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おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい  作者: 石狩なべ
四章:仮面で奏でし恋の唄(前編)
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第9話 メイドは推理オタク


 新聞記事には、仮面舞踏会でのことが大きく書かれていた。

 怪盗が残した唄も。人質がいることも。事細かに、大雑把に、乱暴に、正しい情報なのかもわからない情報が載せられていた。


 メニーが誘拐されたと聞いて、ママは平気な顔を見せた。今まで以上に、それこそアメリが誘拐された時よりは冷静だったと思う。家族として受け入れると決めたが、やはり血の繋がる娘じゃないから、ママはそこまで心配していないのだろう。


 ―――と思われていた。


「ギルエド、陸軍の連絡先はどう調べたらいいのかしら。用があるのよ」

「奥様、そのような方々にどのようなご用件でしょうか」

「海軍のリストはどこだったかしら」

「奥様、そのような方々にどのようなご用件でしょうか」

「仕方ないわね。空軍」

「奥様」


 ギルエドが困ったように、しつこいママを止めていた。やはり冷静ではなかった。


 メニーがいなくなった部屋の前では、ドロシーがうろうろとしている。その光景を見て、アメリがドロシーに言った。


「あんたの小さな主はちょっと出かけてるのよ。私が面倒見てあげるから、安心なさい」


 聞いた猫は、不安そうに眉をひそめた。


 ―――――あたしといえば、


「テリーお嬢様」


 サリアが扉をノックした。


「ニクスから、お手紙が」


 返事はしない。


「お食事はとってますか? ドリーが心底落ち込んでおりましたよ。自分の腕が落ちたのかもしれないと言う始末です。ケルドもテリーお嬢様に少しでも食べていただけるよう、キャベツの千切りばかり切っております。このままでは、厨房がキャベツだらけになってしまいますので、どうか、ご飯くらいは食べてあげたらいかがですか?」


 返事はしない。


「生理になってお腹が痛いと言っていたのはテリーお嬢様ですよ。お薬をお持ちしましたので、開けていただけませんか? まさか、この頑丈な扉の隙間を探してそこから入れろだなんて、仰いませんよね?」


 返事はしない。


「何か食べないと、薬も飲めませんよ」


 返事はしない。


「ニクスからのお手紙を音読しますよ」


 扉を開けた。

 スープを乗せたトレイを地面に置いて、手紙の封筒を本当に開封して、今にも読もうとしていたサリアが、あたしを見下ろした。


「……食欲無い」


 呟くと、サリアが屈んだ。あたしの頬をそっと触り、目元に指を滑らせる。


「すごいお顔ですこと。目の隈が酷いです。もっとよく見たいので入ってもいいですか?」

「……好きにして」

「失礼いたします」


 手紙をあたしに渡して、トレイを持って、サリアが部屋に入る。あたしは歩きながら封筒を開封し、ベッドに横になり、その手紙を見た。



 ―――親愛なるテリーへ


 こんにちは、テリー。お元気ですか?

 突然ですが、新聞、読みました。大変だったみたいですね。

 新聞もテレビもラジオも、怪盗パストリルの話題で持ちきりです。

 キッドさんが第一王子だったというのも、とても驚いています。

 テリーは、知っていたのでしょうか?

 僕は知らなかったので、とても失礼な態度を沢山取っていたなと思って、心臓がどきどきしています。でも、キッドさんはそんなの気にする人ではないでしょうから、多分、僕は何もされないでしょう。多分ね。ふふっ。これで死刑にでもされたら困ってしまうよ。


 テリー、大丈夫? 僕ね、テリーのことが心配なの。

 家族が誘拐されるって、僕には経験が無いから分からないけど、でも、僕もお父さんがいなくなった時、とても不安で、心配で、ご飯も喉を通らなかったから、テリーもそうなんじゃないかと思って。


 僕の思い過ごしだったらごめんね。


 テリーが不安な気持ちでいるのに、君の傍にいてあげられないのが、悔しくて仕方ない。喜怒哀楽で、今の君はどの感情かな? 

