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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
六章:高い塔のブルーローズ(後編)
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第5話 下水道の中で(1)



 ぼんやりと目を覚ました。


「……」


 隣を見ると、メニーがいる。まだすやすやと安らかに眠っている。


(……なんか……)


 変な夢を見た気がする。変な夢。違うわね。違う、もっと何か、何というか、違和感のある夢を。


(……夢なんてどうでもいいわ。そんなことよりも、早くニクスを見つけて、スノウ様に毒を盛った犯人を見つけないと……)


 キッドの部下達が小宮殿中を見張っている。


(昨晩は誰も消えてないといいけど)


 ああ、城下町の時計台が鳴っている。時間だ。今日も一日が始まる。


「……メニー、起きなさい」

「……んん……」

「起きる時間よ」

「……ふわあ……」


 メニーがあくびをして、ぼんやりとした目であたしを見た。


「……おはよう、お姉ちゃん……」

「顔洗って、歯磨きして、朝ごはんに行くわよ」

「……うん」


 メニーとベッドから抜け、顔を洗いに行き、歯磨きをして、部屋に戻って制服に着替え、食堂に行けば――コネッドが立ち尽くしていた。


「……コネッド?」


 コネッドがはっとして、あたしとメニーに振り返った。


「ロザリー」

「おはよう」

「おはようございます」

「ああ、メニー、おはよう。おめえさんは朝も可愛いな。……ロザリー」


 コネッドがあたしに微笑んだ。


「トロさんがな」

「ん?」

「お使いに行ってから、戻ってこねえらしい。……門は、閉鎖、されてるのに」


 あたしも微笑んだ。


「そう」

「……だから、しばらくはロップイさんにご飯を作ってもらうべさ」


 食堂を覗くと、キッチンで充血した目を光らせたロップイがフライパンを動かしていた。


「トロさん、すぐ戻ってくるといいわね」

「……んだ」


 コネッドが頷き、弱々しく笑った。


「トロさんのステーキはなまらうめえんだ。でも、もうステーキ、食べれねえや」

「ロップイさんに作ってもらえば?」

「……トロさんのがいいんだ」

「……そう」

「ステーキ以外のもの、食べるわ」


 コネッドがキッチンに声をかけた。


「ロップイさん、簡単なのでお願いするべさ」


 ロップイがフライパンを鳴らした。その直後、あたしの後ろからコソコソと気配を感じた。


(うん?)


 振り向くと、頭に包帯を巻いたラメールが立っていた。


「あら、おはよう。ラメール」

「やあ、ロザリー……」


 ラメールが頭を押さえた。


「訊いてもいいか? 昨日、僕と君、いつ部屋に帰ったっけ?」

「……。……亀の話が盛り上がって、時間も遅くなったから、解散したじゃない」

「……そうだっけ?」

「そうよ。亀をペットにどうかしらと思って、あなたに相談したんじゃない。まさか、覚えてないの?」

「い、いいや?」


 ラメールがにこりと笑った。


「今日も一日頑張ろう」

「ええ」

「ああ、ペスカはいつ帰ってくるかな。ニクスも今頃……やあ! メニー!」


 切り替えの早い男は好みじゃないわ。メニーがキッチンを覗いている。


「もう頼んだ?」

「うん」


 あたしもキッチンを覗いた。


「ロップイさん、あたしもメニーと同じので」


 ロップイがフライパンを鳴らした。



(*'ω'*)



 朝食後はすぐにクレアの寝室へ。クレアの身支度しないと。


(ついでに、トロさんがいなくなったことも伝えておこう。何か調べてもらえるかも)


 廊下をてくてく歩いていく。ぞっとすることを知らなかった兵士が通った。


「おや、ロザリーじゃないか! おはよう!」

「おはようございます」


 通り過ぎる。前から議員が歩いてきた。端に立ってお辞儀した。ぺこり。また廊下を歩いていく。クレアの寝室までもう少しだわ。足が動く。パンプスの音が廊下に響く。角を曲がると、大きな胸にぶつかった。


「いだっ」


 一歩下がってお辞儀する。


「失礼しました」


 見上げる。


「……なんだ。あんたか」


 眼鏡をかけたソフィアが、じっとあたしを見下ろしていた。


「おはよう」


 その横を通り過ぎようとすると、――手首を掴まれた。


(ん?)


