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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
八章:うたかたのセイレーン(後編)
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第22話 出会いがあれば別れもある(2)


 ドアを叩く。しばらくしてから、ドアがゆっくりと開けられた。


「……」


 イザベラが目を見開き、微かに微笑んであたしを見た。


「おはよう。イザベラ」

「……ええ。おはよう」


 イザベラがあたしの姿を下から上まで眺める。


「今日はなんだかすごく綺麗ね」

「メイドにやってもらったの」

「そう。すごく良いわ。本物のお姫様みたい」

「もう少しで下りるから……最後に挨拶したくて」

「……もうそんな時間なのね」


 イザベラがドアに寄りかかった。


「寂しくなるわ」

「……聞いたわ。昨日事件に巻き込まれて、気絶してたところを運ばれたって」

「……ええ」

「何か覚えてる?」

「……実は、あまり覚えてないの。記憶がぼんやりしてて」

「……そう」


(そりゃあそうよね。お前の記憶も抹消されてるもの)


「テリーは……事件について何か聞いてる?」

「犯人が……」


 イザベラの顔色が変わった。――こいつの事は嫌いだけど――その表情が――とても悲しそうな顔だったから――あたしは言うのを止めた。


「……まあ、社長の娘だから」

「いいのよ。わかってる」

「……」

「どこまで聞いてる?」

「まあ、……その……」

「……」


 イザベラがマチェットを見た。気が付いたマチェットがあたしの背中を軽く叩いた。


「ん?」

「五分なら廊下で待ってます」

「……ああ、……そう」

「はい」

「……イザベラ、部屋入っていい?」

「ええ。……ありがとう」


 イザベラがマチェットにお礼を言ってから、あたしを部屋に入れ、ドアを閉めた。時計を見る。10時20分。あたしはイザベラに振り返った。


「……イザベラ」

「そうよ。犯人はアマンダだった」


 イザベラが棚の上に置かれたレコードに触れた。


「アマンダは、昔、スラム街で起きた国共内戦で生き残った一人で、……その時に妹を亡くしたんですって。で、親に叱られるのが嫌で、……アタシを拾ったそうよ」

「……」

「アタシを見てるとね、自分が見殺した妹の事を思い出してたんですって。それで……アマンダは、アタシから距離を置いた。なのに……アタシ、アマンダに甘えてた。マネージャーになった後も、アマンダが急に彼氏と別れたからおかしいとは思ってた。そしたら、そいつ、アタシの事が好きになったみたいで……それが原因で別れて……それからも……アマンダの周りでは、アタシ狙いで近付いてくる奴が多かったみたいで……それで……いつの間にか……姉さんは……アタシを憎むようになった」

「……」

「アタシが、……ランドに片思いしてるってアマンダは知ってた。だから……殺した。アタシが憎いから。……で、……ジョディを殺したのは、多分、あいつがアタシに付きまとうから、きっと邪魔だったんでしょうね。ふふっ」

「……」

「マーロンと結婚させて、家族を作った後、皆殺しにするつもりだったらしいわ。子供も、マーロンも、でも、アタシには危害を下さず、周りだけ。それが一番の報復だから」

「……それ、誰から聞いたの?」

「探偵から」


 ――クレア、人魚以外の話は全部したのね。

 

「アマンダさんとは会った?」

「しばらく会えないって言われたわ。……その、……アマンダ、《《麻薬》》をやってたらしくて、その治療をしばらくの間行うからって」

「……そう。……《《麻薬》》ね」

「ええ」

「……治療が終わったら、アマンダさんには会うの?」

「……会いたいわ」


 イザベラがレコードを見つめる。


「すごく会いたい」

「……憎まれてるのに?」

「アタシにとっては……憎まれても……唯一の家族なのよ」


 イザベラが薄く口角を上げる。


「姉であり、母親なの」

「……会った時に酷い事言われたどうするの?」

「それも受け止めるわ」


 イザベラがあたしに笑顔で振り返った。


「家族だもの」

「……そう。じゃあ……」


 気まずい質問をしてみる。


「結婚はどうするの?」


 イザベラが鼻で笑った。


「延期になったわ」

「……延期?」

「昨日、目を覚ましたら憎たらしい事にマーロンが側にいてね、……アマンダが犯人だったって聞いて、マーロンは最初信じてなかった。アマンダが誰かに唆されたんだって言って、……あいつの事は嫌いだけど、……アマンダを必死に庇ってくれたの」

