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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
五章:おかしの国のハイ・ジャック(後編)
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第15話 10月29日(6)


 ――夜空が輝く。



 果樹園の森から星空を見上げる。雨が降っていたとは思えないくらい、星空は満開で、月が美しく輝いて見えた。


(……仮面舞踏会の時を思い出す)


 キッドがあたしの仮面を外して、あたしは取り返そうとした。死刑になると思って。キッドが噴水に座ろうと言ってきた時も、あたしは拒んだ。見つかったら牢獄に入れられると思ったから。


「……」


 星空を見上げる。じっと、星達を見つめる。流れ星は見えない。ただ、きらきら光っているだけ。二人で出かけた時に、あの丘でキッドは流れ星に祈った。もう一度祈りたいと思ってあたしは流れ星を探した。けれど、もう流れ星を待つ必要はない。


(終わった)


 惨劇は繰り返された。


(終わった)


 あれが、最小限の被害だったのかもしれない。


(終わった……)


 あたしは大きな切り株に座る。星空を見上げる。白い息を吐く。秋風が冷たい。あたしは呟く。


「終わったわ」

「お疲れ様」


 あたしの背中とドロシーの背中がくっついた。ドロシーがとんがり帽子を外し、膝の上に置いた。だるそうに姿勢を崩して、ため息を吐いた。


「全く。おかしいと思ってたんだよ。ハロウィン祭の二日前なのに、28日に事件が起きるって言うんだもん」

「……何よ。気づいてたなら言いなさいよ」

「真実が分からない以上、僕には何も言えないよ」


 秋風が吹けば、林檎の木が音を立てる。ゆらゆらと揺れる。まるでお化けのよう。ドロシーが星空を見つめ、またあたしに言う。


「良かったね」

「良くない」

「被害があれだけで済んだ。キッドやリオン、それに、兵士達が早めに動いてくれたお陰だよ」

「でも死人は出たわ。怪我人も」

「そうだね」

「惨劇は回避出来なかった。ミッションは失敗よ」

「それはどうかな」


 ドロシーが腕を組む。


「テリー、命あるものには寿命が決められてる。今日、あそこで死ぬことが決められていた人達は多くいたんだ」


 一度目の世界で、多くの人々が亡くなった。


「ただ、死ぬ必要のない人まで、一度目の世界では亡くなっていたのかもしれない」


 それを、


「キッドやリオンがいたことで、防げたのかもしれないよ?」


 真犯人は捕まった。キッドの部下達が牢屋ではなく、どこかへ連れていった。多分、リトルルビィやソフィアが連れて行かれた、同じ場所に。

 ドロシーが話を続ける。


「アリーチェは死ななかった」

「アリーチェに殺された人はいなかった」

「リオンが動いた」

「キッドが動いた」

「リトルルビィがいた」

「パストリル……えっと、ソフィアがいた」


 ドロシーがどこからか星の杖を出し、くるんと回した。


「これだけで、どれだけの命が救われたことか」


 ソフィアが幻覚を見せたことで、ダイアンに殺される人はいなかった。

 リトルルビィが吸血鬼の目を使って見張っていたことで、傍にいた人達は守られた。

 ヘンゼとグレタが動いたお陰で、城下町の被害は圧倒的に抑えられた。

 リオンがいたお陰で、人々は再び立ち上がった。

 キッドがこの数年間、中毒者達を正気に戻したことで、城下町が救われた。


「でもね、テリー、これは」


 ドロシーが微笑んだ。


「君の行動による結果だ」


 ドロシーが星の杖を振る。


「君が『大量殺人が起きないように城下町を見張る』ことにより、街を騒がせた『ジャックを見つける』ことが出来て、なお、一番の問題だった『アリーチェが殺人犯になった原因を突き止める』ことに成功した」


 ドロシーの星の杖がまた振られる。


「ミッションは成功さ」


 例え、死を回避出来なかったとしても。


「君は最善を尽くしたんだ」


 罪滅ぼし活動は成功した。


「どうだい? テリー」


 ドロシーが星空を見上げる。

 あたしも星空を見上げた。


「こんなに素晴らしい星空を、一度目の世界で、君は見ていたかい?」


 カーテンをして夜空など見ていなかった。城下町がぼろぼろで、死人も負傷者も多くて、商店街が閉鎖されて、あたしは文句を言っていた。嫌だわ。お買い物が出来ないじゃないって。


