第12話 対価魔法(1)
はっ、と瞼を上げて、あたしは慌てて体を起こした。
「っ!」
視界に入ったのは――さっきまでと変わらない部屋の景色。
「……?」
水は溜まってない。あたしのベッドは濡れていない。呼吸を繰り返す。さっき感じた怠さ嘘のように消え、気分はとてもすっきりしている。
時計の針は、9時15分を差していた。
「……」
あたしは恐る恐るベッドから抜け出し、シャワー室のドアを開けてみた。ハンドルはしっかりと閉められ、水は流れていない。
(……夢……?)
メニー。
(あいつ、隣の部屋にいるのよね?)
……。
(さっきモニカが不安そうな顔をしていた)
(サリアが顔に出ているわよとモニカを叱っていた)
(……)
二人は、あたしに話を聞かれないように廊下に出た。
(……何?)
未だ戻ってこない二人は、廊下で何の話をしているの?
――その時、窓がつんつん! と叩かれた。
「っ!?」
驚いて振り返ると、青い鳥が窓の外にいて、くちばしで窓ガラスを叩いていた。その姿に、あたしはぎょっとする。
「……っ……あんた……」
「ピィ」
「まさか……!」
あたしは急いで走り、窓を上に持ち上げた。青い鳥があたしを見上げる。
「リオンのペットの、幸せしか運ばない、ろくに使えない、青い鳥の雄、ぴぃちゃん!?」
「ピィ」
「……ここで何してるの?」
訊くと、ぴぃちゃんが偉そうな顔で短い足をあたしに差し出し、見せつけてきた。
(あ!? 何よ! やろうっての!?)
ぎっっ! と睨んでよく見てみると……ぴぃちゃんの足に手紙が巻かれていた。足を差し出す行為は、あたしに読んでもらいたいアピールだったようだ。
「……」
あたしは小さく折り畳まれた手紙をぴぃちゃんの足から外し、広げてみた。……リオンからだ。
――テリー。
メニーがいなくなった。見つかるまで部屋から動くな。
リオン。
「ピィ!」
「あっ」
ぴぃちゃんが満足そうに空に向かって飛んでいった。あたしの手には、手紙だけが残される。
(……メニーがいなくなった……?)
「っ!」
頭がズキ、と痛み、次の瞬間には、……脳内に魔法陣の上で寝ていたメニーの姿が浮かんだ。
(……異空間……)
あたしは目を開く。あれが夢でなければ、あたしは異空間にいた事になる。しかし、あたしは戻ってきた。ここは現実。
(人魚)
そうだ。あそこには絵があった。人魚の歴史の絵だった。
(なんだっけ)
あたしは目を瞑ってイメージする。ゆっくりと思い出す。あたしの目の前に、見たはずの絵が現れる。
(人は魚を食う)
(魚に取って人は脅威である)
(魚は人を愛してしまった)
(人になるために、魚は声を対価に足を手に入れた)
(魚の願いは叶わなかった)
(魚の姫は魚には戻らず、泡となって消えた)
(復讐に魚は人の国を襲った)
(魚は、人の肉の美味さを知った)
(男がとても美味かった)
(だからセイレーンは魚と気が合い、海に歓迎された)
(人魚達は平穏を求めた)
(人魚の肉を求める男が来る頃には、人魚達は海底に潜って生活をしていた)
(だから人魚は今もなお、姿を見せない)
(仕方なく、男は黒魔術で人魚を創ったが、不完全体に食べられてしまった)
ここで一つ疑問。
人魚の姫に足を与えた魔法使いがいる。
父親に黒魔術を教えた魔法使いがいる。
どちらも禁忌であり、危険である。そんな世界がこじれるような魔法を教えたのは、
(オズ?)
