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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
六章:高い塔のブルーローズ(後編)
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第13話 ガラスの靴を辿って(1)


 あたしは目の前に、誰かが立っている。

 とても醜いものがあたしを見ている。

 あたしは腕を組み、それを睨んだ。


 何見てるのよ。


 そう言えば、緑の手があたしの頬に触れた。


 触らないで。


 それでも、優しく触れてくる。


 お前、誰よ。無礼者。あたしに触らないで。


 とても醜いものは答えない。黙って手を引っ込ませ、マントから何かを差し出した。


 ん?


 あたしは見上げる。


 何これ?


 ガラスの靴。


「これを履ける人のところへお行き」


 とても醜いものが呟いた。


「そしたら、今よりはマシになる」


 あたしを無理矢理前に向けさせた。


「ほら、行くんだよ」


 そして、あたしの背中を強く押した。



(*'ω'*)



 目を覚ますと、ニクスが瞼を閉じて、こくりこくりと首を揺らしていた。腕に包帯が巻かれ、固定されている。


「……」


 あたしはゆっくりと起き上がった。朝だ。


「……」

「……んっ……」


 ニクスの首がかくんと揺れ、はっと目を覚ました。ニクスが顔を見上げ、あたしと目が合う、


「……テリー」


 安堵の笑みを浮かべる。


「おはよう」

「……おはよう。ニクス」

「とても長く眠っていたけど、どんな夢を見ていたの?」

「……」


 あたしは首を振った。


「覚えてない」

「そう」

「……」

「……テリー」


 ニクスが静かに呟いた。


「コネッドのことは覚えてる?」

「……ええ」

「よかった。……みんな忘れてるから」

「……」

「あたし達に仕事を教えていたのはアナトラ。そして、コネッドなんてメイドは、どこにも存在していなかった」

「……」

「塔では何も起きなかった。崩れることも、紫の魔法使いが大暴れしたことも、そんなことはなかった。何もなかった」

「……」

「あたしは、不注意で、腕を怪我した」


 ニクスが腕を見た。


「コネッドに刺されてなんかいない。だって、コネッドは存在しないんだから」


 ニクスがあたしを見た。


「というわけで、テリーはここで五日間眠っていたわけだ」

「……あたし、そんなに寝てたの?」

「ぐっすりとね」

「……」

「あたしもテリーも雇用は今日でおしまい。怪我をして、働けなくなってしまったから、明日の朝にはここを出て行かなきゃ」

「……」

「さっきね、セーラ様が来たよ。五日間ずっとお見舞いに来てくれてた」

「……」

「セーラ様とマーガレット様、明日には自分の町に帰るんだって。最後に、挨拶しておけば?」

「……そうね」

「一緒に行く?」


 あたしは考えた。ニクスと行こうかな。――けれど、何か違う気がした。


「いや、……一人で行くわ」

「そう。わかった」


 あたしはベッドから抜け出そうとして、地面にあるものに目が留まった。


「ん」


 ニクスを見る。


「ニクス、あれ、何?」

「え? テリーのじゃないの?」


 ガラスの靴が、片方だけ置かれている。


「……」


 あたしは靴を履いて、ガラスの靴を持った。


「……心当たりがあるわ。返してくる」

「そうだね。それがいいよ。……それにしても、片方だけ置いていくなんてね。きっとおっちょこちょいな人なんだろうね」

「ええ。すごくね」


 あたしは歩き出した。


「ニクス、行ってくる」

「うん。行ってらっしゃい」

「戻ったら、ご飯に行かない? お腹空いたかも」

「いいよ。待ってるから、ゆっくり行っておいで」

「うん。……ありがとう」


 あたしはガラスの靴を持って、部屋を出た。



(*'ω'*)



