第15話 気持ちは残ったまま
その日、ベックス家の屋敷は、突然のあたしとメニーの帰りに、嵐が来たように大騒ぎになった。テリーお嬢様とメニーお嬢様が、帰ってきましたーーーー! なにーーー!? メイド達が走り、使用人が走り、庭師のリーゼが庭から走り、アメリアヌの授業中だったクロシェ先生が走り、アメリがあくびをしながらのろのろと先生の後を追い、ギルエドが走り、全員が、エントランスホールについた。
「「お帰りなさいませ! テリーお嬢様! メニーお嬢様!」」
「無事だったのね! 二人とも!」
「おかえりぃー」
「どちらに行かれていたのですかーーーーー!!」
クロシェ先生があたし達を抱きしめ、アメリが伸びをして、ギルエドの叫んだと同時に、ママがエントランスホールへの扉を開けた。あたし達を見て、発狂する。
「テリイイイイイイイイイイイ!!!!!」
「今帰ったわ。ただいま、ママ」
「メニイイイイイイイイイイイ!!!!!」
「ただいま。お母様」
「お前達、今の今まで、一体どこに行ってたの!! お母様がどれだけ心配したと思ってるの!!」
「奥様! 髪が乱れております!」
ギルエドがママの髪の毛を直した。
「いいでしょう。とりあえず、記者会見の準備を」
「ああ、ちょうど始まる時間だわ」
「は?」
「みんなで部屋で見ましょう」
みんなでテレビのある部屋に入り、あたしはリモコンを押した。生放送で中継がされている。キッド殿下が、緊急記者会見を開いていた。
「キッド殿下!」
「テリー姫様が見つかったとのことですが!」
「ご結婚はどうなったのですか!」
「どちらにいらっしゃったのですか!」
「どうして会見が遅れたのですか!」
そこには、キッドが映っている。青く美しい瞳が、カメラを向いた。
「このたびは、会見が遅くなり、誠に申し訳ございません。結論から申しましょう。結婚は取りやめとなりました」
人々がざわめき、レディ達は拳を握り、アリスは針を指に刺した。いてっ。
「全ては、私達の覚悟の甘さでした。言葉の通り、私達はまだ若いです。今のまま結婚しても、皆様のような素敵な家族になることは、できないのではとお互いに思った所存です。私の結婚は、まだ当分、先になりそうです」
カメラの音が響く。きっと号外の新聞が出ることだろう。
「我々はもっとお互いを知るべきだと話し合いました。ですので、うまくいかなければ、別れもあるでしょう。普通の恋人のように、別の人物と結ばれる未来もあるかもしれません。その可能性が残っている以上、焦るのは適切ではないと判断しました。私はもう19歳になります。ですが、父も母も、焦る必要はないと仰ってくださっておりますので、その言葉に甘えようと思います。不器用な私達ですが、温かい目で見守っていただければ幸いでございます」
さて、そんなところで、
「質問タイムです! なんでも答えましょう! 週刊誌、月刊誌、どんとこい! さあ、どうぞ!」
「キッド殿下! 今日も美しいです!」
「どうもありがとうございます!」
「キッド殿下! ウインクをお願いします!」
「ぱちん!」
「「きゃーーーーー!!」」
「天使様がお迎えに……」
「キッド殿下! テリー様を一言で例えると!」
「愛!」
「キッド殿下! テリー様とはどちらでお知り合いに!?」
「城下町の通り道で。彼女がひったくりに遭っていたのを助けたのが……始まりでした」
「「ひゅーーーー!!」」
「ああ、それと一つ。彼女の家に訪問して取材することは法律上禁止とさせていただきます。もしいらっしゃれば、法律に反したことになりますので、終身刑とさせていただきます。くれぐれも行かないように気をつけてください」
屋敷の外が急に静かになった。
ママが体をわなわなと震わせる。
キッドによる質疑応答は素晴らしく完璧なものである。
アメリがあたしの肩にひじをのせた。
「もったいないんじゃない? せっかく王子様と結婚できるってのに」
「いいのよ。これで」
「……まだ夢見てるみたい。これ、本当にあんたのことなのよね?」
「そうよ」
「はあ。キッド様。テリーの何がいいんだか」
アメリが立ち上がった。
「さて、ダーリンに電話してこようっと」
アメリが部屋から出て行った。メニーがにこにこしながらドロシーをなでる。ママはテレビに夢中のようだ。ギルエドが呟く。奥様、そんなに近づくと、目が悪くなりますぞ。新人メイドのモニカとサリアがあたしの後ろについた。
「テリーお嬢様!」
「テリーお嬢様」
二人が手で差す。
「お疲れでしょうから、お部屋へどうぞ!」
「着替えの準備も整っております」
「ありがとう。二人とも」
あたしは立ち上がり、ママを見た。
「……まあ、そういうわけよ」
歩き出す。
「当分結婚はないと思って。じゃ」
そのまま部屋を出て行き、モニカが扉を閉めると、部屋からママの発狂声が聞こえて、モニカが肩をびくっと揺らした。王族になれるチャンスがーーーーー!! 奥様!
