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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
六章:高い塔のブルーローズ(後編)
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第12話 それは闇


 塔にライトが当たる。こんな真夜中だが、片付けなければ休憩することも出来ない。小宮殿に巻きついたツルの片付けと、ロボットの片付けに、みんなが動く。


「もうしばらく薔薇は見たくない……」

「青い薔薇はとくに……」

「ああ、私、何してたのかしら。ふああ。何も覚えてない」

「幸せそうね。アナトラ」

「なんでも最初にロザリー人形の被害を受けたのはアナトラらしいじゃない」

「なのに見てよ。あの顔。白鳥みたいにすがすがしい顔してるわ」

「彼女最近ダンスを始めたそうよ。だから、体を動かしててもへっちゃらなんだわ」

「あらやだ、私は疲れたわ」

「早く休みたい……」

「お茶でもいかがぁー!?」


 トロがお茶を用意し、それをロップイが運ぶ。


「みんなぁー! 夜遅くにお疲れ様ぁー!」

「珈琲を頼めるか? 今夜は眠れないぞ」

「先輩! 私にお任せを!」

「お前はもう少しぞっとすることを覚えろ! 呑気な顔をして敵陣に乗り込んで!」

「トム、お前は寝てていいよ」

「ラメール、こんな鬼が島みたいなところまで亀を連れてくるなよ」


 エメラルド城から馬が走ってくる。ゴーテル様とスノウ様、後ろに騎士団。兵士達。馬を止め、慌てて走り出す。


「クレア! リオン!」

「クレア! クレアはどこなの!? リオンは!?」

「お二人とも、落ち着いて」


 全体の指示を出していたバドルフが手を差した。


「あちらで休まれてます」


 焚き火の前で座り、ビリーと世間話をしていたクレアに、ゴーテル様とスノウ様が飛びついた。


「クレア!」

「ああ、クレア!!」

「さて、姫様、説教の時間のようです」


 ビリーに言われて、クレアが顔を向けた。二人がクレアに抱きついた。クレアが顔を苦くした。


「クレア! よかった! 無事だったか!」

「父上、臭い。抱きつかないで」

「今はいいじゃないか!」

「クレア、皆まで聞かないわ」


 スノウ様がクレアの頭をなでた。


「無事でよかったわ。今回も」

「……大げさだな」


 クレアが瞼を閉じた。


「あたくしなら大丈夫よ。……リオンもね」

「無理しおって、このバカ娘!」

「あ?」

「余計なこと言わないの! ……今は、こうさせて」


 ゴーテル様とスノウ様が強くクレアを抱きしめる。抱きしめられてるクレアは嫌そうな顔をしながらも、――ほんの少しだけ、頬を緩ませた。


 リトルルビィが一人でロボットを運んでいく。兵士達がついていく。クラブが歩きながらロボットを眺めた。


「リトルルビィ、これは研究室に運んでくれるかい? 確認したいこととかなんとかがあるんだ」

「はーい!」


 メニーがこくりと首を揺らした。はっとすれば、膝の上にドロシーが寝ている。


「……いけない。みんな働いてるのに……」


 メニーが辺りを見回した。


「ドロシー、お姉ちゃんは?」

「上で私達を見下ろしているらしいよ」


 ソフィアがメニーの隣に座った。


「一緒に迎えに行く? メニー」

「……」

「ねえ、どうしてそんなに睨んでくるの? お姉さんと、ちょっと楽しい話しない?」

「……魔力のこと、言いふらすつもりですか?」

「そんなことしないよ。友達じゃない」


 ソフィアがにこりと微笑んだ。


「ただ、メニーにお願いがあって来たんだ」

「……なんですか?」

「私はメニーのことを言いふらさないよ。だから、引き続き、あの方のことを誰にも言わないでほしいの」

「……何の話ですか?」

「くすす。あれでも、一応、私の上司だからね」


 ソフィアが首を傾げた。


「約束してくれる? 誰にも言わないって」


 ドロシーがにゃんと泣いた頃、ニクスが塔の中を眺めていた。

 壁には、よくわからない絵が描いてある。だがしかし、なんて魅力的な壁だろう。中を歩き回るリトルルビィやキッドの部下である兵士達を避けて、長い階段を上っていく。階段の途中で、セーラが壁に落書きをしていた。