「ロザリーちゃん、ちょっと時間もらっていいかな?」


 ソフィアがにこりと笑った。なぜかしら。その笑みを見た途端、あたしの背中に悪寒が走った。なんか、この女、何かを企んでやがる気がする!


「いや、無理」

「そう言わず」


 先に進もうとするが、動けない。ソフィアの手とあたしの手がぴーん! と伸びた。


「クレアの支度しに行かないと」

「え? なんで?」

「あたしの仕事だからよ」

「お姫様は自分の準備も一人で出来ないの? これはいけない。18歳にもなって情けないことだ。教育が必要だね。というわけで、今日は行かなくていいよ」

「なんでそうなるのよ! 行くわよ!」

「クレア姫様より、私を優先してもらおうか。今日だけは」

「いや、だから、しごとっ……!」


 どうしてあたしは学習しないのかしら。見上げたら、案の定、ソフィアの黄金の瞳がきらりと光った。


(うぐっ!!)


「まあ、メイド殿、大丈夫ですか?」


 あたしの腰を掴んで支えたソフィアが微笑む。


「少しの間、私が使ってる部屋で休まれてはいかがです?」

「……なに、するのよ……!」


 きらり。


「ふえっ……」


 力が入らない。くたりと倒れたら、ソフィアが自分に催眠をかけた。テリーはとっても軽い。そう思えば、あたしを簡単に持ち上げることができた。その姿は、まるでものを盗む時の黄金の怪盗、パストリル。


「大丈夫。ちょっと休むだけだから」


 ソフィアに抱きあげられたまま、ソフィアの使ってる客室に入れられ、乱暴にベッドに投げられた。


「いだっ!」


 眼鏡を外したソフィアがベッドに乗った。


「ちょっと、なに……」


 ソフィアがあたしの上に覆い被さった。


「ソフィ……」


 ソフィアがあたしのエプロンを破いた。


「ぎゃああああああ!!!」


 ソフィアが制服のボタンを乱暴に弾き飛ばした。


「お前! 何するのよ!!」


 ソフィアの手がはだけたところから入ってくる。


「あっ、ちょっ!」


 抵抗しようと慌てて手を動かすと、ソフィアの目が光った。


(ふっ! 今度は回避よ!)


 あたしは目を瞑った。完全攻略。


(ざまあみろ!)


 瞼の上に何か覆われた。


(はい?)


 両手を上に固定され、何かで縛られた。


(……)


 目は開けられない。手も動かせられない。


「……」


 あたしは息を吸って、悲鳴をあげた。


「誰かーーーー!!」

「残念。近くには誰も寄らないよ。すでに催眠をかけてる」

「お前! この変質者! 誘拐者! あたしに目隠しをして! 両手を縛って、一体何のつもりよ!!」

「何のつもり」


 うーん。


「尋問?」

「なんでハテナがついてるのよ! あたしが聞きたいくらいよ! 何よ! 何の尋問よ!!」

「うーん。どこから聞こうかなー?」


 ソフィアの気配が近づく。ふっ、と吐息を耳に当てられた。


「ひゃっ……」

「お仕置きしつつ、じっくり聞いていこうか。テリー」


 ソフィアの指があたしの肌を滑った。


「あっ!」


 目隠しをされてる分、感覚が敏感になる。


「やめっ……」

「くすす。可愛い声」


 指が滑る。


「いいね。もっと聴かせて?」

「んんっ……」


 また耳に吐息が当たる。あたしの体がぴくりと揺れる。ソフィアの指がするするとあたしの肌に触れてくる。キャミソールの中に手を入れ、お腹、脇腹、上に上って、ブラジャーの形を指でなぞり、指が後ろにいって、あたしのブラジャーのホックを外した。


