第10話 お姫様のお遊び
クレアの寝起きは最悪らしい。
彼女はまるで眠り姫。ぐっすり気持ちよく眠っている彼女を朝だよ、なんて言って起こしてごらん。彼女が持っている銃でたちまち撃ち殺されてしまう。
クレアを起こせるのは、秘書であるバドルフだけだった。だから、彼は今日もクレアを起こしに行った。
「おはよう。クレア、さあ、起きなさい。今日からロザリーがお前の身支度をしてくれるんだ。さあ、起きて少しでも楽をさせてあげなさい」
バドルフはシーツをめくった。どうせ今日も「眠たい」の連呼だろうと思いきや、シーツの中に残されたクマのぬいぐるみと、それ以外何もないベッドを見て、一瞬でバドルフが血相を変えた。
「いつ抜け出したんだ! クレアーーー!!」
ラッパが鳴り、サイレンが鳴り、兵士は朝早くから整列する。いいか。これは訓練ではない! ロゼッタ様に伝えろ! クレア姫様が見つかるまで、外出は控えるようにと! マールス宮殿の使用人という使用人が重装備をして、虫取り網を構え、捜し回る。
「クレア姫様ー!」
「出てきてくださいましー!」
(あのクソ女ァアアアアア!!!)
あたしはニクスの前に立ち、辺りをきょろきょろ見て回る。
「ニクス! 気をつけて! あのお姫様、遠くからニクスを的に銃を構えてるかもしれない!」
「それはないと思うけど」
「ニクスのことは、あたしが守る!」
あたしは虫取り網を構える。
「出てこいやぁ!!」
「あっ! チョウチョ!」
コネッドがチョウチョを捕まえた。
「見て見て。ニクス、チョウチョだべさ」
「可愛いね」
「二人とも、手分けして捜すわよ! あのお姫様を放っておくわけにはいかないわ! 一刻も早く見つけるのよ!」
「気合入ってるなぁ。ロザリーってば」
「当たり前よ! あのお姫様のせいで、あたし達は朝ご飯も食べれてないのよ!?」
「ディナーが楽しみだな」
「コネッド! 諦めてないで早く見つけましょう! ほら見て! ゴールド達も頑張ってる!」
ゴールドを中心に、ペスカとラメールが走り回っている。
「あっちにはいたか!」
「いません!」
「池にはいたか!」
「いません!」
「そっちだ!」
「「合点承知!!」」
メイド達がため息を吐く。
「全く、こんな日に勘弁してよ」
「私、今日お休みだったのに」
「だとしてもゆっくりなんか出来ないでしょ。クレア姫様が逃げ出すなんて、ロザリー人形が部屋に来るのと同じくらいおそろしいわ」
「それなのよねー」
コネッドがマールス宮殿の地図を見て、指を舐めた。
「したっけ、オラはこっちに行ってみる。ニクスはここら辺を。ロザリーはこっちら辺」
「わかったよ」
「任せて!」
「油断するなよ。相手はあのクレア姫様だからな」
あたしは指示をされた場所に行くため、廊下を早歩きで進んでいく。
(ぐぞがぁ……! あたしの朝食時間をよくも!!)
おかげでお腹がぺこぺこよ!! 見つけたら覚悟しておきなさい。この虫取り網をお前の頭から被せてやるからね!!
(にしても、どこに行ったわけ?)
廊下を歩気回っていると、外ではぞっとすることを知らなかった兵士が、先輩兵士と歩いていた。
「おや! 君はあの時のメイドさん! どうも! こんにちは!」
「やぁ。どうも」
「こんにちは」
兵士達に近づき、ため息を混じりに訊いてみる。
「いました?」
「いたら、こんなふうに捜してないさ」
「でしょうね」
「全く。イタズラ好きなお姫様ですね。先輩もそう思いませんか!」
「朝起こしに行ったらいなかったという事実にぞっとする。メイド殿、聞いていると思うが、結構厄介な案件だ。気を引き締めろ」
「はい」
「私達は外にいる。何かあったら大声で呼びなさい」
「わかりました」
味方は多くいる。不足はない。あたしは再び虫取り網を肩にかけて捜し始める。どこに行きやがった。あの女。
廊下を歩いていると、可哀想なアナトラがお腹をなでて座り込んでいた。
「はあ。お腹空いた……」
「アナトラ、そんな所に座ったら服が汚れるわよ」
「だって、お腹が空いちゃって動けないんだもん。今朝はストレッチとダンスをいっぱいしたの。だから、お腹が空いてたのに」
「トロさんにパン一枚だけでももらえないか訊いてみるわ」
「ああ、助かるわ。ロザリー。お願い」
あたしはそのまま廊下を進み、使用人用の休憩室に入る。キッチンの中が何やら騒がしい。
(うん?)
