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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
六章:高い塔のブルーローズ(後編)
324/590

第8話 満開の青い薔薇(2)


(……ん)


 宮殿へ入ろうとすると、噴水の縁に座って、暮れていく夕日を眺めているコネッドがいた。


「コネッド」

「ん」


 コネッドがあたしに気付き、微笑んで手を振った。


「おう。ロザリー」

「戻らないの?」

「そろそろ戻るよ。でも、まだ陽が暮れてないから」


 コネッドが夕日を見つめた。


「こんなにすがすがしい気持ちで夕日を見たのは、いつぶりだべな」

「……」

「座る?」

「……ええ」


 コネッドの隣に座って、一緒に夕日を眺める。眩しい。けれど、美しい。


「知り合いのみんなはどう?」

「朝も様子を見てたんだ。みんな、話せるくらい回復してるべさ」

「そうよね。昼間も部屋から楽しそうな声がしてた」

「みんな地下室でいつも通りの生活をしてたんだって。植物があったから食料には困らなかったって言ってた。でも、太陽もないのに、よく植物なんてあったよな」

「そうね」

「……ゴールドはタイミングが悪いべさ。倒れた親御さんの跡を継がなきゃいけないから、実家に帰るなんて」


 コネッドがため息を吐いた。


「消えた人達は全員戻ってきた。ゴールドに会ったら、あいつの友人達はみんな喜んだのに」

「……リリアヌ様から聞いてないの? ぺスカが無事だったって聞いて、後悔はないって言って出て行ったらしいわよ」

「……そうか。あいつらしいな」


 あたしの嘘に、コネッドが微笑む。


「犯人聞いたか? 過激派の、なんか怖い宗教の奴だったらしいぞ」

「へえ。そうだったの」

「一人ずつ地下に押し込めるなんて、何考えてたんだろうな。信じられねえ」

「……解決してよかったわね」

「……情けねえとこ見せちまったな」

「仕方ないわよ」

「オラ、こうなるまでは、本当に、仕事なんか出来るメイドじゃなくてさ。みんなの足引っ張ってばかりだったけど、みんな優しかったから。でも、それが、どんどん、いなくなっていって……」


 コネッドが俯いた。


「……もうだめかと思った」


 握り締める両手を見下ろす。


「みんなと同じように、オラも消えちまうのかなって思った。でも、みんな戻ってきた」

「……ええ」

「もう、消えないよな?」

「犯人は捕まったわ。これからその犯人から詳しい事情聴取を行って、もっと深く調査するんですって。だから、もう大丈夫よ」

「ニクスも元気そうだったな」

「ええ」

「メニーも」

「ええ」

「みんな、帰ってきた」


 コネッドが胸の前に握った両手を上げた。


「本当によかった」


 夕暮れは沈んでいく。どんどん空が暗くなっていく。


「……明日、城の門も解除されるって」

「……それな。閉じ込められてどうなることかと思ったべさ。門を閉じる前に、先にマールス宮殿の件を何とかしてほしかったな」

「でも、結果的に何とかなったわ」

「ああ、もう閉鎖はこりごりだべさ。……そろそろ戻るか」

「ええ。お腹すいてきたわ」

「アナトラがダンスしてるに違いねえ。呼びに行くべさ」

「そうね。みんなで食べに行きましょう」

「……ん?」


 コネッドがあたしの手元を見た。


「ロザリー、変わった本持ってるな」

「え? ああ、これ?」

「何の本?」

「メニーに頼まれてるのよ。塔にあった本よ」

「ああ、あそこ、変な本多いからな」


 コネッドがにこりと笑った。


「メニーが読んだら、オラも読んでいい? 少し見たい」

「ええ。いいわよ」


(忘れてたって言って塔に戻したふりしよう。こんなのコネッドに見せられないわ)


 あたしとコネッドが立ち上がり、宮殿の中に入った。アナトラの部屋に行く前に、あたしの部屋についた。扉をノックして開ければ、ニクスが夏休みの宿題をしていて、メニーはドロシーと遊んでいた。


