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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
六章:高い塔のブルーローズ(前編)
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第15話 侵入者は猫と来る(3)


 バドルフに呼ばれ、クレアの執務室に行く。中に入ると、クレアが書類を全て片付け終わり、日が暮れ始めた頃だった。


「先生、二人きりにさせて」

「ああ。わかったよ」


 バドルフが執務室から出て行き、あたしだけが残される。窓から差し込む逆光のせいで、クレアの顔が見えにくいが、にやりと笑ったことだけはわかった。


「こんばんは。ロザリー」

「こんばんは。クレア」


 影が伸びていく。


「調子はどうだ?」

「元気よ」

「また生理痛に悩まされたら言え。博士に頼んで薬を打ってもらおう」

「……変な薬じゃないでしょうね」

「今日の体調で感じるはずだ。物知り博士の作る薬はいつだって正確。あとは解毒薬を作るだけ」


 夕日が落ちていく。


「今日も弟達は帰ってこなかった。あたくしも、お前も、それぞれの仕事をこなして、一日が終わってしまった」

「ええ」

「そこで、明日、お前に大仕事を頼もうと思ってな」

「……大仕事?」

「塔の中を掃除しろ。明日一日。早朝から塔に入って、あのほこりまみれの図書館を掃除するんだ。泊まりがけで」

「……二十四時間、ずっと掃除してろっての?」

「ずっとだなんて。ロザリーちゃん。あたくし、お前には優しくしてやると約束したじゃない。うふっ。ご飯の時間になれば博士とクラブの三人で食べても良いし、シャワーも好きに入って良い。ただ、寝る時は一階のソファーを使ってくれ」

「何のために?」

「15日になる前に、キッドとリオンが帰ってくるようだったら言ってくれ。薬を持って早く母上の部屋に来いと」


 クレアが立ち上がった。


「あたくしは、今夜から母上の部屋から出られない。予想した通り、峠なんだ」

「……」

「父上も非常に不安定な状態でな。娘として、二人の側にいなきゃいけない」

「……」

「お前はキッドもリオンも知ってる顔なんだろ。バドルフも仕事がある。ルビィ・ピープルとソフィア・コートニーも、キッドの部下として、エメラルド城へ向かう。わかるか。……動けるのがお前しかいないんだ」

「……」

「心配ならメニーを連れて行くと良い。メニーであれば、塔に入ることを許可しよう。あたくしはあの子が気に入った。なにより天使みたいに美しい。きらきらしていて、綺麗だ。あたくしのお人形にしたい」

「……まだそんなこと言ってるの?」

「お前が許可するまで言い続けよう。メニーをあたくしにくれないか?」

「だめよ」

「そうか。……ふむ。非常に残念だ」

「明日、早朝ね」

「朝食は塔で取れ。二人には伝えてある」

「わかった。……それと」

「ん?」

「猫もいいかしら」

「猫。ああ。ドロシーか。……あの子は可愛い猫だな。人懐っこくて。頭をなでたい。ロザリー、メニーは諦める。ドロシーをあたくしにくれないか?」

「だめよ」

「そうか。……お前はケチだな」

「ドロシーも連れて行っていいかしら」

「ああ。ドロシーなら許可しよう」

「ありがとう」

「ただ、塔の周りにある花には気をつけろ。睡眠を誘う綺麗な花がある」

「なにその花」

「だから、ドロシーを外に放す際は気を付けておけ。お前も花の匂いを吸わないように」

「覚えておくわ」

「あたくしはもう行く。今夜は久しぶりにエメラルド城で食事を取るんだ。全く懐かしい。こういう時でないと城に入れてもらえないなんて、ああ、なんと悲しいことだ。やれやれ」


