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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
五章:おかしの国のハイ・ジャック(前編)
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第21話 10月16日(2)


 12時。商店街通り。



 リトルルビィとメニーを迎えに行く。小雨は止み、雲の多い青空が広がっている。噴水前に辿り着き、辺りをきょろり。どこにもいない。


「……メニーは?」

「いない」


 あたしとリトルルビィが噴水前をきょろり。


「リトルルビィ、匂いは?」

「……んー……」


 くんくんと匂いを感じて、――ふと、あたしに振り向く。


「……え? ソフィアの匂い……?」

「そっちじゃない。メニーよ」

「え? テリー、……またソフィアの匂いがする!」

「メニーの」

「またソフィアのにお……!」


 だんだん怒り顔になってくるリトルルビィに抱き着き、その体をぎゅっと締め付け、頭をなでなでなでなでと撫でる。


「きゃっ!」

「メニーは?」

「……あ、あっち」

「いるのね。わかった」


 もう一度なでなでなでなで。


「……」


 もういっちょなでなでなでなで。


「……」


 なでなでなでなで。


「おしまい」


 手を離す。


「行きましょう」


 リトルルビィの手を握ると、リトルルビィが笑顔になった。


「はぁーい!」


 ふわふわ微笑み、頬を赤くさせて、あたしの手に引っ張られて歩き出す。


「メニーは?」

「あっちぃー!」


 リトルルビィがあたしを優しく引っ張る。


「るんるん!」


 リトルルビィが鼻歌を歌った。


「るんるん!」


 リトルルビィが私の手を握って、微笑んだ。


「るんるん!」


 その方向を見て、はっとした。


「テリー! 大変!」

「何よ。新しいパン屋でも出来たの? どこよ」

「メニーが囲まれてる!」

「……は?」

「男の子達に囲まれてる!」

「……」


 あたしは顔をしかめた


「はあ」


 大股で歩き出す。


「どこ」

「そっち!」


 リトルルビィと大股で歩くと、時計台の前で、小さなパニックが起きている。数人の少年達が、わいのわいのと騒ぎ、その中に顔を青ざめたメニーが立ち尽くしていた。


「君、昨日、歌ってた子だろ! 最高だったよ!」


 少年の一人が笑顔でメニーに近づく。メニーは一歩下がった。


「……通してください」

「そんなこと言わずに、一緒にランチでも!」

「用事があるんです。通してください」

「邪魔だ! どけ!」


 乱暴そうな背の高い少年が、前にいた少年を押しのけて、再びメニーの壁になる。


「やあ、メニーだっけ? 俺はザック」

「知りません。通してください」

「昨日の歌声、最高だったよ。ちょっと話そうよ。俺とランチでも」

「結構です」

「感心しないな。レディが怖がってるじゃないか」


 今度はどこか気取った少年が、乱暴な少年を押しのけ、メニーの壁になった。


「大丈夫?」

「大丈夫です。通してください」

