2-1 真夜中の帰還
真夜中というのは本当によいものです。
街は静まり返り、昼間とは違う顔を垣間見せてくれる。
日本であるならば、汚れた空と街の灯火が阻む輝く夜の眼達も、ここ異世界の街では時と空間、そして光年のロマンを越えて到着した美しい主張を放つ。
これが治安の悪い場所であるならば、女の子の一人歩きなんて危険極まりないものだ。
だが、生憎な事に私は一人ではなかったのだ。
「ねー、チャック」
『イエス、マム』
「あんた、返事がお堅いわね」
『は。本官は鉄壁の防御を誇っております』
それはどちらかというと、「硬い」っていう感じなんじゃないのかなあ。
『なんか喋り方が魔物っぽくないよ!?』
『なんの、チュール先輩。
本官は軍属でありましたので、このように躾けられました』
「あー、まあ確かに先輩なんだけどさ」
いやあ、夜って本当に最高。
このような魔物に『乗って』街を移動していても、まず見咎められる事がない。
真夜中なので、このチャックを載せるための馬車の手配が出来なかったから、ホルデム家の馬車の後をチャックに乗って移動して、その後をついていっているのだ。
これが日本だと警察に通報されたり真夜中の巡回パトカーに見咎められたりして非常に厄介なのだが、ここではそのような事はない。
あんな激しい討ち入りの夜の後だったのにな。
日本で首相官邸とかでテロがあったら都内全域非常警戒態勢でえらい事になってるはず。
まあテロじゃあなくって、政権転覆を謀った奴を政府の特殊部隊が粛正に行ったら、先方がテロの準備をしていて猛反撃を食らってしまっただけという、お粗末な夜なのだが。
この子は本当に乗り心地最高だ。
実は、あの触手のような腕を籠のように編む感じで『シートを形成』してくれているのだ。
当然、これこそ世界最高のショックアブソーバー付きシートなのだ。
そして、この子は足も超多足で安定感があり、しかもかなり速いし、それがまた世界最高のサスペンションを兼ねている。
この子の足にとって、異世界の自動車に付き物の『ロードノイズ』などという言葉は既に死語となった。
超滑らかで少々の段差などものともしない無音無振動走行、そのセンシング能力はいかなる自動運転車をも凌ぎ、馬車なんかが突っ込んできたって触手で簡単に止めたり弾いたりできる。
障害物の多い地形でも、車のようにそれに当たって足回りの部品が壊れてしまう事もない。
おまけに何か緊急な事でもあれば、主は乗物から直接『音声によるアナウンス』のサービスを受けられるのだ。
彼は最新のナビやネット対応の車両もかくやという複合脳持ちの高位魔物なのだから。
雨が降ればすかさず傘を差してくれ、喉が渇けばお茶を淹れてくれたりする。
無論、日差しが強ければ日傘やサンシェードの出番だ。
超万能従者と言い切ってしまってもいいほどの圧倒的なまでのスキル。
軍で訓練されているので言葉使いも凄く礼儀正しいしね。
もう一旦これに乗ると、二度と降りたくなくなってしまう万能感がある。
冬の炬燵とどっちが罪なのかしら。
このチャックは少々見かけがあれなんで、他人がこの子を初めて見ると、まず頬をピクピクさせて顔を引きつらせるかもしれないのだが。
まあ人は外見で判断しちゃ駄目って事ね。
無敵の防御力や戦闘能力なんて、所詮はただのオマケみたいなもの。
後で本人に聞いたら、あの最後の戦いは彼にしては結構投げやりだったらしい。
とにかく酷い扱いしかしない主で、なんというかもう玉砕しかないような終盤で自分が頑張ったって虚しいと感じていたものらしい。
「魔物には心がある」という基本的な原則を忘れたテイマーなんて碌な仕事が出来ない。
とはいえ、彼も主人の命には逆らえない使役魔物の性に支配されている。
というわけで著しくファイトに欠けるため、やる気もないからブレスも吐かずに、ただダラダラと部屋の入り口を守護する門番として騎士団の攻撃を往なしていただけだったという。
「やってられねえ」っていうところなのか。
あの戦いは、攻守ともにそういう愚痴を心の中で吐きあっていたものらしい。
もしあの時チャックが完全に本気であったなら、私達はあっさり全滅して第二王子は生き延びていたのかもしれない。
さすがに、それだけはリュールさんには言えないなと思っているのだが。
敵方の魔物が、殆どお遊びレベルであの惨状だったなんて騎士団の連中が知ったら!
そして、現在アメリはというと当然リュールさんについて馬車の方にいる。
彼、一回完全に魂レベルで死んだみたいなんで、まだちょっとボーっとしているから彼女に世話を頼んだのだ。
というか、一緒に屋敷に帰る人材が彼女しかいないのだし。
そもそも、彼女はあそこの家の使用人なのだから。
もっとも、アメリ本人はこっちに乗りたかったらしいのだが。
あの子も本当にいい根性をしている。
彼女は特に戦闘要員として呼ばれた訳ではなく、ほぼオブザーバー参加みたいなものだったのだが、全編を通して飄々として臨んでいた。
今回の面子で最初から最後まで顔色を一つも変えなかった人間なんて、あの子くらいのものだ。
一体どんな人生を送ってきたものか。
だが、あまりそういう事を追及してしまうと、騎士団連中がまた私の事を「お前が言うな、この悪魔聖女」とか言って私の事をディスり始めますので。
あいつら、しばらく私の事がトラウマになるんじゃないですかね。
治療法としては、ほんの一か月くらい、このチャックを相手に猛特訓でもすれば、連中も自分がいかに甘かったか理解出来るのじゃないでしょうか。
そして立派な騎士として、この先も頑張って精進していただきたいと思うのです。
彼らにも王国騎士団の一員として相応しい、素晴らしい根性があった事だけはこの聖女サヤが認めましょうぞ。
まあ根性もへったくれもない。
この私が『仕方がないから全員生き地獄に放り込んだ』という、ただそれだけの話だったので。
そして先行している馬車が貴族街の入り口で門番と話をつけてくれている。
「これからも、このチャックが単体でここを通過できるように」
馬車の後ろに止まり、その上でまるで女王然として足を組み寛ぐ私の姿を認め、顔を引き攣らせている門番の人達。
他の時間帯の人達への引継ぎはよろしくね。
まあ、いざとなったら特別な身分証もあるのだし、今回の報酬としてチャックの王国における自由通行を国王権限で認めて周知していただくというのも悪くない。
お金なんか特に困っていないわけだし、報酬はそれでもいいかな。