――違う。オズじゃねえ。
(オズじゃない。わからないけど、そんな気がする)
じゃあ、
(一体、誰が……)
――ドアが開いた。
「ひっ!」
「テリー?」
振り返ると、サリアがきょとんとした顔で立っていた。
「どうかされましたか?」
「……」
「テリー、気分が良くても熱が下がっておりません。お医者様を呼ぶので、ベッドにお戻りください」
「……サリア」
さん、に、いち。サリアはなんとなく、あたしにこれから訊かれる事を察した。
「メニーに会いたいんだけど、連れてきてくれない?」
「メニーお嬢様ですか? お出かけされてますよ」
「どこに?」
「夜には戻ります。あなたはベッドで眠ってください」
「……」
サリアをじっと見る。サリアは今までと変わらない笑みを浮かべる。
「さ、テリー」
……あたしはサリアに見えないように、ネグリジェのポケットに手紙を突っ込ませ、ベッドに入り、爪を弄り始める。
「紅茶はいかがですか? 体が温まりますよ」
「ええ。飲もうかしら。……あれ、サリア」
「はい」
「なんか、爪の周りにデキモノが出来てるんだけど」
「指ダコではございませんか?」
「ううん。違うの。何かしら。……サリア、これ、ちょっと怖い。腫れてきてる」
サリアが近付いてきた。
「ほら、見て」
あたしが手を差し出すと、サリアがあたしの手を覗き込んだ。
「どこですか?」
その言葉と同時に、あたしはサリアにシーツを被せる。
「っ!」
その衝撃で、サリアが地面に倒れた。
「テリー!」
あたしは裸足のまま部屋から抜け出す。サリアが急いでシーツを退け、すぐさま廊下に出た。
「誰か! テリーお嬢様が抜け出しました!」
「「また!?」」
「もー!」
「テリーお嬢様ったら!」
サリアの声に気付いたベックス家のメイド達が廊下に出る頃、あたしは既に遠くまで走り、客室係のメイドを通り過ぎる。メイド達がきょとんとした。客室係のクルーの横を通りすぎる。クルー達がきょとんとした。長い窓が視界に映る。濃い霧が続いている。今日は出航三日目。三日目の出来事はよく覚えている。
今日、このマーメイド号は氷山にぶつかって沈没する。
(サリア、後で沢山謝罪するわ!)
あたしは息を切らし、逃げられる場所がないか辺りを見回す。ぐずぐずしていたらサリア達に追いつかれる。
「テリーお嬢様ー!」
ベックス家のメイドの声が聞こえて、あたしはスタッフルームに逃げ込んだ。
「テリーお嬢様!」
サリアの走ってくる足音が聞こえた。どうやら客室係に声をかけたようだ。
「すみません、ネグリジェを着た女の子を見ませんでしたか。社長の娘のテリー・ベックスお嬢様です」
「あら!? その方でしたらあちらに走って行かれましたよ!」
「はあ……」
「部屋から抜け出したようでして! また何か起きる前に捜していただけませんか!」
「客室係全体に連絡しておきます!」
「サリア、私達はあっちを見てくるわ!」
「奥様に知られる前に見つけちゃいましょう!」
「叱られるのはいつも私達なんだから!」
「テリーお嬢様ったら、いくつになってもやんちゃね」
「風邪を引かれて大人しくしてると思えば」
「相変わらずの暴れん坊」
「ボーナス増えないかしらー」
「サリアさんから逃げるなんて、テリーお嬢様ったらやりますねぇ!」
「モニカ、行くわよ」
「あっ! サリアさん! 待ってくださいー!」
サリア達がスタッフルームを通り過ぎた。声をかけられた客室係も、仕事へと向かって歩いていく。
「……」
あたしは後ろに振り返る。部屋には誰もいない。ならばと、あたしは呼んでみた。
「ドロシー」
