第19話 乙女が想いを抱く夜
数日後、隣町へ出かけることになった。
豪華なドレスを身に着け、豪華な髪飾りを身に着けて、豪華な靴を履いて、豪華な扇子を持って、無駄にでかいお屋敷に入り、パーティーに参加する。
人々がワイングラスを片手に、乾杯をして、好きに話し始める。初めて顔を合わせ、挨拶をする人もいれば、仕事関係の話をする人もいる。
その中で、あたしは椅子に座る。アメリも椅子に座る。メニーも椅子に座る。
一脚、椅子が引かれる。
嫌いなレイチェルが座ってくる。
(……この面を見るのは、随分と久しぶりな気がする)
アメリがレイチェルに微笑むと、レイチェルが冷ややかな声で挨拶をする。
「久しぶりね。アメリアヌ」
「元気だった? レイチェル」
「ご心配は無用。悪夢がきたところで、私はジャックなんかに負けたりしなかったわ」
「レイチェル相手だと、流石のジャックでも敵わないでしょうね!」
「ふん!」
レイチェルが鼻を鳴らし、メニーに顔を向ける。レイチェルがにっこりと微笑む。
「メニー」
「ご無沙汰しております。レイチェルさん」
「お前はいつでも礼儀正しいわね。私、礼儀正しい方は嫌いじゃなくってよ」
「レイチェルさんは相変わらずお綺麗で、とても優しいです」
「当然ですわ。貴族として心遣いは当たり前のこと。メニー、覚えておきなさい。人に親切にしておくと、後に良いことが起きるのよ」
ちらっと、あたしを見た。
「……お前が来るとは思わなかったわ。テリー」
「悪い?」
「ちょっと」
アメリがあたしを小突いた。
「またそうやって喧嘩腰になるんだから」
「別に喧嘩腰になんかなってない」
「あんたの言い方に棘があるのよ」
「棘を感じるのは人それぞれだわ」
「テリー」
アメリに叱られ、あたしは黙って腕を組む。ふん、とレイチェルが鼻を鳴らした。
「そのような言葉遣いだと、人が寄ってこなくってよ。テリー」
レイチェルがにやりと笑った。
「お前、友達いないでしょう」
「あんたも人のこと言えないでしょ」
アメリがじっとレイチェルを見る。レイチェルが視線を逸らした。
「な、何を言うのよ。アメリアヌ。私は友達が多くってよ」
「へえ? 本当に?」
「な、何よ。本当よ。今日だって沢山呼んでいるのだから」
「へえ。そっか」
アメリアヌが微笑んだ。
「私はレイチェルの友達だからパーティーに呼んでもらったのだと思ってたけど、他にいるなら、もうパーティーに出席しなくてもいいわね」
「ちょっと!」
レイチェルが慌ててアメリに顔を向けた。
「な、なんで、そうなるのよ!」
「えー? だって、他に友達がいるんでしょ? 私が毎回参加しなくても、他の人達を呼べばいいじゃない」
「アメリアヌは来なければ駄目よ!」
「どうして?」
アメリが微笑んで訊く。レイチェルが黙る。考える。ひらめいたようだ。
「コ」
レイチェルが顔を引き攣らせながら笑った。
「コックが、アメリアヌのために、アメリアヌの好きな食事を用意しているのよ!! お前、貴族のくせに、人の厚意を受け取らない気!?」
「だったら他の人の好きなものを用意するようあんたから言えば?」
「コックはアメリアヌを気に入ってるようなのよ! だから、アメリアヌは私の屋敷で開催するパーティーには、絶対参加しなければいけないのよ!」
「あははは! 必死になりすぎじゃない?」
「必死になんか、なってなくってよ!?」
「冗談よ。私はレイチェルのパーティーが好きだから来てるの。これからも呼んでくれる?」
「っ」
アメリアヌの笑みに、レイチェルが顔を赤らめて顔を背ける。
「そ、そうね。……まあ、人数合わせで? 呼んであげないこともなくってよ?」
使用人が四人分のティーカップを用意し、紅茶が注がれる。
あたしは紅茶を飲む。びくりと、肩を揺らす。