「……」

「……アタシも、ちゃんと彼にも向き合ってみようと思って。……アタシ達、ちゃんと恋人にもなってないし、……付き合ってるっていう感じでもなかった。ただ、一緒にいるだけ。それは、……やっぱりときめきなんてないし、つまらないわ。アタシ達にはまだ時間が必要なのよ。だから……延期」

「それ、結婚式場で発表するの?」

「仕方ないからアタシのコンサートを開く事にしたわ。新曲付きでね」

「……新曲?」

「ええ。……あんなに悩んでたのに、どうしてかしらね。たったの三十分で出来たの。すごく良い曲よ。アタシらしい、感情が存在する歌」


 イザベラがあたしの手を握り締めた。


「ね、テリー、近いうちにコンサートを開くの。……色々あったから、もしかしたら延期になるかもしれないけど、……あなたを呼ぶわ。ゲスト席にね」

「あら、そんな良い席に良いの?」

「呼ぶ人がいないんだもの。みんな死んじゃって、アマンダも、……いつ会えるかわからないから」

「……」

「来てくれる?」

「……そうね」


 あたしは、こいつを赦す気はない。

 この女は、逆恨みをし、散々あたしたちを痛めつけてきた。

 あたしが死ぬその時まで、あたしの死を笑っていた。

 だからこそ、生まれ変わったらこいつを殺しに行こうと思ったくらい、あたしはこいつが憎かった。



 だけど、



 あたし、『同情』なら出来るの。



「ええ。わかった」


 哀れな女に、哀れみの目を。哀れみの感情を。


「何人か呼んでもいいかしら?」

「あはは! 沢山呼んでいいわよ! テリーの知り合いなら大歓迎!」

「本当? あたしを恨んで虐めたりしない?」

「嫌だ。どうしてそんな事するの?」


 手を握り合う。


「せっかく友達になれたのに」


 笑顔のイザベラがあたしを抱きしめた。


「テリー、本当に寂しいわ。もっと遊び回りたかった」


 あたしはこの女に同情する。


「あたしもよ。イザベラ」


 頭の中で何を思っていても、伝えなければ支障はない。だって、どんな仕返しをしようにも、覚えているのはあたしだけ。この世界では、イザベラは何もしてないし、あたしはイザベラから何もされてない。そんな状態で……どう仕返しをしたらいい? あたしにはわからない。だから、一度目の世界で行った哀れな行動を同情して、ああ、可哀想な人って思って、何もしないでいてあげる。赦す事はないけれど――赦さなくたっていいわ。だって赦せないんだもの。でも同情はしてあげる。色んなものを失って、可哀想なイザベラ。


 同情して、今は休戦してあげるわ。


 あたしは被ったネコを少しだけ下ろした笑顔を浮かべ、イザベラから離れた。


「コンサート、楽しみにしてる」

「ええ。想像以上に楽しませるわ」

「なんだか強くなったわね」

「そうね。多分……スランプを克服したからかしら」


 イザベラがふふっと笑った。


「この船で色々吹っ切れたわ。アタシ、過去は振り向かない。ランドとメグの分まで、優雅で楽しく生きるわ」

「ええ。それが良いと思う」

「手紙を送るわ」

「……イザベラがあたしに?」

「嫌?」

「……あー、その……大スターから手紙を貰えるなんて、記者が黙ってないと思って」

「何言ってるのよ。キッド殿下の婚約者と友達っていう方が、記者が黙ってないわよ」

「それはどうかしら」

「うふふふ!」


 イザベラが吹いて笑い、息を吸い込み、あたしを見た。


「元気でね。テリー」

「ええ。イザベラも」

「お互い落ち着いたら、……また会いましょう」

「あまり気張らずにね」

「ええ」

「……それと」


 これは同情だ。あたしは忠告しておく。


「麻薬は、何があってもやっちゃ駄目よ」

「麻薬ね」

「駄目よ」

「……アタシはやらないわ。絶対にやらない」


 イザベラが自分に言い聞かせるように言った。


「ドラッグは人生の破滅へ誘うわ。だから」


 イザベラがにやりとした。


「テリーも気を付けて」

「ん」

「それじゃ、……クルーさんがあなたを待ってるから」

「ええ」


 時計の針は10時25分を差している。あたしとイザベラが互いの手を離した。


「さようなら。イザベラ」

「またね。テリー」


 イザベラがドアの取っ手を捻った。


「必ず、また会いましょう」


 ドアが開けられた。



(*'ω'*)