「夕食に行きましょう」

「待って。テリー、ここの問題だけやるから」

「地下に宿題を持っていけなかったなんて、大変ね」

「本当だよ。持っていけたら好きなだけやったのに。……よし出来た」


 ニクスが宿題の問題集を閉じた。


「メニー、行こう」

「うん」

「アナトラも呼びに行くべ」

「そういえば、今日はずっとダンスの練習するって張り切ってたな。お仕事がお休みだからって」

「あいつ、将来はメイドじゃなくて、ダンサーになるかもな」

「にゃー」

「ドロシーも行こうね」


 あたしは本を引き出しの中にしまい、みんなと一緒に部屋から出る。


「久しぶりにトロさんのステーキが食べれるべさ。楽しみだ」

「ニクスは何食べる?」

「どうしようかな?」

「ドロシーはミルクだもんね」

「にゃあ」

「あー想像したらお腹すいてきた。ステーキ。オラのステーキ」


 アナトラの部屋の前についた。コネッドが扉をノックした。


「アナトラ、飯に行くべさー」


 アナトラは出てこない。コネッドがぶふっと笑った。


「きっと、中で夢中になって踊ってるに違いねえ。ここはオラの見せ所だ」


 コネッドがそっとドアノブをひねった。ゆっくりと引く。


「アナトラちゃーん、ご飯に行くべさー」


 コネッドが小声で歌いながら部屋を覗いた。部屋の中にはアナトラがいた。いつものように、白鳥のごとく踊っているアナトラ。


 目から、口から、鼻から、耳から、青い薔薇を咲かせていた。


「……」


 アナトラが地面に倒れた。アナトラの後ろに、小さな影が立っていた。青い瞳、金の髪の毛。じょうろを持ち、アナトラから咲く青い薔薇に水をかけた。


「ハニー、だぁーいすき!」


 小さな影が顔を上げた。紫の瞳と目が合った。


「ハニー!」


 両手を突き出した。


「ぎゅってしてー!」


 そして、全速力で走ってきたのを、コネッドが扉を閉めることで止めた。扉が揺れる。あたし達がきょとんとすると、コネッドが扉を背中で押さえて、叫んだ。


「重たいもの!」

「え?」

「な、なんか、なんでもいい! 扉を押さえるものもってこい!」


 扉が揺れる。


「ひいい!!」


 コネッドが青い顔で、扉を押さえた。


「なんでもいい! 早くもってきて!」

「っ」


 ニクスが走り出した。近くの棚に目をやる。


「テリー! 手伝って!」

「ええ!」


 戸惑いながらニクスと棚を運ぶ。うご。重い! あたしとニクスが棚を引きずり、ニクスが棚を扉の前に倒した。コネッドがぎりぎりで扉の前から避けると、棚で扉が開かなくなった。扉が勢いよく押され、ドアノブががたがたひねり始める。また扉が揺れる。


「っ」


 思わず息を呑み、コネッドを見た。


「アナトラは?」

「な、なんか、よくわかんねえけど、人形がじょうろで水をやってた!」

「はあ?」

「アナトラから青い薔薇が咲いてて、それに、人形が水をやって!」

「何言ってるのよ! コネッド!」

「何言ってるかって思うだろ! オラもそう思ってるんだけど、それしか言えねえんだ!」

「……」


 ニクスの顔がどんどん青くなっていく。扉を睨むニクスに、メニーが不安げに顔を上げた。


「ニクスちゃん?」

「外に出たほうがいいかも」

「えっと……」

「あたし、休憩室にいる人達に事情を伝えてくるから、メニーとロザリーは先に外に行ってて」

「オラも行くよ」

「ありがとう、コネッド」

「……外にいる兵士に声をかけるわ。なんとかしてくれるかも」


 その瞬間、急に廊下が暗くなった。あたし達は息を呑む。


「な、なんだ!?」


 コネッドが窓を見ると、窓が何かに覆われている。


「な、なんかおかしいべさ」

「待って、何これ」


 アナトラの部屋から、何かが伸びてくる。ツルだ。


「っ」


 ニクスがあたしの手首を掴んだ。


「みんな、走って!」


 ニクスが叫んだ瞬間、棚が吹っ飛んだ。扉が開かれた。部屋から大量のツルが伸び、青い薔薇が咲いている。


 そこへ一人のメイドが歩いていた。メイドが不審な目をした。あら、どうしてあんなところに人形が立っているのかしら。あれ、もしかしてあれは、噂の……。


「ハニー!」


 微笑むロザリー人形が両手を突き出した。


「ぎゅってしてー!」


 全速力で走ってきて、メイドが悲鳴をあげる。そのメイドに飛びついたロザリー人形がメイドの耳に種を植え付けた。そして水をやると、ツルがにょきにょきと出てきて、綺麗な青い薔薇が咲いた。そこへ、別の使用人が歩いてきた。廊下に倒れる花だらけのメイドを見て、眉をひそめた。


