第4話 事故
あたしのスケジュールがぱんぱんに詰まれていることを、ママは気づいていない。なぜなら、あたしがやっている書類仕事はただの雑用でしかないからだ。ベックス家の領地であるカドリング島の経理事情や、船会社、旅行会社の経理事情、売上がどうとか、施策がどうとか。難しいことはまだママがやってるから、あたしはただの書類の整理番。それだけなら余裕を持ってあたしは日々を過ごせるのだ。
だけどそれだけじゃない。あたしはその合間、屋敷から抜け出して、事務用のドレスを着て、仕事案内紹介所に向かうのだ。今日も紹介所では仕事に困っている人の手伝いをしている。病気の人も、事故で体の一部を失った人も、どうにか働き口がないか企業を探し出し、職を見つけ出すサポートを行い、最近では環境の悪い職場で、主にパワーハラスメントやセクシュアルハラスメントで心を傷つけられ、働けなくなってしまった人たちの社会復帰サポートも無料で行っている。そうすれば意外と紹介所に登録してくれる人が増えるのだ。そして人手がほしい会社に紹介所が営業を持ちかけ、契約を結び、そこに社会復帰できそうな人々を紹介し、職についてもらい、仲介手数料やら契約料やらをいただく、という仕組みなのだが、まあここは変わらずずっと売上が右肩上がり。
電話研修は一ヶ月間みっちり行われる。あたしの教育の担当しているのは普段にこにこ笑っている社員の、ブルック・スマイリーだ。彼はこの会社ができた当初からいる、ということは、キッドの関係者でもある。あたしが11歳の時からいつでもにこにこしていた。でもね、笑顔にだまされないで。あたしの口からビジネス用語以外の言葉がでてくるものなら、シュミレーションが終わったあとに、笑顔で指摘の嵐が入ってくるの。それはそれはもう全てをメモして直す意識を持ってやってくださいと言わんばかりにべらべらと指摘という指摘の指摘をあたしの頭に詰め込んでいく。全部メモするまで紅茶もお預け。
「テリーさま、がんばりましょうね! にこっ!」
彼はいったいこの会社に入る前にどこにいたのかしら。相当な修羅場を乗り越えていなければ、こんな人間にはならない気がする。
六年も経てば紹介所も人の入れ替えが起き、知ってる顔もいれば知らない顔もいる。初期メンバーでなければ、みんなあたしがこの会社の社長であることも知らない。新人社員のテリー・ベックスであると名乗れば、肖像画と全く違う人物であることからキッドの婚約者のテリーだとは思われなかった。ただ、17歳の少女がこんな立派な会社の社員として働くことはあまりないことだ。だからみんな興味を持ってあたしに近づく。この間は一ヶ月違いの新人社員からランチにさそわれたわ。あたしが妹と同い年なんですって。
あたしは半日を研修で過ごし、帰ってからまた家の書類整理をして、また翌日にはヴァイオリンのレッスンをして、どうしても行かなきゃいけないパーティー以外は欠席し、うまい具合になんとか時間を確保し、やることを両立させた。
解放されたのは、週末の土曜日だった。
「お姉ちゃん、やせた?」
「ああ、動きすぎて筋肉がついたんだわ。ぜったいそうよ」
ぐったりしたあたしの前にはメニー、横にはサリアが座っていた。メニーが心配そうにまゆを下げた。
「お姉ちゃん、最近がんばってたもんね」
「サリア、さすがに馬車に乗ってるときに書類を見ろなんて言わないでしょ? あたし、ぜったい酔って吐くわ」
「大丈夫ですよ。奥さまとテリーお嬢さまがいない間はギルエドさまがやりますから」
「そう。だったら一安心ね」
久しぶりに羽を伸ばせるわ。
あたしは背もたれにもたれて、ため息を吐く。
「はあ」
「紅茶はいかがですか?」
「まだいい」
「メニーお嬢さまはいかがですか?」
「わたしもまだ大丈夫」
「必要であれば言ってください」
「ありがとう。サリア」
サリアにお礼を言ういい子ちゃんのメニーの笑顔にイラッとする元気もない。
(……あたし、疲れてるんだわ。ちょっと寝よう)
