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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
四章:仮面で奏でし恋の唄(後編)
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第10話 仮面で奏でし恋の唄(2)


 前よりも落ち着いた壁紙。レイアウト。少し大人になったキッドの部屋で、地図のような紙を広げて、コマの人形を置いて、サイコロを振って、その数の分進む。止まったマスによって、自分の人生で何かが起きる。友達が出来る。友達と喧嘩する。猫を飼う。犬を飼う。借金が出来る。土地を買う。お金持ちになる。会社を立てる。難が訪れる。幸福が訪れる。転機が訪れる。


 さて、就職のマスに進んだ。


「何になる? テリー」

「社長」


 お給料がいい。


「単純だなあ」


 社長になったあたしのコマが、人生を進んでいく。


「キッド」

「ん?」

「訊いてもいい?」


 怪盗パストリル。


「大丈夫なの?」

「中毒者の回復力には、目を疑うよ」


 サイコロが落ちる。


「驚きの速さで回復した。骨が飛び出た穴は塞がって、今は立って歩いても何ともない」


 キッドがコマを進ませる。


「よし、50ワドルゲット」


 キッドが拳を握った。


「ソフィア・コートニー。23歳。質の悪い貴族に騙されて、両親が亡くなった年から金をふんだくられていた」


 調べてみたら、その貴族、他にも悪いことをしていたもんだから。


「逮捕して、多額の慰謝料請求。貴族の称号剥奪」


 その一部がソフィアに支払われた。


「でさ、これがまたすげえ金額でさ、全部の示談金にあてがったわけだ」

「示談で済んだの?」

「怪盗パストリルは確かに物を盗んだ。乙女の心も盗んだ」


 でも、


「人気のない場所に飾られて、埃の被った芸術品ばかりだ。レディ達は心を盗まれたお陰で、我儘だった心は改心して、積極的にボランティア活動をやっているらしい。最近、城下町ではホームレスの姿が少なくなったって」

「…………」

「悔しいけど、誰も怪盗パストリルを恨んでいる人はいない」


 示談金をいらないと言う人までいた。


「怪盗パストリルが現れたことによって、忘れていたものを思い出した家族もいれば、忘れられていた芸術品の価値を思い出した人もいれば、改心した娘に協力する親もいれば、救われたと言う人もいた」


 なんて不思議なことだろう。


「犯罪者なのに、怪盗パストリルは善人だと被害者全員が言った」


 どうか、彼を罰しないでほしい。


「さて、こうなってくるとどうしたものかな。罰は平等に与えないといけない。人の情は無関係だ。ソフィアは罪を犯した。さあ、どうしようかな」


 あたしがサイコロを振った。コマを進ませる。


(……ペットが増えた)


