第9話 10月4日(1)
じりりりりりり、と、目覚まし時計が鳴った。
(うっ……やめて……)
腕を伸ばして音の出所を探す。ぱち、とボタンを押すと、目覚まし時計が止まった。
(……行きたくない……。このまま眠ってたい…)
体を起こして、眠たい目を擦る。目覚まし時計を見れば、針は8時を差す。
(ぐううう……。寝た気がしない……)
大きく欠伸をしながらベッドから抜けて、クローゼットを開けた。
(んー……。……着替え……、どうしよう……。……これでいいか)
キッドのお下がりのシャツを着て、スノウ様に買ってもらったスカートみたいなパンツを穿き、靴下と動きやすい靴を履いて、鏡を見ながら髪の毛を二つのおさげにして、小指に指輪をはめて、少し女の子っぽくなって、リュックを持って部屋から出る。
リビングに下りるとじいじがいなかった。
(あれ、いない。まだ寝てるのかしら?)
辺りをきょろきょろと見て、じいじがいないことを確認して、ふと、テーブルに置き手紙があるのを見つけて目を通す。
『果樹園に行っている。出ていく時に鍵は結構。弁当、水筒はキッチンに。朝食は好きなものを』
「はーい」
返事をして、リュックをソファーに置いて、ご飯の前に顔を洗いに行く。狭い洗面所で冷たい水を手に溜めて、ばしゃばしゃと勢いよく顔に当て、無理矢理自分を起こす。
(うっ……。冷たい……)
タオルで顔を拭き、元の場所に戻し、リビングに戻る。キッチンに向かえば、暖められた鍋にクリームスープが入っていて、冷蔵庫には昨日食べた葡萄のサラダもある。ブレッドボックスにはパンも補充されてる。
「勝手に食べていいかしら……」
朝食は好きなものを、って書いてあったし。
(いいや。食べちゃおう)
テーブルに、葡萄のサラダと、パンと、クリームスープ、忘れてはいけないのが牛乳。それらを並べて手を握る。
「我らが母の祈りに感謝して、いただきます」
スプーンでクリームスープをすくい、口に入れる。
(……濃厚……)
朝から口の中に唾が溜まる。食べながら、ぼうっと頭で店のことを思い出す。
(今日は何するのかしら……)
(レジか品出しかシールか掃除か……)
(レジは面倒だから嫌だ……)
(今日は品出しかしら……)
(あ、お弁当忘れないようにしないと……)
(今日は葡萄のジャムをはさんだパンだっけ? 楽しみだわ)
(……今、何時だろう?)
ちらっと時計を見ると、びくっと肩が上がった。
「やばっ」
速やかに皿をまとめて、キッチンの洗い場に置き、そのついでに置いてあったお弁当と水筒を持っていく。テーブルに一旦置き、急いで洗面所に進み、歯を磨く。うがいして、口の中を綺麗にすれば、洗面所から出て、時計を確認する。
(よし、思った通り、大幅な遅刻)
ソファーに置いたリュックの中身を確認する。ポーチ持った、鍵も入ってる。お財布も入ってる。メモ帳も忘れてない。あ、お弁当を入れないと。急いでテーブルに置いてたお弁当と水筒を入れて、少しリュックが重くなる。
(よし、行こう)
速やかにリュックを背負い、小走りで家を出た。外に出ると、秋の風が顔に当たる。少し肌寒くて、一歩足が戻った。
「……上着」
リュックを玄関に置いて、駆け足で二階に戻る。
部屋に入り、クローゼットを開けて、初日に入れておいたジャケットを着て、急いで駆け下り、リュックを持ち、飛び出すように出ていく。
今日は走って広場に向かう。道を進み、一本道を走り、建物が見えてきて、入って、建物を進み、人が歩いていて、道を進み、人とすれ違い、広場に入って、噴水前に行く。街から見える時計台の時計は、9時45分。
(やばい……)
リトルルビィは既に噴水前にいる。あたしの顔を見て、ほっとした顔をする。
「ニコラ、おはよう!」
「おは……よう……!」