「ハニー!」


 ロザリー人形がターゲットを変えた。


「ぎゅってしてー!」

「うわあ!」

「なんだ!?」

「うわああ、なんだ、あれ!」

「衛兵! 衛兵!!」


 廊下がパニックになる。兵士達が武器を持って構えるが、銃を撃っても何をしても、ロザリー人形がじょうろを持って歩いた。


「ハニー!」

「わあああああああ!」

「ぎゅってしてー!」

「きゃあああああああああああ!!」


 人が倒れる。種が巻かれる。水をやれば綺麗な青い薔薇が咲いた。


「ひ、ひいい! 助けて!」


 使用人が窓から抜け出そうとしたが、開かない。どうしてだろう。顔をあげた。窓を覆っているものをよく見た。巨大なツルだった。


「な、なんだよ、これ……!」

「ハニー!」

「わあああああああああああ!!」


 ロザリー人形が微笑んだ。


「ぎゅってしてー!」


 ニクスがあたしを引っ張ってゆっくりとその場から離れた。コネッドがメニーを引っ張り、辺りを見回す。


「……こっちだ」


 一気に走り、使用人達のエリアから離れる。暗い廊下。いつも掃除していた道を走り、窓を開けようとしてみる。しかし、巨大なツルに覆われ、窓は全部閉められている。


 外に出られる廊下に向かうと、外への道は巨大なツルによって塞がれていた。兵士達が剣でツルを切るが、ツルが再生してしまい、意味がない。


「おお、これはこれは、メイド諸君よ!」


 ぞっとすることを知らなかった兵士が、あたし達に声をかけてきたので、コネッドが駆け寄った。


「なあ、一体何が起きてるんだ?」

「それが、我々もわからないんだ! わかるのは、なにやら、このマールス宮殿が巨大なツルに覆われ、屋根には巨大な青い花のつぼみがあるらしい!」

「使用人用のエリアで、ロザリー人形がいて、人に種を巻いて、青い薔薇を咲かせてた。なあ、出口はないか? あいつ、兵士が相手でも容赦なんてしねえぞ! 早く逃げねえと!」

「ロザリー人形? はっはっはっはっ! あのホラー話だな? しかたない。私が様子を見に行ってあげよう!」

「ばか! 行くな!」

「大丈夫だ! 小魚以外で僕はぞっとしたことなんてないのだから!」

「ああ、行くなって!」


 呑気な顔をして兵士が行ってしまった。コネッドの足ががたがたと震え始める。


「な、何なんだ。何が起きてんだ……?」


 コネッドが座り込んでしまった。


「やだ……! 死にたくない!」

「コネッド、大丈夫だから」


 ニクスがコネッドの肩を抱え、あたしに顔を上げた。


「テリー、クレア姫様って、宮殿の中にいるのかな?」

「……っ」


 あたしはこくりと頷いた。


「いるかもしれない」

「呼んで来てくれないかな。……コネッドは、あたしが何とかするから」

「……だったら」


 あたしはポケットに手を突っ込ませた。GPSを取り出す。


「今の今まで渡すの忘れてたわ」


 メニーに渡す。


「メニー、これ持ってなさい」

「これ、GPS?」

「最新式の、スノウ様がメニーにって。ずっと渡すの忘れてたんだけど、……触り方わかるわね?」

「何となくだけど」

「ええ。それでいいわ。設定はもうされてるから、持ってて」

「……」


 メニーがニクスにGPSを渡した。


「ニクスちゃん、持ってて」

「え」


 メニーが戸惑うニクスにGPSを押し付けて、あたしに駆け寄った。


「お姉ちゃん、私も行く」

「ばか言わないの」

「行く!」

「メニー、ここにいなさい!」

「一人で遭遇したらどうするの!」


 メニーがあたしの手を握りしめた。


「私、行くから」

「…… 」


 あたしはドロシーを見た。ドロシーがにゃんと鳴いた。


「……あんたは来る?」


 ドロシーが座った。


「……そうね。あんたはここにいなさい」

「にゃあ」

「クレアもすでに気付いているはずよ」


 GPSをぽちぽちいじってみる。地図が広がる。クレアのいる位置が表示された。塔に居なくてよかったわ。


「メニー、何が起きても知らないわよ」

「どこいたって同じだもん」

「……」

「コネッドは任せて」


 ニクスが微笑んだ。


「気をつけて」

「……メニー」


 手を差し出す。


「……何があっても自己責任よ」

「うん」


 メニーがあたしの手を握り、二人で顔を見合わせ、まっすぐ廊下を進んだ。GPSを覗くとクレアが二階を歩いている。あたしは階段のある方向へ走る。全てが暗い。窓が全てツルで覆われている。ランプはないかしら。


