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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
八章:うたかたのセイレーン(後編)
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第12話 対価魔法(1)


 はっ、と瞼を上げて、あたしは慌てて体を起こした。


「っ!」


 視界に入ったのは――さっきまでと変わらない部屋の景色。


「……?」


 水は溜まってない。あたしのベッドは濡れていない。呼吸を繰り返す。さっき感じた怠さ嘘のように消え、気分はとてもすっきりしている。


 時計の針は、9時15分を差していた。


「……」


 あたしは恐る恐るベッドから抜け出し、シャワー室のドアを開けてみた。ハンドルはしっかりと閉められ、水は流れていない。


(……夢……?)


 メニー。


(あいつ、隣の部屋にいるのよね?)


 ……。


(さっきモニカが不安そうな顔をしていた)

(サリアが顔に出ているわよとモニカを叱っていた)

(……)


 二人は、あたしに話を聞かれないように廊下に出た。


(……何?)


 未だ戻ってこない二人は、廊下で何の話をしているの?


 ――その時、窓がつんつん! と叩かれた。


「っ!?」


 驚いて振り返ると、青い鳥が窓の外にいて、くちばしで窓ガラスを叩いていた。その姿に、あたしはぎょっとする。


「……っ……あんた……」

「ピィ」

「まさか……!」


 あたしは急いで走り、窓を上に持ち上げた。青い鳥があたしを見上げる。


「リオンのペットの、幸せしか運ばない、ろくに使えない、青い鳥の雄、ぴぃちゃん!?」

「ピィ」

「……ここで何してるの?」


 訊くと、ぴぃちゃんが偉そうな顔で短い足をあたしに差し出し、見せつけてきた。


(あ!? 何よ! やろうっての!?)


 ぎっっ! と睨んでよく見てみると……ぴぃちゃんの足に手紙が巻かれていた。足を差し出す行為は、あたしに読んでもらいたいアピールだったようだ。


「……」


 あたしは小さく折り畳まれた手紙をぴぃちゃんの足から外し、広げてみた。……リオンからだ。


 ――テリー。

 メニーがいなくなった。見つかるまで部屋から動くな。

 リオン。


「ピィ!」

「あっ」


 ぴぃちゃんが満足そうに空に向かって飛んでいった。あたしの手には、手紙だけが残される。


(……メニーがいなくなった……?)


「っ!」


 頭がズキ、と痛み、次の瞬間には、……脳内に魔法陣の上で寝ていたメニーの姿が浮かんだ。


(……異空間……)


 あたしは目を開く。あれが夢でなければ、あたしは異空間にいた事になる。しかし、あたしは戻ってきた。ここは現実。


(人魚)


 そうだ。あそこには絵があった。人魚の歴史の絵だった。


(なんだっけ)


 あたしは目を瞑ってイメージする。ゆっくりと思い出す。あたしの目の前に、見たはずの絵が現れる。


(人は魚を食う)

(魚に取って人は脅威である)

(魚は人を愛してしまった)

(人になるために、魚は声を対価に足を手に入れた)

(魚の願いは叶わなかった)

(魚の姫は魚には戻らず、泡となって消えた)

(復讐に魚は人の国を襲った)

(魚は、人の肉の美味さを知った)

(男がとても美味かった)

(だからセイレーンは魚と気が合い、海に歓迎された)

(人魚達は平穏を求めた)

(人魚の肉を求める男が来る頃には、人魚達は海底に潜って生活をしていた)

(だから人魚は今もなお、姿を見せない)

(仕方なく、男は黒魔術で人魚を創ったが、不完全体に食べられてしまった)


 ここで一つ疑問。


 人魚の姫に足を与えた魔法使いがいる。

 父親に黒魔術を教えた魔法使いがいる。


 どちらも禁忌であり、危険である。そんな世界がこじれるような魔法を教えたのは、


(オズ?)