ぜえぜえぜえぜえぜえぜえぜえぜえ。
「……このあたしが、遅刻するかと思ったわ……」
「大丈夫だから、落ち着いて!」
息を切らして胸を押さえると、リトルルビィがあたしの背中を撫でた。
「店はすぐそこだし、間に合うからゆっくり歩いて行こう?」
「はあ……疲れた……」
深呼吸すると、リトルルビィに笑われた。
「寝坊したの?」
「リトルルビィ、隠れた貴族令嬢はね、寝坊なんかしないのよ。ただ、家でゆっくりしてたら、いつもより出るのが遅くなっただけ。……はあ……」
「ビリーのおじいちゃんは?」
「果樹園に行ってたから、ぼうっとしちゃったのよ。あたしとしたことが。らしくない」
いつもじいじが声をかけてくれていたから、時間を守れていたのかしら。いや、そんなはずないわ。多分。
「くそ……。せっかくジャケット着たのに、走ったせいで着る前よりも暑くなったわ」
「でも上着持ってきて正解かも。ちょっと肌寒いし」
「もう秋ね。紅葉を散々踏んできた」
「私も家の前お掃除しなきゃ! 紅葉がね! もういっぱいなの!」
リトルルビィと話をしながら、歩き出す。
「家の近くに焼き栗の出店があってね、お金がある時に買うのよ。ほくほくしてて美味しいの」
「あら、焼き栗いいわね」
「今度ニコラも一緒に食べようよ」
「秋と言えば美味しいもの。お小遣いの範囲で美味しいものを食べるのも貴族令嬢としての使命よ」
「ふふっ! じゃあ時間のある時、一緒に!」
嬉しそうに微笑むリトルルビィとゆっくりドリーム・キャンディに向かう。すると、店の前にサガンとアリスが立っているのが見えた。何か会話をしているようだ。あたし達を見て、気付いたアリスが手を振ってくる。
「やっほー! 二人ともおはよう」
「おはよう」
「おはよう、アリス!」
あたしとリトルルビィが返事をして、アリスとサガンに近づく。リトルルビィがサガンに声をかけた。
「サガンさん、おはようございます」
「おう。若いの三人集まったか」
「はい?」
「ん?」
リトルルビィとあたしがきょとんと瞬きをする。サガンが面倒くさそうにうなじを掻いた。
「商店街の通りをハロウィン祭用に飾るんだ。今日一日そっちを手伝ってくれ。リタには交渉済みだ」
「サガンさん、ハロウィン祭の実行役員の一人だから、時々こういうこともしなきゃいけないのよ。協力してあげよう?」
アリスがあたし達に微笑んで、店に声をかける。
「じゃあ、奥さん、三人集まったんで行ってきます!」
「はいはい。頑張ってね」
奥さんが中から手を振っている。
「よし、じゃあ借りるぞ。リタ」
「任せましたよ」
「三人とも、ついてこい。はぐれて迷子になるなよ」
サガンが歩き出し、三人でその背中についていく。リトルルビィがサガンに声をかけた。
「サガンさん、お外で作業するんですか?」
「ああ」
「どんなことするんですか?」
「あー……作る方と飾る方で分かれてだな……」
サガンとリトルルビィが会話する中、アリスが鼻歌を奏でながらあたしの横に来て、あたしを肘で小突いた。
「おはよう、ニコラ」
「ん……、おはよう」
「ふふっ。ニコラ、ほら、昨日、……色々あったでしょう?」
「……ああ」
アリスの言葉で、昨日の客じゃない客を思い出す。じいじと話したことも一瞬で思い出す。あたしはアリスに訊く。
「アリス、見てたの?」
「あんだけ大きい怒鳴り声なら、聞こえちゃうよね」
「……確かに」
「それでね、あのね、ニコラが、なんて言うか……その、昨日、少し落ち込んでた気がして、元気が出るように、アリス先輩が良いものを持ってきてあげたわよ!」
「……良いもの?」
あたしが眉をひそめると、アリスがにやりとした。
「そうよ。ニコラにプレゼント!」
「プレゼント?」
「元気になるわよ!」
