第2話 波乱の舞踏会(3)
「おや」
「あ」
「っ」
ガットとアリスを前にリオンが足を止めた。一瞬、自分の足元を睨み、すぐに顔を上げて、綺麗にお辞儀をする。
「これは、どうも。こんばんは」
「こんばんは。リオン殿下」
「こんばんは、リオン様」
アリスが両手を握り締めて、リオンの被る帽子を嬉しそうに見つめた。
「帽子、お似合いです!」
「ああ、被りやすくて満足している。本当に素敵なプレゼントをありがとう。アリーチェ」
――ケケケッ!
リオンが足を鳴らして影を踏んづけると、ガットがリオンにお辞儀をした。
「いつも王族の方々には、帽子を買っていただいて感謝しかございません。どうもありがとうございます。これからも使っていただければ幸いです」
「ええ。もちろんです。貴殿の会社はとてもいい帽子を作られている。父も母もいつも喜んでおります」
「それは何よりです」
「あ、リオン様、大変。ブローチがずれてますよ」
アリスに指摘され、リオンが胸元を見下ろして気付く。
「あ、本当だ」
「ちょっと失礼しますね」
アリスがそっと側に寄り、リオンのブローチの位置を直した。
「はい。これでいつも通りかっこいいです」
「ありがとう。アリーチェ。助かったよ」
リオンの靴が激しく揺れる影を踏みつける。
「……そうだ。アリーチェ、一つだけ」
「え?」
「どうやら、君を不幸に落としたがってる人がいるらしい。悪夢を見ないように気を付けて」
「やだ。怖いこと言わないでくださいよ」
「あはは。軽い冗談だよ」
「舞踏会ジョークってやつですね。勉強になりますわ」
「それでは私達はこれで」
ガットが頭を下げ、アリスの腰を掴んだ。
「アリス、こちらへ」
「はーい」
「……」
リオンが二人を見送り、ゆっくりと自分の足元を見下ろす。揺れる影を睨み、小さな声で呟いた。
「いい加減にしろよ。帰りたいのか?」
――ケケケケケ!
「にゃあ」
猫の声にリオンがはっとして顔を上げた。ケースに入ったドロシーを見て、リトルルビィを見て、ニクスを見て、メニーを見て、――あたしを見る。
「こんばんは。諸君」
リオンが王子様の笑みを浮かべながら近づいてきた。
「おや、猫がいるようだ。僕は猫が大好きでね」
リオンがメニーを見た。メニーの輝くドレスを見て、瞬きをして、口角を上げる。
「やあ。メニー」
「こんばんは。リオン様」
メニーがお辞儀をした。
「お誕生日おめでとうございます」
「どうもありがとう」
リオンがメニーの足元を見た。そこにはガラスの靴が光っている。
「素敵なドレスだね。君によく似合ってる」
「恐縮です」
「普段の君も素敵だけど、今夜はより美しい。魔法でもかけてもらったのかい?」
「姉達と共にドレスを作っていただきました。リオン様にそこまで言っていただけるのであれば、職人の方々も鼻が高いことでしょう」
「……」
「にゃあ」
猫の鳴き声に、リオンの手が伸びた。
「そのケースに猫がいるのかい?」
「はい」
「ぜひ、ご挨拶をしてもいい?」
「……どうぞ」
メニーがケースをリオンに差し出した。それを受け取り、リオンがケースを顔の前に持ち上げた。求めていた緑の猫と目が合う。
「やあ。猫ちゃん」
「にゃあ」
リオンが微笑み――声をひそめた。
「……ドロシー、ジャックを何とかしてくれないか?」
――にゃあ。
猫の声が響くと、影がとても大人しくなった。苦しげなリオンの表情に少し力が抜けた気がする。
「ああ、なんだか心が癒された気分だ。愛しい猫ちゃん。どうもありがとう」
リオンがケースをそっと下ろし、メニーに返した。
「挨拶をさせてくれてありがとう」
「……いいえ」
メニーが受け取り、中を覗いた。リオンがニクスに振り向いた。
「やあ。どうも初めまして。レディ。良い夜ですね。ご気分はいかがですか?」
「初めまして。リオン様。とても良い気分です」
「それは何よりです。引き続き楽しんで」
リオンがリトルルビィに振り返った。
「こんばんは。リトルルビィ。……君、見ないうちに身長伸びた?」
「160センチです」
