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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
四章:仮面で奏でし恋の唄(後編)
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第9話 裏庭鬼ごっこ


 屋敷に帰ってきた。扉を開ければ、ギルエドが、メイド達が、使用人達が、アメリが、並んでメニーを出迎えた。リーゼが泣きながらメニーを抱きしめ、メイド達も大切にメニーを抱きしめ、エレンナがたくましい腕の筋肉を駆使してメニーを高い高いしていた。ドロシーがメニーの足元に頭をすりすりさせ、アメリが優しくメニーを抱きしめ、クロシェ先生が鼻をすすりながらメニーを力強く抱きしめた。ギルエドはハンカチを目頭に押し当てていた。ママは階段からその様子を眺めて、一言、お帰りと言って、部屋に戻っていった。見てみれば、ママの書斎は片付け忘れられていて、海軍と空軍と陸軍の連絡先の書類で部屋が埋もれていた。


 夜ご飯はメニーの好物をドリーとケルドが並べ、あたし達は美味しくいただく。サリアは疲れたと言って、部屋に戻って、ぐっすり眠ったようだ。廊下を歩いているのを見ていない。メニーも疲れたと言って部屋に戻った。アメリも安心したと言って部屋に戻った。ママは部屋に一人で籠もり、ラジオの官能朗読に聞き惚れていた。


 今夜は皆、安心しきって、早めに眠りについた。


 あたしは、


「ドロシーーーーーーーーーー!!!!!」


 真夜中の裏庭で包丁を振り回していた。


「うわあああああああ!!!!」


 ドロシーが青い顔で逃げる。あたしは追いかける。魔法使いとお嬢様の生とプライドをかけた全力鬼ごっこが裏庭にて開催中。言っておくけど、見せ物じゃないわよ。あたしは本気でドロシーに狙いを定める。


「あんた、よくも! よくもあんな魔法を、あたしにかけてくれたわね!!」


 キスで魔法が使えるなんて!!


「おかげでファースト・キスがなくなったわよ!!」


 あたしの初めてのキスが!!


「くたばれ!!」

「待ってよ! テリー! 待って! ひえっ!」

「今日こそ切り刻んで特製猫刺身にしてやる!!」

「助けてーーー!!」


 怒りを体力に換え、ドロシーを追いかける。あたしはカチューシャをブーメランの如く飛ばし、ドロシーに狙いを定めるが、やはり魔法使い。そう簡単に当たらない。舌打ちしてもう一度狙いを定める。


