第8話 満開の青い薔薇(2)
(……ん)
宮殿へ入ろうとすると、噴水の縁に座って、暮れていく夕日を眺めているコネッドがいた。
「コネッド」
「ん」
コネッドがあたしに気付き、微笑んで手を振った。
「おう。ロザリー」
「戻らないの?」
「そろそろ戻るよ。でも、まだ陽が暮れてないから」
コネッドが夕日を見つめた。
「こんなにすがすがしい気持ちで夕日を見たのは、いつぶりだべな」
「……」
「座る?」
「……ええ」
コネッドの隣に座って、一緒に夕日を眺める。眩しい。けれど、美しい。
「知り合いのみんなはどう?」
「朝も様子を見てたんだ。みんな、話せるくらい回復してるべさ」
「そうよね。昼間も部屋から楽しそうな声がしてた」
「みんな地下室でいつも通りの生活をしてたんだって。植物があったから食料には困らなかったって言ってた。でも、太陽もないのに、よく植物なんてあったよな」
「そうね」
「……ゴールドはタイミングが悪いべさ。倒れた親御さんの跡を継がなきゃいけないから、実家に帰るなんて」
コネッドがため息を吐いた。
「消えた人達は全員戻ってきた。ゴールドに会ったら、あいつの友人達はみんな喜んだのに」
「……リリアヌ様から聞いてないの? ぺスカが無事だったって聞いて、後悔はないって言って出て行ったらしいわよ」
「……そうか。あいつらしいな」
あたしの嘘に、コネッドが微笑む。
「犯人聞いたか? 過激派の、なんか怖い宗教の奴だったらしいぞ」
「へえ。そうだったの」
「一人ずつ地下に押し込めるなんて、何考えてたんだろうな。信じられねえ」
「……解決してよかったわね」
「……情けねえとこ見せちまったな」
「仕方ないわよ」
「オラ、こうなるまでは、本当に、仕事なんか出来るメイドじゃなくてさ。みんなの足引っ張ってばかりだったけど、みんな優しかったから。でも、それが、どんどん、いなくなっていって……」
コネッドが俯いた。
「……もうだめかと思った」
握り締める両手を見下ろす。
「みんなと同じように、オラも消えちまうのかなって思った。でも、みんな戻ってきた」
「……ええ」
「もう、消えないよな?」
「犯人は捕まったわ。これからその犯人から詳しい事情聴取を行って、もっと深く調査するんですって。だから、もう大丈夫よ」
「ニクスも元気そうだったな」
「ええ」
「メニーも」
「ええ」
「みんな、帰ってきた」
コネッドが胸の前に握った両手を上げた。
「本当によかった」
夕暮れは沈んでいく。どんどん空が暗くなっていく。
「……明日、城の門も解除されるって」
「……それな。閉じ込められてどうなることかと思ったべさ。門を閉じる前に、先にマールス宮殿の件を何とかしてほしかったな」
「でも、結果的に何とかなったわ」
「ああ、もう閉鎖はこりごりだべさ。……そろそろ戻るか」
「ええ。お腹すいてきたわ」
「アナトラがダンスしてるに違いねえ。呼びに行くべさ」
「そうね。みんなで食べに行きましょう」
「……ん?」
コネッドがあたしの手元を見た。
「ロザリー、変わった本持ってるな」
「え? ああ、これ?」
「何の本?」
「メニーに頼まれてるのよ。塔にあった本よ」
「ああ、あそこ、変な本多いからな」
コネッドがにこりと笑った。
「メニーが読んだら、オラも読んでいい? 少し見たい」
「ええ。いいわよ」
(忘れてたって言って塔に戻したふりしよう。こんなのコネッドに見せられないわ)
あたしとコネッドが立ち上がり、宮殿の中に入った。アナトラの部屋に行く前に、あたしの部屋についた。扉をノックして開ければ、ニクスが夏休みの宿題をしていて、メニーはドロシーと遊んでいた。
「夕食に行きましょう」
「待って。テリー、ここの問題だけやるから」