 クレアが机から離れる。横切って、あたしの前に歩いてきて――立ち止まった。上からあたしを見下ろしてくる。


「ああ、そうだ。ロザリーちゃん」


 クレアがあたしの肩に手を置き、ぽんぽんと叩いた。


「愛しのキッドくんが帰ってきたら、二日は話せないと思え。あたくしからの説教が待ってるからな。それと、二人が帰ってこなくて、母上が……」


 クレアが目を逸らした。


「死んだら」


 また、あたしに目を向ける。


「お前が望むなら、会わせてやる」

「言ってるでしょ」


 あたしはクレアを見上げる。


「絶対来る。絶対間に合うわ」


 青い目が揺れる。


「クレアだって、信じてるでしょ」


 青い目が笑った。


「もちろん。まだ母上は死んだわけじゃないからな。もしもの話だよ」

「死体のスノウ様に会うのは、まだ当分先の話よ」

「ああ、そうだな」


 クレアが腕を組んだ。


「お前は塔で待て」

「あなたは城で待つ」

「ああ」

「あとは、キッドとリオン次第ってことね」

「そういうことだ」

「わかった。来たら、必ずすぐに向かわせるわ」

「よろしく頼む」


 クレアが屈み、あたしの耳元で囁いた。


「……女神様が、微笑みますように」




 ちゅ。




 ――頬にキスをされた。なんて柔らかい唇だろうか。不覚にも――一瞬、胸が鳴ってしまった。女相手に。これも彼女の魔力のせいだろうか。


 クレアがにこにこ笑ってあたしを通り過ぎ、黙って部屋から出て行く。あたしは頬に触れ――ごしごしと、手で拭った。


「早朝ね」


 メニーったら運が無いわね。働き始めて二日目で、大仕事だなんて。


「ニクスとコネッドに言っておかないと」


 あたしも執務室から出て行った。



(*'ω'*)



 寝る前に、ニクスに明日のことを話すと、こくりと頷いた。


「そっか。クレア姫様から言われたんだ。頑張ってね」

「朝早く出るから、ちょっとうるさくなるかもしれないけど……」

「あたしなら大丈夫。気にしないで」

「……昨日も、その塔に泊まったの」

「クレア姫様の隠れ家?」

「……ふふっ。そうね。その呼び方の方が近いかも。あそこ、本がたくさんあるの。ニクスが好きそう」

「へー。いいな。ここから出る前に一回でいいから行ってみたい」

「……色々片付いたら、クレアに訊いてみる」

「……スノウ様、大変なの?」

「……峠だって」

「……そっか」


 ニクスが窓を眺める。窓からは星空が見える。


「どうして帰ってこないんだろうね。もう少しで一ヶ月が経つのに」

「キッドがぐずぐずしてるのよ。国に帰ったら、どうやって英雄振ろうか、くだらない計画を練ってるんだわ」

「うふふ」

「あたしもメイド生活に終止符を打てそう」

「あたしの夏休みはまだ続くよ」

「……ニクスがいる間はいるわ。まだほとぼりも冷めてないだろうし」

「……テリーは、帰ってもいいんだよ?」

「ニクスがいるまではいる」

「頑固なところは昔からだね」

「あんたもでしょ」

「……そうだね。……」


 ニクスが引き出しを開けた。


「ね、テリー」

「ん?」

「あたしね、夏休みの間、日記をつけてるんだ」

「日記? すごいわね。ニクス。あたしは日記をつけたら二日で終わるわ」

「全部、貴重な体験だからさ」

「どんなこと書いてるの?」

「青い薔薇が綺麗とか」

「青い薔薇ね」

「ほら、見て」


 ニクスが引き出しから可愛い雪模様のノートを見せてきた。


「ニクス、今は夏よ」

「冬も好きなの。テリーに出会えた季節だから」

「……ん……」


 あたしも冬は嫌いじゃないわ。ニクスに出会えた季節だから。しかし、その返事は返せず、言葉を詰まらせて、あたしは足を組み、ふっと笑い、別の返事をした。


「あたしは冬なんて大嫌い。寒くて冷たくてかなわないわ」

「あたしと作った雪だるま、覚えてる?」

「さあ? どうだったかしら。もうずっと前のことだし。親子の雪だるまを作ったことなんて、あたし、覚えてないわ」

「あー、作ったね。……あたしが覚えてなかったや。テリー、すごいね」

「別に、すごくなんかなくってよ! あたし、何も覚えてないもの! きつねの雪だるまだって、うさぎの雪だるまだって、あたし、覚えてないんだから!」

「ねえ、テリー、寝る前に提案があるんだけど」

「あら、なーに? あたしと悪い計画でも立てる気!? 上等よ!」

「今夜、一緒に寝ない?」


 ――ニクスの言葉に、あたしは固まった。


「え?」

「なんか、思い出すなって思って。……ほら、あたしが呪われちゃって、目を覚ました時、テリーがココアを持ってきてくれて、色々話したでしょう? 中毒者のこととか、お父さんのこととか」