(……熱い)
顔に出さず、ソーサーの上にカップを戻す。
(……舌がピリピリする)
「ハロウィンはどうだった?」
アメリがレイチェルに訊く。レイチェルが扇子を仰いだ。
「久しぶりに城下町まで出かけたわ。あの人の多さ、どうにかならないのかしら」
「あら、来てたの? 会わなかったわね」
「ふん、アメリアヌ、私の仮装を見れなかったなんて、とても残念だったわね。とてもとても美しかったのよ」
メニーが横から訊いた。
「どんな仮装をされたんですか?」
「ふふ。メニー、よくぞ聞いてくれたわね」
レイチェルがにやりと微笑む。
「私、白鳥を前提としたドレスを着たのよ。ほら、白鳥の池というバレエがあるでしょう? あれの白鳥よ」
「え、同じ」
アメリが言うと、レイチェルがアメリを睨んだ。
「……何ですって?」
「私も白鳥の池を前提にドレスを作ったのよ!」
アメリがケタケタ笑った。
「やだ。余計に会いたかったわ! 会ったらお揃いで写真が撮れたかもしれなかったのに」
「おそろ……」
レイチェルが目を見開く。
「お揃いですって……?」
レイチェルが唇を震わせる。
「アメリアヌとお揃い……」
友達とお揃い。
「……」
はん、とレイチェルが笑った。
「お揃いなんてくだらない! お前に遭遇しなくて正解だったわ!!」
(……ああ)
あたしは哀れみの目でレイチェルを見る。
(気持ちは分かる)
レイチェルの手が震えている。
(多分だけど)
(本当に、多分だけど)
すごくアメリに会いたかったんじゃないかしら。
(あいつ、お揃いって聞いた瞬間、目が輝いてた)
(あいつ、余計に会いたかったって言われて、はっとしてた)
あたしは二人を眺めて、頭の中で納得する。
(どうやら、本当に一度目の世界と違うみたい)
レイチェルとアメリはお互いの理解者である。お互いに好意を寄せ、信頼し合っている。
あたしとアリスのように、レイチェルとアメリも友情を築いている。
(一度目の世界では、絶対に、ありえない)
あたしが覚えているレイチェルは、むかつく我儘な傲慢女で、牢屋に入ってから、わざわざあたし達を馬鹿にするために訪問してくるような、非道な女だった。
(だけど)
アメリが笑って、その顔を見て、レイチェルがむすっとしながら、言葉を探している。もっとアメリと話したいと言うように、言葉を探しては、皮肉めいた言葉を投げかける。
「ところでアメリ、デートはどうだったのかしら?」
「あら、訊きたいの?」
「どうせ失敗したんでしょう?」
「何言ってるのよ」
アメリがくすくすと笑う。
「付き合うことになったわ」
「は?」
レイチェルが一瞬硬直して、すぐに笑い出す。
「おほほほ! アメリアヌ、素直になりなさいな。いいのよ。どうせ振られたんでしょう? 慰めてあげるわ」
「レイチェル、彼って本当に素敵よ。何から何まで紳士的。私、もう彼にぞっこんなんだから」
レイチェルが黙った。扇子を仰ぐ。アメリが紅茶を飲むメニーを見た。
「メニー、ほら、私達、夕方に別れたでしょう? その後に彼と合流して、もう、すごかったのよ。とてもロマンチックで濃厚な時間を過ごしたの」
レイチェルが黙る。
「彼ね、すごくシャイだから、……ここだけの話よ? キスは出来なかったの」
レイチェルの口角が上がる。
「だから、私が彼の頬にキスをしたのよ」
メニーが口を押さえて、ひゃ、と言ってにやけた。レイチェルの口角が再び下がった。
「彼、顔が真っ赤になって、ああ、可愛かったわ。また会いたくなってきた」
アメリがでれでれと惚気だす。メニーが微笑ましそうに見つめる。アメリがレイチェルの肩を叩いて、笑った。
「悪いわね! レイチェル! 私だけ幸せになっちゃって!!」
おーほっほっほっほっほっ!!