 小宮殿に青い薔薇の跡は全くなかった。いつも通りの日常が続き、メイド達が歩いていた。


「あら、ロザリー、もういいの?」

「ええ。リハビリ中」

「あまり無理しないようにね」


 メイド達に手を振り、あたしは中庭に向かった。そこにセーラがいるかもしれない。けれど、中庭にはセーラはいなかった。


 中庭の花畑に、リトルルビィが座っていた。可愛い花の冠を作っている。あたしはせっかくだから、声をかけてみた。


「リトルルビィ」

「っ」


 リトルルビィがあたしを見上げ、慌てて立ち上がった。


「テリー!」

「おはよう」

「ああ! テリー!」


 リトルルビィがあたしを上から抱きしめた。ああ、でかくなったわね。体も胸も。


「よかった。ずっと心配してたの。テリーが起きないから、何かが起きてるんじゃないかと思って……」


 リトルルビィがあたしの手を握り締め、見下ろした。


「目が覚めてよかった。でも、まだ無理はしちゃだめよ?」

「大丈夫よ。心配性ね」

「だって、テリーに何かあったら、私、死んじゃう!」

「死なないわよ」

「死んじゃうもん!」


 リトルルビィが微笑む。


「テリーは私の全てだもん。私、テリーになら、全部を捧げてもいい」


 リトルルビィがあたしを抱きしめた。


「大好き。テリー」


 寄り添う。


「ずっと側にいて。私の頭、ずっと優しく撫でていて」


 ぴたりとくっつく。


「それでね、私はテリーを守るの。どんな奴が現れたって」


 たとえ、世界が敵になったって、


「私はテリーを守るためなら、全部を捨てられる」


 テリー。


「愛してる」


 あたしはリトルルビィの背中をなでようとして――考えた。何か違う気がした。だから、一歩離れてみる。


「……」


 リトルルビィがきょとんとした。


「テリー?」

「リトルルビィ」


 あたしはガラスの靴を置いてみた。


「これ、履ける?」

「あら、小さい靴。いけるかな?」


 リトルルビィが履いてみた。リトルルビィには、少し小さかったようだ。


「足の指を切らないと、履けなさそう」

「ってことは、あんたのじゃないのね」

「うん」

「そうよね。だと思った」


 靴を脱がして、リトルルビィの頭をそっとなでる。リトルルビィが嬉しそうにはにかんだ。


「うふふ」

「ルビィ」

「ん?」

「あたし、あんたが好きよ。友達としてだけど」


 リトルルビィがむすっとした。


「友達じゃいや」

「ええ。でも、あたしはそう思ってる」

「いや」

「ええ」

「いやよ」

「そうよね。でも、そう思ってるから」

「いや」

「ごめんね。でも、あんたのこと嫌いじゃないわ。大好きよ。本当に」

「いや!」

「ルビィ」

「いや!」


 リトルルビィがあたしの手を握り締める。


「いや!」


 リトルルビィの目が潤んでくる。


「いや!!」


 あたしは頭をなでる。リトルルビィが俯いた。あたしは頭をなでる。リトルルビィが小さく見えた。あたしは頭をなでる。リトルルビィがあたしに顔を埋めた。


「いや……」


 あたしは頭をなでる。


「いや……」

「ルビィ、あたしはあんたを妹としか見れないわ。淡い期待を抱かせて申し訳ないけど。見れないの」

「……」

「ごめんね」

「……」

「でも、妹としては、本当に大好きよ」


 メニーよりも、


「ルビィのお姉ちゃんになりたかったわ。本当にそう思う」

「……」

「あたしのこと嫌い?」


 リトルルビィが頷いた。


「そうよね」


 リトルルビィが首を振った。


「どっち?」

「わかんない」


 リトルルビィが顔を埋め続ける。


「わかんない……」

「……」

「私、まだ子供だもん。わかんない……」


 あたしはリトルルビィの頭を優しくなでた。


「私のほうが好きだもん。誰よりもテリーを好きだもん。誰にも負けないもん」


 あたしはリトルルビィの頭をなで続ける。


「それなのに……」


 人の心は、簡単には動かない。


「嫌い」

「好き」

「でも嫌い」

「私を選んでくれないテリーなんか嫌い」

「でも好き」

「大好き」

「わかんないよ」

「私、わかんないよ」

「この先どうしたらいいの?」

「私、わかんないよ」


 あたしはリトルルビィの頭をなでる。ずっと、ずっとなでる。


「テリーなんか」


 リトルルビィが呟いた。


「……大好き」


 雨は降ってないが、あたしの服が濡れていく。きつくきつく抱きしめられるが、あたしはその体を抱きしめ返さない。頭だけ、優しくなでた。



(*'ω'*)



