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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
五章:おかしの国のハイ・ジャック(後編)
234/590

第11話 10月25日(2)


 14時。エターナル・ティー・パーティー。



 店内に入ると、カトレアがお茶を飲んでぼうっと座っていた。あたしの姿を見て、はっとする。


「あら、ニコラちゃん」

「入り口の前にいたんだ」


 ダイアンが店の扉を閉めた。カトレアが座ったままあたしに微笑む。


「今日も来てくれたのね。ありがとう。こんな天気だから、お客さんもいなくて暇だったのよ」

「ニコラちゃん、お茶いる?」


 ダイアンがカトレアの傍に置いてあるティーポットに手を伸ばすが、あたしは首を振った。


「あの、……アリスはいますか?」

「いるわよ」


 カトレアが天井を見た。


「いい加減、部屋から出てきてくれたらいいんだけど」

「ずっと引きこもってるのか?」

「出てくるのはトイレの時くらいかしらね」


 呆れたように、カトレアが肩をすくめた。


「ニコラちゃん、声をかけてみてくれる?」

「お邪魔します」


 あたしの足が店の奥まで行き、見覚えのある階段を上り、手前から二番目の扉に向かう。扉の前に立ち止まり、今日も昨日と同じく、扉をノックした。


「アリス」


 なるべく優しく、声をかける。


「アリス」


 あたしは声をかける。


「あたしよ」


 あたしは微笑んで、声をかける。


「ねえ、大丈夫? どうしちゃったの? アリスが心配だわ」


 あたしは友達を心配する女の子。


「あたしに出来ることがあったら言ってほしいの。あたし達、親友でしょう?」


 あたしは微笑む。


「アリス」


 あたしは呼ぶ。


「アリス」


(アリーチェ)


「大丈夫?」


(出てこい)


 今日なら会えるんじゃないの?


(アリーチェ)


「アリス?」


(出てこい)


「アリス?」






 アリスは出てこない。








「……」


 出てこない。


「……」


 あたしは微笑む。


「アリス」


 あたしはドアノブを掴んだ。


「ここ開けて?」


 あたしはドアノブを捻る。


「アリス、遊びましょうよ」


 がちゃ。

 開かない。


「アリス、開けてよ」


 がちゃ、がちゃ。

 開かない。


「アリス、なんで開けてくれないの?」


 がちゃがちゃがちゃ。

 開かない。


「アリス」


 がちゃがちゃがちゃがちゃ。


「ねえ、会いたいの」


 がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ。


「アリス、開けてよ。簡単でしょ? ここを開けるだけ」


 がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ。


「一目でいいの。アリスの顔が見たくて」


 がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ。


「アリス、ねえ、喋りましょう? トランプして遊びましょうよ」


 がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ。


「アリス、遊びましょう? ここ開けて?」


 がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ。


「ねえ、親友でしょう? 心配なの。ここ開けてよ」


 がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ。


「アリス」


 がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ。


「アリスってば」


 がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ。


「ねえ、開けて」


 がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ。





 音は、一切しない。






「……ごめんなさい。体調悪いのに、無理を言ったかしら」


 あたしはドアノブから手を離す。今日は10月25日。まだ時間はある。


「アリス、また明日来るわ」


 あたしは一歩離れる。


「無理矢理会おうとしてごめんなさい」


 思いついた適当な言い訳を、扉に向かってぼやく。


「悪夢でね、アリスの夢を見たの。すごく怖い夢だったから、アリスに会いたくなって、何日も来ちゃった」


 あたしは一歩離れる。


「また明日来るわね」


 あたしは離れる。


「さようなら」


 あたしは扉を離れる。


(会えなかったじゃない)


 会えるって言った奴は誰よ。


(嘘つき)


 あたしは廊下を歩く。階段に足をつけた。一段下りた。また一段下りた。更に一段下りた。


 ――その瞬間、がちゃりと、扉を動いた音が聞こえた。


(ん?)


 あたしは振り向いた。


(ん?)


 ひたりと、足音が聞こえた。


(ん?)


 ひたりと、足音が聞こえた。


(うん?)