 ――違う。オズじゃねえ。


(オズじゃない。わからないけど、そんな気がする)


 じゃあ、


(一体、誰が……)


 ――ドアが開いた。


「ひっ!」

「テリー?」


 振り返ると、サリアがきょとんとした顔で立っていた。


「どうかされましたか?」

「……」

「テリー、気分が良くても熱が下がっておりません。お医者様を呼ぶので、ベッドにお戻りください」

「……サリア」


 さん、に、いち。サリアはなんとなく、あたしにこれから訊かれる事を察した。


「メニーに会いたいんだけど、連れてきてくれない?」

「メニーお嬢様ですか? お出かけされてますよ」

「どこに?」

「夜には戻ります。あなたはベッドで眠ってください」

「……」


 サリアをじっと見る。サリアは今までと変わらない笑みを浮かべる。


「さ、テリー」


 ……あたしはサリアに見えないように、ネグリジェのポケットに手紙を突っ込ませ、ベッドに入り、爪を弄り始める。


「紅茶はいかがですか? 体が温まりますよ」

「ええ。飲もうかしら。……あれ、サリア」

「はい」

「なんか、爪の周りにデキモノが出来てるんだけど」

「指ダコではございませんか?」

「ううん。違うの。何かしら。……サリア、これ、ちょっと怖い。腫れてきてる」


 サリアが近付いてきた。


「ほら、見て」


 あたしが手を差し出すと、サリアがあたしの手を覗き込んだ。


「どこですか?」


 その言葉と同時に、あたしはサリアにシーツを被せる。


「っ!」


 その衝撃で、サリアが地面に倒れた。


「テリー!」


 あたしは裸足のまま部屋から抜け出す。サリアが急いでシーツを退け、すぐさま廊下に出た。


「誰か! テリーお嬢様が抜け出しました!」

「「また!?」」

「もー!」

「テリーお嬢様ったら!」


 サリアの声に気付いたベックス家のメイド達が廊下に出る頃、あたしは既に遠くまで走り、客室係のメイドを通り過ぎる。メイド達がきょとんとした。客室係のクルーの横を通りすぎる。クルー達がきょとんとした。長い窓が視界に映る。濃い霧が続いている。今日は出航三日目。三日目の出来事はよく覚えている。


 今日、このマーメイド号は氷山にぶつかって沈没する。


(サリア、後で沢山謝罪するわ!)


 あたしは息を切らし、逃げられる場所がないか辺りを見回す。ぐずぐずしていたらサリア達に追いつかれる。


「テリーお嬢様ー!」


 ベックス家のメイドの声が聞こえて、あたしはスタッフルームに逃げ込んだ。


「テリーお嬢様!」


 サリアの走ってくる足音が聞こえた。どうやら客室係に声をかけたようだ。


「すみません、ネグリジェを着た女の子を見ませんでしたか。社長の娘のテリー・ベックスお嬢様です」

「あら!? その方でしたらあちらに走って行かれましたよ!」

「はあ……」

「部屋から抜け出したようでして! また何か起きる前に捜していただけませんか!」

「客室係全体に連絡しておきます!」

「サリア、私達はあっちを見てくるわ!」

「奥様に知られる前に見つけちゃいましょう!」

「叱られるのはいつも私達なんだから!」

「テリーお嬢様ったら、いくつになってもやんちゃね」

「風邪を引かれて大人しくしてると思えば」

「相変わらずの暴れん坊」

「ボーナス増えないかしらー」

「サリアさんから逃げるなんて、テリーお嬢様ったらやりますねぇ!」

「モニカ、行くわよ」

「あっ! サリアさん! 待ってくださいー!」


 サリア達がスタッフルームを通り過ぎた。声をかけられた客室係も、仕事へと向かって歩いていく。


「……」


 あたしは後ろに振り返る。部屋には誰もいない。ならばと、あたしは呼んでみた。


「ドロシー」


 あんた、人魚が嫌いだったわよね。


「昔、タナトスには人魚がいて、美人で嘘つきだって言ってたわね」


 室内に小さな風が吹く。


「メニー捜しに役立ちそうなの。詳しく教えてくれない? 人魚の肉を食べると、不老不死になれる。更に永遠の若さが手に入り、美しい歌声を出せるようにもなる。それは本当?」

