第12話 カーニバル、二日目(2)
監視カメラが町中を眺めている中、あたしとサリアは手を繋いで歩いていく。
「ねえ、サリア。人はどうして恋をするの?」
「子孫繁栄のためでしょう。本能が求めてるんです」
「本能が求めているなら、指定の相手を選ぶのはなぜ?」
「ご飯と同じです。好きなご飯は好きですし、嫌いなご飯は嫌いでしょう。私だってそうです。生き物には好みがあります。だから特定の人物を好きになる」
「サリアは好きな人いる?」
「今の私には、テリーがいますから」
「別に恋路は邪魔しないわ」
「うふふ。有難いですね」
サリアとレンガと岩の道を歩いていく。
「サリア、次はどこに行く? 建物が無くなってきた」
「そうですね」
「サリア」
「えーと」
「サリア?」
サリアは歩く。
「サリア、どこに行くの?」
あたしの手を繋いで真っ直ぐ歩いていく。
「サリア」
建物が無い。
「ねえ、ここどこ?」
雑草の生えた静かな場所。
「サリア」
海の波の音が聞こえる。
「サリア」
あたしは帽子を押さえながらサリアと歩く。
「サリア」
「着きました」
サリアとあたしの足が止まる。何もない草原。草が風になびかれ揺れ、太陽はまだ上にある。明るい昼下がり。周りにあるのは草だけ。ふと、サリアが笑った。
「うふふ」
サリアが辺りを見回した。
「見事に何もありませんね」
「ええ。草しかない」
目の前に広がるのは草原だけ。
「まあ、仕方ないでしょう。残っているとは思ってませんでしたから」
「ここに何かあったの?」
「ええ」
サリアがにこりと笑って、あたしを見下ろした。
「ようこそ。テリー」
サリアの手に、微かに力が入った気がした。
「私の実家です」
伸びきった雑草が風に吹かれて揺れる。潮の匂いがする。あたしの髪とサリアの髪が揺れる。二人の目が見る先には、草しか残っていない。それと、よく見ると、そうね。レンガがあったような跡と、古びた木の板が草に巻かれて倒れていた。
「……ボロ屋でしたし、周りはご覧の通り、誰も住んでおりませんでした。父は漁師で、船を持ってました。だから食べ物にも困らなくて、町に用事が無い限り、私はここで野良の動物と遊んでました」
その跡はどこにもない。
「何年か前に、タナトスで大きな工事があったと聞きました。その時に片付けていただいたのでしょう」
さっきよりも近くなった海に、サリアが振り向いた。遠くを見つめる。
「ちょっと気になってたんです。我が家がどうなっているか。でも、やっぱり、ありませんね。跡形もなく、残ってません」
サリアが微笑んだ。
「懐かしい」
サリアが、もう一度草原に振り向き、そっと、あたしの手から離れた。足を進ませ、一人で雑草が伸びた草原に入っていく。あたしに振り向き、地面を指差す。
「ここがリビング、家族とご飯を食べてました」
サリアが移動する。
「ここは、キッチン、向かいの部屋に」
サリアが移動する。
「ああ、ここが、寝室」
「三人で、寝てました」
「狭い部屋に三つベッドを並べて」
サリアが移動する。
「狭い家でした」
「玄関とリビングが繋がってて」
「部屋はそのリビングと、トイレとお風呂場と、寝室だけ」
「でも、幸せだった」
「母と魚料理を作って、父を待つんです」
「父は毎日新鮮な魚を取ってきてくれました」
「やがて」
「私がいなくなって」
「帰ってきて」
「元に戻ると思ったら」
「母が流行り病で亡くなりまして」
「父と私だけになり」
「………………………………」
サリアが、息を吸って、溜まった息を吐いた。
「私は、一人になりました」
サリアが草を踏んだ。
「同情してくださった父の友人が、孤児院に入れてくれました。そこで…」
お会いしました。
「アンナ様は、偶然お仕事の関係でタナトスにいらっしゃっていたようです」
そして、彼女の帽子を見て、私は謎を解きました。
―――ねえ、おばあちゃん。貴女の帽子、三ヶ月後にはぼろぼろになってるわよ。
―――あら、お嬢ちゃん、どうして?