「ぎゃあっ! おまっ!」

「今日は黒? 誘われてるみたい」

「どどどどどど、どこ触ってるのよ!」

「どこって、……ここ?」


 ソフィアの爪が当たる。


「っ!!」


 肌のラインを細かくなぞられる。


「……っ!」

「くすす。……ここがいいんだ?」

「んっ」


 びくりと、肩が揺れる。


「やめ……」

「そんな顔で言われても、説得力がないよ」


 ソフィアは楽しそうに声を弾ませる。


「な、何、そんなに怒ってるのよ……!」

「自覚ないの? だとしたら、君、相当ひどい女の子だね。人の心を弄んで楽しい?」

「それは、あんたでっ……」


 つー。


「あぅ!」

「テリーが言ったんだよ? 私に、君のものになれって。だから私は心を捧げた。でも、いざとなれば君は受け取ってくれない。私の恋心だけを盗んでいった」

「ソフィ……!」

「ねーえ、テリー、これはちょっと、ひどいんじゃない?」

「だからっ! あたしが何したってのよ!」

「可愛さ余って憎さ百倍って言うでしょう? 愛と憎しみは紙一重。一度、自分がしたことを自分の胸に手を当てて聞いてごらん?」

「手を当てられないから聞いてるんでしょうがーーーー!!!」


 こうなったら、まな板に置かれた魚のようにバタバタもがいてやる。ふんぬ! ふんぬ! ふんぬ! びちびちっ!


