第17話 ハロウィン祭(2)
9時。商店街通り。
商店街の入り口が開く。人々が一気に押し込んだ。仮装で踊る人、ピエロ、若者、子供達も、一気に入ってきた。
「いらっしゃいませー!」
大勢の人々が大声を張り上げる。
「さーさー! 寄ってらっしゃい!」
「ハロウィンだよー!」
「ゲームをしていかないかい!」
「どぉーだー! こっちで悪戯していかないかーい! 一回10ワドルー!」
「さあさあ! どうだい!? 一つおまけしておくよ!」
「焼き栗ー!」
「焼き芋ー!」
「果物もありますよぉー!」
「肉はどうだー!」
「ふしゅー……。ふしゅー……」
「トリック・オア・トリート!」
「お菓子くれないと悪戯しちまうぞー!」
「ほらほら! お菓子はどうしたー!」
「甘いものはこちらー!」
「ケーキもあるよー!」
「女王様! お菓子ください!!」
ヤギの帽子を被った七人の子供達が、アリスにお金を差し出した。
「七人の小さき者達よ! 合言葉を言わないと首を跳ねるわよ!」
「「トリック・オア・トリート!」」
「よく出来ました! えーい! 持っていけぇー!」
アリスが子供達にお菓子を渡していく。子供達が楽しそうにお菓子を手に持った。
「これで今日はばっちりだね!」
「ジャックに悪戯されないや!」
「どこ回る?」
「挙手制で」
「あっちは?」
「ちょっと待ってよ! 皆で行動しないと!」
「そうだよ! ママに怒られる!」
子供達がわいわい言い争いながら走っていく。その間にも客は押し寄せる。
「それをちょうだい」
「はい! 200ワドルです!」
リトルルビィが笑顔で接客する。あたしは無表情で客を見つめる。
「ハニー! どれがいい!? 何でも買ってあげよう!」
「ダーリン! あれなんかどう!?」
「わお! 腕の形のパンケーキ! なんて素敵なんだ!」
「私達はきっと手と手を結び合って出会う運命なんだわ!」
「そうさ! ハニー! 僕達は永遠の手を繋ぎ続けるのさ!」
「ダーリン!」
「ハニー!」
「……300ワドルデス」
300ワドルを箱に入れる。
「アリガトウゴザイマス」
「行きましょう! ダーリン!」
「おいおい、待てよ! ハニー! 全く素敵なゴーストちゃんめ!」
(……どっかで見たことある二人ね……)
なんか妙にいらっとする。
しかし、接客は続く。
「それを」
「100ワドルデス」
「あれがいいな」
「はい! 200ワドルです!」
「これとあれとそれと」
「え、ええっと……カリンさん、そろばんってどう使うんですか?」
「アリスちゃん、こことここがこれで……」
「ああ……全く分からない……」
「それ取って」
「500ワドルデス」
「ジョージさん、クッキーがなくなりそうです!」
「はいはいはい!」
「リタちゃん、儲かってるじゃない」
「ハロウィンくらいはねぇ」
「はぁい。お釣りですぅ」
「どうも」
「お姉ちゃん、それください!」
「……100ワドルデス」
「ママ、あの猫のお姉ちゃん! すっごい棒読み!!」
「こら! そういうこと言わないの!」
10時。
(疲れた……)
一時間があっという間に過ぎていった。
「すみませぇーん!」
「ハイ」
見上げる。その顔を見て黙る。
「……」
「ふふ!」
にやりとした目があたしを見下ろす。白鳥のようなドレスを着ている少女。
(……)
その横には、兵隊の制服を身にまとう少女。
(……ふーん)
「白鳥の池。どんぐり割り人形」
「正解よ! テリー!」
「お姉ちゃん、すごい!」
白鳥の仮装をするアメリと、どんぐり割りの兵隊の仮装をするメニーが拍手をした。あたしはアメリをじろりと見る。
「名前で呼ばないで」
「ああ、なんか違う名前使ってるんだっけ?」
「お姉様、ニコラお姉ちゃんだよ」
「ああ。そう。ニコラ! ニコラね!」
アメリがくすくす笑って、働く猫のあたしを見下ろす。
「ふふ! ニコラちゃんの鋭い目に猫は合ってるわね! 化け猫だわ!」