「テリー、そもそも人魚はどこから生まれたと思う?」


 耳元から声がする。


「全ての始まりはオズだ。オズは偉大なる魔法使いであり、魔法使いの、世界の王である。この世界が始まったばかりの時に、オズは一部の魚を人間の形に変えたそうだ」

「何の為に?」

「使命を持ってたんだ。そうした生き物を創るようにと言われたんだ」

「誰に?」

「誰、というのはわからない。ボクは見たこともあったこともない。これからも会う事はないだろう。けれどオズは会っている。だからオズは人魚を創り出した。美しく、無垢で、純粋な半魚人さ。つまり、人魚の体内にはオズの魔力が存在している。それを人間が食べたらどうだろう。ああ。そうさ。その通り。無力な人間に膨大な魔力が手に入る。不老不死にだって永遠の若さだって美しい声の持ち主にだって、何にでもなれるさ」


今も昔も人間というのは噂好き。


「一度味わってしまった者がぽろっと自慢したんだ。でも、結局それはオズの魔力が働いてるだけ。実際不老不死になって永遠に生きている者など存在しない。だけど、人から人へ巡る噂は消えないものさ。たちまち、噂を聞いた人間による人魚狩りが始まった」

「人魚達は怯え、海に潜った」

「そんな時さ。人魚の国が出来た頃さ。ウンディーネという人魚の姫が、人間の王子様に恋をしたんだ」

「ウンディーネは、当時海に住んでいた魔法使いに足がほしいと言った。人間の王子様に近付くために」

「相手がオズならば、完璧に出来ただろう。だけど、ボクらは所詮、魔力の源であるオズの魔力を操れる者に過ぎない。長時間足を与えることは出来ても、それは永遠ではない」

「だから対価を必要とした」

「ウンディーネは声を対価に、足を手に入れた」

「だけど恋の花は実らなかった」

「恋が実らなければ泡となって消える事が前提の契約だった。助かる方法は一つだけ。契約をなかった事にする。すなわち、それは愛する男を殺すこと。愛する者がいなくなれば、出会う前に戻る。王子様を殺せばウンディーネは確実に人魚に戻れた」

「しかし、ウンディーネは人間として死んでいく事を選んだ」

「人魚達にとっての悲劇だ。これをきっかけに、人魚達は人間に強い恨みを持つようになった」

「人魚狩り、人魚姫の死。悲しみに暮れる人魚達に、一つの光が現れた。ソフィアが言っていたね。セイレーン神話の始まりさ」

「テリー、誰が人魚姫に足を与えたと思う? 当時海に住んでいた魔法使い。そうさ。セイレーンこそがその魔法使いさ」

「そうだな。言うなれば、白き魔法使い、アメリアヌの隣に並ぶような『青の魔法使い』って言ったらわかりやすいかな」

「ただ、アメリアヌとは違って、あいつはただの性格がひん曲がった、悲劇を心から楽しむ性悪女」

「生きてる者同士の関係がこじれることが大好きなんだ」

「ウンディーネはあの女が楽しむために利用されたと言っても過言ではない」


 人魚達は人間を憎み、恨んだ。


「全てが終わってしまった時、青の魔法使いは鳥の姿で人魚達の前に現れた。そして言った。私はあなた方の味方です。私が人間を歌で海に誘い込み、死を与えましょうと。純粋な人魚達は、セイレーンが原因でウンディーネが死んでしまった事なんて知らずに、喜んで仲間に引き入れた。そして海を彷徨う船に乗った人間の男達は、セイレーンとなった青の魔法使いの呪いの歌により海に誘われ、死んでいき、その肉は人魚達に食べられた。どうだい。これが神話の真実さ」