寝てたらきっとあっという間につくわ。じゃあね。ドロシー。おみやげ待ってなさい。ドロシーはあたしの部屋のベッドの上で仰向けにころがっている。はあ、やっと行ったよ。ボクはこの部屋でしばらくくつろぐよ。ごろにゃん。
あくびをするドロシーを屋敷に置いて、あたしたちは出発した。
西の地、アトリの村へ。
――六年前になる。
この屋敷の馬係に、デヴィッドという男がいた。ふくよかな体型で、いつも馬とたべることばかり考えていた使用人。
彼は、吸血鬼となったばかりのリトルルビィに首を切断され、殺された。
死体は実家であるアトリの村へ送り返され、埋葬されたらしい。
(あたしたちは葬式に出られなかった)
まだ体が小さかったし、ママがあたしたちを田舎へ連れていきたがらなかったから。
(だけど、デヴィッドの弟から手紙がとどいて)
アメリも来年結婚することから、家族最後になるかもしれない旅行がてらに行こうという話になったわけだ。
(ピーターさん、感謝するわ。あたしをスケジュール地獄からたすけてくれてどうもありがとう)
デヴィッドの弟、ピーターさんは、デヴィッドが亡くなって以来、素敵な絵が描かれたバースデーカードを毎年屋敷に送ってくれていた。デヴィッドが良くしてもらったお礼だと言って。
今年も、あたしの誕生日に届いていた。
(素敵な絵よね)
あたしはカードを取り出して眺める。それは、シスターが天に向かって祈っている絵。カラフルな光が空から降り、鐘が鳴り、シスターが希望の未来を願って両手を握りしめて祈りつづける。
(印象良く見られるために会ったら今までのカードのお礼を言わないと。さあ、寝ましょう。すやぁ)
あたしはぐっすりねむる。寝ればすぐにつくかと思った。
しかし、道はえんえんとつづく。朝早く出たのに、太陽はもう空の真上へと行き、あたしたちを照らすことに飽きたのか、太陽が雲とかくれんぼを始めた。雲はあたしたちに、さあ、太陽を見つけてごらんと言いたげに分身の術を見せびらかし、雨をふらせてきた。合間に何度か休憩をはさみ、ランチタイムとお手洗いタイム。また馬車を動かして、出発。それが何時間前のこと?
「ねえ、まだつかないの?」
もうねむくないあたしが窓の景色をながめながらサリアにきいた。サリアは地図を見て、ゆっくりとうなずく。
「この山を超えて、しばらく進んだらつくようです」
「お姉ちゃん、トランプやる?」
「ババ抜きも七並べも神経衰弱も飽きたわ。ボードゲームだってもうやりつくした。おまけに外は大雨」
マントをはおりながらロイもフレッドもがんばって馬を走らせている。
(土砂崩れでも起きたらたいへんね)
「お姉ちゃん、しりとりする?」
「もう飽きた」
「テリーお嬢さま、もうしばらくのがまんですから」
「はあ。いいわ。メニー、チェスでもやる?」
「うん。いいよ」
メニーが笑顔でうなずくと、外が光った。おどろいたメニーが頭を押さえて悲鳴をあげる。
「きゃっ!」
なにが「きゃっ!」よ! けっ! 女の子らしい悲鳴あげやがって!
あたしは窓をのぞいた。
「近くに落ちたのかしらね」
「雷……?」
「メニー、おへそを取られるわよ。かくしておきなさい」
「え!? おへそ取られるの!?」
「そうよね? サリア」
「テリーお嬢さま」
「……迷信で言われてるのよ」
「雷さんって、おへそないのかな?」
メニーがお腹をなでた。
「お腹すいてきた」
「雨で馬たちの速度も下げてるようですからね。余計に時間がかかっているのでしょう」
「はあ。早くつかないかしらねー」
ロイとフレッドが馬を歩かせることにした。山道で地面がぬかるんでいる。雨も強くなっている。ここは慎重に行こう。ロイがフードを上げた。デヴィッドさん、もう少しで会えますよ。待っててくださいな。馬が先を進む。――そのとき、山の上に影があらわれた。
その影が馬車を追いかける。馬車は慎重に一本道を進む。ここから落ちればひとたまりもない。ここを無事に通過するまでは、冷静にゆっくりと馬たちを進ませなければ。
ロイがふと、上を見上げた。その瞬間、ぎょうてんし、目を丸くさせ、慌てて馬を止めた。
(ん?)
