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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
八章:うたかたのセイレーン(後編)
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第6話 刺繍のハンカチ


「カトレア、ショッピングモールの帽子屋に行こうと思うのだが、アリスは戻ったか?」

「どうかしら。確認してみるわ」


 カトレアがドアを叩いた。


「アリス、いる?」


 取っ手をひねってみると開いている。カトレアがはっとして、慌ててドアを開けて部屋の中に入ると――アリスがソファーで気持ち良さそうに眠っていた。


「ああ、びっくりした。もう……」


 逝きたがりの行為をしていない事に安堵したカトレアが、アリスの体を揺らした。


「アリス」

「んー……」

「父さんが帽子屋に行かないかですって」

「……あれ……?」


 アリスがぼんやりと瞼を上げ、起き上がり、辺りを見回した。


「ニコラは?」

「何言ってるの? ニコラちゃんは風邪で寝込んでるって、アリスが言ってたじゃない」

「……。……夢か。ふああ……」


 アリスが気持ち良さそうに伸びをした。


「姉さん、すごいのよ。あのね、ニコラと冒険する夢を見たの。私、ウサギを追いかけたら、ウミガメのスープを提供しているレストランに行って、崖から飛び下りるの」

「はいはい。そうね。ほら、準備して」

「はーい」


 窓の外に張り付いてたリトルルビィがあたしをしっかり抱き、足を走らせた。瞬間移動を使って赤い絨毯の廊下に戻ってくる。アリスは無事だ。その事実に、ゆっくりと細くて長い息を吐いた。


「……」

「……大丈夫?」

「……大丈夫」


 あたしは頷きながら、ももにつけたベルトを布越しから撫でた。


「アリスが巻き込まれるとは……思ってなかったから、……驚いただけ……」

「大丈夫だよ。夢だと思ってるっぽいから」

「……」

「イザベラは?」

「……っ、そうだ」


(クレアと合流しないと)


 あたしは無線機を持った。ボタンを押す。


「クレア」


 音が鳴らない。


(あれ?)


 あたしはボタンを押す。


(え?)


