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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
六章:高い塔のブルーローズ(前編)
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第12話 殿下の愛人(1)


「キッド様の裏話?」


 あたしは笑顔で頷いた。


「そうなの。あたし、キッド殿下の魅力にやられちゃって」

「はは」


 コネッドが棒笑いした。


「キッド様より、リオン様の方がいいべさ。ほら、見て。リオン様の隠し撮り写真集。かっこいいのよ。これが」

「ねえ、コネッドはここで働いて長いでしょう? キッド様ってどんな人なの?」

「ロザリー、お前らしくねえよ。あ、さてはロザリー、略奪愛が好きだべ。絶対そうだべ。あーあ、わかっちゃった。ロザリーはテリー様がキッド様のものになったもんだから、興味津々なんだべ。もー。この子ったらいけない子だべさ」

「えへへー」

「そうだな。キッド様は本当に素敵なお人だべさ。誰にでも優しいし。ただ、そうだな。強いて言うなら、性欲が強そう」

「性欲?」

「だって、愛人がいるんだぞ。キッド様」

「え?」


 ――クレアが目をぎんぎんに光らせた。


「なんだ、その話は!?」


 鼻息が荒くなる。


「愛人!?」


 あたしはクレアの顔の前に手のひらを見せる。


「まあ、落ち着きなさいよ。お姫様」

「早く教えろ! 一体何なんだ!? 愛人って何のことだ! なんて面白そうなネタを!」

「教えてやってもいいけど、報酬は……」

「願いか!? なんだ! 言ってみろ! あたくしが叶えてやる!」

「……今、頼みたいことがないから」

「なら、あとからいくらでも叶えてやる! ほら、言え! そら、言え! 早く言え!」

「そうね。順を追って話してあげるわ」


 とある日、突然、その女はやってきた。


「彼女は、俺の部下だ」


 みんなにそう紹介して回ったキッド殿下。しかし、使用人達による証言から密かに噂されていることは――なんでも、キッド殿下は誰もいない廊下で、部下の彼女を壁に閉じ込めてキスをせがんだとか。


「君の瞳は俺だけのものだ」

「そんなっ、いけません。キッド様、誰かに見られてしまいます」

「見せてしまえばいい」

「あっ、キッド様……」


 なんでも、キッド殿下は誰もいない部屋で、部下の彼女の胸を揉んでいたとか。


「ほら、ここだろ? 可愛い顔してごらん?」

「あっ……! いけません……! キッド様!」

「俺の言うことを聞くんだ」

「あ、だめっ、そんな……あっ……!」


 なんでも、誰もいない空間では、キッド殿下と部下の彼女がべったりしているだとか。


「愛してるよ。ハニー」

「いけません、あなたには、正式な恋人が……」

「だとしても、今は、君を離したくないんだ!」

「あっ、だめえっ……!」


 服がパサッ。


「もう離さないよ。ハニー」

「キッド様、わ、私も……お慕いしております……」

「ハニー……」

「キッド様……」


 影が一つになる。


「ほーう?」


 クレアがにやにやしながら書類の裏に荒々しい字で書いていく。


「愛人とな? ほう。そうか。あいつに、愛人が……」

「なんでも相当な美人らしいわよ。金髪のいい女だとか」

「金髪の女……?」


 クレアがはっとした。


「あたくし、そいつを見たことあるぞ!」

「なんですって」

「あの出るとこ出た女か! くくくっ! こいつはいい情報をもらった!」


(クレアが目撃しているほど、大々的に一緒にいるのね)


「……」


(女好きが)


 あたしはクレアがサインした書類の位置を整理した。


「でかした。ロザリー。あの女がまさかキッドの愛人だったなんて。いや、そういえば、確かにあいつにべったりだった。胸も大きい。キッドの奴め、見事に魅了されたようだな。いやらしい奴」

「だったら、その愛人にプロポーズすればよかったのよ」

「その通り。あいつは八方美人。本当に最低な男だ。そんな奴からの求婚など、断って当然だ。おい、ロザリーちゃん、アイスティーのおかわりを」

「はい」


 新しいグラスに新たなアイスティーを注ぐ。


「どうぞ」

「お前はあたくしとお友達になれて、実に運が良い。キッドが帰ってきたら公開処刑してやる。くくく。目に浮かぶぞ。あいつが真っ青になって、お姉様、おやめください、この通りと、泣きつく姿!」


 くひひひひ!!