馬車が止まり、あたしたちは目を見合わせた。
「なに? きゅうけい?」
「ここで?」
「少々お待ちください」
サリアがマントをはおり、馬車のドアをあけた。
「ロイ!」
「サリア、下がれ! オオカミだ!」
サリアがはっとした。馬車の前に、白いオオカミが立ち、こちらをにらんでいた。
「おい! あっちいけ! 通れないじゃないか!」
ロイが鞭を持って御者席から下りると、ごろごろと変な音が上からきこえた。
(ん?)
サリアがはっとした。
(なんの音?)
あたしとメニーが窓を見た。サリアがあわててふり返り、走った。
「ふたりとも!」
(サリア?)
ゴロゴロと変な音がする。
「今すぐ馬車からおりてく……!」
馬車が大きく揺れ、窓がまっくろになった。
(は?)
次の瞬間――馬車が反転した。
「っ!」
すさまじい音と共に、あたしとメニーが宙に浮かび、馬車ごと落下していく。
すさまじい音が耳にひびく。
声が出ない。悲鳴を出せない。落ちていく落ちていく落ちていく。動けない。馬車がぶつかる。馬の悲鳴がきこえなくなった。部品が壊れる音がきこえた。メニーとあたしがぶつかった。落下していく。ぶつかる。暴れる。落ちる。ぶつかる。
急に止まった。
ひっくり返った馬車の壁に座ったあたしとメニーがぼうぜんとして、顔を見合わせた。
「「……」」
しかし、おわりではない。メニーの真下にあったドアが勝手にひらき、メニーが悲鳴をあげた。
「きゃっ!!!」
「っ!」
あたしの手が間に合った。手すりを強くにぎりしめ、あたしの手がメニーの手を掴み、メニーがその場でぶらさがる。
「お、おね、ちゃ……」
(なによ! これ!!)
なにが起きてるってのよ!
「メニー! 離すんじゃないわよ!!」
「あ……」
下にはなにもない。
つまり、この手を離せば、――メニーは死ぬだろう。
(……いや、この女は死なない)
あたしがわざと手を離したら、魔法使いであるこの女が生き残ったとき、何をされるかわからない。だったら、あたしは必死にこいつを助けるふりをするわ。たとえ罪滅ぼし活動を卒業したとしても、あたしは人生の残り時間がある限り、こいつのいい姉を演じないといけないのだから。
(だとしても……!)
これは、きつい。
(腕がちぎれそう……!)
「お姉ちゃん……」
「メニー! 魔力でなんとかできない!?」
「あ、頭が、まっしろで、えっと……」
「お願い! なんとかして! あたしがなんとかしてるうちに!」
あんた、最近クレアと魔力のコントロールレッスンをしてるんでしょ! ここでその成果を発揮するのよ! いい!? あたしを満足させてみせなさい!
「メニー! お願い! はやく!」
「えっと、えーっと……!」
メニーの手があたしの手からすべっていく。しかし、あたしはできるかぎりの力でメニーの手をにぎりしめる。
(ここで、死刑フラグを復活させてたまるものか……!)
ひたすら、ぎゅっ! とにぎりしめる。
(お願い! はやく! メニー!)
もたもたしてないで、はやくせんかい!!
(はやく!!)
「ぐっ……!」
あたしはなんとかメニーをもちあげようとふんばるため、体をうしろにたおし、顔を上げた。
――正面の席に、白いオオカミが座って、あたしをにらんでいた。
(……)
え?
