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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
五章:おかしの国のハイ・ジャック(後編)
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第19話 乙女が想いを抱く夜


 数日後、隣町へ出かけることになった。


 豪華なドレスを身に着け、豪華な髪飾りを身に着けて、豪華な靴を履いて、豪華な扇子を持って、無駄にでかいお屋敷に入り、パーティーに参加する。


 人々がワイングラスを片手に、乾杯をして、好きに話し始める。初めて顔を合わせ、挨拶をする人もいれば、仕事関係の話をする人もいる。


 その中で、あたしは椅子に座る。アメリも椅子に座る。メニーも椅子に座る。

 一脚、椅子が引かれる。


 嫌いなレイチェルが座ってくる。


(……この面を見るのは、随分と久しぶりな気がする)


 アメリがレイチェルに微笑むと、レイチェルが冷ややかな声で挨拶をする。


「久しぶりね。アメリアヌ」

「元気だった? レイチェル」

「ご心配は無用。悪夢がきたところで、私はジャックなんかに負けたりしなかったわ」

「レイチェル相手だと、流石のジャックでも敵わないでしょうね!」

「ふん!」


 レイチェルが鼻を鳴らし、メニーに顔を向ける。レイチェルがにっこりと微笑む。


「メニー」

「ご無沙汰しております。レイチェルさん」

「お前はいつでも礼儀正しいわね。私、礼儀正しい方は嫌いじゃなくってよ」

「レイチェルさんは相変わらずお綺麗で、とても優しいです」

「当然ですわ。貴族として心遣いは当たり前のこと。メニー、覚えておきなさい。人に親切にしておくと、後に良いことが起きるのよ」


 ちらっと、あたしを見た。


「……お前が来るとは思わなかったわ。テリー」

「悪い?」

「ちょっと」


 アメリがあたしを小突いた。


「またそうやって喧嘩腰になるんだから」

「別に喧嘩腰になんかなってない」

「あんたの言い方に棘があるのよ」

「棘を感じるのは人それぞれだわ」

「テリー」


 アメリに叱られ、あたしは黙って腕を組む。ふん、とレイチェルが鼻を鳴らした。


「そのような言葉遣いだと、人が寄ってこなくってよ。テリー」


 レイチェルがにやりと笑った。


「お前、友達いないでしょう」

「あんたも人のこと言えないでしょ」


 アメリがじっとレイチェルを見る。レイチェルが視線を逸らした。


「な、何を言うのよ。アメリアヌ。私は友達が多くってよ」

「へえ? 本当に?」

「な、何よ。本当よ。今日だって沢山呼んでいるのだから」

「へえ。そっか」


 アメリアヌが微笑んだ。


「私はレイチェルの友達だからパーティーに呼んでもらったのだと思ってたけど、他にいるなら、もうパーティーに出席しなくてもいいわね」

「ちょっと!」


 レイチェルが慌ててアメリに顔を向けた。


「な、なんで、そうなるのよ!」

「えー? だって、他に友達がいるんでしょ? 私が毎回参加しなくても、他の人達を呼べばいいじゃない」

「アメリアヌは来なければ駄目よ!」

「どうして?」


 アメリが微笑んで訊く。レイチェルが黙る。考える。ひらめいたようだ。


「コ」


 レイチェルが顔を引き攣らせながら笑った。


「コックが、アメリアヌのために、アメリアヌの好きな食事を用意しているのよ!! お前、貴族のくせに、人の厚意を受け取らない気!?」

「だったら他の人の好きなものを用意するようあんたから言えば?」

「コックはアメリアヌを気に入ってるようなのよ! だから、アメリアヌは私の屋敷で開催するパーティーには、絶対参加しなければいけないのよ!」

「あははは! 必死になりすぎじゃない?」

「必死になんか、なってなくってよ!?」

「冗談よ。私はレイチェルのパーティーが好きだから来てるの。これからも呼んでくれる?」

「っ」


 アメリアヌの笑みに、レイチェルが顔を赤らめて顔を背ける。


「そ、そうね。……まあ、人数合わせで? 呼んであげないこともなくってよ?」


 使用人が四人分のティーカップを用意し、紅茶が注がれる。

 あたしは紅茶を飲む。びくりと、肩を揺らす。


(……熱い)


