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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
五章:おかしの国のハイ・ジャック(前編)
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第6話 10月1日(1)


 じりりりりりり、と、持ってきた目覚まし時計が鳴った。


(うるさい……)


 手で目覚まし時計を探すと、目覚まし時計に手が触れて、直後、時計がどこかに消えた。


(ん?)


 ボトッ、とあたしの顔面に落ちてくる。


「痛い!」


 慌てて起き上がり、鳴り響く時計を睨みつけた。


「うるさいわね……! こいつ!」


 叩くように手を振り下ろし、目覚まし時計を止めた。時計の針は8時。

 その針を見て、はっと、辺りを見渡した。


(あっ……。そうだ……)


 あたし、キッドの家にいるんだった。ぽかんとして、時計を見下ろし、針を見る。8時1分。


「……噴水前で、リトルルビィと待ち合わせだったわね」


 出勤1日目。

 惨劇まで27日前。


(……起きよう)


 寝心地の良いベッドから抜けて、立ち上がる。ビリーはもう起きてるだろうか。


(あ、違った)


『じいじ』はもう起きてるだろうか。


 クローゼットを開けて、キッドのお下がりのシャツを着て、スノウ様に買って頂いたスカートみたいなパンツを穿いて、靴下、歩きやすい靴を履いて、鏡を見れば男の子のような格好だと思って、邪魔な髪の毛を二つのおさげにして、小指に指輪をはめて、少し女の子っぽくなって、それから部屋から出る。


 下に下りれば、リビングでじいじが新聞を読んでいた。あたしを見上げ、しわしわの顔を緩ませる。


「おはよう。ニコラや」

「おはよう。じいじ」


 返事をすれば、じいじが時計を見る。


「何時からじゃ?」

「9時半に噴水前でリトルルビィと待ち合わせなの」

「ん? ルビィもいるのかい?」


 きょとんとするじいじに、あたしもきょとんとする。


「あら、言わなかった? リトルルビィと同じ職場なのよ」

「ほう、それは安心じゃのう。聞いといて良かった。何せ、初めての職場と聞いていたからな。何だったら送っていってやろうと思っておったのだが……」

「嫌だわ。大袈裟なんだから。じいじって案外、過保護なのね」

「そんなことはないさ」


 あたしが笑うと、じいじが照れ臭そうに小首を掻いた。


「朝ごはんは?」

「食べる」

「よし、顔を洗ってきなさい」

「はい」


 返事をして、洗面所に行く。狭い洗面所で顔を洗い、棚に置いてあるタオルで顔を拭く。


(目が覚めた)


 タオルを元の場所に戻してリビングに戻ると、テーブルに朝食が用意されていた。

 バスケットにはパン。皿には目玉焼きとベーコン。隣にはリンゴとバナナをすりつぶしたスープ。自分の分と、あたしの分を用意した。


「牛乳は?」

「飲む」


 コップに牛乳が注がれる。


「我らが母の祈りに感謝して、いただきます」


 ふわふわのパンを頬張り、出来立てのベーコンと目玉焼きを口に入れる。


(……朝から美味びみ……)


 ゆっくり味わう。


「美味しいかい?」

「そうね。悪くない」

「そうかい」

「あら、一瞬で無くなってしまったわ! じいじ、パンのおかわりは自由?」

「もちろん」

「いただくわ!」


 華麗にパンを取って食べる。……美味だわ。もぐもぐ口を動かす。じいじもゆっくりとパンを頬張る。


「お前は料理はしないのかい?」

「出来ることは出来るけど、そんなに美味しくないと思う」

「ほう。試しに今度作ってもらおうかのう」

「だったらじいじ、メニーに作ってもらったらいいわ。味のないシチューを出してくれるから」

「味のないシチュー?」


 眉をひそめたじいじに頷く。


「そうよね。そんなシチューないと思うわよね。でも存在するのよ」


 去年メニーに出されたシチューを思い出す。


(あれは味が無だったわね……。思い出せないくらい無だったわ……)


 あたしはまたパンを頬張った。むちゃむちゃと噛んで、飲み込んで、口を開ける。


「ああ、そうだ。じいじ、今日、少し遅くなりそう」

「ん?」

「仕事が終わったら」


 ――街に異変がないか、確認しないと。


「職場の周りをぐるっと見ておこうかと思って。早く道に慣れないと」

「ふむ。それはいいが、門限は守るんじゃぞ」

「分かってる」


 意外と門限制度もいいかもしれない。時間に区切りを決めて動ける。


(今日は中央区域辺りをぐるっと見ていこう。その後、時間があれば東区域くらいなら回れそう)


「ご馳走様でした」


 挨拶して、立ち上がる。


「じいじ、お皿は昨日と同じ所?」

「うぬ」


 キッチンの洗い場まで持っていき、皿を置く。


「朝の皿洗いはいいから、支度しなさい」


 じいじに言われて頷き、また洗面所に行って、持ってきた歯ブラシで歯を磨く。


(口臭は歯ブラシで消すのよ。貴族令嬢として、口の中も綺麗にしておきましょう。あたしの歯、今日も素敵だわ)


 うがいをして、歯を綺麗にして、前髪を弄って、瞬きして、よし、と拳を握る。


(初出勤、いいところ見せてやるわ)


 あたし、工場では何十年も働いてたのよ? そこら辺の14歳のレディとは、違うのよ。華麗に仕事なんて覚えてさばいてみせるわ。


 ――何やってんだい! これはやっちゃいけないことなんだよ!

