはいかがですか?」

「いただくわ」


 サリアにティーカップを渡す。

 新しいティーカップを用意している間に、あたしの目が窓を見る。

 人が雪道を歩いている。寒そうな景色。白い景色。子供が歩いてる。大人が歩いてる。


 彼が歩いてる。


「っ」


 あたしは目を疑う。彼が歩いてる。

 マフラーをして、コートを着て、大きめの手袋をはめた彼が、あたしの過呼吸を止めた彼が、てくてくと道を歩いていた。


「ちょ」


 あたしは慌てて声を張り上げる。


「止めて!」

「ん?」


 サリアが顔を上げた。

 あたしは窓を開ける。


「ロイ! 止めて!」

「え、あ、はい!」


 ロイが馬を止めた。あたしは馬車から下りる。


「テリーお嬢様?」


 ロイの声を気にせず、あたしは駆け出す。彼を追いかける。だが、道を曲がれば、


「あれ」


 いない。


「ニ…」


 名前が分からない。辺りを見回す。


「…………」


 いない。


「テリーお嬢様」


 サリアが追いかけてきて、あたしの肩を掴んだ。


「どうされました?」

「…………」


 小さく、呟く。


「……知り合い、が、いると思ったんだけど……」


 俯く。


「いなかった」

「怪我はございませんか?」

「大丈夫」

「戻りましょう」


 サリアに肩を掴まれたまま、優しく導かれていく。あたしは少しだけ、後ろを振り向いた。


(でも、確かに歩いてた)


 でも、どこにもいない。


(どこにも…)



 彼は消えてしまった。

 あの日のように。




 あたしはサリアと馬車に戻っていった。





(*'ω'*)





(うまぁぁあああああああ!!)


 ミセス・スノー・ベーカリーで並んで買ったほくほくのベーコンチーズパンを食べる。


(おいしーーーーー!!)


 ロイにもあげたら、美味しそうに食べていた。


(これよ、これこれぇー!)


 この濃厚なチーズとカリカリのベーコンの味。たまらない!!


(あったかいし、最高だわ)


 またはむ、と頬張る。

 サリアも頬張る。もぐもぐ食べる。

 食べながら、丘から見える巨大な穴を眺める。


(あれが噂の穴ねぇ…)


 パンを食べながらあたしも眺める。

 サリアの言っていた通り、丘の下に巨大な穴が開いていた。それを見るためにサリア以外の人達も寒い冬の中、丘に登って、穴をまじまじと眺めていた。


(それにしても、地震でこんな穴が出来るのね)


 パンを再び噛む。もぐもぐ噛む。穴を眺める。


 丘の下にある木々の中に、丸い空間。積もった雪がめくれ、土が見える。サリアの言った通り、隕石でも落ちたようなぼこぼこの丸い穴が出来上がっていた。底はそこまで深くなさそう。


(ああ、ベーコンチーズパン美味しい)


 あたしが呑気にパンを食べる中、隣でサリアがじっと穴を見て、考えていた。顔をしかめ、視線を動かし、腕を組んで、手袋をはめた人差し指を頬に、とん、とん、とん、と動かし、


 3、2、1。


「ああ、なるほど」


 納得した声が、サリアの口から漏れた。


「え? サリア、何かわかったの?」


 見上げると、サリアが頷いた。


「分かりましたが…、最後に最終確認を」

「最終確認?」

「テリー、ちょっと、お手伝いをしていただいてよろしいですか?」

「え、あたし、何か出来ることあるの?」


 訊けば、サリアが頷く。


「ええ、よろしければ、手を見せていただけませんか?」

「手?」

「手袋を取って、その手を私に見せていただけません?」

「別にいいわよ。それくらい」


 手袋を外して、手をサリアに差し出す。そっとサリアがあたしの手を触って、微笑む。


「握ってみてください」


 ぎゅっ。


「ああ、やっぱり」

「え?」

「ええ。わかりました」

「え?」

「ふふっ」


 サリアがすっきりしたように笑う。


「もう帰りましょうか。また地震が起きたら大変ですから」

「サリア、何をわかったの?」

「そうですね、じゃあ」


 サリアが微笑む。


「馬車の中で、答え合わせをしましょう」


 サリアが言った。


「ここは危険ですから」


 そして、パンを食べるあたしの手を握って、早足で丘から立ち去った。





(*'ω'*)