―――中心の糸がほつれてるもの。そうね。見たところ、貴女はその帽子を何度も被ってるみたい。でも残念。その帽子の命は三ヶ月よ。
―――面白いことを言うのね。三ヶ月後、帽子がぼろぼろに崩れてしまうだなんて。でもね、お嬢ちゃん、この帽子は作り立てなの。
―――うふふ。だとしたらおばあちゃん、貴女はとっても運が悪いわ。きっと帽子職人さんがどこかで手順を間違えたのね。その帽子はとっても丈夫に見えるけど、三ヶ月しか持たないわ。私、そういうの分かっちゃうの。
―――まあ、面白いこと。いいわ。三ヶ月様子を見てみましょう。
「三ヶ月後、アンナ様は違う帽子を被って孤児院にいらっしゃいました」
―――お嬢ちゃん、すごいわね。あの帽子はね、丁度昨日、糸がほつれて崩れてしまったの。
―――あら、災難だったわね。おばあちゃん。可哀想だから私のハンカチをあげるわ。
―――まあ、素敵なハンカチ。これを私にくれるの?
―――友達のマーラがくれたの。ちょっと汚れてるけど可愛いでしょう。大切なハンカチなの。だけど、おばあちゃんにあげるわ。
―――貴女、お名前はなんて言うの?
―――サリア。
―――サリア、誰かの面倒を見るのは好き?
―――私、この中では結構お姉さんなの。お父さんが生きてた時は、お父さんのお世話もしてたわ。
―――へえ。そうなの。ところでサリア、城下町に行ったことはある?
「私の初めての出勤日のことは、今でも覚えてます」
奥様と元旦那様の結婚式。
「アンナ様の横で、お二人を眺めてました」
沢山先輩にご指導いただきました。
「一年後、アメリアヌが生まれまして」
―――サリア。ちょっとアメリアヌを。
―――はい。
「その一年後、テリーが生まれて」
―――サリア、テリーを。
―――よしよし。
「貴女は私に唾液をつけるのが好きな子で」
―――あう。
―――テリーお嬢様、唾をつけないでください。
―――あーあ。
―――テリーお嬢様、おしゃぶりです。
―――びゃあああああああ!!
―――テリーお嬢様、泣かないでください。
「……ふふっ。大きくなりましたね」
正面からサリアがあたしを見つめてくる。
「なんだか、娘を見ているようです」
「サリア、何歳なの?」
「まあ。テリー。乙女に年齢を訊くだなんて、よございませんね」
サリアが草原から歩いて来た。
「ここには、私の思い出が詰まっております。この潮の匂いを嗅げば、ずっと解けていない行方不明事件での出来事を思い出すと思ってました」
「でも、何も思い出せません」
「なんて不思議なことなんでしょう」
「おかしい。実に不可解で不可思議です」
「私はここで過ごして、笛の音を聴いたはずなんです」
「笛の音が聴こえた途端、ベッドから出たんです。楽しいことが始まると思って」
「それから何も覚えてないんです」
「ずっと考えているのですが」
「何も思い出せない」
「何も」
「…………」
草がこすれる音が響く。あたしは帽子を押さえた。
「笛って何?」
「笛の音が鳴ったんです。私達がいなくなる前に」
「誰が吹いてたの?」
「覚えておりません。でも、誰かが吹いてました」
「どんな笛?」
「覚えていたらその笛を辿るのですが、テリー、何も覚えてないんです」
「宇宙人?」
「いいえ。それは違います」
「催眠術師?」
「いいえ。それは違います」
「魔法使い?」
「魔法使い………」
サリアが呟き、瞼を閉じた。
「魔法使い………」
サリアが親指で額を叩いた。
さん、に、いち。
「………………」
サリアがぽつりと唄った。
鼠に悩む国の町
とある日男がやってきて
全ての鼠をけちらした
金貨五枚のお仕事さ
しかし金貨は貰えずに
人間皆男を無視した
怒った男は笛を吹き
子供を連れていったのさ
子供は手紙を残したよ
海を泳ぐと書いたのさ
散歩に出ると書いたのさ
三日月の夜には月明かり
光り輝くあなたに会いたい
「……パストリルはなぜこの唄を残したのでしょうね」
まるであの時のことを唄っているみたい。
「テリー、当時、タナトスの町では鼠騒動があったんです」
「鼠騒動?」
「ええ。鼠が大量発生しまして、処理に追われている大人達が困っていました」
そうだそうだ。
「そうだった。そういえばそんなことがありました」
そんな時に、
「急に、気がついたら、ぱたりと鼠がいなくなったんですよ」
とても不思議なことです。
「あれは、何だったのでしょう」
そして、
「その後、なぜ私達は笛の音につられてベッドから抜けたのでしょう」
怒った男は笛を吹き、子供を連れていったのさ。
「男が魔法使いであるならば、納得がいく」
