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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
九章:正しき偽善よ鐘を鳴らせ(前編)
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第5話 ツーサイドアップ


 目が覚めた。ここはどこ?


 カーテンのすきまから太陽の光が漏れている。明るい。きっと昼間だろう。古びた木材の天井。すこしかびくさい。あたし、こんなところでなにしてるのかしら。

 ベッドから起き上がろうとして体に力を入れると、……とたんに、体中がすごく痛くなって、筋肉がかたまった。


(うっ!)


 びくっと、指がけいれんし、うう、とうめいた。一度痛いと思ったら、どんどん痛くなっていって、あたしの頭のなかに赤信号が表示された。


(痛い!)


 あたしは悲鳴をあげた。


「いたい!」


 あたしがさけぶと、だれかが強く部屋のドアをあけた。あたしはもう、とにかく体全身がかみなりにでも打たれたかのように痛くて、悲鳴に近い声をあげる。


「いたい! ちょっと! なにこれ! いたいんだけど!」

「テリーお嬢さま、よかった! 目を覚まされましたか!」

「うう! 痛い! 体が痛い!」

「もう大丈夫ですよ! 峠を越えられました!」

「痛い! はやくなんとかしてよ!」

「テリーお嬢さま、どうかおちついてください。大丈夫ですよ。わたしがわかりますか?」


 ――やさしい声で言われ、あたしはあわない焦点を無理やりあわせてみた。

 うすぐらくて、じめじめしたせまい部屋に立つ一人の男。なによ、ここ。改めて見たらほんとうに酷い部屋。にわとり小屋? あんたはだれ?


「テリーお嬢さま」


 そこには、神父の男が立っていた。


「……神父さま?」

「ええ。そのとおりですよ」


 神父さまが指を二本立てた。


「これは何本でしょうか?」

「……二本」

「視力は大丈夫そうですね」

「……あたし……どうしちゃったの? ああ、のどが痛い……。体も痛い……。神父さま、あたし、死んじゃうの……?」

「大丈夫ですよ。あなたは死にません」

「どうしてのどがこんなに痛いのかわからないの……」

「ねつが出ております。どうか安静になさってください」


 神父さまがあたしのひたいからずれたぬれタオルを取りかえた。


「ママは……?」

「ご安心を。アーメンガードさまとアメリアヌお嬢さまはご無事です」

「……そうなの……」

「テリーお嬢さま、今はおやすみください。まだ動いてはいけません」

「……わかったわ」


 あたしは目を閉じた。


「すこし、やすむ……」


 そうつぶやいた直後、あたしの意識はあっけなくなくなった。ぐっすりとねむって、――次起きたときには、体の痛みとだるさが消え、あたしは天井をながめていた。


(……ほんとうに痛くない)


 あたしはむくりと起き上がり、両手を見た。


(なにこれ。ひどい)


 両手が包帯だらけ。それと、左手の薬指に土で汚れた指輪。こんなのもってたかしら? シーツをめくれば、体の至るところにあざと包帯でデコレーションされていた。


(あたし、相当な大ケガを負ったんだわ。それでここに運ばれたのよ。……いったい何があったの?)


 それより、ここはどこ?


(ママとアメリはどこにいるの?)


 部屋のドアがひらいた。


(ん? 神父さま?)


 あたしは顔をドアに向けた。ドアの向こうから部屋に入ってきたのは、花瓶を持ったメニーだった。


(あ)


「っ」


 メニーが目をみひらき、花瓶を落とした。地面と花瓶がぶつかってばらばらに割れ、しかし気にせず、メニーがすぐさまあたしに駆け寄ってきた。


「お姉ちゃん!」


(え?)