 ひたりと、足音が聞こえた。

 ぴたりと、足音が止まった。

 影が映る。壁からゆっくりと、出てくる。灰色の頭。髪の毛。お化けのように出てくる。頭が出てくる。髪が垂れている。ゆっくりと出てくる。前髪が出てくる。顔が出てくる。目があたしを見る。あたしは目を見る。


 濁った瞳のアリスがじっと、あたしを見下ろした。


「……アリス?」

「ニコラ」


 アリスがぼそりと、あたしの名前を呼んだ。


「来て」


 そう言って、頭が引っ込んだ。また足音が聞こえた。ひたりと、ひたりと、来た道を戻っていく音が聞こえる。あたしは階段を上がった。一段、上がって、また一段上がって、さらに一段上がって、廊下を踏んだ。さっきまで固く閉ざされていたアリスの部屋の扉が、薄く開いていた。


(……)


 あたしは一歩、足を踏み込む。


「入っていいの?」

「どうぞ」


 アリスが返事を返す。あたしは扉を開けた。



 部屋に入った、瞬間――、





「じゃじゃーーーーん!!」




 椅子に座ったアリスが明るい声を出した。


「すごいでしょ!」


 アリスが笑った。


「私が片付けたの!」


 ぴっかぴかに綺麗になった部屋を見て、あたしは瞬きをした。整理整頓され、何もかもが綺麗になったアリスの部屋。ネグリジェのアリスは満足そうに笑い、足を組んだ。


「あ、でもクローゼットの扉は開けないでね。命の危険があるわよ」


 あたしはチラッとクローゼットを見た。パンパンに膨らんだクローゼットはやせ我慢しているように震えていた。


(……これは近いうちに爆発するわね)


「この連休で掃除したのよ! ほら、床も綺麗でしょ! 座って!!」

「……」

「姉さん!」


 アリスが扉から声を出した。


「紅茶とお菓子持ってきて!!」


 アリスが元気な声で叫び、扉を閉める。そして、カーペットの上に座ったあたしに振り向いた。


「ニコラ、この間はロールケーキありがとう! 美味しくいただいたわ!」


 アリスがあたしの首を見て、きょとんとした。


「あら、ニコラ、首の包帯どうしたの?」


 あたしはむっとして、アリスを見上げる。


「アリス、なんで部屋から出てきてくれなかったの?」

「怒ってる?」

「……別に? 怒ってないけど?」

「怒ってる」


 アリスがあたしの目の前に座り、あたしに顔をずいっと近づけさせた。


「ごめんね、ニコラ。寂しかった?」

「……別に」

「仲直りしましょう?」


 アリスがあたしの両手を握って、上下に軽く揺らす。


「私達は、親友よ♪ 仲良くしましょう。ニコラちゃん♪ 嫌な思い出なんて、ぽいぽいぽいぽ、ぽぽいのぽーい♪」

「……」

「うふふ! これで仲直りよ!」


 アリスがあたしをぎゅっと抱きしめる。あたしはさらにむすっとしながら、アリスの背中を手を置いて、優しく撫でる。耳元でアリスの声が聞こえた。


「心配させちゃってごめんね。ニコラ。もう大丈夫だから」

「……なら、いいけど」


 そっと体を離して、アリスの顔を見る。


「体調、悪くしたって聞いた」

「今は平気!」

「……そう?」

「元気いっぱいよ! ノープログレム!」

「……」


 綺麗になった部屋を見回し、再びアリスに視線を戻す。


「なんで、部屋から出てこなかったの?」

「出たくても出られなかったのよ」

「……ん? どういうこと?」

「だから言ったでしょ。部屋の掃除をしてたの」

「……」


 あたしの眉間に皺が寄った。


「……何? アリスは部屋の掃除をしてて、扉の前にゴミ袋でも置いてたわけ?」

「素晴らしい模範解答よ! ニコラ! 部屋から出られないようにすれば、嫌でも掃除するという心理をついたのよ!」


 でもね、あとで気づいたの。


「ノックされてもゴミ袋の山が邪魔をして、扉を開けられないって」

「……」

「あのね、すごい量だったのよ。ニコラ、断捨離って知ってる? あのね、いっぱい部屋のものを捨てるのよ。私、三連休はしゃぎすぎちゃって、だーんと体調を崩しちゃったの。で、天気もこれでしょ? 心機一転がしたいと思って、部屋の断捨離を始めたの」


 捨て始めたら、


「物が出てくる出てくる!」


 あれもこれも捨ててしまおう! ぽーい!