「死にさらせぇええええ!」

「にゃーーーー!」


 ドロシーが箒を掴み、足を跨いだ瞬間、あたしの足が速くなる。ドロシーが振り向き、ぎょっとして、再び走って逃げ回る。


「あばばば! こうなったら魔法だ! えーい! 鼠よ、鼠! 笛吹きと共に踊り狂い……」

「うりゃ!」


 あたしは石を投げる。ドロシーの頰をかすった。


「っ」


 ドロシーが迷うことなく走り出す。あたしは追いかける。


「ドロシーーーーー!」

「あーーーー! だからaとeの綴りは嫌いなんだよーーーー!!」


 ドロシーがとうとう木に駆け登り、その場でぶるぶると体を震わせて、包丁を構えるあたしを青い顔で見下ろした。メガホンを取り出し、あたしに向ける。


「警告する! 今すぐに包丁を地面に置くんだ!」

「あたしの唇が、貴様のせいでぇ……!」

「昔からそうなんだよ! 最強の魔法はキスの魔法しかないんだ!」

「よくもおおおおおおおおお!!!」

「いいじゃないか! キスの一つや二つ! 好きだったんだろ! キッドのこと!!」

「…………っ」


 その一言で、あたしの顔が赤らみ、――顔をしかめる。


「あんた、なんで知ってるの」


 なんで、キッドにキスしたこと、知ってるの。


「……見てたわね?」


 ドロシーの目が逸れた。


「見てたのね?」

「見てない」


 ドロシーがメガホンで声を響かせた。


「見守ってたんだ!」

「それを見てたって言うのよ!」


 包丁を構える。


「てめえ見てたくせに何もしなかったわけ!?」

「神様ってなんで何もしないと思う!? そうさ! 見守ってるからさ!」

「てめえは魔法使いだろうが!」


 だんだんだん! と地団太を踏む。


「あたしがキスする前に、何とかしなさいよ!!」

「遠距離魔法は苦手なんだよ!」

「苦手で終わらすな! お陰であたしの唇がキッドなんかに奪われたじゃない!!」

「そのお陰でキッドは助かった!」


 君はキッドに治療の魔法をかけた。


「刺し所が悪かった! テリーがいなかったら確実に死んでたよ! あれは、3分でおじゃんだったね!」


 催眠にかかったメニーは、それほど深くキッドを刺し、その包丁を抜いた。

 普通は人間の内臓が邪魔するはずだけど、それを無視した怪力に目覚めるほど、催眠の力が強かった。暴走していた。メニーは殺人犯になりかけた。


「キッドは君のおかげで助かった! パストリルも助かった! 今回は犠牲者は出なかった! キッドやパストリルの死を君が生で回避してみせたんだ! よかったよ! 本当によかった!! メニーも無事に戻ってきて、君も無事で、本当によかった!」


 ね?


「だからさ…」


 ドロシーが顔を恐怖で歪めた。


「その手に持っているものを!! 今すぐに捨てるんだ!」


 あたしは殺意の炎をめらめらと燃やし始める。


「貴様の言い分は分かったわ……。あたしのファースト・キスよりも、キッドやパストリルの命の方が大事だったと言いたいのね……」


 あたしの初めてのキスはね、結婚式で、向かいあったあたしの運命の人が、あたしの頬を優しく撫でて、愛しているよ。僕だけのプリンセスって、そう言って、優しいキスをするはずだったのよ。


 なのに、なのに、なのに!!


「あんな血なまぐさいキスが初めてのキスだなんて!!」


 最っっっっっっ低!!!!!!


「貴様だけは、絶対許さない!!!!」

「いいじゃないか! キスくらい!! どうせ、消費済みだろ!?」


 あたしは黙った。


「え?」


 ドロシーがあたしを見た。


「まさか」


 ドロシーの顔が引き攣った。


「初めて?」


 ドロシーがにやけた。


「君、まさか初めてだったの?」


 その年で?


「ぶふっ!!」


 ドロシーが吹いた。


「あっはははははは!!」


 ドロシーが笑った。


「とんだ箱入り令嬢だね! テリー!」


 ドロシーがはっと顔を青ざめた。


「っ」


 あたしは血走る目をドロシーに向け、狙いを定めて全力投球で包丁を投げつける。ギリギリ、ドロシーの顔の横に包丁が刺さった。

 さくっ、と木に刺さったのをドロシーが横目で確認し、目を見開いて、するりとメガホンを落とし、悲鳴を上げた。


「ぎゃあああああああああ!! この子本気だああああああ!!!」

「許さない許さない許さない許さない」

「こら! また藁人形なんか出して! テリー! やめるんだ! 考え直すんだ! 人を呪わば穴二つ! 罪を憎んで人を憎まず! テリー! 考えてごらん! 実家のお母様が泣いてしまうよ!」

「お前を呪って、あたしも呪われてやる!!」

「やめるんだ!! テリーマン!!」

「えーい! うるさい! だまらっしゃい! はーひふーへほー!」

「あ! メニーが窓から見てる!」

「え!?」


 思わず振り向いて、はっとする。


(しまった!)