「テリー、それ壊れてない?」

「……」

「さっきプールに落ちただろ。……その時じゃない?」

「……」

「クレアなら倉庫にいると思う。……私、瞬間移動するの疲れたし、……歩きながら行こうよ」

「……ん」


 リトルルビィがあたしの手を握り、廊下を歩き出す。俯くと、自分の足が見える。


「……リトルルビィ」

「ん」

「異空間に飛ばされると、呪いの副作用が、……あんたの場合、吸血鬼の力、っていうべきかしら。それが、使いづらくなるらしいわ」

「何それ。どういうこと?」

「……さっき、ソフィアと襲われたのよ。その時、しきりにソフィアが催眠が使いづらいって言ってた。だから注意しておけって」

「ソフィアどこ?」

「診療室よ。……今は寝てるわ」

「……」


 リトルルビィがちらっとあたしを見た。返事をする代わりに頷くと、リトルルビィの顔が険しくなり、また前を見て歩く。


「……用心して」

「わかった」

「……。……ここまででいい。あたし一人で行くわ」


 あたしはリトルルビィの手を離した。


「ありがとう。じゃあ、また後で」

「ちょっと待った」


 リトルルビィがあたしの手を掴んできたのと同時に、あたしはその手を払った。


「ついて来ないで」

「テリー」

「邪魔なのよ」

「急にグレんなよ」

「一人で行くから、じゃ」

「テリーってば」

「ついて来ないで」

「あのさー、大丈夫だって。クレア達、倉庫にいるだろうし、すぐそこだって。……この短距離で流石に襲って来たりしねえだろ」

「……わからないわよ」


 いつどこで誰が襲われるかわからない。


「あたし一人なら、逃げればなんとかなるわ」

「テリー」

「リトルルビィ、……真面目に狙いはあたしみたい。さっきからずっと異空間を行き来してる」

「へえ。そんだけ行き来してるなら手掛かりも見つけた?」

「……ソフィアが……」

「あ?」

「……美術館に行ってみた? あそこの絵の一部、異空間の中で見た景色だった」

「……中毒者は画家?」

「って思うでしょ? ……もう一つあるわ。二月十六日にイザベラのアルバム収録があって、その現場にいた人達が殺されてるの。画家ならスタジオにいないでしょ?」

「……つまり、伝説の歌姫は?」

「……あたしが見てる限り、イザベラが飴を舐めてる様子はなかった。フェイクかもしれないけど」

「なるほど。っつーことは、……その、アルバム収録だっけ? その日にスタジオにいた奴を絞り出せば、中毒者が見つかる可能性が上がる。了解。テリー、急ごう」

「っ」


 あたしは一歩下がった。リトルルビィがきょとんとした。


「テリー?」

「……一人で行く」

「まだそんなこと言ってんの?」

「二人でいたら襲われる」

「テリー」

「大丈夫よ。一人で行ける」

「テリー」


 あたしはリトルルビィを横切ろうとすると、リトルルビィが面倒そうな顔で道を塞いだ。


「待てって」

「リトルルビィ、良い子だから言うこと聞いて」

「やだね」

「お願い。……今だけでも聞いて」

「あのさ、テリー」


 リトルルビィが無線機を出した。


「わたしが呼ぶから」


 リトルルビィが無線機のスイッチを押した。


「クレア」

『……』

「あーあー、聞こえる? こちらルビィ」

『……。ど……した……』

「あー、くそ、使えねー……。……クレア、メニーと一緒にこっちに来れないか? テリーが」

『……ビィ……な……言って……』

「クレア?」

『……な……』

「あー応答せよー、応答せよー。こちらルビィ。おーい」


 無線機が切れた。


「……チッ、使えねえ……」

「……倉庫でしょ。退いて」

「テリー、一回座ろう」

「急がないと」

「座ろう?」

「時間がないのよ!」

「いいよ。わたしが瞬間移動すればいい話だから」

「ちょっ」


 リトルルビィがあたしを引っ張った。大股で歩き、設置された休憩用のソファーにあたしを座らせる。


「……」

「ここなら絶対安全だろ」


 下で人が歩いてる。クルーが歩いてる。廊下を人が歩く。階段の下にはホールがある。壁には大量の大きな絵が一枚ずつ綺麗に並べられていた。リトルルビィがあたしの隣に座る。


「一回休憩。色々調査してて疲れた」

「……」

「少ししたら行こう。テリーも休んで」


(……リトルルビィが……そう言うなら……)


 あたしは深呼吸する。リトルルビィが欠伸をした。息を吸って、……質問する。


「……ルビィ、聞いてもいい?」

「ん」

「中毒者……怖くない?」


 リトルルビィがあたしを見つめる。


「あたしは怖かったわ。誰も頼れなくて、あたししかいなくて……」

「……仕方ねーよ。わたしもソフィアも、それ相当の訓練受けてるし」


 リトルルビィが鼻で笑った。


「中毒者よりも強い奴が上司にいるし」

「……」

「その笛、護身用?」

「……ソフィアが持って行けって。あたしは中毒者と戦えないから」

「そう」

「……」

「……怖気づいた?」

「……やっぱり……怖い。いざ目の前に現れると……」

「ああ、だろうな。……でも、もう大丈夫だろ?」


 リトルルビィがあたしの頭に手をぽんと置いた。


(んっ)


 驚いて――きょとんとして――思わず隣を見れば――大きく成長したリトルルビィが、笑みを浮かべてあたしを見ていた。


「わたしがいるから」


 あたしの頭をぐしゃりと撫でた。


「すげー強いわたしがテリーの側にいるから、大丈夫。な?」

「……」

「まあ、見てろよ。テリーに見られてたら、わたし、負ける気がしないから」

「……」

「……どう?」


 リトルルビィがにっと笑って、あたしの顔を覗き込んだ。


「少しは安心した?」

「……っ」


その行動に――あたしは盛大に吹き出す。そして、堪えきれず笑い出した。今度はリトルルビィがぽかんとする番。


「……なんだよ」

「ふふっ、あんた、……くくっ、……キッドに似てきたわね」

「はっ!?」


 その一言で、リトルルビィがサッと血の気を引かせ、青い顔になった。


「キッド?」

「出会った頃も似たようなこと言ってた。ふふっ、なんだっけ? ……まあ、見ててよ。俺すげー強いから。愛しいテリーに見られてたら、負ける気がしない……だったかしら?」