 あたしの家族が、犬と猫で仲良しこよし。


「あの隠れ家、よく分かったわね」

「リトルルビィがお前の血を飲んでくれていたからね。助かったよ」

「もし、飲んでなければ?」

「見つからなかったと思うよ」


 あそこ、本当に見つかりにくくてさ。


「そんなことで、あんたどうやってメニーを見つけるつもりだったの?」

「作戦Cだ」

「作戦C?」

「俺が囮になる」


 あたしは顔をしかめた。


「馬鹿じゃないの? 王子様を誘拐したら、勝負の意味が意味ないじゃない」

「だから変装して、あえて誘拐されようかなって」


 怪盗パストリルは、美女の心を盗むから。


「俺が素敵なドレスを着たら、騙されてくれるかなって思って」

「あたしがいて良かったわね。どっちみち、発信機はあの場所では効かなかったみたいだし。あんたが誘拐されてたら、殺されてただけよ」

「発信機はリトルルビィがいる」

「……どういうこと?」

「だから、お前と一緒」


 俺がお前になる予定だったの。


「リトルルビィに血を飲んでもらって、俺が変装して、俺が誘拐されれば、リトルルビィが俺の跡を追える。あえて俺が囮になる。でも囮はテリーになったから、作戦D」

「…………」


 あたしは顔をしかめた。


「リトルルビィに、あんたの血を飲ませたの?」

「ん? うん」


 こくりとキッドが頷いた。


「じゃないと、追えないだろ?」

「お前!!!」


 あたしはキッドの胸倉を掴んだ。


「なんてことしてくれたのよ! リトルルビィは、男の血が飲んだら気持ち悪くなるって言ってたでしょ!」


 それなのに、


「あんた、自分の血を飲ませたの!?」

「うん」

「っ」


 あたしはキッドの胸から手を離す。


「酷い……」


 息を呑む。


「あんまりだわ……。リトルルビィに、お前なんかの血を飲ませるなんて」


 しかも、


「剣にリトルルビィの血を塗るなんて」


 ああ、なんて可哀想なあたしのリトルルビィ!!


「今度会ったら抱きしめて、頭を撫でてあげないと!!」


 酷すぎる!!

 あたしはキッドを睨んだ。


「この鬼畜!! 恥を知れ!!」

「三歩下がる」


 キッドのコマが三歩下がった。キッドに友達が出来た。


「テリーの番だよ」

「よくもあたしの可愛いルビィに、穢れた血を飲ませてくれたわね……! ああ、ルビィ……! 可哀想に……!」

「穢れた血ってなんだよ。王子様の血だぞー?」

「ルビィ、あたしが仇を取るわ」


 サイコロを振る。


「このゲームで、キッドに勝つ!!」

「くくっ。やってごらん。手加減するから」

「うるせえ! 結構よ! あたしに負けて、びゃーびゃー泣くがいいわ!」

「ああ、そういえば、俺、お前の夢を見たんだ。そこでお前、びゃーびゃー泣いてたよ」

「はあ? あたしが泣くわけないでしょ。泣いてたのはお前でしょ。ビリーにげんこつ食らってびゃあびゃあ泣いてたじゃない」

「そんなことあったっけ?」

「とぼけないで。見苦しい」

「駄目だ。催眠にかかってしまって記憶があやふやだ」

「ああ、もう、絶対許さない」


 マスを進ませる。キッドのコマとぶつかる。


「おら、退け!」


 あたしに友達が出来る。ニクスと手を繋ごう。きゃっきゃっ、うふふ。


「ま、とりあえず、作戦はそんな感じで、リトルルビィが俺の血を飲んで、俺が変装して、舞踏会に向かっていた時だ」


 キッドの回すサイコロを眺めながら、ゴールまでのマスを見下ろす。


「何とも魅力的な、黒いドレスを着た女の子がいたからさ」


 確認してみたら、テリーだったわけだ。


「テリー、どうして作戦Dが決行されたと思う?」

「お前にとって都合のいいあたしがいたからでしょう? だからあたしを餌にしたのよ」

「リトルルビィが提案したからだ」


 ……あたしは瞬きする。


「俺はね、作戦Cでいいと思ってた。だからお前を追い出すよう命令したんだ」


 危ないからテリーを追い出せ。そしたらリトルルビィがこう言ってきた。


 ――キッド、待って。


 リトルルビィ、お前が行け。テリーをここから連れ出すんだ。


 ――キッド、囮ならテリーの方がいいよ。


 どういうことだ?


 ――私ね、テリーの血を飲んでるの。……テリーならパストリルの囮になりやすいかも。キッド、作戦変更しない?




