第2話 10月17日(6)
――キッドの部屋。
むすぅ、とした顔でゲームを眺める。じっとメニーがその絵を見つめている。キッドはにこにこしながらサイコロを振った。
「よし、400ワドルゲット」
「てい」
メニーがサイコロを振り、駒が5マス進んだ。
「……転職……?」
「しない方がいいよ。メニー、今の給料の方が高いから、それ維持で」
「分かりました」
キッドのアドバイスからメニーが転職を諦めた。
「えい」
あたしがサイコロを振った。2マス。メニーが眉をひそめる。
「お姉ちゃん、また猫だって」
「……三匹目」
「良かったな。テリー、猫好きだろ?」
「あたし犬の方が好き」
「猫可愛いじゃん。ね? メニー」
「はい。猫、可愛いです」
(……くそ。結婚マスに当たらない……。猫はいらない……)
「よし、俺の番」
キッドがサイコロを転がし、3マス進む。
「店を建てる。……ふーん。じゃあこの土地でいいや」
キッドが持ってる土地から店をオープンさせた。
「メニー、何屋さんがいいと思う?」
「……本屋……」
「本? いいよ。メニーのために世界一の本屋をこの俺が作ってあげよう!」
「メニー、そんな奴が建てる本屋なんて行っちゃ駄目よ。絶対アブノーマルな本しか置いてないから」
「なんでお前はそういうこと言うかな?」
「本当のことじゃない」
「えい」
メニーがサイコロを振り、駒を進ませる。
「宝石を見つけて、一億ワドル増える」
「おお! すごいな。メニー。大金持ちだ!」
あたしはサイコロを振って駒を6マス進ませる。そのマスを見て、メニーが喜びの声をあげる。
「お姉ちゃん、犬が増えたよ!」
「……ペットしかいない……」
あたしの家族は三匹の猫と、一匹の犬。
「それ」
キッドがサイコロを振り、駒を進ませた。
「よし、残り6マス」
「ひっ!」
びくっと、あたしの肩が揺れる。ゲームが思いのほか進んでいる。
「ちょ、ちょっと待って! あたし、今回結婚がまだ……!」
「独身で家族は猫と犬。株と土地だけ持ってるなんて、テリー、まるで独身貴族のテンプレートだな。比べて俺は四人と一匹家族! 息子と娘持ちの社長! 犬の名前はハインリヒ! 土地も株も愛もお前より持ってる! 幸せ家族! 大金持ち! これぞ勝ち組!!」
「うるさい! お黙り!! 勝負はここからよ!」
ばしっと床を叩くと、キッドがいやらしく微笑んだ。
「え? テリー、今さら逆転出来ると思ってるの? 勝てると思ってるの? そういうことなら仕方ない。待ってあげよう。俺は優しいからね」
「ぐぞがっ……!」
「ん」
メニーがサイコロを振る。友達と友情を育む。
「お姉ちゃん」
「だあ!」
サイコロを振る。5マス。どうだ、悪くない数字よ。駒がマスに止まる。友達に騙されて十億ワドル払う。
「あ、お姉ちゃん……」
「ひっ! せっかくの株が!」
「売れ売れ! 売りさばけ!」
「いいいいいい……!」
でも大丈夫。まだ逆転の猶予はある。あたしがキッドより先にゴールしてしまえば賞金が入る。キッドが6マスではなく、1マスとか、5マスとか、もしくはメニーに先にゴールしてもらい、賞金をそっちに譲るか。その後、あたしが残りの4マスを進めばいいのだ。それでとにかく、キッドの勝利は防げる。
「メニー、こうなったら姉妹作戦で行くわよ」
「お姉ちゃん、何? その今考えましたって名前の作戦……」
「あんたが先にゴールしなさい! いい!? あんたは2マス進めばゴールでしょ! 勝ちは見えてる! ここでキッドがしくじればあんたの勝ちよ!」
「テリー」
キッドがにこやかにあたしに笑顔を向ける。
「俺がしくじると思ってるの?」
「何言ってるの。サイコロは運よ」
「テリー、俺を誰だと思ってるの」
「キッド、サイコロばかりは運よ。たとえあんたでも、女神は微笑まないわ」
「どうかな」
キッドがにやりとして、メニーを見た。