「そう言わずに。どこかに用事があるの? 送っていくから一緒に歩こうよ」

「結構です。一人で大丈夫です」

「そうだ。一緒に花屋に行こう。君の好きな花をプレゼントするよ」

「いりません」


 メニーが横を通ろうとすれば、


「ちょっと待って!」

「ううっ」


 また別の少年が立ちはだかる。


「僕の家も結構な金持ちなんだ。そんな貧相な奴らと話なんてしないで、僕と話そうよ!」

「結構です」

「メニー、俺と話そうよ!」

「結構です……」

「メニー!」

「ううっ……」


 メニーが泣きそうな声でぼそりと呟いた。


「……テリーお姉ちゃん……」





「メニー」






 てくてくと歩いていく。周りがあたしを見る。メニーがあたしに顔を上げた。

 てくてくと歩いていく。周りを見ず、メニーだけを見て歩いていく。

 てくてくと歩いていく。周りが道を開けた。メニーがぽかんとしている。

 てくてくと歩いていく。周りを空気に、あたしはメニーの前で立ち止まった。


「お待たせ」


 あたしはメニーの手を取った。


「行きましょう」


 てくてくと歩いていく。周りがあたしとメニーを見る。メニーは黙ってついてくる。

 てくてくと歩いていく。周りを見ず、リトルルビィが立っている方に歩いていく。

 てくてくと歩いていく。周りが開けた道を真っ直ぐ進む。

 てくてくと歩いていく。空気の一人が、あたしとメニーの前に立ち塞がった。


「ちょっとすみません! その子と話を」


 あたしは無視して横を通り過ぎた。空気がまた一人、前を塞いだ。


「すまない! 君、俺はその子と話が」


 あたしは無視して横を通り過ぎた。空気があたし達を引き止めた。


「ままま、待て! 待つんだ」


 あたしは無視して、歩く。


「ちょっと待て!」


 あたしの肩を掴んだ。直後、あたしが怒鳴った。


「無礼者!!」

「っ」


 あたしの肩を掴んだ少年が、一瞬で手を退けた。あたしは少年を睨んだ。


「レディの肩を掴むなんて、無礼にもほどがある。立場を弁えなさい」


 じろりと固まる少年達の集団に振り向くと、少年たちが顔をぞっと青ざめさせ、一歩引いた。


「お前」


 あたしは一人に指を差す。少年がびくりと肩を揺らした。


「金持ちだと言っていたわね。苗字は?」

「……アールバッド」

「そんな富豪の名前は聞いたことがないわ。ここら辺にお住まいなら、ライズアマルドさんのお屋敷には招待されたことはありまして?」

「……いいえ」

「あらそう。お呼ばれされてないのね。おかしいわね。ライズアマルドさんなら絶対にお声をかけるはずだけど」

「あまり、パーティーなどには参加しないもので……」

「でしょうね。礼儀知らずだもの。ああ、不快だわ」


 あたしは言った。


「消えろ」


 あたしは言った。


「散れ」


 あたしは言った。


「くたばれ」


 掴まれた肩を一度手でほろい、またメニーの手を掴み、引っ張って歩き出す。メニーが呆然とあたしについてくる。あたしはてくてくと歩いていく。リトルルビィの横を通り過ぎた。


「行くわよ」


 囁くと、リトルルビィが横をついてきた。後ろをついてくる少年達は一人もいなかった。時計台の通りを抜けて、道を曲がって、曲がって、進んで、曲がって、噴水前に戻ってくる。