(今では、とてもそんなこと言えない)


 カリンの曲がった足を見て、そんなこと言えない。

 奥さんの痛めた足を見て、そんなこと言えない。

 ジョージのぼろぼろになった体を見て、そんなこと言えない。

 商店街の人々は大怪我を負った。腕を失い、足を失い、親を失い、子を失い、知り合いが亡くなり、店を失い、財産を失い、嘆き悲しむ人々を目の前で見て、


 とても、そんなこと言えない。


「テリー」


 ドロシーが微笑みながら、瞼を閉じた。


「怪我は治るさ」


 あたしは思い出す。


「リオンがそう言ってただろ?」


 街の人達は、悲劇に負けなかった。リオンの言葉で立ち上がった。


 瓦礫を片付け、掃除をして、また飾りつけを始めて、ぼろぼろになった店の前に立派な出店のテントを組み立て、満足そうに笑っていた。


 フィオナも、エミリも、パンを配ってた。瓦礫を運んでたらブライアンが手伝ってきた。掃除をしてたらエリサが使いやすい箒を持ってきた。棚を拭いてたら社長が脚立を持ってきた。暗がりを掃除してたら、サガンがランプを持ってきた。


 街の人達は、あたしに微笑んだ。手を差し伸べてきた。


「ニコラ」


 そう呼んで、あたしに声をかけてきた。


 あたしが歩いてたら挨拶をされる。

 お菓子を買ったら、カリンがおまけをしてくれる。

 奥さんがチョコレートを渡してくれる。

 アリスが笑って、あたしに飛びついてくる。

 リトルルビィが笑って、あたしに抱きついてくる。

 それを見て、商店街の人達は笑う。


 たった一ヶ月の日常。


 あたしという人間は、街の人達の日常の一部となっていた。


 嫌われるのではなく、仲間として、受け入れられていた。


「罪滅ぼしとしては成功だ」


 ドロシーは微笑む。


「この上ない成功例だ」


 星空を眺める。


「悪い気分じゃないだろ? テリー」

「……確かに、悪い気分ではないわ」


 あたしは街の人達から嫌われるのを回避した。


「だけど」


 まだ、問題は山積みだ。


「……ドロシー」

「ん?」

「怒ってないの?」

「何を?」

「日付を間違えた」


 言い訳をする。


「……わざとじゃない。本当に間違えたの」

「知ってる」

「……もう少しで、全部が水の泡になるところだったわ」


 せっかく築き上げてきたメニーとの信頼関係。


「メニーなんて嫌い」


 あたしは膝を抱えた。


「嫌い」


 ぎゅっと、膝を抱えた。


「大嫌い」


 あいつのせいで、あたしは怖い目にばかり合う。


「死ねば良かったのに」


 あいつのせいで、あたしは罪滅ぼしなんてしなければいけない。


「あたしばっかり」


 あたしだけが悪いの?