「セーラ様」

「っ」


 セーラが振り向いた。


「……ロザリーはいますか?」

「……」


 セーラが上を指差した。


「ありがとうございます。その素敵な絵は、元々描かれていた。二人の秘密ですよ」

「……マーガレットが寝ちゃったのよ。せっかく夜に起きてて怒られないのに」

「ロゼッタ様が起きる前にテントに戻ったほうがいいですよ」

「ロザリーと戻る」

「でしたら、……呼んできます」


 またニクスが階段を上り始めた。上の階には、大きな扉がある。あれがクレア姫の部屋だろう。そう思いながらまた階段を登り、塔の天辺までやってきた。


「テリー」


 たった一人で塔の天辺にいたあたしは、ニクスに振り返った。


「ここにいたんだ。捜したよ」

「……あたし、疲れたのよ」


 下に下りたら、また働かされるんでしょう?


「あたし、ここを見張ってるの」

「見張ってるね……」

「サボリじゃないわよ。見張りも立派な仕事だもの」

「素敵なお仕事。あたしもいていい?」

「……好きにすれば?」

「ありがとう。好きにする」


 ニクスが塔から景色を眺めた。夜風が吹く。下を見れば落ちそうだ。ライトが当たり、ろうそくが灯され、みんなが枯れた青い薔薇の撤去作業をしている。


「ここから、おじさんとおばさんの家が見えそう」


 ニクスが眺めるが、見えるはずはない。壁で城下は隠されている。見えるのは、エメラルド城と、小宮殿だけ。


「終わったね」

「……ええ。ようやくね」

「もう一人の中毒者が、まさかの中毒者を研究してた博士だったって聞いて、すごく納得がいったよ。スノウ様の毒の話も、青い薔薇の話も、これで全て解決だ」

「青い薔薇の肥料は、人間のエネルギーと魔力の水」

「実験するために、あたし達を地下都市に閉じ込めた」

「いかれてるわ」

「ゴールドさんは政府に不満を持ってた。その二人が手を組んだ。事件は始まった」

「中毒者はもう結構よ。狂った奴らばかり。もう関わりたくない」

「同感」


 夜風があたし達の髪を揺らした。


「もう少しで雇用期間も終わるね」

「そうね」

「この先はどうするの?」

「そりゃ、話し合うわ」

「結婚はしないの?」

「話し合う」

「何を?」

「気持ちを」

「テリーの?」

「あいつ、押し付けてばかりなんだもの。たまにはあたしの気持ちも聞くべきよ」

「そうだね。人の気持ちを聞くってすごく大事なことだし、聞かないままじゃ、結婚なんて出来ないよ。結婚って、家族になることだから」


 ニクスが微笑んだ。


「テリーがどんな道を選んでも、あたしはテリーの味方だよ」

「……本当?」

「ふふっ。疑ってる?」

「あたしが城下町の全員に責められたらどうする? 悪女だって」

「そしたら、城下町を出ればいい」


 ニクスがあたしの手に触れた。


「あたしがずっとテリーの側にいる。だから、テリーは不安にならなくたっていいよ」


 握り締めあう。


「テリーを虐める奴がいたら、あたしが全力で守るから」

「……あたしだって守るわ」


 ニクスを見つめる。


「ニクスに守られてばかりじゃいられないもの」

「逆だよ。あたしはテリーを守りたいけど、守るどころか、いつも助けられてる。今回もね」

「そうよ。ニクスは雪のお姫様なんだから、あたしに守られてたら良いのよ」

「雪のお姫様か。うふふ、悪くない響き」

「……」


 ニクスの手があたたかい。ニクスがあたしを見つめてくる。あたしは目をそらした。


「ニクス」

「ん?」

「あたしね、すごくヤキモチ妬きなの」

「……うん。そうなんだ」

「それでね」

「うん」

「……嫌だった」


 思い出す。


「リオンとニクスが踊ってるの」


 舞踏会で美しく踊っていた二人。触れ合っていた手。


「マーガレット様に、ニクスが笑ってるのも嫌だった」


 胸の辺りがむかむかするの。もやもやするの。すごく苦しくなるの。


「でも、だからと言って、ニクスの行動を制限するつもりはない。ニクスにも付き合いがあるし」

「うん」

「でも、……嫌になるの。見てると」

「わかるよ」

「嘘つき。わからないでしょ」

「わかるよ。あたしだって嫌だったもん」

「……」


 きょとんとして、また視線をニクスに合わせる。


「え?」

