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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
九章:正しき偽善よ鐘を鳴らせ(後編)
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第34話 揺れるハンモック(2)


 ――その瞬間、クレアが目を丸くし、あたしの顔が赤と青で染まり、慌ててハンモックから起き上がり、頭を押さえた。


「えっ? なにこれ、えっ!? なにこれ!? えっ!!? なにこれ!!?」

「ダーリン! まさかのあたくしのぱんてぃーで! ジャックに奪われた記憶を思いだすなんて!」

「うるさい! ぱんてぃーとか言わないで!」


 なんか、今まで忘れてたのが、ぱぁあああーーーって! 急に!


「そんな。うそ。すごい……! もうぜったい思い出さないかと思ってた……! 思い出したのね! あたくしたちの過ごした、愛の夜を!」

「なにこれ、うわっ、ちょっ、ちょっとまって、うわ、なんか、うわ、うわ、うわ……!」


 ――ほら、胸……こうなってる……。テリー、わかる?

 ――ひぁっ……!

 ――くくっ、……やばい……。……熱っ……。

 ――キッド……。

 ――テリー……かわいいね……。


「……うわ。……わー。……あー。……。……」

「……」


 クレアがうなるあたしの手を取って導き、作り物の股間を握らせた。途端にクレアがもだえだす。


「あんっ、ダーリン、きもちいい!」

「うるさい。黙って。……キッド、14才の女の子に手を出すなんて何考えてるの?」

「くくっ。17才に成長したお前なら、今の体の状況、理解できるだろ?」

「なによ」

「毎日性欲がお盛ん」

「……」

「その上、恋をしていたと自覚したのにしばらく会えなかったお前が家にいる」

「……ああ、出張行ってたもんね……」

「今度旅行に行くか」

「賛成」

「誘ってきたのはお前」

「反対」

「ほんとうだよ」

「なにそれ、どういうこと? あのときのあたしが『触り合いたいわ、ダーリン』なんてほざいたわけないでしょう?」

「覚えてない? 悪夢……あの感じからすると、死刑にされた夢でも見たんだろうな。パニックになってておれの体にすっごい触ってきてたから、触っていいよって言ってベッドに倒れたんだ」

「で?」

「なんだったかな? ……もっと気持ちいいことしようって言ったらお前も賛成したんだよ」

「お前じゃない。誘ったの」

「違うよ。テリーが体触ってこなかったらおれもお前に触らなかったもん」

「うわ、典型的なクズ男の言い訳だわ! 女の押しが強かったから断れなかったってべらべら言っておきながら結局ヤるのよ! ……やらしい。性欲しかないんだわ。これだから男は!」

「お前……可愛かったな。最後までしたかったんだけど」

「……どこまでしたの?」

「なに? ききたいのか? くくっ、仕方ないな。おれの忘れられない思い出を官能小説のようにきめ細かく教えてやろう」

「いや、それはいい。結果だけ……」

「おれの手がお前の体のあちこちを、それはそれはやさしくなでて、愛でていき、そのたびにお前はとんでもなく可愛い声を出していた」

「無視かい」

「テリーからきいたことのない煽ってくるような……すごくえっちな声がきこえてきてさ、その上、お前もおれから離れようとしないし、もっともっとって触ってきて」

「……そうだっけ?」

「どんどん脱いでいって、お前を抱きしめて、お前に愛を囁いて」


 お前のお気に入りのかぼちゃぱんつに手を入れたときに――、


「寝たんだよ。お前」


 すやすや気持ちよさそうに。


 ……テリー、ねー、まだ寝ないでー。

 ……すやぁ。

 ……テリー?

 すやぁ。

 ねえー、これからだからさー、

 すやぁ。

 テリーーーーー?