 ――ちょっと! 邪魔よ! ぼさっとしないでよ!

 ――うう、テリー、ちょっと、……迷惑。


「……」


 知り合いと同じ職場で働くにあたって、一つだけ不安なことがある。


(リトルルビィに嫌われたらどうしよう!!)


 迷惑かけないかしら! ああ、あたしの可愛いルビィ! ドジ踏んでも嫌な顔しないでね!


「ニコラや、そろそろ出る時間じゃないのか?」

「ふぁっ!?」


 リビングからじいじの声が聞こえて、慌てて洗面所を出る。階段を上がって、部屋に入り、昨日の夜に準備しておいたリュックを背負い、忘れ物がないか一瞬部屋を見回して、また部屋から出て、リビングに下りていく。

 ソファーでくつろいでいたじいじがあたしを見て、頷く。


「馬車にお気をつけ」

「行ってきます」


(気を強く持つのよ。テリー! 貴族は、堂々と胸を張って歩くのよ)


 キッドの家から足を踏み出し、外に出る。ぶわっと風が吹いた。空は青空が広がっている。


(秋の空)


 紅葉が舞っている、秋の空。


「行かないと」


 駆け足で広場に向かう。足を動かして、道を進み、一本道を進み、建物が見えてきて、入って、建物を進み、人が歩いていて、道を進み、人とすれ違い、広場に入って、噴水前に行く。街から見える時計台の時計は、9時28分。


(……ちょっと早かったみたい)


 二分待とう。噴水の縁に座って鞄を膝の上に出し、チャックを開けて、中をもう一度確認する。


(履歴書ある。メモ帳ある。えんぴつもある。お財布もある。言われたものはあるはず)


「テリー!」


 声が聞こえて振り向くと、リトルルビィがきらきら輝く笑顔でこちらに走っていた。


「おはよう!」

「おはよう、リトルルビィ」


 返事をしてチャックを締める。もう一度リュックを背負って立ち上がると、リトルルビィが両頬を両手で押さえ、興奮したようにその場で飛び跳ねた。


「どうしよう! 本当にテリーがいる! テリーと一緒に出勤!!」


 夢見てたテリーと一緒のお揃いライフ!!


 あたしの両手を握り締めた。


「夢を叶えてくれてありがとう……。大好きよ。テリー……」

「リトルルビィ、その前に、一つだけ」

「うん?」

「テリーって呼ばないで」


 リトルルビィが微笑んだまま瞬きをした。


「うん?」


 リトルルビィが、口角を下げて眉間にしわを寄せた。あたしから手を離して、ぶらんと下ろす。視線はあたしを見上げたまま。


「何? どういうこと? テリーをテリーって呼ばないで、なんて呼んだらいいの?」

「あたし、この一ヶ月名前を変えて過ごすのよ」

「え?」

「歩きながら一から説明するわ。行きましょう」


 リトルルビィと並んで一緒に歩く。


「あたし、一ヶ月間、屋敷には戻れないの。だから今だけ、キッドの家で宿泊することになってね」

「え、テリー、キッドの家にいるの!? 言ってくれたら私の部屋貸したのに!」

「流石にそこまで面倒かけれないわよ」

「むう!」

「なんでむくれるのよ」

「私の部屋だったら! 朝から夜まで! おはようからこんにちはの後こんばんはからお休みまで! ずっとずっと一緒だったのに!! お揃いのパジャマ着て! お揃いのご飯食べて! お風呂も一緒に入って! 一緒にベッドで寝れたのに!!」

「たとえあんたの部屋に宿泊したとしても、それは無しよ」

「……っ!」


 ぷーーー! と膨れるリトルルビィの頬を指で押すと、ぶふっ! と音が鳴って空気が抜ける。今日も今日とて風船ほっぺめ。


「むくれないで人の話を聞く。つまり、あたしが言いたいのは」

「テリーは今、ビリーのお爺ちゃんと住んでる、ってことね?」

「そういうこと。キッドも帰ってこないし、特に問題ないから、じゃあそうしましょうって話になったの」


 で、本題はここからだ。


「あたし、貴族ってことを隠さないといけないでしょう? だったら偽名を使おうかって、ミスター・ビリーから提案されたわけ」

「偽名?」


 リトルルビィがきょとんとする。あたしはそんなリトルルビィに微笑み、リトルルビィの前に出て、仁王立ちする。リトルルビィが足を止めて、きょとんとあたしを見つめる。あたしは腕を組み、微笑んだ。