「久しぶりに帰ってきたら、テリーに、友達が増えてて」


 ソフィアさんがいて、リトルルビィがいて、メニーがいて、アリスがいて、クレア姫様もいる。


「リオン殿下とも、二人で仲良さげに歩いていったよね」


 ニクスがあたしの耳元で呟いた。


「嫌だった。本当はすごく」


 アリスと楽しそうに喋ってるテリー。


「見たくなかった」


 でも、テリーにはテリーの付き合いがあるし。


「トイレで落ち着こうと思ったら、ついてきちゃうんだもん」


 あたしがニクスを守るって顔をして。


「変わらないね」


 でも、


「たくさん変わった」


 ニクスがくすっと笑った。


「ヤキモチも妬くよ。だって、あたしはテリーの最初の親友だもん」


 だから、


「テリーが幸せになってくれたら、それがあたしの幸せだよ」


 親友だからね。


「だから、あたしもテリー以上に幸せになる。そしたら、テリーは喜んでくれる?」

「……当たり前じゃない」


 ニクスの耳に囁く。


「ニクスの幸せは、あたしの幸せでもあるわ」

「おそろいだね」

「親友だもの」

「お互いの幸せが幸せって、すごく親友って感じがするね」

「ニクス、あたしも同じこと考えてた」

「テリー、ずっと親友でいてくれる?」

「ニクス、ずっと親友でいてくれる?」

「いいよ。ずっと親友でいよう」

「それ以上にはなる?」

「キスしようか?」


 ニクスの言葉にあたしは瞼を閉じた。ニクスが吹きだし、あたしの額に指を弾かせた。痛い。目を開けると、笑うニクスがいた。


「本気にしないの」

「……」

「睨まない」

「チッ」

「舌打ちしない」

「……ばか」

「ばかだから、ごめんね」

「……すき」

「知ってる」

「……。……イチャラブ中悪いけど、二人とも……」


 あたしとニクスがはっと振り向いた。コネッドが気まずそうに指を後ろに差した。


「そろそろ下りてきてくれねえか? やることがなまらあって、人手が足りないんだ」

「あ、いけない」


 ニクスがくすくす笑った。


「階段でセーラ様も、ロザリーが下りて来るまで戻らないってさ」

「んだ」

「行こうよ」

「わあ、ちょっと待って!」


 コネッドが瞳を輝かせて、塔の上から下を見下ろした。


「小宮殿がちいせえぞ!」

「そりゃ、ここからだとね」

「コネッド、あんまり見下ろすと危ないわよ」

「すげえー! オラ、ここに登ったことねえんだ! ひょえー! おっかねー!」


 コネッドがけたけた笑い――肩を落とした。


「……もう、終わったよな?」


 紫の瞳が星空を見上げる。


「オラ、もう、ロザリー人形なんてこりごりだべさ。人がいなくなるのも、青い薔薇も」


 コネッドが微笑み、ニクスに振り向いた。


「ニクス、ずっと励ましてくれてありがとな」

「とんでもない」

「オラ、なまらこわかったんだ。あんな思い、初めてだべさ。殺されると思った。……本当にありがとう」

「コネッド、お礼を言うなら、地下都市からみんなを助け出した恩人にも」

「んだ!」


 コネッドがあたしににっこりと微笑んだ。


「ロザリー! 助けてくれてありがとな!」

「クレア姫に取り合っただけよ」

「お前がいないとみんな助からなかった。これ、本当だからな?」

「大げさすぎない?」

「大げさなもんか! オラ、ロザリーもニクスも大好き!」


 笑顔のコネッドがあたしとニクスに抱きついた。


「雇用が終わっても、手紙くれな! オラはもうしばらくいるからさ!」


 コネッドが離れた。


「さて、そろそろ本当に戻らねえとな」

「ええ」

「セーラ様も寝かせないと」


 ニクスが歩き出した。あたしもついていく。コネッドがあたしに声をかけた。


「あ、ロザリー」

「ん?」


 コネッドに振り向いた。


「何?」

「戻る前に、伝言を頼まれてるの忘れてた」

「伝言?」


 ニクスの足が止まった。


「誰から?」

「なあ、恥ずかしいから耳貸してくれない?」

「構わないけど?」


 あたしは近づいた。コネッドがにこにこ笑っている。ニクスが振り返った。あたしはコネッドに近づく。コネッドが後ろに回していた手を高く上げて、




 包丁の刃を、あたしに向けた。




(え?)