 馬車の中で、サリアが微笑んで、答え合わせをする。


「あの穴の正体」

「あれ、殴った跡です」

「人間が、地面を殴った跡」

「巨人のような大きな人間が、地面を殴って、殴って、それで出来た大きな穴」

「ぼこぼこぼこっていう跡があって」

「土なのに固まってて」

「雪が溶けていて」

「握りしめた拳で」

「がつん、がつん、がつんと」

「地面を数多く殴って出来た穴」

「そんなことが可能でしょうか」

「でも、現にあのぼこぼこした跡は拳の跡です」

「巨人でも近くにいるのでしょう」

「ああ」

「すっきりした」


 あたしは顔をしかめた。

 サリアは清々しい顔をしている。

 馬車が揺れる。


「サリア、あたし、サリアのことはすごいと思うわよ。その推理力は並外れてるわ。でも、その、…巨人は違うと思う」

「なぜ違うとお思いで?」

「巨人なんていないわ。あれは、何かが降ったんじゃない? 岩とか。雪崩とか」

「拳が降ったんです。これくらいの大きな拳が、何度も重なって崩れた跡です」


 これくらいの大きさを見て、あたしは更にに眉をひそめた。


「サリア、ない。それはない」

「テリー」

「だって、巨人なんていない。あんなのただのでまかせ。おとぎ話に出てくる架空の人物だわ」

「でもあれは間違いなく人間の拳ですよ。あんなに大きな穴になるまで殴り続けたなんて、ふふっ。大きな巨人が殴ったのであれば、最近地震が多いのも納得ですね」

「…本気で言ってるの?」

「あら、おかしいですか?」


 サリアが首を傾げる。


「おばけだって幽霊だって予言だって魔法使いだって存在する世の中ですよ。巨人がいないと言う方がおかしいではありませんか」

「あの穴は、地震が起きた後に見つかったんでしょう? その理屈で言えば、サリアの言う通り、巨人が地震を起こしてるってことになるじゃない」

「正解ですよ。それで合ってます」

「そんなわけないじゃない」

「はて? なぜ、そうじゃないと言えるんですか? テリー」

「自然現象よ。地震なんて」

「自然現象ですよ。普通は」

「普通の地震よ」

「いいえ。テリー。近いうちに何か見つかるはずですよ」

「また穴が見つかるって言うの?」

「ふふっ」


 サリアが笑う。


「私の答えは合ってるはずです。犯人が何であれ、巨人は、どこかに隠れてますよ」

「巨人ねえ…」

「ふふっ。私はすっきりしましたから、もう結構です。テリー、外出される際は気を付けてくださいね。どこにいるかわかったもんじゃありませんから」

「巨人が?」

「ええ。巨人が」

「そんなわけないじゃない。変なサリア」


 言っても、サリアは笑うだけ。


「信じるかは、人それぞれです」

「サリアは信じてるの?」

「いろんな可能性を考えましたが、それしか答えはありません」

「宇宙人は?」

「いいえ。不正解です」

「隕石は?」

「いいえ。不正解です」

「地割れの最終形態とか」

「いいえ。不正解です」

「巨人が殴った跡?」

「はい。正解です」


 くすくす笑うサリア。

 だけど、サリアは真面目に、それを指摘している。

 彼女は頭がいいのだ。とても。一瞬で、物事の違和感を把握してしまうくらいに。


 把握、しているのだとすれば。


「巨人が昼間にあそこを殴って、地震が起きたのなら、見てた人もいるんじゃない?」

「いたとしても、見つけられませんよ」

「え?」

「だって、冬じゃないですか」

「え?」

「見えないですよ」

「え?」

「見えづらい…と言った方がいいですかね?」

「…どういうこと?」

「じっと見てないと、見えないと思いますよ。ましてや、遠くからならもっと見えないかと」

「…よくわかんない」

「だから危ないんですよ。もしもそんな巨人に見つかれば」



 気が付く前に、踏み殺されてしまいますよ?