(……なさそう)


 ……。


「メニー、灯りって作れない?」

「……やってみる」


 メニーがあたしの手を握りしめ、集中する。メニーの髪の毛がふわりと揺れた。ぴかりと星が光った。人魂のような薄暗い灯りが道を照らした。


「ありがとう」

「行こう」


 メニーと先を進む。ツルが宮殿中の窓を塞いでいる。外には行けない。


(……屋根の上に青い花のつぼみ)


 ブルーローズ。


(まだ終わってなかったのね。くそ……)


 ツルが道を塞ぐ。別の道に行く。部屋から部屋へ移り、廊下に渡る。歩いていると、向こうから悲鳴が聞こえた。


「っ」


 あたしはメニーを引っ張り、部屋の扉の陰に隠れた。二人の足音が走ってくる。


「ら、ラメール! 急げ! ロザリー人形の来襲だ!」

「ぜえ! ぜえ! 仕事終わりの、こんな時に!」

「ハニー!」

「うわっ!」

「僕はハニーじゃない!!」

「ぎゃー! 逃げろー!!」


 ロザリー人形が二人を追いかける。通り過ぎる。その隙に、あたしとメニーが通った。


「もうここまで移動してるわけ……?」

「お姉ちゃん、あの人形、一体だけじゃないのかも」

「変なこと言わないでよ。あの人形が何体もいたら気が触れてしまうわ」


 あたしとメニーが足を止めた。倒れた使用人に、三体のロザリー人形が種を植え付け、水を注いでいる。


「「ハニー! だぁーいすき!」」


 使用人から青い薔薇が咲いた。あたしとメニーが後退る。あたしのかかとが鳴った。ロザリー人形が全員こっちを見た。


「「ハニー!」」

「っ!」


 手を差し出される。


「「抱っこしてぇー!」」


 あたしはメニーの手を引っ張り、扉の中に入った。ロザリー人形達が扉を叩いてくる。あたしはメニーに叫んだ。


「クローゼット!」

「お姉ちゃん!」

「隠れなさい! 早く!」


 メニーがクローゼットの中に入った。ロザリー人形がドアノブをひねって扉を引いてくる。


「っ!」


 あたしは辺りを見回した。何かないかと探す。あ、あった! あたしは扉から手を離した。ロザリー人形が入ってきた。


「ハニー!」


 ロザリー人形が振り向いた。芸術品の銅像が落ちてくる。三体仲良く踏み潰された。


「……この……」


 あたしは息を切らし、見下ろした。


「三馬鹿トリオが」


 振り返る。


「メニー、もう出てきていいわよ」」


 クローゼットは静かだ。


「……」


 あたしはクローゼットの扉を開けた。


「メニー?」


 ――クローゼットは空っぽだった。


(え!?)


 あたしはクローゼットの中を見回すが、どこにもいない。


(あいつ、どこ行きやがった!)


 クローゼットに隠れてから、メニーが動いた気配はなかった。


(どういうこと?)


「……」


 先に進むしかなさそうね。


(あいつには魔力があるみたいだし、放っておいても大丈夫でしょ。くそ。役に立たない魔法使いね)


 あたしは美術品を踏みつけて、メニーが消えた部屋から出て行った。



(*'ω'*)



 あたしは息を殺して廊下を進む。メニーがいなくなったせいで、照明がGPSだけになった。あの役立たず。あいつが消えたせいで、あたしの足元が真っ暗になったわ。


(やっぱりメニーなんて置いていくべきだったわ。……どこ行ったのよ。あいつ)


 東ホールにたどり着いた。二階の階段に繋がるただのホール。そういえば、最初の頃、ここを通って、マーガレットの親友を探したわね。キャロライン。まさかぬいぐるみだなんて思わなかった。


(あの頃から人はいなくなっていたんだろうけど、何も知らなかっただけに、平和に感じたわ。なんだか懐かしい)