 すやああああああ。


「……」

「……最後までしたかったのに」

「……」

「……おまけに、朝起きたら……なにも知らないって顔されて……」

「……」

「ジャックに記憶を奪われてたから……忘れたって思ってたけど……事件終わっても……思い出さないし……」

「……」

「ああ、三年経ってようやくか。原因は不明だけど、とりあえず、よかったよかった」


 キッドが再びあたしをハンモックに押し倒し、……にやりとした。


「本番、する?」

「すけべ。だからお前なんてきらいなのよ」

「おれが興奮するのはテリー限定」


 キッドがあたしの胸元に鼻を滑らせた。


「っ」

「……お前の肌に、もう一度触りたい」

「……触るのはお前じゃないわ。クレアよ」

「はいはい。そうですね」


 キッドがあたしの首筋に唇を押し付ければ、……どうしてもくぐもった声が出る。


「んっ」


 その声をきいて、……調子にでものったのかしら。キッドの口から舌が出てきて、あたしの肌に這わせる。


「ちょっ……」


 舌が熱い。


「……っ」


 舌が肌をなぞる。


「……」


 クレアの舌が、舐めてくる。


「……」


 クレアがあたしを見ながら、見せつけるように舌を肌から離した。


「……テリー、きもちいい?」

「……うるさい。……ばか」

「ブラジャーをしてないと、よくわかるな。……お前が興奮してるの」

「うるさい。……寒いのよ。……脱がされたもんだから」

「ああ、そう」


 クレアがくすっと笑って、あたしを抱きしめた。……クレアの匂いがする。あたしはクレアの胸の匂いを思いきり嗅ぐ。大丈夫よ。ばれやしないわ。クレアはキッドのつもりだろうけど、……この体はクレアのもの。


(……おちつく……)

(……やっぱり華奢ね)

(……細い体)

(……はあ、いい匂い)


「……お前って、経験あるの?」

「……んー?」

「キスだってメニーとしたのが初めてだろ? ……性行為は?」

「……」

「はー……。そうか。そうだったな。お前、ずっとリオンが好きだったもんな。処女もリオンに捧げると思ってしてこなかったんだろ」

「……」

「テリー、きいてもいい?」

「……なに?」

「お前何才?」

「……17才」

「思い出したのは、10才のとき?」

「……そうだけど?」

「死ぬ前は何才だった?」

「ねえ、キッドさま」


 あたしはキッドをきらきらした瞳で見つめる。


「女はね、永遠に20才なのよ。きゅるん!」

「施設に入ってたのは19年間?」

「クレア」

「メニーが結婚して……今年度の……二月か……。裁判で……施設に入って……船が沈んだということは……差し押さえになって……捕まったのが……18手前だとして……」

「ハニー、ね、あたしを見て。愛してるわ。ハニー」

「思い出した10才からの計算でいくとなると……」


 クレアの口が動いた。


「よんじゅう……」


 あたしは即座にクレアの顔を掴んで、キスをして、その口を塞いだ。


「ぷはっ」

「ふう。クレアちゃん。そんな計算をするために算数を習ったわけじゃないでしょ? ね? 大切なデスクワークをするために習ったんでしょ? ね?」

「ダーリン。大丈夫よ。あたくし、相手がお前なら、よんじゅ……」


 あたしは再びキスをして、クレアの口を塞いだ。


「ぷはっ」

「ハニー、ハニー、ハニー、あなたはキューティーなハニーよ。いっつも可愛い。愛しくてたまらない。もう大好きなんだから」

「そうか。ダーリン、お前、その年まで経験がなかったのか。自分ではしなかったの? 牢屋では性欲が盛んになるときくぞ? だって、よんじゅ……」


 あたしは再びキスをして、クレアの口を塞いだ。


「ぷはっ」

「ほらクレアちゃん、可愛いクレアちゃん。あたしを見て。愛してるわ」

「ああ。あたくしだって愛してる。お前が死んだのがさんじゅ……」


 あたしは再びキスをして、クレアの口を塞いだ。


「ぷはっ」

「クレア、あたしはね、記憶があるってだけで、ほら見て、17才の女の子でしょう?」

「だから精神年齢がよんじゅ」

「ハニイイイイイイイイ! あなたってほんとうに愛おしいわー! ほんとうにほんとうにだぁーーーいすき!」

「大丈夫。あたくし、21才離れてるからってダーリンを嫌いになったりしないんだから」

「クレアちゃん、あたしは17才よ!! あなたと離れてるのは、たったの4才!!」

「うん。わかった。理解できた。だからお前子供の目をしてなかったんだ。そうだよな。アラサーが10才の子供になってたら、確かにああなるかもな」

「アラサーって言わないで!! あたしはまだ17才よ!!」

「そうか。お前その年でホームレスになって、犯罪者になって、牢屋に入ったのか」


 やさしく頭を撫でられる。


「若いな」

「……嫌われ者だったから、みんな喜んでたわ」

「ほーう? 犯罪者。他にはなにをしたんだ?」

「……貴族ではよくある話よ。……傲慢な態度でお買い物しまくってたのよ。注意してくる奴がいたらとことんしつこく粘着的に追い詰める質の悪いクレーマー。城下町では囁かれてたわ。ベックス家には気をつけろってね」