「ってやってたら」


 閉じ込められた。


「アリス、ニコラよ」

「あああああ!! 出られないー! しかもこんなところ見られたら、ニコラにどやされるー!」


 私は一つの答えに辿り着いた。


「出られないなら、もうこのまま黙って、部屋の掃除を続けてしまおうと」

「居留守だったってこと?」

「ごめんってば。そんな顔しないで。だって出られなかったのよ。本当よ。ゴミの日が決まってるんだもん。姉さんにいっぱい怒られたわ。せっかくニコラちゃんが来てくれたのにって」


 でも、捨てたら楽しくて止まらなくて、時間も忘れて、声も聞こえなくなって、全部忘れて、捨てて、捨てて、投げて、捨てて、捨てては投げては捨てては投げて。


「どう? 綺麗になったでしょう?」


 アリスが微笑む。


「あ、クローゼットは見ないで」


 あたしは震えるクローゼットを無視して、アリスを見た。


「……アリス、悪夢は大丈夫?」

「大丈夫じゃないわよ! もー! ジャックのやつぅー!」


 アリスが首をさすった。痣が残っている。


「何よ。この四日間。怖すぎるのよ。ジャックってば、本当に嫌な奴!」

「悪夢、見てるのね?」

「今、国の人達、みーんな見てるんでしょう? ラジオで聞いた」


 アリスがため息をついた。


「ニコラは平気?」

「平気じゃない」


 あたしは掌を見せてみる。アリスがぎょっと目を見開き、あたしの手を両手で握り締め、掌を優しく撫でてきた。


「やだ、何、この痣。痛そう。ニコラってばどんな夢見たの?」

「……怖い夢を見たわ」


 怖い夢というか、


「嫌な夢よ」

「本当。おまけにこの雨。鬱になりそう」


 こんこん、と扉が鳴った。アリスがはっと顔を上げて立ち上がり、部屋の扉を開ける。カトレアがトレイを持って立っていた。お皿に乗ったお菓子を見て、アリスの目が輝く。


「きゃああん! パンプキンクッキーだわ!」

「アリス、ニコラちゃんに迷惑かけないようにね」

「分かってるもん。今まで部屋から出なかった分、うんとおもてなしするんだから!」


 アリスが向日葵のような笑顔を浮かべ、トレイを受け取った。


「姉さん、扉閉めて!」

「はいはい」


 カトレアがくすっと笑って、扉を閉めた。アリスがトレイを運び、床に置く。


「ニコラ、このクッキー美味しいのよ。ほら、ドリーム・キャンディでも売ってるやつなの! 食べて」

「……?」


 どこかで見たわね。このクッキー。


(……店以外で見た気がするのだけど……)


