第7話 10月21日(2)
13時。ミックスマックス秋季イベント前。
『〜ミックスのハイハイテンションマックス芸術の秋だぜ〜』
と書かれた看板を見上げ、あたしの顔が青くなる一方、レオは目を輝かせた。
「いいか、ニコラ。イベントは楽しむものだ。合いの手を覚えているか?」
「……ねえ、本当にあたし、ここに入るの……?」
くそダサい看板のデザインに、
くそダサいブランドに
くそダサい服を着るスタッフ達。
レオは目を輝かせながら、頷く。
「もちろん! この楽しみを僕だけ独り占めするわけにはいかない! 君にも山分けだ!」
「いらない……」
「大丈夫! グッズ買ってあげるから!」
「いらないぃ……」
半分涙目になると、メガホンを持ったスタッフが大声をあげた。
『お待たせしました! ただいまより! 入場を開始します!』
扉が開くと、一気に行列がなだれ込む。
「は!?」
「ニコラ、行くぞ!!」
レオがあたしの手を握ってきて、なだれこむ人々に紛れて、レオがもみくちゃにされながらあたしを引っ張り、並ぶブースに向かって走る。
「は!?」
「ミックスマックスのレアカードだぜ! やったあああああ!!」
感極まって喜ぶ紳士達に目を見開いて、唖然とする。
「は!?」
「見ろよ! このコーディネート!」
「すげえ! 超かっこいいぜ!」
くそダサいコーディネートをしている紳士を見て、顔が青ざめる。
「は!?」
「おおおおお! ミックスマックス! 最高だぜえええええ」
紳士達がミックスマックスのキャラクターのぬいぐるみ人形を天に掲げている、むさ苦しい光景に呆然とする。
「は!?」
「見ろよ。このバッジ。トリプルレアなんだぜ!」
「俺だってセカンドレアだぜ!」
「何言ってんだよ! 俺のだってパーフェクトレアだぜ!」
くそダサいバッジを見せ合って自慢する紳士たちの姿に、目を丸くする。
「は!?」
「ミックスマックス! ミックスマックス! ミックスマックス! ミックスマックス! ミックスマックス! ミックスマックス! ミックスマックス!」
呆然とその会場を見つめる。
異様な空気を感じ取る。
あたしは悟った。
ここは、この会場全体、ミックスマックス信者のはびこる世界なのだと。
「ミックスマックス! ミックスマックス! ミックスマックス! ミックスマックス! ミックスマックス! ミックスマックス! ミックスマックス!」
(こ、こいつら……! いかれてやがる!)
「ミックスマックス! ミックスマックス! ミックスマックス! ミックスマックス! ミックスマックス! ミックスマックス! ミックスマックス!」
(な、なんておぞましい光景なの…!?)
「ミックスマックス! ミックスマックス! ミックスマックス! ミックスマックス! ミックスマックス! ミックスマックス! ミックスマックス!」
あたしは顔を青ざめて、呆然と叫ぶ群衆を見つめる。
レオが目を輝かせ、あたしを引っ張った。
「ニコラ! あれ見てみろよ!」
「ん……?」
可愛くない犬の被り物が風船を持って動いている。
「ここ掘れワンワンだ!」
レオがあたしを見る。
「ニコラ、可愛いな。ほら、あれ風船だぞ。貰っておいで」
「いらない」
「照れてるんだな? くくっ! 君にも可愛いところがあるじゃないか!」
「いらない……」
「ワンワン! 風船くれるかい?」
ワンワンが頷いてあたしに風船をくれる。あたしはそれを握る。
「ありがとうワンワン! ほら、ニコラもお礼を言って」
「……」
「よし、次は向こうに行こう!」
片方は風船を、片方はレオの手を握って、一緒に歩く。
「ニコラ! この帽子を被るんだ!」
レオが帽子を持ってきて、あたしと一緒に被る。
「ニコラ、この服なんてどうだ! すっごく可愛いと思うぞ!」
レオが服を持ってきて、あたしと一緒に着る。
「ニコラ! これとあれとそれも揃えよう!」
レオが様々なファッションアイテムを持ってきて、あたしに着させ、自分も着る。
「……」
あたしは鏡の自分を見て、絶句した。
(……酷い……)
(スノウ様に買っていただいた服装の方が、全然まともだったわ……)
だっさい!!!!!!!!!!