 どんな感情でも、テリー、大丈夫だよ。絶対に大丈夫だからね。


 僕には言葉を送ることしか出来ないけど、それでも、テリーが少しでも笑ってくれたら嬉しいな。哀しい顔をしていなきゃいいのだけど。僕、笑ってるテリーが好きだよ。

 でも、泣きたい時は素直に泣くべきだし、怒りたい時は怒るべきだ。怪盗パストリルに怒りたいなら、僕と一緒に怒ろうよ。僕、ラジカセに向かって夜に言ってるんだ。

 よくもメニーを誘拐してくれたな! お前なんて、キッドさんに捕まっちゃえ! って。……この間、おばさんに聞かれちゃって、すごく恥ずかしかったんだから。


 今、キッドさんも動いてくれてるらしいね。キッドさんがいるなら大丈夫だと思う。僕のことも助けてくれたし、お父さんのことも、何とかしてくれた。


 ねえ、テリー。怪盗パストリルって、もしかして、中毒者ではないよね?


 キッドさんが動くから、そうなのかなって思ったんだけど、僕の考えすぎかな? 何でもかんでも中毒者だと思うのは良くないね。ごめんね。僕はもしかしたら、呪いの飴の記憶に囚われているのかもしれない。傷ついたことって、なかなか忘れられないから。


 でも、そういうのは、大人になったら忘れるんだって。おじさんが言ってたの。不思議だね。こんなに辛いのに、大人になったら忘れるなんて。魔法みたい。


 テリーも、無事にメニーが帰ってきて、辛いことが忘れられますように。僕はここから女神様に祈ってます。


 それじゃあね。テリー。またお手紙書きます。



 ニクス




 P.S



 この間はごめんね! 気づかずに、二時間も話し込んじゃって! テリー、執事さんに怒られたんでしょう? 本当にごめんね。電話は三十分にしようね。僕も注意します。それでは。


 今日もテリーが笑顔でいられますように。






(……ニクス、大好き……)



 ニクスの手紙をぎゅっと抱きしめて、シーツを頭まで被る。サリアがベッドの前に椅子を置いて座り、トレイを棚の上に置いた。


「テリー、少しでもいいので、どうか」

「……」

「お薬、飲めませんよ」


 あたしが黙ったまま体を起こす。サリアがトレイをあたしに渡す。黙って受け取って、スプーンを持って、すくって、スープを飲む。


(……暖かい)


 優しい野菜の味が、ふわっと広がる。


(美味しい)


 スプーンが進む。


(美味しい)


 ゆっくり、飲み込む。


(あたしの栄養になる)


 ゆっくり飲み込む。


(まだ生きていける)


 飲み干した。トレイをサリアに返す。


「はい。お薬と、お水です」


 サリアに渡され、受け取る。玉の薬を口に含んで、水で流す。


 お腹の痛みがこれで緩和される。きっとだるさもなくなる。


(……満足)


 ベッドにまた体を倒す。


「テリー、寝てばかりだと太りますよ」


 返事はしない。


「何をそんなに落ち込んでいるのですか?」


 サリアは疑問に思う。


「当てましょうか」


 サリアは推理する。


「その感じは、何かがあったのでしょう」


 サリアは考える。


「メニーお嬢様の件はお気の毒でした。目の前で連れ去られて、ショックも大きかったと思います」


 サリアは考える。


「今、兵も警察も動いております」


 サリアは考える。


「なんでも、第一王子が動いて、国中の舞踏会に行っては怪盗を探しているだとか」


 サリアは考える。


「お会いしましたか? 第一王子」


 サリアは考える。


「第一王子はリオン様ではなく、リオン様には上にもう一人ご家族がいらっしゃって、その方が第一王子だったと」


 サリアは考える。


「キッド様と仰るとか」

「知らない」


 うずくまる。黙ってほしかった。


「どうでもいい」


 サリアは頷いた。


「そうですね。どうでもいい情報でした」


 サリアはあたしを見つめた。


「王子が二人であろうとなかろうと、我々にとってはどうでもいい情報です。失礼いたしました」


 サリアが頭を下げる。


「さあ、後片付けをしないと」


 サリアがトレイの上を整理する。


「テリーお嬢様、お腹は痛くありませんか?」

「…………痛い」

「そうですか」


 スプーンとフォークを並べる音が部屋に響く。


「…………サリア」

「ん?」


 サリアの手が止まる。あたしはうずくまったまま、口を動かす。


「恋ってしたことある?」

「恋? まあ。素敵な単語ですね」

「………」

「何度かありますよ」

「…………」


 あたしはシーツから顔を出し、サリアに振り向く。


「あるの?」

「ええ」

「どこで?」

「初恋は、この屋敷」


 私が14歳の頃。


「ここに新しい使用人が来まして。仕事を教えている間に、年も近かったということもあり仲良くなりました。距離が近づいて、生まれて初めて、胸が高鳴るという感覚を覚えた時期があります」