「テリー、静かに」


 ソフィアに体重を乗せられた。押さえられてしまう。


「重たい! 乗らないで! お前の胸の重さによってあたしが潰れて死んじゃう! 窒息死よ! どうしてくれるのよ!」

「この程度で人間は死なないよ」


 額にキスをされる。


「んっ」

「ここはどう?」


 指が肌を伝うたびにぞわぞわして、鳥肌が立つ。ソフィアの指があたしのワキで止まった。


「えい」


 指で軽くなぞれば、くすぐったくなって、あたしは笑ってしまう。


「あはははははは!! やめ! ぎゃははははは!! だははははは!!!」

「ふむふむ」

「ソフィア、てめっ!」


 くるくる。


「ぎゃはははははは!!!」

「いい場所を見つけた」


 ソフィアの声がにやける。


「ほら、テリー、何をしたか言わないとぐりぐりするよ?」

「だから見に覚えがないって……」


 くるくる。


「あははははは!!」

「昨日、何してたの?」

「だから! 何のこと!」


 くるくる。


「あははははは! やめてー!! あはははは!!」

「昨日、君はとんでもないことをしてた。私は知ってるよ」

「ぎゃはははは! あたしが何したってのよ! くたばれ!」

「自覚がないなんて、より憎しみが湧いたよ」


 くるくる。


「あはははははは!!!」

「私を煽ってそんなに楽しい?」

「だははははは! 笑わせてるのは、あんたでしょうが! はは、あはははは!!」

「ああ、悲しいな。私、すっごく傷ついた」


 ソフィアの気配がワキに移った。


「テリー、今なら許してあげる。何をして、ごめんなさいなの?」

「知るか!!!!」

「はあ」


 あたしのワキに、何かがついた。


「っ!?」


 舌。


「なっ……」


 舐められる。


「んぅっ……」


 舐められる。


「ちょ、ん、やめっ……」


 つー。


「あっ、それ、いや、だって……」


 れろれろ。


「ふぇっ、や、あ、んっ、あっ」


 れろれろ。


「そんな、とこ、舐め、るな!」


 れろー。


「ひゃうっ!!」

「あはははは!」


 ソフィアがあたしのワキに再び指を置いて、優しくくるくる回した。さっきよりもくすぐったく感じて、体がビクッと揺れる。


「ん、んんっ!」

「テリー、私は怒ってるんだよ。それはそれは珍しく」

「あんたっ、いつも、わけわかんないことで、怒って……!」


 くるくる。


「ふんんんんぅっ!」

「あんなことしておいて、こんなに反応しちゃうんだね。くすす。テリー、君は本当に煽り上手だね。プロの怪盗すら、君の行動には煽られてしまうよ」

「あたしが何したって、さっきから聞いてるでしょう!?」

「少しは自分で考えたら?」

「わけわかんないのよ!」

「あ、そう。そういう態度取る」


 指がくるくる。


「あっ、やだっ! もう、いや! ごめんなさい! なんかもう、ごめんなさい! あたしが悪かったわ!」

「何が?」

「なんか知らねえけど! あたしが悪かったんでしょう!? わかった! ごめんなさい!」

「悪いこと自覚してないのに謝るの? 言葉だけの謝罪なんていらないよ」

「あたしにどうしろってのよ!」


 くるくる。


「〜〜っ!! も、ほんとに、ごめん、あたし、が、わるかった、から、もう、やめて……!」


 ぺとり。


「ひゃっ!」


 つー。


「おまっ、だから! そんなとこ舐めるなって言って……!」


 れろー。


「やぁああっ! も、もう、もういい! あたしが悪かった! ごめんなさい!!」


 れろれろ。


「ごめんなさい、あっ、ごめっ、んんっ、ごめんなさ、ひゃっ、あっ、んっ、やっ、いやっ!! そこはっ! あっ!」


 ソフィアが舌を離した。荒い呼吸を繰り返すあたしと、笑顔であろうソフィアが相変わらずあたしに乗る。


「ねえ、いい加減に思い出した?」

「……ソフィア、ごめんなさい。あたし、本当に、お前に悪いことをしたのね。ええ。確かに、お前への態度は改めないといけないかもしれない。最近を振り返ったら、お前に頭突きして薬を渡したり、ちょっと乱暴だったかもしれない。改めるから、もう、……目隠し外して……」

「全然違う」

「うるせえ! これ以上思いつかないのよ!! 目隠し外さんかい!!」


 ソフィアがため息を吐いた。


「じゃあ、そのままで聞いて。私の質問に答えて」

「何よ。最初からそうすればいいのよ。何よ。何のことよ。この可憐で美しく良い子ちゃんなあたしが何したってのよ」

「昨晩、一緒にいた男は誰?」


 ……。


 あたしは眉をひそめた。


「昨日の夜、中庭で楽しそうに話してた君と男、あれ、誰?」

「……ラメールのこと……?」

「彼は、君の、何?」

「……仕事仲間……」

「仕事仲間と、異性と、夜に、二人きりで待ち合わせするんだ? 私とはしないくせに」

「……お前、何言ってるの?」

「昨日の夜、リトルルビィが飛び回ってるものだから、変な胸騒ぎがしたんだ。中毒者が現れるんじゃないかと思って、リトルルビィの後を追ってみたら、その先に待っていたのは君と男のデートシーン。ねえ、私の気持ちわかる? どれだけショックだったか、傷つけられたかわかってる?」

「……」

「貴族っていつもそう。私の体しか見てなくて、私から幸せを奪っていく。でも、テリーだけは違う。君は私を救ってくれた。あの時から私は君だけのもの。なのに、男とデート。使用人。貴族じゃない。使用人だ。なに? 君は使用人が好きなの?」