 ……ま、いいか。


 あたしはアリスに顔を向けた。


「その前に乾杯しましょう。再会できた乾杯」

「そうね。私の部屋の断捨離が成功したお祝いもかねて、雨の日の再会に乾杯しましょう!」


 アリスがポットからカップに紅茶を注ぎ、あたしに渡す。紅茶からはほんのり秋の葡萄の匂いを感じた。


「じゃあ、ニコラ、カップを持って」

「はい」

「では、親友との再会に乾杯!」

「乾杯」


 あたしとアリスがカップを上にあげた。湯気が出ている紅茶を冷ますため、あたしは再びソーサーにカップを戻し、アリスはふーふー息を吹いて、紅茶を飲んだ。


「あら、葡萄の味がする。何の紅茶かしら……」

「ねえ、アリス」

「うん?」

「話がしたかったの」


 あたしは切り出す。


「三連休、どうだった?」

「ああ」


 アリスが微笑み、カップをソーサーに置いた。


「いつも通り。兄さんのお手伝いをしておしまい」

「それだけ?」

「それ以外に何かある?」

「辛いこととかなかった?」

「辛いことしかないわよ」


 アリスが掠れた声で笑う。


「好きな人の傍にいても、その人は私じゃなくて、姉さんが好きなのよ? 辛くないわけないでしょ?」

「なのに、一緒にいたの?」

「楽しかったわ」

「辛いのに?」

「すごく楽しかった」


 アリスは笑う。


「胸は張り裂けそうだけど」


 アリスは笑う。


「帰っては泣いてたけど」


 アリスは笑う。


「忘れられない三連休だった」

「……」

「まあ、はしゃぎすぎて、……」


 アリスが一瞬、言葉を止めて、また続けた。


「体調、崩しちゃったけど、ニコラの声を聞いたら元気になったわ」


 アリスがあたしに微笑む。


「ニコラのお陰で、断捨離も続けられたし」


 アリスの口が動く。


「今日まで生きられた」

「大袈裟な」

「ふふっ!」


 アリスがまた紅茶を飲んだ。あたしはクッキーを食べた。アリスがカップから口を離したタイミングで訊いてきた。


「商店街、大変なんですってね。社長が倒れたって?」

「疲労だって。しばらく入院させるって、奥さんが言ってた」

「それと、精肉屋で火事もあったって」

「昨日ね。皆で水をかけてた」

「消防隊は?」

「すぐに来てくれた。店の中もそんなに燃えなかったみたいだし、被害は比較的少なかった方だって」

「そう。それは良かった」


 アリスがほっとしたように息を吐いた。


「私が断捨離に夢中になってる間に、商店街が閉鎖でしょう? 私、罪悪感でいっぱいだったの。ちゃんと働くべきだったなって」

「大丈夫よ。悪夢とこの天気でやられて、お客さんも少なかったし」

「雨の日はね、外に出るべきよ。家の中にいても蒸し暑いじゃない」


 アリスがそう言って立ち上がり、とことこ歩いてベッドに腰を掛け、部屋の窓を開けた。


「ちょっと換気するわね。寒い?」

「大丈夫」


 返事を返すと、アリスがあたしの正面に戻ってきた。


「ハロウィン祭までには止んでほしいわね。流石に雨の中で仮装は嫌よ」

「アリス、準備した?」

「ばっちり」


 にっ、とアリスが笑う。


「うんとすごいのを見せてあげるわ。当日を楽しみにしててね。ニコラ」


(……ハロウィン祭に参加する予定なのね)


 ということは、今のところ惨劇の計画は立てていない?


「……アリス」

「ん?」

「ハロウィン祭、出たい?」

「ニコラ。私が何のために仮装を準備したと思ってるの?」


 アリスは目を輝かせた。


「全てはハロウィン祭のため! アルバイトでお金も稼いだ! 次のキッド様のグッズイベントにも出られる! あ、もちろんニコラも一緒に行くわよ!」

「……」

「ハロウィン祭、今まで以上に忙しくなるわよ。レジ打ち頑張りましょうね!」

「アリス」

「ニコラ、クッキー食べて。私も食べる」

「アリス」


 あたしは訊いた。


「28日って、どこか出かける?」


 アリスがきょとんとした。


「ん? ……28日?」


 アリスが眉をひそめた。


「何曜日だっけ?」

「日曜日」

「んー……。……今のところ、予定は無いかな」


 アリスが頷いた。


「もしかしたら、父さんと姉さんと買い物に出かけたりするかもしれないけど、特にどこか遠出するとか、そういうことは無いわよ」

「そう」


 あたしは頷いた。


「……だったら、日曜日会えない?」

「日曜日? いいわよ」


 アリスが微笑む。あたしはきょとんとする。


「……いいの?」

「会って何する?」

「会って……」


 惨劇を止める。


「……遊んだり、とか……」

「何して遊ぶ?」

「……トランプ……」

「トランプ、いいわね! あ、そうだ。ニコラ、キッド様のコレクション見る? ニコラに見せたいのがあって……」


 そう言ってクローゼットに振り向いたアリスが硬直する。クローゼットはぶるぶる震えている。


「……」


 アリスがクローゼットから視線を外す。


「……ごめんね。ニコラ。……あの、……28日までには……片付けておくから。……ね?」

「……分かった」


 あたしが頷くと、アリスが苦笑した。

 あたしと会うことを、アリスがすんなり許可した。


(28日なのに)