「詳しくどうもありがとう」

「どういたしまして」

「もう一つ聞きたいんだけど」

「なんだい」

「人魚を創り出す黒魔術の事は知ってる?」

「そんな話、どこで聞いたんだか」


 突然、スタッフルームのホワイトボードが動いた気がして、あたしは顔を向ける。ホワイトボードに魔法陣が描かれた。


「昔、青の魔法使いが人魚を捜す哀れな男に教えた禁断の闇魔法だ。ただ、普通の人間の手で魔法は使えない」

「ただし、材料を集めて、不完全な人魚を創り出す事ならできる?」

「その通り」

「異空間にこの魔法陣が描かれてたわ。メニーがその上で寝てた」


 ドロシーが黙った。


「カラスの血が大量に魔法陣にかかってた。魚の死体の山と、部屋の角にはよくわかんない肉の塊が置かれてて、壁には大量の蝋燭」


 あたしは振り返る。メニーに雰囲気の似ている、でも全く違うドロシーが、険しい顔であたしを見ていた。


「あいつ、いついなくなったの?」

「昨夜」

「……昨日の夜? 部屋にいたじゃない」

「……実はね、ボク、途中からリオンの部屋にいたんだ。リオンの精神がどうも落ち着かなくてね。自分を責めてどうしようもなかったから、少しでも安らぎをと思って、魔法をかけていた最中……消えたんだよ。突然。メニーの気配が」

「……」

「びっくりして、メニーの部屋に戻ったら、メニーだけが消えた状態で……」

「……」

「メニーはこの魔法陣の上に寝ていたんだね?」

「ええ」

「……カラスの血、肉の塊、それと、魚の山ね……。……。……そうか」

「……今、どういう状況?」

「すごく危険な状況。君はそこで何してたの」

「急に異空間に飛ばされて、……なんていうのかしら、……夢でも見ていた感覚? 現実に思えなかった。いきなり熱が上がって、怠くなって……気がついたら、目の前にメニーとその魔法陣があって……中毒者に襲われたと思ったら……部屋に戻ってた」

「……」

「その時に、人魚の歴史を見たの。今あんたが話してくれた人魚の昔話と、昨夜サリアから聞いた――サリアが昔、タナトスの誘拐事件を引き起こした魔法使いから聞いた――娘のために人魚を創ろうとした男の物語が、そこに書かれてた」


 ホワイトボードには、不吉な魔法陣が書かれている。


「ドロシー、ついでにこの魔法陣についても聞いておくわ。病弱な娘のために人魚を創り出そうとした男の話。あれも実際の話?」

「小説であれば低評価の星五つ。舞台であれば二度と見たくない脚本。バッドエンド好きには最高の物語。本当に訊く? 後味は保証しないよ」

「話の内容は知ってるわ。手短に」

「娘を不老不死にするために人魚を捜していた男の前に、青の魔法使いが助言したんだ。この魔法陣ならば、人魚を創り出せるからやってみなさいって」

「……オズじゃ……ないのね……」

「その頃のオズは封印されて深い眠りについていたからね。彼に魔法陣を教えたのは紛れもなく青の魔法使い、ハゥフルだ。これが悲劇の始まり。君も言っていたように、その魔法陣は人間が使ったところで、材料を集めたところで、不完全体の人魚しか出来ない代物だ。魚と人間が無理矢理合体させられてる状態」

「完全体にするためには、美人である必要がある?」

「答えはNOだ。テリー、もう一度言おう。何をどうやったって、『人間』に魔法は使えない。使ったところで、美人でも醜くても、出来上がるのは不完全体」


 ならば、意味などないと思うか?


「答えはNOだ。ハゥフルの魔法はね、対価を必要とするんだ。対価を払ってようやくこの魔法は成立する。完全体の人魚の出来上がりさ!」


 では対価とは? 安心して。それはとても簡単な事だよ。


「不完全体の人魚が愛する人を、食べさせるんだ」

「愛する人を殺す行為」

「そうすれば、不完全な人魚は海に帰れる。完全体になる」


 そうして人魚が創られる仕掛けだった。ハゥフルは、あえて男にその事を言わなかった。不完全体の人魚は、押し寄せてくる食欲に負けて、目の前にいた男を食べた。愛する人ではないから、人魚はずっと中途半端なまま。理性と本能が行き来し、意識が戻ったり、また人魚の脳に支配されたり、それは想像を絶する苦しみを味わった後、誰にも気付かれることなく、食べるものもなく、自分がどうしてこうなってしまったのかわからないまま、地下の奥底で餓死した。