「また近いうちに会うのよ。次はどこにデートに行こうかしら」
「ちょっと失礼」
レイチェルが席を立った。アメリがきょとんとして、レイチェルを見上げた。
「ん? どうしたの?」
「私、テリーに用事があるのだった」
「は?」
あたしはレイチェルを見上げた。
「あたし?」
「そうよ」
「何?」
「話したいことがあったのよ。思い出したわ」
「あたしに?」
「そうよ」
「今、話せばいいじゃない」
「二人きりで話しましょう」
レイチェルが人差し指をちょいちょいと動かして見せる。
「こちらへ」
「……」
あたしは席を立つ。レイチェルが歩き出し、その後ろについていく。アメリとメニーが目を合わせて、首を傾げて紅茶を飲む。
レイチェルが扉を開けて、ホールから出た。
「いらっしゃいな」
「何よ」
ホールから出て、赤いカーペットの敷き詰められた廊下に出る。レイチェルが鋭い目をあたしに向けて、口を開けた。
「テリー。お小遣いをあげるわ」
「は?」
「阻止しなさい」
「……阻止って?」
「邪魔して、二人の仲を壊してやるのよ」
「……何の話?」
「……だから」
レイチェルが突然、ぶちぎれた。
「アメリを破局させろって言ってるのよ! ばかっっっっ!!!!!!!!!」
あたしの髪の毛がレイチェルの怒鳴り声の風でなびく。きょとんと瞬き。レイチェルが目を充血させ、ハンカチを噛んだ。
「アメリは! 騙されているのよ!! 野蛮な狼が優しい紳士のふりして、アメリに近づいているに決まってる! 遺産目的よ! お金目的に違いなくってよ! きっとどこかの貧乏の男が、巧みにアメリを騙しているのよ!!」
「……落ち着きなさい。レイチェル」
あんた、さっきまでアメリのこと、アメリアヌって呼んでたじゃない。
「テリー! 大事なお姉様が、傷つけられてもよくって!?」
ああ! お前はなんて姉不幸な妹なの!
「いいわ。何が欲しいの。私がお前にお小遣い、もしくは賄賂をさしあげる。それでアメリを破局させなさい。全てはアメリのためなのよ」
「ねえ、落ち着いて。いいじゃない。人生経験で恋愛は大事なことでしょ。彼氏がいないからって意地張らないの」
「くううううううううう!!! お前、馬鹿じゃないの!!?? アメリは私と同じ! 15歳なのよ! まだ15歳! 15歳で恋愛なんて早くってよ!!」
びりり!
レイチェルがハンカチを噛み破いた。破れたハンカチを見て、ドレスのポケットにしまい、再び新しいハンカチを取り出して、歯に挟んだ。ついでのように、あたしに顔を向けた。
「15歳はまだ勉強をするべきだわ。そしてお友達と沢山遊ぶべきだわ。お前も遊びたい盛りでしょう?」
「……まあ」
「つまり、アメリは! 恋愛などくだらないことをしている暇はないのよ!!」
そんな暇があるなら、
「私と遊べばいいのよ!!!」
別に?
「私は、寂しいアメリの遊び相手になってさしあげてもよくってよ?」
というわけで、
「テリー、お前にかかってるわよ」
「なんで。お断りよ」
「えっ」
「ねえ、断られると思ってなかったって目をするの、やめてちょうだい」
あたしが言うと、レイチェルが困惑の表情になる。ポケットからキャンディを取り出す。
「しょうがないわね。話を受けてくれるなら、これをさしあげても良くってよ」
「いらない」
「えっ」
レイチェルがぽかんとして、キャンディを捨てる。クッキーを取り出す。
「仕方ないわね。これならどう?」
「いらない」
「え」
レイチェルがまさか、と言いたげに、クッキーを捨てた。ポケットに触れ、俯く。
「……。……じゃ、……じゃあ……」
レイチェルがポケットから写真を取り出した。アメリの顔が映った写真だった。
(ん?)
目が写真に向けられていない。アメリが誰かと話したり、笑ったりしているところを、他所から撮ったような構図だった。
「……」
「……これ……」
レイチェルの手が震えている。
「これを……さしあげますわ……だから……二人の仲を……!」
「いるか!!」
いらんわ! アメリの写真なんか!!