魔法の笛で私達を連れ去った。
「大人達は魔法使いに悪事を働いてしまった。そして子供が盗まれた。反省した大人達はもう二度と子供が盗まれないように」
監視カメラを設置した。
「何が何でも犯人を捕まえるために」
タナトスには、監視兵と、監視カメラが置かれた。
「カーニバルは三日三晩続けられる」
楽しい笛の音と共に踊り明かす。子供は盗ませない。大人が見張る。楽しい音に人々が釣られる。その中に、男がいれば、
「ふふ」
サリアが目をすっと開けた。
「これが私の答えです」
子供泥棒は魔法使いだった。タナトスの大人達のしでかしたことに怒って、盗んだ子供達の記憶を消した。それから返した。そうすることによって人間達に伝えた。もう悪いことはしちゃいけないよ。
大人達は愚かにも男の行動に激怒した。男を捜して、カーニバルを開いた。
「……………はあ、すっきりした」
サリアの瞳が輝いていく。
「私、とてもすっきりしました」
サリアが笑顔になっていく。
「これ以上の答えはありません」
「サリア」
あたしは眉をひそめる。
「まず確認させて。ねえ、前から思ってたけど、サリアは魔法使いがいるって信じてるの? 魔法使いは全滅したのよ」
「テリー、全滅しただなんて、誰が言ったんですか?」
人間ですか?
「人間は嘘つきですよ。魔法使いがもしもまだ存在していたら、あり得る話です」
「ねえ、サリア、あたし、サリアの推理力はすごいと思うし、タナトスの事情なんて知らないけど、そんな都合のいい話ある?」
「都合がいい話があるから、怪盗パストリルは不思議な目を持って、令嬢達の心を盗まれるのでしょうね」
あたしは黙る。サリアは微笑んだまま、話を続けた。
「テリー、私は貴女を誘惑しました。このタナトスに来たかったからです。この謎をどうしても解明したかった。でも、それが終わりました。さあ、私はもう自由な時間を手に入れたのです。また新たな謎を解かなくては。とすると、次は貴女の謎を解明する番」
「謎?」
「どこから予想していきましょうか」
テリーが、なぜタナトスに来たのか?
「あたし、舞踏会に出たかったのよ」
「なぜ?」
「メニーが誘拐されて、楽しめなかったから」
「そうですね。それもあるかもしれません」
でも不思議ですね。
「貴女は仮面舞踏会に行きたくなくて、わざわざ大切な髪を切ったのに、タナトスの舞踏会には出たいのですか? ふふ。おかしな話」
サリアが考える。
「私は、変な違和感を感じるんです」
「違和感なんてないわ。あたし、楽しみたいの」
「テリーには別の目的があるのでは?」
「別の目的?」
あたしは笑顔で首を振った。
「そんなもの、別にないけど。サリアったら何言ってるの?」
「テリー、実は私、謝らなければいけないことがあるんです」
「ん?」
「私、見ていたから知っているんです」
「何が?」
「キッド殿下のことです」
…………。
あたしとサリアの間に、冷たい風が吹いた。
「…………ん?」
あたしは引き攣る口角を上げた。
「………何?」
「キッド殿下です」
「な」
「見てたので」
「見てた?」
「知ってるんです」
――――まさか。
あたしは固唾を呑んだ。
(キッドからの手紙を渡してくるのは、サリアの時もあった)
(キッドからの電話を受け付けたのも、サリアの時もあった)
まさか。
「………サリア、まさか、手紙を……」
「ごめんなさい。気になってしまって」
サリアが目を逸らした。
「テリーと、彼の関係を」
「サリア」
あたしは鋭い目でサリアを見た。
「誰かには」
「言ってません」
「言っちゃ駄目よ」
「ええ」
「これは二人の秘密よ」
「ええ」
「…………サリア」
あたしはとうとう白状した。
「勘違いしないでほしいの。あたし、知らなかったのよ。キッドが王子だって。だからその…、…別に文通する相手でもなかったんだけど、あいつが勝手に送ってくるから仕方なく受け取ってただけなの」
「どちらでお知り合いになったんですか?」
「アメリが誘拐された時」
「まあ、そんな前に」
「その時に、たまたま力になってくれて、…誘拐犯も捕まえてくれた」
「そうですか。キッド殿下だったんですね」
「その後、その、……メニーとクロシェ先生が通り魔事件に巻き込まれたでしょう? あれも…」
「そうですか。あれもキッド殿下が…」
「そうなの。色々世話になってたから、ただ、その、遊び相手になってあげてただけなの。別に、本当に婚約なんてしてないわ。これは本当よ」
「………………」
婚約、と訊いてサリアが顔をしかめた。
(え?)
