第3話 10月18日(6)
19時20分。家。
明かりがついていない。
(……出かけてるのかしら)
苺ケーキに埋もれたキッドがついた鍵を出して、扉を開ける。
「ただいま」
誰もいない家に言って、玄関の明かりをつける。廊下を進み、リビングの明かりをつける。それからまた玄関の電気を消して、リビングに入る。
置き手紙がテーブルに置かれていた。
『突然仕事が入った。今夜はキッドと夕飯を食べなさい』
(ああ、帰ってくるって言ってたわね……。……えー、あいつだけ帰ってくるの……?)
眉をひそめて、手紙を丸めてゴミ箱に捨てる。
(お風呂入ろう。疲れた……)
朝からメニーの面倒を見て、一日中ハロウィン祭の準備をして、キッドが襲来して、レオと逃げて、キッドに魅了された人達を介護して、レオと手柄探しに出かけて……。
(ハードスケジュール……)
部屋に入り、リュックを壁にかけてからジャケットを脱ぎ、椅子の背もたれにかけた。
「ああ、疲れた……」
ベッドに倒れる。
柔らかいベッドがあたしを受け止めた。
(気持ちいい……)
毛布にすりすり顔を押し付ける。
(気持ちいい……)
瞼が下りてくる。
(……寝ない)
瞼が重い。
(あたしはお風呂に入るのよ)
瞼が重い。
(だけど、ちょっとだけ)
瞼が重い。
(休憩するだけ)
瞼が重い。
(目を……少し……閉じるだけ……)
あたしは、瞼を下ろした。
目を瞑った。
呼吸が深呼吸に変わる頃、あたしの意識が遠く飛んで行った。
( ˘ω˘ )
声が聞こえた。
人々の声が聞こえた。
大勢の声が聞こえた。
怒号が聞こえた。
騒がしい音が聞こえた。
あたしは目を開けた。
「さあ僕のプリンセス! こちらへおいで。一生大切にするよ!」
その手を取れば、リオン様がにこりと笑う。
赤いバージンロード。空から降りてくる花びら。
笑う人々。幸せな人生の幕開け。
『おめでとう! テリー!』
『幸せになってね! テリー!』
『テリー! なんて素敵な名前なんだ! 私達のプリンセス!』
出迎えてくれる人々。
歓迎してくれる人々。
見送る人々。
あたしは全てが幸せで、
これからこの大好きなリオン様と一生傍にいられることが嬉しくて、
笑顔になった。
そんな夢を見た。
(*'ω'*)
夢だろうか?
( ˘ω˘ )
これは現実だろうか?
(*'ω'*)
じゃきん、と音が鳴って、あたしの髪の毛が切り落とされた。
( ゜Д゜)
人々の怒号が聞こえる。
(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)
「テリー!!」
「悪魔の女め!!」
「ざまあみろ!!」
(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)
え?
(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)
「地獄に落ちろ!!」
「最低な人間め!!」
(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)
え?
(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)
「プリンセスに謝れ!!」
「ふふ! やっぱり親も醜ければ、娘も醜いってことね!」
「本当に醜いわね! ふふふ!」
(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)
え?
(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)
手を見た。縄で繋がれた手を見た。ぼろぼろだ。肌も、色も、爪も、全てが荒れて荒んでぼろぼろだ。前髪が垂れている。切られた後ろ髪が風でなびき、乱れた前髪があたしの顔にかかる。
(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)
重たい足枷。
苦しいほど縛られた縄。
目の前にはギロチン。
(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)
いやいやいや。あたしはこうならないために罪滅ぼし活動なんて変なことをしているんじゃない。
(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)
それでも、今ここでは皆があたしを責め立てる。
(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)
「あははははははは!」
リオンが笑っている。
「うふふふふふふふ!」
メニーが笑っている。
「ざまあみろ! テリー・ベックス!」
リオンが笑った。
「あはははははははは!」
リオンが笑った。
あたしへの死を、喜んでいる。
(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)
「万歳!」
(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)
「万歳!」
(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)
「万歳!」
(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)
「万歳!」
(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)
「万歳!」
(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)
あたしの罪は消えない。
(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)
人々が大喜びで万歳をする。
あたしの死を喜ぶ。
あたしの不幸を喜ぶ。
ギロチンは目の前にある。
「え?」
あたしは、声を出した。
「ドロシー?」
呼んでも来ない。
彼女とあたしは知り合っていない。
「リトルルビィ?」
呼んでも来ない。
彼女は既に孤独に亡くなっている。
「ニクス?」
呼んでも来ない。
彼女はとうの昔に消息不明だ。
「ソフィア?」
呼んでも来ない。
彼女は100回目の盗難成功後、行方不明だ。
「サリア?」
呼んでも来ない。
彼女は知らぬうちに屋敷から出て行った。
「クロシェ先生?」
呼んでも来ない。
彼女はリトルルビィに殺された。
「アリス?」
呼んでも来ない。
彼女は昔、牢屋で死んだ。
「……」
あたしは呼んだ。
「キッド」
呼んでも来ない。
キッドはいない。
あたしをかばって、死んだ。
(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)(*'ω'*)
死ぬの?