「ロップイ! 見てごらん! とっても素敵な出来栄えだよ!」
トロが巨大なケーキを作って、前から写真を撮り、後ろから写真を撮り、最後に決めポーズで自撮りをした。
「はあ! 素敵! ロップイもそう思うだろ!?」
ロップイは黙ったまま、石同士を叩いて音を鳴らしている。
「トロさん」
「おや! ロザリーじゃないか! うふふ! ちょうどよかった。見てよ。あのケーキ。すごいでしょ!」
「どうしたんですか?」
「さっき、クレア姫様に朝食を食べてもらったんだけど、ケーキも食べたいって言うから、作ってたんだ!」
「クレア姫様!? 来たんですか!?」
「うん! ケーキを待つ間、お風呂に入ってくるって言ってた!」
あの女、まさか!
「それにしても、今日はみんな、朝食も食べずにどうしたの? 外でお祭りでもあるの?」
「どうもありがとうございます! トロさん!」
「え?」
「ああ、廊下にアナトラが座って、お腹を空かせてます! 何か食べさせてあげてください!」
「おーけー! 任せてよ!」
その返事を聞くやいなや、あたしは踵を返して使用人用の大浴場に向かう。
(まさかとは思うけど!)
脱衣所に入り、その奥の大浴場に繋がる扉を乱暴に開けた。
「クレア!!」
「きゃーーーー!!」
誰かが体を隠した。
「えっち!!」
「え、あ、ごっ! ごめんなさい!」
あたしは慌てて扉を閉めた。
「……」
再び扉を開けてみる。クレアが鼻歌を歌いながら体を洗っていた。
「……」
「ふふんふーん。ふんふーん」
クレアが体を洗い終え、あたたかいお風呂に入る。気持ち良さそうに息を吐いた。ふはあ。
「おい」
風呂の前から鋭い目で見下ろす。
「何やってるのよ」
「やだ。覗き。えっち」
「誰がえっちよ!!」
あたしは虫取り網を、クレアの頭からかぶせた。
「いてっ」
「確保!!」
青空の下でメイドと使用人達が頭を下げて並ぶ道の真ん中を、肌がツヤツヤになったクレア姫が通る。
「迷惑かけて、ごめんなさーい」
反省のない声に全員がこめかみに青筋を立てて舌打ちをした。列の先では、バドルフが呆れた目で立っていた。
「ちゃんと謝りなさい! みんな、お前のために捜し回ってくれたのだぞ!」
「あたくしが、いつ、捜してくれなんて頼んだ? 寝言か?」
「クレア!」
「きゃはははは!」
クレアが執務室に入る。バドルフがあたしに振り向き、眉を下げた。
「いや、ロザリー、助かった。本当にありがとう」
「いいえ」
「もうこんな時間だ。ミカエロ、リリアヌ、みなに食事をさせてから業務を」
「「承知いたしました」」
「はあ、全く。困ったもんだ……」
執務室の扉が閉められ、全員が鬼の形相で頭を上げた。全く、これだからご貴族様はいいよな。朝からとんだ迷惑だ。だけど、何も言うな。相手はクレア姫様。呪われた姫様だ。ああ、早くキッド殿下が帰ってきてくれないかしら。顔は一緒。でも全く正反対。キッド様は人を喜ばせるわ。クレア姫様は人を困らせるわ。ああ、どうにかならないものだろうか。何も言うな。聞こえるぞ。クレア姫様には逆らえない。彼女は呪われている。何も言うな。姫様の悪口を言えば、姫様に取り憑いた霊が呪ってくるかもしれないぞ。
(何が呪われたお姫様よ。自分の立場を利用して、ただ威張り散らしてるだけでしょ)
イライラしながら朝食と昼食のバタートーストをもぐもぐ食べる。
「あの姫様には毎度困らせられるべさ」
「キッド様とリオン様が帰ってくるまで大人しくしててくれたらいいのに」