「わおん!!!」
あ。
おどろいて、手すりを掴んでいた手を離してしまった。
「あ」
「え?」
メニーの体重に巻き込まれ、あたしも落ちていく。
「っ」
メニーといっしょに、馬車のドアから落下した。
「きゃあああああああああああああ!!!」
メニーの悲鳴がきこえる。ちがうの! わざとじゃないのよ! 白いオオカミが!
(いだっ!)
木にぶつかる。草がこすれた。ドレスをこすって、肌をこすって、あたしもメニーもなにもできず、なにをするにもなすすべがない。
(やばい。死ぬ! 死ぬ!!)
どうしようもできない。
(クレア!!)
死んでしまう。
(いや!!)
しかし、落ちていく。
(いや!! クレア!! クレア!!)
クレアの笑顔が脳裏によみがえる。
(あたし、まだ死にたくない!!)
木の枝があたり、あたしたちを傷つけていく。
(いだだだだだだ!!)
手が切れる。足が切れる。血が出る。どこからもそこからもあそこからも。
(たすけて!!)
あたしは目をつむった。
(だれか、たすけっ……!)
人間は誰でも猛獣使いであり
その猛獣に当るのが
各人の性情だという
己の場合 この尊大な羞恥心が
猛獣だった
虎だったのだ
(え?)
声がきこえた。詩を唄ってる。あたしの目が開かれた。
(だれが……)
――直後、かたいなにかがあたしの頭とぶつかった。
「っ」
がつん、とした衝撃が頭蓋骨から脳にひびき、あたしの体が一瞬で麻痺した。悲鳴を出そうにも、出てきたのは透明な息だけ。そして、いつの間にか、あたしが気づかないうちに、あたしはふたたび目を閉じて、意識を失っていた。
(*'ω'*)
狂った歯車が動いている。
あたし一人が落ちつづける。
ここは夢か。幻か。現実か。
歯車がひたすら狂った方向に回りつづける。
地面が見えない。
あたしはこのままずっと落ちつづけるものかと思っていたら、ぱち、と瞬きすると、あたしは立っていて、ぱち、とまた瞬きをすると、あたしは椅子に座っていて、ぱち、と再び瞬きすると、正面に紫の魔法使いが座っていた。
「やあやあ、これはこれは」
おぞましい声をあたしに放つ。
「トゥエリーじゃないかえ」
あたしは目を見開いた。
「お前も懲りないねぇ」
歯車が反対方向に進んでいく。
「わらわは口を酸っぱくしてお前に忠告したはずだ。これ以上邪魔をするなら容赦しないと、何度も何度も何度も何度も何度も可愛がってたお前だからこそ忠告してやったのに」
狂った歯車が一斉に止まった。
「お前には、お仕置きが必要みたいだね」
歯車が反対側に動き出した。あたしは逃げ出そうと立ち上がると、椅子から伸びた白い手に手足を掴まれ、また椅子にもどされた。紫の魔法使いがため息を出した。
「むかしは良かった。お前はだれよりも忠実な忠犬だったのに、今では言うことのきかないバカ犬でしかない」
紫の魔法使いは手を叩いた。
その瞬間、あたしの頭がすさまじく痛みはじめて、あたしは悲鳴をあげ、うずくまり、うなって、また手の叩く音がきこえて、悲鳴をあげた。
「うそつき、うそつき、おおうそつき、全てはみんなの反応見たいため、面白いのはお前たち、わらわはそれを見たいだけ」
あたしの目がぐるぐるまわりはじめた。
「トゥエリー、見てごらん。お前が狂わせた歯車たちだ」
歯車は反対方向に回る。回る。目が回る。巻き戻る。時計の針が、後ろに下がる。目が回る。針が回る。回る。回る。
「これをこうして、」
オズが手を叩いた。
「こうすれば」
時計は、正常にもどる。
……はっとした。これは夢だ。
なんとなくそれだけはわかった。
「今日からお前の部屋はここよ」
メニーがやねうら部屋につれていかれるのを、アメリとあたしが見守っている。
「さあ、着替えなさい」