「ニコラ、なんて素敵な姿なんだ! すごく素敵だ! ニコラみたいなレディが舞踏会にいたら、僕はつい声をかけてしまうね! 間違いなくかけるだろうね!!」
レオが目を輝かせながら、あたしとお揃いの帽子を深く被り、あたしの姿をぐるぐると回って見回した。
「ニコラ、いいか? 君が僕の妹だから、僕はこのコーディネート一式を買ってあげたんだ。大切にしてね。それと、どんなにかっこいいミックスマックスを身に着けたイケメンに口説かれても、ついていっては駄目だよ。今の君を見たら、そのイケメンでさえ、制御が利かなくなって野蛮な野獣になってしまうに違いない」
「ならないと思う。絶対ならないと思う」
「ふふっ。どうだ。ニコラ、お兄ちゃんの服装」
「ダサい。すごくダサい」
「ふふっ! そうか! かっこいいか! 言葉に出来ずに、ダサいで終わらせるなんて、僕、最近ニコラについて分かってきたよ。君は素直じゃないんだ。素直になりたいけど反対の言葉を言ってしまう可愛い女の子なんだ。君の嫌いは好きで、君のダサいはこの上なくかっこいいってことだ!」
「レオ、あたし、正直に言うわ。あんたのためを思って言うのよ。すごくダサいから今すぐに脱ぎなさい。そしてあたしもこの服を脱ぐわ。元に戻るわ」
「何を言うんだ。ニコラ。汚したくないから脱ごうって言うのか? 大丈夫。汚したってまた買ってあげるよ。さ、コンサート会場に行こう」
「畜生! 王族ってなんで皆こうなのよ! たまには人の話を聞きなさいよ! 畜生!」
レオに腕を引っ張られて、コンサート会場に向かう。
ステージから少し離れた場所にある席に座り、どんどん人が入って来る。蓄音機からミックスマックスのBGMが流れていて、隣でレオがそわそわしだす。
「ニコラ、トイレは大丈夫か?」
「さっき行った」
「ニコラ、心の準備はいいか?」
「ええ。もう帰りたい」
「あと一分だぞ! いいか! あと一分だぞ!」
「ああ、そう」
ドキドキのレオに冷たい視線を送ると、ふっ、と照明が暗くなる。
レオがはっと息を吸い、胸を押さえた。周りの紳士達もはっと息を吸い、胸を押さえた。
ステージにスポットが当たり、端からミックスマックスのロゴが入ったスーツを着た男が出てくる。マイクの前に来ると、笑顔で声を張り上げる。
「お待たせしましたーーーー! これより! ミックスマックスライブが始まりますよーーー!」
うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
「皆、準備はいいかーーーー!」
うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
「オープニングを飾るのは、今話題沸騰中のアイドルグループ! 世界名作ミックスマックス隊だ!!」
「ジュディちゃん!」
「カトレちゃん!」
「ペリーヌちゃん!」
「アンちゃん!」
「ネロちゃん!」
「ミックスマックスの同志達よ! 立ち上がれええええええ!!」
うおおおおおおおおおおおおおおおお!!
「ほら! ニコラも立って!」
「え」
「これ持って!」
「何これ」
「応援団扇さ!」
黒い団扇に大きいピンクの文字で、ネロちゃんウインクして、と書かれている。
「五人の登場だああああああああああ!!」
ステージの端から五人のアイドルが出てくる。五人とも可愛い服装をして、マイクの前に立つ。レディを見た紳士達が、レオが、拳を握り、叫んだ。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
「ジュディちゃん!」
「カトレちゃん!」
「ペリーヌちゃん!」
「アンちゃん!」
「ネロちゃん!」
「ニコラ! あの子可愛いだろ! ここ掘れワンワンの帽子被った子! ネロちゃんって言うんだよ! 可愛いだろ!」
「……」
あたしが黙ると、紳士達が盛り上がる。アイドル達が観客の紳士達に手を振ると、もっと盛り上がる。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
楽器を持つ人々が、華麗にミックスマックスの曲を演奏する。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
紳士達が声を張り上げる。アイドル達が歌い始める。
ミックスマックス 最高だぜ!