「本当よね」
「ああ、恋しいわ。リオン様」
「キッド様だって恋しいわ。早くお顔が見たい」
「どうしてあんなに違うのかしら」
「とんだひねくれ者だべさ」
「どうして大浴場なんかにいたんだろうね」
ニクスがあたしに首を傾げた。
「ロザリー、お姫様って、案外寂しがりやなのかもよ」
「ニクス、甘やかせたらだめ。あのお姫様、もう18なのよ」
「ふふっ。悪戯好きなお姫様だよね」
「悪戯好きで済まないわよ」
「この後、また会うんでしょ?」
「そうね。彼女が必要なら」
「また悪戯されちゃうかもね」
「悪戯してもつまらない反応って知ってる? 無反応でいることよ」
「出来るの?」
「あんなお姫様の悪戯に、いちいち反応するほどヤワじゃないわよ」
――数時間後。
「ぎゃああああああああ!!!!」
あたしはびっくり箱に驚いてすっ転んだ。仕事の話をしていて目を逸らしていたバドルフが慌てて振り向き、腰を抜かしたあたしに駆け寄った。
「大丈夫かい!? ロザリー!」
「きゃははは!!」
クレアの足元にはびよんと伸びるジャックのびっくり箱が落ちている。
「クレア!」
「ふふんふーん♪」
「すまないね。ロザリー。大丈夫かい?」
(……最初は驚いてあげるわ。これからが勝負よ)
あたしは引き攣る笑みを浮かべて頷いた。
――数時間後。
「ぴぎゃあああああああああ!!」
扉にロザリー人形が挟まっていると思いきや、クレアの手作り人形だった。バドルフが慌てて扉を開き、床に落ちた人形を拾い上げた。
「クレア!」
「くっくっくっくっ!」
「大丈夫かい? ロザリー!」
(お手並み拝見といったところね! ふはは! もう驚かないわよ! 残念でした!)
あたしは引き攣る笑みを浮かべて頷いた。
――数時間後。
「あたし、もう行きたくない!」
泣きながらニクスのエプロンにしがみつく。
「ぐすん! ぐすん!」
「まだ呼ばれて三回目じゃない?」
「大丈夫。一回目でくじけたメイドをオラは何人もみたべさ。ロザリー、おめえさんは頑張ってるよ。良い子だ。良い子だ」
コネッドが眉をひそめた。
「で? 今度は何の用で呼ばれたんだ?」
「お茶を出してくれって! どうせ驚かせて、あたしをお茶まみれにするのよ! もう嫌! ぐすん! ぐすん!」
「ロザリー、お茶まみれになったら、シャワーに入ればいいんだよ」
「ニクス、あたし行きたくない!」
「じゃあ、あたしが行こうか?」
「ニクスはあたしが守る!」
「じゃあ、行かないと」
「あたし、行きたくない!!」
「困ったな」
「よーし、ロザリー。オラがおめえさんに素敵な魔法をかけてあげる」
コネッドが木のぼっこを掴んで、くるくると振り回した。
「だいじょーぶーだいじょーぶー。何とかなるべさー」
「わあ。素敵な魔法。ほら、ロザリー。行っておいで。空も暗くなってきたし、戻ってきたら一緒に大浴場に行って、夜ご飯を食べる」
「……行かなきゃだめ……?」
「じゃあ、あたしが行こうか?」
「ぐすん! ぐすん!」
「ほら、仕事。仕事。切り替えて。涙を拭いて」
「ほらほら、ロザリーちゃーん。お鼻ちーん」
コネッドにハンカチを押し付けられ、鼻をかむ。
「オラ達、掃除して待ってるから」
「行っておいで」
「もうやだ! ぐすん! ぐすん! なんで、あたしばっかり! ぐすん! ぐすん!」
これもそれも、全部キッドのせいよ。
(あいつがあたしにプロポーズなんかしなきゃ、あたしはメイドになって、こんな目に遭わなくて済んだのに!)