「モニカ、テリーお嬢様の後ろにつきなさい」
「でも、サリアさん、奥様が、すごい叫び声を。それはそれは、この世の終わりのような叫び声を」
「いつものことですから」
にこりと笑って、あたしを見る。
「お帰りなさいませ。お嬢様」
「ただいま。サリア」
「……下巻はありましたか?」
「……ああ、あれね」
あたしはこくりと頷いて、歩き始める。
「流石ね。サリア。どんぴしゃだったわ」
「お力になれたようで何よりです」
「テリーお嬢様、そんな服装もされるんですね。なんだか村娘みたいですわ!」
「モニカ」
「ごめんなさい。サリアさん……」
(……ああ、帰ってきた)
我が家だわ。
(ああ……)
今回も無事に帰ってこれた。
(もうしばらくは引きこもろう……)
部屋に入り、のろのろとドレスに着替える。
「モニカ、お茶を淹れてくれない?」
「かしこまりました! 熱いのと冷たいの! どちらがよろしいですか!?」
「熱いの」
「かしこまりましたー!」
モニカが元気に部屋から飛び出していく。サリアがあたしに眉を下げた。
「申し訳ございません。よく教育はしているのですが……」
「新人だもの。元気があっていいじゃない」
あたしはクローゼットを開く。奥に、赤いドレスが大切に飾るように置かれていた。
「……」
あたしはゆっくりと近づく。とても繊細な布で作られた赤いドレス。結婚のネタにされた赤いドレス。キッドから贈られた赤いドレス。
「……」
「処分するには、もったいなかったので」
サリアが微笑んだ。
「いかがなさいます?」
「……ドレスに罪はないわ」
毒入りの呪われたドレスは、どこにいても神々しく輝いている。
「また、……何か機会があれば」
「テリーが、それでいいのであれば」
「……」
サリアに振り向く。
「サリア」
「はい」
「バドルフ様って覚えてる?」
サリアがこくりと頷きました。
「ご健全でしたか」
「お偉いところの秘書をやってるの」
「さようでしたか」
「サリアのことを、予知能力を持ってるって言ってたわ」
「うふふ。予知能力があれば、もっと人生が楽しくなるのでしょうけどね」
「それで、聞いたんだけど」
「はい?」
「パパの、『あの写真』って、知ってる?」
「あの写真?」
「あの写真は、まだ持っているのかい、って聞かれて」
「……」
サリアが口元を押さえて考える。目を動かす。さん、に、いち。
「……書斎ですかね……?」
「パパの書斎?」
「ええ、あるとすれば」
「何の写真?」
「……あるかわかりません。行ってみましょうか?」
「ええ。一緒に来てくれる?」
「かしこまりました」
あたしとサリアが部屋から出た。その後、部屋に戻ってきたモニカは戸惑った。あら、テリーお嬢様とサリアさんがいないわ! これは、きっと、かくれんぼをしているに違いない! モニカが一人かくれんぼの鬼となって、部屋の中を捜索し始めた頃、あたしとサリアが開かずの間へと入り、パパの本棚を弄っていた。
「テリーは覚えてないと思うのですが」
サリアが本を探す。
「アンナ様と前王のアーサー様は、お友達同士でして、縁が回り、ダレン様も議員をやることになりましたので、その関係で、時々、議員様が使われる宮殿へと出向くことがございました」
「……マールス小宮殿?」
「まあ、懐かしいお名前。見ましたか?」
「……生活してた」
「あら、そちらに配属でしたか」
サリアがくすっと笑いながら本棚を弄る。
「メイドの仕事はいかがでしたか?」
「あたし、小さい時から使用人には優しくするって思ってた。この考えは正しかったわ」
「苦労されたようですね」
「一緒に働いた人達はいい人が多かった。問題は上よ。わがまま言い放題。主によっては過酷な職業よ。使用人って」
「それが仕事ですからね」