「酷い一族だな」

「ええ。あなたがいたら、リオンじゃなくてあなたがあたしたちをとっ捕まえてたと思う」

「牢屋のなかで始まるロマンスなんて、なかなか燃えるな」

「そう思う?」

「テリー」

「ん」

「あたくしはお前をかばって死んだのか?」

「……ええ」

「お前は覚えてる?」

「あなたが死ぬまで手を握ってた」

「あたくし、……なんて言って死んだの?」

「なんだったかしら。……まだ王さまになってないのに……死ねないよ……みたいなこと、言ってた気がする」

「……そうか」

「あまり覚えてないわ。小さい頃だったし、……忘れなさいって、カウンセリングに来てくれた先生にも言われたの」

「そうか。……カウンセリング、してたのか」

「あなたのせいでトラウマよ。あなたが中毒者に殺されるから」

「生きてたら、お前を抱きしめてあげられたのにな」

「……そう思う?」

「ああ。……こうやって、抱きしめてあげたかった」


 クレアがあたしを抱きしめつづける。


「そしたら、お前、悪いことしなかったかもしれないのに」

「……」

「お前がリトルルビィを可愛がる理由も理解できた」

「……」

「怪盗パストリルにお熱高めだったのも、合点がいった」

「……男だと思ってたのよ」

「ソフィアも死んだのか」

「……たぶんね」

「ニクスも」

「……ニクスのこと、すごく恨んでた。約束してたのに、ニクス来なくて。……あたしたちが、鏡を割った日よ」

「あの鏡の破片、まだあるぞ。塔の研究室で、物知り博士が色々やってる。今度見に来るか?」

「いい」

「……お前、まだ間に合うって言ってたな」

「ええ。……約束の時間が過ぎてなかったから」

「ニクスは一人で戦ったのか」

「なにもできないくせにね」

「英雄は名を知られなかったわけだな」

「そして姿を消した。あたしの前からいなくなった」

「……」

「……あの時期、ニクスしかいなかったのよ。……友だち」

「……だろうな」

「会いたいわ」

「……アリスは?」

「……アリスは、たったの15才で無差別大量殺人を行った犯人として仕立て上げられて、捕まった。その翌日、自殺したの」

「……」

「……自殺したって言われたけど……、でもほんとうは、ジャックがアリスの魂を連れていったみたい。あのままだと、アリスが辛い目にあうから。……だから、アリスは苦しまずに逝けたのよ」