 GPSを見る。クレアが二階を移動している。


(向かってるとすれば、あの新人兵士が言ってた宮殿の屋根)


 巨大な青い花のつぼみがあるらしい。


(三階ね)


 その時、メイドが走ってきた。あたしははっとして陰に隠れる。メイドのリンダだ。


「誰か! 誰か助けて!」


 リンダが転んだ。


「きゃっ!」

「ハニー!」


 あたしはぎょっとして隠れた。さっきまで使用人用のエリアにいたのに、もうここまでロザリー人形が移動してきてる。


「ぎゅってしてー!」

「きゃあああああああああああああ!!」


 リンダの口の中に種が巻かれた。


「おえっ」


 リンダの口から、綺麗なツルが伸びた。


「お、おお、ぐ、おおお」


 とても綺麗な青い薔薇が咲いた。


「ハニー!」


 ロザリー人形が歩き出す。


「ハニー!」


 ロザリー人形があたしを通り過ぎていく。


「……」


 くるりと首が回った。動こうと思っていたあたしは一度動くのをやめて、両手で口を塞いだ。ロザリー人形が動かない。あたしの心臓の鼓動が早くなっていく。早く。早くいなくなれ。


「……」


 ロザリー人形が去っていった。


「……」


 あたしはゆっくりと深呼吸をして、階段に向かった。意識のないリンダが倒れている。


(うう……。お化け屋敷より、質が悪い……!)