「リトルルビィ、あたしは貴族のテリーじゃないわ。今日からこの城下町で暮らす、家族にお爺ちゃんを持った、村娘のニコラよ。ニコラ・サルジュ・ネージュ」

「ニ、ニコラ?」

「そう。ニコラ」


 貴族のテリーはいないのよ。


「あたしはニコラ」


 我ながらいやらしい笑みを浮かべて微笑むと、リトルルビィは頷いた。


「ニコラ、ニコラね。分かった。ニコラ……ニコラ……」


 リトルルビィがぶつぶつ呟き、頭の中にあたしの名前を入れて、にこっと、微笑んだ。


「ニコラ!」

「ええ。ニコラよ。用件は?」

「えへへ! 呼んだだけ!」


 リトルルビィがあたしの手を握り、再び一緒に歩き出す。


「ねえ、ニコラ、困ったことがあったら言ってね! 絶対に助けてあげる!」

「あら、それは助かるわね。心強い」


 あたしは口角を下げた。


「……ヘマしても嫌いになったりしない?」

「そんな! テリー! 私がテリーを嫌いになると思ってるの!?」

「ニコラ」

「そんな! ニコラ! 私がニコラを嫌いになると思ってるの!?」

「あたし、本当に何もやったことないのよ。大目に見てね」

「大丈夫よ。ニコラ。私もいるし、仕事自体も簡単なことしかしないから、初心者に優しい職場だから。ニコラもきっと大丈夫!」

「嫌いにならない?」

「ニコラ大好き!」

「あんたは本当に良い子ね。11月になったら沢山ご褒美あげるからね」

「ご、ご褒美!?」


 リトルルビィが唾を飲み込んだ。


「ど、どんなご褒美……?」

「着いた」


 お菓子屋、ドリーム・キャンディの前にたどり着く。涎を垂らしたリトルルビィが扉を開けて店内に入っていく。あたしもその後ろをついていく。


「おはようございまーす!」

「……おはよう、ございます」


 リトルルビィの挨拶につられて挨拶を繰り返すと、店内にいた女性が、前に、奥さんと呼ばれていた人が、ちらりとあたし達に振り向き、にんまりと微笑んだ。


「おっ、来たね?」


 あたしを見て、くすりと笑い、あたしの前に歩いてきた。


「履歴書持ってきた?」

「はい」


 リュックを下ろして、チャックを開けて、履歴書を取り出して、渡す。受け取った奥さんが上から履歴書を眺める。


「ニコラ、ニコラね。いい名前」

「……ありがとうございます」

「うふふ。大丈夫! そんな不安そうな顔しなくたって。私はこの店の社長の奥さん。リタよ! 皆、奥さんって呼ぶから、そう呼んで」

「はい。わかりました。……奥さん」

「うん! 今日からよろしく頼むよ! ニコラ!」


 にかっと、奥さんが微笑み、奥に声をかけた。


「あんた! 新人さんが来たよ! 短期間のアルバイトの子!」


 そう言えば、すたすたと歩いてくる音が聞こえた。こちらに歩いてくる足音が聞こえ、その人影が、奥から現れた。


(……っ!!!!)


 その巨体に、目を見開き、息を呑む。高身長で、目が鋭く、ガタが良い体つき。頰から首にかけて傷痕があり、今にも犯罪を起こしてもおかしくないその風貌に、あたしの体が固まった。


(な、何よ。このおっさん! これがお菓子屋の社長!? 嘘でしょ!? どっからどう見ても、マフィアじゃない!)


「……よろしく」


 一言、そう言って、奥に戻っていった。奥さんが困ったように微笑み、あたしに振りむいた。


「ごめんね。あの人極度の照れ屋さんだから」

「……はい……」

「おはようございまーす!」


 扉が開かれ、女の子が入ってきた。腰までの長髪に、リボンのカチューシャをつけ、耳に白兎のイヤリングの、オレンジのピナフォアドレスを着た少女。


「あ! 新人さんだ!」


 少女があたしに駆け寄り、背中に両手を組んで、あたしの顔を覗き見た。


「ねえ、私のこと、覚えてる?」

「あ、えっと……」


 答える前に、少女が胸を張って名乗り出た。


「そう! 私はアリス! 今日も皆のアイドル! 元気いっぱい! 希望の星! 口を開けば女神の声! 誕生日は5月4日! 牡牛座のA型! だけど色んなことが雑すぎる! それも愛嬌! 趣味は絵を描くこと! 好きなことは食べること! 将来の夢は、実家の帽子屋を継ぐことである!」


 キラキラ輝くアリスの希望のスポットライトに、あたしは顔の前に手をかざして目を細めた。


(うっ……! まぶしい……! 希望の光が見える……!)


「貴女は?」


 満足そうに小首を傾げるアリスに、あたしは可愛い笑顔を浮かべた。


「に、ニコラです! ニコラ・サルジュ・ネージュ!」

「ニコラ! へえ! ニコラっていうのね。分かった! で、年齢は?」

「さ」


 違う!!!!