 顔に出さず、ソーサーの上にカップを戻す。


(……舌がピリピリする)


「ハロウィンはどうだった?」


 アメリがレイチェルに訊く。レイチェルが扇子を仰いだ。


「久しぶりに城下町まで出かけたわ。あの人の多さ、どうにかならないのかしら」

「あら、来てたの? 会わなかったわね」

「ふん、アメリアヌ、私の仮装を見れなかったなんて、とても残念だったわね。とてもとても美しかったのよ」


 メニーが横から訊いた。


「どんな仮装をされたんですか?」

「ふふ。メニー、よくぞ聞いてくれたわね」


 レイチェルがにやりと微笑む。


「私、白鳥を前提としたドレスを着たのよ。ほら、白鳥の池というバレエがあるでしょう? あれの白鳥よ」

「え、同じ」


 アメリが言うと、レイチェルがアメリを睨んだ。


「……何ですって?」

「私も白鳥の池を前提にドレスを作ったのよ!」


 アメリがケタケタ笑った。


「やだ。余計に会いたかったわ! 会ったらお揃いで写真が撮れたかもしれなかったのに」

「おそろ……」


 レイチェルが目を見開く。


「お揃いですって……?」


 レイチェルが唇を震わせる。


「アメリアヌとお揃い……」


 友達とお揃い。


「……」


 はん、とレイチェルが笑った。


「お揃いなんてくだらない! お前に遭遇しなくて正解だったわ!!」


(……ああ)


 あたしは哀れみの目でレイチェルを見る。


(気持ちは分かる)


 レイチェルの手が震えている。


(多分だけど)

(本当に、多分だけど)


 すごくアメリに会いたかったんじゃないかしら。


(あいつ、お揃いって聞いた瞬間、目が輝いてた)

(あいつ、余計に会いたかったって言われて、はっとしてた)


 あたしは二人を眺めて、頭の中で納得する。


(どうやら、本当に一度目の世界と違うみたい)


 レイチェルとアメリはお互いの理解者である。お互いに好意を寄せ、信頼し合っている。


 あたしとアリスのように、レイチェルとアメリも友情を築いている。


(一度目の世界では、絶対に、ありえない)


 あたしが覚えているレイチェルは、むかつく我儘な傲慢女で、牢屋に入ってから、わざわざあたし達を馬鹿にするために訪問してくるような、非道な女だった。


(だけど)


 アメリが笑って、その顔を見て、レイチェルがむすっとしながら、言葉を探している。もっとアメリと話したいと言うように、言葉を探しては、皮肉めいた言葉を投げかける。


「ところでアメリ、デートはどうだったのかしら?」

「あら、訊きたいの?」

「どうせ失敗したんでしょう?」

「何言ってるのよ」


 アメリがくすくすと笑う。


「付き合うことになったわ」

「は?」


 レイチェルが一瞬硬直して、すぐに笑い出す。


「おほほほ! アメリアヌ、素直になりなさいな。いいのよ。どうせ振られたんでしょう? 慰めてあげるわ」

「レイチェル、彼って本当に素敵よ。何から何まで紳士的。私、もう彼にぞっこんなんだから」


 レイチェルが黙った。扇子を仰ぐ。アメリが紅茶を飲むメニーを見た。


「メニー、ほら、私達、夕方に別れたでしょう? その後に彼と合流して、もう、すごかったのよ。とてもロマンチックで濃厚な時間を過ごしたの」


 レイチェルが黙る。


「彼ね、すごくシャイだから、……ここだけの話よ? キスは出来なかったの」


 レイチェルの口角が上がる。


「だから、私が彼の頬にキスをしたのよ」


 メニーが口を押さえて、ひゃ、と言ってにやけた。レイチェルの口角が再び下がった。


「彼、顔が真っ赤になって、ああ、可愛かったわ。また会いたくなってきた」


 アメリがでれでれと惚気だす。メニーが微笑ましそうに見つめる。アメリがレイチェルの肩を叩いて、笑った。


「悪いわね! レイチェル! 私だけ幸せになっちゃって!!」


 おーほっほっほっほっほっ!!