 あたしが振り向く頃には、星の杖が光る。


「鼠よ、鼠よ、笛吹きよ、踊れ狂えや隠れんぼ。怒りの気持ちを子供と踊ろう」


 藁人形の藁が伸びて、あたしの体を縛った。


「ふぎゃっ!!」


 ぐるぐる巻きにされ、地面に倒れる。足をバタバタさせる。


「畜生ーーーー!!」

「ああ…。魔法を使わないと大人しくならないなんて…。なんて奴なんだ。君は…。恐ろしい…」


 ドロシーが木から下り、ようやく息をついた。


「これはキッチンに返しておくよ」


 ドロシーが指を鳴らすと、木に刺さった包丁が消えた。あたしは暴れ続ける。


「畜生! 放しなさいよ! このクズ藁が!!」

「いい加減大人しい13歳の可憐な乙女に戻ってよ。困るんだよ。君の暴れっぷりはさ」

「何よ! 悪いのはドロシーでしょ!!」


 顔を上げる。


「お陰でキッドなんかとキスすることになって! どう責任取ってくれるのよ!」

「君達の問題は君達で解決して欲しいもんだね。でも、行って良かったじゃないか」


 ドロシーがあたしの上に乗った。


「君の言う通り、メニーは君を信頼してる」


 ドロシーが屋敷を見上げた。


「今や、一度目の世界とは違う。メニーはベックス家の一員として迎えられ、君の家族となった」


 そして、


「本来キッドはこの時点で死んでいて、吸血鬼の赤ずきんちゃんも存在せず、怪盗パストリルは行方不明だ」


 明らかに違う。


「歴史が違う方向へ進み始めている」


 吉と出るか、凶と出るか。


「さあ、テリー。罪滅ぼし活動は卒業出来そうかい?」

「……分かってるくせに」


 あたしは暴れるのをやめて、ため息をついた。


「死刑にならない未来が、決まったわけじゃない。世の中何が起きるか分からないわ」

「ああ。その通りさ」

「ドロシー」


 メニーはキッドを刺した。


「あの時、もし、あたしが止めてなかったら、メニーはキッドを殺したと思う?」

「ああ。間違いなく殺しただろうね」

「そうなったら、メニーは犯罪者として牢獄に入れられたかも」

「もしくは、催眠を解くための精神病院行きかな」

「メニーが隔離されて、外に出られなくなる。そしたらあたしは確実に助かったかもしれない」


 でもね、ドロシー、


「メニーは帰ってきたわ」


 あたしがまた、メニーを助けてしまったから。


「何もなければ、それでよかったのよ」


 予想外のことがあった。


「キッドは王族であり、リオン様の兄である」


 リオン様との繋がりが見えた。


「あたしを死刑にするのは、メニーだけじゃない」


 死刑は、ハンコが押されて初めて決まるの。ハンコを押したのは?


「リオン様」


 繋がりが見えてしまった。


「ドロシー。ミステリー小説を呼んだことある? 屋敷でのパーティーに招待されて、名探偵が向かうと、パーティーの主催者の美人な妹と、優しい顔をした姉がいるのよ。そして殺されるのは美人な妹。最初は婿が疑われるのだけど」


 犯人は、優しい顔をした姉。


「どんなに顔が優しくても、犯人ってバレるのよ。どこかで矛盾が生まれるから」


 外面と中身のずれ。


「どういうことか」


 メニーにだけいい顔をしていれば大丈夫って問題じゃない。


「『誘拐されたメニーを、あたしが助ける』ことによって信頼は爆上げよ。手に取ったように分かるわ。でも、こうなった以上、気を緩ますことは出来なくなった」


 いつどこで、リオン様が目の前に現れるのか分かったもんじゃない。


「罪滅ぼし活動は卒業出来ない。キッドとの契約も継続中」


 はぁ。


「最悪。今回はメニーの信頼度を上げただけよ。屋敷で待ってればよかった」

「でも屋敷に残っていたら、キッドは死んでいたよ」

「どうかしらね。パストリルが死んで、キッドは生きて帰って来たかも。……どちらも死んでたかも」


 あの地下では死の連鎖が渦巻いていた。


「パストリルも、もしかしたら死ぬ予定だったかもしれない」

「行方不明になったのは、あの地下で死んだから?」

「ええ」

「あの地下で死んだら、そりゃあ見つからないだろうね」


 魔法が解けたら、地下は土に埋もれて無くなるだけだ。


「その前提で考えたら、君は死ぬはずだった二人を助けたことになるな」

「これって何か影響する?」

「どうだろうね。特に何もないと思うけど」


 ドロシーが首を傾げた。


「結局パストリルって、男なの? 女なの?」

「女」

「ああ、そう」

「むかつく女よ」


 眉を吊り上げる。


「教育が行き届いてない子供みたい。正義のヒーローに憧れて、自分の周りの人達以外は全員悪と決めつける。あれは駄目ね。恋人がいても捨てられて当然よ。見た目がいくら美人でも、中身があれじゃあねえ…」