「アメリ、あんたまた似合わないドレス着てきたわね」
「え!?」
「冗談よ」
ふん、と鼻を鳴らす。
「よく似合ってる」
「もう、やめてよ。この後デートなのよ」
アメリがむくれてあたしに言うと、横にいたアリスがひょこりと、顔を覗かせた。
「……ニコラに似てる?」
アリスが呟くと、アメリが笑った。
「あら、当然よ。姉妹なんだから」
「え! あら! やだ、ニコラったら、こんな綺麗なお姉さんもいたのね!」
「やだ! この子分かってるじゃない! ニコラと同い年?」
「私、アリスよ。ニコラの一つ上」
「あ、私と同い年じゃない!」
「え、本当!?」
「アメリアヌよ!」
アメリが手を差し出す。アリスが手を握った。
「初めまして、アメリアヌ! 大人っぽくて、とても同い年に見えないわ!」
「おっほっほっほっ! 初めまして、アリス! うちの馬鹿妹がお世話になっちゃって!」
あたしは目を見開く。
(何ですって?)
……プライド意識が高いアメリが、平民のアリスと笑顔で握手した。
あたしはごくりと唾を呑む。
「……アメリ……」
「何よ」
「あんた……体調でも悪いの……?」
「はあ? こいつ何言ってるの? あら、ルビィもいるじゃない」
アメリが接客中のリトルルビィに手を振った。リトルルビィが笑う。
「こんにちはー!」
「頑張ってるわね。ルビィ!」
「リトルルビィ!」
メニーが接客を終わらせたリトルルビィの前に近付いた。
「わあ、きこりさんだ!」
「わあ、兵隊さんだ!」
二人できゃっきゃっ笑い出す。アメリが再びアリスに微笑んだ。
「アリス、一ヶ月、この馬鹿妹が悪いことしてなかった?」
「全然! いい子だったわよ! すっごく働き者なの!」
アリスがなでなでとあたしの猫フードを撫でる。アメリがくすっと笑った。
「良かったじゃない。友達が出来て」
「……ん」
「ママも安心してると思うわよ」
屈んで、アメリが耳打ち。
「奥、見てみなさい」
「え?」
ちらっと、道の奥を見てみる。仮装したママとギルエドが、贅沢な仮面をつけて立っていた。二人の傍にいる野獣の仮装をしたクロシェ先生が微笑み、目が合ったあたしに手を振った。
「……」
「心配してたのよ。あんた、なんか事件に巻き込まれたんだって?」
「……まあ、でも、無事だったわ」
「うん。ぴんぴんしてるところ見て、やっぱりねって思った。あんた、昔から悪運だけは強いのよね」
「一言余計」
「おすすめのお菓子教えてよ。何が美味しいの?」
「あれ」
社長の手作りの、パンプキンクッキーを指差す。
「ボーイフレンドと食べれば?」
「あら、いいわね。いくら?」
「200ワドル」
「金貨しかないんだけど」
「銀貨は?」
「……メニー!」
アメリがメニーを呼ぶ。メニーが戻ってくる。
「銀貨持ってる?」
「持ってるよ!」
メニーがお財布を開き、銀貨を出す。
「いくら?」
「200ワドル」
「はい」
「悪いわね。あとで返すわ」
「お姉様、両替しておけば?」
「そうね。この後すぐ行きましょう。これじゃあ歩けないし」
「付き合う」
「ありがとう。ああ、なんて良い妹なのかしら。どこかの誰かさんとは大違い」
(前までメニーを虐めてた奴がよく言うわよ)
あたしはクッキーを紙袋に入れてアメリに渡す。
「はい」
「ありがとう」
「メニーは?」
「リトルルビィにお願いしたの!」
手には、お化けの顔が書かれたキャンディとクッキーとビスケットが入った紙袋。アメリアヌがアリスを見た。
「アリス、また今度お話しましょうよ」
「ええ! ぜひ!」
「じゃあ、行くわね。ニコラ」
「お姉ちゃん、頑張ってね!」
メニーがアリスの横にいるリトルルビィに、大きく手を振った。
「リトルルビィ! あとでねー!」
「うん!!」
リトルルビィが手を大きく振る。
メニーが微笑み、アメリと一緒に人混みの中に紛れていった。
アリスが呆然とその方向を見つめた。
「なんていうか、ニコラはメニーよりアメリアヌの方が似てるわね」