「また近いうちに会うのよ。次はどこにデートに行こうかしら」

「ちょっと失礼」


 レイチェルが席を立った。アメリがきょとんとして、レイチェルを見上げた。


「ん? どうしたの?」

「私、テリーに用事があるのだった」

「は?」


 あたしはレイチェルを見上げた。


「あたし?」

「そうよ」

「何?」

「話したいことがあったのよ。思い出したわ」

「あたしに?」

「そうよ」

「今、話せばいいじゃない」

「二人きりで話しましょう」


 レイチェルが人差し指をちょいちょいと動かして見せる。


「こちらへ」

「……」


 あたしは席を立つ。レイチェルが歩き出し、その後ろについていく。アメリとメニーが目を合わせて、首を傾げて紅茶を飲む。

 レイチェルが扉を開けて、ホールから出た。


「いらっしゃいな」

「何よ」


 ホールから出て、赤いカーペットの敷き詰められた廊下に出る。レイチェルが鋭い目をあたしに向けて、口を開けた。


「テリー。お小遣いをあげるわ」

「は?」

「阻止しなさい」

「……阻止って?」

「邪魔して、二人の仲を壊してやるのよ」

「……何の話?」

「……だから」


 レイチェルが突然、ぶちぎれた。


「アメリを破局させろって言ってるのよ! ばかっっっっ!!!!!!!!!」


 あたしの髪の毛がレイチェルの怒鳴り声の風でなびく。きょとんと瞬き。レイチェルが目を充血させ、ハンカチを噛んだ。


「アメリは! 騙されているのよ!! 野蛮な狼が優しい紳士のふりして、アメリに近づいているに決まってる! 遺産目的よ! お金目的に違いなくってよ! きっとどこかの貧乏の男が、巧みにアメリを騙しているのよ!!」

「……落ち着きなさい。レイチェル」


 あんた、さっきまでアメリのこと、アメリアヌって呼んでたじゃない。


「テリー! 大事なお姉様が、傷つけられてもよくって!?」


 ああ! お前はなんて姉不幸な妹なの!


「いいわ。何が欲しいの。私がお前にお小遣い、もしくは賄賂をさしあげる。それでアメリを破局させなさい。全てはアメリのためなのよ」

「ねえ、落ち着いて。いいじゃない。人生経験で恋愛は大事なことでしょ。彼氏がいないからって意地張らないの」

「くううううううううう!!! お前、馬鹿じゃないの!!?? アメリは私と同じ! 15歳なのよ! まだ15歳! 15歳で恋愛なんて早くってよ!!」


 びりり!


 レイチェルがハンカチを噛み破いた。破れたハンカチを見て、ドレスのポケットにしまい、再び新しいハンカチを取り出して、歯に挟んだ。ついでのように、あたしに顔を向けた。


「15歳はまだ勉強をするべきだわ。そしてお友達と沢山遊ぶべきだわ。お前も遊びたい盛りでしょう?」

「……まあ」

「つまり、アメリは! 恋愛などくだらないことをしている暇はないのよ!!」


 そんな暇があるなら、


「私と遊べばいいのよ!!!」


 別に?


「私は、寂しいアメリの遊び相手になってさしあげてもよくってよ?」


 というわけで、


「テリー、お前にかかってるわよ」

「なんで。お断りよ」

「えっ」

「ねえ、断られると思ってなかったって目をするの、やめてちょうだい」


 あたしが言うと、レイチェルが困惑の表情になる。ポケットからキャンディを取り出す。


「しょうがないわね。話を受けてくれるなら、これをさしあげても良くってよ」

「いらない」

「えっ」


 レイチェルがぽかんとして、キャンディを捨てる。クッキーを取り出す。


「仕方ないわね。これならどう?」

「いらない」

「え」


 レイチェルがまさか、と言いたげに、クッキーを捨てた。ポケットに触れ、俯く。


「……。……じゃ、……じゃあ……」


 レイチェルがポケットから写真を取り出した。アメリの顔が映った写真だった。


(ん?)


 目が写真に向けられていない。アメリが誰かと話したり、笑ったりしているところを、他所から撮ったような構図だった。


「……」

「……これ……」


 レイチェルの手が震えている。


「これを……さしあげますわ……だから……二人の仲を……!」

「いるか!!」


 いらんわ! アメリの写真なんか!!