「あいつだって悪いじゃない」


 メニーがあたしを死刑にした。


「あいつなんて大嫌い」


 死刑があたしの頭にこびりつく。死にたくないとあたしは願う。だから行動する。そこに、愛が生まれることは無い。強迫観念だけが残るだけ。

 星が輝かく。静かに風が吹く。林檎の木が揺れる。ドロシーが息を吐く音が聞こえた。


「……今回は、君に運が無かったとしか言えないね」


 でも、


「しょうがないよ。君だって人間だ。人間って間違える生き物なんだよ。日付だって間違えるさ」


 ドロシーが笑い飛ばす。


「僕は何も怒ってないよ」


 あたしの肩に頭を乗せた。


「メニーだって怒ってない」


 むしろ、


「テリーはよくやったよ。怖い思いをしても、どんな悪夢を見ても、君は止まらなかった」


 危険を顧みず、アリーチェを先に前へ押しやり、彼女の身を救った。

 死刑がよぎったとはいえ、一番にメニーを探しに行った。


「君は成長してるよ。自分の負の心と向き合いつつも、メニーを嫌いと思っていても」


 君は、今回もメニーを助けた。


「大丈夫。最悪の未来への道は、どんどん遠ざかっている」

「……どうかしらね」

「回避されてるさ」

「ドロシー」


 回避はされない。


「リオンが」


 あたしは唾を飲みこむ。


「リオンが、覚えてるわ」


 ドロシーが黙った。


「あたしの罪を覚えているのよ」


 ドロシーの瞳が揺れた。


「今夜、会いに来るわ」


 あたしの瞳が揺れた。


「ドロシー」


 あたしは振り向いた。


「あたしは、やっぱり死刑になるの?」





 そこに、ドロシーはいない。



 いるのは、




 鬼の子。











( ˘ω˘ )




 ジャック ジャック 切り裂きジャック

 切り裂きジャックを 知ってるかい?




(*'ω'*)





 ステンドグラスの窓が並ぶ。

 絵が描かれた窓が並ぶ。

 腹部から血を流すキッドの絵。

 孤独な吸血鬼のルビィの絵。

 雪と氷に囲まれるニクスの絵。

 哀れな泥棒のソフィアの絵。

 影から現れるジャックの絵。

 ギロチン刑となるあたしの絵。


「テリー・ベックス」


 窓の光の逆光で、彼の顔が薄暗い。


「こんばんは」


 微笑むリオンが立っている。


「会えて嬉しいよ」


 指を差すように、複数の十字架があたしを差す。


「貴様に礼を言いたい」


 リオンはいやらしく口角を上げる。


「よくぞ、私の記憶を取り戻してくれた。いやいや、感謝してもしきれない。これで私はこの先の未来が分かるようになった。誰の身に何が起きて、どんなことが起きるか、曖昧なところもあるが、私は覚えている」


 あたしの両手は縄で縛られている。


「貴様のことも覚えているぞ。貴様が前の世界で、どんなことをしでかしたのか、どんな罪を犯したのか、貴様の一族がどんなに最低で下劣で陰湿的だったか、私は全て把握している」