「メニーは義妹だから」
「え、そうなの?」
「そうよ」
「そっか。色々事情があるのね。大変ね」
「そう。……大変なのよ……」
アリスに頷くと客が来る。アリスが笑顔の仮面をつける。
「あ、いらっしゃいませ!」
あたしにも客が来る。
「イラッシャイマセ」
「ふふっ」
クロシェ先生が笑った。
「こんにちは」
「こんにちは」
「素敵な仮装ね」
「先生も」
「オーダーメイドで作ってもらったの。すごいでしょ。がおー」
クロシェ先生が大きく口を開けて、おどけてみせて、自分でくすくす笑い出す。そして、くるりと振り向く。
「奥様」
贅沢な魔女の仮装をするママが、クロシェ先生に引っ張られるまま、あたしに近づく。仮面越しから鋭い目であたしを見下ろす。
「……」
「……イラッシャイマセ」
「っ」
ママが隣にいるギルエドに、ぼそりと言った。
「ギルエド、テリーがいらっしゃいませと言ったわ! まるで庶民のようよ!」
「ええ! そうですね! 奥様!!」
「うまく庶民の中に紛れ込んでるわ!」
「ええ! そうですね! 奥様!!」
「……」
あたしはクロシェ先生を見る。
「どうします?」
「私はそうね。グミはある?」
「あれですね。美味しいですよ」
あたしは棚から持ってくる。
「150ワドルです」
「はい」
「ありがとうございます」
「ふふっ。ありがとう。私ね、昔からグミが好きなの」
「そうなんですか」
「奥様はどうします?」
クロシェ先生に訊かれ、ママがちらっと棚を見た。
「……糖分が入ってるものは、体に良くないわ」
「……抹茶にしたら?」
「……」
「アールグレイの味付けのロールケーキもあるけど、どうする? ママ好きでしょ?」
「……あら? 私は、お前のママではありませんが?」
(……面倒くさいわね……)
あくまでシラを通す気らしい。あたしは口調を変える。
「……甘くなければ、嫌いじゃありませんよね?」
「……ええ」
「持ってきます」
アールグレイ味のロールケーキを棚から取り出し、袋に詰める。ママに手を差し出す。
「600ワドルです」
「……ギルエド」
「こちらに」
ギルエドが財布から600ワドルを出す。
「ん」
ママがあたしに600ワドルを渡した。
「丁度頂戴シマス」
あたしはお会計を済ませる。
「アリガトウゴザイマス」
「ああ!」
ママが口を押さえて、後ろに倒れる。しかし地面に倒れる前に、ギルエドが支えた。
「なんてこと! ギルエド! テリーが、お礼を言ったわ!」
「ええ! ええ! そうですね!!」
「なんて素晴らしい言葉遣いなのかしら!」
「ええ! ええ! そうですね!!」
「急成長だわ!」
「実に感動的です!! 奥様!!」
「……明日、帰っていい?」
「ふふっ」
クロシェ先生があたしの猫フードを撫でた。
「帰ってきなさい。皆で待ってるわ」
「はい」
「じゃあね、テリー。頑張って」
「はい」
「失礼いたします。お嬢様」
「じゃあね」
ギルエドとクロシェ先生がくるりと振り返り、ママの背中を押した。
「行きましょう。奥様」
「ああ、素晴らしいわ。テリーが、あんなに立派になって……! クロシェ、貴女のお陰よ! どうもありがとう!」
「その話は帰ってから。さあ、奥様、ハロウィン祭を楽しみましょう」
クロシェ先生とギルエドとママが去っていく。
(嵐のようだったわね……)
「ニコラー! 手伝ってー!」
「ん」
アリスに呼ばれて振り返る。再び仕事に戻る。
11時。
時間が進むにつれて、人がどんどん多くなっていく。元々行列だったのに、もっと人が増えた気がした。菓子屋は特にどこも忙しそうだ。
「すみません」
「はい!」
「おばちゃん、あれ下さい!」
「はいよ。ありがとね」
「すみませーん!」
「はーい!」
「すみません」
「ハイ」
振り返る。素敵な小柄のイケメンが、あたしに声をかけた。
「いいですか?」
「っ」
あたしは息を呑む。
(また会えた!!)