「……わざわざ持ってきてくれたの?」
「だって、友達じゃない!」
アリスが微笑み、あたしはきょとんとする。
「……ともだち?」
「そうよ」
「あたしと、アリスが?」
「これだけ話せるんだもの! もうお友達よ!」
アリスが微笑む。
「友達が元気無かったら、私まで暗くなっちゃうわ。だから、ニコラが元気が出るものを持ってきたの!」
あたしは唇を結ぶ。
(友達)
女の子。
一個上だけど、年の近い女の子。
同世代の女の子。
友達。
アリスが、友達。
……あたしの友達。
(……)
(……友達)
ニクス以外の、あたしの友達。
アリスは、あたしの友達。
あたしは、アリスの友達。
「……」
あたしの胸が、どきどきと高鳴る。
あたしの目元が、少し緩んだ気がした。
あたしの頬が、少し熱くなる。
あたしの胸が、少し温かくなる。
アリスが今日も向日葵のように満開の笑顔を浮かべる。
優しい微笑みを、あたしに向ける。
あたしはその笑顔を見て、口を開く。
「げ、元気が出るもの、って、何?」
言葉を詰まらせながらアリスを見つめると、アリスもその期待に応えるように、にやにやとしている。
「ふふふ! 見て驚くなよ? ニコラぁ」
「ん……。……驚くものなの?」
「くくくくう!」
「えっと……笑えるものなの?」
「みーたーいー?」
「べ、別に……」
「うふふふふふう!」
チラチラとアリスを見て、視線を逸らして、またちらりと見て、にやにやするアリスから視線を逸らして、また見て、友達のようなやり取りに、友達のやり取りに、胸をドキドキさせながら、期待を膨らませる。アリスが勿体ぶりながら、鞄からそれを掴み、あたしに優しく微笑む。
「これあげるから、元気になってくれる? ニコラ」
「……そうね。……多分、元気になると思う」
(友達のアリスから貰えるなら、どんなものでも喜ぶわ)
(……友達の、アリス)
アリスが友達。
アリスが友達。
あたしの友達。
じいっと、あたしの友達のアリスを見つめると、アリスがくすっと笑って、『元気の出るもの』を天に向けて掲げた。
「じゃじゃーん!」
あたしの目が輝く。太陽に光る『元気が出るもの』。友達からのプレゼント。友達のアリスからのプレゼント。あたしを元気にするためにくれるあたしの友達のアリスからのプレゼント。
(あたしの友達のアリスからの、初めてのプレゼント……!)
目をきらきらさせるあたしに、アリスが腕を下ろし、それを素敵な笑顔で見せつけた。
「キッド殿下ファンクラブ限定の、ぬいぐるみストラップ!」
キッドが苺ケーキに埋もれているぬいぐるみストラップ。
「……」
あたしは黙った。
見た瞬間、静かに呼吸して、口を閉じた。
そんなあたしを見て何を思ったのか、アリスがニコニコして、あたしの手にそっとストラップを乗せた。
「ニコラにあげる! 大丈夫! 人にあげる用だから遠慮しないで!」
「……アリス」
あたしは首を振った。
「いらない」
正直に言うと、アリスが笑った。
「ニコラってば謙虚ね! いいのよ。私たちはキッド様仲間なんだから! 遠慮は不要よ!」
「いらない」
「大丈夫! 私は自分用にもう一つ、鑑賞用にもう一つ持ってるから!」
「……いらない」
「遠慮しないの。私達、友達でしょう!」
「……」
「はい! 受け取って!」
アリスがあたしの手を包み、優しくストラップを握らされる。ストラップは、中に詰まった綿のお陰でとても柔らかい。
あたしはにこにこ嬉しそうに微笑むアリスを、無言で見つめる。
(……アリス、これいらない。人生最大にいらない)
「これで今日も元気に頑張るのよ! うふふ!」
アリスが温かい手を離す。あたしの手の中に、キッドのぬいぐるみストラップだけが残される。
「どう? どう? 元気になった?」