 両手を縛る縄が天井に固定され、あたしはぶらぶらとぶら下がる。


「悪は滅びるべきだ」


 リオンが歩いてくる。


「正義は勝つべきだ」


 リオンが剣を構えた。


「誠実な者が正しいのだ」


 リオンが狙いを定めた。


「罪深い者には恐怖を与えるべきだ」


 リオンが投げた。

 あたしの両手を縛る縄が、ぶつりと切れた。

 あたしの体が落ちる。

 リオンが両腕を広げて、あたしの体を抱き止めた。


「でもそれって、つまり、人間全員間違えてるから死ねってことだよな」


 リオンがため息を出した。


「圧倒的ブーメランじゃないか」


 リオンがあたしを真っ赤なカーペットに下ろした。器用に、あたしの両手を縛った縄を解く。あたしの両手が解放される。


「ああ、僕、やっぱり病気でおかしくなってたんだろうな」


 リオンは思い出す。


「全部行動がおかしかったもんな」


 言葉も行動も全部が全部、


「いかれてたな」


 リオンがあたしに帽子を被せた。リオンも帽子を被って、あたしの目の前に座った。


「ニコラ、よく似合ってるよ」


 ダサいミックスマックスの帽子を被ったリオンが、ニカッ、と笑ってみせた。


「お菓子でも食べながら話をしよう」


 ジャックがリオンの影から現れる。大量のお菓子を山のように、どさりと置いた。そしてクッキーを手に取って、もぐもぐと食べだす。

 リオンもビスケットを手に取って、もぐもぐと食べだす。

 あたしはチョコレートを手に取って、もぐもぐと食べだす。


「改めて、テリー」


 リオンが手を差し出した。


「僕はリオン。第一王子だ」


 付け足す。


「キッドがいなければね」


 ビスケットを噛む。


「君も覚えてるんだろ?」


 その問いに、あたしは頷く。


「そうか」


 リオンが頷く。


「無理もない」


 リオンが頷いた。


「あの時、すさまじい量の魔力が発動していた。影響する人間が現れないとは断言できない」


 あたしはきょとんとした。


「くくっ、なんで知ってるの? って顔だね」


 リオンが笑った。


「言ってるだろ? 僕は覚えてるんだよ」


 ジャックがもぐもぐ口を動かす。


「君が知らないことも、僕は知っている」


 リオンが抹茶のチョコレートを手に持った。


「君は気になってるはずだ。なぜ世界は一巡したのか」


 教えてあげよう。


「そうだな。どこから話そうかな」


 ああ、じゃあ、とりあえず、お互いの分かる人の話から。


「キッド」


 キッドの話。


「キッドは確かに死んだ。間違いなく、その存在が人々に公表されることなく、キッドは死んでいった」


 死んだ日に城に運ばれたことを、僕は鮮明に覚えている。家族で悲しんだことを、辛い過去として覚えている。


「僕は第一王子になった。キッドが名乗り出なかったから」


 たった一人の王子様になった。


「キッドが死んでから、全てがおかしくなった」


 僕の母。スノウ王妃。


「母上の心が病に侵された」


 酷く後悔していた。私がもっとあの子を見ていたらと嘆いた。


「僕をキッドと呼ぶようになった」


 母上は部屋から出てこなくなった。自殺した。


「父上がおかしくなった」


 優しく温厚だった父上が、厳格で冷酷な人間となってしまった。


「城は閉鎖状態となった」


 誰にもこの闇を明かしてはいけない。


「それでも僕は王子だ。素敵な皆の王子様」


 笑顔で振るまった。


「頑張ったよ。好きなこともやりたいことも全部飲み込んで、死んだキッドを越えようとした」


 けれど、


「事件は起きた」


 魂が二つに割れた。ジャックとレオ。


「人格のほぼ9割、ジャックになり果てた」


 僕はジャックだった。

 恐怖を与えるのが大好きな王子様となった。


「悪は滅びるべきだ」


 正論を並べ、悪に恐怖を与えた。


「それが気持ちよかった」


 この上なく気持ちよかった。


「この国は正義によって守られた。悪人は恐怖で縛られた」


 そして、この国一番の悪人が現れた。


「ベックスという名の一族」


 僕のお嫁さんの美しさを妬んで、散々こき使った無礼な一族。


「最高の悪だ」


 夫人は恐怖により、狂気に侵された。

 長女は恐怖により、脱走した。嘘をついた。死刑となった。

 次女は、


「死ぬことを恐れていた」


 死刑にすることで、恐怖に陥れた。

 死刑を取り消すことで、安心させた。

 次の裁判に恐怖するようになった。

 次で死刑か、次の次で死刑か、悩みもがくその顔がたまらない。

 たまらなく気持ちよかった。

 拷問のように生かし、拷問のように死刑にして、拷問のように取り消し、拷問のように生かし続けた。


「けれどね」


 リオンが微笑む。


「僕も、一瞬だけ、本当に、ほんの僅かな間だけ、正気に戻ることがあったんだよ」


 人格で言えば、9割がレオになる瞬間があったんだ。