「サリア、休憩したい時はいつでも言ってね。あたしの部屋で休ませてあげるわ」
「私は、もう慣れましたから」
サリアが本を開いた。
「ああ、よかった。あった。こちらです」
それは、古い新聞記事。色あせている。
「廃盤となってもう手に入れられないものです。この新聞は、外に出る前に編集されたとか」
「編集?」
「書いてはいけないことが書かれていたんです。それを、持っていた方がおりまして……」
ほんの昔話をしましょう。
「ダレン様が忘れ物をされたので、家族でお届けに行った時のことです。アメリアヌはまだ幼く、テリーもまだまだ小さかった。アメリアヌはアンナ様が手を握っていて、テリーは、私が常に抱っこをしておりました。ただ、抱っこをするための紐が緩みまして、一度テリーをベンチに置いたのです」
その時、とても綺麗な花びらが舞って、私は一瞬だけ、テリーから目を離したのです。
「そして、振り返った時に」
テリーだけが消えていた。
「そんな事件があったんです。昔ですけどね。犯人は、小さなお姫様でした」
あたしはきょとんとした。
「マールス宮殿の裏側に、壁と木で隠された塔のような建物がありまして、お姫様がそこに、あなたを連れて行ったんです。あなたの笑顔で気に入ったようでして」
そこで、何とかダレン様があなたを連れ戻しました。
「その時に、お姫様からいただいたもの、と仰ってましたね」
あの子があたくしの存在を忘れないように、これを渡しておくわ。
「それが、こちらの写真です」
古い新聞記事を見る。
白黒で映る色あせた写真、文字。この記事に、あたしは見覚えがあった。
(あ)
王族が映った写真。
(……あ)
四人映っている。
ゴーテル様、スノウ様、リオン。そして、――クレア。
(あった)
これだ。記憶の片隅にあった、王族の写真。
(どこかで見たと思ってた)
古い記事。リオンが産まれたことに関して書かれている。
(……なるほど)
クレアが映っていたから、この新聞は世に出せなかったんだわ。
そっと、指でなぞってみる。
まだキッドが生まれてない頃のクレア。
一人の姫として、ゴーテル様の横に並ぶ。
その笑みは、少年ではなく、少女そのもの。
サリアが微笑んで黙る。
あたしは写真から目をそらし、サリアを見上げる。
「サリア」
「はい」
「王家は、何人家族だと思う?」
「四人だと思ってました。ですが、隠された王子様がいらっしゃったので」
「……」
「私は、一度だけこの姫様を見たことがございます」
小さくも、とても美しい輝きを持つ、不思議な方でした。
「お会いできましたか?」
「……ええ。とてもわがままだったけどね」
「王女様ですからね」
「……これ、他には見た人いるかしら?」
「知っているのは、私と、ダレン様と、アンナ様くらいかと」
「ギルエドは?」
「存じ上げないかと」
「結構」
写真のクレアは微笑んでいる。
「このこと、誰にも言わないように」
「かしこまりました」
小さいお姫様は、この頃はまだ、愛を感じていたのだろうか。表情が、今よりずっと柔らかい。
(……)
小さい。
(……ちょっと可愛い)
あたしは、新聞記事の写真を見つめて、ほんの少し、頬を緩ませた。
(*'ω'*)
その夜。
晩ご飯は久しぶりのご馳走だった。あたしのとメニーの好きなものが中心に並んでいた。ドリーとケルドが腕を振るったらしい。マールス宮殿では、トロとロップイが腕を振るっていた。あの二人、今夜も楽しく使用人達に料理を作っているのでしょうね。
久しぶりに大きな大浴場を独り占めにして、お気に入りのシャンプーを使って、贅沢三昧して、動きやすい可愛いおしゃれなネグリジェに着替えて、ああ、見てよ。これ。あたし、テリー・ベックスに戻れたんだわ!