「地下に宿題を持っていけなかったなんて、大変ね」
「本当だよ。持っていけたら好きなだけやったのに。……よし出来た」
ニクスが宿題の問題集を閉じた。
「メニー、行こう」
「うん」
「アナトラも呼びに行くべ」
「そういえば、今日はずっとダンスの練習するって張り切ってたな。お仕事がお休みだからって」
「あいつ、将来はメイドじゃなくて、ダンサーになるかもな」
「にゃー」
「ドロシーも行こうね」
あたしは本を引き出しの中にしまい、みんなと一緒に部屋から出る。
「久しぶりにトロさんのステーキが食べれるべさ。楽しみだ」
「ニクスは何食べる?」
「どうしようかな?」
「ドロシーはミルクだもんね」
「にゃあ」
「あー想像したらお腹すいてきた。ステーキ。オラのステーキ」
アナトラの部屋の前についた。コネッドが扉をノックした。
「アナトラ、飯に行くべさー」
アナトラは出てこない。コネッドがぶふっと笑った。
「きっと、中で夢中になって踊ってるに違いねえ。ここはオラの見せ所だ」
コネッドがそっとドアノブをひねった。ゆっくりと引く。
「アナトラちゃーん、ご飯に行くべさー」
コネッドが小声で歌いながら部屋を覗いた。部屋の中にはアナトラがいた。いつものように、白鳥のごとく踊っているアナトラ。
目から、口から、鼻から、耳から、青い薔薇を咲かせていた。
「……」
アナトラが地面に倒れた。アナトラの後ろに、小さな影が立っていた。青い瞳、金の髪の毛。じょうろを持ち、アナトラから咲く青い薔薇に水をかけた。
「ハニー、だぁーいすき!」
小さな影が顔を上げた。紫の瞳と目が合った。
「ハニー!」
両手を突き出した。
「ぎゅってしてー!」
そして、全速力で走ってきたのを、コネッドが扉を閉めることで止めた。扉が揺れる。あたし達がきょとんとすると、コネッドが扉を背中で押さえて、叫んだ。
「重たいもの!」
「え?」
「な、なんか、なんでもいい! 扉を押さえるものもってこい!」
扉が揺れる。
「ひいい!!」
コネッドが青い顔で、扉を押さえた。
「なんでもいい! 早くもってきて!」
「っ」
ニクスが走り出した。近くの棚に目をやる。
「テリー! 手伝って!」
「ええ!」
戸惑いながらニクスと棚を運ぶ。うご。重い! あたしとニクスが棚を引きずり、ニクスが棚を扉の前に倒した。コネッドがぎりぎりで扉の前から避けると、棚で扉が開かなくなった。扉が勢いよく押され、ドアノブががたがたひねり始める。また扉が揺れる。
「っ」
思わず息を呑み、コネッドを見た。
「アナトラは?」
「な、なんか、よくわかんねえけど、人形がじょうろで水をやってた!」
「はあ?」
「アナトラから青い薔薇が咲いてて、それに、人形が水をやって!」
「何言ってるのよ! コネッド!」
「何言ってるかって思うだろ! オラもそう思ってるんだけど、それしか言えねえんだ!」
「……」
ニクスの顔がどんどん青くなっていく。扉を睨むニクスに、メニーが不安げに顔を上げた。
「ニクスちゃん?」
「外に出たほうがいいかも」
「えっと……」
「あたし、休憩室にいる人達に事情を伝えてくるから、メニーとロザリーは先に外に行ってて」
「オラも行くよ」
「ありがとう、コネッド」
「……外にいる兵士に声をかけるわ。なんとかしてくれるかも」
その瞬間、急に廊下が暗くなった。あたし達は息を呑む。
「な、なんだ!?」
コネッドが窓を見ると、窓が何かに覆われている。
「な、なんかおかしいべさ」
「待って、何これ」
アナトラの部屋から、何かが伸びてくる。ツルだ。
「っ」
ニクスがあたしの手首を掴んだ。
「みんな、走って!」
ニクスが叫んだ瞬間、棚が吹っ飛んだ。扉が開かれた。部屋から大量のツルが伸び、青い薔薇が咲いている。