「テリーを囮にするの」





 テリーが囮になって、俺が動く。

 テリーが動いて、俺が追う。

 テリーが誘拐されて、リトルルビィが追って、俺がついていく。

 結果、パストリルも、メニーも、テリーも、発見された。


「あえて俺の婚約者と発言することで、パストリルは余計にお前を誘拐したくなったはずだ」


 パストリルは狙い通り、お前を誘拐した。


「……あんたが催眠にかかったのはわざと?」

「もちろん。わざとだよ」


 目さえ見なければ催眠なんてかからない。


「あえて近づいて、あの綺麗な黄金の目を見させてもらった」

「心を盗まれてたら、どうするつもりだったの?」

「盗まれやしないよ」


 キッドが断言する。あたしは眉をひそめた。


「なんで?」

「確かに、あの場では催眠にかかる気満々だった」


 でもさあ、


「催眠には催眠を」

「ん?」

「あの場では催眠にかかる。でも、その後すぐに催眠は解ける」


 そうやって暗示をかけておく。


「心で何度もかけておく」


 それでおしまい。


「催眠なんて存在しない」


 そんなのただの思い込みだ。


「だったら思い込めばいい。その場では催眠があると信じて、5分後には、俺はけろーっとして何事もなく催眠にかかっていないって」


 自己暗示。

 自己催眠。


「思い込みはすごいって前にも言っただろ?」


 だから俺は目を覚ましたんじゃないか。全てを悟ったうえで。

 だから俺は意識だけ眠っていたんじゃないか。お前の声だけ聞いていて。

 これも、魔法を打ち砕く方法の一つだよ。テリー。


「全く。パストリルの奴。俺は頬に痛みと、手の痕が残る催眠をかけたのだけは許さないよ」


 あたしは黙って、相槌を打つ。


「で、起きた俺は、テリーが誘拐されたことをリトルルビィにすぐに確認して、リトルルビィがその跡を追って、あそこにたどり着いた」


 完璧なる作戦D。


「そう。提案したのはルビィだったのね」

「ああ」

「なら、文句は無いわ」


 あの子は、どうしたらより動きやすくこの事件を解決出来るか、自分なりに考えてくれたのだ。


(あたしが黙ってメニーを助けに来たと言ったから)


 その気持ちも配慮してくれただけ。


「キッド、あたし思うんだけど」

「ん?」

「ルビィがいてくれて良かった」

「ああ」


 キッドの頷いた。


「そこはお前に感謝しないとな。あんな優秀な部下はいない」

「優秀なのね」

「優秀だよ。とても小さいけど、中身は大きい」


 度胸も、心も、とても大きい。


「大切にしないとね」

「今日はお仕事?」

「そう。新しい職場」

「どこ?」

「図書館」

「図書館?」

「改築されただろ?」

「ああ」


 中央区の図書館。


「でも、まだ開かれてないでしょ?」

「開かれるまでの雑務。本を運んだり、並べたり、人手が足りてる時は、本を読めるんだって喜んでたよ」

「あんたは何やってるのよ」

「ここでお前と遊んでる」

「手伝ってきなさいよ!!」


 指を差す。


「行け! リトルルビィばかり働かせて! 自分は何やってるのよ!」

「俺だって長い間動いてたんだよ。今日くらい休んでも罰は当たらないさ」


 キッドがじろりとあたしを見る。


「お前、リトルルビィのことになったらムキになるよな」

「当然よ! あの子はあたしのお気に入りなのよ!」


 可愛い可愛いあたしのルビィ。今日も笑顔でテリーテリーと呼んでくる。


「ルビィの給料上げなさいよ!」

「あ、ボーナスが出た」

「畜生!」


 あたしはサイコロを振った。コマを進ませる。


「大丈夫だよ。あの図書館には何人か王室の関係者がいるんだ」

「王室の人が、何でもない顔で本の受付をするようになるわけ?」

「無関係の人もいるけど、一部だけね」

「王室は暇なの?」

「毎日忙しいよ。でも、市民の声を聞くのは、もっと大事なことだ。あの図書館だったら、簡単に仕事をこなせる」

「監視役みたい」

「そういうこと」

「タナトスの真似?」

「あれよりはマシだろ。監視カメラが多すぎて楽しめない」


 キッドがコマを進ませた。


「ねえ、俺が作戦Dを決めてたら怒ってた?」

「絶交よ」

「なんでリトルルビィはいいの?」

「あの子の場合、あたしの気持ちを配慮しての提案だから」

「じゃあ今回の俺は褒められてもいいと思うんだ」

「ボディーガードでしょ。あたしを守って当然の仕事をして、なんで褒めなきゃいけないの?」

「手厳しいな。リトルルビィには甘いくせに」

「お前とリトルルビィは違うでしょ。王子様なんだから文句言わないでしゃきっとしなさい」


 キッドが顔をしかめた。


「俺がお姫様なら、文句言っていいの?」

「ふざけないで」


 キッドがお姫様?