「……その人、今は?」

「ご実家に帰られました。農家を継ぐって」

「…………告白は?」

「しませんでした」

「…………そう」

「それから、しばらくは寂しかったですね」

「ついて行こうと思わなかったの?」

「ここを離れたら、私の居場所はありません」

「……居場所は、大事よね」

「ええ。なので、残りました。淡い思い出です」


 サリアが思い出す。


「その後、奥様の勧めで、三年ほど学校に通わせていただいたことがあります」

「資格を取った所?」

「ええ。18歳まで通いまして、そこで二度目の恋が」

「一緒に勉強してた人?」

「先生に」

「…………先生」

「二十上で、奥様がいらっしゃいました」

「サリア、趣味が渋いのね」

「今まで会ったことのないタイプの男性で、知っていくうちに恋をしてしまいました」

「どこが好きだったの?」

「声が」

「声?」

「心地いい声で、勉強を教えてくださるんです。その時間がすごく好きで」


 ずっとこの人の傍にいたいと見つめていても、現実は簡単ではございません。


「人の心は、動かそうと思って動くものではありません」


 どんなに声をかけても、近づいても、


「人の心の謎だけは、答えが分かりません」


 サリアが椅子からベッドに移動し、腰を掛けた。手を伸ばし、あたしの体を撫でる。


「突然、どうしました?」

「………何となく」

「そうですか。何となくですか」


 サリアがあたしの優しく頭を撫でる。


「足は、まだ痛みますか?」

「痛い」

「そうですか。裸足で帰ってきましたものね」


 サリアがあたしを優しく撫でる。


「ガラスを踏まなくて良かった」

「…………」

「アメリアヌお嬢様も心配されてますよ。お顔だけでも、お見せしてはいかがですか?」

「……サリア」

「はい?」

「ん」


 あたしは隣を叩く。それを見たサリアが口を押さえた。


「まっ。テリー。私を誘うだなんて。それもベッドの上だなんて、なんて不埒なんでしょう」

「サリア」

「はいはい」


 サリアが靴を脱いでベッドに横になる。シーツの上に乗り、あたしをそっと抱きしめた。包まれた体が途端に暖かくなる。サリアがあたしの背中をとんとん叩く。あたしはふう、と息を吐いた。


「サリア、…暖かい」

「暑くありませんか?」

「大丈夫」


 あたしはサリアの胸にすり寄る。


(……あったかい)


 良い匂いがする。


(……石鹸の匂いだ)


 良い匂い。サリアの匂いだ。もっと感じたくて、目を閉じる。


「そうだ。テリー」


 サリアに声をかけられ、目をサリアに向ける。


「怪盗の唄ですが、答え合わせをしませんか?」

「……もう分かったの?」

「ええ」


 サリアは微笑んで頷いた。


「簡単でした」

「流石ね。サリア」

「気分を紛らわせるのにいかがですか? ヒントは沢山出しますよ」


 枕に手を乗せて、得意げに笑うサリアを見つめる。


「それ、城に連絡した方がいいんじゃない?」

「でも、当たっているか分かりませんから」

「サリアの答えが外れる時なんてあるの?」

「ありますよ。人間ですから、正しい答えばかりなんて当てられません」

「サリアも間違えるの?」

「どうです? 当たってるか外れているか、テリーが考えてみてください」

「……分かった。聞く」


 耳を構える。


「どうぞ」

「鼠に悩む国の町、とある日男がやってきて、全ての鼠をけちらした、金貨五枚のお仕事さ、しかし金貨は貰えずに、人間皆男を無視した、怒った男は笛を吹き、子供を連れていったのさ」


 これ、


「実際に起きた誘拐事件を表しているんです」

「……誘拐事件?」

「二十年前に、町中の子供が一斉に誘拐されるという事件がありました。残ったのは、赤ん坊、足の悪い子供、病気の子供、立って歩けない子供が唯一助かったとされる事件です」