 力強くメニーにだきしめられる。


「よかった! 目が覚めたんだね!」


(……)


 あたしはぼうぜんとして、まばたきをした。


「……無事でよかった」


 メニーが鼻をすすった。


「守れなくてごめんね……」

「……メニー?」

「もう大丈夫だから」


 メニーがなみだを浮かべながらあたしから離れ、そっと自分の指でなみだを拭いた。


「お腹すいてない? シチューつくったの」

「……」

「もってくるね!」


 メニーがまゆをさげて、また泣きそうな顔で笑った。


「まってて!」

「あ……」


 メニーが走っていってしまった。


(……お腹は……)


 ぐー。


(……うん。お腹はすいた)


 メニーがすぐにもどってきて、いそいそと食事の用意をした。薄汚れた食器に入ったシチューをあたしに差し出す。


「はい。お姉ちゃん」

「……ん」


 あたしはしげしげと眺めて、食べてみる。味は悪くない。メニーはグラスに水を入れ、それからうしろにふり返り、割れた花瓶のガラスを拾いはじめた。エプロンに集め、一度部屋から出て、捨ててきて、また部屋にもどってきて、今度はほうきでちりとりにかけらをいれ、部屋から出て、捨ててきて、また部屋にもどってきて、イスを引きずり、あたしのベッドの前にイスを置き、座った。せわしない奴ね。あたしはシチューを味わっていると、メニーがおもむろにきいてきた。


「体……痛くない?」

「……平気」


 口のなかでシチューの味が広がる。


「ママとアメリは?」

「となり町だって」

「となり町?」

「わたしたちね、土砂崩れに巻き込まれたみたいなの。大雨の影響で土がぬかるんでて、山の地面が崩れて、そこに馬車が直撃して、わたしとお姉ちゃんがその被害にあったって、ピーターさんが教えてくれた」

「……ピーターって?」

「お姉ちゃんと話した人だよ。あれがピーターさん。デヴィッドの弟さんで、わたしたちの手当てをしてくれたの」

「……デヴィッド?」


 あたしはまゆをひそめた。


「デヴィッドって、元馬係の?」

「ん? ……他にデヴィッドはいないでしょ?」

「ん、そうだけど……。……んー、じゃあ、えっと、あの神父さまはデヴィッドの弟で、それで、なに? あたしたち、なんでここにいるの?」

「え?」

「メニー、あたし、状況がよくわからないの。わかるようちゃんと説明して」

「……そうだね」


 メニーがうなずいた。


「順を追って説明するよ。……お姉ちゃん、のどかわいてない? お水は?」

「ストップ」

「え?」

「そこからよ」

「……なにが?」

「その呼び方はなに?」

「……呼び方……?」

「お姉ちゃんって」


 メニーがぽかんと目をしばたたかせる。


「お姉ちゃん……が……どうかしたの?」

「下品」

「え?」

「お姉ちゃんって、平民じゃあるまいし、下品な呼び方しないでちょうだい」

「……お姉ちゃん?」

「だから、メニー!」

「お姉ちゃん、大丈夫?」

「はあ? 大丈夫じゃないのはあんたよ。ばかなの?」


 あたしはじろりと皿を見た。


「パン取って」

「あ……」


 メニーがパンを取り、あたしに差し出した。


「はい」


 あたしは無言で受け取り、パンをかじった。


「だいたい、急にお姉ちゃんだなんてどうしたの? どういう心境でそんな呼び方が出てきたの? またママになにか言われた? 今度は灰のなかのエンドウ豆を拾うんじゃなくて、あたしのことを、お姉ちゃんだなんて下品な呼び方で呼んでこいって?」

「……」

「となり町ってことは、二人ともいないんでしょ?」

「……そう、だけど……」

「だったら」


 あたしはパンを飲んだ。


「いつもみたいに、お姉さまって呼べばいいじゃない」


 メニーがまゆをひそめた。


「なにこのパン。ぱさぱさで食べられたもんじゃない」


 メニーに渡す。


「もういらない。残りはあんたが食べていいわよ」

「……お姉ちゃん?」

「ねえ、何度その呼び方するの? やめてって言ってるでしょ」


 あたしはむすっとしてメニーをにらんだ。


「貧乏くさいのよ。ちゃんといつもどおり呼んで」

「……いつもどおり、呼んでるけど……」

「はあ?」

「お姉ちゃん、どうしたの?」

「あんたこそどうしたのよ」


(ん?)