 大聖堂から音がした。セーラがまたイタズラしてるのかもしれないと思って、中に入ってみた。そしたら、ソフィアが座って祈りを捧げていた。


「……おや」


 ソフィアが微笑んだ。


「やあ。テリー」

「何してるの」

「見てわからない? 君のために祈りを捧げていた」


 ステンドガラスの窓は、美しく輝いている。


「目が覚めたんだね。気分はどう?」

「まあまあ」

「ちょっと休憩していかない?」

「……そうね」


 あたしはソフィアの隣に座った。ソフィアが微笑みながら、そっとあたしの肩に頭を乗せた。


「重い。退け」

「五日ぶりのテリーだよ? 堪能しないわけにはいかない」


 あたしの手の上に、ソフィアの手が重ねられた。


「テリーの手だ」


 ソフィアがあたしの匂いを嗅ぐ。


「テリーの匂いだ」


 ソフィアの胸が腕にくっつく。


「テリー」


 すりすりされる。


「君が無事でよかった」

「……」

「というわけで、デートしてくれる?」

「何がというわけよ。お前はいつも突然すぎるのよ」

「だって、テリーが言ったんだよ? 違う時に言ったら考えてくれるって」


(……ああ、そんなこと言ったかも)


「ね、デートして? お願い」


 ソフィアが幸せそうに微笑む。


「デートしたら、距離が縮まるでしょう? それで、もっとお互いのことを知るんだ。私はまだ知らないことだらけだから」


 テリーの好きなものも、嫌いなものもわかってるつもりだけど。


「テリーは毎日違う顔をするから、それをずっと見ていたい」


 ソフィアが唇を近づける。


「ね、テリー?」


 ソフィアの胸が高鳴った。


「私とデートして?」


 あたしは考えた。そうね。色々やってくれたし。一回くらいデートしてあげてもいいかも。――考えてみる。でも、何か違う気がした。


 あたしは立ち上がる。


「……テリー?」


 きょとんとするソフィアに、あたしはガラスの靴を出した。


「ねえ、これあんた履ける?」

「小さい靴。履けるかな?」


 ソフィアには少し大きいようだ。骨をどうにかしないと履けないだろう。


「くすす。大人じゃ無理だよ」

「……ありがとう」

「どういたしまして」


 あたしはガラスの靴を脱がして、またソフィアの隣に座った。


「デート」

「ん?」

「デートじゃないならいいわ。友達として出かけるなら」

「……」


 ソフィアがにこりと微笑んだ。


「それでいい」

「本当に?」

「本当に? ……それを訊くのは野暮じゃない? テリー」


 ソフィアがあたしの耳に顔を寄せて、囁いた。


「愛してるよ。テリー。誰よりも君を愛してる自信がある。テリーが魔法にかかる体質なら、私はとっくの昔に君に催眠を使って、その心を盗んでいることだろうさ。その愛が偽者だっていい。私にとってはそれが本物だと思ってしまえばいい。そうすれば私の恋は愛に変わる。君を恋しいではなく、愛おしい君と呼ぶことが出来る」


 けれど、どうやら今の時点では、私の恋は、愛になることはないようだ。


「……」


 ソフィアがあたしの顔を覗いた。あたしはちらっと見た。目が合った瞬間、黄金の目がきらりと輝いた。めまいが襲ってくる。


「んっ!」


 ソフィアが見つめてくる。


「ちょ、くらくらするから……」


 ソフィアが見つめてくる。


「だから、あの……」


 ソフィアが見つめてくる。


「あのね」


 ソフィアの涙が手に落ちた。


「……」


 いくら見つめても、いくら魔法をかけても、いくら催眠をかけても、いくら嘘をついても、いくら祈りを捧げても、いくら祈っても、いくら願っても、ソフィアの魔法は、あたしにはかからない。