そこへ一人のメイドが歩いていた。メイドが不審な目をした。あら、どうしてあんなところに人形が立っているのかしら。あれ、もしかしてあれは、噂の……。
「ハニー!」
微笑むロザリー人形が両手を突き出した。
「ぎゅってしてー!」
全速力で走ってきて、メイドが悲鳴をあげる。そのメイドに飛びついたロザリー人形がメイドの耳に種を植え付けた。そして水をやると、ツルがにょきにょきと出てきて、綺麗な青い薔薇が咲いた。そこへ、別の使用人が歩いてきた。廊下に倒れる花だらけのメイドを見て、眉をひそめた。
「ハニー!」
ロザリー人形がターゲットを変えた。
「ぎゅってしてー!」
「うわあ!」
「なんだ!?」
「うわああ、なんだ、あれ!」
「衛兵! 衛兵!!」
廊下がパニックになる。兵士達が武器を持って構えるが、銃を撃っても何をしても、ロザリー人形がじょうろを持って歩いた。
「ハニー!」
「わあああああああ!」
「ぎゅってしてー!」
「きゃあああああああああああ!!」
人が倒れる。種が巻かれる。水をやれば綺麗な青い薔薇が咲いた。
「ひ、ひいい! 助けて!」
使用人が窓から抜け出そうとしたが、開かない。どうしてだろう。顔をあげた。窓を覆っているものをよく見た。巨大なツルだった。
「な、なんだよ、これ……!」
「ハニー!」
「わあああああああああああ!!」
ロザリー人形が微笑んだ。
「ぎゅってしてー!」
ニクスがあたしを引っ張ってゆっくりとその場から離れた。コネッドがメニーを引っ張り、辺りを見回す。
「……こっちだ」
一気に走り、使用人達のエリアから離れる。暗い廊下。いつも掃除していた道を走り、窓を開けようとしてみる。しかし、巨大なツルに覆われ、窓は全部閉められている。
外に出られる廊下に向かうと、外への道は巨大なツルによって塞がれていた。兵士達が剣でツルを切るが、ツルが再生してしまい、意味がない。
「おお、これはこれは、メイド諸君よ!」
ぞっとすることを知らなかった兵士が、あたし達に声をかけてきたので、コネッドが駆け寄った。
「なあ、一体何が起きてるんだ?」
「それが、我々もわからないんだ! わかるのは、なにやら、このマールス宮殿が巨大なツルに覆われ、屋根には巨大な青い花のつぼみがあるらしい!」
「使用人用のエリアで、ロザリー人形がいて、人に種を巻いて、青い薔薇を咲かせてた。なあ、出口はないか? あいつ、兵士が相手でも容赦なんてしねえぞ! 早く逃げねえと!」
「ロザリー人形? はっはっはっはっ! あのホラー話だな? しかたない。私が様子を見に行ってあげよう!」
「ばか! 行くな!」
「大丈夫だ! 小魚以外で僕はぞっとしたことなんてないのだから!」
「ああ、行くなって!」
呑気な顔をして兵士が行ってしまった。コネッドの足ががたがたと震え始める。
「な、何なんだ。何が起きてんだ……?」
コネッドが座り込んでしまった。
「やだ……! 死にたくない!」
「コネッド、大丈夫だから」
ニクスがコネッドの肩を抱え、あたしに顔を上げた。
「テリー、クレア姫様って、宮殿の中にいるのかな?」
「……っ」
あたしはこくりと頷いた。
「いるかもしれない」
「呼んで来てくれないかな。……コネッドは、あたしが何とかするから」
「……だったら」
あたしはポケットに手を突っ込ませた。GPSを取り出す。
「今の今まで渡すの忘れてたわ」
メニーに渡す。
「メニー、これ持ってなさい」
「これ、GPS?」
「最新式の、スノウ様がメニーにって。ずっと渡すの忘れてたんだけど、……触り方わかるわね?」
「何となくだけど」
「ええ。それでいいわ。設定はもうされてるから、持ってて」
「……」
メニーがニクスにGPSを渡した。
「ニクスちゃん、持ってて」
「え」