「犯人は?」

「見つかっておりません」

「子供達は?」

「ええ。全員無事に見つかりましたよ。……ただし、誘拐されてた記憶が一切なかったそうです」

「全員?」

「ええ。助かった全員、誘拐されていた期間のことを、誰一人として覚えていないのです」

「…その後どうなったの?」

「それだけです。それ以降も子供達はすくすく育って、何も無い、平凡な大人になりました。……記憶を思い出した者は、誰一人いません」

「……おかしな話」

「ええ、ですので、行方不明事件。もしくは、誘拐事件、とされております。でも怪我人もいなかったし、全員無事に戻ってきたし。何とも言えない、とてもおかしな話です」


 さて、続きを。


「『子供は手紙を残したよ。海を泳ぐと書いたのさ』。ここで、海がある街というのは分かりますね?」

「…港町ってこと?」

「『散歩に出ると書いたのさ』。…つまり、子供達が夜でも昼でも歩ける安全な港町」

「…そんな所ある?」

「『三日月の夜には月明かり、光り輝く貴方に会いたい』。…つまり、三日月の夜、三日月は二週間後です。二週間後に開かれる舞踏会がある港町。誘拐事件があった港町。夜でも昼でも子供達が出歩いてておかしくない平和な街」


 サリアが微笑む。


「二週間後、カーニバルがある街があります」

「カーニバルは三日三晩続きます」

「子供が夜歩いていても、昼に歩いていても、大人達が子供を見ています。町中に監視カメラが設置されているので、とても安全な街と呼ばれております」

「タナトスという港町です」


 サリアがあたしの肩を撫でた。


「私の故郷です」

「………サリアの、故郷?」


 サリアが頷いた。


「ええ。そこで拾われました。アンナ様に」

「…ねえ、サリア」


 少しデリケートなこと、訊いても良い?


「二十年前って、サリア、いくつ?」

「あら、よく分かりましたね。テリー」


 サリアが声を出して笑った。


「そうです。私も被害者です。誘拐事件で、誘拐された一人なんです」


 ふふっ。


「まるで覚えてないんです。何も」


 異変も変化も無い。


「怪我一つなかった」


 どんなに考えても分からない違和感。

 どんなに考えても出てこない答え。

 どんなに考えても答えられない問題用紙。


「タナトスは知ってるわ。昔、何度も旅行に連れてってもらったもの」

「ええ。そうですよね。カーニバルに行かれたこともありましたね?」

「ん。確かに行ってた。もうだいぶ前だけど、パパがまだいた時に。あの、オルゴール館とか、水族館とか、ガラスの置物とか、なんか、そんなのが多い所でしょ。レンガの建物が多い町だった」


 ああ、そういえば。


「タナトスのカーニバルは、この時期だった」

「ええ」

「サリアの故郷なの?」

「はい」

「サリアはそこにパストリルが現れると予想してるの?」

「はい」

「それ、確実なの?」

「私、どうしても気になってしまって、タナトスの役所の方にお電話で訊いたところ、カーニバルの最終日の夜に、ほんの些細な仮面舞踏会があるとか、無いとか」


 くすっ。


「……あるとか」


 サリアが、にんまりと微笑んだ。


「以上が、答え合わせです」


 あたしはサリアを見た。


「流石ね。サリア」

「恐れ入ります」

「へえ、そう。舞踏会があるんだ」


 タナトス。


 ここから汽車に乗り、三時間程度で着く港町。


「でも、そんな離れた場所に、この街で暴れてた怪盗が現れるって言うの?」

「場所など、怪盗には関係ないのでは? 行動を見る限り、パストリルは何を考えているか分かりません。だから警察も予想が出来なくて、予告状を貰ったところで手掛かりもなく、動けないでいた」

「手をこまねいてたって聞いてる」

「ええ」

「……でも、本当にそこまで、わざわざ人質のメニーを連れていく?」

「パストリルは人の心を盗むそうですね」

「メニーの心が盗まれてるってこと?」

「分かりません。可能性として、メニーお嬢様のお心を盗まれているとして、その前提で話を進めるとすれば、納得がいくというだけです。メニーお嬢様のお心はパストリルのもの。パストリルが行きたいと言えば、お心を盗まれているメニーお嬢様は喜んでついて行くでしょう」


(確かに)


 サリアの言ってることに、違和感はない。むしろ、合っている気がする。


(パストリルが現れるのなら)


 キッドが………。


「………」

「ところで、テリー」


 サリアがくてんと首を動かした。


「魚はお好きですか?」

「………ん、え? 何?」

「タナトスでは美味しいものが食べられますよ」


 サリアがあたしの顔を覗き込む。


「蟹はお好きですか?」

「蟹って、あの蟹?」

「焼いたらご馳走になります。口の中でとぅるんって、とろけるんです」

「……………」


 とぅるん?