「あんた、そんなのつけてたっけ?」


 頭に四葉のクローバーのピンをつけている。


「そんなのつけてたら、またアメリに取られるわよ」

「なに……言ってるの……?」

「やだ。このシチュー、パセリが入ってる。あたし、パセリきらいなのよね」

「ちょ、……ちょっとまって。お姉ちゃん」


 メニーがあたしの顔をのぞいた。


「わたしのピン、見たことあるでしょ?」

「ん?」

「このピンだよ」


 メニーがピンに触れる。


「去年の誕生日に、お姉ちゃんがくれたんだよ?」

「……は? あたし、あんたにプレゼントなんて渡してないけど」


 あたしは記憶をたぐらせる。


(……渡したっけ?)


 いや、そんな貧乏くさいピン、あたしぜったい渡してない。


「変なこと言わないで」


 あたしはそっけない態度でスプーンを置いた。


「ごちそうさま」


 棚の上に空になった皿を置いた。


「で? メニー、迎えはいつ来るの?」

「……」

「メニー?」


 顔をあげると、メニーがショックを受けたような変な顔をしていた。


(……ん? どうしたの? 変顔なんか浮かべて)


 そのとき、ドアがノックされた。


(ん)


「どうぞ」

「失礼いたします」


 ドアをあけたのは神父さまだった。やさしそうにほほえんで、あたしたちに近づく。


「おはようございます。テリーお嬢さま」

「おはようございます。神父さま」

「ご気分はどうですか?」

「ええ。もうすっかり」


 あたしはとなりのメニーを見た。メニーがだまってイスに座った。視線を神父さまにもどす。


「神父さま、妹からうかがいましたわ。土砂崩れに巻き込まれたって。それを、助けてくださったそうで。ありがとうございました」

「とんでもないことでございます。それよりも、お元気になられてよかった。ただ、油断は禁物ですよ。念のため薬をお持ちしましたので、この後肌に塗ってください」

「まあ。どうもありがとう」

「改めまして、わたくしはピーターと申します。ベックス家で世話になっていたデヴィッド・マルカーンの弟です」

「おうかがいしてますわ」


 ピーターと握手をして、あたしはきいた。


「デヴィッドは元気?」


 ……ピーターが一瞬止まり、ほほえんだ。


「ええ。それはもう、きっと」

「あら、彼は一緒に住んでいないの?」

「……え?」

「デヴィッドは小さな頃、とてもかわいがってもらいましたわ。だけど、母親の様態が悪いとのことで、うちを辞められたでしょう? せっかくだわ。久しぶりにあいさつがしたいのだけど」

「ピーターさん」


 メニーが気まずそうにピーターに言った。


「その、姉が、なにか、……おかしくて……」

「……ふむ。……確認させていただきたいのですが、テリーお嬢さま」

「ん?」

「覚えてるところでいいです。あなたはその日、なにをしていましたか?」

「なにをしていたか……?」


 あたしはきょとんとして、首をかしげて、考えてみた。あたしが思い出せるのは、いつもどおりの日常。灰をかぶったメニーが部屋の掃除をしていて、アメリアヌがクソ下手くそな歌声で歌の練習をしていて、ママが賠償金がどうのこうのってギルエドと話してて、それで、そうだわ。あたし、寝込んでたのよ。あたしは体が弱いから、いつものようにうんざりする熱を出して、三日後のあたしとリオンさまの誕生日に胸を弾ませながら、なんとしてでもこの熱を治さなきゃって思ってたわ。ちゃんと治りますようにって祈りながら、寝る前にパストリルさまにキスもしたの。


「……あたし、体調を崩して寝込んでたわ」

「テリーお嬢さま、その日は何月何日でしたか?」

「あたしの誕生日の三日前よ。8月13日。あら、でも、だとしたらあたし、何日間眠っていたのかしら。ピーター、今日は何日?」

「9月2日です」

「……え?」


 ピーターの答えに、あたしは驚愕した。


「9月、2日、ですって?」

「はい」

「ちょ、ちょっとまって。そんなはずないわ。だって、あたし、たしかに確認したわ。カレンダーに丸を書いたの!」

「……ふむ……」

「く、9月2日なら、もう、あたしとリオンさまのお誕生日がおわってることになるじゃない!」

「……ええ。8月16日、たしかにリオンさまのお誕生日に、舞踏会が開かれたと風のうわさでうかがっております」

「ええ!?」


 ピーターがとまどったように答えたので、あたしはびっくりした。


「じゃあ、まって。ということは、あたし、きちんと舞踏会に行ったの?」


 あたし、リオンさまとお会いして、ダンスをおどって、ロマンチックなキスをしたの?