イケメンのピグレット!! レオと一緒にカードゲームをした豚兄弟の弟!
(ひ、久しぶりー!!)
あたしの目が光り輝いた瞬間、左右にいる二人が視界に入り、顔を引き攣らせた。
「げっ」
「「はっ!!」」
ピグとポークが目をハートにさせ、声を揃えた。
「「ニコラ!!」」
「え、兄さん達、知り合い?」
ピグレットが二人に訊くと、二人がピグレットの肩を掴んだ。
「ピグレット! 俺様の彼女のニコラだぜ!!」
「違うよ! 兄ちゃん! ピグレット! 俺の彼女のニコラだぜ!」
「嘘つくんじゃねえよ! ポーク!」
「兄ちゃんこそ嘘つくんじゃないぜ!」
「ちょっと、ここで喧嘩しないでよ。迷惑だよ」
ピグレットが眉をへこませて、あたしを見た。
「すみません。ご迷惑をおかけして……」
「いいんです!!」
(ああ、なんてこと! 中身までイケメンだなんて! 素敵!)
あたしの視界には、光り輝くピグレットしか映らない。
「どれにします!?」
「ピグ兄さん、どうする?」
「俺様、ニコラのおすすめがいいぜ!」
「ポーク兄さんは?」
「俺、ニコラがいいぜ!!」
「あ、ポーク、汚ぇぞ!」
「兄ちゃん! 世の中、言ったもん勝ちなんだぜ!!」
「……あの、クッキーを、……三人分」
「はい!」
あたしは目を輝かせて、三人分のクッキーを袋に詰め、ピグレットに渡す。
「三袋デ、600ワドルデス!」
「はい」
「アリガトウゴザイマス!」
「どうもありがとう」
「こちらこそありがとうございます!」
(きゃっ! イケメンの指と指が触れちゃった!)
「ニコラ! ここで働いてるのか!? 終わったら俺様と……」
「行くよ。ピグ兄さん」
「ニコラ! 俺とデート……」
「行くよ。ポーク兄さん」
「「ニコラ!」」
「ねえ! ぶひぶひうるさいよ! また殴られたいの!?」
「「……はい」」
ピグレットの喝に二人が大人しくなる。ピグレットがあたしに微笑んだ。
「すみません。失礼します。お菓子ありがとう」
そう言うと、三人で仲良く人の波に乗って去っていった。あたしは胸をきゅんとときめかせ、ピグレットの歩いていった方向を乙女の眼差しで見つめていた。
(ああ……! 素敵……! なんてかっこいいの……! 久しぶりのイケメンだわ……! ちゃんとした、残念じゃないイケメンだわ……! 接客最高!!)