(……確かに女装しても紳士がよりついてきそう。むかつくわね)


 あ、そういえば、


「キッド」

「二マス」

「舞踏会にすごい美人がいたけど、見た?」

「すごい美人?」


 キッドがきょとんとした。


「タナトスの?」

「ええ」

「どんな人?」

「仮面付けてたから年頃は分からないけど、多分、キッドと同じくらいだと思う」

「美しいレディは沢山いたからなあ」

「馬鹿ね。美しいどころじゃないわよ」


 一度見たら忘れられない美貌。


「ってことはあんた、見てないのね。あーあ。勿体ない奴」

「お前が身も知らないレディにそこまで称賛するのは珍しいな」

「だってすごい美人だったもの」

「……それは見落としたな」


 サイコロが落ちる。四マス。あたしのコマが進む。


「訊いていい? どんな子?」

「本当に見てないのね。あれは多分、あんたが見ても見惚れて口が動かなくなるわよ」

「ええ? そんなに?」

「現にあたしがそうだった」

「テリーが固まったの?」

「そうよ。美人過ぎて」

「それ、人間? 幽霊とかじゃなくて」

「そうね。まるでこの世の者とは思えないくらい美しかったわ」

「……お前がそこまで言うのか」


 二人でチョコレートを食べる。


「女優?」

「違う」

「歌手?」

「違う」

「有名人?」

「見たことない」

「……気になるな」

「でしょ?」

「名前は?」

「訊いてない」

「馬鹿。お前。そういう時は訊かないと」

「訊けなかったのよ」

「怒らせた?」

「まさか。すごく優しい人だった」


 宝石みたいだった。


「宝石で表現するなら、クリスタル」


 神秘的で美しい。


「…ただ、胸がちょっと小さかったわね。その代わり、背が高くて、すらっとしてた」

「へえ」

「見てない?」

「どうかな? それだけ綺麗なら覚えてると思うんだけど」

「声も綺麗だったわ」

「よく喋れたな。お前」

「ふふっ。あたし、その人に髪飾りの位置を直してもらったの」


 キッドが黙った。


「あのね、髪飾りがずれてたんだって」


 優しい手だった。


「で、髪の毛にも葉っぱがついてたみたいで」


 優しく優しく頭を撫でるみたいに、取ってくれた。


「…………」


 言葉を失う。


「……正直、見た時、心臓が止まるかと思った」


 すごくすごく美しかったの。


「肌の色とか、目とか、鼻とか口とか、見えるところしか見えなかったけど、このあたしが見惚れたのよ」


 思い出すと、顔が熱くなる。


「……優しかった」


 にやけて俯く。


「あたしが男なら、迷うことなくダンスに誘ったんでしょうけど、ああ、残念」


 まあ、あれだけ美人なら、相手にもされないだろうけど。


「あんたね、彼女にするならああいう人を見つけなさいよ」


 もっと話したかったのに。


「足が震えて、喋れなかったの」


 あたしはサイコロを投げた。


「……こんなこと初めてよ」


 うっとりして、見惚れて、緊張して、声が出なかった。


「ああ、会えるなら、もう一度会いたい」


 だって、すごく、優しい、歌声のような声だったから、


「……なんかドキドキしてきた」


 思い出すと心臓が鳴る。胸を押さえる。


「こういうのを尊敬って言うのかしら」


 異性なら恋が出来たのに。


「初めて自分が男だったら良かったのにって思った」


 顔を上げた。キッドはにこにこ微笑んでいる。


「簡単に人を口説けるお前が羨ましいわ。キッド」

「失礼だな。簡単じゃないよ」


 青い瞳があたしを見つめる。


「そんなに美人だったんだ」

「ええ」

「可愛かった?」

「すごく可愛かった」

「美しかった?」

「美しかった」

「胸がドキドキする?」