「その時に、この世界の異変に気付いた」


 僕の異変に気付いた。


「僕がおかしくなっていることに気付いた」


 僅かな間の時だけ、僕は冷静になった。


「冷静になるその瞬間で、僕は事態を飲み込まなければいけなかった」


 一体何が起きているんだと、混乱した。

 この世界は、本当に僕が生きている世界なのかと、頭を悩ませた。

 そして気付いた。国だけじゃない。世界が破滅へ向かっている。


「ニコラ、世界が破滅へ向かっていると気づいて、君ならどうする?」


 あ、ちなみに、


「キッドはいないよ」


 救世主はいない。


「だから僕は、最後の望みに賭けた」


 賭け事は好きじゃないけど、もうこれしかなかった。


「そう。まだ希望は残されていたんだ。たった一つだけ」


 魔法使い。


「ニコラ、メニーの友人関係を知ってるか?」


 いるんだよ。

 いたんだよ。


「最後の希望」


 ドロシーがリオンの横に座っていた。金平糖をもぐもぐ食べている。


「僕が頼んだんだ」


 この緑の魔法使いに。


「世界のやり直しを」


 世界の一巡を。


「とても危険なことだ」


 ドロシーは金平糖を噛み砕く。


「だって、気づかれたらこの大魔法は阻止されてしまうから」


 気付かれたら、邪魔されていたんだ。


「ウリンダ」


 いいや。


「オズ」


 紫の魔法使い。


「僕に飴を渡した魔法使い」


 呪いの飴を配った魔法使い。


「彼女は、この世界を憎んでいる」

「彼女は、この世界を破壊する」

「彼女の祈りは、人間を壊すこと」


 彼女は恨んでいる。人間を酷く恨んでいる。


「ニコラ、神話を覚えているかい? ちょうどいい。お兄ちゃんとおさらいをしよう。国が国となる前、国の王様が王になる前、この世界は絶望に包まれていた。偉大な魔法使いのオズが世界を支配していたから。世界はオズの魔力によって呪われていた。それを、一人の救世主が救い出した」


 え? 女神アメリアヌ?


「彼女は女神じゃない。魔法使いだ」


 白の魔法使い。


「女神というのは、まあ、彼女を見た人間が、そう思って勝手に言い出したのが言い伝えになったんだろ」


 オズは絶望をもたらした。彼女に抗える者はいなかった。


「しかし、救世主が現れたことによって、世界は救われた」


 救世主と共に世界を救った王は、この国の王となった。


「遠い、遠い、僕らのご先祖様」


 世界を救ったご先祖様。


「教科書に載ってるよ。キングって言うんだ。『王』っていう名前だなんて、生まれ持っての王様だよな。くくっ。しびれる」


 救世主は仲間を連れて、オズを説得しようとした。


「しかし、説得は出来なかった。魔法で襲い掛かってきたオズを、救世主は封印することにした」


 その際に、オズの魔力が地に落ちた。その魔力に芽が出た。それを見た人々は悟った。この花が咲く時、オズは目覚めると。


「その花の名は」




 テリー。




「テリーが咲く時、オズは目覚める」


 魔法使い達は見張った。

 王は寿命で死んだ。

 魔法使い達は見張った。

 人間を見張った。

 オズを見張った。

 そのうち、記憶が薄れていった。

 魔法使いは忘れていった。

 人間達は忘れていった。

 王家は忘れていった。

 悲劇を忘れていった。


 記憶は、忘れられた。



 長い年月が過ぎ、テリーの花は、いつの間にか咲いていた。



「オズは既に目覚めている」



 いつからか、おかしな人間が出始めた。

 いつからか、変な殺人事件が多くなった。

 いつからか、不審者が多くなった。

 いつからか、変死体が多くなった。


「ニコラ、キッドはなぜ死んだと思う?」


 見つけてしまったんだ。


「爺様の研究さ」


 たった一人だけいたんだ。皆が忘れた中で、初代の王の研究を受け継いでいた人物が、中毒者の研究をしていた僕らの爺様が、一人だけいたんだ。

 キッドはそれを見つけた。


「キッドが爺様と部屋に引きこもって、しばらく出てこなかった時があった。多分、その時に聞いたんだろうさ。中毒者のこと。呪いのこと。魔法に打ち勝つ方法」


 キッドは喜んだことだろう。誰も手に入れられない情報を手に入れ、誰も知らない方法で手柄を取って、自分が夢見ている王になれると思ったことだろう。

 だってその証拠に、あいつは爺様をなんて呼んでいたと思う?


「魔法使い」


 魔法使いだと呼んで、敬って、目をきらきらさせて、爺様についていった。


「そして爺様が死んだ」


 その翌日、


「キッドが城下町に行きたいと言い出した」


 にこにこして、軽い口調で、いつものように言っていた。城下町で暮らすと。キッドの大好きだった爺様は死んだのに。わくわくしていた。けろっとしていた。不気味なほど笑っていた。


「そして、研究はキッドによって続けられた」


 ねえ、君がオズだったらどう思う?