「……急成長か。……吸血鬼って成長するの?」
「さあ?」
あたしが扇子を取り出すと同時に、リオンがあたしに振り向き、近づいてきた。あたしは顔を扇子で隠す。
「やあ。テリー・ベックス」
「こんばんは。殿下」
「ちょっと話さないか?」
「嫌ですわ。殿下ったら大胆なのですから。人前ですよ。恥ずかしい」
扇子をぱたぱた扇げば、リオンが笑顔を引き攣らせた。
「安心したまえ。君と僕には、そんな関係になるものは一切無い。別のところに、もっと深い関係という名の糸で結ばれているのだから」
「嫌ですわ。殿下ったら、口説き文句をもう少し考えてから来られてはいかがでしょう。他のレディが見ておりますわ。恥ずかしい」
「メニー、ちょっとだけお姉さんを借りても良いかな?」
「……王子様のお話だなんて、素敵ですね」
メニーがにこりと口角を上げた。
「一体どんなお話でしょうか?」
「ちょっとお月様でも見て話そうか。僕の親友のテリー。早くおいで」
「にゃあ」
「ドロシーも殿下とお話されたいそうですわ。人前なのに、まあ、恥ずかしい」
「いいね。ドロシーも連れて行こう」
リオンが再びメニーからケースを預かった。あたしの腰を掴み、エスコートしていく。
「さあ、お喋りをしに行こう。テリー」
レディ達の視線がつきつきと痛いので、あたしは扇子で顔を隠す。ダンスホールには行かずに会場の隅に行くのだから、みんなは不思議がっているようだ。あたしは壁に背をもたれさせ、扇子を扇いだ。
「……さあ、ロマンチックな話題をどうぞ。殿下」
「……歴史が変わってる」
「ええ」
遠目でメニーを見る。
「ねえ、メニーがどうしてあのドレスを着てるわけ?」
「……それは僕の質問だ」
「覚えてる?」
「あのドレスを着たメニーは、僕が初めて彼女を見つけた姿だ。忘れるはずがない」
「おとぎ話の通り、王子様って一途なのね。今のうちにガラスの靴を拾ってあげる準備をしておくのよ」
「本来、この舞踏会が開かれるのは二年後だ。いいか、テリー。歴史が二年早まってるんだ」
「つまり?」
「残念ながら、ガラスの靴を元にメニーを捜すという歴史は、消えた可能性がある。なぜなら、もう僕とメニーは知り合っているからだ」
「で、いつ結婚するの?」
「するとしたらメニーが15歳になるタイミング。つまり、三年後だ」
「でも、今日はいい相手を捜さないとといけない。メニー以外で」
「どうだい? いい相手は見つかったのかい? リオン」
緑のドレスを着たドロシーお嬢様がリオンの隣でジュースを飲んだ。リオンがドロシーを見て、うんざりな顔をした。
「ドロシー、本当に助かったよ。ジャックの奴、アリーチェにやたらとお熱高めなんだ。10月が近づいてきているからなのか、ジャックの力が前よりも強まった感じがする」
「愛と憎しみは紙一重ってね」
「冗談じゃないよ。腰に手を当てられたくらいで、ジャックが何を勘違いしたのか邪魔してやるって笑顔で僕を引っ張りやがった。こいつ、どれだけアリーチェに悪夢を見せたいんだ。見たかい? 彼女の幸せそうな顔。ほっといてやればいいのに」
影が揺れるのをあたしとリオンが見下ろした。
「テリー、君からもなんか言ってやって。こいつ、本当に僕の言うこと聞かないんだ」
「……ジャック、今夜うちに来なさい。お菓子をあげるわ」
「ケケッ」
リオンが勝手に出た声に驚いて、思わず口を手で押さえた。これがジャックの返事らしい。リオンが憎々しげに舌打ちをして、手を離した。
「……スノウ様は?」
「何ともない」
リオンが顎をつまんだ。
「元気すぎるくらいだ。僕、春にかけて少し症状が悪化して大変だったんだけど、それを利用して、毎日母上の顔が見たいって泣きついたんだ」
「マザコン」
「黙れ。ファザコンのシスコン」
「パパのことが好きで何が悪いのよ。あんた、良い父親にならないわよ」
「話を続ける。……すると、どうだ。僕を心配した母上は毎日来てくれた」
――リオン、ママが来てあげたわよ。え? 調子はどうよ? 私の作ったアップルパイ、食べる?