「はあ」


 ため息をついて、ようやくあたしの足が止まった。リトルルビィが止まり、黙るメニーも止まる。メニーに振り向く。目が合う。


「大丈夫?」

「……ん」


 メニーが頷く。


「大丈夫」

「そう」


 あたしも頷く。


「だから言ったのよ。ちゃんと断る習慣つけろって」

「……あんなお姉ちゃん、初めて見た」

「しつこい奴にはあれくらいがいいのよ」


 少し乱暴だが、位の違いを分からせる必要がある場合もある。


「強気でいかないと、またああやって囲まれるわよ」

「……私も断ってたんだけど」

「あれは断りには見えない。あんなんじゃ、殿方がつけあがる」

「でも、あんな言い方、出来ない」

「もちろん、あんたはしなくていいわ。あんな乱暴な言い方、するべきじゃない」

「……でも、お姉ちゃんはしてた」

「そうよ。だって周りにはあたしよりも年上の、強そうな男の子がいたじゃない。あたし達はたったの女の子三人。あれくらいで行かないと、逃げられなかった」


 貴族であることを忘れろと言われたけど、妹を守るためなら、ママも許してくれるでしょ。


「アールバッドって名前、多分どこかの商人の名前だけど、そこまでの富豪者じゃなかったと思う。ほらね、勉強してるとこういうことも分かるのよ」

「……」

「メニー」


 じろりと睨む。


「何のためにお金持ちのパーティーに行ってるの。きちんと勉強しなさいと言ってるでしょう」

「……ごめんなさい」

「……怪我は?」

「……無い」

「お腹空いた。今日は水溜まりも多いし、三月の兎喫茶に行きましょう」

「……ん」


 メニーがこくりと頷いた。


「……今日、雨が降ってたからそうなると思って、お弁当持ってこなかったの」

「正しい判断ね」

「お昼代もあるよ。……ギルエドがくれたの」

「そう。なら……」


 あたしはリトルルビィに目を向けた。


「メニーに奢ってもらいましょう。行くわよ」

「うん」


 リトルルビィが頷く。


「お姉ちゃん」


 あたしはまたメニーに振り向く。


「何?」

「ありがとう」


 メニーがあたしの手を、きゅっと握り締める。


「助けてくれてありがとう」


 その手は、どこか震えている気がした。


「どういたしまして」


 返事をして、くるりと前を見て、歩き出す。


「サガンさんに昨日のこと謝らないと。リトルルビィ、あのヴァイオリン、壊れてない?」

「大丈夫! 拾ってサガンさんに渡したら、ちょっと傷がついただけで、へこみも無いって言ってたから! 傷はついてたけど!」

「……謝らないと……」


 うなだれて、喫茶店に向かって歩き出す。震える手を握って歩き出す。メニーは強く、あたしの手を握った。






 だ い す き 。







 誰かの声が後ろから聞こえた気がしたが、振り向いても、顔を俯かせるメニーしかいなかった。




(*'ω'*)



 三月の兎喫茶。



 扉を開けると、何人か店の中でくつろいでいて、それでも暇そうなサガンはつまらなそうな顔をして、皿をとにかく磨いていた。あたし達が入ると、ちらっとあたし達を見て、あたしを見て、視線を皿に戻した。


「こんにちは! サガンさん!」

「おう」


 リトルルビィが挨拶し、あたしも挨拶をする。


「……こんにちは」

「おう」


 返事をされて、一言。


「……楽器、すみません……」

「傷だけで済んで運が良かったな」

「……本当にすみません……」

「……適当に座ってろ」


 サガンに言われ、三人で窓際のテーブル席に行く。リトルルビィとメニーが隣同士で座り、向かいにはあたし。座ってようやく安心したのか、メニーが深い息を吐いた。


「はーあ……」

「災難だったね。メニー」


 リトルルビィに背中を撫でられて、メニーが胸を撫で下ろす。


「たまたま時計台の近くを通ったら、いきなり声をかけられたの。気が付いたらあんなに囲まれてて……」

「レディ一人を囲むなんて、紳士として失格よ。メニー、そういう時はさっきのテリーみたいに、ばっこんばっこん倒しちゃえばいいのよ!」

「それが出来たら苦労しないんだけどね……」


 メニーが苦く笑い、あたしを見た。


「本当にありがとう。お姉ちゃん」

「ん」


 頷くと、サガンが水を運んできた。あたし達の前に水が置かれる。


「注文」


 言われて、メニュー表を見て、あたしはサガンに顔を上げる。


「ランチセット。珈琲付きで」

「ん」


 リトルルビィがサガンに顔を上げた。


「同じので! トマトジュース!」

「ん」


 メニーがサガンに顔を上げた。


「……ホットケーキをお願いします。……ホットミルク……」

「ん」


 サガンが頷き、カウンターに戻った。また三人に戻ると、メニーが自分の鞄に手を入れる。


「お姉ちゃん、これ」

「ん?」


 少し大きめのポーチを渡される。


「お裁縫セット。少しだけど使えそうな素材も入れておいた」

「ああ」


(ブローチの件ね)


 頼んだよ、とさわやかな笑みで言ったドロシーの憎たらしい顔を思い出す。


「ありがとう」

「時間ある時でいいからね」

「あまり上手くいかなくても文句言わないでね」

「大丈夫」


 メニーが微笑んだ。


「お姉ちゃんなら何とかしてくれるって分かってるから!」


(分かってないじゃないのよ……)


 やめてよ! またプレッシャーが落ちてくるじゃないのよ!


(ドロシーめ……。帰ったら覚えてなさい……)