「キッドはオズにとって、唯一の天敵だ」


 キッドは、救世主と共に旅をし、自分を封印した一人の子孫。血の生き残り。消さないと自分が消される。今度は封印だけじゃ済まないかもしれない。だって、キッドは自分の野望のためなら、全くの容赦がない人間だから。


「だったらどうする」


 力の無いうちに、キッドがまだ右も左も分かってないうちに、


「殺す」


 飴を駆使して、殺す。

 呪った人間を利用して、活用して、殺す。


 キッドが死ねば、全てを忘れた世界はオズの思うがままになる。


「キッドは死んだ」


 殺された。


「オズに殺された」


 だからキッドがいなくなった時点で、世界の破滅は確定してしまった。


「絶望したよ。気づいた時にはキッドは死んでいて、外は中毒者で埋め尽くされ、僕も中毒者となっていた」


 だからこそ、やり直さなければいけなかった。


「この魔法をやるために、魔法使い達は僕に条件を出した」


 オズに気付かれてはいけない。


「気づかれないためには、どうしたらいいと思う?」


 騙すんだ。


「味方も敵も騙すんだ。僕が中毒者として、ジャックとして、恐怖を与える人間になっていると思わせるんだ」


 そして、僕が最高に恐怖を与えたい人間に恐怖を与える日に、それを実行すれば、


「成功する可能性があった」


 だから、必要だったんだ。


「その可能性に全てを賭けた」


 僕は確定した。


「死刑を」


 対象は、


「そうだよ。テリー。君の死刑は、そのために必要だったんだ」


 最悪の悪人がギロチン刑で処される日。多くの人々が見に来た。皆が感動した。皆が歓喜した。皆が狂喜した。狂ったように喜び、狂ったように叫び、楽しみ、浮かれた。いかれた正義が貫かれると皆が飛び跳ねて喜んだ。祝った。まるで祭だ。人が死ぬのに、めでたいと言って喜ぶんだ。


「オズも油断したことだろうね」


 僕はジャックになっていた。


「君を殺す日は、皆が浮かれていたから」


 オズもさぞ喜んでいたことだろう。


「人々の愚かな行動に、笑っていたことだろう」


 だけど、


「君の死刑が実行されたその瞬間」




 世界は、一巡した。





「再び、世界は始まった」




 救世主が現れ、オズが封印され、テリーの花が咲き、オズは目覚め、研究は続けられ、キッドが現れた。記憶を取り戻したオズは再びキッドを殺そうとしたことだろう。


「だけど、キッドは生きている」


 異変が起きた。


「キッドを助ける人物が現れたんだ」


 それは魔法使いじゃない。


「ただの人間だ」


 頭の片隅に記憶を残していた、ただの人間。


「魔法だ」


 キッドは生きている。


「世界を一巡した救済の魔法はキッドにかけられた。魔法にかかったキッドは守られた」


 キッドを守る魔法は、様々な影響を与えた。


「君の記憶を残した」


 キッドは婚約者を見つけた。


「キッドは助かった」


 それだけじゃない。


「ルビィ・ピープルが助かった」

「ソフィア・コートニーが助かった」

「僕が助かった」


 キッドは中毒者事件を追い続ける。


「オズは困っているだろうね。キッドが死なないから。死ぬ隙を与えないから」


 それに今は、目障りなのはキッドだけじゃない。


「ルビィ・ピープルがいて、ソフィア・コートニーがいて、僕がいる」


 もはや、邪魔者はキッド一人では無くなった。


「僕の目的は、世界の破滅を止めること」


 オズの目的を阻止すること。


「やっと思い出せた」


 リオンがため息をついた。


「僕の罪を」


 くく、と笑う。


「僕は謝っていただろ?」


 君を利用したと。


「そうさ。利用したのさ」


 君を見せ物にすることによって、オズの注意を逸らした。


「これが私の罪だ」

「これが私の真実だ」

「これが貴様が死刑になった理由だ」


 どうだ。


「憎いか?」


 リオンが微笑む。


「私を恨むか?」


 リオンが微笑む。


「テリー・ベックス」


 リオンが訊いた。


「私を許せるか?」



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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、生贄の人柱として死刑にする必要があったのですね。でも、もっと穏当な方法は……なかったんでしょうね。仮にあったとしても、一巡目のリオンが事態を把握するまでのうちに、穏当な方法は失われ…
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