「……」

「使用人よりも、私のほうが地位は上なんだよ? お金も貯金して、今は余裕で暮らせる。ね、私のほうがいい」

「ソフィア」

「私のほうがいい」

「ソフィア」

「絶対、私のほうがいい」

「あの、昨日のは……」

「あの男のものになるなら、無理やりだろうがなんだろうが、もう迷わない。このまま君を犯す」

「ソフィア!!」


 あたしは必死に叫んだ。


「誤解よ!!!」

「ああ、やっぱり、事情があるんだよね? 言って。テリーの声が聴きたい。目隠しで見えないだろうけど安心してね。私、このまま君を見つめながら聴いてるから」

「重いわ!!」

「事情があるんでしょう? ほら、言って。大丈夫。私、ちゃんと聴いてるから」

「あれは調査よ! ばか! 下水道で亀みたいな中毒者に襲われたから、亀好きのラメールを調べてたの! 彼が中毒者だったら、なんらかの手がかりが掴める! ニクスを助け出せる! スノウ様に毒を盛った犯人も、特定出来るかもしれないでしょうが!!」


 ソフィアが黙った。急に空気が静かになり、今度はあたしがため息を吐いた。


「ほら、外して。目隠し」


 ソフィアがあたしの目隠しを外した。瞼が開く。急に視界に光が入って、顔をしかめた。そして、ぼんやりとする視界の中、焦点を合わせていくと、


 心配そうなソフィアの顔が、目の前にあった。


「……怪我はなかった?」

「……」


 目を奪われそうになって、奪われてたまるかと思って、あえて視線を逸らす。


「リトルルビィが治療してくれた。平気」

「舐められたんだ?」

「……治療よ」

「どこ?」


 ソフィアの指があたしの体に触れる。


「どこ?」

「ちょ」

「盗んでみせよう。その傷を」


 ソフィアの唇が近づく。


(ふへっ)


 あたしの額に、優しい唇が押し付けられた。


「テリー、私、何度も言ってるよね。危ないことはやめてって」


 君がひどい目に遭う前に。


「調査なら心配ないよ。みんなが本格的に調べてるからね」

「……でも……」


(罪滅ぼし活動が……)


「心配ないよ。必ず見つけ出すから」


 ソフィアがあたしを抱きしめる。


「下水道に中毒者らしきものが現れたから調査するように言われているのを聞いた。そうか。あれ、君が見つけたんだね」

「……ええ」

「ジャックの次は亀か」

「今朝、使用人の給食を作ってくれてるシェフもいなくなったわ」

「大丈夫。君だけは盗ませない。私が守るよ」


 ソフィアの胸とベッドに挟まれる。むぎゅ。苦しい。


「ソフィア、わかったら、そろそろ放し……」

「テリー、今夜、暇?」

「今夜?」

「私とデートしない?」

「ばか。そんな暇ない」

「ラメール君とはしたくせに?」

「だからあれは調査……」

「十分だけでいい。屋根の上で月を見ようよ。今夜は素敵なお月様が見られるんだって」

「……その間にも、犯人は動いてるのよ。次は誰が犠牲になるかわからない」

「調査は進めてる。君が動かなくても着実に。それで、君は今夜、何が出来るの? メニーと相部屋の部屋に戻って、ぐっすり眠る?」

「……」

「ねえ、メニーとは一緒に寝たりするの?」

「……まあ、たまに」

「へえ、そう」


 優しく顎を掴まれる。


「余計に放したくなくなった」

「なんでよ!」

「今夜デートするって言うまで、離さない」

「嫌よ!」

「デートして。しないと……」


 ソフィアの手が、あたしの太ももに触れた。


「このまま、君にいけないことしちゃうよ?」


 ソフィアの目が光る。あたしの目が眩む。世界がぐにゃりと歪む。ソフィアが囁く。


「デートして」


 催眠をかけてくる。


「私と一緒にいて」


 催眠をかけてくる。


「私を君のものにして」


 催眠をかけてくる。


「そして」


 囁く。


「私に、君の全てをちょうだい」



 ――激しい銃声が響いた。



 はっとして振り向くと、扉が壊れ、床に落ちた。兵士達が悲鳴をあげて応援を呼びに行った。部屋に、ゆらゆらと動く影が入ってくる。鋭く、青く輝く目が、ベッドに裸同然の姿で倒されたあたしと上に乗っかるソフィアを見て、銃を構えた。


「あたくしの身支度は、どうしたーーーーー!!」


 マシンガンを構えたネグリジェ姿のクレアが引き金を引いた。ベッドに狙いを定めて、銃弾が撃たれていく。いやいや、お前、何してくれてるのよ。あたしもいるのよ!?