サリアが口を押さえた。
(ん?)
「…………テリー」
サリアが目を逸らした。
「白状します」
「ん」
「私は何も知りません」
「………ん?」
「私は今、貴女に罠を張りました」
ほら、貴方が部屋に引きこもってふさぎ込んでいる時があったでしょう。
「あの時、貴女が唯一キッド殿下という言葉に反応した」
―――テリー、寝てばかりだと太りますよ。何をそんなに落ち込んでいるのですか?
―――当てましょうか。
―――メニーお嬢様の件はお気の毒でした。目の前で連れ去られて、ショックも大きかったと思います。
―――今、兵も警察も動いております。なんでも、第一王子が動いて、国中の舞踏会に行っては怪盗を探しているだとか。
―――お会いしましたか? 第一王子。
―――第一王子はリオン様ではなく、リオン様には上にもう一人ご家族がいらっしゃって、その方が第一王子だったと。
「キッド様と仰るとか」
「知らない。どうでもいい」
サリアは頷いた。
―――そうですね。どうでもいい情報でした。
サリアは違和感を感じて、あたしを見つめた。
―――王子が二人であろうとなかろうと、我々にとってはどうでもいい情報です。失礼いたしました。
「違和感を感じたんです。なぜ『キッド』様の名前に反応したのか」
最初は恋に落ちていられるかと思ったのですが。
「何やら様子が違う。だから、引っかけてみました」
見ている。知っている。気になったから。ごめんなさい。
「って言っただけです」
そしたら、貴女からべらべらとお話してくれました。
「ねえ、テリー」
サリアがにっこり笑って、あたしの前でしゃがみ、その笑顔をあたしに向けた。
「婚約って、何の話ですか?」
「……………」
「それ、奥様が知ってる話ですか?」
「……………」
「それ、誰かが知ってる話ですか?」
「……………………………」
「テリー」
サリアの目が光った。
「詳細を」
サリアの強い視線に冷や汗が流れ、あたしの口が勝手に動き出した。
「………婚約してるふりしてくれたら、ボディーガードになってくれるって言うから、……なったら、なんか気に入られて………そのまま……二年が………経過しました」
「婚約してるふり」
「……そう。だから、……本当に好き合ってるわけじゃなくて……」
ただ、
「あたしを利用して、あたしもキッドを利用してる、そんな関係で……」
でも、
「あたし、キッドが王子だってこと、本当に知らなかったからやってたの」
サリア。
「サリアって本当にすごいわね」
間違ってない。
「そうよ。キッドに恋をしたの。一瞬だけだけど」
目がくらんだのよ。
「でも、好きになって、近づきたいって思った直後に、怖いことされた」
本気でキスされそうになった。手を離してくれなかった。王子だって知って、混乱して、家に帰って頭を整理したかったのに、あいつ、帰らせてくれなかった。追いかけて、捕まえて、あたしを城に閉じ込めようとした。
「乙女を怖がらせるなんて最低よ」
そのキッドが怪盗パストリルの挑戦を受け、タナトスに来ている。
「ねえ、男が女を怖がらせて、怯えた女は黙ってると思う? あたしは貴族よ。黙って怯えて体を震わせるだけなんてつまらない真似はしない」
貴族は立ち上がるのよ。
「あたしの目的は一つだけ」
サリアじゃない。
メニーじゃない。
怪盗パストリルじゃない。
「キッドへの復讐よ」
「メニーを誰よりも先に見つけ出す」
「王子より先に手柄を取るのよ」
「サリア、止めてもあたしは聞かないんだから。今や、あたしは復讐の鬼と化したのよ!」
あたしの繊細な心を傷つけたキッドに、一泡吹かせてやるまで、帰るものか!