あんた、人魚が嫌いだったわよね。
「昔、タナトスには人魚がいて、美人で嘘つきだって言ってたわね」
室内に小さな風が吹く。
「メニー捜しに役立ちそうなの。詳しく教えてくれない? 人魚の肉を食べると、不老不死になれる。更に永遠の若さが手に入り、美しい歌声を出せるようにもなる。それは本当?」
「テリー、そもそも人魚はどこから生まれたと思う?」
耳元から声がする。
「全ての始まりはオズだ。オズは偉大なる魔法使いであり、魔法使いの、世界の王である。この世界が始まったばかりの時に、オズは一部の魚を人間の形に変えたそうだ」
「何の為に?」
「使命を持ってたんだ。そうした生き物を創るようにと言われたんだ」
「誰に?」
「誰、というのはわからない。ボクは見たこともあったこともない。これからも会う事はないだろう。けれどオズは会っている。だからオズは人魚を創り出した。美しく、無垢で、純粋な半魚人さ。つまり、人魚の体内にはオズの魔力が存在している。それを人間が食べたらどうだろう。ああ。そうさ。その通り。無力な人間に膨大な魔力が手に入る。不老不死にだって永遠の若さだって美しい声の持ち主にだって、何にでもなれるさ」
今も昔も人間というのは噂好き。
「一度味わってしまった者がぽろっと自慢したんだ。でも、結局それはオズの魔力が働いてるだけ。実際不老不死になって永遠に生きている者など存在しない。だけど、人から人へ巡る噂は消えないものさ。たちまち、噂を聞いた人間による人魚狩りが始まった」
「人魚達は怯え、海に潜った」
「そんな時さ。人魚の国が出来た頃さ。ウンディーネという人魚の姫が、人間の王子様に恋をしたんだ」
「ウンディーネは、当時海に住んでいた魔法使いに足がほしいと言った。人間の王子様に近付くために」
「相手がオズならば、完璧に出来ただろう。だけど、ボクらは所詮、魔力の源であるオズの魔力を操れる者に過ぎない。長時間足を与えることは出来ても、それは永遠ではない」
「だから対価を必要とした」
「ウンディーネは声を対価に、足を手に入れた」
「だけど恋の花は実らなかった」
「恋が実らなければ泡となって消える事が前提の契約だった。助かる方法は一つだけ。契約をなかった事にする。すなわち、それは愛する男を殺すこと。愛する者がいなくなれば、出会う前に戻る。王子様を殺せばウンディーネは確実に人魚に戻れた」
「しかし、ウンディーネは人間として死んでいく事を選んだ」
「人魚達にとっての悲劇だ。これをきっかけに、人魚達は人間に強い恨みを持つようになった」
「人魚狩り、人魚姫の死。悲しみに暮れる人魚達に、一つの光が現れた。ソフィアが言っていたね。セイレーン神話の始まりさ」
「テリー、誰が人魚姫に足を与えたと思う? 当時海に住んでいた魔法使い。そうさ。セイレーンこそがその魔法使いさ」
「そうだな。言うなれば、白き魔法使い、アメリアヌの隣に並ぶような『青の魔法使い』って言ったらわかりやすいかな」
「ただ、アメリアヌとは違って、あいつはただの性格がひん曲がった、悲劇を心から楽しむ性悪女」
「生きてる者同士の関係がこじれることが大好きなんだ」
「ウンディーネはあの女が楽しむために利用されたと言っても過言ではない」
人魚達は人間を憎み、恨んだ。
「全てが終わってしまった時、青の魔法使いは鳥の姿で人魚達の前に現れた。そして言った。私はあなた方の味方です。私が人間を歌で海に誘い込み、死を与えましょうと。純粋な人魚達は、セイレーンが原因でウンディーネが死んでしまった事なんて知らずに、喜んで仲間に引き入れた。そして海を彷徨う船に乗った人間の男達は、セイレーンとなった青の魔法使いの呪いの歌により海に誘われ、死んでいき、その肉は人魚達に食べられた。どうだい。これが神話の真実さ」