「え? でも……」


 あたしは頭をおさえた。


「あたし、なにも覚えてないわよ……?」

「……」

「メニーは? 覚えてる?」

「記憶障害かもしれませんね」


ピーターが顎を押さえた。


「相当高い距離から落ちたので、そのショックで記憶の一部が失われたと考えるのが妥当でしょう」

「……そんな……」

「ご心配なさらず。おそらく、今のあなたは一時的なショックで混乱しているだけです。状況を整理していけば思い出せるかもしれません」

「……そうね……。まずは、どうしてこうなったか整理するわ。ふう。メニー、なにか覚えてることある?」

「……屋敷にピーターさんから手紙がきたの、覚えてる?」

「……なんの話?」

「どうやら、わたしの名前を名乗る人物からベックス家に手紙が送られたようなのです」


 ピーターが真剣な顔であたしに説明をはじめた。


「内容は、この村で100年に一度の星まつりが開催されるので、ぜひ来てほしいといった招待状です。しかし……わたしは、そのような手紙を書いておらず送ってもいないのです」

「わたしとお姉ちゃん、それとお母さまとアメリお姉さまとで、最後の家族旅行になるかもしれないから、……っていうのも、アメリお姉さまが来年結婚するから、デヴィッドにあいさつしておこうって言って、出かけることにしたんだよ」

「……?」


 最後の家族旅行?

 アメリが結婚?


「そんなときに雨が降り、雨の影響もあり、山の土砂崩れが起き、お嬢さまがたが巻き込まれてしまったのです」

「お姉ちゃんとわたし、崖から落ちたの」

「そこを、この村のものが助け出しまして、ここにはこばれてきたということです」

「……あの、……あたし、……ほんとうにわからないのだけど……」


 あたしは部屋を見まわす。


「ここは、城下町じゃないの?」

「ここは西の地」


 ピーターが窓のカーテンを開けた。


「アトリの村です」


 窓から見える景色は見たことのないのどかな村。小さな地域のくせに大きな家がぽつぽつと建っている。牧場と畑、それに、村の中心には大きな鐘の塔のようなものが見えた。それ以外はぜんぶ森、木、緑、山。

 あたしはぼうぜんと外の景色を見つめる。


(……なにがどうなってるの……?)


「事情はアーメンガードさまにお伝えしており、すみやかに迎えを呼ぶとのことでした。こうなったのも一通のなぞの手紙が原因ですから。なにか、あなたがたを脅かす者の仕業かもしれません。貴族ではよくある話だとアーメンガードさまも……」

「……」

「……いいえ。今は状況を整理することが大事です。テリーお嬢さま、なにか、ききたいことがあればお答えしましょう」

「……あの……」


 あたしはまゆを下げた。


「ママとどうやって連絡を……?」

「ああ、じつは、この村では村長の家に唯一電話機があるのです。それで連絡をとりました」

「……あたしもママと話したいわ」

「わかりました。それではいっしょに村長の家へ行きましょう。ベックス家のみなさまは宿にいるはずですから、だれかしら電話を取ってくださると思います」

「わたしも行きます」


 メニーが声をあげた。


「心配なので」

「ええ。テリーお嬢さまが回復されましたことも報告をしなければいけません。服をご用意します。少々おまちください」

「ありがとうございます」


 ピーターが部屋から出て行った。

 あたしとメニー、二人きりで残される。

 あたしはまだ今の現状についていけなくて、頭をおさえた。


(あの神父の話がほんとうなら、崖から落ちたショックで記憶の一部がなくなったことになる。……どうしよう。せっかくのリオンさまとの夜の思い出がないなんて……)