「そうすれば、キッドもあたくしの支配下だ!」


 クレアが大きく息を吸って、笑った。


「はぁーーーはっはっはっはっはっはっはっ!!」


(そうよ。お前はそうやって笑っていればいいわ)


 ただし、そのクレアを動かしている本当の支配者は、あたしよ。


(三姉弟まとめて支配してやるわ。そして、あたしは罪滅ぼし活動卒業。結婚破棄。あたしはニクスと自由になるのよ)


 くっくっくっくっ。


(おーーーほっほっほっほっほっ!!)


 ……あら、アイスティー用のグラスがもうないわ。念のため、新しいのを持ってきた方がよさそう。


「クレアちゃん、アイス用のグラスを持ってくるわ」

「ん」

「すぐ戻る」

「そうしてくれると助かるよ。ロザリーちゃん」


 にやにやするクレアを置いて、あたしはカートを押して部屋から出て行く。見張りの兵士があたしを見て、顔をしかめた。


「たまげたな。あんた、どうやってクレア姫様に気に入られたんだ?」

「お友達になったの」

「お友達?」

「そうよ。あたし、クレア姫様のお友達なの。彼女、とっても優しいのよ」

「こいつはたまげた」

「クレア姫様にお友達だとよ」

「嵐がやってくるな。こりゃ」

「失礼いたしますわ」


 あたしはカートを押してるんるんと鼻歌を歌った。


「おい、ラメール見ろよ。あの堅物真面目なロザリーが笑顔で鼻歌を歌ってやがる」

「最近は良いことがたくさんあるみたいだな。ミカエロ様も上機嫌だし」

「ああ、俺も良いことないかな……」

「はっ! ニクス!」

「何っ!?」

「ロザリー」


 振り向くと、箒を持ったニクスが駆け寄ってきた。


「アナトラは?」

「向こうの掃除してる。バケツ持ってきてだってさ。ね、途中までついていっていい?」

「……ん」

「よお、ニクスとロザリー!」


 手すりの向こうからぺスカとラメールが声をかけてきた。ニクスが歩きながら笑顔を向けた。


「こんにちは。二人とも」

「仕事は?」

「どうせ男は雑草取りだ」

「ニクス、今度、僕の亀を見に来ないか?」

「うふふ。面白そう。ロザリーと一緒に行くよ」

「あ、いや……ロザリーは……」


(何よ。あたしがついて行ったら悪いわけ?)


 あたしはカートを押す力を強めた。


「ニクス、あたしはクレア姫様の面倒で忙しいから」

「え? 行かないの?」

「それは残念だ。ニクス、休憩時間にでも……」

「じゃあ行かない」


 ニクスがあたしに微笑んだ。


「暇な時に一緒に見に行こう?」

「……行けばいいのに」

「ロザリーがいないんじゃ、つまらないもん」

「……」

「というわけだから、ごめんね。ラメール。また今度」

「あ、ああ、わかった」


 しゅんとするラメールをぺスカが笑って小突く。残念だったな。うるさい。ラメールがそう言って小突き返した。

 あたしはぼそりとニクスの横で呟く。


「……別に、行ったって、あたし何とも思わないわ」

「拗ねないの」

「拗ねてない」

「拗ねてるじゃん」


 ニクスがくすっと笑って、あたしの耳に顔を寄せた。


「ランチ、一緒に食べれそう?」

「……たぶん」

「時間合わせて一緒に行こう?」

「……うん」


 小さく頷くと、ニクスがあたしの耳から離れた。なんか、こういうの友達って感じする。一緒にご飯食べようって、誘ったり、誘われたりするの。


(……ここに来てから毎日やってることなのに)


 いちいち、ちょっと嬉しくなる気がする。


「ふふふっ!」


(ん?)