(ぎゃあ!)


 ソフィアがシーツに包んだあたしを抱え、棚の上に逃げた。ベッドが穴だらけになる。クレアが棚の上を睨めば、ソフィアがため息を吐いた。


「なんていうことを。私の使っていたベッドが穴だらけではございませんか」

「おい、泥棒猫。お前の腕に持っているものはあたくしのものだ。おい。ロザリー、あたくしの身支度をせず、ここで何をしている」

「見てわからないの!? 手が拘束されてるでしょうが!」

「そんなもの! 気合いでぶち破れ!」

「理不尽の極み!!」

「そんな物騒なものを構えて、何の用です? この子に当たったらどうするんですか?」

「当たったところで、そいつはあたくしのものだ。構わん。あたくしの権力で治療すればいい」

「ほら、聞いた? テリー。彼女はああいう人なんだよ。酷い人だね」


 ソフィアがあたしに微笑んだ。


「私なら、あんなこと言わない。恋しい君をずっと大事にしてあげる」

「むぎゅ」


 抱き締められる。おっぱいで顔が埋まる。


「愛してるよ。恋しい君」


 クレアが棚を撃った。ソフィアが避けた。地面に着地する。クレアが撃った。ソフィアが避けた。部屋が穴だらけになる。風が吹いていないのに、クレアの髪の毛が異常に揺れ始める。魔力が足元から溢れているようだ。


「ソフィア・コートニー。キッドの部下だからと言って、あたくしのものに手を出せると思うなよ。そいつはあたくしのメイドだ。あたくしのものだ」

「この子があなたのお友達だから放せと? くすす。今すぐお引き取りを。私は彼女と恋人同士なもので。小指と小指が赤い糸で結ばれているんです」

「小指と小指に赤い糸? はっ! くだらん! 恋人なんて所詮は他人。お友達のほうが大事だ。そうだろう? ロザリー」

「え」

「友達だって赤の他人です。恋人は、生涯共に過ごすことになるかもしれない相手。私はテリーの墓に入り、テリーは私の墓に入る。死んでからも私達は共にいる。そして、墓に入るまでも、共に生きていくのです。だよね? テリー」

「いや、あの……」

「そうなるかもしれないというだけだろう? 友達は永遠。ロザリー。早くこっちに来い。あたくしの世話をしろ。面倒を見ろ」

「いや、そうしたいのは山々なんだけど……」

「テリーは今夜、私とデートしてくれるそうです。仕事であなたの世話を終えてから」

「いや、するなんて誰も言ってな……」

「仕事じゃない。ロザリーはあたくしのお友達だ。だからあたくしの側にいたくているんだ。今夜だって、あたくしの部屋に泊まって、一緒のベッドで寝たいに違いない。そうだろう? ロザリー」

「いや、そんなことはない」

「ほら、そんなことはないですって」

「貴様だってデートを断られているじゃないか。そもそも女同士でデートだなんておかしな話だ。ロザリー、早くこっちに来い。そんな縄。ぶち破れ」

「んな無茶な」

「わかった。仕方ないから今日は優しくしてやる。にっこり。これでいいか。満足か。ほらほら、ロザリーちゃん、こっちにおいで。ほらほら、早く早く、速やかに来いと、あたくしが言っているんだぞ」

「だから、手が拘束されて……」


 その時、部屋の前に滑り込んできた影。


「トラブル処理!」


 リトルルビィがポーズを決めた。


「参上!」


 ああ! また厄介な人物が現れたわ! だが、しかし、リトルルビィは話せばわかる子。事情を察する前に助け出してもらえば、丸くおさまる! かもしれない!


