クリスマスツリーの冒険でしゅ!
「むっふっふっふっふ・・・・」
暗く日の射さぬ部屋で不気味な笑いが響き渡る…というのは物語の中のシチュエーションだが、実際は明るく何もかもが見渡せるすがすがしいほど隠し事ができない部屋で、私ことシャナ・リンスターの清々しい(?)笑い声が響き渡った。
白の塔の一室、白い壁と床と天井の白一色な部屋には、大きな窓が一つ。家具もカーテンも何もなく、笑い声はトンネルの中にいるかのように反響する。その笑い声の後に外から聞こえるのは、私の清々しい声に勝るとも劣らぬ小鳥の声。
「何と清々しい朝っ! まさに儀式に最適でしゅ!」
「いや、清々しくないだろ…この状況」
何か聞こえてきましたが、聞かなかったことにします。
さて、この清々しい朝に不満があるとすれば、いまだに我が夫ノルディークによって幼児姿を保たれていることだけれど…。
まぁ、これは、昨日ちょっと美形を見つけて我がハーレムに・・と目論んだお仕置きなので、仕方が…げふんげふん。これも聞かなかったことにしてください。
そんな私の今日のお衣裳はカモである。なぜカモ?
「例のものに合わせました!」
うむ、心の疑問をお針子メイドさんに読まれました! 最近のメイドさんはいろんなスキルがアップしておりますね。そのうちこの国の騎士団すら超えるのではないかと思う今日この頃です。
と、それは置いといて仕切り直しです!
「ついにこの日がやってまいりましゅた!」
ばばーんっと懐から取り出したのは、素適なステッキ(ネギバージョン)。オヤジギャグなネーミングを付けたのは私ではない。決して!
あ、カモなのはこのネギのせいですね。
「…誰も待ってなかったけどね」
うむ、またもや何か聞こえたけれど、これも聞かなかったことにしよう。
「これはでしゅねー、我が学友と、羊おじいちゃんズと、我が叡智の結晶なのでしゅ!」
「要約すると、悪の結社だね」
「そこっ! うっさいでしゅよ!」
さすがに外野がうるさいので、ビシィッと指差して注意した相手は、我が親友のシャンティと、筋肉質なアルフレッド、それにそばかすオリンである。
他にも、元学友や突っ込み隊の面々、リンスター家のメイドやエルフのカルストなど、思ったよりも多くの人間が集まっている。
ここに私の夫達はいない…というところがミソなのだ。
たまには自分一人で問題を解決してこそ尊敬されるというもの!
ということで…
「今や学園の教師となったこの私の編み出した魔法に、恐れ慄くがよいのでしゅっ!」
素敵なステッキをぶんぶんと振り回し、真っ白な床に、魔法陣を浮かび上がらせて胸を張ると、三人は同時に呟いた。
「「「すでに存在に恐れ慄いてる」」」
「ちっけいなっっ!」
その瞬間、真っ白な床に浮かび上がった魔法陣は、どす黒く変色し、ぶわっと中から黒い靄と風が噴き出してきた。
「シャナ!?」
シャンティが風から顔を庇いながら叫び、私は風に押されて立っていられずそのままゴロゴロと床を後転し、壁に激突して「ぐほぅっ」と叫び声を上げた後、ぴくぴくと手を震わせながら、最後の一言を…。
「苦情は受付ましぇん…ガクリ」
「やり逃げか!?」
アルフレッドが聞き捨てならぬセリフを吐いたが、ここは反論しないに限るのです!
ということで、気絶したフリで魔法陣の様子を見守ることにしましたよ。
さて、な・に・が・お・き・る・か・な~?
部屋の面々は轟々と音を立てて噴き上がる黒い靄と風に緊張を走らせているようです。しかし、心配することはないのですよ、この素敵なステッキはとあることを目的として作られた叡智の結晶。発動した魔法もなんてことはないものなので問題ないのです。
そう、このおかしな靄と風という予想外を除いて!
「「それを問題というんだ!」のよ!」
おう、心の声が漏れておりました。学友達からの大合唱が返ってきましたよ。
気絶のフリがばれてしまいましたが、風に飛ばされぬようとりあえず伏せて応対しますよ。
「皆しゃん慌て過ぎでしゅ。まさにあわてん坊のサンタクローシュでしゅ」
「サンタクロー種とはいかなる種族なのでしょうお嬢様?」
カルストの質問にふと私の思考は立ち止まる。そういわれると、サンタクロースは何族になるのですかね?
人間じゃないから妖精? いや、姿形は人間だからやっぱり人間? それとも神様?
佐奈であった頃はよく町内会のおじちゃん達がサンタクロースになっていたので・・・おじちゃん族かもしれない?
「シャナー! なんとかしなさい!」
思考が止まっている間にも黒い靄は膨れ上がり、あっという間に部屋に充満して全員を飲み込み、視界を奪っていた。
これはまさに!
「大ピンチでしゅかね?」
主に後で夫達に怒られるであろうこの私が!
やはりここは見なかったことにして気絶することにしておきます・・・ガクリ。
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「おぉう?」
気絶、という名のお昼寝モードから目を覚ますと、そこは元の部屋よりもさらに広い空間の中に作られた森の中でした。
なぜ空間の中かと申しますと、周りを見回せば木々や草が生い茂り、まさに森ー! と叫びだしたくなるほど疑いようのない森なのですが、空を見上げるとあるはずの青い空はなく、うんと高い位置に乳白色の天井が見えるからなのです。
「おかしいでしゅねぇ? 魔法はモミの木を召喚するはずでしゅが」
「モミの木なんて破廉恥なものを召喚するための魔法に全員巻き込むなー!」
突然のアルフレッドの声とともにその辺に落ちていたらしい小さな石粒が飛んできたので、そこはとっさの状況判断。某映画のように体をそらせて華麗によけるのです!