「テリー、焼き魚はお好きですか?」

「焼き魚って、食べにくいのよね。骨がわんさかついてて、好きじゃないわ」

「タナトスではお手の物です。焼き魚の骨まで、とぅるんってとろけるんです」

「……………」


 あたしはじっとサリアを見る。


「テリー、貝を食べたことありますか? 焼いたらとぅるん」

「テリー、帆立って、知ってますか? ただ焼くだけじゃなくて、バターをつけるんです。一緒に食べればとぅるん」

「テリー、乾燥した魚もなめてはいけません。カリカリの感触に、味がふわっと。さらにとぅるん」

「テリー、炙り、というのを知ってますか? 焼き魚と対して変わらないのですが、焼き方一つでまたこれは良い味を出すんです。食べたらたちまち唾液が出てきて、魚はとぅるん」


 ………………………。


 あたしは口に溜まった唾を、ごくんと呑んだ。


「フライパンで焼けばとぅるん」

「鍋で煮込んでとぅるん」

「蒸せばさらにとぅるん」

「とぅるんとぅるんとぅるん」


 あたしのお腹が音を鳴らした。


「あっ、もうこんな時間。お仕事に戻らないと」

「サリア」


 あたしはサリアの手を掴んだ。サリアがあたしに振り向く。


「何ですか? お嬢様はご体調が優れないのですから、早く寝てください」

「ねえ、サリア、とぅるんってするの? ねえ、とぅるんってするの?」

「タナトスのご馳走は美味しいですよ。本当に、ナイフとフォークが止まりません。どんなに舌が肥えた子供だって、タナトスでは皆とぅるん」

「とぅ、…とぅるん…」

「おまけに舞踏会もある。あー、素敵」


 サリアが起き上がり、窓を見た。


「懐かしき我が故郷。ああ、久しぶりに、あのとぅるんを味わってみたい…」


 サリアが言った。


「誰か連れて行ってくださらないかしら。私も久しぶりに、お休みがほしいわ。大好きな誰かと二人きりで旅行がしたい。ああ、美味しい魚料理が食べたいわ。ブリの照り焼きがもう最高にとぅるんっていけるのよねー」

「ブリの照り焼き……?」

「ザリガニのソテーも最高」

「ザリガニのソテー…?」

「あーあ。残念残念。ドリーにも作れないあの味。とぅるんるん。あー。また味わいたかったわー」

「サリア」


 あたしは起き上がる。


「二週間後に三日間お休みを取って。出かけるわよ」

「あら、どうしたのです? テリーお嬢様。ご体調が悪いのに。無理なさらないでください」

「タナトスに行くわ」


 チケットを取って。


「貴族ならば、開かれる舞踏会には参加するべきよ。それが仮面舞踏会ならなおさらよ」

「そんなっ、ああ、テリーお嬢様、今、お体を動かしては駄目です。安静になさってください」

「二週間後でしょ。生理は終わるし、足だって軽い捻挫だもん。平気よ」

「でも、無理はよございません」

「メニーが誘拐されて、城下の仮面舞踏会はめちゃくちゃだったわ。あたし、大切なメニーがいなくて心がボロボロなの! 何もかもを忘れて、舞踏会を楽しみたいの!」

「危険です! 怪盗パストリルが現れるかもしれません! ああっ、恐ろしい! おやめになって! テリー!」

「構わないわ!!」


 ふんっ、と鼻を鳴らす。


「貴族が怖がってなんぼなものよ! あのね、貴族は怖がるんじゃないの。怖がられるものなの。貴族は常に堂々と、凛と、毅然に立つのよ!」


 怪盗パストリル?


「いいわ。だったらメニーもいるってことでしょう? ちょうどいいじゃない。迎えに行ってあげるわよ!」


 あたしの目が鋭くなる。


「サリア、ドレスをオーダーして」

「かしこまりました」

「メニーの普段着用のドレスも」

「かしこまりました」

「旅行用のドレスも準備して」

「かしこまりました」

「新しい仮面もよ」

「かしこまりました」

「髪飾りも揃えて」

「かしこまりました」

「チケットも忘れないで」

「かしこまりました」

「サリアも私服の準備を」

「かしこまりました」

「それと………」


 あたしはサリアから視線を逸らす。


「………スープのおかわりを」

「かしこまりました」


 サリアが微笑んで、トレイを持った。



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