「至って健康だった」
何ともない。
「僕をキッドとも呼ばないし、僕よりも母上の方が正気だったこともあるくらいだ」
至って健康な母上。
「とても自殺するとは思えない」
「でも、何かがあるんでしょう?」
「例え歴史が変わっても、死の歴史は繰り返される可能性が高い。今は何とも言えないな」
「スノウ様がお亡くなりになった正確な日付は?」
「9月だ。9月15日」
「……思ったとおりだわ。一ヶ月後なのね」
「ああ」
「よく覚えてるわね」
「忘れるはずがない。目を覚ましたら、母上は部屋で亡くなっていて、それからずっと、その日は母上を弔う日だ。この世界では、そんなことにはさせない。母上は見た通り健康だ。だけど、自殺はしなくとも、なんらかの形で死が迫ってる可能性を考えた」
「対策は?」
「記憶を思い出してから、僕は母上のために全国の医者と交流している。病気を言い訳にね。全員凄腕。何かあれば、医者を呼んで、母上をすぐに見てもらうことが出来る。15日には、交流会を言い訳に全員集めようと思ってる」
「……なるほど」
「母上がいなくなれば、父上がおかしくなる。父上がおかしくなれば、国がおかしくなる。そこから、戦争が始まり、国は荒れ、世界は荒れ、破滅が待っている」
世界の破滅を目論むオズは、どこにひそんでいるか分からない。リオンが決意を決めた目で、あたしを見た。
「ニコラ、僕達で回避するんだ」
「わかってる」
「大丈夫。僕達は一人じゃない。三人だ。数が多いだけ、回避する道も開けてくる」
「中毒者の気配は?」
「……今のところ、何も」
リオンがドロシーを見た。
「君はどう?」
「僕も何も感じない」
「オズも動きにくいに違いない」
リオンがにやけた。
「今夜はとりあえず、何事もなく舞踏会を終わらせよう。ニコラ」
「同感よ。レオ」
「何かあったら報告を」
「ええ」
「あら、リオン様。ジュースはいかがですか?」
頬にそばかすを浮かべた少女がトレイを差し出した。
「ああ。どうもありがとう」
リオンが受け取ると、今度はあたしに差し出してくる。
「どうぞ。お嬢様」
「ありがとうございます」
ドロシーが受け取ろうとすると、何も見えないそばかすのメイドがドロシーを通り過ぎてしまった。仕方なく、ドロシーが魔法でグラスを出して、中に入ったミルクをごくりと飲んだ。
「そういえば、言ってなかったな」
リオンがグラスを上げた。
「ハッピー・バースデー。ニコラ」
「ハッピー・バースデー。レオ」
「生まれたことに感謝して」
乾杯して、同じタイミングでジュースを飲む。
「……変わったことは、他になかった?」
「……それくらいかしら」
「……元気だった?」
「……あなたは?」
「あまり」
「……そう」
「今夜はメニーだけじゃない。君もとても美しい。流石は僕の妹だ」
「口説くならメニーに言って」
「メニーは二年後」
「ああ、そうだったわね。……二年後に開かれるはずの舞踏会だもの。今言ってもいいんじゃない?」
「ばか言うなよ」
リオンの視線がメニーに移る。
「あのガラスの靴を履けた娘とリオン殿下は結婚する。この内容の手紙が誰にも届かないのであれば」
リオンがあたしに視線を戻した。
「君のお姉さんのことも、一安心だ」
「……ないんじゃない? 一度目とは違って、なんかすごく良い彼氏が出来たって浮かれてるから」
「その人に足の指を切られないといいな」
「切ったのはママよ」
「……あれは、正気じゃなかったな」
「みんな目がくらんでたのよ。あたしは切られなくて良かったわ」
「切られなかったけど、君は爪から血が出てた」
「……そうだったかしら。もう昔だもの。覚えてない」
すごく痛かった。だから、足の爪には、赤いマニキュアは塗らないと決めている。あの痛みを思い出すから。
「君のお母様はどう?」
「健康よ。今夜の舞踏会の噂を聞いて、王子様と仲良くしなさいって言われたわ。……また目がくらんで、包丁なんか取り出さないといいけど」