メニーが戸惑うニクスにGPSを押し付けて、あたしに駆け寄った。
「お姉ちゃん、私も行く」
「ばか言わないの」
「行く!」
「メニー、ここにいなさい!」
「一人で遭遇したらどうするの!」
メニーがあたしの手を握りしめた。
「私、行くから」
「…… 」
あたしはドロシーを見た。ドロシーがにゃんと鳴いた。
「……あんたは来る?」
ドロシーが座った。
「……そうね。あんたはここにいなさい」
「にゃあ」
「クレアもすでに気付いているはずよ」
GPSをぽちぽちいじってみる。地図が広がる。クレアのいる位置が表示された。塔に居なくてよかったわ。
「メニー、何が起きても知らないわよ」
「どこいたって同じだもん」
「……」
「コネッドは任せて」
ニクスが微笑んだ。
「気をつけて」
「……メニー」
手を差し出す。
「……何があっても自己責任よ」
「うん」
メニーがあたしの手を握り、二人で顔を見合わせ、まっすぐ廊下を進んだ。GPSを覗くとクレアが二階を歩いている。あたしは階段のある方向へ走る。全てが暗い。窓が全てツルで覆われている。ランプはないかしら。
(……なさそう)
……。
「メニー、灯りって作れない?」
「……やってみる」
メニーがあたしの手を握りしめ、集中する。メニーの髪の毛がふわりと揺れた。ぴかりと星が光った。人魂のような薄暗い灯りが道を照らした。
「ありがとう」
「行こう」
メニーと先を進む。ツルが宮殿中の窓を塞いでいる。外には行けない。
(……屋根の上に青い花のつぼみ)
ブルーローズ。
(まだ終わってなかったのね。くそ……)
ツルが道を塞ぐ。別の道に行く。部屋から部屋へ移り、廊下に渡る。歩いていると、向こうから悲鳴が聞こえた。
「っ」
あたしはメニーを引っ張り、部屋の扉の陰に隠れた。二人の足音が走ってくる。
「ら、ラメール! 急げ! ロザリー人形の来襲だ!」
「ぜえ! ぜえ! 仕事終わりの、こんな時に!」
「ハニー!」
「うわっ!」
「僕はハニーじゃない!!」
「ぎゃー! 逃げろー!!」
ロザリー人形が二人を追いかける。通り過ぎる。その隙に、あたしとメニーが通った。
「もうここまで移動してるわけ……?」
「お姉ちゃん、あの人形、一体だけじゃないのかも」
「変なこと言わないでよ。あの人形が何体もいたら気が触れてしまうわ」
あたしとメニーが足を止めた。倒れた使用人に、三体のロザリー人形が種を植え付け、水を注いでいる。
「「ハニー! だぁーいすき!」」
使用人から青い薔薇が咲いた。あたしとメニーが後退る。あたしのかかとが鳴った。ロザリー人形が全員こっちを見た。
「「ハニー!」」
「っ!」
手を差し出される。
「「抱っこしてぇー!」」
あたしはメニーの手を引っ張り、扉の中に入った。ロザリー人形達が扉を叩いてくる。あたしはメニーに叫んだ。
「クローゼット!」
「お姉ちゃん!」
「隠れなさい! 早く!」
メニーがクローゼットの中に入った。ロザリー人形がドアノブをひねって扉を引いてくる。
「っ!」
あたしは辺りを見回した。何かないかと探す。あ、あった! あたしは扉から手を離した。ロザリー人形が入ってきた。
「ハニー!」
ロザリー人形が振り向いた。芸術品の銅像が落ちてくる。三体仲良く踏み潰された。
「……この……」
あたしは息を切らし、見下ろした。
「三馬鹿トリオが」
振り返る。
「メニー、もう出てきていいわよ」」
クローゼットは静かだ。
「……」
あたしはクローゼットの扉を開けた。
「メニー?」
――クローゼットは空っぽだった。
(え!?)
あたしはクローゼットの中を見回すが、どこにもいない。
(あいつ、どこ行きやがった!)
クローゼットに隠れてから、メニーが動いた気配はなかった。
(どういうこと?)