あたし死ぬの?
ギロチンが待っている。
嫌よ。
行きたくない。
ギロチンが待っている。
待ってよ。
あたし良い子になったわ。
メニーを虐めてないわ。
メニーを助けてあげてるもの。
メニーを虐めてないわ。
助けてるじゃない。
何度も助けてあげたじゃない。
ギロチンが待っている。
あたし愛してます。
メニーを愛してます。
愛し愛するさすれば君は救われる。
復唱します!
愛し愛するさすれば君は救われる!
復唱します!!
愛し愛するさすれば君は救われる!!
復唱します!!!
愛し愛するさすれば君は救われる!!!
「やめて!!」
体を無理矢理押さえられる。
「嫌よ!!」
体を無理矢理押さえられる。
「やめて!!」
あたしは暴れた。
「あたし死にたくない!!」
体を無理矢理押さえられる。
「あたし、まだ死にたくない!!」
あたしは暴れた。
「助けて! 助けて!! 助けて!!!」
皆が万歳をした。
あたしが死ぬことに万歳をした。
ざまあみろと言われた。
あたしの死を喜んだ。
ざまあみろと言われた。
「お願い! ごめんなさい! 虐めてごめんなさい! お願い! 許して! ごめんなさい!! もうしないから! 虐めない! 物を投げない! あんたを傷つけない!!」
ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!
「死にたくない!!」
ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!
「百回でも二百回でも謝るから!」
ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!
「許して! 許して! ごめんなさい!!」
ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!
「リオンを好きになってごめんなさい!」
「メニーを虐めてごめんなさい!」
「ママに逆らえなくてごめんなさい!」
「自分を大切にしてしまってごめんなさい!」
「許して! 許して! 許して! 許して!!」
体をギロチンに押さえられる。
「嫌! 死にたくない! やめて! お願い! ごめんなさい!」
仰向けで押さえられる。
「やめ、やめっ、やめ!!」
仰向けのせいでよく見える。
ギロチンの刃がよく見える。
自分の死へのカウントダウンがよく見える。
首に木の板が固定され、あたしの体が押さえつけられる。
「やめて!!」
足をばたつかせた。
「やめてよ!!」
あたしは怒鳴った。
「許さない! メニー! 許さないからね!!」
笑うメニーを睨んだ。
「よくもあたしを死刑にしてくれたわね!!」
笑うリオンを睨んだ。
「よくもあたしを愛してくれなかったわね!!」
万歳する人々を睨んだ。
「愚かな愚民ふぜいが!! このテリーに、よくも無礼を働いたわね!!」
許さない許さない許さない。
「許すものか! 許すものか! 許すものか!!」
恨みを憎しみを憎悪を恨みを憎しみを憎悪を嫌悪と不快といらいらと。
「この恨み、晴らさないでいられようか!」
あたしはメニーを睨んだ。
「……幸せなんて……」
メニーに叫んだ。
「お前の幸せなんて、祈らなければ良かった!!!」
ギロチンの刃が、落ちてきた。
あたしの首に落ちてきた。
それがよく見えた。
刃が降ってくるのが見えて、あたしは叫んだ。
いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!