ママの声だけがきこえる。ドアのうしろにかくれたアメリとあたしは顔を見合わせた。しばらく待っていると、ほこりだらけの服を着たメニーが部屋から出てきた。それを見て、アメリとあたしは笑いこけた。
「きったなーい!」
「きゃははは!!」
メニーはくらい顔をしてうつむいている。アメリとあたしはその周りをまわって笑った。
「これじゃあ、灰かぶりだわ!」
「メニーったら灰かぶり!」
「灰かぶりむすめ!」
「きゃははは!!」
「二人とも、妹になんてことを言うの」
ママはほほえんでいる。
「父親を失ったとはいえ、この子はベックス家の末娘なのよ。いい? 今日から家のことはメニーにやってもらいます」
「えー?」
あたしはくちびるをとがらせた。
「メニーだけずるい! あたしもたのしいことしたい!」
「テリーにはヴァイオリンのレッスンがあるでしょ。お勉強や、マナーも。ほらほら、ぐずぐずしていると、あっという間に舞踏会デビューの日がきてしまうわよ」
「はーい」
あたしはメニーを見た。メニーはずっとうつむいている。
「なんだかめしつかいみたい」
あたしはママを見た。
「ママ、メニーったら灰だらけできたないわ。くしゃみが出そう」
「そんなことないわよ。ねえ。メニー?」
うつむいたメニーがうなずいた。それを見て、あたしはまゆをひそめた。
「でも、きたないわ。これじゃあ、メニーがハウスダストアレルギーになっちゃう」
「テリー、勉強の時間よ。さあ、行って」
「はーい」
あたしは振り返らず、部屋にもどっていった。大きらいなお勉強をするために。
(あーあ! お勉強なんて、だいっきらい!)
あたしは鉛筆をにぎって問題を解いていく。
「問一」
メニーはこの先どうなるでしょうか?
「メニーは、この家で、ひどい目にあう」
「問二」
あたしはこの先どうなるでしょうか?
「あたしは、この家で、ひどい目にあう」
「問三」
だれがしあわせになる?
「しあわせに、なるのは、メニー」
「メニーにだけ、しあわせがおとずれる」
問四。
カトリング島の管理者、ベックスの血はどうなる?
「全滅して途絶える。おわり!」
――ちゃん!
声がきこえる。
切羽詰まったような、あせったような声。
――お姉ちゃん!
(……痛い……)
強い雨が体をぬらす。起き上がろうとしたけど、……だめ。体が痛くて、まったく動けない。
「おい! そこの二人!」
草がこすれる音がきこえる。
「動かないで! そこでなにしてるの!」
「あの、が、崖から、落ちて……」
「なに? 崖から!?」
「あ、姉が……!」
「ねえ!!」
耳元でさけばれる。うるさい。
「きこえてる!?」
うるさいわね。なによ。
「きこえてたら指を動かしな!」
言われたとおり、あたしは指を動かしてみせた。だけど、痛くて動いたかどうか自分ではわからなかった。でも、ちゃんと動いたようで、声の主がはっと息を吸った。
「生きてる!」
「お姉ちゃん!」
「生きてるならなんとかなりそう! 神父さまに見てもらおう!」
むりやり腕を引っ張られる。ちょっと、痛い! なにするのよ!
「お嬢さん、しばらくの辛抱だから恨まないでね!」
あたしはだれかの背中に下品な格好で背負われた。となりではメニーの声がきこえる。
「お姉ちゃん!」
「いそごう! こっちだよ!」
冷たい雨がふる。
あたしをぬらす。
なんて冷たいの。
こごえてしまいそう。
つめたいわ。
「お姉ちゃん! しっかりして!」
メニー? どうしたの。どうして泣いてるの?
「お姉ちゃん!」
どうし……た……の……。
「けが人だーーーーー!!」
その瞬間、大きな鐘の音が鳴った。
「けが人がいるぞーーーーー!!」
鐘の音が頭のなかにひびいて鼓膜がわれそうになる。
「けが人だーーーーーー!!」
だれかがさけぶ。
メニーがあたしの手をにぎる。
あたしは目をつむる。
薬指にはまった指輪が光る。
体がマヒして、まっしろになって、もう、なにもわからない。