泣きながら廊下を歩く。クレアの部屋の前に来る頃には、涙は乾いた。
(今度はどんなことしてくるのよ……)
ノックをする。
「お待たせいたしました。ロザリーです」
バドルフが扉を開けた。
「何度もすまないね。ロザリー」
「いいえ」
「さあ、入りなさい」
「失礼致します」
カートを押して部屋に入る。クレアはテーブルで優雅に手作り人形の解体手術を行っていた。メスで腹部を切り裂くと、綿が溢れ出す。それをちぎって、ごみ箱に捨てていく。何がしたいのか理解できない。
「……失礼致します」
カートの台の上でひんやり冷えたアイスティーを用意し、テーブルに置く。
「どうぞ」
「結構」
面倒くさくなったのか、クレアがそのまま人形と綿をごみ箱に流して、ストローを咥えた。氷がカランと音を鳴らした。
「おい、メイド」
「……はい」
「ロザリー人形はどうだ。見たか?」
「……見てません」
「なんだ。まだ来てないのか。つまらん」
クレアが頬杖付いた。
「おい、なんか面白いことやって」
「何も出来ません」
「なんだ。つまらん」
「お前にパフォーマンスをするために、来てもらってるのではないんだぞ。クレアや」
バドルフがクレアを睨みつけた。
「この子はまだ15歳。人生の先輩として、年下には優しくしてあげなさい」
「年下でもメイドはメイドだ。先生、メイドって何か知ってるか? 雑用係だ。金が欲しくて働いているんだ。だったら仕事をあげないと」
クレアがグラスを持ち、そのまま床に中身をぶちまけた。バドルフが息を呑んだ。
「ほら、仕事だ」
クレアがあたしに微笑んだ。
「お前が拭け」
「クレア! なんてことを!」
「雑巾をもってきてお前が拭け。命令だ」
命令。その言葉を姫君に言われたら、メイドであるあたし達は逆らえない。
(……この女……)
てめえがこの床に広がったアイスティーを舐めて拭けばいいじゃない。
(なんで、あたしが拭かなきゃいけないのよ)
拳をぐっと握り締めて、唸るように声を出す。
「……承知いたしました」
「すまないな。ロザリー」
「……いいえ」
部屋から出て行き、わざわざバケツと雑巾を持ってきて、クレアの目の前で拭いてみせる。そうすれば、クレアがにこにこ微笑んだ。
「うんうん。あたくし、従順なメイドは大好きだ」
バドルフがクレアを睨むが、クレアの視線はあたしを見下ろしている。
「ついでだ。覚えておけ。今まであたくしに強気に出た者は、みんなここをやめている。どうしてかわかるか?」
あたしは床を拭き続ける。
「いいかい? お嬢ちゃん。今後、あたくしに逆らわない方がいい」
クレアは天使のように微笑んでいる。
「みじめな思いをしたくないなら、大人しく、あたくしの言うことを聞いてなさい」
クレアが腕と足を組んだ。
「以上」
クレアが顔を逸らした。
「それを拭き終わったら消えろ」
「クレア、言葉を選びなさい」
「そのメイド、目が鋭くて嫌なんだ。小さくてお人形みたいなのに、態度も見た目も何も可愛くない。こいつの側にいるあの黒髪のメイドの方が、器用そうで優しそうで、ずっと従順に言うことを聞いてくれそうだ」
「お前がこの子を側に置きたいと言ったんだぞ」
「しょうがないだろ。だって、このお嬢ちゃんがロザリーって言うんだから」
あーあ。
「なんでお前なのかな。反抗的は女は、あたくし、大嫌い」
「……床が拭き終わりました」
あたしは立ち上がる。
「これで失礼致します」
「先生、あたくしはお腹が空いた」
「クレア、ロザリーにお礼を言いなさい」
「何のお礼?」
「床を拭いてくれただろう」
「それが仕事だ。お礼を言う必要はない。特にこいつには」
「クレア」
「早く消えろ」
「……失礼致します」
あたしはお辞儀をして、バケツを片手に、カートを押して、クレアの部屋から出て行った。
「ロザリー」
バドルフが部屋の前まで来て、あたしの顔を覗いた。
「本当にすまないね」
「いいえ」