「最高だぜえーーーーーーー!!」
チッス チッス チーーッス
「チーーーーーーーーッス!!」
ミックスミックス混ざるよミックス
「マックス!!」
マックスマックス気分はマックス
「ミックス!!」
ミックスマックスミックスマックス 気分は
「上々!!」
ハイテンションでレペティションだよ
「ミックスマックス!!」
愉快な仲間は
「ミックスマックス!!」
僕らは一つ ラララ 歌おう 踊ろう
「僕らは仲間!!」
ハイテンションでレペティションだよ
「ミックスマックス!!」
「……」
黙って、盛り上がる会場を眺める。
黙って、盛り上がるステージを眺める。
黙って、団扇を振る。
黙っていると、皆が盛り上がっている。
(……帰っていい?)
二番が始まる。
チッス チッス チーーッス
「チーーーーーーーーッス!!」
(……帰りたい……)
あたしは団扇で顔を隠す。
(動かない目覚まし時計を理由に、そのまま寝てしまえばよかった……)
なんであたし、このイベント会場に来てしまったんだろう……。
(今日だけ、キッドの言うこと聞いておけばよかった……)
(後悔先に立たず……)
(後の祭……)
「ニコラ! 今! ネロちゃんがウインクしてくれたぞ!」
「……」
「良かったね! ニコラ! 良かったね!!」
「……」
「ネロちゃーーーーん! ネロちゅわーーーーん!!」
レオが全力で叫ぶ。レオがすごく楽しそうに叫ぶ。
(……これが、この国の王子様……)
あたしの初恋。
(あたし、いいこと? これが初恋相手よ)
(この情けない姿を目に焼き付けるのよ)
(そうすればもう絶対に何があっても好きになんてならないわ)
(メニー、あんたも相当な物好きね)
(いいわ。変わり者同士お似合いよ。結婚おめでとう)
「ミックスマックス、最高だぜぇぇえええええええ!!」
レオが汗を光らせた。
(*'ω'*)
歌が終わり、ゲームが終わり、フリートークの時間となる。レオが一番見たがっていたイベントだ。
レオが目を輝かせてステージを見つめる。
あたしは冷めきった目でステージを見つめる。
スポットがステージに当たる。
「お待たせいたしました。続いて、我がミックスマックスの企画研究開発のリーダー、アックス氏、デザイナーのドンリス氏、そして、わが社の希望の星、ホップス社長に出てきてもらいましょう。どうぞ!」
司会者が声を張り上げると、拍手が起きる。レオがわくわくした目で拍手をする。あたしは冷めきった目で拍手をする。大勢の人々が拍手をする。三人を迎える準備をする。
だが、しばらく拍手が続く。
(……ん?)