「いいじゃない! 別に彼氏くらい! どうせすぐに別れるわよ!」
「べ、別に、私はいいのよ。気にしてなくってよ。……でも、でも、もしよ? これでアメリがもしも、強引に、キスをされたり、体を重ねられたりしたら、お前はどう責任を取るつもりなの? アメリが傷ついたらお前のせいよ!? アメリが人間不信になったら、お前の責任よ!!?」
「考えすぎよ! レイチェル!! 落ち着きなさい!」
「ア、アメリに、かれ、彼氏、彼氏……あばばば、彼氏……!」
「大丈夫よ。どうせ何事もなく別れるから」
「別れなかったらどうするのよ……。そのまま彼氏に集中して、私のパーティーに来なくなったら、どうするのよ……!」
「……だったら、彼氏もパーティーに呼べばいいじゃない」
レイチェルがはっとする。
「……その手があったわね」
レイチェルの目が、急に凛と輝きだす。
「お前にしては良い提案だわ。褒めてさしあげる」
「……ああ、どうも」
「それで、アメリの彼氏はどういう男なの?」
「知らない」
「見てるんでしょう? 会ってるんでしょう? どういう奴か教えなさい」
勘違いしないでちょうだい。
「別に、気になってるわけじゃなくってよ?」
ただ、
「あのアメリに近づく馬鹿な男に興味があるのよ。教えなさい」
(そういうのを、気になってるというんじゃ……)
あたしはため息を吐き、うなだれる。
「アメリに直接訊けば?」
「お前、会ってないの?」
「会ってない」
「……そう」
レイチェルがハンカチを噛むのをやめた。
「お前はもっとお姉様と一緒にいるべきだわ。間違いない」
そして、
「アメリの男の影を感じたら、私に連絡なさい。いいこと。少しでも感じたら手紙でも電話でも何でもいいから報告なさい」
「自分で調べればいいじゃない」
「お前、この! いいじゃなくって! 少しくらい! お前はいつでもアメリの傍にいられるくせに!」
羨ましげな目で見られても、あたしは何も誇らしくないし、自慢にもならないし、嬉しくない。
「……レイチェル」
あたしはレイチェルの肩に、手をぽんと置いた。
「大丈夫よ。アメリ、あんたのこと親友って言ってたから」
「し、親友!? それは本当なの?」
「なんで嘘つく必要があるのよ」
「アメリが私を親友と言っていたのね?」
「ええ」
「ふん!!」
勝ち誇ったように、レイチェルが笑った。
「馬鹿な男め! アメリに私のように美しい親友がいるとは気づかずに、アメリを騙そうと近づくなんて! 下劣な奴! 恥を知るがいい!」
「……」
「偉いわ。テリー。褒めてさしあげる」
あたしは哀れみの目をレイチェルに向ける。
「……もう戻っていい?」
「その前に」
「今度は何よ」
「今の話は全て私達だけの秘密よ」
「誰も言わないわよ……」
「結構」
「はあ……」
あたしは扉を開ける。二人でホールに再び入り、テーブルに戻る。アメリとメニーがあたしの疲れた顔と、凛とするレイチェルの顔を見上げた。アメリが首を傾げる。
「何々? あんた達、喧嘩してたわけじゃないでしょうね?」
「アメリアヌ、私がそんな子供じみた真似をすると思って? テリーにお菓子を渡してさしあげていたのよ」
「お菓子?」
「ええ。テリーがどうしても食べたいお菓子があると言っていたから、私がさしあげたの」
「ふーん」
アメリが座ったあたしに顔を向けた。
「何が食べたかったの?」
レイチェルを見る。レイチェルがあたしを睨む。あたしはため息をついた。
「……キャンディ」
「キャンディなら、屋敷にもあるでしょ」
「屋敷で舐めたらママがうるさいじゃない。レイチェルからこの町限定のやつを貰ったの」
「えー? テリーだけ?」
アメリが座ったレイチェルに顔を向けた。
「ねえ、レイチェル。私にはないわけ?」
「何? 欲しいの? お前、彼氏が出来たくせに子供じみているのではなくって?」
「いいじゃない。美味しいなら私も欲しいわ」
アメリがメニーに微笑む。
「メニーも欲しいでしょ?」
「うん!」
「しょうがないわね!!」
レイチェルが高らかに笑った。
「そんなに言うなら、さしあげないこともなくってよ!?」
「それじゃあ、また寝る前にでも」
「何よ! アメリアヌ、寝る前に私の部屋に来るつもり!?」
「ええ。私のひそかな楽しみなの。いつも通り、二人だけの話をしましょうよ」
「……そ」
レイチェルが、顔を背けた。
