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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
六章:高い塔のブルーローズ(前編)
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第2話 波乱の舞踏会(4)


 ――人々が静まり返る。


 ダンスホールの中心で、リオンとニクスが向かい合う。お互い、一礼。手を触れ合わせて、指を絡めて、リオンの手がニクスの腰に、ニクスの手がリオンの肩に、お互いを見つめ合い、心地のいいクラシック音楽が流れて、踊り始める。レディ達が悔しそうにニクスを睨む。しかし、ニクスの視野にはリオンしか映っていないし、リオンもニクスだけを見つめる。


 二人は華麗にワルツを踊る。


(歴史が変わったわね)


 一度目の世界では、リオンは誰にも興味を示さなかった。おそらく、ずっとぼうっとしていたのだと思う。薬の副作用で、眠そうにしていた。その顔が美しいと人々に言われ続け、違和感を持つ者は誰もいなかった。


 しかし、その中で見つけた美しいメニーが目に留まり、リオンが動いたのだ。初めて、最後に、彼と踊ったのがメニーだった。


(それが、今ではニクスが踊ってる)


 頬なんか赤らめて、うっとりとリオンを見つめているニクスがいる。


(……)


 手すりをぎゅっと握り締める。握り締めすぎて、あたしの手が震え始める。


 ――どうしてリオンと踊ってるの?


(そんなの、メニーと踊らせたらいいのよ)


 ――どうしてそんなに笑ってるの?


(ニクス、笑わないで)


 ――どうしてそんなに楽しそうなの?


(あたしといる時の方が楽しいでしょう?)


 ――そんな笑顔、見たことない。


(ニクス)


 足につけている金の帽子のアンクレットに願う。


(どうか、ニクスが転びますように)


 ニクスがリオンの足を踏んで、ふらりとよろけた。


(あはっ! やった!)


 扇子の裏側で口角を上げる。あたしが歓喜すれば、ニクスが顔を青くした。リオンがくすりと笑い、ニクスの腰を掴んで、抱き上げて、くるりと回った。


「っ」


 回った瞬間、ニクスのドレスがなびかれ、まるで、雪のようにリオンの前に下り立つ。見ていた人々が黙った。踊りが続けられる。また、テンポを刻む。ニクスが恥ずかしそうに、小さな声でごめんなさいと言えば、リオンが気にしないでと言って笑った。


(……)


 ――あたしは、何やってるのよ。


(……レオの言う通りだわ)


 親友を束縛して蹴落として、あたしは悪い奴。


(……)


 でも嫌なものは嫌なのよ。胸がむかむかするのよ。もやもやして、そんな顔しないでって思うのよ。あたしだけに笑顔を向けていればいいのよ。向けてくれないなら、向けている相手の前で恥ずかしい目や、酷い目に遭えばいいと願ってしまうの。だって、貧乏でぼろぼろだったニクスと先に仲良くしたのはあたしなのよ? なのに、どうして、今さら、周りがニクスと仲良くしたいとかほざいてるの?


(ニクスはあたしの親友よ)


 ねえ、親友でしょう?


(笑わないで)


 楽しそう。


(笑わないで)


 リオンと踊るニクス。


(ああ、もう見たくない)


 人々をかき分け、バルコニーの方へと逃げる。みんな、王子様のダンスへと目をやり、バルコニーの奥は人気が無かった。そこへ立てば、目の前には綺麗な夜景が広がった。風が吹けば前髪が揺れる。後ろから美しいクラシック音楽が聞こえる。


「……」


 深く、深く呼吸をする。


(わかってる。こんなの友達失格よ)


 ニクスは、きっとすごく楽しんでる。今夜は、彼女にとって忘れられない思い出となるだろう。


(……それを嫌に思うなんて)


 あたしは扇子を閉じて、手すりに腕を下ろした。ため息を吐いて、吸って、またため息を吐いて、頬杖をついた。


「最悪。お気に入りのヒールでアリでも踏みつぶした気分」

「そう? 俺は最高だよ。美しい模様のクモを見つけた気分」


(……)