三人が出てこない。司会者も不思議に思ったのか、ステージの端をちらりと覗く。
「おやおや、どうしたんでしょうか? 寝坊かな?」
会場の皆が笑いだす。司会者も笑い、ステージの端を見つめる。
しばらくして、司会者が笑顔になった。
「おっと! これは素晴らしい仮装だ!」
マイク前に戻ってくる。
「皆さん、何ということでしょう。三人とも、悪者に仮装をしてくれたようです! 拍手で迎えてください!」
皆が再び拍手をすると、ステージの端から顔にマスクをした、ガタイのいい男が三人出てくる。三人とも手に銃を持ち、まるでテロリスト集団のようだった。くすくすと笑い声が聞こえてくる。その中で、司会者が三人をマイク前に促す。
「さあ、どうぞ! 挨拶を!」
一人が、司会者に銃を向けた。
「おっと、怖い怖い! やめてくださいよ!」
撃った。
「えっ」
司会者の足が崩れた。
膝から血が染み出す。
司会者が足を押さえた。
席に座った人々が黙った。
ぽかんとした。呆然とした。唖然とした。驚いた。
レオが黙る。あたしも黙る。皆その光景を見る。
顔にマスクをした男が、マイクから声を出す。
「誰も動くな」
このコンサート会場は完全に占拠した。
「誰も動くな」
男が会場の警備員が持っているはずの無線機を持ち上げ、口の前に押し当てる。
「警察の諸君。ここには約100人ほどの人々がいる。この100人が人質だ。解放してほしくば、1億ワドルを用意するように」
ちなみに、
「一人は撃った。これ以上怪我人を増やしたくないなら、言う通りにすることだ」
客席にいた数名が立ち上がり、あたし達に銃を見せつけるように持ち構えた。
あたしはレオを見る。レオと目が合う。
レオが口を動かす。
し ず か に 。
レオがステージを見る。
レオが会場を見回す。
レオが目玉を動かす。
レオが周りの状況を見る。
レオがあたしを見る。
レオが黙る。
「……」
男がマイクに向かって口を開いた。
「諸君、君達が抵抗したりしなければ、こちらも危害を加えたりはしない。大人しく我々の言うことに従ってもらおう」
視界は足を押さえ、うずくまっている。歯をくいしばり、痛みに耐えているのがよく見える。
「女はステージの上へ。男はその場にいろ」
レオがあたしの手を掴んだ。横を見ると、レオがあたしに首を振る。あたしも首を振る。
「行かないと、誰か撃たれる」
「……」
「早めに助けて」
耳打ちして、大人しく立ち上がる。あたしを入れて、十人程度しかいない女性陣がステージの上に座らされる。腕を背中に回され、手首を縛られる。あたしも黙って、大人しく従う。
(……大丈夫)
人質なら慣れてる。
(大丈夫)
撃たれたこともある。
(大丈夫)
誘拐されたことだって遠い過去にある。
(大丈夫)
誰か助けてくれるはず。
(……大丈夫)
ステージの上に大人しく座る。震えている女がいる。あたしと同じくらいの少女がいる。もっと大人びた少女がいる。テロリストが二人ほど、ぐるぐるあたし達の周りを回って見張る。
(さて、どうする?)
レオは打開策を考え付くか。
(警察に連絡がいっているということは、グレタにもいってるはず)
(グレタにいっているということは、ヘンゼにもいってるはず)
(ヘンゼにいっているということは、警察だけでなく、兵士にも連絡がいってるはず)
(だけど、人質は会場客約100人)
(その中に、王子様がいる)
リオンの存在がばれては、もっとまずいことになるだろう。何をされてもおかしくない。
(長期戦になりそうね。皆、下手に動けない)
ドロシー、こういう時こそ、あんたの出番じゃないの?
(何やってるのよ。早く来なさい)
「……くしゅんっ」
年頃の少女がくしゃみをした。それを見たテロリストの一人が、少女の元に歩く。
「おい! くしゃみを止めろ!」
「くしゅんっ、すみませ……くしゅん!」
くしゃみが止まる。少女の顔を見たテロリストの男が、リーダーであろう男に振り向く。
「ミスター。今、人質が命令をしていないのに、くしゃみをしました」
無線機を持った男が口を開く。
「警察諸君。よく聞け。たった今、人質が命令外のことをしでかした。あと一分で金が用意出来ないようであれば、この人質に罰を与えることにする」
空気が凍り付く。
「数えろ」
テロリストの一人が時計を見る。
くしゃみをした少女の顔が真っ青になり、体を震わす。
あたしは俯き、大人しくする。
時計が進む。
一秒、一秒、また一秒進む。
少女の息が荒くなってくる。
針が進む。一秒、また一秒。
少女の顔は完全に青い。
針が進んだ。一秒、また一秒。
一分が経つ。
誰も来ない。
「運が悪かったな」
無線機を持った男が顎で合図した。
「やれ」
テロリストの一人が少女を押し倒した。
少女が悲鳴をあげた。
あたしは息を呑んだ。
周りの少女達も悲鳴をあげた。
少女のドレスのボタンが吹っ飛んだ。
少女が悲鳴をあげた。
男が抵抗出来ない少女のドレスを脱がし始める。
少女が悲鳴をあげた。
少女が銃を構えられた。
少女が悲鳴をあげた。
皆怯え、目を背ける。
男が乱暴に少女の肌に触れた。
少女が悲鳴をあげた。
あたしは耳を塞ぎたいのを堪え、目を閉じた。
少女の悲鳴だけ聞こえ、恐ろしくなって瞼を固く閉じる。
すると、耳元で、声が聞こえた。
「ソレデイイ」
声があたしに言った。
「ソノママ、何モ見テハイケナイヨ」
声が、あたしの耳を塞いだ。
「目ヲ閉ジテ」
絶対、
「開ケテハイケナイヨ」
頭に、歌が流れてきた。
ジャック ジャック 切リ裂キジャック
切リ裂キジャックヲ 知ッテルカイ?