「……」
先に進むしかなさそうね。
(あいつには魔力があるみたいだし、放っておいても大丈夫でしょ。くそ。役に立たない魔法使いね)
あたしは美術品を踏みつけて、メニーが消えた部屋から出て行った。
(*'ω'*)
あたしは息を殺して廊下を進む。メニーがいなくなったせいで、照明がGPSだけになった。あの役立たず。あいつが消えたせいで、あたしの足元が真っ暗になったわ。
(やっぱりメニーなんて置いていくべきだったわ。……どこ行ったのよ。あいつ)
東ホールにたどり着いた。二階の階段に繋がるただのホール。そういえば、最初の頃、ここを通って、マーガレットの親友を探したわね。キャロライン。まさかぬいぐるみだなんて思わなかった。
(あの頃から人はいなくなっていたんだろうけど、何も知らなかっただけに、平和に感じたわ。なんだか懐かしい)
GPSを見る。クレアが二階を移動している。
(向かってるとすれば、あの新人兵士が言ってた宮殿の屋根)
巨大な青い花のつぼみがあるらしい。
(三階ね)
その時、メイドが走ってきた。あたしははっとして陰に隠れる。メイドのリンダだ。
「誰か! 誰か助けて!」
リンダが転んだ。
「きゃっ!」
「ハニー!」
あたしはぎょっとして隠れた。さっきまで使用人用のエリアにいたのに、もうここまでロザリー人形が移動してきてる。
「ぎゅってしてー!」
「きゃあああああああああああああ!!」
リンダの口の中に種が巻かれた。
「おえっ」
リンダの口から、綺麗なツルが伸びた。
「お、おお、ぐ、おおお」
とても綺麗な青い薔薇が咲いた。
「ハニー!」
ロザリー人形が歩き出す。
「ハニー!」
ロザリー人形があたしを通り過ぎていく。
「……」
くるりと首が回った。動こうと思っていたあたしは一度動くのをやめて、両手で口を塞いだ。ロザリー人形が動かない。あたしの心臓の鼓動が早くなっていく。早く。早くいなくなれ。
「……」
ロザリー人形が去っていった。
「……」
あたしはゆっくりと深呼吸をして、階段に向かった。意識のないリンダが倒れている。
(うう……。お化け屋敷より、質が悪い……!)
リンダの横をそうっと通ると――突然、足をつかまれた。
「っ!」
青い薔薇が満開に開いた。青い薔薇が輝く。あたしを照らす。
「ハニー!」
ロザリー人形が走ってきた。
「くっ!」
あたしは逃げようと足を動かすが、気絶しているはずのリンダの手が、あたしの足を離さない。
「なっ……!」
「ハニー! ぎゅってしてぇー!」
「こ、この、手を離しなさい!」
リンダの手があたしから離れない。ロザリー人形が突っ込んでくる。
「ハニー!」
「っ」
目を見開くと、ロザリー人形があたしに飛びつこうとして――横に吹っ飛ばされた。
「ひっ!」
ロザリー人形が転がる。ロザリー人形の上に影が現れた。鋭い爪でロザリー人形を刺していく。
「ハニー!」
音声が乱れてくる。
「ハニー」
音声が乱れた。
「バニー……」
頭を手で貫くと、ロザリー人形が動かなくなった。手を抜き、腕を引っ込ませ、赤い目を持つ獣があたしを見た。
「テリー!」
リトルルビィがあたしに駆け寄った。
「大丈夫? 怪我はない!?」
「足が……!」
「大丈夫よ!」
リトルルビィがぐっと力をこめて、リンダの手をあたしの足から離した。ようやく足が解放されて、動けるようになる。
「はあ……。助かったわ。ルビィ……」
「テリー、宮殿がなんだかおかしいの。急に、屋根に花のつぼみが現れたって連絡が入って!」
「ええ。クレアが何か知らないかと思って、会いに行くところよ」
GPSを確認する。クレアが移動している。
「やっぱり三階に向かってるわね。ルビィ、一緒に行きましょう」
「任せて。テリーは私が守るから!」
リトルルビィがあたしを抱き上げた。
「行くよ!」
まさにリトルルビィが行こうとした時、後ろに大量の気配を感じた。あたしとリトルルビィが振り向いた。暗闇の中から、くすくすと大量の笑い声が響く。
「「ハニー」」
左から、ロザリー人形。
「「ハニー」」
右から、ロザリー人形。
「「ハニー」」
後ろから、ロザリー人形。
「「ハニー」」
前方から、ロザリー人形。全員が、声を揃えた。
「「ぎゅってしてぇー!」」
突っ込んできたと同時に、リトルルビィが地面を蹴った。シャンデリアまで高く跳び、シャンデリアを揺らし、その揺れ幅を利用して二階の廊下に着地した。
右から、左から、ロザリー人形が現れる。