きらきらと目を輝かせると、声をかけられる。
「すみません」
「ハイ」
きりっと、接客モード。
「あれを」
「200ワドルデス」
客が次から次へとなだれ込んでくる。
「すみません」
「ハイ」
「すみませーん!」
「はーい!」
「女王様のお姉ちゃん、飴下さい!」
「はい、200ワドルよ!」
「チョコレートの箱を」
「400ワドルデス」
「あれ、君、女の子!?」
「そうですよー! 今日はきこりなんですー!」
「リタ、そっちはどうだい?」
「儲かってるよ!」
「はぁい。100ワドルのお返しでぇす」
「猫ちゃん!」
「100ワドルデス」
「クッキー追加だー!」
「ジョージさん、ついでにロールケーキも!」
「アリス、心配ない。社長が作ってるよ!」
「流石です!」
「200ワドルです!」
「100ワドルデス」
「すみません」
「はい!」
「あの」
「どうぞぉ」
「お会計は」
「こちらで!」
「おばちゃん!」
「はいはい、なんだい?」
「すみません」
あたしの前にゾンビの女性が立つ。腕が傷だらけ。包帯だらけ。
(……)
見上げる。おかしそうに、にこにこ微笑んでいるサリアを見上げた。
「……何それ。特殊メイク?」
「そうですよ。このメイクをするために、朝から早起きして出かけたんです。どうですか?」
リアルなゾンビのサリアがくすくす笑い、だらんと垂れる肉から浮き出る目玉をあたしに向けた。
「ニコラちゃん、元気そうで安心しました」
「連絡がいったんでしょ?」
「ええ。貴女がテロリストの人質になって、無事に救助されたと」
温かいサリアの手が、あたしの頬に触れた。
「無事で良かった。テリー」
「……サリア、あたしがどうやって助かったか、考えておいて」
「あら、謎解きですか? ふふっ。貴女から出されるなんて、これは是が非でも解かなくては」
サリアがテントの中の棚に置いてある品々を眺めた。
「ねえ、ニコラちゃん、貴女はどれが好き?」
「パンプキン系の美味しいわよ」
「ニコラちゃん、パンプキンが好きだっけ?」
「……個人的には、チョコレートの方が好き」
「どれがおすすめ? ゾンビのお姉さんに教えてちょうだい?」
「あれ」
お菓子の詰め合わせに、指を差す。
「色んなのが入ってるの」
「それでは、あれを」
「300ワドル」
あたしは棚からおかしの詰め合わせを取り、袋に入れた。サリアが300ワドルを渡し、微笑んで言った。
「トラック・オア・トリート」
「はい。コチラデス」
袋を渡すと、サリアが微笑む。
「ニコラちゃん、私にも合言葉を言ってくれない?」
「え?」
「早く」
サリアに急かされ、呟く。
「……トリック・オア・トリート」
「はい」
サリアが袋を開けて、あたしに中を見せる。きょとんとしてサリアを見上げると、サリアがにこにこしながら言った。
「悪戯されたくないから、好きなのを取ってください。テリー」
「……別にいいのに」
そう言いつつ、あたしは袋に手を突っ込ませ、チョコレート味のキャンディを三つ取る。
「……ありがとう」
「こちらこそ」
ゾンビのサリアが妖艶な笑みを浮かべた。
「頑張ってね」
あたしの頭を一度撫でてから離れる。楽しそうに鼻歌を奏でながら人混みの中へ消えていった。あたしはキャンディを見下ろして、口元が微かに緩む。
(……やった)
あとで、アリスとリトルルビィと舐めよう。
ポケットに入れたら、また客が雪崩れ込んでくる。
「すみません!」
「はい」
「猫さん、猫さん! 飴下さい!」
「50ワドルデス」
「女王様綺麗!」
「うふふ! もっと言ってくれていいのよ!」
「ニコラ、それ取っておくれ!」
「はい、奥さん!」
「カリンさん!」
「ありがとぉ。ルビィちゃん!」
「リトルルビィ、ジョージに品の追加お願いしてきて!」
「はい!」
「お会計がぁ、150ワドルですぅ」
カリンがお釣りを子供に返す。子供がお釣りを受け取ると、向こうから悲鳴が聞こえた。
「ぎゃあああああああああああ!!」
皆が振り向く。
(……何?)