 廊下の奥から少女達の笑い声。ニクスもきょとんとして、あたしと顔を見合わせた。


「……セーラ様と、マーガレット様じゃない?」

「……」


 あたしとニクスがそろりと廊下の角を覗き込み――目をぎょっと丸くした。


「あっ」

「っ!」

「うふふ! どう!? わたしの壁画は!」


 ペンを持ったセーラが胸を張った。


「わたしの絵画も可愛いもん!」


 ペンを握ったマーガレットが鼻を鳴らした。壁には、二人の落書きでいっぱいになっている。


「こら! 何してるの!」


 あたしが怒鳴り声をあげると、二人が慌てて振り向き、あたしとその後ろにいたニクスを見た。


「うわ! なによ! あのメイド!」

「あ、ニクス! 見て見て! すごいでしょ!」

「逃げるわよ! マーガレット!」

「え? なんで?」

「怒られるわよ! 早く!」

「ま、待ってよ! セーラ!」


 セーラが走り出し、慌ててマーガレットも追いかける。壁を見てニクスが呆然とした。


「わあ、これは……」

「こら! 待ちなさい!」


 あたしも走り出すと、二人が階段の方へと走って行く。階段にはバケツを持ったコネッドがのぼっていた。


「あんら?」


 走ってきたセーラとマーガレットを見て、目を丸くする。


「邪魔よ! 退いて!」

「退いて!」

「わぎゃあ!」


 コネッドが手を滑らせた。


(げっ!)


 走っていたあたしにバケツの水が上から被さった。ずぶ濡れになる。コネッドが両頬を押さえて顔を青くした。


「あーー! ロザリー! 大丈夫かーー!?」

「コネッド、バケツ!」

「あ、どうも」


 バケツをコネッドに返し、逃げていく二人に狙いを定める。


(あのクソガキども! おかげでびしょ濡れじゃない!)