「そこまで、……言うなら、……相手、してあげないことも、……なくってよ……」
「ええ。話し相手になってよ!」
アメリがにこにこ微笑む。レイチェルは嬉しそうに頬を赤らめて、顔を背ける。
(……不器用な奴ね)
信頼し合ってるなら、素直に言葉を吐きだせばいいのに。
彼氏が出来ても、一緒に遊んでねって言えばいいのに。
(不器用な奴ね)
あたしは冷めた紅茶を飲む。冷めてはいたが、まろやかな味わいが舌に残る紅茶だった。
(*'ω'*)
あたしはブラシで髪を整いながら、愚痴を吐く。
「パーティーなんか参加しなくて正解じゃない。レイチェルとつまらない会話をしてしまったわ」
「んー? そうなの?」
ドロシーが客室のソファーにくつろぎ、のんびりとあたしを見た。
「アメリに彼氏が出来たから、別れさせろって」
「おやおや」
「別にいいじゃない。友達なら二人の仲を応援するべきだわ。傲慢さは世界が一巡しても変わらないわね」
「レイチェルって、確か親の離婚を体験してるんだろ?」
だからじゃない?
「自分を置いていってしまうんじゃないかって恐怖が、頭から離れないのさ」
「もうあいつ15歳よ」
「何言ってるの。15歳って、まだ15年しか生きてないんだよ? トラウマを克服出来るわけないだろ」
「アリスだって頑張って生きてるわ」
いきたがりのアリスだって、
「人それぞれ、恐怖は違うものさ」
ドロシーがキャンディを舐めた。
「ジャックは見事に皆に恐怖を残したようだね。流石は10月のお化けだ」
「そうね。悪夢は確かに胸糞気分が悪かった」
「でも、テリーも随分と成長したじゃないか」
「何が?」
「この世界において、君が出席するパーティーが喧嘩祭になることはなくなった」
「メニーがいるもの」
レディ同士の陰湿な話が始まったら、メニーを引っ張って、どこかにやらないといけない。アメリが中に入って、冗談が過ぎるわよ! おほほほ! って笑い飛ばして、あたしはメニーとどこかで美味しいものでも摘まむ。あとからアメリと合流して、メニーにはそんな声を与えないようにする。
「喧嘩なんかしてる暇ないわ。暴れてる奴らがいたら、メニーを引っ張って、見えないようにしないと」
「今夜も何もなくて良かったじゃない」
「今夜のパーティーはレイチェルのおじさんのパーティーだもの」
レイチェルが大騒ぎにならないよう見張ってたのもある。その横にはアメリもいた。二人で見張ってた。
「……二人の友情は、よく分かったわ」
とりあえず、
「これで牢屋に入れられても、レイチェルが罵倒しに来ることはなさそう」
「それは大丈夫だよ。リオンが君に対する絶対死刑回避を約束したんだから」
「あいつもあいつで考えがコロっと変わるのよね……」
ため息をつき、ブラシを置く。
「はあ。疲れたわ。何も考えたくない」
「お疲れ様」
「ドロシー、さっさと部屋に戻りなさい。メニーが寂しがってるわよ」
コンコン、とノック音。
「ほら来た」
呟いて立ち上がり、扉へ足を向ける。開くと、メニーが枕を持っていた。
「お姉ちゃん」
「ドロシーでしょ。ドロシー」
「にゃあ」
呼ぶと、緑の猫がメニーに歩いていく。あたしは一歩引く。
「じゃあね。メニー。おやすみ」
「待って、お姉ちゃん」
扉を押さえられる。あたしはむっとして、メニーを見下ろす。
「何?」
「……なんか、客室って、あんまり慣れなくて……」
メニーが枕を抱いて、あたしを見上げた。
「一緒に、寝たり、しちゃ、だめかなぁ、とか、思ったり……思わなかったり……」
「思わなかったのね」
扉を閉めようとすると、メニーが全力で扉を押さえてきた。
「ごめんなさい! 一緒に寝てください!」
「今までも同じ客室で寝たことあるでしょう」
「お姉ちゃん、10月が終わったばかりなんだよ? ジャックが屋敷に色々してきて、私、本当に怖かったんだから!」
「もう来ないわよ。11月なんだから」
「お願い! お姉ちゃん、一緒に寝て! お願い!!」
(はあ……)
寝る時くらい一人になりたい。というか、メニーとなんか寝たくない。
「にゃあ」
そういうわけなら、とドロシーが再びソファーに戻る。くつろぎ始める。
「こら、ドロシー」
「お姉ちゃん」
メニーがあたしのネグリジェをつまんだ。
「……だめ?」
上目遣いで見上げてきて、こてんと小首を傾げる。
――あたしは心から、思う。
(駄目に決まってるだろうが!!!)