あたしの首が、飛んで、ころころ、転がった。
声が聞こえた。
「ばんざーーーーーーい!」
全員が、大喜びした。
あたしは手を伸ばした。
首、首、あたしの首。
あたしは手を伸ばした。
首、首、あたしの首。
あたしは手を伸ばした。
人間は、治癒力が、あって、自然治癒で、首を、つければ、早く、つければ、つくかもしれない。
だから、
首、首、あたしの首。
あたしは手を伸ばした。
首、首、あたしの首。
あたしは手を伸ばした。
首、あたしの首、どこ。
「テリー」
首。あたしの首はどこ。
「テリー」
あたしの首が無いの。首、あたしの首。
「テリーってば」
あたしの首を返して。あたしの首、今ならくっつく。今なら治癒できる。人間の自然治癒できっと出来る。返して。あたしの首返して。
「首ならここにあるよ」
ぬくもりが、あたしに触れた。
「首が無いのに、どうやって呼吸するの?」
柔らかいぬくもりが、あたしに触れた。
「ちゅ」
崩れそうな感触が、あたしの首に触れた。
「ほら、ここに首がある。これが首じゃないなら、俺がキスをしたのは何?」
無邪気な声に、手を伸ばす。
「テリー」
伸ばした手を掴まれる。握られた。
「起きて」
強く握られた。
あたしは目を開けた。
――キッドが、すぐ目の前で、あたしの手を握っていた。
生きているキッドが、あたしの目の前にいた。
「テリー」
キッドが微笑んだ。
「おはよう」
キッドが生きている。
あたしの頭を撫でる、生きてるキッドがいる。
「怖い夢でも見た?」
微笑むキッドが生きている。
「ジャックに伝えた?」
いやらしく微笑むキッドが生きている。
「俺が会いたがってるって、言えた?」
あたしの手が伸びた。
あたしは体を起こした。
キッドの肩に手を伸ばして、その首を絞めるように腕を絡ませて、生きているキッドに抱き着いた。
キッドがきょとんとする。あたしの腕が力んだ。キッドが生きている。
キッドがあたしの背中に腕を伸ばした。キッドが生きている。
キッドが呼吸した。あたしも呼吸した。キッドが生きている。
キッドがあたしの背中を撫でた。キッドが生きている。
「……これはよっぽど怖い夢を見たらしい。お前から俺に抱き着くなんて、ああ、怖い怖い。これこそ悪夢だ」
くくっといつものように笑って、キッドの手が優しく、恐怖に震えるあたしを撫でた。
「どんな夢を見たんだ? テリー。ジャックはお前にどんな夢を見せたの?」
あたしは黙る。黙ってキッドのぬくもりを感じる。
「テリー、話してごらん。話せば楽になるから」
あたしは黙る。黙って生きてるキッドを確認する。
「テリー、お腹空いてない? 何か食べよう」
あたしは黙る。黙ってキッドに顔をすりつける。
「……テリー、こっち向いて」
囁いてくる声に、あたしの目がキッドを見た。顔が自然とキッドに向いた。
キッドの青い目があたしを見た。顎を指ですくわれ、持ち上げられる。キッドの唇が近づく。
「テリー」
鼻と鼻がくっついて、肌と肌がくっついて、顔と顔を寄せれば、あたしの震える唇に、キッドの唇がくっついた。
むにゅ、と唇が重なる。
キッドの腕を掴めば、キッドに手を握られる。指を伸ばせば、キッドの指が絡んでくる。その手を掴む。温かい手を掴む。キッドが生きている。キッドが生きている。キッドが生きている。
(生きてる)
あたしにキスをするキッドがいる。
キッドにキスをしているあたしがいる。
(キッドが生きてる)
唇が離れた。
またくっつく。
唇が離れる。
角度を変えて、またくっつく。
呼吸が乱れる。
息を吸えば、またキッドがくっついてくる。
キッドの手を握れば、キッドが握り返してくる。
(生きてる)
キッドが生きてる。
(これも夢?)
ドロシーはあたしの幻覚で、この世界自体が夢なのかもしれない。
(キッドも幻?)
本当はキッドはいないかもしれない。
これはあたしが死ぬ前に見ている夢かもしれない。
(この熱も嘘?)
キッドに触れたら、消えてしまうかもしれない。
(やっぱり、嘘つき)
生きてない。
(嘘つき)
生きてる。
(嘘つき)
キッドがあたしの頭を撫でた。
(嘘つき)
キッドの唇がくっつく。
(嘘つき)
その唇も嘘だろうか。
(嘘つき)
(嘘つき)
(嘘つき)
(嘘つき)
(嘘つき)
何を信じればいい?
あたしの手が、ぺたりと、キッドの体に触れた。
キッドの唇が離れた。
「……テリー?」
あたしの手が、ぺたりと、キッドの体に触れた。
「ふふっ。何?」
あたしの手が、ぺたりと、キッドの体に触れた。
「触りたいの?」
キッドが微笑んだ。
「いいよ」
キッドがあたしの顔を覗き込んだ。
「テリーならいいよ」
キッドが自分のシャツの第二ボタンを開けた。
「俺の体、触っていいよ」
テリー、
「癒してあげる」
キッドが微笑んで、自らベッドに倒れた。