「いいじゃない! 別に彼氏くらい! どうせすぐに別れるわよ!」

「べ、別に、私はいいのよ。気にしてなくってよ。……でも、でも、もしよ? これでアメリがもしも、強引に、キスをされたり、体を重ねられたりしたら、お前はどう責任を取るつもりなの? アメリが傷ついたらお前のせいよ!? アメリが人間不信になったら、お前の責任よ!!?」

「考えすぎよ! レイチェル!! 落ち着きなさい!」

「ア、アメリに、かれ、彼氏、彼氏……あばばば、彼氏……!」

「大丈夫よ。どうせ何事もなく別れるから」

「別れなかったらどうするのよ……。そのまま彼氏に集中して、私のパーティーに来なくなったら、どうするのよ……!」

「……だったら、彼氏もパーティーに呼べばいいじゃない」


 レイチェルがはっとする。


「……その手があったわね」


 レイチェルの目が、急に凛と輝きだす。


「お前にしては良い提案だわ。褒めてさしあげる」

「……ああ、どうも」

「それで、アメリの彼氏はどういう男なの?」

「知らない」

「見てるんでしょう? 会ってるんでしょう? どういう奴か教えなさい」


 勘違いしないでちょうだい。


「別に、気になってるわけじゃなくってよ?」


 ただ、


「あのアメリに近づく馬鹿な男に興味があるのよ。教えなさい」


(そういうのを、気になってるというんじゃ……)