心が叫ぶ。
(お前がそんなキラキラ目を輝かせて上目遣いで見てきたところで、何とも思わないのよ! あたしがお兄ちゃんだったら良かったわね! でもね、あたしはお姉ちゃんなの! 同性なのよ! 女同士なのよ! 女が女を上目遣いで見るんじゃないの! 憎たらしさしか心に残らないでしょうが!)
しかし、内の心を隠して、あたしはにっこりと微笑む。
「もー、しょうがないわね。いらっしゃいな」
「ありがとう」
メニーがベッドに移動する。シーツをめくり、枕を置いて、寝る準備を終わらせた。
「トイレは?」
「大丈夫!」
あたしもベッドに横になる。
「消すわよ」
「ん」
ランプを消して、部屋が暗くなる。
(疲れた……)
ドレスって、意外と重いのね。
(疲れた……)
「お姉ちゃん」
横を向けば微笑むメニーがいる。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
あたしは仰向けで眠る。メニーはあたしに体を向けて眠る。
「お姉ちゃん」
「メニー、疲れてるの」
「はい」
部屋が静かになる。
メニーの頭があたしの肩にくっついた気がした。
あたしは眠る。深呼吸をして、吸って、吐けば、簡単に意識が遠くなる。メニーが傍にいるのに、それも気にならないくらい疲れているようだ。
(これだけ疲れてたら、夢も見ないでしょうね)
意識が遠くなる。
意識が遠くなる。
遠く、なっていく。
「テリー」
微笑む。
「テリー」
顔を覗きこむ。彼女はすやすや眠っている。顔は脱力して、目元がたらんと垂れ、あどけない顔つきになっている。
まるで、一度目の世界の彼女のように。
「ふふ」
手を握る。
「ふふ」
抱きしめてみる。
「ふふふ!」
頰に唇を近づけてみる。
「……」
唇を押し付けてみる。自分の唇が彼女の頰に当たる。柔らかい。その瞬間、胸がトクンと動いた。苦しくなる。
「テリー」
再び、唇を寄せる。
「テリー」
頰にキスを。
「テリー」
額にキスを。
「テリー」
頭、額、眉、瞼、頰、耳、髪の毛、戻って、鼻、顎、肌、肌、肌、肌に、唇を押し付ける。
「……」
唇を見つめる。そっと、指を触れさせる。柔らかな唇が指に当たる。
「テリー」
キスはしない。
「テリー」
唇には出来ない。
「ここは、テリーが」
青い瞳が見つめる。
「テリーが、私だけを見つめた時に」
少女は切なげに、唇を見つめる。
「テリー」
鼻にキスを。
「ふふっ、テリー」
テリーにキスを。
「可愛い。テリー、綺麗。テリー」
少女が呟く。
「私のテリー」
ふふっ。
「日付を間違えちゃうなんて、テリーらしい」
少女は眠る。
彼女の横で眠る。
幸せそうに微笑んで、抱き締めて、誰にも奪われないように、
隣で眠りにつく。