 内の心を押さえて、深い息を吐きながらポーチをリュックにしまう。それを見たメニーが、背筋を伸ばした。


「お姉ちゃん」

「ん? 何?」

「……昨日」


 メニーの目が、心配そうにあたしを見た。


「大丈夫だった?」


 その目を、あたしは見つめる。

 その目を、恨めしく思う。

 その目を、何度も憎んだ。

 その目を、今朝見た気がした。

 その目には、もう、うんざりする。


 あたしは微笑んで頷いた。


「心配かけたわね。平気よ」


 あたしはメニーを見つめる。


「あんたは?」

「……私は大丈夫」

「そう」

「……キッドさんが……お姉ちゃんを連れて行ったって」

「宿泊先まで送ってもらっただけよ」

「……それだけ?」

「ええ」

「何もされてない?」

「リトルルビィと同じこと言うのね」

「だって」

「大丈夫」


 水を飲む。


「色々あったけど、あんたにもいい経験になったんじゃない?」

「……いい経験?」

「王妃様、会えたの初めてでしょ」

「……うん。生で初めて見た」

「美しかったわね」

「うん。スノウ様、美しかった」

「王妃様に褒められたんだもの。メニー、ピアノじゃなくて歌でやっていけば? あんたならプロにもなれるわ」

「……歌はいい。ピアノの方が楽しいもん」


 メニーもそう言って、水を飲んだ。


「でも、上手だったよ。メニー」


 リトルルビィがメニーの隣で微笑んだ。


「ニコラの演奏もすごかった」

「そう。ありがとう」

「お姉ちゃん、あの、やっぱり、もったいないんじゃない?」

「もったいない?」

「ヴァイオリン」


 メニーが眉をへこませて、あたしを見つめる。


「屋敷に帰ってきたら、一緒にやろうよ。アメリお姉様は歌で、私はピアノ。お姉ちゃんはヴァイオリンで、一緒に合奏しよう?」



 お前はまた、同じことを言うのね。



 あるはずのない記憶のメニーがあたしに微笑む。

 今、目の前にいるメニーがあたしに微笑む。


「お姉ちゃん」


 その声が重なる。


『お姉様』


 その声が重なる。


「私、またあの曲聴きたいの。お姉ちゃんが弾いてまた聴かせて? 課題曲もね、アメリお姉様と相談したんだよ。今日、先生が思い出したように課題曲の話をしてくれて、お姉様と、皆が知ってそうな、有名な、楽しい曲にしようって話になって」


 メニーが微笑む。


「お姉ちゃんのお陰だよ。お姉ちゃんのヴァイオリンの音に、私、すごく元気貰ったの。だから、また、もう一回聴きたいなって思って。……ね? いいでしょう? お願い」


 メニーが言った。


「また聴かせて? お姉ちゃん」

『また聴かせて? お姉様』


 その声が、重なる。


 あるはずのない記憶のメニーがあたしに微笑む。

 今、目の前にいるメニーがあたしに微笑む。


「……今は考えてる余裕無いわ。仕事で精いっぱいよ」


 あたしの視線が窓に移る。


「でも、……」


 息を吸って、吐く。


「考えてみる」

「うん」


 メニーが頷く。


「もしやるなら、一緒に練習しよう? それで、私とお姉ちゃんが曲を弾いて、リトルルビィに歌ってもらおうよ」

「私、歌下手だよ。メニー!」


 あ、


「じゃあこうしよう! 私は笛を吹く!」

「リトルルビィ、笛はソフィアさんでしょう?」

「じゃあ、踊る! お花を風に乗せて踊るの!」

「リトルルビィ、踊れるの?」

「うん!」

「じゃあ、リトルルビィはダンス担当ね!」

「うん! ふふっ!」

「ふふっ!」


 メニーとリトルルビィが楽しそうに笑い合った。あたしはそれを見て、思い出す。


(ニクス)


 あたしに、的確なアドバイスをくれる親友。


(ニクスだったら、なんて言うかしら)


 ニクスにだったら、言える気がする。


(傷ついたこと)

(痛い思いをしたこと)

(拍手が怖いこと)

(人前でヴァイオリンを弾けなくなった、あたしのこと)


 ニクスにだったら、言える気がする。


(……時間のある時に電話しよう)