「メニー」
「ん。……なんですか?」
メニーがキッドに顔を向けるとキッドが微笑んだ。
「賭け事は好き?」
「あまり、好きじゃありません」
「それは残念。だけどここはどうだろう。俺と一つ勝負をしない? 簡単な賭け事だ」
「どんな賭け事ですか?」
「今から俺がサイコロを振るよ。6が出れば俺の勝ち。それ以外が出たら、数字関係なく、メニーの駒だけゴールに持っていこう」
「あたしの駒は?」
「今はメニーとの勝負。お前は駄目」
「チッ!」
舌打ちして、むくれたまま自分の駒を見つめる。
キッドとメニーの会話は続く。
「ね? メニー。面白そうだろ?」
「1から5の数字が出たら、私の勝ちですか?」
「そういうこと」
「何を賭けるんですか?」
「テリー」
キッドが言った。
あたしは顔を上げる。
メニーはきょとん。
「今夜、勝った方のベッドにテリーが寝る。どう?」
「……あんたは何言ってるの?」
呆れた目を向けると、キッドがあたしにいやらしい笑みを返してきた。
「俺は本気だよ」
「メニー、相手しなくていいわよ」
「もしメニーが勝ったら、メニーはお姉ちゃんと安らかに眠るといい。俺も邪魔はしない」
だけど、
「俺が勝ったら、テリーの部屋で一人で寝てくれる? 一人が怖いのであれば、寝るまで俺が傍にいてあげる。でもテリーは駄目」
「大人げない。やめて」
「どう? メニー。面白いだろ?」
メニーが、じっとキッドを見つめる。
「乗る?」
キッドがにこにこして、メニーに訊く。
「乗ります」
メニーが迷うことなく頷いた。
「は?」
きょとんとするあたしを置いて、二人が向かい合った。
「よし、きた。そうじゃないと楽しくない」
キッドがサイコロを握った。
「いいか。メニー。勝負は一回きりだ」
「はい」
「ズルは無しだ」
「はい」
「全ては運で決まる」
「はい」
「よし、始めよう」
キッドが一度、サイコロを天井に向けて投げて、それを手に取って、握りしめて、腕を大きく振り、サイコロを投げた。
ころころころころころころ。
サイコロが転がる。
じっとメニーが見つめる。
じっとキッドが見つめる。
じっと、あたしの背筋が凍る。
(…え? なんであたし、景品にされてるの……?)
ころころころころころころ。
サイコロが転がる。
ころころころころころころ。
サイコロが転がる。
ころころころころころころ。
ゆっくりになる。
ころころころころころころ。
止まる。
『6』
「いっ!」
(絶対やだ!! キッドと一緒に寝るなんてあたし嫌よ!!)
ぞっと顔を青くさせると、
「私の勝ち」
メニーがぼそりと呟くと、サイコロが転がった。
『1』
そこで、完全にサイコロが止まった。
「……惜しかったな」
キッドが呟き、メニーの駒を持って、ゴールに置いた。
「メニーの勝ちだ」
「ふふっ。やった」
メニーが嬉しそうに拍手をした。キッドが足を崩し、はー、と息を吐いた。
「ああ。惜しいな。本当に悔しい。せっかくのテリーとのひと時の夢が……」
「……複雑だけど……よくやったわ。メニー。よくあたしを守ったわ。あんたは出来た妹よ」
「ふふっ。これでお姉ちゃん、ゆっくり眠れる?」
「ええ。満足だわ。ベッドは狭くなるけど、隣がキッドじゃないなら全然寝れる」
「なんだ? そんなこと言うなんて、構ってほしいのか?」
「うるさい。黙れ。よくもあたしを景品にしてくれたわね。年明けのソフィアみたいなことを言いやがって。最低。メニー、これが18歳になる王子様の姿よ。よく脳内に刻んでおきなさい。こんな18歳になっては駄目よ」
「どういう意味だー? テーリー?」
「そーいうー意味よー!」
あたしとキッドが睨み合い、ばちばちと火花を散らす。
「な、仲良くね……?」
メニーが顔を引き攣らせて、あたし達に微笑む。直後、部屋に寒い風が入ってきた。
(……ん?)