「じゅ、14歳!」

「え? 14? 今年で?」

「そう。今年で14歳!」


(本当は倍だけど……)


「じゃあ私の一個下だ! 私は15歳!」


 アリスがあたしに手を差し出した。


「短い間だけど、よろしくね! ニコラ!」

「おほほほ! よろしくね! アリス!」


(なんかお人好しなオーラがむんむんと見える子だわ……。元気っ子タイプの女の子ね)


 手を握って、握手を交わす。それを見ていた奥さんが、微笑ましそうに笑った。


「色々教えてやってよ、アリス。あんた結構長いんだから」

「まだ働いて半年の私でよければ、何でもかんでも優しく丁寧に分かる範囲で教えてさしあげましょう! さあ! アリスちゃんのメモを参考に、新人のニコラに手取り足取り! ご教示しよう!」


 アリスがそう言って、嬉しそうに、わくわくしたようにエプロンのポケットからメモ帳を取り出した。――そして、そのメモ帳を見た途端、あたしの顔が、びぐっ! と引き攣った。


「ひっ! それは……!」

「はっ」


 アリスの目の色が、変わった。じっと、反応したあたしを見る。


「……ふふっ。ニコラ、その反応は、……知っているのね」

「うっ……!」

「くくくっ……! 気づいてしまったわね……! 私の正体を……!」


 アリスは不気味に、くつくつと笑い出した。


「そうよ!」


 ニコラ!


「教えてあげるわ!」


 ニコラ!


「この私こそ!!」


 アリスが、メモ帳をみせびらかしてきた。


「キッド殿下ファンクラブNo.16820!」


(うぐぐぐぐ……!!)


 その満面な笑みに、動揺を隠せない。


 一回目の世界では、リオン殿下のファンクラブだけが作られた。ドロシーに説明した通り、二回目のこの世界でも、もちろんリオン殿下のファンクラブは二月に出来上がった。

 しかし、その前に、去年の十二月頃だろうか。突然キッドのファンクラブが出来た。おまけにその一週間後にグッズ販売までされた。国中のレディと紳士が買い求め、売り切れ状態が相次ぎ、今でもそれが続いている始末。


 つまり、アリスが持っているのは、まだ手に入りやすいキッドがイラスト化されたメモ帳。


(ここに来て、あいつの顔を見ることになるとは……!)


 むかつく……! 妙に可愛いイラストで描かれているのが、余計に腹立つ……!!


「ニコラ、もしかして、キッド殿下のファンなの!?」


 目を輝かせて、アリスが見てくる。


「やったー! 仲間だー! ねえねえ! お昼にキッド様について話しましょうよ! ほんとね、もう三時間は話せる! いや、三日は話せる! 話しましょう! ぜひ話しましょうよぉ!!」


(ええ、アリス。あたしはあいつの悪口なら一週間は話せると思うわ……!)


「あははは! よかったじゃないか、アリス! 年も近いし、気が合いそうだね」


 奥さんが笑い、カウンターに立つ。


「そろそろオープンするから、荷物置いておいで。アリス、ニコラに色々教えてあげて。持ち場についたら品出しで」

「はーい!」

「リトルルビィも、今日は全体の品出しで。レジは私がやるから」

「了解です!」


 二人が元気よく返事をして、あたしはどう返事をしていいか分からず二人をきょろきょろと見回すだけ。そんなあたしに、奥さんがウインクした。


「大丈夫だよ、ニコラ。慣れるまでが勝負だから」

「あ……はい」

「一ヶ月と言わず、もっと働きたいって言うなら、うちも歓迎だしね。ま、気軽にやってよ」

「……頑張ります……」


 言うと、奥さんが微笑んだ。リトルルビィがあたしの手を握る。


「ニコラ、荷物こっち」

「ああ、うん」

「私も行く!」


 三人で店の奥に行き、がらんとした狭い部屋へ入る。唯一置かれた大きな棚の空いたスペースに鞄を置く。そしてまた売り場に戻り、カウンターの前に戻ると、奥さんが店の外でシャッターを上げていた。扉にかけられたCLOSEの看板をめくって、OPENにする。


「さ、開店だよ!」


 奥さんがそう言って店の中に戻ってきて、カウンターの中に入る。椅子があるらしく、慣れたようにそこに座り、店内を見渡す。

 リトルルビィが売り場を歩き始め、棚に並べられたお菓子を見て、お菓子の棚に隙間が出来ていないか確認する。隙間があればお菓子を前に出す。


 アリスとあたしは、向かい合って、目を合わせる。アリスがにこっと笑う。


「じゃ、品出し教えるわね!」


(よし、こうなったらやってやろうじゃないの!)


 メモ帳とえんぴつを持って、アリスから品出しのやり方を教わる。お菓子を前に出して、後ろには賞味期限の遠いもの。前には近いもの。物が無くなってきたら、裏の倉庫に箱の中に入った商品があるから、それを持ってきて、売り場の棚に置いていく。