 あたしはドアを叩く。ドアの向こうから「どうぞ」と声が聞こえたので、あたしはドアを開けた。

 ベッドで書類を睨むマーロンがあたしとマチェットを見て、書類を膝に置いた。


「ああ、テリー様」

「おはようございます」

「おはようございます。どうかされたのですか?」

「カドリング島に着く前に、ご挨拶をと思いまして」

「ああ、それは、ありがとうございます」

「少しよろしいかしら」

「ええ。もちろん」


 あたしはベッドの目の前に椅子を引いて座る。マチェットはそのまま立ち続ける。


「イザベラから聞きました。結婚は延期になったと」

「……ああ、その事ですか」


 マーロンが笑顔で頷いた。


「ええ。二人で話し合い、今ではないと判断しました」

「恋人は続けられるんですか?」

「ええ。もちろん」


 マーロンは変わらない笑みを浮かべる。……だが、その笑みが……どこか……違和感を感じる。……ひょっとして、


「……マーロンさん、失礼ですが……」


 あたしは訊いてみた。


「落ち込んで……ます?」

「……」

「イザベラは……少しほっとした顔をしてました。でもあなたは……」


 平然を装っているが、……なんというか、暗いのだ。全体的に。何か、酷いショックを受けたような、そんな雰囲気をあたしでも感じ取ることが出来るほど、とにかく……暗いのだ。


「……イザベラが好きですか?」

「……テリー様。……他の男ならば、イザベラの好きなところを訊かれたら、彼女の歌声が好きだと言うでしょう。だけど、私は違う」


 マーロンが書類をベッドの端に置いた。


「彼女の生き様が好きなんです」

「……」

「スラム街から出てきて、相当な苦労を積み重ね、今や一躍スターだ。私はそんな彼女を支えたい。彼女が唯一弱音を吐ける相手になりたいのです」


 マーロンがあたしに顔を向けた。


「あなたはなぜキッド殿下と婚約したのですか? 彼から愛されたいと願い、彼を愛したいと願ったからではないのですか? 私も……願ってます。イザベラの幸せを。ずっと片思いをしていたんです。どんな過去を持っていようが堂々とした彼女の振舞いは、どの女性よりも美しく、たくましく、……可愛い……」


(……イザベラって、可愛いっけ……?)


 あの強気勝気が取り柄の女が?


(可愛い……?)


 恋は盲目というけれど、この男も同じような匂いを感じてきた。


「それは彼女が黒人でもですか?」

「ああ、確かに黒人は昔、奴隷制度に基づき奴隷として扱われておりました。……それがなんです? イザベラは奴隷ではない。……一人の美しい女性だ」


 ……ここまで愛されてるなら、結婚してもよくない?


(あの女、やっぱり欲張りなんだわ。我儘なのよ。思ったより結構良い男っぽいわよ。こいつ)