 包丁があたしに向けられて、振り下ろされる。ゆっくりと、時が流れる。あたしは目を見開く。コネッドは笑顔だ。あたしは包丁を見る。あたしに向かって、まっすぐ下ろされる。


 刺さる前に、ニクスがあたしを押した。包丁が、ニクスの腕に刺さった。


「ひっ!!」


 ニクスが倒れた。あたしは尻餅をついた。ニクスの腕に包丁が刺されている。


(え……?)


「に、ニクス?」

「逃げろ! テリー!!」


 ニクスが声を出した途端、コネッドが包丁をニクスの腕から引き抜いた。ニクスがまた悲鳴をあげる。


「何するんだ。ニクス」


 コネッドは微笑んでいる。包丁からは、血が滴る。


「お前が邪魔するから、いつまで経ってもトゥエリーを刺せねえじゃねえか」


 コネッドがあたしを見た。あたしは下がった。コネッドが歩き出した。あたしは下がった。立てない。腰が抜けている。


「大丈夫、大丈夫。すぐにおわっから」


 コネッドが微笑んで近づいてくる。


「もう少しでお空を飛べるからな。トゥエリー」


 あたしは後ろに下がる。


「お前はいつでもそうだべさ。邪魔ばっかりして」


 包丁を持ったコネッドが近づいてくる。


「吸血鬼の時も、雪だるまの時も、怪盗の時も、ジャックの時も、全部お前が邪魔してきたじゃねえか」


 コネッドが眉を下げた。


「お前のせいでみんな生きてるんだぞ? どれだけ邪魔かわかるか?」


 紫の瞳があたしを定める。


「大丈夫、大丈夫。お前を殺したら、みんな殺してあげる。全員、地獄で会えばいい。そして滅びゆくこの世界を見守ればいい」


 コネッドが包丁を揺らした。


「大人しく水で溶けてくれてたら、こんなことしなくて済んだのに」


 あたしは足を止めた。もう、後ろに、地面がない。


「冥途の土産に、包丁はいかが?」


 ふふっ。


「なーんてな! ま、そんなわけで!」


 誰か、


 誰か、


 誰か、


「さよーならー!」



 誰か、助けて――!!










 コネッドにペンが投げられた。こてんと、足元に転がる。コネッドが振り向いた。セーラが立っていた。


「ロザリーに、何するのよ!」


 コネッドがセーラに向かって走り出した。


「セーラ!!」


 あたしは声を荒げる。


「セーラ! だめ! 逃げなさい!」

「えっ……」


 セーラが顔を青ざめる。

 コネッドが走り、近づき、包丁をセーラに投げようとした瞬間、セーラの後ろから影が飛び出した。


「っ」


 不意を突かれたコネッドの顔に、剣の先が刺さった。


「あらぁ……」


 コネッドの口角が上がった。


「これはこれは」


 コネッドが微笑んだ。


「リオン様」


 リオンがコネッドの頭に剣を刺していた。


「ああ、そんな目で見つめられちゃうなんて、恥ずかしい」


 リオンがコネッドを睨む。


「みんなの素敵な王子様。うふ」


 リオンがさらにコネッドの顔に剣の刃を入れ込んだ。


「やだ。何するんですか」


 コネッドが眉を下げた。


「そんなことされたら、オラ、オラ……」



 コネッドの顔にひびが割れた。



「オラの……」



 目が取れた。その中から、別の目がリオンを見る。










「わらわの顔が見えてしまうではないか」










 塔の天辺が光り輝いた。真っ白の輝きに包まれ、その中から闇が生まれ、世界を囲った。


 紫の髪を持つメイドの少女がさなぎになり、その中からなんとも美しく、なんとも恐ろしい闇が蝶のように抜け出した。空へふわふわと浮かび、塔の上の空からお月様のように小さな人間達を見下ろした。