 恋は、愛に変わることはない。


「……」


 それでもソフィアは口角を上げて笑う。感情を見せないのが大人ですから。


「……」


 ソフィアが眉を下げた。口角が下がりそうになって、上げて、でも、上がりきらなくて、下がった。


「……」


 唇を噛んで、鼻をすする。涙がほろほろ落ちていく。頬が赤く染まって、子供のように泣くが、声は押し殺す。


「……」

「……ソフィア」


 これだけは伝えておくわね。


「あんたの気持ち、嫌なわけじゃないのよ」


 今までなら、あたしを好きな人なんて、誰もいなかった。


「恋しくなるくらい、好きになってくれて、本当に、そこは、なんというか」


 こくりと頷く。


「嬉しかったと思う。すごく。純粋に」


 ただ、


「あんたが、あたしのものにならないだけ」

「嘘つき」


 ソフィアが震える声で言った。


「わたしを、拾ってくれるって、言ったのは誰?」


 ソフィアがあたしの服にしがみついた。


「嘘つき」


 ソフィアが言った。


「嘘つき!」


 ソフィアが責める。


「テリーの嘘つき!!」


 抱きしめられる。


「私の心を返して!!」


 あたしは盗んでない。


「返してよ!!」


 自覚があるなら返すわ。でも、見つからないのよ。


「嘘つき。泥棒。悪女。詐欺師。泥棒……」


 二度泥棒と言ったソフィアが呟く。


「私の恋心、返して」

「……返せるなら返したいんだけど」


 でも、どこを探したって。


「そんなもの、盗んだ記憶がないのよ」


 ソフィアがあたしを抱きしめた。きつく締め付けられて、胸に潰される。


「むぎゅ」

「最低」

「そうよね。わかる」

「嘘つき」

「ええ。人間はみんな嘘つきよ」

「私が君の嫌いなところを言ってあげよう」

「何よ」

「……君を嫌いになれないことだ」


 ソフィアがあたしの頭をなでた。


「どんなに君に傷つけられても、どんなに暴言を吐かれても」


 言ったでしょう?


「私は、心から君に恋をしているんだ」


 嫌いになれない。

 嫌いになりたいのになれない。


「だから返して」


 君が私の心を盗んだんだ。


「返して」

「無茶言うな」

「返して」

「はいはい。返すから」

「返して」


 ソフィアがあたしを放さない。


「返して。私の恋心」


 君が盗んだんだ。でないと、


「私は、テリーに、恋なんかしなかったのに」


 ステンドガラスは傷もなく美しく輝いている。けれど、ソフィアの心には、あたしの引っかいた爪が、いつまでも残り続ける。



(*'ω'*)