「……」


 黙るリトルルビィに、あたしはにやっとした。


「似てきたわね」

「嫌だ」

「やっぱり人って育てられた人に似るのね。あんたは特に純粋だもの」

「嫌だ……。絶対嫌だ……。わたし、キッドにだけはなりたくない……」

「クレアは?」

「絶対嫌だ……」


(……仲良いのか悪いのか……)


「……な、テリー、もう少し……休憩してもいい?」

「……少しくらいなら良いわ。あたしも疲れた」

「……ん」


 リトルルビィがそっとあたしの肩に頭を乗せてきた。海の景色が視界に映って、……思わず溜め息が出る。


「……本当はもっと優雅な旅だったはずなのに……」

「中毒者はいつだって神出鬼没だよな」

「その通り」

「テリー、ここに刺青入れようと思うんだけど、どうかな」

「絶対駄目」

「こういう模様にしたくて」

「駄目」

「かわ」

「入れるな」

「……わーったよ。今は入れないよ。……今はな」

「……」

「バイト、どうしようかな」

「……アルバイトはもういいんじゃない?」

「そう思う?」

「冷静に考えてみたら、あんた働きすぎだったのよ。少し勉強とか趣味に時間を費やしたらどう?」

「……趣味が働くことだったから……」

「……だったら役に立つものから始めてみたらいいわ。刺繍とか」

「あの針でちくちくするやつ? あはは! 無理! わたし、ああいう作業向いてないんだよ」

「何言ってるのよ。前にハンカチに入れて、プレゼントしてくれたじゃない。キッドに教わったって言って」

「……。……。……いつの話してんの?」

「可愛かったわ。一生懸命、愛を込めてテリーの為に作ったのって言って、あんたがくれたのよ」


 ――テリー、あのね、下手かもしれないんだけどね、でもね、あのね、テリーのことを想って、わたし一生懸命作ったの! わたしの愛が、いっぱい詰まってるの! こ、これ、……あげる!! ……テリー、好き。……きゃっ!!!!


「いつの話だよ……」


 リトルルビィが誤魔化すように伸びをした。


「んなの、覚えてない」

「これなーんだ?」


 あたしはポーチバッグを開けて、中に入っていたハンカチを取り出した。リトルルビィがそれを直接目で見て、顔を引き攣らせた。


「……なんであんの?」

「家から出る時に持ってきたの」

「……」

「色々心配だったから、……お守り代わりに」


 あたしは綺麗に入った刺繍を撫でた。


「持ってきてよかった。ほら」


 綺麗なテリーの花の刺繍。何度見ても綺麗。それよりも、リトルルビィの気持ちが嬉しかった。


「……今でも大事なプレゼントだわ」


 あたしはリトルルビィに顔を向けた。


「あんたが作ったのよ。ほら、綺麗でしょ?」


 その瞬間、リトルルビィが息を止めた。あたしの顔から目を離さない。じっと、見つめられ、きょとんとする。


「ルビィ?」

「すごく」


 リトルルビィがあたしを見ながら言った。


「すごく、……綺麗」


 リトルルビィが目を逸らした。


「だと、思わなくも、ない、気が、する」

「すごく綺麗に出来てるじゃない。大切に愛用させてもらってるわ」

「……捨てろよ。そんなの」

「捨てられるわけないでしょ。あんたが作ったものなのに」

「……」

「もうしばらく愛用させてもらうわね」

「……チッ」


 リトルルビィが急に立ち上がった。


「そろそろ行こうぜ」

「……そうね」


 廊下の時計は17時30分を差している。喋ってたらもうこんな時間だわ。あたしはハンカチをポーチバッグに入れる。


「ありがとう。……落ち着いた」

「ん」

「行きましょう」


 早くクレアに会わないと。

 

「でも、リトルルビィ、本当に気を付けて。今回の中毒者、なんだか様子がおかしい気がする」

「心配ないって」


 リトルルビィがあたしに余裕の笑みを見せた。


「瞬間移動中に、襲われるわけないし、廊下でだって……」


 ――直後、あたしの座っていたソファーが、後ろに倒れた。


(え?)


「っ」


 目を見開いたリトルルビィがあたしに手を伸ばす。


「テリ……!」


 なぜか地面に穴が開いており、あたしはその穴に転がり落ちた。


「テリー!」


 後ろから風が当たる。光がどんどん小さくなっていく。あたしは――落ちていく。



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