 リンダの横をそうっと通ると――突然、足をつかまれた。


「っ!」


 青い薔薇が満開に開いた。青い薔薇が輝く。あたしを照らす。


「ハニー!」


 ロザリー人形が走ってきた。


「くっ!」


 あたしは逃げようと足を動かすが、気絶しているはずのリンダの手が、あたしの足を離さない。


「なっ……!」

「ハニー! ぎゅってしてぇー!」

「こ、この、手を離しなさい!」


 リンダの手があたしから離れない。ロザリー人形が突っ込んでくる。


「ハニー!」

「っ」


 目を見開くと、ロザリー人形があたしに飛びつこうとして――横に吹っ飛ばされた。


「ひっ!」


 ロザリー人形が転がる。ロザリー人形の上に影が現れた。鋭い爪でロザリー人形を刺していく。


「ハニー!」


 音声が乱れてくる。


「ハニー」


 音声が乱れた。


「バニー……」


 頭を手で貫くと、ロザリー人形が動かなくなった。手を抜き、腕を引っ込ませ、赤い目を持つ獣があたしを見た。


「テリー!」


 リトルルビィがあたしに駆け寄った。


「大丈夫? 怪我はない!?」

「足が……!」

「大丈夫よ!」


 リトルルビィがぐっと力をこめて、リンダの手をあたしの足から離した。ようやく足が解放されて、動けるようになる。


「はあ……。助かったわ。ルビィ……」

「テリー、宮殿がなんだかおかしいの。急に、屋根に花のつぼみが現れたって連絡が入って!」

「ええ。クレアが何か知らないかと思って、会いに行くところよ」


 GPSを確認する。クレアが移動している。


「やっぱり三階に向かってるわね。ルビィ、一緒に行きましょう」

「任せて。テリーは私が守るから!」


 リトルルビィがあたしを抱き上げた。


「行くよ!」


 まさにリトルルビィが行こうとした時、後ろに大量の気配を感じた。あたしとリトルルビィが振り向いた。暗闇の中から、くすくすと大量の笑い声が響く。


「「ハニー」」


 左から、ロザリー人形。


「「ハニー」」


 右から、ロザリー人形。


「「ハニー」」


 後ろから、ロザリー人形。


「「ハニー」」


 前方から、ロザリー人形。全員が、声を揃えた。


「「ぎゅってしてぇー!」」


 突っ込んできたと同時に、リトルルビィが地面を蹴った。シャンデリアまで高く跳び、シャンデリアを揺らし、その揺れ幅を利用して二階の廊下に着地した。


 右から、左から、ロザリー人形が現れる。


「ぎゅってしてぇー!」


 リトルルビィがあたしを抱えたまま手すりに足を乗せ、そのまま駆け出す。大量のロザリー人形から逃げ、避け、跳び、かわした。


「……切りがない」


 リトルルビィが着地した。ロザリー人形が追いかけてくる。リトルルビィが何か考えた。ちらっとあたしを見た。


「テリー」


 リトルルビィが真剣な顔であたしを見つめる。


「私がひきつける。その間に、テリーはクレアのところに」

「……何言ってるの。あんたを置いて行くわけないでしょう」

「でも、テリーと一緒だと、この量は片付けられない」


 ホールにロザリー人形が集まってくる。


「テリー、邪魔なの」

「……」

「全部片付けたら、すぐに追いかけるから」


 リトルルビィがあたしを下ろした。


「お願い。クレアのところに、テリーが行って」


 リトルルビィがあたしに背中を向けた。


「私なら大丈夫よ!」


 リトルルビィがぱちんとウインクした。


「お願い。先に行って!」

「……ルビィ」

「早く!」

「……っ」


 あたしは後ろに下がりながら言った。


「すぐに来なさい。ご褒美にだっこしてあげるわ」

「本当? うふふ! やった!」

「……待ってるから」


 あたしはそのまま、走り始めた。リトルルビィを残して、二階の廊下を駆けていく。暗闇に呑まれて行く。リトルルビィは見下ろした。ホール全体が、ロザリー人形で溢れている。お人形さんは好きだけど、ロザリー人形はいらないかも。リトルルビィがそう思いながら、一歩下りた。


「ここは通さない」


 赤い目が光る。


「テリーは、私が守る」

「「ハニー!」」


 大勢のロザリー人形が、リトルルビィに突っ込んできた。


「「ぎゅってしてぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」」


 リトルルビィの目玉がぎょろりと動き、ロザリー人形の動きを捉えた。何体もいる人形の間をくぐり抜け、一体を掴んで、勢いよく叩きつける。すると、巻き込まれたロザリー人形が潰れ、そのまま動かなくなった。だが、まだ動いているロザリー人形は存在している。リトルルビィが地面に着地すれば、追いかけてくる。


「ハニー!」

「ぎゅってしてぇー!」


 リトルルビィが一体を掴んで、ぐるんぐるんと回した。多くのロザリー人形が巻き込まれ、リトルルビィが手を離した。壁に全員叩き投げられ、潰されて、動かなくなる。


「ハニー!」

「ぎゅってしてぇー!」


 リトルルビィの上に乗ったロザリー人形を掴んで、全力で投げて、ころころ転がったロザリー人形に巻き込まれて、みんながころころ転がっていく。それをリトルルビィが上から踏み潰した。ロザリー人形が動かなくなる。


「ハニー!」

「ぎゅってしてぇー!」


 リトルルビィがふらついた。ロザリー人形の一体がリトルルビィの左足を掴んだ。リトルルビィが踏みつけようとしたら、右足もつかまれていた。


「ひゃっ!」


 リトルルビィが地面に倒れた瞬間、一斉にロザリー人形がリトルルビィに乗り込んだ。


「ハニー!」

「ぐっ!」


 リトルルビィが唸ると、種を撒かれた。


「ひっ!」

「ハニー! だぁーいすき!」

「っ」


 種が撒かれる。


「ハニー! だぁーいすき!」

「っ」


 リトルルビィが種だらけになる。


「ハニー! だぁーいすき!」

「っ」


 リトルルビィの義手がロザリー人形を掴んだ。


「ハニー!」

「うふふ」

「ハニー!」

「うふふふふふふふふふふ!」


 リトルルビィが充血した目をロザリー人形に向けた。


 ――このまま、終わって、たまる、ものか。


 体内から根が伸びていく。


 ――わたしが、まもる、の。


 痙攣する肉体。でも、義手だけは、神経が波打つだけ。


「わたしが」


 雪の中で、一人だった私を、


「わたしが」


 優しく抱きしめた、彼女を、


「わたしが」


 赤は幸せ。


「わたしが」


 幸せを求めた。


 赤を求めた。





 その先に、テリーがいた。






 ねえ、お兄ちゃん。



 私、守りたい人ができたの。



 そしたらね、



 私、こんなに強くなったよ。



 もうこれで、お兄ちゃんだって守れるんだから。



 身長だって伸びたんだから。



 えらい?



 私、いい子?



 また、



 頭、なでてくれる?































































 マールス小宮殿、東階段ホール。地面を埋めていた全てのロザリー人形が潰され、破壊され、そして、動かなくなった頃、その残像の真ん中に、真っ赤に染まった少女が倒れた。


 人間であり、吸血鬼である、赤を求めた赤い少女。


 歪な彼女から根が生え、それはそれは綺麗な青い薔薇を咲かせたのだった。



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