 あたしはため息を吐き、うなだれる。


「アメリに直接訊けば?」

「お前、会ってないの?」

「会ってない」

「……そう」


 レイチェルがハンカチを噛むのをやめた。


「お前はもっとお姉様と一緒にいるべきだわ。間違いない」


 そして、


「アメリの男の影を感じたら、私に連絡なさい。いいこと。少しでも感じたら手紙でも電話でも何でもいいから報告なさい」

「自分で調べればいいじゃない」

「お前、この! いいじゃなくって! 少しくらい! お前はいつでもアメリの傍にいられるくせに!」


 羨ましげな目で見られても、あたしは何も誇らしくないし、自慢にもならないし、嬉しくない。


「……レイチェル」


 あたしはレイチェルの肩に、手をぽんと置いた。


「大丈夫よ。アメリ、あんたのこと親友って言ってたから」

「し、親友!? それは本当なの?」

「なんで嘘つく必要があるのよ」

「アメリが私を親友と言っていたのね?」

「ええ」

「ふん!!」


 勝ち誇ったように、レイチェルが笑った。


「馬鹿な男め! アメリに私のように美しい親友がいるとは気づかずに、アメリを騙そうと近づくなんて! 下劣な奴! 恥を知るがいい!」

「……」

「偉いわ。テリー。褒めてさしあげる」


 あたしは哀れみの目をレイチェルに向ける。


「……もう戻っていい?」

「その前に」

「今度は何よ」

「今の話は全て私達だけの秘密よ」

「誰も言わないわよ……」

「結構」

「はあ……」


 あたしは扉を開ける。二人でホールに再び入り、テーブルに戻る。アメリとメニーがあたしの疲れた顔と、凛とするレイチェルの顔を見上げた。アメリが首を傾げる。


「何々? あんた達、喧嘩してたわけじゃないでしょうね?」

「アメリアヌ、私がそんな子供じみた真似をすると思って? テリーにお菓子を渡してさしあげていたのよ」

「お菓子?」

「ええ。テリーがどうしても食べたいお菓子があると言っていたから、私がさしあげたの」

「ふーん」


 アメリが座ったあたしに顔を向けた。


「何が食べたかったの?」


 レイチェルを見る。レイチェルがあたしを睨む。あたしはため息をついた。


「……キャンディ」

「キャンディなら、屋敷にもあるでしょ」

「屋敷で舐めたらママがうるさいじゃない。レイチェルからこの町限定のやつを貰ったの」

「えー? テリーだけ?」


 アメリが座ったレイチェルに顔を向けた。


「ねえ、レイチェル。私にはないわけ?」

「何? 欲しいの? お前、彼氏が出来たくせに子供じみているのではなくって?」

「いいじゃない。美味しいなら私も欲しいわ」


 アメリがメニーに微笑む。


「メニーも欲しいでしょ?」

「うん!」

「しょうがないわね!!」


 レイチェルが高らかに笑った。


「そんなに言うなら、さしあげないこともなくってよ!?」

「それじゃあ、また寝る前にでも」

「何よ! アメリアヌ、寝る前に私の部屋に来るつもり!?」

「ええ。私のひそかな楽しみなの。いつも通り、二人だけの話をしましょうよ」

「……そ」


 レイチェルが、顔を背けた。


「そこまで、……言うなら、……相手、してあげないことも、……なくってよ……」

「ええ。話し相手になってよ!」


 アメリがにこにこ微笑む。レイチェルは嬉しそうに頬を赤らめて、顔を背ける。


(……不器用な奴ね)


 信頼し合ってるなら、素直に言葉を吐きだせばいいのに。

 彼氏が出来ても、一緒に遊んでねって言えばいいのに。


(不器用な奴ね)


 あたしは冷めた紅茶を飲む。冷めてはいたが、まろやかな味わいが舌に残る紅茶だった。



(*'ω'*)





 あたしはブラシで髪を整いながら、愚痴を吐く。


「パーティーなんか参加しなくて正解じゃない。レイチェルとつまらない会話をしてしまったわ」

「んー? そうなの?」


 ドロシーが客室のソファーにくつろぎ、のんびりとあたしを見た。


「アメリに彼氏が出来たから、別れさせろって」

「おやおや」

「別にいいじゃない。友達なら二人の仲を応援するべきだわ。傲慢さは世界が一巡しても変わらないわね」

「レイチェルって、確か親の離婚を体験してるんだろ?」


 だからじゃない?


「自分を置いていってしまうんじゃないかって恐怖が、頭から離れないのさ」

「もうあいつ15歳よ」

「何言ってるの。15歳って、まだ15年しか生きてないんだよ? トラウマを克服出来るわけないだろ」

「アリスだって頑張って生きてるわ」


 いきたがりのアリスだって、


「人それぞれ、恐怖は違うものさ」


 ドロシーがキャンディを舐めた。


「ジャックは見事に皆に恐怖を残したようだね。流石は10月のお化けだ」

「そうね。悪夢は確かに胸糞気分が悪かった」

「でも、テリーも随分と成長したじゃないか」

「何が?」

「この世界において、君が出席するパーティーが喧嘩祭になることはなくなった」

「メニーがいるもの」


 レディ同士の陰湿な話が始まったら、メニーを引っ張って、どこかにやらないといけない。アメリが中に入って、冗談が過ぎるわよ! おほほほ! って笑い飛ばして、あたしはメニーとどこかで美味しいものでも摘まむ。あとからアメリと合流して、メニーにはそんな声を与えないようにする。


「喧嘩なんかしてる暇ないわ。暴れてる奴らがいたら、メニーを引っ張って、見えないようにしないと」

「今夜も何もなくて良かったじゃない」

「今夜のパーティーはレイチェルのおじさんのパーティーだもの」


 レイチェルが大騒ぎにならないよう見張ってたのもある。その横にはアメリもいた。二人で見張ってた。


「……二人の友情は、よく分かったわ」


 とりあえず、


「これで牢屋に入れられても、レイチェルが罵倒しに来ることはなさそう」

「それは大丈夫だよ。リオンが君に対する絶対死刑回避を約束したんだから」

「あいつもあいつで考えがコロっと変わるのよね……」


 ため息をつき、ブラシを置く。


「はあ。疲れたわ。何も考えたくない」

「お疲れ様」

「ドロシー、さっさと部屋に戻りなさい。メニーが寂しがってるわよ」


 コンコン、とノック音。


「ほら来た」


 呟いて立ち上がり、扉へ足を向ける。開くと、メニーが枕を持っていた。


「お姉ちゃん」

「ドロシーでしょ。ドロシー」

「にゃあ」


 呼ぶと、緑の猫がメニーに歩いていく。あたしは一歩引く。


「じゃあね。メニー。おやすみ」

「待って、お姉ちゃん」


 扉を押さえられる。あたしはむっとして、メニーを見下ろす。


「何?」

「……なんか、客室って、あんまり慣れなくて……」


 メニーが枕を抱いて、あたしを見上げた。


「一緒に、寝たり、しちゃ、だめかなぁ、とか、思ったり……思わなかったり……」

「思わなかったのね」


 扉を閉めようとすると、メニーが全力で扉を押さえてきた。


「ごめんなさい! 一緒に寝てください!」

「今までも同じ客室で寝たことあるでしょう」

「お姉ちゃん、10月が終わったばかりなんだよ? ジャックが屋敷に色々してきて、私、本当に怖かったんだから!」

「もう来ないわよ。11月なんだから」

「お願い! お姉ちゃん、一緒に寝て! お願い!!」


(はあ……)