「思い出すとね」

「へーえ」


 キッドがにやける。


「そんな美人がいたんだ」


 くくっ。


「是非、お会いしたかった」

「そうね。お前とならお似合いかも」


 髪の色も似ていたし。同じ青い目だった。


「あたしもあれぐらい美人だったら良かったのに」


 ため息。


「キッド、あんたの番よ。サイコロ振って」

「ん」


 キッドがサイコロを振った。マスを進ませる。


「……おっと」


 キッドが声をあげた。


「結婚だ」


 キッドの家族が増えた。


「結婚か」


 キッドが呟く。


「結婚ね」


 あたしを見る。あたしもキッドを見る。目が合う。キッドが微笑む。


「テリー」

「ん?」

「もう一つ訊いても良い?」

「何よ」

「お前の唄った唄」


 一夜だけ想いを寄せた。


「あれってさ、つまり」

「あたしの番よ」


 手を差し出す。


「サイコロ取って」

「テリー」


 教えて。


「一夜だけ、俺にどんな想いを寄せたの?」

「そうね。恨めしいって想いかしら」

「淡い想いって何?」

「そうね。憎たらしいってことかしら」

「俺の知らない想いって何?」

「教えたら知らないことにならないでしょ」

「テリー」


 キッドがあたしの手を握った。


「教えて」


 お前が抱いた一夜の淡い想い。


「どういうこと?」

「お前が憎たらしくてしょうがないってこと」

「ひと時の夢、貴方に想いを寄せてみた。貴方を想うと幸福が。貴方に触れると幸福が」

「うるさい。黙れ」

「淡い想いは報われない」

「うるさい! 黙れ!」

「キッド、一夜だけ、想いを寄せた」

「キッド!」

「キッド、淡い想いの愛しい名を、お前が知ることは……」


 あたしは両手でキッドの口を塞いだ。


「ん」

「黙れって言ってるの!」


 キッドがあたしの手を握った。


「からかうなら帰るわよ!」

「教えて」


 キッドがあたしの手にキスをする。


「ちゅ」

「ひゃっ」


 手を引っ込めるが、キッドが掴んで離さない。


「ちょ、放せ!」

「一夜だけ、どんな想いを寄せたの?」

「何だっていいでしょ!」

「良くないから訊いてる」

「何だっていいのよ!」

「良くないから教えて」

「キッド! いい加減に…」

「テリー」


 ぐいとあたしの手を引っ張った。


「わっ」

「教えて」


 コマが散らばる。あたしの足が地図を踏む。キッドがあたしを抱きしめた。


「ここだけの話。俺にどんな想いを寄せたの?」

「……………」


 あたしは黙って顔を逸らす。


「テリー」


 ぎゅっと腕が強まる。


「……苦しい」

「嫌なら教えて」

「何を教えるの?」

「分かった。質問を変えよう」


 だから、テリー、答えて。


「俺はこの唄を、こう解釈した」


 ほんの一夜だけ、テリーが俺を好きになった。


「合ってる?」

「………………」

「合ってる?」

「………………」

「三秒で言わないと、例のものを役所に届ける」

「……………………………」

「さん、に、いち」


 キッドを叩いた。


「痛い」

「乙女の気持ちを三秒で訊き出そうなんて最低」


 あたしはキッドの胸に顔を隠した。


「……だから嫌なのよ。お前なんか」


 キッドが黙る。


「お前なんか嫌い」


 キッドの腕を握る。


「…………ほんの一瞬だけよ。ムードに目が眩んだの」


 その一瞬だけ。


「………………………………好きになった気がする」


 勘違いしないで。


「一瞬だけよ。本当に一瞬。ほんの一瞬」


 あたしは顔を隠し続ける。


「一瞬だけあんたに恋をした……………気がする」


 一瞬だけね!