 惨劇の当日なのに。


「アリスは、……その日、大丈夫なの?」

「え? うん」

「……そう」

「帽子の絵も描きたいとは思ってたけど、ニコラが来るならいいわ。今まで遊べなかった分、一緒に遊びましょうよ」

「……ん」


 呆気なく、アリスとの約束は取り付けられた。


「……じゃあ、……あの、28日……」

「ああ、でも……」


 アリスが眉をひそめた。


「私ね、こう見えて実はすごく体調崩しやすいのよ。だから、突然悪くなる可能性もあるから、その時は断っちゃうかも。……体調良かったら遊んでくれる?」

「体調……」

「うん。崩しやすいの」

「……あの、アリス」

「ん?」

「そのことで、訊いてもいい?」

「何?」

「前に、……入院してたんでしょ?」

「やだ、誰から聞いたの?」


 アリスがふふっと笑って、頷く。


「そうよ」

「体調、そんなに悪くなりやすいの?」

「うん」

「今は?」

「うん」

「……え?」

「うん」

「……ん?」

「うん」

「……ん、何?」

「うん」

「……体調」

「うん」

「あの、悪くなりやすい……」

「うん」

「……」




 ん?



「体調、悪いの?」

「……んー」


 アリスは微笑む。


「ふふっ」


 アリスは笑う。


「ニコラ」


 アリスが再び立ち上がった。


「帽子の絵、見る?」

「え?」

「新作よ!」


 アリスが机に置かれたノートを開いた。


「これ、見て。すごいでしょ」


 美しい帽子の絵が描かれていた。


「私が描いたのよ!」


 分かりやすいくらい、大きく話を逸らされた。


「アリス」

「可愛いでしょ」


 軌道修正出来ない。アリスがさせない。


「ニコラに似合いそう!」


 アリスは満面の笑みを浮かべながら、あたしに言う。


「これは自信作なのよ!」


 アリスの目が、あたしに言う。





 詮 索 す る な 。








 あたしは硬直した。アリスは笑う。


「凄いでしょ! これを作れたら、私は大物よ!」


 アリスは笑う。


「うふふふふ」


 アリスは笑う。


「ふふふふふふふふふ」


 アリスは笑う。


「あははははははははは」


 アリスは笑う。


「きゃはははははは」


 アリスは笑う。


「ひゃはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」





 アリスは笑う。アリスの部屋の机には、やはりリボンが置かれていた。


「ねえ、ニコラはハロウィン何着るの?」


 あたしは紅茶を飲む。


「分かった。秘密なのね。いいわね。じゃあ楽しみにしてるから!」


 アリスがくくっと笑った。


「当日、お互いの仮装を見て、褒め合いましょうよ!」


 アリスは笑う。


「楽しみね!」


 アリスはあたしに笑う。


 ――何かを隠すために、笑っているように見えた。




(*'ω'*)






 15時50分。エターナル・ティー・パーティー。



 あたしはアリスの部屋を出た。


「ここまででいいわ」

「いいわよ。下まで行くから」


 アリスが部屋の扉を閉めた。あたしは先に階段を下りて、あたしの後ろをアリスがついてくる。一階に下りると、ダイアンとカトレアがラジオを聴いていた。下りてきたあたし達に振り向く。


「あら、ニコラちゃん、もう帰るの?」

「はい。お邪魔しました」

「アリスのこと叱ってやって。ほんとにもう、黙って勝手に掃除を始めたと思ったら、出られなくなるなんて」

「もう反省したってば」


 アリスが拗ねたように唇をとがらせると、ダイアンが笑った。


「はははっ! アリスは悪夢を見ても平常だな。流石アリスだ」

「ダイアン兄さん、私だって怖いのよ。見てよ。この痣」

「アリス、簡単に見せないの」


 カトレアが注意すると、アリスが襟で首を隠した。


「ちぇっ。何よ。二人はいちゃいちゃして悪夢を乗り切ればいいわ。私はキッド様のお写真を枕の中に入れて寝ることにするから。そうすれば悪夢の中でもキッド様にお会いできて、悪夢が悪夢じゃなくなるわ」