「簡単でしょ?」

「………」


 黙って、アリスを見つめる。


「……つまり、どういうことですか?」

「最初だものね。それじゃあ、そこのチョコレートの所やってみましょうか!」


 アリスに促され、チョコレートの商品が並ぶ棚にしゃがみこみ、棚を確認する。


「この商品がないでしょ?」


 指差された商品。確かに後ろがスカスカだ。


「上を確認する」


 棚の最上段に、在庫が入った段があった。アリスが踏み台を持ってきて棚を見回し、頷く。


「ここに無いことを確認したら、裏に行く。今見たけど在庫は無いみたい。ちょうどよかった。ついてきて!」


 アリスに連れられて、店の裏に歩いていく。奥には厨房があり、社長と呼ばれ、さっきあたしに挨拶をした強面の男性が、閉鎖された厨房で何かを作っていた。


「この店ね、オリジナルのお菓子も作って出してるの。ケーキとか。洋菓子。生もの系ね。社長がお菓子作るの好きだから」

「……そうなの」

「あの強面顔でさ、お菓子作りなんてー、って思うでしょ? 美味しいのよ。社長の作るロールケーキ」


 アリスも不思議そうな顔をして、あたしを商品がある箱だらけの部屋に連れていく。


「ここよ! ほら、そこに商品名が書かれた箱があるでしょ!」


 確かに商品名が書かれている。


「これを表に運んでいくと。重いから気を付けてね」


 あたしが手に持ち、一瞬、顔が歪む。


(うっ、重い……! 何これ、意外と力仕事…!)


 だが、工場時代は、もっと重いものを持った記憶も残っている。


(うらぁ!!)


 ぐっと力を入れて持ち、立ち上がる。アリスについていき、商品が並ぶ棚まで戻ってくる。


「で、これを開けて、入れると。あ、入れる時は棚のもの一回全部回収してからの方がいいわ。別の場所に置いて、それから新しいものを入れていく。その方が楽でしょ?」


 言われた通り、お菓子を回収して、空いてる段に置いて、箱の中身のものを奥に詰めていく。


(なるほど。単純作業ね。これならあたしでも出来そう)


 置いてたお菓子を元の位置に戻して、一つの棚が完成。アリスが軽く拍手した。


「そうそう! 出来た出来た!」

「これで大丈夫?」

「パーフェクトよ! ニコラ! この調子でどんどんやっていきましょう!」


 アリスが微笑むと、店の扉が開く。顔と服に炭の付いた、ホームレスのような女性が入ってきた。


「あ、ホレおばさんだ」


 ひそりとアリスが耳打ちした。


「常連さんなの。あの人、毎日来るんだから」

「毎日?」

「うん。いっつも服に炭つけてくるから、皆で裏でホレおばさんって呼んでるの。煙突屋さんでもやってるのかしら?」


 アリスがあたしに振り向く。


「さて、ここまでが一通りだけど、分からないところある?」

「……何が分からないのか分からない」

「最初だものね! じゃあ、分からないと思ったらすぐに訊いて! 今日はとりあえず、私と店内回って、品出しを。そんな感じで!」

「分かった」

「よし、それじゃあ、午前中は店内ぐるっと回りながら、お喋りでもしてよっか!」


 アリスが微笑んで、歩き出す。あたしも歩き出す。


 棚の場所を教えてもらい、メモをとって、社長が作った洋菓子類の置く場所、並ぶ順番を習う。無くなり次第、社長に報告。売り切れたことを聞いた社長は嬉しそうな顔をするとか、そんな話も端の方にメモを取る。


「これは……今日、賞味期限のものだわ」


 アリスが台に置かれた洋菓子を見て、呟く。


「賞味期限が今日のものに関しては、割引シールを貼って無理矢理売りさばくわよ! ニコラ! このシールを貼るのよ! てい!」


 三割引き、と書かれたシールが数十枚貼られたシートを渡される。


「賞味期限が今日付けで書かれているものに、このシールを貼っていってくれる?」

「分かった」


(シール貼り……)


 まじまじと見て、


(懐かしいわね)


 あたしの手が、動いた。


(こうだったかしら)


 すぱぱぱーん!


「ふぁっ!?」


 一瞬で全部にシールを貼ったあたしに、アリスが目を丸くした。


「え!? 何!? 何やったの!?」

「はっ!」


(工場時代の癖が……!)


 十数年の間に、シール貼りなんて何度やったと思ってるのよ。それはもう、朝から晩の時もあれば、一週間ずっとシール貼りの時もあれば、一年間ずっとシール貼りだったこともあれば…。


(……それを言うわけにはいかない)


 あたしはにっこりと微笑んで、シールをアリスに見せる。


「シールは慣れてるのよ。ほら、シールを見ると、貼りたくなるでしょ?」

「そういうこと!? そういうことなの!?」

「そういうことよ」

「そういうことなのね!」

「そういうことなのよ」

「ニコラすごい! シールの達人なのね! プロなのね!」


(……何も嬉しくない……)


 ぴくりと頬を引き攣らせるが、気づいていないアリスは商品を確認して驚いている。


「すごい……。賞味期限が今日のものだけに、ちゃんと割引シール貼られてる……!」

「大丈夫そう?」

「大丈夫よ! 完璧! シールの業務はニコラに頼むことにするわ! あはは! これは期待の新人が入ったぞ!」


 アリスが微笑み、また歩き出す。あたしはその後ろをついていく。店の二階を上って、一緒に棚を確認して、また一階に戻って、棚を確認してを繰り返す。時々、リトルルビィと鉢合わせて、少し喋って、時々お客さんに声をかけられて、道を案内して、あたしはメモをとって、それを繰り返す。