「やあ。リオン殿下。お久しぶりだねえ。体調はどうだい? まだ心が痛んでいるなら、飴はいかがかな?」


 リオンが闇を睨む。


「やあ。ニクス。お久しぶりだねえ。その後どうだい? お父さんのようになりたいと思っているなら、飴はいかがかな?」


 ニクスが腕を押さえながら闇を睨んだ。


「うふふっ」


 闇の前に影が飛び込んだ。その影の動きを止めて、塔の地面にたたきつける。


「やあ、ルビィ。お久しぶりだねえ。その後、どうだい? 赤を求める生活は気に入ってくれたかな?」


 地面に埋まるリトルルビィが充血した目で闇を睨んだ。闇をめがけて突風が吹いた。しかし、闇が風を止め、風を起こした本人を地面にたたきつけた。


「やあ、ソフィア。お久しぶりだねえ。その後、どうだい? わらわを裏切って死に損なった先に幸せは見つけたかな?」


 笛を離さないソフィアが口角を下げて闇を睨んだ。


「あはははは! なぜ睨む!? わらわが貴様らの願いを叶えてやったのではないか! 人間はいつでも自分勝手だな? 願っておいて願いを叶えればわらわを恨む。ああ、勝手すぎる」


 闇がセーラを見た。


「ああ、自己紹介がまだだったな。お嬢ちゃん」


 闇がドレスを持ち上げて、綺麗なお辞儀をした。


「ごきげんよう。わらわこそ、この世界の支配者。オズである」


 オズが、にこりと笑った。


「願いはないかい? わらわが叶えてしんぜよう」


 リオンが立ち上がった。リトルルビィが立ち上がった。ソフィアが立ち上がった。だが全員地面にたたきつけられる。あたしも、セーラも、重力に押しつぶされて、動けなくなる。


「お前達に用はない。用があるのは」


 ドレスがあたしの目の前に現れる。


「トゥエリー」


 オズがいやらしい笑みを浮かべて、あたしを見下ろす。


「お前はいつまで経っても成長しない。たまには、わらわの役に立ったらどうだ? 一度目の世界でのお前は、大いに役に立ってくれたのに」


 こいつ、何言ってるのよ。


「面白かったぞ。お前が死刑になるところ。心配しなくとも、みんながいなくなった時に、お前の首と胴体をくっつけて、生き返らせてやろうと思っていたのに」


 いやいや、まさか、世界の一巡が起きるだなんて。


「やってくれたよ。あの坊やは」


 リオンが唇を噛んだ。


「だがしかし、そこからだ。ええ? 記憶が残っているならそれなりの振る舞いをすればいいのに。どうしてお前はわらわの邪魔ばかりする?」


 オズがあたしの耳に囁いた。


「お前のせいで、厄介な魂が残っているではないか」


 囁く。


「役立たず」


 囁く。


「一度、お前にはわからせないといけないようだ」


 あたしの腕を掴んだ。


「わらわと来い。また調教してやる」


 あたしはその腕を振り払った。そして、思い切り睨む。


「お前か」


 紫の瞳を睨む。


「お前か」


 あたしが死ななければならなかった原因。


「全部、お前が……!」


 オズがあたしの頬を叩いた。


「っ」


 再び地面に倒れたあたしを、オズがヒールで踏みつけた。


「生意気な目でわらわを見るな」


 痛い。


「お前はたかがトゥエリーだ」


 痛い。


「わらわの作った土人形だ」


 誰か、


「土人形が」


 誰か、


「わらわに逆らうな!!!!!」


 誰か、あたしを助けて――!!






 オズの首が切られた。



 ころんと、転がった。体が倒れる。重力がなくなった。はっとして見上げると、クレアが剣を鞘に収めていた。


「テリー」


 手を差し出される。


「怪我はないか?」

「……遅い」


 あたしは手を差し出し、その手を掴んだ。引っ張られると、簡単に立てた。


「あんたが遅いから頭を踏まれたわ。最悪」

「雲行きがあやしいと思って来たらこれだ」


 クレアが振り向いた。切れた首と胴体は、砂となって消えた。


「ああ、まだ終わってないみたいだな」


 クレアがあたしの腕を引っ張り、飛び跳ねた。飛び跳ねる前にいた場所に、大きな穴が空いた。避けられたのを見て、オズが舌打ちをした。


「ああ、なんとも厄介だ。こういう類の人間は稀に産まれる。やはり、始末しておくべきだったな」


 オズがこめかみを押さえた。


「さて、どうしようか。どうやって始末してやろうかな?」

「……お姉ちゃん?」


 メニーが塔の上に顔を見せた。


「みんな、どうしたの?」


 メニーが見上げた。オズと目が合った。オズが喉で笑った。


「ボンジュール。メニー」


 オズがあたしを見た。


「安心しろ。お前の守ってきたもの、わらわが全てを破壊してやる」


 塔が大きく揺れた。リトルルビィがこの先に起きることをいち早く予想し、セーラを抱き、そのまま止まらずニクスに走った。リオンがメニーの前に走り剣を構えた。途端に地面が崩れた。リオンとメニーが顔を見合わせた。ソフィアが笛を吹き、自分のいる塔の断片が落ちていくスピードを風で操った。リトルルビィが崩れていく塔を壁にして地面に下りていった。いち早く身の危険を察していた物知り博士が塔からの避難を誘導していた。案の定崩れていく塔を見て、悲鳴をあげた。