「目の保養なんだろう?」

「見た目だけね」


 ため息。


「また人生を一からやり直せばいいんだわ。物を盗んだだけで命までは奪っていないもの」

「君が同情的だなんて珍しいね」

「ドロシー、大人の女って大変なのよ」


 子供の頃とは違って、誰も助けてくれない。大人になった途端、悪の手が女の心と体を狙って左右から伸びてくる。


「あいつの場合は、頼れる人が突然いなくなった。心の準備も出来ないまま」


 ――私は許さない。


「つけこまれて、騙されて」


 ――壊したのは、貴族。


「ああいう風になるのは、仕方ないと思う」


 あたしだったら騙した貴族全員を殺して回る。


「いけ好かないけど、同情くらいしてあげてもいいわ」


 怪盗パストリルは、悪者ではない。


「あいつは、ただのお人好しの善人だもの」

「僕にもそれくらいの優しさが欲しいね」


 ドロシーが上からあたしを抱き締めた。潰れる。


「重い」

「ねえ、テリー、僕も相当の善人だよ。悪の心に支配された君に、ここまで優しく接してあげてるんだから」

「お前はもう少しあたしに敬意を払いなさい」

「なんで僕が君に敬意を払わないといけないんだよ」

「お前の大好きなメニーを助けたのはあたしよ。ほら、敬意を払え。藁を解け。テリー様ごめんなさいって言ったら許してあげないこともないわよ」

「はっ!!!」


 ドロシーがあたしに乗り直し、体を揺らした。


「だったら君が敬意を払うんだね。君がキッドとメニーとパストリルを助けられたのは誰のお陰かな? そうさ。最強の魔法を与えた僕がいたからさ。今なら許そう。ドロシー様、ごめんなさいって言ったら藁を解いてあげよう」

「くたばれ。ドロシー」

「あれー? そんなこと言っていいのー?」


 ドロシーがにやりとした。


「今の君は縛られた鼠同然。さあて、どうやって今までの恨みを晴らしてくれようかなー? かなかなー?」

「ふざけんな! 触るな! あたしに触るな! その汚い手で美しいあたしに触るな!」

「げへへへ! どうしようかなー? どうしてくれようかなぁああーーー?」

「ドロシーーーー!!」



 ――――花が揺れた。



「っ」


 ドロシーが振り向いた。


「………」

「うぐぐ…! 解けない…!」


 あたしはばたばたと暴れ回る。


「畜生! さっさと解け! 役立たずの魔法使いのくせに!」

「…………そうだそうだ。忘れてた」


 ドロシーが立ち上がり、杖を一振りした。あたしの体を縛っていた藁が簡単に緩む。


「ねえ、テリー、訊きたいんだ」

「ああ、最悪。ネグリジェが汚れたわ。着替えないと」

「パストリルの隠れ家にいた時」


 ドロシーがあたしを見た。


「紫色を見なかった?」

「……紫?」

「そう。紫」

「色なんか気にしてる余裕なかったわよ」


 紫ね。


「そうね」


 強いて言うなら、


「呪いの副作用か何かで、パストリルの目の色が紫色になったくらいかしら」


 土を払いながら立ち上がる。


「あたし、飴の魔法使いがあんたを呪ってるわよって忠告してあげたのに、あいつ、飴の魔法使いは救済者だって言って聞かなくて、その後に幻聴まで聞くようになってた」


 あの方が、君を殺せだって。


「お陰であたしは殺されかけたわよ」


 ドロシーが黙った。


「大変な思いをしたのに、結局罪滅ぼし活動もキッドとの契約も卒業出来ない」


 ああ、


「あたし、なんて可哀想なの!」


 木に寄り添う。


「ああ、もう最悪。最悪よ」


 あたしこそ、悲劇のヒロインだわ。


「神様に弄ばれてるみたい!」


 ハンカチを目頭に当てる。


「あたし、可哀想!!!」


 およよよよよ!


「ああ、あたしの運命の王子様! 早く迎えに来てちょうだい!」


 メニーから、キッドから、罪滅ぼし活動から、


「あたしを早く解放ちょうだい!!」


 おーーーーよよよよよ! あたし、超可哀想!! およよよよーーー!!


 木に泣き喚くあたしの後ろで、






 ドロシーが一人、眉をひそめる。







「…………………」


 ドロシーが息を吸う。


「っ」




 唄う。





 会いに行こう 会いに行こう

 偉大な魔法使いに 会いに行こう

 怒ってしまった魔法使い

 これは謝りの旅

 会いに行こう 会いに行こう

 脳なしを連れて

 空っぽを連れて

 弱虫を連れて

 スキップ スキップ らんらんらん

 偉大な魔法使いに 会いに行こう





 ドロシーの目が動く。



「オズ」



 見下ろす。



「お前か?」



 テリーの花が揺れる。






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