「ああ、平和な日常が戻ってきた。僕はね、とても安心しているよ。それはそれは心からね。あんな小さな部屋に猫として閉じ込められるなんて、窮屈でしかないんだから」
開かずの間に敷かれた新しい絨毯にドロシーが寝そべる。あたしは本棚から『人は見かけによらない』という本を持って、ソファーに座った。
「あんたなんかいつだって平和でしょう。あたしに比べたら」
「君の手助けをしてあげたのは誰だい?」
「お黙り。亀に襲われても助けてくれなかったくせに」
「リオンが言ってただろ? 君なら何とかできると思ったの」
「何とかできないから呼んでるのよ。あんたっていっつもそう。たまにはあたしの役に立ちなさいよ」
「役に立ってるじゃないか。今回は大魔法を使って、すっかり疲れちゃったよ」
「……あれだけ崩れた塔が元に戻ってた」
本を開く。目次が書かれている。
「それに関してはよくやったと思うわ」
「いらない情報は消しておくべきだからね」
「でも、一部の人には、記憶は残ってるみたいよ」
「それなんだよなあー」
ドロシーがうなだれた。
「魔法は完璧だった。他の魔法使いからも力を借りた大魔法。でも、残った」
「メニーになんて説明するの?」
「しないよ。……あと二年は」
「そうね」
ドロシーとメニーが出会うのは、あと二年後のことだ。つまり、未来の軌道変更は、あと二年で完結させなければいけない。
「ソフィアには会った?」
「会うわけないだろ」
「リトルルビィは?」
「どうかね。この先、会いに来るかも」
「クレアは?」
「会ってないよ。多分、わかってるんだろうな。いつか会えるって」
ドロシーが転がった。
「これは想像だけど、あのお姫様、僕の存在になんとなく気付いてたんじゃないかな」
「ん?」
「キッドの正体を確認しようと何度も水晶で見ていたよ。でも、そういう時に限って、水晶にもやがかかったり、キッドが女の子を口説いているところしか見えなかった」
まるで、見せないよって、と笑われているように。
「……テリー、これは謝っておくよ。ごめんね」
「何よ。藪から棒に。気持ち悪いわね
「クレアのこと、僕は全部知ってた」
「……あ?」
「去年、リオンが記憶を取り戻した際にね、少し話をしたんだ。彼女は本来お姫様で、王子様のふりをしているリオンの姉。キッドは双子じゃない。一人しかいない。一人で全てを演じきっている」
「……ラプンツェルを取りに行ったキッドの様子が見えないと言ってたわね。あれは何?」
「あれは本当。もしも本当にキッドという存在がいるのであれば、どこにいるか見れるだろうなと思って覗いてみたら、案の定、僕の目に入れば君の耳に届く。クレアが拒んだんだ。見るなって、魔力を操って見せないようにした」
「あいつ、そんなことまで出来るの?」
「出来るんだろうね。実際そうだから」
「リオンが見えなかったのは?」
「オズだろうね」
あたしは口を閉じた。
「オズが見事に人間を演じて、君達の側にいたね。おそろしい奴だよ。僕でさえ気付くことができなかった。あんなに近くにいたのに」
魔力を消して、なんてことのないメイドとして、この事件の行く末を黙って眺めていた。
「おそろしいことに、あいつはリオンのすぐ近くにいた。その気になれば、弱った彼を消すことも出来ただろうに」
「……確かに、不思議ね。なんでしなかったのかしら」
「簡単さ。クレアとリトルルビィとソフィアとニクスがいたから」
「ニクスも?」
「ニクスは死ぬはずだった。でも、生き残った結果、父親での経験を踏まえて、不自然なことを異常なほど追求するようになった。ソフィアは催眠の目を持ち、リトルルビィは吸血鬼の力を使用する。クレアは、言わなくてもわかるだろ? 今の時間軸では、『キッド』がこの世界の救世主だ。キッドがいれば、オズに太刀打ちできる」
「……キッドだけが対応できるって、なんだか理不尽な世界ね」
「そうだね。とても不思議だね」
「それと、もう一つ不思議なことがあるわ」
「なんだい?」
「オズが、あたしをトゥエリーって呼んでたの」
本からドロシーに目を移す。
「あれは、何? どういうこと?」
「……」
ドロシーが首を傾げた。
「オズは昔の時代の人だよ? テリーよりも、トゥエリーのほうが言いやすかったんじゃない?」
「……そういうもの?」
「うん。そういうもの」
「あんたもトゥエリーのほうが呼びやすい?」
「僕はもう慣れちゃったからね」
「……ふーん」
ページをめくる。
「あまり気にすることでもないさ」
「ええ。そうみたいね。……メニーのこと、あんた知ってたの?」
「……その話、したい?」