「それがタナトスに来た目的」
サリアがあたしを見つめる。
「ねえ、馬鹿だと思う?」
「馬鹿だなんて」
サリアがあたしの両手を優しく握った。
「馬鹿なのはキッド殿下の方です。可愛い貴女を傷つけるなんて、許せません」
「そうでしょ。サリア。あたし可哀想なの」
「痛いことをされませんでした?」
「痛かったわ」
「苦しいことをされませんでした?」
「苦しかったわ」
「ああ、可哀想に。テリー」
サリアが立ち上がり、あたしを抱きしめた。
「私達の可愛いテリーを婚約者扱いした挙句、城に閉じ込めようとしたなんて、なんて酷い王子様でしょう」
「そうなの。サリア、あいつクソ野郎なの」
「私に何か出来ることはありますか?」
「サリアを巻き込む気は無いわ。サリアには関係ないもの」
サリアの背中を撫でる。
「でも、そうね。メニーを先に見つけるために、ちょっと知恵を借りたい」
「貴女のためなら、いつだって協力します」
「……サリア、あたしを止めないの?」
「どうして?」
見上げると、サリアは優しく微笑むだけ。
「止めてほしいのですか?」
「そうじゃないけど」
「止めても止まらないでしょ。分かってます。アンナ様がそういうお方でしたから」
サリアがあたしの肩を撫でた。
「貴族同士の事情は、私には分かりかねますが、テリーが酷く傷ついたというのでしたら、私が出来る限りのことをしましょう」
「サリア」
「テリー、これだけは伝えておきます」
これは、100%の予想です。
「怪盗パストリルは現れます」
ねえ、テリー、宿に行く前に、兵士が道を塞ぎましたよね。
「あれは、キッド殿下がその先の宿にいらっしゃったからでしょう。だから道を塞いだ」
「……腑に落ちた」
「キッド殿下はもうタナトスにいらっしゃいます。そして、怪盗もいる」
メニーお嬢様もいらっしゃることでしょう。
「仮面舞踏会は一緒に入りましょう。テリー。私、裏を回ってみます。迷子になったふりをして、メニーお嬢様がいないか探してみます」
「無理はしちゃ駄目よ。サリア」
「ええ。テリーも無理はしてはいけません。なので、通信機を揃えましょう。それをドレスの中に隠して、私と情報を交換し合うのです」
「確かに、その方が効率がいいわね」
「それからあれも準備しましょう」
「うん」
「それとこれも」
「……」
「あれとこれとそれとこれとまたこれとあれも揃えて」
「……………」
あたしは瞬きをして、サリアを見る。
「ねえ、サリア」
「はい」
「あの、」
気のせいだったらごめんなさい。
「なんか楽しんでない?」
「え? 何をおっしゃいますか。テリー」
サリアが眉を下げて、あたしを見つめる。
「私は貴女のお力になりたいだけです」
「ああ、そうよね。うん。本当にありがとう」
「テリー、こういうの潜入捜査って言うんですよね。私、本で読んだことがあるんです」
「…………」
「テリー、作戦会議をしましょう。作戦は大切です。帰ってからその話とあれとこれの話をしてからこれとあれとそれの話をしてあれとこれとこれとあれの話をまた話し合って」
「……サリア」
勘違いだったらごめんなさい。
「楽しんで…」
「テリー、ぐずぐずしてはいられません」
サリアがあたしの手を握った。
「さあ、テリー、お店へ急ぎましょう。無線機が置いてあるはずです。探さねば」
「ねえ、サリア、楽しんで…」
「何をおっしゃいますか。うふふ。テリーったら。別に楽しんでません。こんな暇つぶし、楽しむわけないじゃないですか。ああ、退屈出来ない。仕事がたんまり。謎が沢山! さあ、行きましょう」
「……絶対楽しんでる……」
あたしとサリアが歩き出した時、強い風がふわりと吹いた。
「あらっ」
「わっ」
あたしの帽子が風にさらわれた。
「あ、帽子」
あたしは振り向いた。
―――――――途端に、自分の目を疑った。
「…………………………え?」
あたしの手が、サリアから離れた。
「サリア」
「テリー?」
「そこにいて」
「テリー、どこへ」
「すぐ戻るから」
「テリー、駄目です」
「待ちなさい」
「テリー、戻って」
「待ちなさい!」
あたしはその後ろ姿を見て、走り出した。
「メニー! 待ちなさい!!!!」
草原の中、あたしは美しい少女の背中を追いかけた。