「真に受けないで。一瞬よ」


 あたしはそこら辺の乙女と違うの。お前の中身を知ってるの。


「誰がお前なんか相手にすると思って?」


 キッドの腕をぎゅっと握る。


「嘘つきで最低なお前なんか嫌い。もう二度と好きな気になるか」

「好きな気じゃなくて、好きになったんだろ?」

「好きな気になったの」

「俺に恋をした」

「恋をした気になったの」

「今は?」

「大嫌い」

「テリー、知ってる? 好きと嫌いは紙一重だって」

「あたしはね、嫌いになったらもう二度と好きにならないって決めてるの」

「あ、そう。謎は解けた。答えてくれてありがとう」


 キッドの手があたしの頭に置かれて、びくっと肩が揺れる。


「っ」


 優しく撫でられる。


(…………)


 キッドの腕を押す。


「……もう離して……」

「じゃあ、次は俺の唄」


 キッドがあたしを抱きしめたまま息を吸って、――唄った。



 毒を食べたプリンセス

 眠ってしまったプリンセス

 悲しみ暮れたプリンセス

 眠ったままのプリンセス

 迎えを待ったプリンセス

 夢が消えたプリンセス

 魂消えいくプリンセス

 しかし目覚めたプリンセス

 赤き糸の導きで

 現われ出でた王子様

 目覚めてしまったプリンセス

 気づいてしまったプリンセス

 恋の花が咲き乱れ

 愛に目覚めたその魂

 相手は誰だ

 王子じゃない

 相手は誰だ

 その名を求める

 相手は誰だ



「だーれだ?」

「意味が分かんないのよ。お前の唄は」


 ようやく顔を上げて、キッドを睨む。


「もう離して。暑いのよ」

「ねえ、テリー。なぜ童話のお姫様は、キスをした王子様と結婚すると思う?」

「ん?」


 きょとんと、瞬きする。


「なぜって、王子様だからよ」

「じゃあテリーがお姫様だったとしてさ、呪いにかかって眠ってしまったとする。そこに、物凄く醜い顔をした王子様が現れる。キスをする。……どう? 結婚する?」

「するわけないでしょ」

「なんで?」

「醜いんでしょ?」

「うん」

「やだ」


 そんな王子様、御免だわ。


「そうだよね」


 でもそれでも結婚するんだ。


「それは何故か」


 キッドは答える。


「それはね、その人物が運命の相手だと気づくからさ」


 キスをすれば運命の相手がわかる。


「だからキスをするって大事なのさ。運命の相手を探せるからね」


 運命の相手を見つけた時、人はどうなるか。


「恋に落ちる」


 愛に目覚める。


「さてここで俺の話をしよう」

「は?」

「ねえ、テリー。なんで俺が女の子とばかり遊んでいたかわかるか?」

「はあ?」


 何それ?


「女の子が好きだからでしょ」


 あんたはむかつくくらいの女たらし。


「何度もデートしたって言ってた」

「いかにも」

「何人ともキスしたって言ってた」

「いかにも」

「何人にも告白されたって言ってた」

「いかにも」

「好きなんでしょう? 女の子」

「なんでそう思うの?」


 キッドが微笑みながら首を傾げる。


「俺は女の子が好きだから、女の子と遊ぶ。なんでそう思うの?」

「だって、男の子の方がいいなら、男の子と遊ぶでしょう?」

「くくっ。馬鹿だね。お前」

「あ?」

「これだけヒントを出しても分かんない?」

「ヒント?」

「俺、王子だからさ」

「王子だから何よ」

「男の子といたら駄目なんだ」

「はあ?」

「だって、王子だから」

「女の子はいいの?」

「うん」

「意味が分からない。別にいいじゃない。男の子といたって」

「じゃあ、なんで女の子といたと思う?」

「男の子が嫌いだからじゃないの?」

「恋愛しないためだ」



「…………ん?」



 あたしは眉をひそめて、首を傾げた。


「どういうこと?」

「分かんない?」

「え?」


 分からない。


「……わかんない……」

「本当に?」

「ええ」

「そっか」


 仕方ない。答えを教えよう。


「俺は、女の子を好きにならない」





 ――――――――――ん?





 あたしの目が見開かれる。ぴきっ、と体が硬直する。


「え?」


 訊くと、キッドは微笑んだまま、答え合わせをする。


「なる必要がない。女の子はね」


 好きになる必要がない。


(……ちょっと待った)


 どんどんあたしの目つきが鋭くなっていく。


「………恋愛対象は?」


 訊けば、キッドが笑った。


「いい質問だね。テリー」


 キッドが人差し指を立てた。


「俺は、男が好きなんだよ」



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