 あたしは顔をしかめる。目が、ゆっくりと隣を見て、上に上がっていく。





 ――月の光に照らされたキッドが、見惚れてしまうほど美しく微笑んでいた。





「こんばんは。テリー・ベックス」


 あたしはすぐさま手すりから離れ、扇子を広げて口元を隠して、一歩下がった。


「これはこれは、キッド殿下。ご機嫌うるわしゅう」

「なに、その固い挨拶。お前に似合わないよ」

「いいえ。殿下に無礼を働くわけにはいきませんので。挨拶くらいは固くさせていただきますわ」

「緊張で体も固くなっているようだ。どうでしょう。ここは私が一つ、面白いジョークを吐いて、あなたの緊張をほぐすというのは」

「ジョークは間に合ってます。殿下の存在自体がジョークですもの」

「それ褒めてるの?」

「けなしてるのよ」


 キッドに背を向ける。


「失礼致しますわ」

「待って」


 手を掴まれて、キッドの前まで引っ張られる。まるで自分の女扱いにイラっとして、掴まれた手を振る。


「離して」

「いいよ。話そうよ」

「違う。そっちの『はなして』じゃない。あたしはこの手を離せと言ってるのよ」

「こうしないとお前はどこかに逃げるから」

「当然よ。お前なんかと話してる時間がもったいないわ」

「もったいないなら、戻れば?」


 明かりのついた会場の中では、リオンとニクスが踊っている。キッドが笑顔で手を離して、肩をすくめさせた。


「……」


 美しいクラシック音楽がバックBGMのように流れている。キッドがあたしから視線を逸らさない。何でもお見通しと言いたげに見つめてきて、それが気に入らなくて、せめてもの抵抗として、あたしは睨む。


「……あたし、あんたのそのすかした青い目が嫌いなのよ」

「ああ、そう。……で? 戻らないの?」


 キッドがにやりと口角を上げた。


「俺の手は、もうお前を掴んでないよ」


 クラシック音楽が響く。


「今宵のニクスは綺麗だな。リオンが踊りたくなる気持ちも分かる」


 キッドがあたしに近付いた。


「テリー」


 耳元で、囁かれる。


「二人で、ちょっと風に当たろうよ」


 くくっ。


「俺も少し疲れちゃってさ。付き合ってよ」

「……」

「おいで」


 不気味なほど優しく肩を抱かれ、バルコニーの奥に連れて行かれる。少し、音楽が遠くなる。


「……」


 何も喋らない。夜景だけが広がる。風が吹けばキッドとあたしの髪が揺れた。人気は無い。外は、非常に静寂で、静かな夜。キッドが息を吸った。


「テリー、誕生日おめでとう」

「……ありがとう」

「何歳だっけ?」

「15歳」

「そうだ。15歳だ」

「……何よ」

「別に?」


 キッドが手すりにもたれた。


「似合うね。そのドレス」

「……ん」


 ドレスをつまむ。


「本当は黒いドレスで来る予定だったのよ。ニクスの髪の色に合わせようと思って。でも、……ママのサプライズプレゼントなのか、あたしが間違えたのか、これが届いちゃって」


 深い深い、どこまでも底を知らない深い、紅色。まるで紅の海のような色。


「ねえ、こっち向いて」


 キッドにそっと手を握られ、優しく引っ張られる。体をキッドに向かされる。頭からつま先まで見られる。キッドの視線が動く。腰、胸元、鎖骨、肩、首、顎、――唇。

 キッドがにこりと微笑んだ。


「うん。本当だ。すごくよく似合ってる。これまで見てきたものよりも、一番お前に似合ってる」

「……このドレス、着心地もいいの。鏡を見た時、自分でも思ったわ。サイズもぴったり。髪の色も気にすることなく着られる」

「まさに運命のドレスだな」

「それは大袈裟」

「くくっ。相変わらず手厳しい」


 ――クラシック音楽が止まった。遠くから沸き起こる拍手の音が聞こえる。


(……終わったのね)


 胸から息を吐く。


「……」


 足がまだ動かない。


「……」


 拍手の音が聞こえる。


(……)