「やめてえええええ!! 資料がまだ研究室にーーー!!」


 人々が何事かと見上げるも、塔が崩れていくことしかわからない。人々が塔から全力で逃げていく。ゴーテル様とスノウ様が塔を見上げる。離れたテントから見ていたロゼッタが声を張り上げた。


「セーラ!! セーラはどこなの!?」


 あたしは辺りを見回す。どこか掴むところはないか。ああ、なさそうだ。しかし、崩れていく。バランスを崩す。


「っ」


 後ろに落ちていくのを見たクレアが、咄嗟にあたしに手を伸ばした。


「っ」


 あたしはそれを見て、――すかさず、その手を叩いた。

 クレアが目を見開く。

 違う。拒んだわけじゃない。そうじゃない。

 クレアの目に伝える。


 違うでしょ?


「お前の相手は」


 指を指す。


「あいつでしょ」


 オズ。


「あたしに構ってる暇があるなら」


 あの闇を、


「何とかしなさいよ!」


 クレアがにやりとして、手を引っ込ませ、迷うことなく銃をベルトから抜き、ドレスを翻した。


 オズがクレアを睨んだ。クレアがにっこりと笑う。


 オズがクレアに向かって崩れた塔の断片を投げつけた。クレアが走り出し、地面を踏み込んで高く飛び上がった。投げられた断片に飛び乗り、オズに近づき、銃を撃ち込んだ。しかし、銃弾はオズに当たらず跳ね返ってきた。クレアの頬にかすむ。また撃った。また跳ね返ってきた。クレアの耳にかすむ。撃った。跳ね返る。撃った。跳ね返る。無駄だ。オズには人間の攻撃は何一つ効かない。


「ならば、忘れてないかい? 僕の存在を」


 人々の瞳の色が緑に包まれた。緑の光が輝くから。

 崩れる塔から落ちるあたしを抱き上げ、急上昇していく。蹴りながら下に下りていくリトルルビィが目を疑った。笛を奏でるソフィアが目を輝かせた。リオンがはっとして、笑みを浮かべた。


 気配に気付いたクレアが眉をひそめて後ろに下がった。オズが目を見開いた。クレアが緑の光に包まれ、ふわりと浮かんだ。オズが憎しみの目を向けた。


「やあ、お久しぶりだねえ。オズ。その後どうだい? 見つけるのに苦労したよ」


 闇夜をコウモリが飛んでくる。野ねずみが走ってくる。鳥が飛んでくる。


「逃げられると思うなよ」


 ドロシーが星の杖を構えた。


「これで終わりにしてやる」

「ああ、これだから野良猫は嫌だ」


 オズの片目が痙攣した。


「その杖はわらわのものだ。そして、その手に抱えた人形も」


 星の杖を持ち、あたしを抱えたドロシーに、オズが手を向けた。


「楽園へ向かうがいい」


 大きな魔力が放たれ、ドロシーが避けた。箒がくるんと回って、方向転換する。魔力にぶつかった塔が粉々にくだけた。くだけて小さくなった破片がリオンにめがけて落ちてきた。


「ひいっ!!」


 メニーが手をかざした。寸でのところで破片が飛ばされた。


「メニー! ありがとう! 助かった!」

「それよりっ」


 メニーが見上げた。


「お姉ちゃんが!」


 ドロシーが星の杖に祈りを込めた。


「塔の上のお姫様、子供が出来て大騒動、怒り狂った魔法使い、彼女は姫を追い出した」


 星の杖から魔力が放たれる。しかしオズには効かない。全てを無に変えてしまう。オズが魔力を放つ。それならドロシーだってその魔力を無に変える。ドロシーは魔法使いだ。オズは最強の魔法使いだ。


「会いに行こう、会いに行こう、偉大な魔法使いに会いに行こう」


 ドロシーの祈りに星の杖が答える。真っ白に光り輝き、オズに向かって魔力を放つ。オズは無に変える魔法を唱えたが、それはなぜか発動しなかったようだ。オズがはっとして、仕方なくふわりと浮かぶことで攻撃を避けた。


「……忌々しい白き魔法使いめ……」


 オズが山に雷が落とした。ちょっと! やだ! 火傷したらどうするのよ!