「……あったわね」

「懐かしくなったら、ちょっと人肌が恋しくなっちゃった」


 ニクスが日記を引き出しにしまい、ベッドに座った。


「ね、今夜だけ、一緒に寝ない?」

「……」

「うん。……何も言わずにベッドに来てくれてありがとう」

「……」

「先に寝て。電気消すから」


 あたしは先にベッドに寝そべった。ニクスが明かりを消せば、部屋が暗くなる。ベッドに戻ってくる。ニクスがごろんと寝転がった。狭いベッドにぎゅうぎゅうに詰め込んで、ニクスとあたしが向かい合う。ニクスの吐息を感じる。ニクスの体温を感じる。あたたかい。夏の夜は、窓を開ければ涼しいから、あたしはニクスにぴったりくっつく。


「テリー、暑くない?」

「……ニクスは?」

「平気」

「あたしも平気」

「よかった」


 ニクス、……胸大きくなったわね。なんか、ここからだと、膨らみがすごく見える。


「……ニクス」

「ん?」

「今、何カップ?」

「……テリーは?」

「ニクスから」

「Dの75」

「……。あ、そう」

「待って。テリーは?」

「あたしのはいいでしょ」

「テリーから聞いて来たくせに」

「あたし、もう眠いの」

「嘘だ。ねえ、いくつ?」

「……誰にも言わない?」

「うん。ないしょ」

「絶対よ?」

「うん。二人だけの秘密」

「約束して」

「はい。約束」

「……あのね」

「うん」

「……笑わない?」

「笑わないよ」

「……」

「……」

「……Bの、70……」

「あ、いいな。可愛い」

「ニクス、Bカップは、谷間がないのよ? 貧乳なのよ。もう最悪。ドレスを注文する時、どれだけ恥ずかしいかわかる?」

「胸があっても邪魔なだけだよ。肩も凝るし。Bくらいがちょうどいいよ」

「あたしは諦めない。もっと大きくなるの。Eくらいにはなるわ」

「胸ってまだ大きくなるのかな?」

「なるわ。牛乳飲んだら大きくなるのよ。サリアも星に願ってくれたわ。あたしはまだ諦めない。信じてる」

「あ、胸と言えば、テリー、知ってる?」

「ん?」

「胸って、揉むと大きくなるんだって」

「何それ。本当?」

「クラスの人が言ってた」

「……」


 あたしは胸を揉んでみる。ニクスに見せる。


「どう?」

「……え、わかんない」

「毎日やってたら、大きくなるかしら」

「胸に触ると、女性フェロモンが出て、成長するんだって」

「それ、自分で触っても効果ある?」

「……試しに、あたしが揉んでみようか?」

「やってくれるの?」

「うん。いいけど、テリーは大丈夫?」

「ニクスなら平気」


 これで胸が大きくなるなら、何も痛くない。


「じゃあ、ちょっと体制変えようよ」

「起きる?」

「そうだね。……明日、早いんでしょ? 大丈夫?」

「平気」


 二人で起き上がり、ニクスが奥に座った。足を広げて、前を叩く。


「テリー、ここ来て」

「……ん」


 頷いて、少し、緊張しながらニクスの前に座る。後ろからニクスに抱きしめられる。暗い部屋の中。あたたかい。


「……ニクス、シーツ被っていい?」

「……恥ずかしいよね。うん。いいよ」

「……ありがとう」


 シーツで胸元まで隠し、その中からニクスの手が伸びてくる。あたしの胸にニクスの手が触れた。あたしの肩がピクリと揺れる。


「触るよ? テリー」

「……うん」


 耳元で聞こえるニクスの吐息混じりな声が、とてもくすぐったい。あたしはシーツで前を隠すけど、中ではニクスの手がゆっくりと動き出す。


「……んっ」


 あたしの膨らむ胸に、ニクスの手が覆いかぶさって、優しく揉んでくる。


(……なんか、変な感じが、する……)


 ネグリジェ越しなのに。


(きっと、フェロモンが出てるんだわ。あたし、明日になったら巨乳になってるかもしれない)


 ニクスの指がゆっくりと動く。


(……あっ)


 ちょっと待って。


(あ、なんか……)