 噴水のある庭に花が咲いている。あたしはその道を進む。狭い通路を通る。ツルやつたを渡っていけば、やがて拾い道に出た。自然に咲いた青い薔薇が咲き乱れ、風で揺れる。


 にゃーお。


 ドロシーが蝶々と遊んでいる。そのすぐそばで、馬のルートと休憩しているリオンがいた。あたしを見つけると、リオンが笑顔で手を振った。


「やあ。ニコラ。……なんか疲れてる?」

「……隣いい?」

「椅子はないけど、いいかい?」

「今さら何よ」


 あたしはリオンの隣に座った。草を尻で踏みつけ、風に当たる。


「いつ目が覚めたの?」

「さっき」

「そうか」

「あなたは?」

「五日前」

「そう」

「いやあ、まさか僕も毒にやられるとは思わなかったよ」


 リオンの髪が風で揺れる。


「10月が近づいてきてる。ニコラ、またジャックの悪夢が始まるぞ」

「それを止めるのがあんたの仕事でしょ」

「そうカリカリするなよ」

「あんたのせいで大変だったわ。結局あたしが全部一人で手を回したんだから」

「ああ。感謝してるよ」

「それと」

「うん?」

「よくもキッドと花を取りに行ったなんて、デマを流してくれたわね」

「あのな、そのデマは僕が流したんじゃないぞ」

「言い訳しないで」

「流したのはじいやだ」

「……」


 あたしは眉をひそめた。


「ビリー?」

「キッドとリオンがいない。そう言い回ることで、毒を盛った犯人をおびき出そうとしたんだ。二人の王子がいないなら、油断もするだろう?」

「……」

「だから、みんなもそれを守った。キッドとリオンは、留守にしている。だから、キッドはいない。どこにもね。いるのは……」


 青い薔薇が揺れる。


「ただ一人の、引きこもりの王女だけ」


 呪われた姫。


「姉さんとは仲良くなれた?」

「……」

「ああ、だろうね。まあ、そういう顔すると思ったよ」

「……」

「詳しいことは本人と話すんだな。僕が話したら、キッドにもクレアにも殺される」

「……あんたも大変ね」

「大変だけど、今はそれを話せる妹がいるから、僕は平気だよ」


 ドロシーが転がった。ごろにゃん。


「まだ解決してない謎があるのよ」

「うん?」

「あんたが戻った時、城の門から入ってこなかったそうじゃない」


 じろりとリオンを見た。


「どこから戻ってきたの?」

「それ、僕、覚えてないんだよなあ」

「……」

「仕方ないだろ。毒で朦朧としてたんだ」

「……」

「道中ではぐれた部下達も無事みたいだったし、よかったよ」

「……」

「ねえ、そんな目で見ても、覚えてないんだってば。本当だよ」

「……この男はあんたの努力も覚えてないそうよ」


 あたしは休憩中のルートを優しくなでた。


「こんな男、仕えるべきじゃないわ」

「言ってくれるよな。僕だって大変だったんだから」

「花のとり方くらい、事前に調べておきなさいよ。何考えてるのよ」

「だって、普通、花なんか取るだけって思うだろ? そんな特殊な花だったなんて知らなかったんだよ」

「そういうところがあんたの悪いところよ」

「そうやって言葉に出すところが君の悪いところだ」

「何よ」

「体は大丈夫なの? お兄ちゃん。無理しないでね。何かあったら、あたしがついてるんだからね。はい、復唱」

「くたばれ」

「君は病み上がりのお兄ちゃんに大丈夫の言葉もないのかい? ほら、復唱」

「くたばれ」

「違う。そっちの復唱じゃない」

「何よ。うるさいのよ。あたしは悪くないのに罪滅ぼし活動をやれってその猫に言われるし、なんなのよ」

「それは……」


 リオンが膝に頭を乗せた。


「君のためだろ?」

「あたしの?」

「聞いてるよ」

「何を?」

「しばらくカウンセリングに通ってたって」

「何の話?」

「キッドの話」

「……確かに結婚の話で心は荒れたけど、カウンセリングなんか通ってないわ」

「キッドを殺したのは自分と思い込んだ君は、心の病にかかった。しばらくカウンセリングに通い続けた」


 あたしは黙った。


「当時の君は、まだまだ小さな女の子だ。純粋で、見たものをそのままの形で受け取ってしまう。キッドは君の目の前で死んだ。転んだ自分が悪い。転ばなければキッドは死ななかった。そう思い込んだ君は、その罪悪感から逃れることが出来なくなってしまった」


 君はしばらく塞ぎこんでいたそうだね。部屋に入れたのは、


「メニーだけだった」


 ドロシーに罪滅ぼし活動を強要されたんだって?


「テリー」


 リオンがあたしを見て、微笑んだ。


「少しは、『罪悪感』を拭えたかい?」

「……さあ? 身に覚えがないわね」


 あたしは爪を弄る。


「そんな話知らない」

「……ああ、そう」

「その猫はね、結局メニーの味方なのよ。メニーがピンチになったら駆けつけるけど、あたしがピンチになっても、結局その猫は何も反応しないんだから」

「手助けをしたら君のためにならないし、君なら何とか出来ると思ってるからだろ?」

「あーあ。そうやってあたしのせいにするのね。そうよね。無能の眠り王子なんかに、あたしの気持ちがわかるはずないわ」

「ドロシー、ニコラが拗ねてるよ。そのことに関しては謝れば?」

「にゃあ」


 肉きゅうを押し付けられた。イラッとして、猫の手を振り払う。


「そんなものいらないわよ!」

「ふしゅー!」

「いいじゃないか。可愛いじゃないか。肉きゅう。ドロシー、僕にもちょうだい」

「にゃー」

「ああ、やわらかい。可愛いな」

「……」


 あたしは俯いた。


「レオ」

「うん?」

「世界は一周した。ここは二度目の世界」

「ああ」

「死ぬはずだった人が生きて、生きるはずだった人が死んでる」

「そうだね」

「一度目を知ってるから、あたし達は嫌なことを回避してる」

「ああ」

「じゃあ、一度目の世界で送った人生って、なんだったの?」


 リオンが黙った。


「あたしは、あたしの人生を生きたわ。毎日が最初で、最後で、また新しい日が来て、何もわからないうちに、死刑になった」


 二度目はそれを回避するために動いてる。


「でも、だったらあたしの人生はなんだったの? 意味のないものだったの? 二度目があって、三度目があるなら、一度目の人生なんて意味がなかったの?」


 来世に期待したほうがよかったの?