 ニクスの声が聞きたい。


「ところでお姉ちゃん、私、ずっと気になってたんだけど」

「ん?」


 メニーは不思議そうな表情で、あたしに訊いた。


「お姉ちゃん、今、どこに住んでるの?」



 ……。

 ……。……。

 ……。……。……。

 ……。……。……。……。



 あたしはにっこりと、今日一番の笑みを浮かべた。


「城下町よ」


 メニーは笑顔で頷いた。


「うん。だから、城下町のどこ?」

「え?」


 リトルルビィが瞬きした。


「テリー、言ってないの?」

「ルビィ、テリーって誰?」

「ニコラ、言ってないの?」


 リトルルビィが言い直して、あたしはまた微笑んだ。


「何を言ってないのかしら?」

「……えっと……」

「リトルルビィ、あたしは城下町に住んでる。そうよね?」


 リトルルビィが、メニーを見て、あたしを見て、何かを察して、こくりと頷いた。

 メニーがそんなリトルルビィを横目に見て、リトルルビィが黙ったのを見て、その青い目を、静かにあたしに向けた。


「お姉ちゃん」

「なあに?」


 あたしはにこりと微笑む。メニーもにこりと微笑む。


「今度遊びに行ってもいい?」

「駄目」

「どうして?」

「宿泊先なのよ。あたしの事情で、あんたが上がり込んだら駄目でしょう?」

「ホテルではないんだね?」

「宿泊してるの」

「寮でもないんだ」

「お姉ちゃんが無事に生きてるんだからいいじゃない。もうおしまい」

「お姉ちゃん、私、分かってるよ。お姉ちゃんがそうやって満面の笑顔を浮かべる時は、大抵お姉ちゃんが隠し事してる時なんだよ。それもすごく悪い隠し事」

「悪い隠し事だなんて人聞きの悪い。メニー、あんた、悪い顔するようになったわね。人の詮索はね、時間の無駄よ。やめなさい」

「確かに人には事情があると思うけど、家族なんだから、家族に宿泊先くらい教えてくれてもいいと思うの。しかも、リトルルビィは知ってるみたい」


 メニーがリトルルビィを見る。


「でしょ?」


 リトルルビィは黙って水を飲む。メニーの視線がまたあたしに戻る。


「ねえ、お姉ちゃん、今度泊まりに行ってもいい?」

「駄目」

「なんで?」

「あんたそんな暇ないでしょう。ピアノのレッスンは? ほらほら弱音吐かずに頑張りなさい。課題曲のネタも教えたんだし、ファイト一発よ。ファイト」

「お姉ちゃんがファイト、なんて言葉を使うなんて、よっぽどこの話題を切り上げたんだね。お姉ちゃん、今、どこに住んでるの?」

「メニー、飴ちゃんいる?」

「いらない」

「アメリから貰ったお小遣いでお菓子買ってあげるわ。何がいい?」

「いらない」

「おほほ。あんたはあたしに似て貧欲ね」

「お姉ちゃん、話を逸らさないで。今、どこに住んでるの?」

「ブローチなら任せて。最高のものを作ってあげるから」

「お姉ちゃん」

「メニー、前髪切った?」

「お姉ちゃん」

「メニー、身長伸びた?」

「お姉ちゃん」

「メニー、髪の毛伸びた?」

「お姉ちゃん」


 その瞬間、皿がテーブルに置かれた。あたしとメニーが黙った。


「ランチセット」


 サガンがあたしとリトルルビィの前に、皿を置いた。


「ホットケーキ」


 サガンがメニーの前に皿を置いた。サービスワゴンに置かれた飲み物を持つ。


「珈琲」


 あたしの前に。


「トマト」


 リトルルビィの前に。


「ミルク」


 メニーの前に。


「ごゆっくり」


 追加の一言。


「他の客もいる。姉妹喧嘩なら外でやれ。今日もお前達のせいでうちは赤字だ」

「「……」」


 あたしとメニーが睨み合う。ばちばちと睨み合う。無言で、目で、会話が続く。


(お姉ちゃん、今どこに住んでるの)

(メニー、詮索するんじゃないの)

(お姉ちゃん)

(メニー、やめなさい)

(お姉ちゃん)

(メニー、悪い子ね)

(お姉ちゃん)

(メニー)

(お姉ちゃん)

(メニーメニーメニーメニーメニー)

(お姉ちゃん)

(メニーメニーメニーメニーメニーメニーメニーメニーメニーメニー)


 サガンが静かに去っていく。リトルルビィはそっと、両手を握った。


「……我らが母の祈りに感謝して、いただきます」


 リトルルビィが静かにトマトジュースを飲み、


「うん。美味しい」


 気まずそうに、呟いた。



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