「朝のことを怒っているんだろうさ。全く、大人げない奴だ。君は何も気にしなくていい」
「はい」
「明日も頼むよ」
肩を優しく撫でられる。
「気にしなくていいからな」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「それでは、また明日」
微笑んだバドルフの手が離れ、クレアの部屋へと入っていく。扉が閉められ、見張りの兵士達にお辞儀をして、あたしは廊下を歩いていく。ここら辺には人がいないわね。クレアの部屋から遠くなればなるほど、人が歩いている気がする。みんなクレアに会わないために、この廊下を使用していないのだろう。
(当然よね)
あんなろくでなしな姫。
「クソ女」
壁を蹴った。
「ガキが、なめやがって」
バケツを持つ手に力が入る。
「なんでもかんでもあんたの思い通りにいくと思ったら大間違いよ。お姫様」
格の違いを見せつけてやるわ。
「あたしを誰だと思ってるの」
テリー・ベックスはね、こんなところで終わらないのよ。
(見てなさい)
頭の中でクレアの首を絞めながら、あたしは廊下を歩いて行った。
(*'ω'*)
『テリー姫様の捜索が取り下げられましたが、これは一体どういうことでしょうか』
『政府は詳しいことを教えてくれません』
『どこかで、テリー姫様が事件に巻き込まれたのかもしれませんね』
「どうでもいいわよ。キッド様を私達から奪った女の捜索が終わったなら、それでいいじゃない」
メイドのリンダがチャンネルを変えた。ドラマが放送されている。
「きゃっ! この俳優誰!? イケメン!」
「新人かしら!」
「見たことないわ!」
「イケメン! 目の保養!」
あたしはテレビを見ず、ぼそぼそと夜ご飯を食べる。しかし、サラダを半分食べて、隣にいたアナトラに皿を差し出す。
「アナトラ、いる?」
「いいの? ロザリー」
「食欲無くて」
「……大丈夫?」
「ええ」
「……サラダ、貰うわね」
「ありがとう」
あたしは立ち上がる。
「ご馳走様でした」
「ん」
ステーキを食べてたコネッドがあたしを見上げた。
「ロザリー、部屋に戻るのか?」
「そのつもり」
「トロさんがアイスを作ってくれてるんだ。……部屋に持って行って食べれば?」
「……そうね。そうしようかな」
「今日は色々大変だったべ。ゆっくり休んで」
「ありがとう」
ニクスの肩に手を置く。
「先に戻るわね」
「うん」
トレイをカウンターに運んでいく。中を覗けば、水を張った桶に足を入れて団扇で扇いでいるトロがいた。
「はあ。夏の夜は気持ちいいね! ロップイ!」
ロップイは黙ったまま隣で包丁を削っていた。たぬきの肉もいい具合に切れそうだ。
「トロさん、ご馳走様でした」
「おや、ロザリーじゃないか! うふふ! 冷やしスープはどうだった?」
「美味しかったです」
「それは良かった!」
「お部屋でアイスを食べたいんですけどいいですか?」
「もちろんさ! 何味がいい!?」
「何味があるんですか?」
「バニラ、チョコ、ぶどうだよ! あ、そうだ。いいこと思いついた! 苦手な味は無い?」
「大丈夫です」
「それ来た! 待ってて!」
トロがひんやり冷えたアイスをトリプルで大きめのカップに入れて、プラスチックのスプーンをさしこみ、あたしに渡した。
「さあ、どうぞ!」
「いいんですか?」
「もちろんさ! 召し上がれ!」
「……ありがとうございます。ご馳走様です」
アイスを持ってとぼとぼ部屋に戻る。開けられた窓から風が入り、部屋を涼しくさせる。あたしはベッドに座って、アイスを頬張る。
(……甘い……)
口の中にひんやりしたアイスが広がる。
(……疲れた……)
扉が開かれた。
「ん」
「ロザリー」
アイスを持ったニクスが顔を覗かせた。
「一人になりたい?」
「……別に」
「一緒に食べていい?」
「……好きにすれば?」
「……じゃあ、好きにするね」