 まあ、あたしが目の前にいるからかもしれないけど。……。


「……その、……一つ気になるんですが、……イザベラとランドさんの仲については……特に口出しはしなかったんですか? あの二人、すごく仲が良かったというか……」

「……ランドは、私の飲み仲間でした」


 私の知らないイザベラを知っていた彼。


「出会ったばかりの時は確かに気に入らなかったが、……彼は、とても良い男だった。素晴らしい人間だった。良い歌声を持っていた」


 マーロンが溜め息を吐いた。


「惜しい人を失いました。歌手としても、……親友としても……」

「……」

「……死体は、一早く国へと運ばれるそうです。探偵が手配をしたと」

「……そうでしたか」


 この人にとっても、忘れられない船の旅となった事だろう。……しめ臭くなったわね。話題を変えよう。


「披露宴では結婚式の代わりに、イザベラがコンサートを開くと言ってましたが」

「ええ。現地についてから準備を始める予定です。きっと最高のコンサートになるでしょう」

「それも話し合ったんですか?」

「私が提案しました」

「……あなたが?」

「イザベラは、やはり歌ってる時が一番楽しそうなんです。私に出来るのは、彼女をサポートする事ですから」


 ……チラッと包帯だらけの足を見る。


「足は治りそうですか?」

「さあ。どうでしょうね。まあ、コンサートを開くだけなら、支障はありません。主役はイザベラですので」

「楽しそう」

「ええ。……とても楽しみです」


 彼を助けられたのは偶然だっただろうけど、イザベラにとっては良かったかもしれない。――アマンダを失った今、イザベラを支えられるのは彼だけな気がした。


「いずれカドリング島でコンサートを開きたいと言い出すかもしれません。その時は、ぜひ詳しいお話を」

「ええ。……イザベラさえ良ければ、ぜひ」


 あたしはこくりと頷いた。



(*'ω'*)



 マチェットとデッキへ出た。見張り台には二人のクルーが双眼鏡を持って形の見えるカドリング島を見ている。


「すげー! 緑がいっぱいだ!」

「なんだあれ!? おい! 神殿が見えるぞ!」

「なんだあれ!? すげーな! おい!」

「ちょっとー!?」


 見張り番の二人があたしを見下ろした。


「あ、社長の娘様だ」

「名前なんだっけ」

「馬鹿。お嬢様で通せば大丈夫さ」

「お前、考えたな!」

「まあな!」

「おはようございます! お嬢様!」

「おはようございます!」

「沢山見張ってくれてありがとう! 引き続き頼むわよー! 氷山に気を付けなさーい!」

「「かしこまりましたぁー!」」


 さて、


(挨拶巡りはここまでかしらね)


 あたしはすっきりする頭で考えてみる。やり残しはあるだろうか。


(……。うん。大丈夫そう)


 関わった人達には挨拶をし終わった。


(あとは)


 振り返る。


「マチェット」


 マチェットは、相変わらず無表情のままだ。


「ここまででいいわ」

「かしこまりました」


 波が跳ねる。


「助かったわ」

「仕事ですから」


 鳥が海の上を飛ぶ。


「これ、返すわね」

「……ああ、忘れてました」


 腕時計とマッチを渡す。


「ありがとう」


 青い空に白い雲がほどよく散らばる。船がカドリング島へ向かう。心地好い暖かな風が吹く。髪の毛が揺れる。マチェットが帽子を脱いだ。


「色々と経験になりました」


 頭を撫で、髪の毛を整え、帽子を被り直す。


「もう、誰の接待も大丈夫そうです」

「それはどうかしら。あたし、すっごく優しかったから、あたしより質の悪い客に捕まった時にどう対処するか、考えておいた方がいいわよ」

「そういう時は」


 マチェットが笑った。


「マニュアルを見ればいいのです」


 ――初めて見た彼の笑顔に、つい目が離せなくなる。マチェットも笑う時は笑うらしい。……笑みを浮かべたまま、マチェットが胸に手を当て、お辞儀した。


「ご用が以上であれば、マチェットは仕事に戻ります」

「……風邪引かないようにね」

「あなたも」


 マチェットが深く頭を下げた。


「良い旅を」


 そして、勢いよく頭を上げ、背筋を伸ばし、いつもの無表情になり、無線機のボタンを押した。


「マチェットです。手が空きました」


 そう言って、あたしに何も言わず、いつも通り去っていく。


(……メグさんの為にも、良いクルーになってよ。マチェット)


 あたしはデッキから振り返る。


(さて……帰ってきた)


 セイレーン・オブ・ザ・シーズ号は、もう少しでカドリング島に到着する。


『ただいまより、カドリング島に到着する準備を始めます。大きく揺れる可能性がございますので、周りにお気を付けください』


 カドリング島の港では、ようこそ、カドリング島へ。の旗が風に吹かれて元気に揺れていた。そこから――望遠鏡で船を覗いていた目が、呟いた。


「きたきたきたきたぁー!」


 ベルを鳴らして島の皆に知らせる。


「カモが大勢乗ってるぜ! ぐひひひひひ!」


 意地汚く笑う少女は、急いで山の中を駆け下りて行った。




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