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13 異世界の文字

 そう言うと黒縁眼鏡の魔術師は自身の人差し指を立てた。にわかにグラウクスさんの指先がまばゆい光を帯びたと思った次の瞬間、小さな火球が宙を舞ってくるくると弧を描いたあと何ごともなかったかのように消え去った。


「これが魔法……」


「魔法や特殊技能は、きっとマリナさんの身を助けますよ」


「分かりました、グラウクスさん。私に魔法を教えて下さい!」


「はい。喜んでお教えしますよ。それでは早速ですが初心者なら、あれが必要でしょうねぇ……。この辺りにあったと思うのですが……。ああ、ありました。これです!」


 長髪の魔術師は膨大な蔵書を誇る、本棚の片隅に置いてあった一冊の本を手にとって私に差し出した。


「この本は?」


「初心者向けの魔道書ですよ。ここに書かれている術式を覚えれば基本の魔法はマスター出来ますので是非、目を通して下さい」


「魔法の本ですか……」


 笑顔のグラウクスさんから古びた本を受け取った私は、嫌な予感がしながら本を開いた。そして、ページをめくり嫌な予感が見事に当たってしまったことを確信する。そこには全く読めない謎言語や理解不能な幾何学模様などが、セピア色のインクでみっしりと書かれていたからだ。


「どうですかマリナさん?」


「読めません……」


「え」


「すいません、グラウクスさん。全く読めないです」


「はっはっはっ。またまたー! ……本当に?」


「本当です。これ私の世界の言語と、完全に別物ですよ?」


 さすがに日本語では書かれていないだろうと思ったが、英語ですらなかった。少なくとも私の記憶の中で、この魔道書に書かれている文字のような言語は全く記憶にない。途方に暮れながら伝えれば長髪の魔術師は黒縁眼鏡を手でクイと上げて、やや眉根を寄せた。


「ああ、異世界ですからね。文字は違うのですねぇ……。言葉は問題なく通じるので、読み書きも問題ないのかと思っていたのですが……。この世界の共通文字が読めないとなると困りましたねぇ」


「文字が読めなくても直接、教えて頂ければ魔法って使えるようになるんじゃないですか?」


「そうですね。文字が読めなくても簡単な魔法なら、使えないことはないとは思いますが……。ただ、基本の術式を把握して頂かないと応用の説明も面倒なんですよねぇ」


「そうなんですか……」


 グラウクスさんの口ぶりだと魔法の習得や上達に文字の読み書きは必須のようだ。しかし、全く知らない文字を一から覚えるとなると時間がかかる。私が肩を落としていると長髪の魔術師は腕組みして考え込みながら視線をさ迷わせた。


「ええ。私は宮廷魔術師としての仕事もありますので、私が文字から教えていくというのは時間的に厳しいですねぇ……。そうだ、ロゼッタ」


「はい? なんでしょうか、グラウクス様」


 突然、黒縁眼鏡の魔術師から名前を呼ばれたプラチナブロンドの侍女は水宝玉色の瞳を見開いた。目をぱちくりさせているロゼッタを見たグラウクスさんは満足げに頷く。


「文字については、ロゼッタがマリナさんに教えて下さい」


「私ですか!?」


「ええ、ロゼッタは聖女付きの侍女として、すでにマリナさんが滞在している客室の隣で過ごしているのでしょう?」


「はい、その通りです」


「でしたら、侍女としての仕事をするついでに文字やスペルについても教えてあげて下さい。何、基本さえ伝えれば後はマリナさん御本人が自主的に覚えて下さるはずですよ」


「私ごときが、どこまでお役に立てるか分かりませんが……」


「決まりですね! 魔法については基本の文字をある程度、覚えてから私が指導いたしましょう」


「はぁ」


 色々、言っているがアレだ。黒縁眼鏡の魔術師グラウクスさんは満面の笑みで、プラチナブロンドの侍女ロゼッタに面倒な仕事を丸投げしたのだということは理解できた。

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