ドロシーに訊かれ、あたしは眉をひそめた。
「何よ」
「テリー、これは君に追い討ちをかけることになると思うんだけど」
ドロシーがまたころんと転がった。
「リオンは、なぜメニーと結婚したと思う?」
「は? 一目惚れしたからでしょう?」
「ガラスの靴を頼りに、メニーを追いかけたのも?」
「それほど魅力的だったんでしょう?」
「そうだよ。メニーの魔力が、クレア以上のものだったんだ」
あたしの手が止まる。
「メニーの側にいれば、リオンはジャックから解放された。なぜか、ジャックが魔力によって弾き飛ばされたんだ」
リオンは思ったはずだ。自分を助けてくれるのは、この子しかいない。
「つまり」
緑の目があたしに向けられた。
「愛のある結婚じゃなかったんだ。二人とも」
あたしは黙った。
「メニーは、リオンとダンスをした時に、一部の事情を聞いた。そして、とある条件を出して、リオンと結婚したんだ」
「条件?」
「そう。メニーにとって、とても大切なものだ」
「なるほど」
考えるまでもなく、答えは明確だ。
「ベックス家から助けて欲しいって言ったのね。あいつなら言いそうだわ」
「……」
ドロシーがまたころんと転がる。
「まあ、そんなとこ」
「そうよね。意地悪な家族から解放されるなら、愛のない結婚だってするわよね。はいはい。ご愁傷様。なるほど。だから子供を作らなかったのね」
「そういうこと」
「だとしても、結婚生活は長く続いたわねぇ。ああ、羨ましいわ。何不自由ない、罪の一つもない、未来も明るいそんな生活」
憧れるわー。
「ふん。あたしだってあと二年頑張れば、罪滅ぼし活動なんてしなくたってよくなるわ。あいつはさっさとリオンと距離を縮めて結婚すれば良いのよ。あたしが恋のキューピッドになるわ。ほら、満足?」
「なんで怒ってるんだよ……」
「嫌いなのよ。あいつ」
「ああ。メニーにしばらくの間、警戒されるんだろうな。……ねえ、テリー、今夜……」
「一緒になんか寝ないわよ」
「なんだよ! ケチ!! 君の恩人だよ!? 僕、君の、恩人だお! 今こそ借りを返す時さ! ベッドを僕に貸すんだ!」
「嫌よ!!」
「貸してよ!!」
「嫌よ!!」
「あれだけ広いんだから、少しくらいいいだろ!?」
「嫌よ!!」
「テリー!!」
「何よ! ドロシー!!」
その瞬間、扉が開いた。ドロシーが猫に戻った。
「にゃん」
メニーがドロシーをじっと見た。
「……お姉ちゃん、今、誰かと話してなかった?」
「そこにいる猫が爪を研ぐから注意してた」
「くしくし」
「……」
メニーが開かずの間に入り、扉を閉めた。
「お姉ちゃん」
「ん?」
「今日何時に寝る?」
「……」
あたしはチラッと時計を見た。
「あと一時間くらい」
「一緒に寝ていい?」
「メニー?」
「怖いの」
……メニーが俯いた。
「あのこと、頭から離れないの」
全てが闇に包まれた。
「一人で寝たら、夢に出てきそう」
メニーがあたしに近づいた。手をそっと取られる。
「お姉ちゃん、お願い」
眉を下げて、可哀想なおめめをして、あたしを見下ろす。
「一緒に寝て?」
「……もー。しょーがないわねー」
――チッ。
「いいわ。メニーが落ち着くまで、しばらくの間、一緒に寝ましょう」
「……うん」
「大丈夫よ。何も怖くないんだから」
にっこりと笑う。
「あたしがメニーを守るし、ドロシーもいるんだから」
「……そうだね」
メニーが軽く微笑み、肩をすくませ、ドロシーを見た。
「ドロシー、いつになったら話せるようになるの?」
「にゃー」
「この間、人間になってたでしょう?」
「みゃう」
「ドロシーったら、……もう」
ぷう、と頬を膨らませて、メニーが再びあたしに振り向いた。
「お姉ちゃん、私も隣で本読んでいい?」
「ええ。読みなさい」
「やった」
メニーが本棚に移動する。
あたしとドロシーの目が合う。
ドロシーがにやりとした。
(安心したまえ。君はメニーの部屋で寝るといい。君のベッドは、僕のものだ!)
「……くそ猫が」
誰にも聞こえない程度にぼそりと呟いた。
本を取ろうとして、ちらっと、後ろを見る。
そこには、自分が求めている人物が堂々と座って、猫と目で会話をしている。
――どこ見てるの?
――あなたの大嫌いな私がここにいるんだよ?
――私を見て?
メニーがあたしの隣に座った。肩がぶつかる。
「ふぎゃっ!」
「あ、ごめん」
メニーがくすっと笑い、本を開いた。
(こ、この女……! よくも、あたしの肩に!)
「大丈夫よー。全然、大丈夫ぅー」
あたしが顔を引きつらせて、必死に笑みを浮かべたのだった。