 そして、帰らぬ父親を待ち続け、病弱の娘は孤独のまま楽園へと旅立った。


「人間を見守る白の魔法使いもいれば、悲劇を与えて楽しむ青の魔法使いもいる。これが真実だ」

「愛する者を殺さないと不完全のまま。そんな魔法陣に、どうしてメニーが寝ていたのかしら」

「テリー、君がただ単に夢を見ていた可能性はないのかい?」

「だったらなんであたしはその魔法陣を知ってるのよ」

「確かにそうだ。あー、全く。嫌な予感しかしない」


 ドロシーがあたしの額に自分の額を重ねた。


「君の記憶を見た方が早い。ちょっと、失礼するよ」

「ええ。お願い」


 あたしは瞼を閉じた。緑の手があたしに近付いてくる。あたしは扉を開けた。どうぞ。緑の手が侵入し、あたしの記憶の扉を開けて入っていく。あたしは紅茶を飲んでドロシーが戻ってくるのを待つ。すると、正面から手が伸びて、あたしの紅茶にミルクを入れてきた。あたしはミルク入りの紅茶を飲むと、正面に座る昔の誰かさんが口を開いた。


「あたし、何となくわかるわ」


 昔の誰かさんが両手を握りしめた。


「メニーはね、美人だからさらわれたのよ」


 昔の誰かさんは、真剣な顔で言った。


「中毒者は人魚を創り出そうとしてるんだわ。不老不死、永遠の若さ、美しい声。理由はわからないけど、何かを求めてるのよ。それを求めてオズから飴を受け取った。だけど、ね、見たでしょう? あの姿。まるで化け物。人魚が欲しかったのに、自分が人魚になってしまった。中毒者はメニーを人魚にして……食べるつもりなのよ」


 生贄が美しければ美しいほど、完全体の人魚が完成すると思い込んで、メニーをさらったに違いない。


「対価の事を知らないんだわ。このままじゃ……メニーが危ない!」


 昔の誰かさんは、テーブルを叩いた。


「助けに行かなきゃ!」

「どうして?」


 そう言うと、昔の誰かさんがきょとんとした。


「どうしてあたしが助けに行かなきゃいけないの?」

「何言ってるの!?」


 昔の誰かさんが怒鳴った。


「あたししか、あの子を守れる人はいないのよ!?」

「リオンがいるわ」


 昔の誰かさんが息を吸った。


「安心して。リオンがいるから」


 リオンはメニーの王子様よ。でしょ?


「あたしの目的は、この船が沈まないようにすること。破産の未来を消し去ることよ」


 メニーが人魚にされそうになってる。だから何?


「あたしには関係ないでしょ?」

「メニーが死んでもいいの!?」

「……ふっ」


 あたしはティーカップを置き、堪えきれずに笑った。


「あっはははははは!」


 顔を押さえて、肩を震わせる。


「メニーが死んでもいいの!? あっはっはっはっはっ! ええ! いいわよ! あんな女、くたばればいいのよ! あはははは! はあ……。……くくっ! クレアもリオンもいるんだし、どうせ何とかしてくれるわ。それで死んだらそれまでの女だったってだけよ。まあ、あたしは死刑にされなくて済むから、そっちの方がこの上なく都合が良いんだけど」


 昔の誰かさんは遺憾の意を込めた顔で何かを言おうとしたが、それを遮る。


「あのね、あたしには何も出来ないの。だってあたしは無力なか弱い女の子だもの」


 昔の誰かさんは言葉を失った。


「そうでしょう?」


 昔の誰かさんは黙る。


「でなきゃ、もっと早く助けられたでしょ」


 でも、あんたは何もしなかったじゃない。自分は関係ないと言って見てただけ。あんなに手の届くところにいたのに、結局お前はその手を伸ばさず、ただ黙って、何もしなかった。


「メニーの救世主はあたしじゃないわ」


 あたしは鼻で笑った。


「そうそう。いつだってそうだった。毎日毎分毎秒、あたし良い子なのって顔して。何よ。……ママが怖かっただけじゃない」


 中途半端。八方美人。


「善人ぶらないでくれる? この偽善者」


 お前、


「今まで何か結果を残せた事、ある?」


 昔のあたしが、泣きそうな顔で俯き、そのまま黙った。


 そうだ。


「そうやって黙ってろ」


 そうすれば、感情が波立つ事はないのだから。







 ドロシーとあたしが目を開けた。



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