ジャックハ オ菓子ガ ダァイスキ!
ハロウィンノ夜ニ 現レル
ジャックハ 恐怖ガダァイスキ!
子供ニ悪夢ヲ 植エ付ケル!
回避ハ出来ルヨ! ヨク聞イテ
ジャックヲ探セ 見ツケ出セ
ジャックハ皆にコウ言ウヨ
オ菓子ヲクレナキャイタズラスルゾ!
ジャックハ皆ニコウ言ウヨ
トリック! オア! トリート!
ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
すさまじい悲鳴が聞こえ、あたしの耳と目が開いた。
振り向くと、少女を襲っていた男が突然頭を押さえて、悲鳴を上げ、股間にじわりとシミを作っていた。
「なんだ」
テロリストの男が、悲鳴をあげた男に駆け寄った。
「どうした」
男は悲鳴をあげる。
「ミスター!」
「どうした」
男が地面に倒れた。
「おい、どうした」
少女がうずくまり、すすり泣く。
「泣くんじゃない!」
会場がざわつき始める。
「黙れ!!」
無線機を持った男が天井に銃を撃った。
また誰かが悲鳴をあげた。
会場がざわつく。
テロリスト達が銃をあたし達に向け始める。
悲鳴を上げた男に、テロリストの一人が触れた。
その瞬間、その一人も叫んだ。
「ひぎゃああああああああああああああああああああああああ!!」
どさりと、その場で倒れる。
「なんだ、どうした」
「何事だ」
ジャック ジャック 切リ裂キジャック
「どうした。一体何が起きてるんだ」
切リ裂キジャックヲ 知ッテルカイ?
「騒ぐな! おい! 騒ぐな!」
ジャック ジャック 切リ裂キジャック
切リ裂キジャックヲ 知ッテルカイ?
「畜生! 撃つぞ!」
一人が乱暴に歩き、適当に女の人質を選ぶ。
あたしのおさげが掴まれた。
(えっ)
あたしの目が見開かれる。
「撃つぞ!」
あたしに銃が向けられる。
(ひっ!)
「騒ぐなら、このガキを撃つ!」
ジャックハ オ菓子ガ ダァイスキ!
ハロウィンノ夜ニ 現レル
「黙れ! 黙れ! 黙れ!」
おさげを上に引っ張られる。
子供ニ悪夢ヲ 植エ付ケル!
「黙れぇえええええ!!」
痛い。痛いっ。痛い!
回避ハ出来ルヨ! ヨク聞イテ
「数えるぞ! いいか! 数えるぞ!! 黙らないと撃つぞ!!」
(ひい! 何なのよ!)
ジャックヲ探セ 見ツケ出セ
「さん!」
(誰か誰か誰か誰か……!!)
ジャックハ皆ニコウ言ウヨ
(誰か……!)
「に!」
(誰か!!)
オ菓子ヲクレナキャイタズラスルゾ!
(早くして!!)
「いち!」
ジャックハ皆ニコウ言ウヨ
――レオ!!
「ぜろ」
トリック! オア! トリート!