 そうこうしているうちに、鳩時計が鳴った。「ぽお」と間抜けな声が聞こえてきて、見上げると12時。カウンターから奥さんが声をあげた。


「リトルルビィ、アリス、ニコラ、三人とも休憩に行っておいで!」


 その声に、あたしがきょとんとする。


「一気に三人抜けて大丈夫なの?」

「うん! この時間は、あまり人が来ないから、品出し要員いらないのよ。カリンさんも来てるだろうし」


 裏を覗けば、カリンと呼ばれた女性が、厨房からロールケーキの入った籠を運んでいた。あたしと目が合い、ふんわりと微笑む。


「初めましてぇ。社員のカリンですぅ。ニコラちゃんだっけぇ?」


 ふわふわしているところが、どこかメニーに似ている。あたしに優しく微笑み、ロールケーキの籠を持ったままあたしに体を向けた。あたしが頭を下げて、挨拶する。


「ニコラです。よろしくお願いします」

「よろしくねぇ。お仕事初めてなんですってねぇ。気軽に楽しく働いてくださいねぇ」


 そう言って、カリンの足が一歩歩いた途端につまずいて、


「ひゃっ!」


 転びそうになって、


「危ない!」


 リトルルビィがさっと走り、ロールケーキの籠をキャッチした。

 カリンだけが地面に倒れる。


「いったぁい……」

「カリンさん、大丈夫ですか?」


 アリスが声をかけると、カリンがにこにこと微笑み、起き上がった。


「平気よぉ。アリスちゃんは優しいわねぇ」

「いえ、当たり前のことを言っただけです。カリンさん…」


 アリスが複雑そうな顔をした。


「ルビィちゃん、ロールケーキキャッチしてくれてありがとう」

「カリンさん、気をつけてくださいよ?」


 リトルルビィがため息交じりに呟き、ケーキが並ぶ冷蔵庫のような棚にロールケーキを入れた。そして振り向き、あたしとアリスに微笑んだ。


「休憩行こう!」

「リトルルビィ、サガンさんのところ行かない? ニコラも初日だし」

「賛成!」


(サガンさん……? 誰それ)


 眉をひそめていると、リトルルビィがあたしに近づき、あたしの手を握った。


「ほら、隣に喫茶店あるでしょう? あそこ」

「ああ……」


 店の隣にある、あのレトロな喫茶店。雰囲気は良さそうだったわね。アリスがあたしに振り向いた。


「ニコラ、お弁当は?」

「いや、あの、適当にパンでも買おうかと思ってた」

「じゃあ尚更行きましょう。ニコラ、今日は私が奢ってあげるわ」


 にこっと笑うアリスにきょとんとして、あたしは首を振った。


「あ、お金なら大丈夫よ。ちょっとくらいならお小遣いもあるし……」

「いいの! 私は先輩だし、歓迎ってことで出してあげる! あ、リトルルビィに関しては無しよ。あんたは自分の分ちゃんと出してね」

「えー! アリスのケチ!」

「いいでしょ! あんたは働いてるんだから!」

「むう!」


 唇を尖らせるリトルルビィの頭をアリスが撫で、またあたしに振り向く。


「ね? 行きましょう? ニコラ」

「……ありがとう」

「私は優しい先輩だからね! 後輩にとっても甘いのだ!」


(変な子)


 あたしが働いてた工場は、もっと厳しかった。新人は虐めがあって当然だった。寝る所は牢屋。部屋は牢屋。常に監視員がいる。暗くて、じめじめした工場。


 それと比べて、ここは比べられないほど明るい。


 アリスは説明してる時も、ここまでで分からないことはある? と一々声をかけてきた。分からなくて訊けば、丁寧に教えてくれた。リトルルビィもいる。肩身が狭いどころか、もっとリラックスして肩を広げなさいと言われているような環境。


「……仕事って、もっと厳しいものだと思ってた」

「ここはちょっと緩いのよ」


 アリスが肩をすくめた。


「お金が発生するし厳しい職場もあるだろうけど、社長も奥さんもそういうの嫌らしくて、気軽に働いてってよく言ってくれてるの。それに、ニコラとは一つしか年齢が違わないんだから、わざわざ厳しくしなくてもいいでしょ? 私も細かく口出すこと苦手なのよ。ふふっ!」

「ミスなんて誰でもするしね」


 付け加えるリトルルビィに、あたしは顔を向ける。


「リトルルビィもミスするの?」

「するする。私、いっぱいしちゃうの。並べる順番間違えたり、賞味期限近いもの後ろにしちゃったり、レジも間違えちゃうし」

「レジはしょうがないわよ」


 アリスがため息交じりに呟く。


「レジは相当しんどいわよ。ニコラ、覚悟しておいてね」

「……あたし、レジやるのかしら?」

「一ヶ月だけだっけ? やる気がする。ハロウィン祭もあるもの。レジが出来ないと大変よ」


(お金を取り扱うなんて、14歳にやらせちゃ駄目よ)


 やりたくない。絶対やりたくない。だって変なボタンポチポチ押すんでしょう? 何それ。面倒くさい。


 (……やりたくない……)