 怒った。もう絶対に許さない。早足で階段を駆け下り、二人を追いかけた。


「待ちなさい!」

「げっ! 追いかけてくる!」

「待って! セーラ!」


 セーラが近くの部屋に入った。マーガレットも入ろうとしたら、セーラに扉を閉められた。


「あっ!」


 マーガレットが扉を叩く。


「ちょっと! 入れてよ!」

「嫌よ! 他の部屋に行って!」

「そんな! ひどい! セーラ!」


 近づく影にマーガレットが気付く。はっとして、ゆっくりと振り向く先に、仁王立ちで睨むあたしがいる。怒りのオーラを放つあたしを見上げ、マーガレットの目が潤んだ。


「ぐすん! ぐすん! ごめんなさい! ぐすん!」

「わかればよろしい」


 あたしは濡れた手でマーガレットの頭を撫で、扉を叩く。


「ほら、裏切り者。出てきなさい」


 セーラは出てこない。


「今出てきたら許してあげるわ。出てこないと……」


 あたしは声を低くして言った。


「クレア姫様を呼んでくるわよ」

「何よ!」


 セーラが即座に出てきた。


「メイドのくせに生意気なのよ! 私を誰だと思ってるの!? 公爵家の娘の、セーラよ!?」

「セーラひどいじゃない! どうして部屋に入れてくれなかったの!?」

「うるさい! マーガレットは黙っててよ!」

「何よ! 元はと言えば、セーラのせいでしょ!」

「暇って言ってたのはマーガレットじゃない! 全部マーガレットのせいよ!」

「落書きしようって誘ったのはセーラでしょ!」

「私、そんなの知らない!」

「嘘つき!」

「誰が嘘つきよ!」

「セーラの嘘つき!」

「何よ! こいつっ!」

「何よ! このっ!」

「やめなさい! 二人とも!」


 二人を引き剥がすと向こうからニクスが歩いて来た。ニクスを見てマーガレットが涙目でニクスに駆け寄った。


「ニクス、ロザリーが怒るの! セーラがひどいの!」

「壁に落書きしたら駄目じゃないですか。メイドの仕事が増えてしまいます」

「だって、セーラがやろうって言ったのよ。わたし、悪くないもん!」

「わたしだって悪くないもん!」


 セーラがむすっとむくれたのを見て、ニクスが膝を立て、マーガレットの目線の位置に合わせる。


「マーガレット様、絵は、紙に描きましょうね。壁に描いてしまうと、みんなが困ってしまうんです」

「……ニクスがそう言うなら……」

「困らせた時は、なんて言うんでしたっけ?」

「……ごめんなさい」

「はい。良い子ですね」


 ニクスがマーガレットの頭を撫でると、マーガレットが笑顔になった。それを見て、さらにセーラの頬がふくらむ。


「セーラ様」


 あたしが呼ぶと、セーラがあたしを睨んだ。


「悪いことをしたら、なんて言うの」

「……わたし、悪くないもん」

「あのね」

「何よ。みんな、何でもかんでもわたしのせいにして楽しいの!? そうね! だったら全部わたしのせいよ!! ばーか!」

「まあ、どうしたの。何事ですか」


 向こうからロゼッタ様とその後ろに並ぶ専属メイド達が歩いてきて、セーラがにやりとした。そして、涙目でロゼッタ様に駆け寄る。


「お母様!」

「セーラ」

「あのメイドが怒鳴ってくるの! それに、びっちゃびちゃで汚らわしいわ!」


 ロゼッタ様があたしに顔を向けた。


「どうしたの」

「セーラ様とマーガレット様が、壁に落書きを」

「まっ……」


 ロゼッタ様がセーラに怒りの目を向けた。


「ゴーテル様のお城に、なんてことをするの!!」

「えっ」

「この……」


 ぽかんとするセーラの頬を、ロゼッタ様が叩いた。


「っ」

「このばか!!」


 ロゼッタ様が怒鳴る。


「ここは家じゃないのよ! 何度も言ってるでしょ!!」

「お、お母様……」

「あなた、もう7歳になるのよ!? いい加減にしなさい!」

「……」


 セーラが叩かれた頬を手で押さえ、俯いた。


「……ごめんなさい……」

「全く……」


 ロゼッタ様が顔を青くさせたマーガレットを見た。


「マーガレット、お前もよ」

「え」

「来なさい」

「でも……」

「あの」


 ニクスがマーガレットを後ろに隠した。


「二人とも、ちゃんと謝りました。叩くのはどうかと」

「お嬢さん、人のしつけに口出ししないで」

「二人とも謝りました」

「あなたも母親になればわかるわ。こうしておかないと、また繰り返すのよ」

「でも、叩くのはどうかと……」

「口出ししないでちょうだい!」

「……ニクス」


 マーガレットが首を振った。


「大丈夫。わたし、行くから……」


 マーガレットが体を震わせながらニクスから離れ、ロゼッタ様の前に立った。


「……お母様、ごめんなさい」


 ロゼッタ様が手を上げた。マーガレットが目を瞑った。その光景を、あたしはただ見ることしか出来ない。人の家に干渉してはいけない。貴族も、平民も、そこは変わらない。しかし、ロゼッタ様が手を下ろす前に、肩を誰かに叩かれた。こんな時に誰よと思って、ロゼッタ様が振り返ると――金の瞳が光った。


「野蛮ですね」


 金髪がなびく。


「二人はもう謝ったのだから、頭を撫でてあげたらいかがですか?」


 くすす。


「あなたも、そうしたいはずです」


 ニクスがきょとんとした。

 あたしは顔を青ざめた。

 ロゼッタ様がぽかんとして、手を下ろし、両手でセーラとマーガレットの頭を撫でた。


「……もうしてはいけませんよ」

「はい」

「ごめんなさい」

「よろしい」


 ロゼッタ様が振り返る。その先に、美しい女が立っている。


「あなたは、確か、キッドの部下の方でしたわね」

「ご無沙汰しております」

「キッドが帰ってきたの?」

「いいえ。仕事がありまして」

「そう。結構」


 ロゼッタ様がそのまま通り過ぎ、専属メイド達もそれについて行く。セーラとマーガレットが不思議そうに顔を見合わせ、マーガレットがはっとして、セーラの頬に手を伸ばした。


「セーラ、赤くなってる。大丈夫?」

「触らないで」


 セーラが一歩離れ、大股でロゼッタ様の行った方向に足を向けた。


「みんな、大嫌い」


 捨て去るように言って、小走りで走っていった。マーガレットが眉を下げて、ニクスに振り返り、やっぱりセーラを追いかけた。


「待ってよ。セーラ」


 ここには三人が残された。ニクスが心配そうにマーガレットの行った道を見つめ、金の瞳は視線を定め、あたしは思いきり目を逸らした。


「……あら、いけない。あたし、仕事が残ってたわ」


 一歩下がる。


「ニクスちゃん、戻りましょう」


 一歩下がる。


「壁の落書きを消さないと」


 一歩下がれば、一歩追いかけてくる。


「コネッドちゃんは大丈夫かしら。あたし、すごく心配なの」

「ロザリー」

「ニクス、気にしないで」

「でも……」


 ニクスが眉を下げた。


「もう、逃げ道ないみたいだよ?」


 あたしの背中に壁がくっついた。


(げっ!)


 左を見る。手がどん! と壁に置かれた。


(げっ!)


 右を見る。手がどん! と壁に置かれた。


(へけっ!)