「詳しくどうもありがとう」
「どういたしまして」
「もう一つ聞きたいんだけど」
「なんだい」
「人魚を創り出す黒魔術の事は知ってる?」
「そんな話、どこで聞いたんだか」
突然、スタッフルームのホワイトボードが動いた気がして、あたしは顔を向ける。ホワイトボードに魔法陣が描かれた。
「昔、青の魔法使いが人魚を捜す哀れな男に教えた禁断の闇魔法だ。ただ、普通の人間の手で魔法は使えない」
「ただし、材料を集めて、不完全な人魚を創り出す事ならできる?」
「その通り」
「異空間にこの魔法陣が描かれてたわ。メニーがその上で寝てた」
ドロシーが黙った。
「カラスの血が大量に魔法陣にかかってた。魚の死体の山と、部屋の角にはよくわかんない肉の塊が置かれてて、壁には大量の蝋燭」
あたしは振り返る。メニーに雰囲気の似ている、でも全く違うドロシーが、険しい顔であたしを見ていた。
「あいつ、いついなくなったの?」
「昨夜」
「……昨日の夜? 部屋にいたじゃない」
「……実はね、ボク、途中からリオンの部屋にいたんだ。リオンの精神がどうも落ち着かなくてね。自分を責めてどうしようもなかったから、少しでも安らぎをと思って、魔法をかけていた最中……消えたんだよ。突然。メニーの気配が」
「……」
「びっくりして、メニーの部屋に戻ったら、メニーだけが消えた状態で……」
「……」
「メニーはこの魔法陣の上に寝ていたんだね?」
「ええ」
「……カラスの血、肉の塊、それと、魚の山ね……。……。……そうか」
「……今、どういう状況?」
「すごく危険な状況。君はそこで何してたの」
「急に異空間に飛ばされて、……なんていうのかしら、……夢でも見ていた感覚? 現実に思えなかった。いきなり熱が上がって、怠くなって……気がついたら、目の前にメニーとその魔法陣があって……中毒者に襲われたと思ったら……部屋に戻ってた」
「……」
「その時に、人魚の歴史を見たの。今あんたが話してくれた人魚の昔話と、昨夜サリアから聞いた――サリアが昔、タナトスの誘拐事件を引き起こした魔法使いから聞いた――娘のために人魚を創ろうとした男の物語が、そこに書かれてた」
ホワイトボードには、不吉な魔法陣が書かれている。
「ドロシー、ついでにこの魔法陣についても聞いておくわ。病弱な娘のために人魚を創り出そうとした男の話。あれも実際の話?」
「小説であれば低評価の星五つ。舞台であれば二度と見たくない脚本。バッドエンド好きには最高の物語。本当に訊く? 後味は保証しないよ」
「話の内容は知ってるわ。手短に」
「娘を不老不死にするために人魚を捜していた男の前に、青の魔法使いが助言したんだ。この魔法陣ならば、人魚を創り出せるからやってみなさいって」
「……オズじゃ……ないのね……」
「その頃のオズは封印されて深い眠りについていたからね。彼に魔法陣を教えたのは紛れもなく青の魔法使い、ハゥフルだ。これが悲劇の始まり。君も言っていたように、その魔法陣は人間が使ったところで、材料を集めたところで、不完全体の人魚しか出来ない代物だ。魚と人間が無理矢理合体させられてる状態」
「完全体にするためには、美人である必要がある?」
「答えはNOだ。テリー、もう一度言おう。何をどうやったって、『人間』に魔法は使えない。使ったところで、美人でも醜くても、出来上がるのは不完全体」
ならば、意味などないと思うか?