「言って安心させてあげれば? まるで兄妹のような関係だって」
「冗談」
「ニコラ、今、退院期間を設けてもらっているんだ。そこで、今度開かれるミックスマックスの夏季イベントに参加しようと思っているんだけど、……どうだろう。僕が君を連れて行ってあげるっていうのは」
「行かない」
「えっ!?」
「ねえ、なんで断られると思ってなかったって顔してるわけ? 嫌よ。あんなくそダサいブランドのイベントなんて」
「ニコラ……! 夏季イベントだぞ!? 冬季と春季とはまた違ったアイテムが手に入る、夏季イベントなんだぞ!? 君、どうして行かないなんて言うんだ!?」
リオンがはっとした。
「……そういうことか」
リオンがふっと鼻で笑った。
「ニコラ、新アイテムを手に入れたお兄ちゃんがよりかっこよくなってしまって、他の女性に奪われてしまうんじゃないかっていう不安に駆られているんだな? くくっ。君はばかな妹だな。大丈夫。心配無いよ。たとえ僕に素敵な彼女が出来たって、君を粗末にはしない。遊びたい時はいつでも連絡をくれ。お兄ちゃんは大切な妹のためなら、いつだって駆け付けるさ」
「ドロシー、あんたからもなんか言ってやって」
「テリー、彼は重度の病人だよ。世界観を否定する治療は感心しないな」
「チッ」
通りすがった使用人が持つトレイの上にグラスを置いた。リオンも置き、使用人が頭を下げてグラスを下げに行く。
「これ以上言うことは無いわ。何もしないで舞踏会が終わるなら、それに越したことは無いもの。今日は友達もいるの」
「あの黒髪の子?」
「お父様が中毒者だった」
「……そうか」
「それから城下から出て、親戚のいる遠い田舎町に引っ越したの」
ニクスはメニーとリトルルビィと楽しそうに談笑している。
「……今夜が何もない舞踏会なら、純粋に楽しんでいってもらいたいわ」
「君の友達となると、いい思い出を作ってあげないとね」
「そうよ」
「なら、一つ提案がある。僕が彼女に踊りを誘うのはどうだろう?」
――思いきり、リオンを睨む。
「なんだよ。王子様と踊れるなんて、いい経験だろ?」
「……」
「わかった。ヤキモチは結構。君とも踊るから」
「……」
「……なんでそんなに睨んでくるの?」
「……お前、ニクスに手を出す気?」
許さない。
「あの子にも悪夢を見せたくせに」
許さない。
「絶対誘わないで」
「そっち?」
リオンが呆れた声を出した。
「ニコラ、友達を大切にするのは良いことだ。でも、束縛は良くないな」
「あの子はね、本来ここにはいないのよ。一度目の世界では、暴走した父親に殺されてるの」
「……助けたのか?」
「そうよ。全力で守って、助けたの」
唯一の、あたしの親友だったニクスは、今も生きている。
「……大切な親友を、変な男にむやみに触られたくない」
「それはニクスが望んでいることじゃないだろ?」
リオンがあたしを見る。
「ニクスは君のものじゃない。玩具でもないし、ペットでもない」
「当たり前じゃない」
「そうだ。当たり前だ。つまり、横から君が口を挟む権利なんて、持ってないということだ」
「……あのね、レオ」
ため息を出して、わからず屋を見上げる。
「何も、あたしがあの子の行動に制限をかけてるわけじゃないわ」
「じゃあ、踊りに誘ってもいいんだな?」
「なんでそういうことになるわけ?」
「嫌なんだろ?」
「お前の汚い手が綺麗なニクスに触ることが嫌なのよ」
「ほらね。制限してるじゃないか」
触られたくないから、自分以外は彼女に触らないで。取らないで。関わらないで。この子は、自分のものなのよ。近づかないで。
「君だって言われたら嫌だろ?」
「……ニクスがそうしたいって言うなら、あたしはニクスに従うわ」
「望んでないから言ってない。だろ?」
「……」
「ニコラ、君のお兄ちゃんとして忠告しておくよ。友達を束縛してはいけない。大切なら、なおさら」
「……何も知らないくせに」
「君のことは知ってる」