 見上げる。


 笑顔のソフィアがあたしを見下ろしている。


「ニコラの次はロザリーちゃん?」


 あたしに顔を近づける。


「ここで何やってるの?」

「ニクス助けて!」

「ソフィアさん、お久しぶりです」

「こんにちは。ニクス。また会えて嬉しい。……それと……」


 ソフィアがあたしに微笑んだ。


「テリーも」

「その名前をここで呼ばないで」

「事情を聞きたいな」

「ねえ、この状況でよく言えるわね。あたし、びしょ濡れなのよ。わからない?」

「なら、お風呂に入ればいい」

「そういうことよ。わかったら退いて」


 ソフィアがあたしの手首を掴み、ぐいと引っ張った。


「ふへっ」

「そういうわけらしい」


 ソフィアがニクスの顔を覗き、首を傾げた。


「申し訳ないけど、テリーの予備用の制服を用意してもらってもいいかな? 場所は使用人用の大浴場でいいよね?」

「は、はい」

「じゃ、よろしくね」


 ソフィアがにっこり笑って、あたしを引っ張った。


「ちょ、ニクス助けて!」


 腕を伸ばすが、ニクスが反応する前に、ソフィアに引きずられていく。


「ちょ、ちょ、何するのよ! 離しなさいよ!」


 廊下を掃除していたメイドが振り向いて、あたしを見て、ソフィアを見た途端、慌てて壁に貼り付いた。


「きゃっ! 失礼!」

「こちらこそ」


 ソフィアがあたしを引っ張ってその前を通る。メイドや使用人が廊下を進んでいくソフィアを見た途端、ぎょっとして、壁に背中をくっつける。


「ソフィア様!」

「ひえっ!」

「まあ!」

「美しい!」

「なんでキッド様の愛人がここに!?」

「しっ!」


(……なに?)


 今、とんでもないことが聞こえた気がする!


「ひゃっ!」


 脱衣所に投げ入れられる。膝が地面につく。


「いだっ!」


 イラッとして振り返る。


「ちょっと! 何するのよ!」


 ソフィアが扉に鍵をかけた。


「ひぇっ!」

「これで邪魔は入らない」


 ソフィアがにんまりとして、あたしに振り返った。


「久しぶりだね。テリー」

「な、な、何よ! 早く鍵開けなさいよ!」

「だめだよ。誰かが入ってきちゃう」

「ニクスが制服を置けないでしょ!」

「大丈夫。話が終わったら鍵を開けるから」


 ソフィアが一歩前に出た。あたしは慌てて立ち上がろうとすると、腰を抜かしていることに気付いた。ほら、あたし、か弱いレディじゃない。驚いたら力が抜けちゃうのよ。


(こ、こんな時にぃーーーー!!)


 逃げようとすれば、上からソフィアに馬乗りにされる。


「てめっ! あたしに乗るなんざ、百万年はやっ……!」


 上からソフィアに抱きしめられた。


(ふへっ)


 うつ伏せで倒れると、ソフィアもあたしに乗っかったまま倒れた。後ろから、ソフィアの胸が押し付けられるのを感じる。


「……」

「テリー」


 ソフィアがあたしのうなじに鼻を寄せてきて、驚いて、思わず肩が揺れた。


「んっ」

「テリーだ」


 ソフィアの髪の毛があたしにくっつく。


「テリーの匂いがする」


 ソフィアが瞼を閉じた。


「テリー。……恋しい君……」

「……っ」

「やわらかい……」


 濡れた肌に唇がくっつく。


「あ、やっ……」

「大丈夫。怖くないよ」


 首にキスをされる。


「あっ……!」

「可愛い声」


 舐められる。


「ぎゃあ!」


 ソフィアの顔を掴み、前に押した。


「いい加減にしなさいよ! ごらぁ!」

「くすす! ねえ、どうせだから一緒に入る?」

「結構よ! おどき!」

「へえ? そういう態度取るの?」


 ソフィアの黄金の目が光った。


(あぐっ!)


 あたしの手の力がなくなり、ソフィアがそっと握った。


「大丈夫だよ。優しく脱がせてあげるから」

「こ、この……!」


 またきらりと光れば、頭ががんがんしてくる。


「んんっ……」

「大丈夫。脱がすだけだから」


 ソフィアがあたしからエプロンを外した。


「ボタンも外そうね」

「っ」


 ソフィアの指があたしの制服のボタンを外していく。上から、ひとつ。


「そ、ソフィア……」


 ふたつ。


「や、やめ……」


 みっつ。


「こ、この、めまいが治まったら、覚えて……」


 よっつ。胸元にキスをされる。


「ひゃっ!」


 いつつ。むっつ。ななつ。ここのつ。


(ぐ、ぐう……!)