「っ」
男を誰かが突き飛ばした。
あたしが地面に突き飛ばされる。
誰かが倒れた男から銃を奪い取り、男の足を撃つ。
「あっ!」
男が悲鳴をあげて倒れ、誰かがもう一人の足も撃つ。
「ひっ!」
もう一人も倒れる。
無線機を持った男が銃を誰かに構える。
「このっ!」
手を撃つ。
「いっ!」
足を撃つ。
「ひゃっ!」
遠くのテロリストを撃つ。
「ぎゃっ!」
遠くのテロリストを撃つ。
「ぎゃっ!」
客席にいるテロリストを撃つ。
「がっ!」
手を撃つ。足を撃つ。腕を撃つ。足を撃つ。動けなくなる。それでも撃つ。誰かが撃つ。
「ま、ま、待ってくれ。待ってくれ」
誰かが撃つ。
「ぎゃっ!」
あたしの髪を引っ張った男に再び銃が向けられる。
「ひっ!!」
銃が撃たれた。
「ひっ!」
親指を撃たれた。
「あっ!」
人差し指を撃たれた。
「がっ!」
中指を撃たれた。
「ぎゃっ!」
薬指を撃たれた。
「ああっ!」
小指を撃たれた。
「ぐっ!」
もう片方の手は踏まれる。
「ああああああっ!!」
体を蹴飛ばされ、男がステージから転げ落ちる。
「ふう」
誰かが帽子を深く被り、ステージに転がった無線機に声をかけた。
「あー、あー、聞こえる?」
キッドが微笑んだ。
「こちらキッド。テロリストは全員大人しくなりました。どうぞ。人質の保護をお願いします」
あたしがその姿を見た。
少女達がその姿を見た。
席に座っていた紳士達がその姿を見た。
コンサート会場の扉が開けられた。大勢の警察達がぞろぞろと入ってくる。すぐにテロリストが捕らえられる。司会者が速やかに運ばれる。男に襲われかけた少女に速やかに上着がかけられた。人質が無事に保護される。
「キッド様だ!」
誰かが叫んだ。
「キッド様が助けてくださったぞ!」
誰かが叫んだ。
「ああ、キッド様だ!」
「キッド様がいらっしゃるぞ!」
「キッド様が助けてくださった!」
「我らの救世主だ!」
「キッド様万歳!」
「キッド様万歳!」
「キッド殿下万歳! キッド殿下万歳! キッド殿下万歳! キッド殿下万歳! キッド殿下万歳! キッド殿下万歳! キッド殿下万歳! キッド殿下万歳! キッド殿下万歳! キッド殿下万歳! キッド殿下万歳! キッド殿下万歳! キッド殿下万歳! キッド殿下万歳!」
コンサート会場の人々が叫ぶ。皆が目を輝かせてステージの上のキッドを見上げ、讃える。キッドが微笑む。また声が荒げられる。万歳と叫ぶ。キッドが微笑み、男に襲われた少女に歩み寄り、しゃがんで目を合わせる。
「お怪我は? レディ」
「だ、大丈夫です……! わ、私……!」
「落ち着いて。もう大丈夫だから」
キッドが少女を抱きしめる。
少女がキッドのぬくもりに、ほっと胸を撫でおろし、涙を流す。
「わ、私、本当に、怖かった……」
「もう大丈夫。落ち着いて、さ、美人が台無しだ。顔を上げて。素敵なレディ」
「き、キッド様……! ありがとうございました……! ありがとうございました……!!」
「当然のことをしたまでです。さあ、外へ」
警察が少女の肩を抱き、立ち上がらせ、優しくステージから下ろす。
その他の少女達も手首に結ばれた縄をほどかれ、解放される。
「……」
あたしは待っても誰も解いてくれない。
「……あの」
そこら辺にいた警察に、振り向いて声をかける。
「解いてください」
「テリー様」
警察の制服を着たキッドの部下が、苦い顔をした。
「キッド様がお怒りです。しばらくそのままで」
「……解いてくだ」
「解くなという命令なのです」
「……」
キッドに振り向いて睨むと、キッドは他の人々にも声掛けをしていた。
肩を抱き、背中をなで、もう大丈夫と微笑む。
「……」
あたしは振り向く。
座っていた席に振り向く。
レオの顔が見えた。
レオが、もどかしそうに、どこにその感情をぶつけていいか分からない顔で、歯を食いしばり、ぐっと両手を握って、体を震わすほどの悔しそうな目で、キッドを睨みつけていた。