 気持ちが顔に出ていたあたしを見て、アリスが笑った。


「そんな顔するけどさぁ、ニコラ」


 アリスが背中に両手を回す。


「もしも、……もしもの話よ? ここでレジをしていて、たまたま偶然、レジをしていて」


 アリスが目を輝かせた。


「変装したキッド様が、現れたらどうする?」


 アリスが目を輝かせた。


「キッド様が密かにお菓子を買いに来て、そのレジを打たせていただけるのよ?」


 アリスが目を輝かせた。


「お釣りを渡したら、キッド様に言われるのよ?」


 ――ありがとうございます。可愛い店員さん。ぱちんとウインク。


「はっ!!!!」


 アリスが突然、胸を押さえた。


「考えただけで、胸の高鳴りが!」


 アリスが血走る目であたしの目を覗き込んでくる。


「分かるでしょう? 分かるでしょう!? ニコラなら分かってくれるでしょう!? メモ帳を見て反応したニコラなら理解してくれるはず! もしもキッド様が現れたら! キッド様がお菓子を買いに来たらと妄想してしまう、この乙女な気持ち!」


 あの美しい青い目が、私に向けられるかもしれないという期待と希望と輝く妄想。


「分かるでしょう!?」

「だって!」

「ニコラは!」

「キッド様仲間だもんね!!」


 アリスが目をきらっきら輝かせて、黙るあたしを見つめる。あたしは脳内で考える。


(もしも……、……もしも……、……キッドが来たら……)


 ――テリーが働いてる! あはははははは! ほらほら、接客してよ! 俺に接客してよ! 礼儀正しく! 敬語を使って! 頭を下げて! 絶対服従絶対敬語! つき従って俺の命令を聞くんだ! よし、そうだな! じゃあ、手始めに……棚のもの全部もらおうか! ほら、金貨だよ! 受け取れ! ぽーい! ほら、どうした! 拾え拾え! あははははは!!


(……絶対逃げる……)


「さ! お昼休憩よ! 喫茶店に行くわよ! サガンさんにニコラを紹介するわよ!」

「おー!」

「そうと決まれば荷物を持ってくるわよ!」

「おー!」


 アリスとリトルルビィが声を上げ、顔を青ざめるあたしを引っ張る。荷物置き場から鞄を持って、また売り場に戻り、アリスがカウンターにいる奥さんに敬礼した。


「では、マダム! 休憩に行ってきます!」

「誰がマダムだい。あまりサガンさんを困らせるんじゃないよ」

「ゆっくりしてきてねぇ。三人ともぉ」


 奥さんとカリンが手を振り、あたし達を見送った。あたしはアリスとリトルルビィに引っ張られるがまま、店から出て、隣の喫茶店に移動する。看板には、『三月の兎喫茶』と書かれていた。


 リトルルビィが扉を開き、中に入る。


「サガンさん、お席ありますか? 三人です」


 アリスとあたしも中に入る。店内を見渡すと、木造のカウンターに、テーブル席が三つほど。こじんまりしている。カウンターの中で椅子に座りながら、木で出来た何かを削っている眼鏡をかけた男がいて、ちらっとあたし達を見て、ため息を出す。


「見た通り、今日も赤字だ。好きな所に座れ」

「わーい! テーブル席行こうよ! ニコラ!」


 リトルルビィがそう言って、テーブル席に座る。アリスがあたしの肩を掴み、カウンターの男に声をかけた。


「ねえねえ! サガンさん! この子、ニコラっていうの! 短期のアルバイトの子なんですよ!」


 無愛想な男がちらっとあたしを見た。あたしは礼儀正しくお辞儀する。


「ニコラです」

「サガン・ティー・マァチだ。この店を営んでいる。……忘れてもいいぞ」

「ニコラ、サガンさんってね、ちょっとひねくれててムカつくおっさんだけど、サンドウィッチと珈琲は格別よ!」

「アリス、もうお前にはサンドウィッチ以外作らねえからな」

「サガンさんってば! 冗談だってば! 本気にしちゃって嫌だなあ! もう! この! ひねくれ屋! ひゅー! ダンディー! ひゅー! ひゅー!」


 アリスがべらべらと舌でまくし立て、あたしと一緒に席に座る。


「ニコラ、サンドウィッチでいい?」


 アリスに訊かれて頷く。アリスと顔を見合わせたリトルルビィが声をあげた。


「サガンさん! サンドウィッチ三人!」

「はいよ」


 ため息交じりサガンが作業を中断させて立ち上がり、カウンターの奥にあるキッチン台で調理を始めた。


(……何を削ってるのかしら)


 あの形、少しヴァイオリンに見える。


「あのね」


 あたしの視線に気づいたアリスが口を開いた。


「サガンさんね、楽器を作ってるのよ」

「楽器?」

「なんちゃって楽器だけどね。ハロウィン祭に来た人達に弾かせて遊ばせるらしいよ」

「……ふーん」

「でもね、実際、サガンさんも楽器弾けるのよ。弾けるというか、吹く方ね。サックス吹けるの。あのおっさん。地味にバンドも組んでたりしてて、時々、楽器仲間のお客さんと一緒に、広場で演奏してるのよ」