 ソフィアの指がタイツをつまんだ。


「これ、破ってもいい?」

「だめに決まってるでしょ! ばか!」

「ちぇっ。残念」


 タイツが丁寧に脱がされる。残されたのは、キャミソールとブラジャーとぱんつだけ。深く呼吸をすると、ソフィアの目があたしを観察して、じっとりと唇をなめた。


「くすす。無防備だね。テリー」

「誰のせいよ……」


 ソフィアがアンクレットに触れた。


「っ、それはだめ」


 ソフィアの手が止まった。目が一瞬だけ鋭くなる。


「……ニクスからもらったものだから、……触らないで」

「……そう」


 ソフィアがにこりと微笑んだ。


「じゃあ、キスならいいよね?」

「は?」


 目が光る。あたしは慌てて目を瞑ったが手遅れだ。めまいが蘇る。しんどくなってくたりと脱力すると、ソフィアがあたしのふくろはぎを掴んで、ひょいと持ち上げた。


「キッド殿下から自慢されたことがある。テリーは足が弱いって」


 足首にキスをされる。


「ちょっ、なにして……!」


 足が舐められる。


「ひゃあ!!」


 びくっと体が跳ねたのを見て、ソフィアがいやらしい笑みで笑い出した。


「くすすすす! 気持ちよくなっちゃったのかな? テリー?」

「ソフィア、いい加減にして!」

「やだ」

「ソフィ……」


 ソフィアの額が、あたしの額をくっついた。


「これくらい許されるはずだ」


 ソフィアの髪の毛があたしに垂れた。ソフィアの手がゆっくりと動き、細い指があたしの唇をなぞる。


「君は、まだ、誰のものでもない。それなら」


 ソフィアが瞳を閉じて、あたしの頬に唇を押し付けた。


「んっ」

「好きだよ。恋しい君。このぬくもりが名残惜しい」


 ソフィアがあたしの胸に顔を埋もらせ、強く抱きしめた。


「やっと会えた」

「……」

「もう、いけない子。こんな近くにいたら、気づかないでしょ」


 ソフィアがあたしの耳に、あえて音を鳴らすキスをしてきた。


「ちゅっ」

「ひゃっ、ちょっ!」

「君に会えて嬉しい。テリー。君がいなくて、会えなくなって、すごく寂しくて切なくて、とてつもなく恋しかった」

「わかった。もう、とにかくわかったから、お願い。あたしをお風呂に入らせて。着替えさせて」

「……お風呂に入らせてほしいの?」

「ええ。さっきからそう言ってるでしょ」

「もう、……しょうがないな……」


 ソフィアが一気に自分の服を脱いだ。あたしの目玉が飛び出る。


「ふぁっ!?」

「いいよ。そこまで言うなら、お風呂に入れてあげる。私が」

「違う! あたしは個人的にお風呂に入るからお前はそこを退ければいいのよ! そういう意味よ!」

「ほら、恥ずかしがらないで。女同士じゃない」

「お前が相手じゃ! 意味が違ってきてーーー!」


 あーーー! いやーーー! おやめになってーーー!! あーーーれーーー!


 頭を洗われる。


「ふいいい!」


 体を洗われる。


「ん、んんん!」


 温かいお湯に入れられる。


「はあぁ……」


 あたしはお湯の中で脱力し、ソフィアが輝く汗を拭った。


「あんた、なかなかいい手付きしてるじゃない……」

「貧乏時代に仕事を転々としていたからね。肩揉む?」

「お願い」


 肩を揉まれる。


(ああああ……そこそこそこぉ……)


「あんた、わかってるじゃない……」

「ね、テリー。そろそろお話してくれる?」

「ここに来た話? キッドに言わないなら」

「言うと思う?」

「あんたはキッドの部下でしょ。スパイの可能性があるのよ」

「あると思う?」

「……だから、ほら、求婚されたでしょ? で、すぐに迎えに来たじゃない。その日に偶然……」


 あたしは一緒にお風呂に入るソフィアにスラスラと話し始めた。



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