ちらっとキッドの部屋の窓を見ると、開けられている。
「あれ」
キッドがきょとんとして、立ち上がった。
「いつの間に窓なんて開いてた?」
「……多分、じいじがあんたの部屋を掃除したのよ。換気した時に鍵をかけ忘れて、風が吹いて、それで開いたんじゃない?」
「ほう。お前にしては素晴らしい推理だ。さすが名探偵」
キッドが窓を閉め、鍵をかけたのを見て、溜まった息を吐いた。
「あたしは優しいから勝負のことは忘れてあげる。結果はメニーの勝ちよ。メニー、そろそろ寝る用意しなさい」
「わ、本当だ。もうこんな時間」
キッドの部屋の時計を見て、メニーが驚く。
「寝ないと、クロシェ先生に怒られちゃう」
「そうよ。明日寝不足の顔で帰りたくないでしょう?」
「……ん……」
帰る、という話をすると、メニーが複雑そうな顔をする。
「……何、その顔。帰りたくないの?」
「……そういうわけじゃないけど……」
「うん?」
キッドが不思議そうな顔をして、じっと青い瞳をメニーに向ける。瞬きをして、キッドがじっとメニーを見て、メニーの顔を見て、首を傾げて、口角を上げる。
「テリー」
「ん?」
「先に部屋に戻ってて」
「……あたしが?」
キッドを睨む。
「メニーをこの部屋に残せって言うの?」
「よく分かったな。そうだよ。席を外せって言ってるんだ」
「はあ? あんた、この子に何する気よ」
「ちょっと二人で話すだけさ。取って食いやしない。安心するといい。俺はお前と違って浮気しない。いつだってお前一筋だよ」
「お黙り。セクハラも駄目よ。触るのも駄目よ。指一本触ってみなさい。じいじにフライパンであんたの尻を叩いてもらうからね」
「はいはい」
キッドが呆れたように返事をして、メニーと向かい合った。
「メニー、俺とちょっと話そうよ」
「……」
「ちょっとだけ、ね?」
「……はい」
「……勝手にして」
あたしは立ち上がり、メニーを見下ろす。
「メニー、触られたら遠慮なく大声出して」
「大丈夫だよ。お姉ちゃん……」
メニーが苦く笑う。キッドが胡坐をかいて、あたしに手を振る。
「ほら、テリー、行った」
「何よ。仲間外れにされたってじいじにチクってやるからね」
「はいはい。ご勝手にどうぞ」
「くたばれ!」
吐き捨てるように言って、キッドの部屋を先に出る。
(ああ、イライラする。何よ。あの言い方。ゴールは出来ないし、最悪。もう寝よう)
部屋に戻り、ベッドに座る。
「……あ、そうだ」
立ち上がり、また部屋を出る。廊下を歩き、階段を下りると、ソファーに座って本を読むじいじがあたしを見た。
「テリーや、そろそろ寝なさい」
「じいじ、キッドのクッキーない?」
「クッキー?」
「枕に置くわ。メニーもいるし」
「ああ、クッキーなら、いつもの箱じゃ」
「ありがとう」
冷蔵庫の上にある箱を手に取り、蓋を開けると、袋に入ったクッキーがある。それを持ち、蓋を閉める。
「寝るわ」
「おやすみ」
「おやすみなさい。じいじ」
部屋に戻る。ベッドに片膝を乗せ、枕の横にクッキーを置く。
(……これでいい)
クッキーを見下ろし、あたしは眉をひそめた。
(……こんなこと、一度目の世界であったっけ?)
あたしが14歳の頃、枕元にクッキーを置くまでジャックの噂で持ち切りになったかしら。
(いや、ここまでじゃない気がする)
(だって、ハロウィン祭のことでいっぱいだったもの)
――ママ、今年の仮装はうんと豪華にしましょうよ!
――そうね! アメリアヌ! テリーは何を着る?
――あたし、可愛いドレスがいい!
「……」
ジャックのことも、
アリーチェのことも、
(あたしは何も知らなかった)
なぜこんなに騒がれている?
――悪戯です。遊んでいるように感じます。
そういえば、サリアが言ってた。
――質が悪いと分かった上で動いているように感じます。
(……悪いことをしていると自覚している)
(毎日ベックス家を攻撃してる)
(貴族だから? 屋敷だから?)
(サリアがそんなこと言ってた気がする。貴族の屋敷を荒らして悪戯しているようだと)
(もしそういう理由なら、他の貴族の屋敷はどうなのかしら)
(貴族ではなく、お金持ちのお屋敷だったら?)
(レイチェルの屋敷はどうなってるのかしら?)