「せいぜいそこで見ていろ」


 ドロシーが余所見をしていたオズに魔力を放ったが、無にされた。


「無駄だ」


 オズが笑った。


「主を失くした野良猫ごときに、またわらわを封印できると思ったか?」


 オズが笑った。


「あはははは! 人は、それを無駄なあがきというのさ。お勉強になったかな? 子猫ちゃん」


 上から降ってきた。


「ちなみに、これも無駄なあがき」


 クレアが剣をオズに突き刺すが、寸でのところで止められる。剣が届かない。ドロシーが魔力を放った。これも無に変えられる。


「それでわらわを倒すつもりか?」


 鼻で笑い飛ばされる。


「そろそろ飽きてきた」


 あたしを見て、微笑む。


「今行くぞ。トゥエリー。帰ったらお仕置きだ」


 クレアが剣を突き刺す。届かない。

 クレアが踏ん張ってみる。届かない。

 クレアが諦めた。スイッチを切り替える。




 キッドが剣を突き刺した。



「っ」


 オズの背中に、剣が刺さった。


「っ」


 オズが振り返った。


「なっ」


 にやけるキッドが力を入れた。オズの体を剣が貫く。


「っ」


 オズが血を吐いた。


「この」


 紫の瞳が睨む。


「このっ」


 キッドがいやらしい笑みで笑っている。


「死に損ないがーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 クレアが銃を撃ちぬき、オズの頭に穴が空いた。


「……」


 オズがぶるぶると震え始めた。


「……」


 肌もドレスも紫に染まっていく。


「……」


 オズがため息を出した。


「だから殺したのに……」


 クレアが離れた。塔の断片に足をつけた。


「許さない」

「わらわの体に穴を空けるなんて」

「たかが人間のくせに」

「人間のくせに」

「人間のくせに」

「人間のくせに人間のくせに人間のくせに人間のくせに人間のくせに人間のくせに人間のくせに人間のくせに人間のくせに人間のくせに」


 紫の瞳があたしを見た。


「許さない」


「トゥエリー」


「……お仕置きは、また今度だ……」


 ゆっくりと闇に体を溶かし、やがて、その姿を消した。


 塔が崩れ続ける。ドロシーがクレアの手を掴んだ。クレアがぶら下がる。


「やあ、お姫様! お元気!?」

「元気よ。魔法使い様」

「申し訳ないんだけど、この目つきの鋭い子をお願い出来るかな!? 仕事が残ってるんだ!」

「ああ。任せろ」

「どうもありがとう!」


 ドロシーが崩れた塔の断片にクレアとあたしを下ろした。そして、また箒に乗り込み上まで急上昇した。


 空に飛べば、コウモリが月を包み、地面では野ねずみが立ち上がる。北では白い魔法使いが祈りを捧げ、南では赤い魔法使いが祈りを捧げている。


「やあ。人間諸君。僕はドロシー。魔法使いさ」


 ドロシーが星の杖を構えた。


「今夜見たことは、とんでもない悪夢だ」


 ドロシーが祈った。


「全てはただの幻だ」


 ドロシーはすっと息を吸い――唄った。


 高い塔にはお姫様

 一目ぼれした王子様

 塔にいるのは悪い魔女

 姫は王子に会いたくて

 自分の髪を垂らしたよ

 王子は掴んで登ったよ

 塔に登れば愛の巣へ

 出来上がるのは二人の愛

 魔女は怒って追い出した

 姫と王子は再会し

 赤い糸が結ばれた

 ラプンツェルの実よ

 この愛を忘れることなかれ



 星の杖を振った。世界が光に包まれる。崩れた塔のかけらが戻ってきた。時が巻き戻される。塔が元に戻っていく。研究室が戻っていく。クレアの部屋が戻っていく。キング様の残した絵が戻っていく。


「全て、何もなかった」


 ドロシーが呟いた瞬間、あたしの頭が急に真っ白になった。何も見えなくなり、あたしはその場に倒れこみ、何も感じなくなって、意識が遠くなって、



 何も、感じなくなる。




 光に、包まれる。




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