あたしもそっちへ顔を向ける。
「ん?」
リトルルビィが首を傾げる。
「え!?」
アリスがぞっと顔色を青ざめた。
「きゃあああああああああああ!!」
あたしの背中に隠れる。リトルルビィが顔をぞっと青く染めた。
「きゃああああああああああああ!!」
リトルルビィがあたしの背中に隠れた。人々が悲鳴をあげて道を開けていく。
あたしは奥から出てくる二人を見て、顔を引き攣らせた。
「うわっ」
小さく悲鳴をあげる。
「きゃっ!」
カリンが悲鳴をあげた。
「あっはっはっはっ!」
奥さんが腹から笑った。
人々の中から、可愛い男の子の格好をしたヘンゼと、三つ編みを揺らしてスカートを翻す可愛い少女の格好をしたグレタがお互いの腕を組み、すね毛を見せてスキップしながら飛び跳ねて出てきた。
「ふっ! なんて素敵な光景なんだ!」
「兄さん! とっても楽しいな!!」
「こんな見回りなら、俺はいつだって大歓迎さ!」
「ぎゃああああああああああ!!!」
「ひいいいいいいいい!!!」
「ばけものおおおおお!!!」
すね毛の濃い男達から涙目の子供達が逃げていく。アリスとリトルルビィもあたしの背中に隠れて、体を震わせる。
「おや! 兄さん! ニコラ達が一生懸命働いているぞ!」
「ふっ! 口説きに行くぞ! グレタ!」
「ニコラ!!!」
リトルルビィが涙目で叫ぶ。
「汚らわしいお化け達がこっちに来るーーー!」
「いやあああああああああ!!」
アリスとリトルルビィが悲鳴をあげる。ヘンゼとグレタが腕を組みながらスキップしてこちらへ向かってくる。カリンも青ざめて、腕を広げた。
「こ、この子達はぁ! 私が守りますぅううう!!」
「あっはっはっはっはっ!」
奥さんが一人だけ大爆笑している。ヘンゼとグレタが止まった。
「ふっ! ごきげんよう! 未熟なフルーツガール達!」
「やあ!!」
二人の声を聞いたリトルルビィとアリスが、はっとする。
「うん?」
「あれ、ヘンゼさんとグレタさん?」
「ふふ!」
ヘンゼが銀の髪をなびかせる。
「お兄さん達の麗しい仮装を見て、感動してしまったんだね! ああ! よく分かるよ!!」
「どうだ!! 子供に戻ってみたんだ!!」
「でも男の子だけだとつまらないだろ?」
「俺は女の子だ!!」
「ふっ! なんて素晴らしい仮装なんだ!!」
ヘンゼとグレタが立ち止まると、ドリーム・キャンディに誰も近づかなくなった。少し距離を開けて様子を見る。あたしはじろりと二人を睨んだ。
「さっさと選んで。何が欲しいの?」
「そうだな。ベリーの蕾のキャットちゃん。何がおすすめかな?」
「パンプキンクッキー」
「じゃあ、それで」
「俺はビスケットだ! それと飴ちゃんだ!!」
「合計で……」
算数を思い出して、計算する。
「500ワドル」
「グレタ!」
「兄さん!」
二人が銀貨を出す。あたしはお金を受け取った。
「マイド。アリガトウゴザイマス。サヨウナラ。モウ二度ト来ナイデクダサイ。クタバレクタバレ」
「ふっ! お使いは完了だ! ママが喜ぶぞ!」
「兄さん! これでトリック・オア・トリートと言われても大丈夫だ!」
「俺達にはお菓子が備わっている! これで怖いものは何もない! 好きなだけ見回りが出来るぞ!」
「兄さん! 人の波がすごいぞ!」
「迷子になってしまうかもしれない! ああ、そうだ、グレタ! パンの耳を買いに行くぞ!」
「兄さん! 流石だ! 子供が迷子にならないように、パンの耳で印を作るんだな!?」
「ふっ! その通り!」
「兄さん!! よし! ミセス・スノー・ベーカリーだ!!」