「ぎゅってしてぇー!」
リトルルビィがあたしを抱えたまま手すりに足を乗せ、そのまま駆け出す。大量のロザリー人形から逃げ、避け、跳び、かわした。
「……切りがない」
リトルルビィが着地した。ロザリー人形が追いかけてくる。リトルルビィが何か考えた。ちらっとあたしを見た。
「テリー」
リトルルビィが真剣な顔であたしを見つめる。
「私がひきつける。その間に、テリーはクレアのところに」
「……何言ってるの。あんたを置いて行くわけないでしょう」
「でも、テリーと一緒だと、この量は片付けられない」
ホールにロザリー人形が集まってくる。
「テリー、邪魔なの」
「……」
「全部片付けたら、すぐに追いかけるから」
リトルルビィがあたしを下ろした。
「お願い。クレアのところに、テリーが行って」
リトルルビィがあたしに背中を向けた。
「私なら大丈夫よ!」
リトルルビィがぱちんとウインクした。
「お願い。先に行って!」
「……ルビィ」
「早く!」
「……っ」
あたしは後ろに下がりながら言った。
「すぐに来なさい。ご褒美にだっこしてあげるわ」
「本当? うふふ! やった!」
「……待ってるから」
あたしはそのまま、走り始めた。リトルルビィを残して、二階の廊下を駆けていく。暗闇に呑まれて行く。リトルルビィは見下ろした。ホール全体が、ロザリー人形で溢れている。お人形さんは好きだけど、ロザリー人形はいらないかも。リトルルビィがそう思いながら、一歩下りた。
「ここは通さない」
赤い目が光る。
「テリーは、私が守る」
「「ハニー!」」
大勢のロザリー人形が、リトルルビィに突っ込んできた。
「「ぎゅってしてぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」」
リトルルビィの目玉がぎょろりと動き、ロザリー人形の動きを捉えた。何体もいる人形の間をくぐり抜け、一体を掴んで、勢いよく叩きつける。すると、巻き込まれたロザリー人形が潰れ、そのまま動かなくなった。だが、まだ動いているロザリー人形は存在している。リトルルビィが地面に着地すれば、追いかけてくる。
「ハニー!」
「ぎゅってしてぇー!」
リトルルビィが一体を掴んで、ぐるんぐるんと回した。多くのロザリー人形が巻き込まれ、リトルルビィが手を離した。壁に全員叩き投げられ、潰されて、動かなくなる。
「ハニー!」
「ぎゅってしてぇー!」
リトルルビィの上に乗ったロザリー人形を掴んで、全力で投げて、ころころ転がったロザリー人形に巻き込まれて、みんながころころ転がっていく。それをリトルルビィが上から踏み潰した。ロザリー人形が動かなくなる。
「ハニー!」
「ぎゅってしてぇー!」
リトルルビィがふらついた。ロザリー人形の一体がリトルルビィの左足を掴んだ。リトルルビィが踏みつけようとしたら、右足もつかまれていた。
「ひゃっ!」
リトルルビィが地面に倒れた瞬間、一斉にロザリー人形がリトルルビィに乗り込んだ。
「ハニー!」
「ぐっ!」
リトルルビィが唸ると、種を撒かれた。
「ひっ!」
「ハニー! だぁーいすき!」
「っ」
種が撒かれる。
「ハニー! だぁーいすき!」
「っ」
リトルルビィが種だらけになる。
「ハニー! だぁーいすき!」
「っ」
リトルルビィの義手がロザリー人形を掴んだ。
「ハニー!」
「うふふ」
「ハニー!」
「うふふふふふふふふふふ!」
リトルルビィが充血した目をロザリー人形に向けた。
――このまま、終わって、たまる、ものか。
体内から根が伸びていく。
――わたしが、まもる、の。
痙攣する肉体。でも、義手だけは、神経が波打つだけ。
「わたしが」
雪の中で、一人だった私を、
「わたしが」
優しく抱きしめた、彼女を、
「わたしが」
赤は幸せ。
「わたしが」
幸せを求めた。
赤を求めた。
その先に、テリーがいた。
ねえ、お兄ちゃん。
私、守りたい人ができたの。
そしたらね、
私、こんなに強くなったよ。
もうこれで、お兄ちゃんだって守れるんだから。
身長だって伸びたんだから。
えらい?
私、いい子?
また、
頭、なでてくれる?
マールス小宮殿、東階段ホール。地面を埋めていた全てのロザリー人形が潰され、破壊され、そして、動かなくなった頃、その残像の真ん中に、真っ赤に染まった少女が倒れた。
人間であり、吸血鬼である、赤を求めた赤い少女。
歪な彼女から根が生え、それはそれは綺麗な青い薔薇を咲かせたのだった。