期待の目でアリスがあたしを見てくる。あたしは友達のアリスを見つめ、無理矢理口角を上げた。
「……あり、がとう……」
「うふふ! どういたしまして!」
あたしはキッドのぬいぐるみストラップを握りながら、満足そうに微笑むアリスを見て、考える。
(どうしよう、これ。どうやって処分しよう)
(でも、これ、あたしの友達のアリスからの初めてのプレゼント……)
(……)
(……いらない……)
(……本当に、いらない……)
あたしだけに、冷たい秋風が吹いた気がした。
「ほれ、着いたぞ」
キッドのぬいぐるみストラップを黙って見下ろしていると、サガンが声をあげた。顔を上げると、閉鎖された道の端で、既に何人か作業している人達がいた。
「商店街の店の壁に作った飾りを貼ったり、飾ったり、そんな感じの作業だ。まあ、詳しい役員がいるから訊いてくれ。任せたぞ」
そう言ってサガンが来た道を戻っていく。
「もう、相変わらず適当なんだから!」
アリスがむうとむくれて、腕を組み、またにかっと笑った。
「よし! 飾りをいっぱい作るわよ! ところで何を作るのかしら? 役員の人って誰かしら?」
「あれかな?」
リトルルビィが指を差す。指示をしている役員がいて、その人に三人で詳しいことを聞きに行く。装飾品の材料の入ったバスケットを受け取り、作り方を教えてもらう。それを道の隅で、地面に座って、三人で輪になって、材料を広げ、アリスが拳を天に掲げた。
「よし、作るぞ!」
「おー!」
「……おー」
アリスが気合を入れて、リトルルビィも拳を握って、少し出遅れてあたしが返事をして、作業が始まる。ひたすら手を動かすだけの地道な作業。ひらひらした素材の花を作っていく。あたしは眉間に皺を寄せる。
(ぐっ……! 上手く出来ない……)
「ニコラ、これここよ」
手間取ってるあたしを見て、リトルルビィが横から教えてくれる。あたしはそれをじっと見つめ、真似をする。
「……こう?」
「そうそう」
「え、どうやったの?」
今度はアリスが訊いてくる。リトルルビィがアリスにやり方を教える。
「こうして、一回回して、こう」
「え、もう一回、もう一回!」
「こうして、こう」
「待って。こうして……こうして……おっと、これ来たよ! アリスちゃん来たよ!」
「はいはい。さすがアリスね」
リトルルビィが笑いながらアリスを褒めた。アリスがでへへ! と頭を掻く。
(ハロウィンに花飾りね……)
(……)
ぽつりと呟く。
「これ、街中に飾るんでしょう? 早すぎるってことはないの?」
「ニコラってば、分かってないなあ」
アリスがにやりとした。
「これはいわゆる商店街の皆の知恵よ」
「ん? どういうこと?」
「こうやって飾ることによって、ハロウィンが近づいてきましたよーってお客さんに言って聞かせるのよ。そしたらなぜだか皆、ハロウィンにちなんだ物が買いたくなってくる。お買い物をする。売り上げが上がる。商店街が潤う」
「……何それ。なんかやり方が汚い……」
「あはは! 確かに汚いかも! でも、これも全てはハロウィン祭を盛り上げるためよ」
くすくすアリスが笑いながら手を動かす。
「王様がやろうって言ったことだもん。皆、気合入ってるのよ」
アリスがそう言うと、
「そうだとも。皆、王様の喜ぶ顔が見たいのさ」
アリスの後ろから、しゃがみこんだ男が声をかけてきて、アリスが悲鳴を上げた。
「きゃあっ!!」
慌ててアリスが振り向く。リトルルビィとあたしはきょとんとして男を見つめた。少し汚れた作業服にブーツ。黒髪をなびかせて、にこにこと振り向いたアリスを眺めている青年。アリスがその顔を見て、はっと息を呑んだ。
「だ、ダイアン兄さん!」
「ふふっ」
ダイアンと呼ばれた青年が笑った。
(あれ?)