 ニクス、そこ、なんか、変。


「……ニクス」

「テリー、大丈夫?」

「……ん、んん……」


 こくこくと頷き、俯く。


「わ、笑わない?」

「うん。笑わないよ」

「……あの」

「うん」

「……ち、ちくびが」

「ん?」

「た、たっ、……たっ、ちゃった、みたい、で……」

「……フェロモンが出てるのかな?」

「……かしら?」

「お風呂とかで、寒かったりすると、たっちゃうでしょ。あれと同じじゃない?」

「はっ! なるほど!」

「……ってことは、乳首がたつと胸が大きくなるのかな?」

「ニクス、その可能性、すごく高い気がする!」

「どうする? やってみる?」

「……もう少し試してみたいかも……」

「いいよ。じゃあ、触るね?」

「……ん」


 シーツの中がもぞもぞ動き出す。あたしの胸がどきどきしていくのがわかる。乳首をたたせたらいいのかもしれない、ということからだと思うけれど、ニクスの手があたしの胸を揉み、指で乳首をいじる。


(あぅっ……)


 くすぐったい。


(変な感じ、する……)


 ぐりぐり、してくる。


(に、ニクスの、指が、擦ってくる……)


 フェロモンが出てるのかしら。胸がじんじんしてくる。


(あっ……)


 揉んでくる。


(ん、んん、んん……っ……)


 荒くなっていく呼吸のことをばれたくなくて、ゆっくり深呼吸する。ニクスの手が揉んでくる。指が乳首をいじってくる。びくっと、体が跳ねる。違う。フェロモンが出てるだけ。ニクスの指が触ってくるだけ。くすぐったい。何これ。生理だからか、いつも以上に触られる感触が敏感になっているのかもしれない。あっ。ニクスの指、また、ぐりぐりしてきた。あっ、まって。まって、まって。恥ずかしい。揉まれる。あっ、なんか、腰がぴくって、揺れちゃった。恥ずかしい。やだ。ニクス、見ないで。あ、手が、動く。ニクス、ニクス、ニクス――……っ――。


「……テリー?」


 ――ニクスの手が止まる。あたしはくたりと、脱力した。


「わっ! テリー!? 大丈夫!?」

「ら、らいひょうふ……」

「大丈夫じゃないよ! わあ、大変! もう寝よう! 女性フェロモンだっけ? ホルモンだっけ? なんか、出過ぎても危ないらしいから!」

「大丈夫。あたし、これで、なんか、胸が大きくなる気がするの。…… ニクス、……また今度、やって?」

「……テリーがいいなら、あたしは別にいいけど……」


 コツンと、額同士が重なる。


「無理はしないこと」

「んっ」

「わかった?」

「……うん」

「お疲れ様」


 むちゅ。


 ニクスに、瞼にキスをされた。


(……されちゃった……)


 ニクスに、キス。


(なんか、あたし達、親友よりも親友みたい……!)


 寝転んだニクスにぴったりくっつく。


「ニクス、ニクスは胸揉まなくていいの?」

「あたしはこれ以上大きくしたくないもん」

「……そう」

「ね、また元気な時にやろうよ。付き合うから」

「……うん」

「……眠れそう?」

「体、あったかくなったの。……だから、眠くなってきた」

「よかった。マッサージ効果もあったのかな?」

「……ん……」

「テリー、……おやすみ」


 ニクスが囁く。


「大好きだよ」

「……ニクス……」


 これだけは言いたい。


「あたしも、だいすき……」

「……ありがとう。テリー」


 ニクスと抱きしめあって、二人で狭いベッドで眠る。


 ニクスが優しく微笑んだ。

 ニクスが優しくあたしを撫でた。

 ニクスが廊下から聞こえる音に気付いた。


 ニクスが扉を睨んだ。




「来るなよ」



 呟く。



「テリーに何かしたら、絶対に許さない」



 雪のような鋭い目が光った。


































「キャロライン? どこに行くの? ……待って。……キャロラインったら悪い子ね。待ってよ」


 おいで。おいで。お姫様。こっちだよ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] このR15ギリギリの描写からのニクスのお惚けからの最後はジェットコースターのようで無茶苦茶面白かったです [一言] この作品大概殺伐としていますけどテリー以外の視点から見るともっとすごいん…
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