 あたしは扇子をぎゅっと握りしめる。


「キッド」

「ん?」


 キッドが瞬きする。


「人を妬む人間なんて、ろくな人間じゃないわ」

「……どういう意味?」

「結婚するなら、妬み深いレディはやめた方がいいってこと」

「どうしてそう思うの? ヤキモチって可愛いじゃん。俺のことが好きすぎて機嫌悪くなるんだろ? くくっ」


 キッドがあたしの顎をつまんだ。


「テリーはいつになったら、俺を想って嫉妬してくれるの?」

「お前なんかにはしない」

「それは残念」

「……人生の後輩として、お前に訊くわ」

「なんなりと」


 キッドの手を顎から離して、顔を逸らした。


「……嫉妬って、したら、むしゃくしゃするでしょ?」

「ああ」

「どうやったら治る?」

「……解消じゃなくて、治し方?」

「解消したって、結局残るじゃない」

「まあな」

「胸のもやもやを残したくないの」

「一体、お前は誰を想って嫉妬してるんだ?」

「ニクス」

「ああ、バルコニーに逃げてきた辺り、そんなことだろうと思ったよ。お前、友達ばかだもんな」

「……気付いてて声かけてきたの?」

「テリー、女の落とし方を知ってるか? 心が傷ついて、ナイーブになっている時にそっと優しい言葉をかけてやるんだ。そうすれば、いちころ」

「さようなら」

「待った」

「触らないで」

「質問に答えてない。その回答をしてからでも遅くはない」

「何が遅くないよ。お前に関わってしまった時点でもう手遅れよ。あたしはね、その遅れを取り戻そうとしてるの。邪魔しないで!」

「姫君は親友が取られてお熱高めのようだ。もし私があなたの立場ならば……」


 キッドがあたしの手を両手で包み、頬に寄せて、天使のように微笑んだ。


「こうする」

「……何よ。頬を撫でてくださいっておねだりでもしろって言うの?」

「手を握るふりをして、捕まえて、離さない」

「お前に訊いたあたしがばかだった」

「でも、そうだろ? そうしないと安心しない。ずっと苦しいままだ」

「……キッドの場合はなんか違うのよね」


 手を引けば、簡単にキッドの手から抜け出せた。あたしの言葉にキッドが首を傾げる。


「ん? 違うって何が?」

「あんたのは束縛して制限するっていうより、逆に自由にさせるのよ。そうね。近いところで言えば、部屋に置いて、ここで自由にのびのびと暮らしていいよって言うタイプ。……人はね、それを『監禁』と呼ぶのよ」

「何言ってるんだか。俺、いつお前を監禁した?」

「常に」

「勘違いするな。俺は平和主義。監禁なんて悪趣味は持ち合わせていない。考えてもみろ。お前の行動を見ているのは、見張りを付けてる時だけだろ?」

「なんでつけるのよ」

「お前がふらふらして、夜中出歩いたり、精神重症患者のレオ君と二人きりで遊びに行ったりするからだ」

「……いつの話してるのよ」

「テリー、麗しのキッド殿下に嫉妬してもらえるなんて、とってもありがたいことなんだぞ? 光栄に思うがいい」

「何が光栄よ。ばかばかしい」


 風が吹いて、木々が揺れる。


「ママが言ってたわ。王子様に気に入られなさいって」

「ちゃんと言った? あたし、みんなのキッド殿下の婚約者なのよって」

「言うわけない」

「言えば良かったのに」

「ニクスとアリスにも訊かれた。結婚はいつだって」

「そう」

「キッド」

「ん?」

「わかってるでしょう?」

「んー」

「そろそろ、頃合いよ」


 夏虫の鳴く声が耳に響く。


「貴族として、結婚ってすごく大事なものだって、あんたも理解してるでしょ」

「まあね」

「だったら、お互い、相手は本気で考えた方がいいわ。いつまでもこんなごっこ、続けられない」


 あたしはキッドを見上げる。


「この舞踏会、あんた達の花嫁探しだなんて噂もたってるくらいよ。ね、キッド、これは元々、名前だけって契約だった」


 キッドに必要なものは婚約者だった。あの頃と比べたら、キッドは、それはそれは素敵な王子様に成長した。今、彼に必要なものは、彼にとって、ふさわしい結婚相手。


「キッド、国を持つ男はね、結婚してようやく王になれるとも言われてるのよ」


 つまり、


「キッドは王様になりたいのでしょう? 正直、それだけは賛成よ。リオンよりもキッドの方がふさわしいと、あたしも思ってる。だったら、なるべきだわ。ふさわしい相手も、ちゃんと考えて見つけるの。それこそ、19歳の誕生日が来る前に」