「アリスの、帽子のデザイナーになるという夢は叶わなかった」

「でも、悪夢の世界の住人にはなれたわ」

「それもそれで……アリスは楽しくやりそうだな」

「……あたしは今のアリスのほうが好きだけどね」

「……好きな人はいたの?」

「……あたし、恋に盲目だったから、……リオンだけ」

「……リオンに死刑にされたとき、辛くなかったか?」

「リオンに対しては……そうね、……恐怖が強かったかもしれない。拷問されてるときも、リオンは楽しそうだったから」

「ジャックか」

「ええ。レオならそんなことしない。でも、ジャックもリオンだから、やっぱり、……今の関係がちょうどいいのかも」

「拷問されたのか」

「ええ。ひどい目にあったわ」

「ざまあみろ」

「はいはい。ざまあみろ、ざまあみろ」

「……でも?」

「……愛してたわ」

「……」

「女は感情で生きる生き物だもの。メニーと結婚したってわかってたけど、……忘れられなかった」

「お前はつくづく哀れなやつだな」

「そうよ。あたし、可哀想なの」

「メニーはお前を守るためにリオンと結婚したというのに」

「知らないわよ。そんなの。あいつが勝手にやったのよ」

「メニーが嫌い?」

「大きらい」

「リオンは好き?」

「まさか。同情して哀れみの目で見てやってるだけよ。一度だってあいつのしてきたことを許したことはないんだから」

「へえ?」

「みんなきらい。メニーの味方につく奴ら、全員くたばればいいわ」

「お前はあたくしに愛を与えるのに、メニーには愛と憎悪を与えるんだな。二つもあって羨ましい」

「憎悪なんてないほうがいいでしょ」

「お前の好きもきらいも同じ人物だなんて、羨ましい」

「別に好きじゃない」


 ウソつきはだれだ。


「テリー」

「……」

「いくら愛しているとはいえ、……あたくし以外に、浮気、しないでね」

「……あたしはクレアが好きよ」

「うん。うれしい」


 クレアが微笑んで、あたしの頬に唇を押し付けた。


「テリーの初めては、あたくしがもらうから」

「……」

「……今する?」

「ハンモックはやめておいたら?」

「帰ったらする?」

「結婚してからで……」

「あたくしは今すぐにでもできるけど」

「……えっと」

「……テリー、……はっきり言おう。したい。お前と」

「……」

「……テリー?」

「……あの……」

「うん」

「正直」

「うん」

「……その」

「ん?」

「……あなただから……言うんだけど……」

「……どうした?」

「……笑わない?」

「うん」

「……秘密よ」

「うん」

「……このこと、……。……ぜったいだれにも言わないで」

「約束する。……どうした?」

「……あのね……」


 あたしはふいっと、顔をそらした。


「牢屋には、……アメリもいたし、……向かいの部屋にはイザベラがいて……部屋が丸見えだったというか……その、……ママに、そういうことをするのは、……、……結婚してからだって……小さいときから、言われてたから……」


 ほら、子どもの頃に言われたことって、なんとなく鮮明に覚えてるでしょ?


「だから……そういうものなんだと……思ってて……」


 毎日、働いて疲れて、ネズミと戯れて、寝るだけだったから、


「……自分で……した、こととか……ない……というか……」


 気がついたら、そういうのしなくても大丈夫な習慣がついてたから、する必要もなくて、しようとも思わなくて、するくらいならネズミちゃんと戯れてたくて、


「……でも、普通は……みんな、してるんでしょ?」


 ……恥ずかしい。


「だけど……結婚してからだって、言われてたから……その、……そういうの、ほんとに……二人でするものだと、思ってたから……一人でするとか……正直言って……なんか、……よく、わかんな……くて……」


 すごく……恥ずかしい。


「……だから……、……したいって、言ってくれるのは、うれしいけど……。……。ちょっと……こわい……」

「……」

「……。……だまってて……」

「……」

「……、……だれにも……言わないで……」


 あたしの顔が、すごく熱くなる。


「……したこと、ないの……恥ずかしいから……だれにも……言わないで……」


 ――クレアがあたしをそっと抱きしめた。震える手で頭と背中をよしよしよしよしと撫でられる。


「……遅れてるって……気持ち悪いって……思ってるんでしょ……」

「……っ、……っっ、……っ……!!」

「どうせ……どうせ、……この年齢にもなって……したことないわよ。……ばか」

「〜〜っ、……っ、……〜〜……っっつっっ……!!」

「自慰……とか……知らないわよ、そんなの……。この年から牢屋に入れられてたんだから、知るはずないでしょ……」

「……うん。……テリー」

「……なによ」

「もう……、……はあ……。……結婚するか」

「まだ待ってくれるんでしょう?」

「……。……。……」

「まだ、紹介所の研修も始まったばかりだし……ベックス家の事業のこともあるし……」

「……。……。……」

「結婚する前に中毒者事件もなんとかするんでしょ?」

「……。……。……」

「がんばってね。嫌よ。また40過ぎても結婚できなかったら」

「……。……。……はああーーー……」


 クレアがあたしを抱きしめながら、ぼそっと言った。


「……尊い……」

「ん? なに?」

「ダーリン、大丈夫」


 額にキスをされる。


「するときは、……あたくしが、すごく気持ちよくしてあげるから」

「……気持ちいいって言うわよね。だからレイプ事件とか、そういうの絶えないって」

「あんまり興味ない?」

「興味ないというか……結婚してからするものって言われてきたから……なんとも……」

「はあ……」

「呆れてる?」

「ううん。好き」

「……ふん」

「ダーリン、……キスならしてもいい?」

「……きて」

「くひひ。……じゃあ……遠慮なく」


 クレアが舌なめずりし、あたしの上に覆いかぶさった。




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