二人が腕を組み直し、再びスキップで進んでいく。すね毛を見た人々が悲鳴をあげて道を開けていく。アリスとリトルルビィとあたしが冷ややかな目で見届ける。あたしは背中に隠れた二人に振り向く。
「……二人とも、持ち場に戻って」
「……ふえぇ……。……怖かったよぉ……」
「ヘンゼさんとグレタさんだったのね。不審者かと思って警戒しちゃったわ」
リトルルビィとアリスが持ち場に戻る。客はまた店に戻ってくる。お菓子を買うために、子供が集まり、年配者が集まり、大人が集まり、ハロウィンのお菓子を買っていく。商店街から人がいなくならない。ずっと人でにぎわっている。
「ああ、疲れたぁ……」
アリスがあたしの肩に頭を乗せた。
「アリス、ヘッドドレスずれるわよ」
「休憩まだかなあ」
「今日は流石に一人ずつじゃない?」
「……そうね。三人一気にいなくなるわけにはいかないかも……」
アリスが頭を上げる。
「よし! 休憩時間まで、アリスちゃんのパワーを見せるわ!!」
アリスが立ち上がる。リトルルビィが振り向く。
「アリス、どこに行くの?」
「サガンさんのところで、珈琲を一杯だけ飲んでくる!」
アリスが奥さんに断りを入れる。
「奥さん、一瞬だけ抜けます!」
「はいよ。行っておいで」
「すぐに戻りますー!!」
アリスが三月の兎喫茶に走る。アリスの席が空席になる。その間も客は来る。
「パパ、あれ欲しい!」
「はい、200ワドルよぉ」
「こっちは50ワドルね」
「ダーリン、あれ買って!」
「いいよ! 君のためなら! すみません! そこのお菓子を一袋!」
「チッ。……300ワドルデス」
「はい! 100ワドルです!」
「ありがとうございますぅ」
「おばちゃん、ありがとう!」
「はいよ。ハロウィン楽しんでね」
「よお! お疲れ様! 皆、腹減ってるんじゃねぇかと思って、お裾分けだ!」
「きゃぁ! 奥さん! ガスターさんからお肉の差し入れが!」
「悪いね! ありがとう!」
「フリスク、あれ買おうよ」
「ん」
「20ワドルデス」
「はっはっはっはっ!」
「トリック・オア・トリート!」
「どうも」
「10ワドルです!」
「100ワドルデス」
「ただいまー!」
アリスがすぐに戻ってきた。アリスの席が埋まる。
「いらっしゃいませー!」
「トリック・オア・トリート! お菓子買ってくれないと首を跳ねるわよー!」
「きゃー!」
「あははは!」
「100ワドルデス」
「アリス、お疲れ様! これ、お裾分けよ」
「わー! やったー! 奥さん、フィオナが焼きたてのパンを持ってきてくれました!」
「暇見て食べていいよ!」
「……」
「リトルルビィ、食べていいよ」
「やった! 奥さん、ありがとうございます! お先にいただきます!」
「200ワドルデス」
「トリック・オア・トリート!」
「すみません」
「はーい!」
客が来る。あたしの前で、立ち止まる。
「すみません、いいですか?」
「ハイ」
あたしは見上げて、客を見て、
――黙った。
「お菓子、買いたくて、おすすめを教えていただけますか?」
口角が下がった。
「久しぶりに城下町に来たんです。地元にいる友達のお土産用に、大きいのが欲しいな」
あたしは、この子を知ってる。
けれど、こんなに大きく成長したこの子は知らない。
「あれなんてどう? ほら、あの箱のやつ。それか、詰め合わせのもの」
美しい黒髪をポニーテールにまとめ、濁った赤色のリボンで結び、秋風で髪が揺れている。
「あたし、お菓子はチョコレートが好きだから、チョコレートも欲しいな」
雪のような白い肌。
「あ、あのロールケーキなんて、美味しそう」