「くくっ。だから貴族っていいんだ。話が早くて」


 キッドが手すりに体重を乗せた。


「俺も、その話がしたかったんだ」


 キッドがあたしの顔を覗き込んだ。


「俺も同意見。そうだよね。いつまでもこんなの続けられない」

「……ええ」

「流石、テリー。俺の考えをよく汲み取ってくれた」


 野望。夢。ふさわしい相手。


「そう。俺はもう大人の仲間入りだから、ふさわしい相手が欲しいんだ。それは婚約者じゃない。結婚相手だ」


 キッドがあたしの背中をぽんと叩いた。


「だからさ、今夜で最後にしようと思って」

「……最後?」

「そう。最後」

「……それは、つまり……」


 ゆっくりと言葉を吐き出して、確認する。


「婚約解消……?」

「そうと決まれば、準備をしないと!」


 キッドがにやりとして、あたしの手を掴んだ。


「おいで! テリー!」


 キッドが走り出す。


「今宵は、めでたい婚約解消の記念日だ!」


 引っ張られて、バルコニーを駆け走り、二階の踊り場へと戻ってくる。一階のホールの中心部にはまだリオンとニクスが残っていて、スノウ様が熱いコメントをしていた。


「若々しい素晴らしいダンスでしたわ!」

「テリー」


 無邪気な笑みを浮かべたキッドがあたしに向かい合い、両手を握ってきた。


「お前が婚約者になってくれて、俺はとても救われた。王位継承権を与えられ、国王就任まであと一歩だ。今まで、本当に色んなことがあったな。我儘で傲慢なお前との日々、なかなか楽しかったよ。忘れられないほど」


 でも、それもおしまいだ。


「お前も15歳。大人の一歩階段をのぼってしまった」


 もう、お遊びは出来ない。


「テリー」


 キッドが息を吸い――唄った。



 出会ったあなたは幼い子

 出会い続けた幼い子

 出会って変わった幼い子

 いつの間にやら愛しい子

 目が離せない愛しい子

 魅力に魅入られ恋しい子

 私はあなたに恋をした

 私はあなたに愛を唄った

 恋から愛を

 愛から恋を

 テリー・ベックス

 私のテリー

 愛しいあなただからこそ

 この想いを告げましょう



 キッドが胸ポケットから婚約届を取り出し、勢いよくろうそくのある方へ飛ばした。婚約届が燃えていく。あたし達の鎖がなくなった。


「残念ながら、婚約はここまでだ」


 あたしはキッドを見つめ続ける。キッドの目は本気だ。だからあたしも、本気で、彼との最後の時であることを感じた。


(色々あった)


 あたし達は成長して、子供から大人に切り替わる。


「キッド……」

「テリー」


 キッドが微笑む。


「今までありがとう」


 キッドの口が動く。


「これからは」




 キッドが跪いた。





「私の『妻』として、側にいてください」






 ――その言葉だけが、会場内に響き渡った。





 リオンが見上げる。ニクスが見上げる。メニーが見上げる。アメリが見上げる。スノウ様が見上げる。ゴーテル様が見上げる。クロシェ先生が見上げる。


 会場内にいる全員が、とてもよく見える二階の踊り場を見上げた上で、キッドが幸せそうに微笑んだ。


「愛してます。テリー・ベックス」


 あたしの顔が真っ青に染まる。


「永遠の愛を、ここに誓いましょう」


 キッドは両手を離さない。


「私の心は全てあなたのもの」


 キッドが視線を外さない。


「だから」


 青い目が光る。




「あなたの全てを、私にください」



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