自分に起こってないからこそ、見た人の情報が頼りになる。
(……キッドが皆を囮に動こうとするのも、分かる気がする……)
今回の中毒者は、全然情報がない。
中毒者なのか、本当にお化けなのかもわからない。
レオが見つけられるかも、分からない。
(……悪夢……)
あたしにとっての悪夢。
(サリアがとんでもなく怖い夢を見せてくるって言ってた)
あたしはふっと笑った。
「見てもいないのに、怖い夢って言われてもね」
呆れて笑えてくる。
(今回に関しては、レオにも無理かもしれないわね)
中毒者関係は巻き込まない方がいいかもしれない。下手をしたら、命も危ない。それでも、ドロシーも言ってた。
(レオに協力してもらえ)
(その代わり、あたしが彼を守る)
そうすれば、本当に見つけられるかもしれない。崩れたハロウィン祭を立て直した、彼ならば。
(……メニー遅いわね……)
目覚まし時計を設定する。
(……少し問題集やろうかな……)
立ち上がり、机に向かい、ドリルを開く。
(……終わるかしら……。あと三冊……)
えんぴつを握って、国語からやっていく。
(言語ってなんで法則なんてあるのよ……。めんど……。どこで使うっての……? 牢屋の中でなんて使わなかったわよ……)
次のページ。
(あれ、この問題、前にクロシェ先生に教わったわね……。……確か……)
えんぴつを動かす。
(……あたし相当自分に知識が無いって思い知った。14歳じゃないのに、なんで14歳の問題が解けないのよ……)
眉をひそめて、鉛筆を動かす。
「A」
文字を書く。
「D」
文字を書く。
「H」
文字を書く。
「D」
文字を書く。
「……」
ちらっと、時計を見る。
(……戻ってこない……)
ちょっとって言ったのに。
(戻ってこない)
ちくたくちくたくちくたく。
(……まさか)
一瞬で、嫌な予感が頭をよぎる。
(まさか!!)
――さあ、メニー、邪魔者はいなくなった! 僕ちんと、二人で熱い夜を過ごそうじゃないか……!
――あ、や、やめてくださ……!
――メニー、王子命令だぞ! 僕ちんの命令に逆らったら、奴隷にするんだかんな!
――そ、そんな……!
――大丈夫。優しくしてあげる……。……その代わり、声を押さえるんだよ……。
――あ、た、助けて、お姉ちゃ……。
――そぉおおれ! 良いではないかー! 良いではないかー!
――あーれー!
服がぱさっ。
キッドで汚されたメニーが、あたしを睨むのだ。
「……助けに来てくれなかったお姉ちゃんなんて、死刑にしてやる……」
「メニィーーーーーー!!」
ぞっとして慌てて振り向くと、
「え?」
メニーが扉を開けて、青い顔で体を震わすあたしをきょとんとして見つめた。
「……お姉ちゃん?」
「……あ、あんた、無事だったの?」
「……何の話?」
メニーが眉をひそめて首を傾げる。
見たところ、何もされていないようだわ。
(いや、ここで詮索しないと、あとから大変なことに……!)
あたしはごくりと、唾を飲む。
「メニー、指一本触られなかった?」
「大丈夫だよ。ちょっと話してただけ」
「……何を?」
「大丈夫」
メニーがにこりと微笑んだ。
「明日には帰るよ。お姉ちゃん」
「……そう」
「もう寝よう」
「……ん。分かった」
あたしはじっとメニーを観察する。
「何もされてないのね。ならいいわ。……本当ね?」
「大丈夫だよ」
「本当の本当ね!?」
「大丈夫」
「今なら、キッドを殴れるわよ!」
「大丈夫だってば」
「大丈夫なのね!?」
「うん」
「フライパンは!?」
「いらない」
「本当に大丈夫なのね!?」
「大丈夫だってば!」
……。
「そう」
なら、いいわ。あたしは詮索したもの。何もないなら死刑になることはない。この焦りと恐怖ともグッバイさよなら。
(……一気に疲れた)
はあ、と安堵の息を吐く。
「……もう寝るわよ」
「お姉ちゃん、ブラジャーだけ外していい?」
「何? あんたずっとしてたの?」
「うん」
「外しなさい。寝る時くらいそんなもの外しても怒られないわ」
「うん」
メニーがぶかぶかの服の中でもぞもぞと動き、子供の用のブラジャーを外す。クローゼットを開け、ハンガーにブラジャーをかけて、クローゼットを閉める。あたしに体を向けた。
「お待たせ」
「ベッドの奥行って」
「うん」
メニーがベッドの奥に行く。あたしは部屋の電気を消す。部屋が暗くなり、カーテンから零れる月の光だけが部屋に灯された明かりとなる。暗い部屋を歩き、ベッドに乗っかり、メニーの横に並んで倒れる。枕はメニーにあげて、今日のあたしは枕無し。いいわよ。自分の腕で寝てやる。おまけに二人では狭いベッドだから、メニーを背中から抱きしめる形になる。
(……最悪)
ここにいるのがリトルルビィかアリスなら良かったのに。
(最低)
憎しみは奥にしまって、普段のお姉ちゃんの声で、メニーに声をかける。
「おやすみ。メニー」
「……お姉ちゃん」
メニーが壁に向けてた体をあたしに向けた。
暗い中、メニーの青い目と目が合う。
「……ん、何?」
「なんか久しぶりだね。こうやって一緒に寝るの」
「……そうね」
嫌われないために、この世界では何度も一緒に寝たわよね。
「最近は屋敷にいなかったから」
ふと、眉をひそめる。
「あんた、アメリとは寝ないわよね」
「うん」
「なんで?」
「うーん。なんでだろうね?」
メニーがあたしに寄り添う。
「多分、お姉ちゃんとは前から寝てるから、安心するのかも」
メニーがあたしの胸に顔を埋めた。
「私ね、今もずっと覚えてるの。お姉ちゃんが、家族だって言ってくれた時のこと」
メニーが微笑む。
「嬉しかった」
一緒に屋敷を冒険したね。
一緒に本を読んだね。
一緒に枕投げしたね。
一緒に寝たね。
一緒に出掛けたね。だるまさんがころんだ。ふふっ。覚えてる?