「答えはNOだ。ハゥフルの魔法はね、対価を必要とするんだ。対価を払ってようやくこの魔法は成立する。完全体の人魚の出来上がりさ!」
では対価とは? 安心して。それはとても簡単な事だよ。
「不完全体の人魚が愛する人を、食べさせるんだ」
「愛する人を殺す行為」
「そうすれば、不完全な人魚は海に帰れる。完全体になる」
そうして人魚が創られる仕掛けだった。ハゥフルは、あえて男にその事を言わなかった。不完全体の人魚は、押し寄せてくる食欲に負けて、目の前にいた男を食べた。愛する人ではないから、人魚はずっと中途半端なまま。理性と本能が行き来し、意識が戻ったり、また人魚の脳に支配されたり、それは想像を絶する苦しみを味わった後、誰にも気付かれることなく、食べるものもなく、自分がどうしてこうなってしまったのかわからないまま、地下の奥底で餓死した。
そして、帰らぬ父親を待ち続け、病弱の娘は孤独のまま楽園へと旅立った。
「人間を見守る白の魔法使いもいれば、悲劇を与えて楽しむ青の魔法使いもいる。これが真実だ」
「愛する者を殺さないと不完全のまま。そんな魔法陣に、どうしてメニーが寝ていたのかしら」
「テリー、君がただ単に夢を見ていた可能性はないのかい?」
「だったらなんであたしはその魔法陣を知ってるのよ」
「確かにそうだ。あー、全く。嫌な予感しかしない」
ドロシーがあたしの額に自分の額を重ねた。
「君の記憶を見た方が早い。ちょっと、失礼するよ」
「ええ。お願い」
あたしは瞼を閉じた。緑の手があたしに近付いてくる。あたしは扉を開けた。どうぞ。緑の手が侵入し、あたしの記憶の扉を開けて入っていく。あたしは紅茶を飲んでドロシーが戻ってくるのを待つ。すると、正面から手が伸びて、あたしの紅茶にミルクを入れてきた。あたしはミルク入りの紅茶を飲むと、正面に座る昔の誰かさんが口を開いた。
「あたし、何となくわかるわ」
昔の誰かさんが両手を握りしめた。
「メニーはね、美人だからさらわれたのよ」
昔の誰かさんは、真剣な顔で言った。
「中毒者は人魚を創り出そうとしてるんだわ。不老不死、永遠の若さ、美しい声。理由はわからないけど、何かを求めてるのよ。それを求めてオズから飴を受け取った。だけど、ね、見たでしょう? あの姿。まるで化け物。人魚が欲しかったのに、自分が人魚になってしまった。中毒者はメニーを人魚にして……食べるつもりなのよ」
生贄が美しければ美しいほど、完全体の人魚が完成すると思い込んで、メニーをさらったに違いない。
「対価の事を知らないんだわ。このままじゃ……メニーが危ない!」
昔の誰かさんは、テーブルを叩いた。
「助けに行かなきゃ!」
「どうして?」
そう言うと、昔の誰かさんがきょとんとした。
「どうしてあたしが助けに行かなきゃいけないの?」
「何言ってるの!?」
昔の誰かさんが怒鳴った。
「あたししか、あの子を守れる人はいないのよ!?」
「リオンがいるわ」
昔の誰かさんが息を吸った。
「安心して。リオンがいるから」
リオンはメニーの王子様よ。でしょ?
「あたしの目的は、この船が沈まないようにすること。破産の未来を消し去ることよ」
メニーが人魚にされそうになってる。だから何?
「あたしには関係ないでしょ?」
「メニーが死んでもいいの!?」
「……ふっ」
あたしはティーカップを置き、堪えきれずに笑った。
「あっはははははは!」
顔を押さえて、肩を震わせる。
「メニーが死んでもいいの!? あっはっはっはっはっ! ええ! いいわよ! あんな女、くたばればいいのよ! あはははは! はあ……。……くくっ! クレアもリオンもいるんだし、どうせ何とかしてくれるわ。それで死んだらそれまでの女だったってだけよ。まあ、あたしは死刑にされなくて済むから、そっちの方がこの上なく都合が良いんだけど」
昔の誰かさんは遺憾の意を込めた顔で何かを言おうとしたが、それを遮る。
「あのね、あたしには何も出来ないの。だってあたしは無力なか弱い女の子だもの」
昔の誰かさんは言葉を失った。
「そうでしょう?」
昔の誰かさんは黙る。
「でなきゃ、もっと早く助けられたでしょ」
でも、あんたは何もしなかったじゃない。自分は関係ないと言って見てただけ。あんなに手の届くところにいたのに、結局お前はその手を伸ばさず、ただ黙って、何もしなかった。
「メニーの救世主はあたしじゃないわ」
あたしは鼻で笑った。
「そうそう。いつだってそうだった。毎日毎分毎秒、あたし良い子なのって顔して。何よ。……ママが怖かっただけじゃない」
中途半端。八方美人。
「善人ぶらないでくれる? この偽善者」
お前、
「今まで何か結果を残せた事、ある?」
昔のあたしが、泣きそうな顔で俯き、そのまま黙った。
そうだ。
「そうやって黙ってろ」
そうすれば、感情が波立つ事はないのだから。
ドロシーとあたしが目を開けた。