「ニコラ」


 リオンがあたしに顔を向けた。


「確かに、僕らは二度目の世界を生きている。一度目の経験から、二度とその道に進まないように修正している。そうだね。確かに、そのせいで運命は変わっているし、また違う道が生まれている」


 だけど、


「僕達の人生に、意味のないものなんてない」

「一度目を経験しているから、二度とその道を進まないように出来るんだ」

「もしも、これが一度目だけの世界だったら?」

「オズがいなくて、世界が平和だったら?」

「どっちみち、僕らはどこかで過ちに気付いたことだと思うよ」

「過ちに気付いたらどうするべきか知ってる?」

「反省するんだ」

「そして、二度とその道に行かないように、自分で道を切り開くんだ」

「同じさ」

「結局、僕らは過ちに気付いて、その道に行かないように歩いてるだけなんだ」

「意味の無いことなんてない」

「やってしまったことを拭い去ることはできない」

「だけど、反省して、一秒後には違う道を進めばいいだけのこと」

「一秒後なら、年は関係ないだろう?」

「年を取ったって、いつだって過ちに気付ける。そして修正の道を歩ける」

「塞がれてしまっていたら、また違う道がある」

「それを探すだけ」

「この世界は二度目の世界だ」

「でも、一度目の世界の続きでもある」

「僕は生きてるし、君だって生きてる」

「人生の続きを行っているだけ。その上で、経験した嫌なことを、回避しようとしているだけ」

「悪いことじゃないだろう?」


 でも、一度目のあたしが嘆くわ。二度目のあたしはいいわねって。


「一度目の君だって、君じゃないか」

「でも、色々違うわ」

「違うのは、一度目の君が、人生の続きを謳歌したくて動いた結果だ」


 その結果、


「僕らはこうして兄妹になれた」


 リオンが優しく微笑む。


「それとも、ならない方がよかった?」

「少なくとも、王子様像を崩されないほうが良かったわ」

「それは君の偏見だろ。そこまでは知らないよ」


 リオンが鼻を鳴らした。けれど、……少し納得した気がする。


 あたしの人生は意味がなかったわけじゃない。

 鏡の向こうにいる一度目のあたしは、過去のあたしであり、ここにいるあたしは、鏡の向こうで泣いている未来のあたしである。


 あたしは一人しかいない。あたしの人生も、一度しかない。

 ここは、二度目の世界である。けれど、一度目の世界の続きでもある。


 あたしは生きていく。

 自分の人生を続ける。


「……少し腑に落ちたわ」

「心のもやもやは消えたか?」

「少しだけ」

「どうだ。たまには僕に役に立つだろ? 感謝していいよ」

「ええ」


 あたしは呟いた。


「ありがとう。お兄ちゃん」


 リオンが勢いよくあたしを見た瞬間、あたしは立ち上がった。


「もう行くわ」

「え」

「じゃあね」

「ニコラ、あの、今、あの」


 リオンが声を震わせた。


「僕を、お兄ちゃんって……!」


 リオンに一目ぼれしたハチが飛んできた。リオンの顔にぶつかった。


「あだっ!!」

「ぶーん」

「ひいいい! ハチだ! だめ! 僕、ハチ怖いんだ!」

「ぶーん!」

「うわわ! やめて! 刺さないで! ひいい!」


 あたしはガラスの靴を持って、また歩き出した。



(*'ω'*)