黒い瞳。
「そう思わない?」
少女が、あたしを見下ろす。
「テリー」
あたしは立ち上がる。少女が笑う。
「ふふ」
あたしはテントの外へ走る。少女は雪のように微笑む。あたしは思いきり手を伸ばす。足を跳ねらせ、目を見開いて、口を大きく開けて、叫んだ。
「ニクス!!!!!!!」
成長して背が伸びたニクスに飛びついた。ニクスの肩が揺れる。
「ふふふ!」
ニクスがあたしを抱きしめ返した。
「テリー」
その声は、確かにニクスだ。
「ニクス」
「テリー」
抱きしめ合えば、ぬくもりが伝わる。
「ニクス……」
「テリー!」
ふふっ。
「君は、またそんな顔して笑うんだから」
両方の頬をニクスが両手で触れて、あたしの顔を覗き込んでくる。そこには、確かに成長した、見たことのないニクスが、あたしの目の前にいた。あたしの視界が揺れ、瞳から、はらりと涙が落ちた。瞬きをすれば、情けないほど涙がぼろぼろと溢れる。その顔に、ニクスがまたおかしそうに、くすくすと笑い出す。
「喜怒哀楽で言うなら、君は今、どの気持ち?」
「喜よ」
決まってるわ。
「喜に決まってる」
涙が落としながら、ニクスに微笑む。それを見たニクスも、嬉しそうに微笑む。
「会いたかった。テリー」
「あたしもよ。ニクス」
「やっと会えたね」
「やっとよ」
「久しぶり」
「久しぶりね。ニクス」
あたしの猫の手が、ニクスの頬を触れる。
「元気なの?」
「元気……」
言いかけて、ニクスが肩をすくめた。
「ねえ、テリー、少し時間取れない?」
「時間?」
「ちょっと話したくて」
「……」
ちらっとテントを見る。ニクスから離れ、鼻をすすり、とことこと奥さんに近づく。
「奥さん、すみません」
「ん?」
「休憩、行ってもいいですか?」
「あれ!?」
リトルルビィが微笑んだ。
「ニクス!?」
「……もしかして、リトルルビィ?」
「わあ! 久しぶりー!! おーきくなったねー!」
リトルルビィがニクスと手を合わせた。ニクスがクスクス笑う。周りを見た奥さんが、微笑んであたしに頷いた。
「そうだね。先に休憩行っておいで」
「すみません」
「順番にしようかね。ニコラが終わったらリトルルビィを行かせてあげて」
「はい」
「じゃ、行っておいで」
「ありがとうございます」
あたしは鼻をすすり、ニクスとリトルルビィの元へ歩き、リトルルビィに声をかける。
「リトルルビィ、先に休憩に行ってくるから」
「うん! 分かった!」
接客していたアリスにも、声をかける。
「休憩行ってくる」
「行ってらっしゃい!」
アリスがまた客の相手をする。
「いらっしゃいませー!」
テントの中に置いたリュックを背負ってニクスの傍に歩く。
「ニクス」
その手を握る。ニクスがあたしを見つめる。
「わざわざ休憩取ってくれたの?」
「ちょうど行く時間だったのよ」
「ふふっ。ありがとう」
ニクスが微笑み、あたしと手を繋ぐ。
「お菓子、あとから買うよ。休憩は何分?」
「一時間」
「じゃあ、ちょっと一緒に回ろう? 食べ歩きしようよ」
「いいわ。奢る」
「いいよ。ちゃんとお金持ってきた」
「お小遣い余ってるの。明日でお金持ちの貴族に戻れるし、これくらい奢らせて」
あたしはにやりと笑う。
「おもてなしするわ。ニクス」
ニクスもにやりと笑った。
「……じゃ、せっかくだ。もてなしてもらおうかな?」
「行こう! ニクス!」
「わっ、ちょっと、テリーったら!」
ニクスと手を繋いで久しぶりに二人で歩き出す。
街には仮装する人々で溢れ、その中をかき分けて歩く。
ニクスの手は、とても温かい。