お兄ちゃんが妹を諭す時のような笑みを、リオンが浮かべた。
「女の子ってどうして束縛したがるの? 僕には理解出来ない」
「男もでしょ」
「女の子は特にそうだ。友達や知人を縄でぐるぐる巻きにするんだ。それを、人は『執着』と呼ぶ」
「……」
「ね。ニクスと踊っていいかい?」
「……」
「大切な妹の親友にとって、いい思い出になるなら、僕はぜひそうしたいのだけど」
「……」
「メニーも誘ってみるから」
「……」
「君とも踊る。で、その後、君はニクスと僕との踊りについて語り合う。……親友同士でね」
「……それならいい」
「交渉成立」
リオンに背中を叩かれる。
「戻ろう」
「……」
「ドロシーは可愛いな。キャット・ダンスが出来なくて、とても残念だ」
「にゃあ」
リオンがケースとあたしの腰を掴んで、エスコートしながら戻っていく。三人の元へ帰って来た。
「やあ、どうも。お姉さんを返しに来たよ」
「お姉ちゃん、お帰りなさい」
メニーがあたしの手を握った。
「何の話してたの?」
「……あんたには関係ないことよ」
「……ふーん」
メニーがリオンに手を差し出した。
「ドロシー、ありがとうございました」
「こちらこそ」
ドロシーがメニーの元へ帰ってきた。リオンがニクスに歩いた。
「やあ、ニクス。こんばんは」
「こんばんは。リオン様」
「テリーから聞いたよ。彼女と友達なんだって?」
「リオン様はテリーと知り合いなんですか?」
「まあ、貴族同士だから」
「そうですか」
「気難しいのによく相手出来るな。尊敬するよ」
「あはは!」
ニクスの楽しげな笑い声に、あたしは目を逸らす。
「で、相談なんだけど、僕、ほら、王子様だから、誰かと絶対に踊らないといけないんだ」
「はあ」
「で、よかったら、ニクス」
あたしは拳を握る。
「僕と踊ってくれないかな?」
「えっ」
ニクスが一瞬ぽかんとして、慌てて首を振った。
「あの、とても、光栄です。でも、あの、あ、あたし、授業でしかダンスとか、習ったことなくて……」
「練習はした?」
「あの、はい。一応……」
「なら大丈夫。任せて。足を踏まれても僕は一切怒らない。本番前のウォーミングアップだと思えばいい」
「むしろ、これが本番な気がしますけど……」
「王子様と踊っていれば、他の紳士と踊る時、何も怖くないよ」
「……ふふっ。確かに」
「ニクス」
リオンがニクスに手を差し出した。
「僕と踊っていただけますか?」
「喜んで」
ニクスがリオンの手の上にそっと手を置く姿を、あたしは黙って見つめる。嬉しそうに頬を緩ませたニクスが、あたしに顔を向けた。
「テリー、っ、行ってくるね!」
あたしは、にこりと微笑む。
「楽しんで」
ニクスが笑みをあたしに返し、リオンにエスコートされてダンスホールの中心部まで連れて行かれる。人々が今宵のリオン殿下の初めての踊り相手に視線を向けた。雪のようなプリンセスが、ドレスをなびかせて、リオンと歩いていく。
「……」
「……テリー?」
そっと、リトルルビィの手があたしの手に触れた。
「顔、青いよ? 大丈夫?」
「……ちょっと外出てくる」
「気分悪いの? 私も行こうか?」
「リトルルビィ、メニーとドロシーを頼める? 変な輩が近づかないように」
「了解であります!」
「お姉ちゃん」
メニーがあたしを見つめる。
「大丈夫?」
「大丈夫よ」
あたしはリトルルビィの手を離しながらメニーを見る。
「ここにいて」
「……わかった」
メニーが微笑む。
「リトルルビィと待ってるね」
「ええ」
「任せて! メニーとドロシーのことは、私が守るんだから!」
意気込むリトルルビィに微笑み、人混みの中へと入っていく。あたしの目的地はバルコニー。二階に繋がる階段まで、まだ距離がある。だから扇子をぱたぱた扇いで、あたしは生意気なお嬢様だから近づかない方がいいわよという顔をしてヒールを鳴らして歩いていく。
ケースの中では、ドロシーが、にゃんと可愛い声で鳴いていた。