「リトルルビィ、色々あって大変なの! あたしを助け出してくれない!?」

「うわ、部屋が穴だらけ! ちょっと! 姫様! 何やってるの!?」

「トールは黙れ」

「リトルだもん!」

「リトルルビィ、君のことは嫌いじゃないから、今だけ邪魔しないで。私はテリーとの愛を確認し合ってるだけだよ」

「そんなことしてない」

「テリーとの愛って何よ! テリーは、私の運命の人……」

「リトルルビィ! 耳を塞いでさっさとあたしを助け出しなさい!」

「ほーーーーう!? 運命の人か! ふぉーーーう!? よかったな! ロザリーちゃん! たくさんの恋人がいて!!」

「なんで怒ってるのよ!」

「そうよ! 私はテリーの恋人なの! きゃっ!」

「リトルルビィ、あんたはいい子だから今だけ何も言わずにあたしを助け出しなさい!」

「寝言も休み休み言ってほしいね。リトルルビィ。テリーの恋心は私のもの。恋人も私のものだ。つまり、私こそがテリーにふさわしい相手。私がテリーのものだ」

「違う! 私がテリーの運命の人なんだから、私がテリーのものなの!」

「ええい! 黙れ! 愚民ども! あたくしは王女だぞ!? 皆のものはあたくしのもの! ロザリーのものもあたくしのもの! つまり! ロザリーはあたくしのものだ!」

「違うもん! 私のものだもん!」

「いいえ。テリーの心は私のものです」

「あたくしのものだ!」

「違うもん!」

「私のものです」

「よかろう!!! 決着が着かない場合の対応策をあたくしは知っている! なぜなら、あたくしはリオンとキッドの姉、クレア姫なるぞ!!」


 全員が構えて、目を光らせた。


(えっ)


 クレアがにやりと笑って、マシンガンを構えた。


「白旗を揚げよーーーー!!!」

「くすすす!」

「負けるもんかぁーー!!!」


 マシンガンが撃たれ、銃が撃たれ、リトルルビィの爪と牙が襲いかかる。クッションや枕から羽根がひらひら舞っていく。あたしは棚の影に隠れ、暴れる三人を眺める。


「……」


 ちらっと棚の上を見た。あ、工具箱があるわ。あ、カッターがあるわ。手を伸ばせば、あら、簡単に取れたわ。よいしょ。よいしょ。あ、縄が外れたわ。


(……来ないと思うけど)


 あたしは軽く手を慣らした。


「ドロシー、来てくれない?」


 誰にも聞こえない程度の声で言うと、背中から妙な寒気がした。棚の隙間から、うようよと影が伸びてきた。


(あら)


 手が掴まれた。


(あらま)


 引っ張られて、棚の後ろに消えた。代わりにテディベアが置かれた。それに二人は気づかない。一人は気づいて、きょとんとした。


「いっつもテリーに変なことばかりして! 今日という今日は許さないんだから!」

「テリーってワキが弱いみたいだよ?」

「え!? テリーは、ワキが弱いの!?」

「くすぐった時の顔が、それはそれはすごく可愛かった。ね? テリー」

「そうなの!? テリー」


 二人がようやく気付いた。あたしはすでにテディベアになってる。


「おや」

「あれ?」


 クレアが棚にマシンガンを向け、引き金を引いた。棚が穴だらけになった。あたしはいない。


「「……」」


 リトルルビィがきょとんとした。

 ソフィアが瞬きをした。

 クレアが眉をひそめて、穴だらけの部屋を眺めた。羽根が舞っている。


「……しらけた」


 クレアがマシンガンを捨てた。


「おい、誰かあたくしのGPSを持ってこい」


 廊下にいた兵士が、大慌てでクレアのGPSを取りに行った。


「どこへ消えたのかな? ロザリーちゃん」


 クレアがにやりとして、歩き出した。



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