「……」


 あたしの目玉が動いた。メニーを見る。


「……? どうかした? お姉ちゃん」

「……ここにはママとアメリがいない。ほんとうね?」

「ん? うん」


 メニーがうなずいた。あたしはドアを見る。神父さまはドアをしめたばかりで、まだもどってくる様子はない。


「……あんたも崖から落ちたのよね」

「うん」

「ケガは?」

「打撲だけ」

「運がいいわね」


 耳をすませる。ドアの近くに気配はない。……気になることがあるの。二人しか知らないはずのことよ。


「メニー」


 あたしはきいてみた。


「舞踏会なんだけど」

「ん?」

「あんた、行ったの?」

「……。うん、行ったけど……」

「……。え?」


あたしは目をしばたたかせ、もう一度きいた。


「舞踏会よ?」

「リオンさまの誕生日パーティーでしょ? うん。行ったよ」

「ママがあんたを連れて行ったっての!?」

「お姉ちゃん、おちついて……」

「だからそのお姉ちゃんって呼び方をやめてって言ってるでしょ! ママに言うわよ!」

「……別に構わないけど……」

「ああ、そう! そういう態度取るわけ?」


あたしはふん! と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。忠告してやったのに。


「なにがあっても知らないから!」

「……お姉ちゃん、一つきいてもいい?」

「ん?」

「最後にニクスちゃんと会ったの、いつだっけ?」

「……は? だれそれ?」


 メニーがまばたきした。あたしもまばたきした。メニーがまたきいてきた。


「アリスちゃんは?」

「は? アリスちゃん?」

「リトルルビィは?」

「……」

「ソフィアさん」

「メニー?」

「サリア」

「はーあ……。……。メニー、だから……」


 あたしはため息混じりに、呆れた目でメニーを見た。


「気でも触れた? ここは城下町じゃないのよ。あんたが仲良くしてる庶民の名前を呼ばれたって、あたしが知るはずないでしょう。ばか」

「……」

「普段静かなあんたでも不安がったりするのね。そういうことなら大丈夫よ。ママがすぐに助けにきてくれるわ。迎えが来るってあの神父が言ってたもの」

「……」

「それよりメニー、リオンさまの誕生日、ねえ、どうなったの? あたしとリオンさま、婚約できたの? まさか、アメリがリオンさまと結婚するわけじゃないでしょうね?」

「……ロード子爵は、覚えてる……?」

「ロード子爵? ……。……あー、……あの幸薄そうな男ね。あれがどうかしたの?」

「アメリお姉さまと結婚するから……」

「え? アメリ、あんな男と結婚するの? しゃべったことだってろくにないのに?」

「……レイチェルさんのパーティーで……会って……」

「はあ? レイチェル? あいつのパーティーに呼ばれる男なんてろくな奴じゃなさそうね。ふふん。アメリったらくじ運が悪いんだから」

「……」

「で? リオンさまは?」

「……」

「あ! いけない! 出かけるなら用意しなきゃ! メニー、いつもの!」

「え?」

「いつもの! はい、やって!」

「……いつものって?」

「……はあ……。あんたも記憶障害になってるのね。まったく、呆れてなにも言えない。……いいわ。教えてあげる。ツーサイドアップ」

「え?」

「ツーサイドアップ」

「……」

「思い出した? あたしのすてきな髪形」

「……」

「リボンがどこかにあるはずよ。取ってきて」

「……お姉ちゃん」


 メニーが深刻そうな顔を浮かべ、あたしの手をにぎった。


「お医者さんに診てもらおう?」

「ええ。そうね。至急診てもらう必要があるわ。見てよ。あたし、ところどころでアザだらけなの。せっかくリオンさまと恋人になれたのに、心配させちゃうわ」

「……」

「ブラシは? ここ? ここは? ……。……なんにもない……。……はあ。最高。びっくりだわ。棚のなか、全部なにもないなんて。ほんと、にわとり小屋以下のにわとり小屋よ。ここは。ふう。メニー、どこかにパストリルさまの写真集があったりしない? あたし、目を癒したいの」

「……ブラシをさがしてくるから動かないで」

「一分以内でね。はい、行ってらっしゃーい」


 メニーが部屋から出て行った。ドアをしめ、……青い顔でつぶやいた。


「どうしよう」


 ひまになったあたしはふたたび窓をながめる。


(……ほんとうに城下町じゃない)


 田舎だ。


(……田舎町)


 緑の風景。


(ママとアメリはいない)

(メニーと二人だけ)


 ……。あたしは視線を落とした。


(もう、むかしのことよ)


 あたしは髪の毛を指に絡めていじりはじめる。メニーはまだかしら。早くしてよ。もう。



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