其の捌 勝利
「イエエエイ!」
「忠親様!」
ほんのわずかな隙を見せただけで、林原が鋭い突きを見舞ってきた。ユメもつい叫んじまったようだ。おまえな、俺への信頼感が無さ過ぎやしないか? あ、隣の琴は両手で目を覆ってるや。
――――けど、心配するな。既に一本俺は先んじてる。林原が焦ってるのは織り込み済みだ。
俺は間一髪で怒涛の突きを躱し、空を切った奴の両腕を下から掬い揚げる。林原の両手は万歳するように飛び跳ね、竹刀は青い空に鮮やかに舞った。
「一本! 火浦殿! 北奉行所の勝利ー!」
「うおおおおっ!」「やったあ!」「きゃあー、素敵ー!」
がくんと膝を打つ林原。場内は興奮した男女が口々に叫んで大騒ぎだ。文字通り興奮の坩堝となっている。
殿内から高みの見物をしていた重鎮共も手を叩いて喜んでいた。そのなかに水谷がいたのも、俺は見逃してはいなかった。
――――ま、これでなんとかお役目を果たせた。もうしばらくはこんな催し物、勘弁してほしいよ。
俺は北町の連中にもみくちゃにされ、御立与力殿に褒められたところでようやく解放された。
「忠親様!」
それを待ちきれなかったのか、ユメが俺のところに走り寄って来た。おいおい、全く無防備な奴だな。俺は華麗に身を翻した。とととっと、つんのめるユメ。
「あ、もう酷いなっ。まあいいや。おめでとう。すっごくカッコよかった!」
「ん? そうか。へへ。そりゃよかった」
なんて平常心を装ったが、俺は心から安堵したし嬉しかった。俺も素直じゃないな。
「火浦殿」
ユメの後ろから、身ぎれいな若殿さまといつもながら美少女の琴さんが寄って来た。若殿様は深々と首を垂れる。
「お初にお目にかかります。仙台藩橘家の嫡男、橘昭之進と申します。この度は……」
「橘殿。そんな他人行儀な挨拶はよしてください。私はただの町同心。こちらこそご挨拶が遅れました。この度はご婚約、おめでとうございます」
鉢巻を取った髪は否応もなく乱れている。そんな風体ではあるが、俺は若殿に負けず劣らずの深いお辞儀をした。
さて、件の事件の日に再び戻る。ユメが曲者にとびかかろうとしたところだ。
「な、なにをする。琴、どうしたんだ。離さないか」
大立ち回りを演じる城下町。ユメは琴に止められてじたばたしている。
「兄上、ごめんなさい。その……」
琴は呆然と立ち尽くす頭巾の男を見上げた。
「昭之進さま……で、ございますよね?」
「えっ……」
今度はユメが立ち竦んだ。
つづく