「へえ……」


 ちらっと、サガンの背中を見る。


(サックスか……。……バンドやってるくらいだもの。腕があるんでしょうね)


 視線をテーブルに戻す。


(いいんじゃない? 好きなら好きで、吹けばいいわ。人前で演奏出来るなんて、すごいわね)


 人前で、演奏が、出来るなんて。


(……)


「サガンさん!」


 アリスが立ち上がり、サガンに訊いた。


「あれ、ほら、前の、試作品ないの?」

「ん」


 サガンが指を差し、その方向にあたし達の視線が移動する。壁になんちゃって楽器が並んでいた。

 左からコントラバス、チェロ、ヴィオラ、ヴァイオリン。大きさは本物と同じ。しかし全部手作り感のある、安っぽいもの。


「触っていい?」

「駄目だって言っても触るんだろ」

「えへへ!」


 アリスが駆け出し、なんちゃってヴァイオリンを手に持つ。そして、音を鳴らした。


 ぎーーーーーこーーーー。


(うっ!)


「あはは!」


 アリスが笑い、ヴァイオリンを元の位置に戻して、席に戻った。


「綺麗な音が鳴ったらかっこいいのに」

「鳴らそうと思えば鳴るぞ。お前が下手なんだ」

「何よ! サガンさんってば。私の隠された楽器の才能を目覚めさせたいからって、そんな冷たくあしらっても、駄目なんだからね!」

「変なこと言ってたら新人に引かれるぞ」


 サガンがお皿をカウンターに乗せ、アリスに言った。


「ほら、持っていった」

「はいはい。運びますよー!」


 アリスがサンドウィッチが入ったお皿を運び、リトルルビィとあたしの前に置いた。次に自分の分を持ってくる。


「それとこれも」

「ん?」


 サガンがオレンジジュースの入ったコップをカウンターに置いた。アリスがきょとんとする。


「頼んでないけど」

「新人祝いでおまけだ」

「サガンさん! 流石! いい男! よっ! 男前!」

「うるせえ。早く持っていけ」

「ニコラ、リトルルビィ、ジュースおまけしてもらったわよ!」


 満面の笑みをアリスが浮かべ、グラスをテーブルに置いた。リトルルビィとあたしがサガンを見た。


「ありがとうございます! サガンさん!」

「……ありがとうございます」


 サガンが無言で手を振り、また楽器作りの作業に戻る。アリスがにこにこ微笑み、あたしの隣に座った。


「よっし! これ食べて、午後も頑張るわよ! 二人とも!」

「母の祈りに感謝して、いただきます!」


 リトルルビィが挨拶をして、サンドウィッチを食べ始める。あたしもサンドウィッチを口に入れて、むちゃむちゃ噛む。


(……なかなか、悪くないわね)


 ヘルシーだが、それでいて具が詰まっている分、ボリュームがあって、お腹に溜まる。


(いくらかしら)


 メニューを見て、値段を見て、眉間にしわを寄らせる。


(……この店よく潰れないわね……)


「お店の中、今はがらんとしてるでしょ?」


 アリスがあたしに言った。


「夕方にかけて結構にぎやかになるのよ。ここ。学校帰りの子達とか、仕事帰りの人達が寄ったりするから」

「なるほど」

「それにサガンさんって、他にもお店持ってたり、別のことでも稼いだりしてるから、ここが赤字でも何とかやってるみたいなの。うちの父さんにも見習ってもらいたい……」

「……帽子屋だっけ?」


 訊くと、アリスが頷いた。


「そうよ。個人店の帽子屋。結構いいもの作るのよ。うちの父さん」

「私も見に行ったことあるけど、すごくお洒落だったよ。ニコラ、今度一緒に行こう?」


 リトルルビィに言われて、軽く頷く。


「そうね。……まあ、暇があったら」

「ウェルカムウェルカム! いつでも遊びにきていいわよ! 帽子屋のくせにお茶会がテーマのお店でね? お茶しながら帽子選べたり見れたりするから、ぜひ遊びにきてよ!」


 笑いながらアリスがサンドウィッチを頬張る。


「それと、ニコラが遊びに来たら、キッド様のグッズ見せて自慢したいし」


 あたしは無表情で黙った。しかし、アリスの口は動き続ける。明るい顔で、喋り続ける。


「でもねぇ? ほら、この間売れすぎて販売中止になったキッド様のポーチがあるでしょ。私、あれ買えなかったのよ。皆の圧に負けちゃったぁ。もう、悔しい。本当に悔しい!」

「……」

「ニコラ! ニコラはグッズ持ってないの!? 今度何かあげるわ! 人にあげる用、自分で使う用、鑑賞する用、飾る用、保管用で持ってるから!」

「……いらない……」


 消え入る声で断ったが、聞こえなかったようだ。アリスが目を輝かせて、興奮して、あたしの隣で、サンドウィッチを頬張りながら、仕事中の頼れる先輩とは思えない姿で、キッドの魅力について演説していた。そんなアリスに、リトルルビィは慣れたように眺めていて、サガンは呆れたようにため息をついていた。



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