一緒に風邪ひいたね。
一緒にお風呂に入ったね。
一緒にパズルで遊んだね。
一緒に勉強したね。
一緒にアメリお姉様のプレゼントを作ったよね。
一緒に――。
「……怖いの」
メニーがうずくまる。
「ジャックが来たら、大切な思い出が忘れちゃう」
メニーがあたしの胸に、もっと顔を押し付けた。
「怖い。……すごく怖い」
メニーがあたしの体に腕を伸ばした。
「お姉ちゃんのことも、忘れちゃうかもしれないって思ったら怖いの」
メニーがあたしを抱きしめる。
「怖い…….」
あたしもメニーの体を抱きしめる。
「……お菓子、枕元に置いてるんでしょ」
「……うん……」
「なら、平気よ」
「……屋敷でジャックに会ってないのは私だけなの。皆、会って、記憶を取られてる」
「10月によくあるおかしな低気圧のせいで、忘れてるだけよ。すぐに思い出すわ」
「思い出せなかったら?」
「11月になったら元に戻る」
「戻らなかったら?」
「戻る」
「なんで分かるの?」
「ジャックはハロウィンだけのお化けだから」
「ここには来ない?」
「……一応、そこにクッキー置いた。夢で会ったら、それを渡しなさい」
それと、
「キッドがジャックと遊びたいんだって。会ったらキッドに会うよう伝えてあげて」
「……キッドさん、相変わらずだね」
「あいつと話して思わなかった? 王子と名乗ったところで、結局何も変わってない。大人げないし、子供っぽい」
「……あのね」
「ん」
「断り方、教えてもらったの」
「断り方?」
「私の場合、しつこく声をかけられたら、無視しろって」
「……そうね。それが一番よ」
「でも、なんであんなにしつこいんだろ。初めて会った人に、あんな風にしつこくされたら怖い」
(むかつく悩み……)
いらっとして、顔を押し付けてくるメニーを見下ろす。
「私まだ子供なのに」
メニーがあたしの胸に顔を摺り寄せた。
「……よく分かんない。そういうの。怖い」
「……」
メニーの背中を、そっと撫でる。
「……もう寝なさい」
「……悪夢、見ないかな?」
「大丈夫。ジャックに会ったらお菓子を渡して。もしくは、あたしがあんたの代わりに見るから」
「悪夢って怖いんだよ。お姉ちゃん」
「鼻で笑い飛ばしてやるわ」
「……ふふっ」
メニーが笑い、肩を揺らした。
「……おやすみなさい。お姉ちゃん」
「……おやすみ」
「……8時起きだっけ?」
「……うん」
「……分かった」
「……蹴っ飛ばしても文句言わないでね」
「……文句は言わないけど、痛いとは言うと思う」
「メニー、もう寝て」
「ごめん。もう寝る」
メニーが顔を摺り寄せる。
メニーの唇があたしの首元に当たる。
「……おやすみなさい。お姉ちゃん」
「ん。おやすみ」
メニーが瞼を閉じる。あたしも瞼を閉じる。
「寝なさい」
あたしは呼吸する。
「あたしがいるから平気よ」
あたしは呼吸する。
「あたしが傍にいるんだから」
意識が、
「……あたしが……」
遠のいた。
「そうだね」
「お姉ちゃんがいるからいらないよね」
「ドブ鼠なんか」
「必要ない」
「私には、お姉ちゃんだけいてくれたらいい」
「テリーだけがいてくれたら」