 あたしは眉間に皺が増えるばかり。一方、サリアは温かく微笑んでいる。


「だから、探しちゃ駄目ですよ。テリー」

「……………」

「ね? 危ないので」


 サリアはわかっている。

 サリアは答えを出している。


『巨人』が地震の犯人だと、確信している。

 だから、こんなにもすっきりと、微笑んでいるのだろう。


「これ、美味しいですね。もう一つ、いただいてもいいですか?」


 頷くと、袋に余ってたベーコンチーズパンを、サリアが掴んでぱくりと食べた。






(*'ω'*)




 その夜。




「巨人ねえ…」


 ドロシーが箒で宙に浮きながら、パパの本棚を弄っている。


「いないよ。巨人なんて」

「分かってる」

「何々? そのメイドの話を真に受けてるの? テリー」


 馬鹿だねえ、と言いたげなドロシーを、じろりと見上げる。


「サリアってちょっと変わってるのよ」

「ん?」

「彼女がとことん追求するところって、最終的に合ってる部分が多い。頭で考えてから、人が行動する範囲を全て把握した上で喋ったりもする。サリアの言った通り、巨人、っていうのはいないのかもしれないけど、巨人に近いものならいるのかも」

「んー。でも巨人の魔法使いは見た事がないから、魔法使いってわけじゃなさそうだけどねー」

「魔法使いじゃないなら、巨人は人間ってこと?」

「だから、いないよ。そんなの」

「でもサリアが言ってた」

「古代昔に、ジャックという巨人はいたけどね」

「神話の?」

「それそれ。だから、本に影響されてるんじゃない? その人」

「確かにサリアは読書好きって聞いたわ」

「そう。だから、君をからかって、小馬鹿にしてるだけじゃないの?」

「…そうは見えなかった」


 サリアは微笑んでいた。すっきりしていた。答えが分かったから、もういいと言っていた。


(サリアが嘘をついているとは思えない)

(何か考えがあるんだろうけど…)


 あたし達には、それを理解する術がない。ドロシーが本を手に掴む。


「メイドだしね。お嬢様の君を楽しませようとしたユニークな冗談さ。きっと」

「………」

「それにしても、最近本当に地震が多いよね。ゆっくり眠れやしな……」


 その時、小刻みに部屋が揺れた。


「んっ」

「はっ!」


 あたしとドロシーがはっとして、ドロシーが慌てて杖を振った。


「うわ、こいつは大変だ!」


 ぱっと部屋が一瞬輝くと、部屋は揺れているが、家具が一切動かなくなった。


「何したの?」

「家具を動かなくした。これで君が下敷きになることもない」

「あんたもたまには役に立つのね」

「たまにはって余計だね。僕はいつも役に立ってるよ。僕は素晴らしくすごい魔法使いだから、これくらい、朝飯前の昼食後の夜飯前さ」


 そう言うくせに当の魔法使いは空を飛んで避難しているじゃないのよ。おい、こら。

 ただ家具が倒れてこないのはありがたい。書斎には壁中本棚だ。これが倒れてきたらひとたまりもない。しばらくして、どんどん揺れは小さくなり、次第に収まっていく。


 ドロシーが上から下りてきて、絨毯の地面に足を下ろす。


「でも、この地震は確かに気になるね。本当に巨人だったら、僕はそのメイドさんを尊敬するよ」

「………」

「まあ、ただの自然現象さ。変な感じもしないし、魔力も感じない。いつもの自然の通り。つまり、君が気にする必要はないってことだ。君が気にするべきは、メニーの事、そして、自分の未来についてだけ」

「分かってる」


 ノートにも書いてあったけど、今年は地震が多い年なのだ。

 あたしも頷く。


「心配無いわ。一度目でもあった。今年はそういう年なのよ」


 冬が明ければ、すぐに何もなかったように収まる。


「地震が起きる国なんて、大変だね。ここは」


 ドロシーが歴史の本を手に取って、中身を眺めて、ぽつりと呟いた。



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