 葉っぱのつたが柱に巻きつく。その下に小さな花の園。


 メニーが花を眺めていた。


「メニー?」


 声をかけると、メニーが振り向いた。あたしを見るや否や、メニーが微笑んだ。


「お姉ちゃん」


 あたしに歩いてくる。


「いつ起きたの?」

「さっき」

「そっか」


 メニーが花を見た。


「お姉ちゃんが寝てたから、花瓶にどうかなって思って見てたの」

「ここの花は王家のものよ。勝手に触ったら怒られるわよ」

「ばれなければ怒られないよ」

「メニー、あんた悪い子になったわね」


 メニーがふふっと笑った。あたしはため息を吐く。


「明日、帰るわよ」

「うん」

「……セーラ様、見なかった?」


 メニーが指を差した。


「塔に歩いてたよ」

「塔に?」

「うん。クレア姫様に、ヴァイオリンを聴いてもらうんだって」

「……従姉妹だものね」


 あたしとメニーが花を見た。花は綺麗に咲いている。


「メニー、覚えてる?」

「……お姉ちゃんは?」

「覚えてるのね」

「……ドロシーが魔法使いってことまでは」


 あたしは黙った。


「リトルルビィも、ソフィアさんも、今回は覚えてるんだって。みんな忘れてるのに、コネッドさんのことも、ドロシーのことも、覚えてないのに、私達だけ覚えてるの」

「……ドロシーとはお話した?」

「……ドロシーね、猫の姿から変わってくれないの」


 メニーがむすっとした。


「私、お話したいのに」

「魔力を使い切って猫に戻っちゃったんじゃない?」

「……ありえる」


(こいつ、単純でよかったわ)


 あたしは塔を見た。塔に行けばセーラがいるなら、部屋まで送ったほうがよさそう。


「セーラ様を迎えに行ってくるわ」

「待って、お姉ちゃん」

「んあ?」


 あたしの足が止まった。メニーに振り向く。


「何よ」

「あのね」


 メニーが微笑んだ。


「少し、お話しない?」

「話? 何の?」

「なんでもいい」


 メニーが一歩歩いた。


「お姉ちゃんと話したいの」


 メニーが一歩歩いた。


「二人だけで」


 メニーがあたしを見つめる。あたしはメニーの青い目を見つめる。


「ね? 少し、なんでもいいから、お話しない?」


 あたしは――考えた。いや、もう考える前から答えは出ている。こいつは嫌い。


 会った時から、嫌い。




 ――あんた、メニーって言うの?




 それは過去。




 ――あたし、テリーっていうの。




 それは、本当に子供の頃の話。




 ――名前、似てるわね!




 あたしは、その記憶を箱にしまって、奥底に隠した。




「メニー」

「ん?」

「これ、あんたの靴?」


 ガラスの靴を見せた。メニーがきょとんと瞬きする。


「ん、どうだろう?」

「履いてみて」


 メニーが履いてみた。しかし、メニーには少し大きいようだ。もう少し大きくなったら、この靴を履けるかもしれない。


「あんたのじゃないわね。これじゃあ、ダンスできないもの」


 あたしはガラスの靴を脱がした。


「それじゃあ、ちょっと話をしたから、セーラ様を迎えに行ってくるわ」

「……待って」

「ん?」

「ちょっと待って」

「何?」

「もう一回履かせて」

「もう履いたでしょう?」

「もう一回」

「もう少し大きくなったらね」


 メニーがあたしの腕を掴んだ。


「お姉ちゃん、行かないで」


 メニーが眉を下げた。


「行っちゃいや」

「……何言ってるの。どこにも行かないわよ」


 あたしはにこりと微笑んだ。


「明日は一緒に帰るでしょう? そしたら、いつだって側にいるわ」

「……」

「セーラ様を迎えに行かなきゃ。メニーより小さいんだから」

「……」

「メニー」

「……なら、私も行く」

「メニー、リトルルビィが中庭にいたわよ。一緒に花の冠を作ったら?」

「お姉ちゃん」

「大丈夫。迎えに行くだけよ」

「行かないで」

「すぐ戻るわ」


 あたしはメニーの手を剥がした。


「大丈夫よ。もう全部終わったんだから、あたしが消えることなんてない」

「……」

「それじゃあね」


 あたしは塔にいける青い薔薇で囲まれたトンネルに歩き出した。メニーがその背中を見つめる。ずっと見てくる。あたしは塔に向かうだけ。














「行かないで」



「テリー」



「ずっと愛してるって」



「言ってたくせに」







「嘘つき」









 塔は、もう目の前だ。


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