最終話 春の夢
たくさんの人が行き交う大通り。刃物沙汰があったと言われ、俺は現場に急いだ。だが、そこはもう全てが終わってしまったあとで、争っている人の影もなかった。ただ一人を除いては。
「ユメ、一体なにがあった」
気まずそうに俺のそばに寄ってきたユメは、若侍風に結った後ろ髪をさらりと揺らした。
「実はさ……俺、壮大な勘違いしてたんだ。俺も……琴も」
つまりはこういうことだった。
琴は最近、花嫁修業や結納準備のため街にでることが多くなった。街に出れば、琴の美しさに目を奪われる輩が現れる。なにかあったらと心配したのは若君、橘昭之進だ。昭之進は共を連れ、琴の護衛をしているつもりだったのだ。
はっきりとそう言えばいいのに、こそこそやるもんだから。武術にも才があった琴は、付けられていると思ってしまったわけだ。
「そんな。私のことを心配してくださるなんて」
「そんなの当たり前だろ! わ、私の大切な許嫁なんだから」
頭巾を取った昭之進は、真っ赤な顔をして応じた。周りには白けた様子の彼の家臣たちがいる。ユメに思い切り叩かれたんだ。そりゃあそうだろう。
「昭之進さま……」
二人は手を握って見つめ合った……。タンタタンタン。
「てな感じで仲良く帰ってった」
ユメは両手を肩のあたりでかざし、可愛い舌をぺろりと見せた。
「そうか。それはまあ、ご苦労だったな。ま、終わり良ければ総て良し。だろ?」
「そうだけど……人の心ってわかんないもんだね」
「そりゃそうだ。そんな簡単じゃねえよ」
それからしばらくして、二人は正式に婚約した。長い、けれど幸せに満ちた文がユメの元に届いた。
「今日はどうして、あの二人、対抗試合を観に来たんだろうな」
おまつが用意してくれた御馳走で内輪の祝勝会を催し、火浦家は大いに賑わった。ようやく喧噪から解放された俺は、自室でユメと二人、月に照らされる桜をさかなに飲みなおしている。勝利の余韻にも浸り、いい気分だ。
「ああ。それはまあ。忠親様に挨拶したいって。それから……」
俺に挨拶? そんな必要ないだろうに。別にあの大立ち回りも見逃してやったわけじゃない。おそらく、今ユメが言い及んでいることが本命だな。
「それから?」
「祝言に……二人の祝言に出て欲しいって」
「おお。それはいいじゃないかっ。行くって言ったんだろ?」
ユメは脚を少し崩して座る。着流しの間から白くて細い足首がのぞいた。
「まさか。俺は行かないよ」
「なんでだよ……妹の婚礼じゃないか」
「俺はあいつの表舞台には出ないと決めてる。あいつだけじゃない。弟妹達全部だ。今度だって名乗るつもりなかったのに……」
親指の爪をかじるユメ。俺はそれを止めさせ、ふううと長く息を吐いた。
「そんなつまらない決まり、放っておけよ」
「そういうわけにはいかない。俺は元男娼だよ」
「それは恥じることでもなんでもない」
「忠親様……」
俺はユメの肩に手を伸ばし、そのまま抱き寄せた。華奢な、けれどしなやかな肢体を俺に預けてくる。
「少なくとも、俺の前ではな」
「うん……そうだね……」
いつか、おまえのそのくだらない意地も、不要なのだとわかる日が来るだろう。それまでは、俺ももう何も言うまい。
「今日、忠親様、すごくかっこよかった。隙見せたとき、どきりとしたけど信じてたから」
「へえ? 本当か? 変な声出てたじゃないか」
「あれ、気付いてた? でも、本当だよ。忠親様の強さ、俺が一番知ってる」
「惚れ直したか?」
俺はユメを背中から抱きしめる。花のような髪の匂いがふわりと包む。春の……匂いだ。
「うん……」
ユメの顎が上を向く。俺は花びらのような唇を愛でる。思いは溢れ、それはまるで春の夢のように俺とユメを包み込んでいった。
終わり
ありがとうございました。