が! 幼児体型にあれだけの反りをさせるとどうなるか。それは言わずもがな…
「ブリッジでしゅ!」
「「体操しとる場合か!」」
森の中から突っ込み隊と思しき声に何やら突っ込まれましたが、これは不本意なのですよ。したくてしたわけではないのですよ。
「ポッコリお腹が可愛いですねぇ」
「愛らしいです。お嬢様」
ごろりと体の向きを変え、バシバシと手についた土を払って起き上がると、いつの間にやらカルストと我が家のメイド、お胸の大きな通称メロンちゃんがうっとり顔で立っておりました。
「カルさんも皆しゃんも無事でしゅたか」
「皆様も無事ですよ。シャナお嬢様が起きる前から突っ込み隊の皆様が森を調べております」
なるほど、だからなのだろうか、森の中から生き物なのか魔物なのかよくわからない断末魔がさっきから立て続けに響いているのは…。
ちらりとアルフレッドを見れば、彼は遠い目をして森の声は聞こえないとでもいうように首を横に振った。
「苦労してましゅね」
「お前らのせいだろうが!」
何やらよくわからぬ葛藤を抱く彼に、石粒を投げられたことには目をつぶって励ますように彼の足をポンポンと叩くと、何故か反論されました!?
「アルフレッドの恋が成就しないのは私のせいじゃありましぇんよ!?」
「そっちじゃないわー!」
またもや怒られました。多感なお年頃ですかね?
それはともかく話を戻して、ちょっと気になることを思い出したので真剣な表情でアルフレッドを見上げます。
「アルフレッドしゃん。モミの木が破廉恥とはこれいかにでしゅ」
「そのことか。お前のことだから、あらゆる人間を触手で巻き取ってモミ倒すような恐ろしい木なんだろう?」
それはましゃかのモミモミの木!?
「アルフレッドしゃんスケベでしゅー」
「欲求不満ですね」
「禁欲生活ですもの、いろいろと・・・」
「やかましいわー!」
アルフレッドに追われつつ、私達は先行したシャンティと突っ込み隊のみんなの後を追ったのだった。
森を駆け抜けること数分。突然森が終わりを告げたかのように開けた場所に飛び出て、私が目にしたのは突っ込み隊の面々と対峙するきらびやかな男達の姿。
金色の癖の無い長い髪、森の緑を映すエメラルドの宝石のような瞳。すらりとした長身、優雅な身のこなし、そして何より特徴的なのは耳の先がぴんと尖っていること。
これぞまさしく!
「ドワーフでしゅー!」
「「「エルフだ!!」」」
「冗談でしゅよ」
美形達にものすごい剣幕で返されました。
彼らは武器こそ構えていないが、こちらの動きを警戒してある一定の距離から動かず、彼らの背後にある壁を守るように横に立ち並んで…。
ここで初めて私はあの壁が壁ではなく、巨大な一本の木の幹だと気がつき、その木の幹から頭上に伸びる枝葉へと目をやって思わずぽかんと口を開けて固まった。
「でっかい木でしゅね」
私が幼いというのもあるけれど、見上げた木は森よりもさらに大きく、昔見た東京タワーほどとは言わないが、それより少し低いぐらいの大きさに相当するのではないかと思われた。
そして、そんな木の幹は当然かなりの太さで、端を確認するのに首を真横にしなければならないほどだ。
「世界樹ですね」
カルストが同じように頭上を見上げてぽつりとつぶやいた。
「ほほぉ、これが」
中2病者の憧れの一つ、世界樹。
そんなものがこの世に存在していたとは!
きらきらと目を輝かせて木の枝を見つめていると、突然この空間にふわりと風が吹き、さやさやと木の葉が揺れてその葉一枚一枚のふちが銀色に輝き、幻想的な光景を生み出したではないかっ。
「こ、こりぇは!」
思わず興奮でさらに目を輝かせてしまう。これは間違いなく求めていたものです!
さっそく交渉を・・・と顔を前に戻すと、いつの間にか、エルフと私達の間に、二人の男性が姿を現していた。
一人は黒髪に灰色の瞳の瞳の青年。彼はもう一人の男性、淡い金糸の髪に薄い紫の瞳をした美形に従っているので、騎士とみたっ。
どちらもかなりの美形なのですが・・・おかしいですね、きたーっ! となりません。
もしや、あの二人は・・・。
「デキてましゅね!?」
「デキとらんわ! 突然この大人数で押しかけてきて、何を言うかと思えば・・・」
金糸の髪の男は私達に警戒する様子はなく、自然体を保ってこちらを窺っているようだ。
「で、お前たちは何者だ?」
尋ねる男に、応える我が学友達と私の息がぴったり合った。
そう、その質問にはこう返すのが当たり前なのです!
「「人に尋ねるなら先に自分が名乗るのです!」しゅ!」
うむ、素晴らしきかな我が幼馴染達よ。
「何も全員でハモらなくてもいいと思うけど」
そばかすオリン君、余計なことは言わないのです。
さて、どう出るかと見やれば、こちらの視線を一身に浴びた男はやれやれと肩を竦めると、今にもとびかかってきそうなエルフ達を手で制し、苦笑いを浮かべて答えた。
「では名乗ろうか。我はゼルディアの王、リューク・イル・ゼルディアだ」
聞いたことありませんともー!
・・・・とは、言わないでおきます。