ニクスが扉を閉めて、あたしの隣に歩いてくる。ベッドに座れば、肩がぶつかった。手にはお揃いのトリプルアイス。
「アイスがトリプルなんて、贅沢だね」
「お腹壊さないかしら」
「大丈夫。その時はトイレに籠もればいいから」
ニクスが隣でアイスを食べる。あたしも食べる。ニクスが話しかけてきた。
「どうだった?」
「何が」
「クレア姫様」
「あたしが嫌いだって」
「へえ。じゃあ、クビ?」
「ロザリー人形が来るまでは関わってやる、だって」
「ふーん」
「朝のことを気にしてたらしいわ。あたしがお姫様を見つけちゃったもんだから」
「酷いことされたの?」
「目の前で用意したアイスティーをぶちまけられて、拭けって言われたわ。命令だぞ。従えって」
「傲慢なお姫様だね」
「流石キッドの双子だわ。キッドが見せかけの天使だとしたら、クレアは心の根っこからの悪魔よ」
「これからどうするの?」
「考えてる。でも、疲れて、脳が動かない」
「今日は、もう考えるのをやめたら?」
「……そうね。せっかくのアイスの味がしなくなっちゃうわ」
ニクスの肩に頭を乗せる。
「ニクス」
「ん」
「お姫様が言ってたわ。ニクスの方が美人で、従順そうって」
「ふーん」
「あと、この間、兵士と騎士達が訓練中にニクスに見惚れてた」
「それ本当?」
「ぺスカとラメールもニクスを見てるわ」
「……あの二人、いつも遊んでない? 気のせいだよ」
「ニクスは可愛いし、器用だからモテモテ」
「そんなことないよ」
「あたしが周りからなんて呼ばれてるか知ってる? マドンナのニクスのおまけ。堅物真面目な新人のロザリーよ」
「ふふふっ」
「疲れたわ」
頭を上げてアイスを食べ、またニクスの肩に頭を乗せる。
「あのね、クレア姫の側にいるお爺ちゃん、いるじゃない」
「……ああ、あのビリーさんに似てる人?」
「ビリーのお兄さんなんだって」
「あ、そうなんだ。道理で」
「それでね」
「うん」
「あたしのパパの上司だったんだって」
「……テリーのお父さんの?」
「そう」
「言ったの?」
「だから、テリー様の捜索が取り下げられたのよ」
「それは初耳だったな」
「その人がクレア姫様からあたしを守ってくれてるの。だから、まだ平気」
「そっか」
「でもむかつく」
「だろうね。……亡くなったことは、その人知ってるの?」
「……わかんない。……その話はしなかったわ」
「……そっか」
「……ニクス」
「うん?」
「……今日、……同じベッドで……寝ない?」
「……寝たいの?」
「……別に、……寝たいわけじゃないけど」
「じゃあ別で寝ようよ」
「……」
「ふふっ。冗談だよ」
ニクスが笑った。
「いいよ。今日は一緒に寝よう?」
「……ん」
「どっちのベッドがいい?」
「……ニクスのベッド」
「いいよ。じゃあ、アイス食べて、歯磨いたら、今日はもう寝よう?」
「……うん」
「美味しいね」
「……うん」
「……テリー、口についてる」
「……ん」
「ふふっ。取れてないよ」
ニクスが手を伸ばして、あたしの口元を指で拭った。
「ここ」
「ん」
「まったく」
ニクスがその指を舐めた。あたしはまたアイスを食べた。
「……不思議だね」
「……何が?」
「あたし達、前は冬の間に一緒だった。こうやって肩をくっつけさせて、それでもすごく寒くて、ホットミルクを飲んでた」
「……そうね」
「でも今は真逆。夏の間に一緒にいて、暑いから、ひんやり冷たいアイスを食べてる」
「……本当だ」
「髪の短かったあたしは髪が伸びて、テリーは……ちょっと伸びたのかな?」
「そうね。ママに伸ばせって言われてるから」
「身長も伸びた」
「ニクスの方が大きくなっちゃった。生意気よ」
「成長しなかったテリーが悪いんだよ」
「あたしのせいなの?」
「ふふふっ」
「ニクス」
「だって、テリーの拗ねた顔が、ふふっ」
「……拗ねてないし」
「ふふふふ!」
「……ばか」
夜は更けていく。
今日は使用人のようだ。