ダイアンを見て、あたしは瞬きをした。
「友達と一緒に作業要員か?」
「えへへ……。バイト仲間なの」
アリスがあたしたちに振り向き、苦く笑いながら青年に手を差した。
「ふふ。二人とも、紹介するわね。うちの姉の自慢の彼氏のダイアン兄さんです」
「ダイアン・セグウェハード。どうも。可愛いレディの皆さん」
ダイアンが優しく微笑むと、リトルルビィも微笑んだ。
「ルビィ・ピープルです。初めまして!」
「……ニコラです」
「あれ」
ダイアンがあたしを見て、微笑んだ。
「昨日の子だよね?」
「はい」
「ん?」
「へ?」
アリスとリトルルビィがきょとんとする。
「何々? 兄さんったら、ニコラと知り合い?」
「昨日、橋でイルミネーションの設置してたんだけど、ちょうどこのニコラちゃんがいてね。一緒に明かりがついた橋を眺めたのさ」
(あのイルミネーションは、確かに美しかった)
「隣同士で見たんだよ。二人きりの良い夜だったね」
「……良い夕方の間違いでは?」
「ああ、そうそう。良い夕方」
ダイアンが笑いながら言い直すと、アリスがにやりとした。
「なんだ? 浮気か? ニコラに浮気か? あーあ。聞いちゃった。兄さん、姉さんに言われたくなかったら、今度パフェでも奢ってよ」
「ほーう? アリス、お前そんなこと言っていいのか?」
「うん?」
「お前、学校の課題の紙、家に忘れてたみたいだぞ」
「え、本当?」
「嘘だったら、俺の手が持っている紙は何の紙だろうね?」
ひらひらとアリスにそれを見せて、アリスがはっとする。
「あわわっ! あっぶね!」
アリスが手を伸ばすと、ダイアンが微笑みながらそれをかわす。はっとしたアリスが固唾を呑み、戦慄が走り、ゆっくりと、ダイアンに視線を合わせる。
「わ、私の手を……かわした……だと……?」
「渡す条件がある」
「渡す……条件……だと……!?」
「アリス……。土曜の夕飯をパスタにしてくれ……。……報酬はこの紙だ……」
「トマト、多めね……」
「そうさ……トマト、多めで……」
「ふっ……。そういうことなら……任せて……」
……。
「「ぶふふっ!」」
アリスとダイアンが茶番劇に笑い出す。
「交渉成立。はい。忘れ物」
「ははあ。ダイアンお兄様、非常に助かりました」
アリスが大袈裟に両手でプリントを受け取ると、ダイアンが笑いながらアリスの頭に手を乗せて、優しく撫でた。
「カトレアから広場に行くなら届けてほしいって頼まれたんだ。会えて良かったよ」
「照明関係?」
「そう。当日の城下町はすごいことになるぞ。電気を通して街全体がイルミネーション。もしくはロウソクを立てて、昔ながらのハロウィンっぽくしようってね」
「へえ! すごい! これは楽しみになってきた」
「そのひらひらした素材の飾り達が、地味に大切になってくるから、きちんとやってくれよ」
「アリスちゃんにお任せあれ!」
アリスが微笑んで頷くとダイアンも頷き、アリスから離れ、立ち上がる。
「じゃ、戻るな。頑張れよ」
「そっちもね!」
そしてダイアンがあたし達を見て、
「アリスをよろしくね。良い子だから」
そう言って微笑み、去っていく。アリスが元気よく手を振り、その背中をしばらく見守り、ため息をついた。
「はあ。助かった。宿題忘れてるなんて気づかなかったわ!」
「アリス、宿題は忘れちゃ駄目よ。でこぴんされちゃうんだから」
リトルルビィが言うと、アリスがうなだれる。
「でこぴんよりも、父さんの鉄拳が待ってるわよ……。兄さんがいてくれて助かった」
アリスがプリントを鞄に入れて、また作業に戻った。
「ダイアン兄さんね、電気の仕事してるの。回線繋げたりとか、そんな感じの仕事」
「へえ。すごいね。電気って、すごく難しそう……」
リトルルビィが呟く。
「今回のハロウィン祭のことも、ダイアン兄さんの会社が任されてるみたい。街中に電気の回線繋げて、イルミネーションだって。うふふ! 楽しみね!」
「うん! 楽しみだね!」
リトルルビィが微笑み、――ぴたっと、あたしの腕に腕を絡ませた。
(ん?)