 アリスらしい馬鹿なことを言って、あたしに顔を向けた。


「じゃあね。ニコラ。雨降ってるから、気を付けて帰ってね」

「ええ。ありがとう」


 あたしはアリスを見る。


「ねえ、明日も来ていい?」

「明日?」

「ゲームして遊ばない?」

「ゲーム? 何のゲーム?」

「カードゲーム。簡単なやつを家から持ってくるわ」

「面白そう。やりましょうよ」

「じゃあ、また同じ時間くらいに来る」

「分かった。待ってる」


 アリスが手を振った。


「じゃあ、また明日ね。ニコラ」

「また明日。アリス」


 あたしは扉を開け、傘を広げた。扉を閉めて、長靴で歩き出す。


(……今日だけでは終われない)


 アリスの様子を見られた。

 アリスと会話が出来た。

 だが、結局違和感が増えるばかりだ。


(今の時点では、特に問題はなさそう)


 アリスは、本気でハロウィン祭を楽しみにしているようだった。


(問題は……)


 アリスの体調について。


(誤魔化した)


 アリス自身が、その話題を逸らしたのだ。


(知られたくないみたいだった)


 入院してたという話を持ち掛けた時、何でもないように笑ってた。ただ、それ以上のことは口を閉じていた。そして、その目が訴えたのだ。詮索するなと。


(……誰にだって知られたくないことはあるわ。……でも……)


 何か引っかかる。


(この違和感は何?)


 アリスのあの目は何なのだろう。


(アリス)


 アリーチェ・ラビッツ・クロック。


(ますます分からない)


 彼女はなぜ、殺人事件を起こす?


(ますます分からない)


 あたしの足が公園に向かう。


(今日の彼女は健康だった)

(商店街のことを心配してた)

(社長のことも心配してた)


 とても、広場を壊そうとしているようには見えなかった。


(演技?)


 いや、違う。


(何か、違う気がする)


 もっと別の問題がある気がする。


(三連休も辛かったって言ってた)


 なのに、楽しいと言ってた。


(アリスは不憫な恋を繰り返す)

(アリスは不毛な愛を繰り返す)

(アリスは不器用な恋愛を繰り返す)


 それでもいいと、アリスは笑うだろう。


(あの子に何が起きるの?)


 失恋?

 感情の暴走?


(28日、あの子を見張るしかない)


 事件が起きる時間帯に、会いに行くしかない。


(何かが起きるんだ)


 まだ起きてない何かが起きるんだ。


(一体、何が……)


 まだ分からないけど、アリスの身に、あたしの親友の身に、何かが起きてしまう。


 あたしの足が止まる。



 16時20分。



 公園に辿り着いた。止まってた足が進む。ガゼボへの道を進んでいく。水溜まりの近くでは、蛙がげこげこ鳴いている。雨が降り、湖中に雫が落ち続ける。あたしの使ってる傘からも雫が落ちる。雨が降る。足は長靴のお陰で濡れない。今日も人気が無い。雨のせいか、公園は非常に静かだった。ガゼボも然り。

 大きな木を避けて、ガゼボに入ろうとすれば、あたしの足が止まった。


「ん?」

「ピィ」


 青い鳥が、ガゼボのテーブル台にいた。


「ピィ」


 何もない椅子に顔を上げて、鳴き続ける。


「ピィ」

「ぴぃちゃん?」


 あたしが呼ぶと、青い鳥が翼を広げた。


「ピィ!」

「っ」


 あたしが息を吸い込むと、青い鳥がよちよちと雨の降る空を飛んでいく。あたしはそれを見送った。


(……今の、ぴぃちゃんよね? レオのペットの)


 あたしは傘を閉じて、ガゼボに入った。


「寒っ」


 思わず、声が漏れた。なんだか急に寒くなった気がしたのだ。ガゼボの中だけ、変な空間があるような、異常な寒さを感じる。


「……何……?」


 頭がぼうっとしてくる。


「……寒い……」


 あたしはリュックを椅子に置いて、体を抱えた。


「寒い」


 あたしはうずくまった。


「寒い」


 なんだか、眠気がしてきた。


(……眠い)


 でも寒い。


(寒い。眠い)


 あたしはうずくまった。


(眠い)


 あたしは瞼を閉じた。
















「良かった。見つかったんだ」






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― 新着の感想 ―
[一言] リオンも、キッドも、メニーも、みんな怪しい。 ルビィ、ソフィア、ドロシー……助けて!(きな臭い謎を隠してないのは元敵ばかり)
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