 寝る時くらい一人になりたい。というか、メニーとなんか寝たくない。


「にゃあ」


 そういうわけなら、とドロシーが再びソファーに戻る。くつろぎ始める。


「こら、ドロシー」

「お姉ちゃん」


 メニーがあたしのネグリジェをつまんだ。


「……だめ?」


 上目遣いで見上げてきて、こてんと小首を傾げる。


 ――あたしは心から、思う。


(駄目に決まってるだろうが!!!)


 心が叫ぶ。


(お前がそんなキラキラ目を輝かせて上目遣いで見てきたところで、何とも思わないのよ! あたしがお兄ちゃんだったら良かったわね! でもね、あたしはお姉ちゃんなの! 同性なのよ! 女同士なのよ! 女が女を上目遣いで見るんじゃないの! 憎たらしさしか心に残らないでしょうが!)


 しかし、内の心を隠して、あたしはにっこりと微笑む。


「もー、しょうがないわね。いらっしゃいな」

「ありがとう」


 メニーがベッドに移動する。シーツをめくり、枕を置いて、寝る準備を終わらせた。


「トイレは?」

「大丈夫!」


 あたしもベッドに横になる。


「消すわよ」

「ん」


 ランプを消して、部屋が暗くなる。


(疲れた……)


 ドレスって、意外と重いのね。


(疲れた……)


「お姉ちゃん」


 横を向けば微笑むメニーがいる。


「おやすみなさい」

「おやすみ」


 あたしは仰向けで眠る。メニーはあたしに体を向けて眠る。


「お姉ちゃん」

「メニー、疲れてるの」

「はい」


 部屋が静かになる。

 メニーの頭があたしの肩にくっついた気がした。

 あたしは眠る。深呼吸をして、吸って、吐けば、簡単に意識が遠くなる。メニーが傍にいるのに、それも気にならないくらい疲れているようだ。


(これだけ疲れてたら、夢も見ないでしょうね)


 意識が遠くなる。

 意識が遠くなる。



 遠く、なっていく。










「テリー」



 微笑む。



「テリー」



 顔を覗きこむ。彼女はすやすや眠っている。顔は脱力して、目元がたらんと垂れ、あどけない顔つきになっている。



 まるで、一度目の世界の彼女のように。



「ふふ」



 手を握る。



「ふふ」



 抱きしめてみる。



「ふふふ!」



 頰に唇を近づけてみる。



「……」



 唇を押し付けてみる。自分の唇が彼女の頰に当たる。柔らかい。その瞬間、胸がトクンと動いた。苦しくなる。


「テリー」


 再び、唇を寄せる。


「テリー」


 頰にキスを。


「テリー」


 額にキスを。


「テリー」


 頭、額、眉、瞼、頰、耳、髪の毛、戻って、鼻、顎、肌、肌、肌、肌に、唇を押し付ける。


「……」


 唇を見つめる。そっと、指を触れさせる。柔らかな唇が指に当たる。


「テリー」


 キスはしない。


「テリー」


 唇には出来ない。


「ここは、テリーが」


 青い瞳が見つめる。


「テリーが、私だけを見つめた時に」


 少女は切なげに、唇を見つめる。


「テリー」


 鼻にキスを。


「ふふっ、テリー」


 テリーにキスを。


「可愛い。テリー、綺麗。テリー」


 少女が呟く。


「私のテリー」


 ふふっ。





「日付を間違えちゃうなんて、テリーらしい」








 少女は眠る。

 彼女の横で眠る。

 幸せそうに微笑んで、抱き締めて、誰にも奪われないように、


 隣で眠りにつく。




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