リトルルビィはにこにこしている。
(ん?)
横を見ると、リトルルビィと目が合う。赤い目が、一瞬鋭く、あたしを睨んだ。
(え?)
「……駄目よ」
リトルルビィがむっとして、呟く。
「テリーの隣は、私だけのものなんだから」
ほんのり頬を赤く染めて、恥ずかしくなったのか、ふい、と視線を逸らして、あたしに腕を絡ませたまま、作業に戻る。唇は、拗ねたように尖ったまま。
(あんたは昔からヤキモチ妬きね)
あたしも手を動かし始める。
(可愛いこと)
ペットのように可愛いリトルルビィを横目に、作業を進める。リトルルビィも手を動かし、アリスも手を動かす。黙々と作業をしていると、誰かが声をあげた。
「おーい! 誰か手伝ってくれないか!」
ちらっと見れば、商店街の人らしき男が、困った顔をしている。
「ちょっと手伝ってあげようかな。困った時はお互い様だし」
そう言って、アリスが自ら手を上げ、立ち上がる。
「はいはーい! 私! 手伝いますよ!」
「おお、アリス! ありがとう! 助かるよ!」
「じゃあ、ちょっと行ってくるね!」
アリスがあたし達に断ってから走っていく。作業しながら遠目でアリスを見ていると、重たい飾りを大人達と一緒に持って、定位置まで運ぶ。地面に下ろすと、手伝い終了。
「悪いな! アリス!」
「困った時はお互い様ですよ!」
アリスが笑って、あたし達の元へ戻ろうと歩き出した瞬間、
「おーい! 誰か手空いてる人いないか!?」
「はいはーい!」
躊躇なく、アリスが手を上げて走っていく。看板を持ち上げ、建物の中に入っていく。しばらくして、建物からアリスと他の人達が出てくる。
「いやあ! 助かったよ! ありがとう!」
「今度お菓子買いに来てよ!」
「奥さんによろしくな!」
アリスが笑い、今度こそあたし達の元へ戻ろうと歩き出した瞬間、
「ごめんなさーい! 誰か、こっち手伝ってくれないかしらー!?」
「はいはいはーい!」
疲れた表情など見せず、アリスが笑顔で手を上げ、楽しそうに駆けていく。あたしとリトルルビィが作業しながら、そのアリスを見て、顔を見合わせた。
「大人気ね。アリス」
「頑張り屋さんなのよ。アリスって」
リトルルビィがくすっと笑った。
「一応、私が先輩なんだけどね、半年前に初めて入った時、自分は覚えが悪いからって、ずっとメモして、メモしたこと見返して、自分から率先してお仕事してたよ。やんないと覚えないからって」
「あの子、笑顔が時々眩しいのよ。メニーとはまた別の意味で」
「ふふっ! 分かるよ。アリスっていっつも元気なんだよね! 疲れないのかな?」
二人でちらっと見ると、アリスが叫んだ。
「ちょっとーー! これおもたーーい! もーー疲れたーー!」
全然、元気そうだ。
「パワフルね」
「パワフルね」
あたしとリトルルビィが声を揃えて、リトルルビィがくすっと笑い、あたしがふっと笑って、黙って、作業を続ける。その間もアリスの笑い声や、周りの駄弁り声、楽しそうな声が聞こえてくる。
(なんか)
こういう、楽しい空気、嫌いじゃない。
皆が祭の準備を楽しそうに行う風景。黙々と作業しながらも、その光景を、空気を、味わってる自分がいる。
(これでバイト代が入るなら、喜んでやるわ)
「テリー、だいぶ作ったね」
二人で作った花が積み上げられているのを、ちらっと見る。
「一回役員に渡してきた方がいいかしら」
「うん! その方がいいかも!」
「……貰ったバスケットに入らないわね」
「量が量だもんね」
「どうしたらいいかしら」
もっと大きいバスケットか籠があれば、この花達をまとめて渡せるだろう。きょろきょろ見ていると、ようやくアリスが戻ってきた。




