其の陸 恋のかけひき
お天道様が随分と傾いてきた。いつまでも道場で転がってるわけにもいかない俺たちは、長行に礼を言って帰路についた。
「琴さんは、昭之進のことどう思ってんだ?」
今回のお悩み相談で、一番気にかかるところはそれだ。正直、若殿の気持ちはどうでもいい。
「それがさ……そんな酷いめにあってるのに、悪く思ってないみたいなんだよ」
不服そうにユメが言う。なんだかそれが妙におかしい。
「なんか、本当は優しい人なんだとか、庇っちゃってさ」
「へええ。それなら問題ないな」
「な、なにが問題ないんだよっ! 俺の気持ちも知らないで」
「あのなあ。おまえも百戦錬磨だったくせに、身内の話となるとからきしだなあ」
マジで呆れた。大事な妹か知らんが、恋の駆け引きを日常こなしてきた元花形陰間とは思えないな。
「どういうことだよ……忠親様にそんなこと言われるなんて、心外だよ」
「昭之進とかいうガキは、琴さんのこと、好きなんだよ。無視したりするのは、その裏返し。まあ、あんな才色兼備を嫁にするんだ。たじろぐのもわかるけど」
「え? 本当にそう思う? そうかな……俺ももしかしたらと思ったけど」
とぼとぼと八丁堀の屋敷通りを歩く。ユメはそうと思っていても、琴が心配だったんだろうな。俺のように、単純には考えられなかったのか。
「間違いねえと思うぞ。そのうち態度は変わるよ」
「そうだろうか……」
ユメはしばし黙り込み、顎に細い指を置く。その間も、足は火浦家へと規則正しく向かっていた。
「あ、でも。もう一つ気がかりなことがあるんだよ」
もう少しで屋敷というところで、ユメが俺を見た。
「なんだ。まだあんのかよ」
「うん。琴が言うには、最近、誰かにつけられてる気がするって……」
「なにっ!? そっちのほうが大事じゃねえか。あんな美人、邪な思いを抱く不届き野郎がいても不思議じゃない。それを、あんな小僧と侍女だけで歩かせるとは」
だから送っていったのか。それにしても橘家は何をしてる。大切な跡取りの嫁となる娘を危険に晒すとは。
「あいつも武術の心得はあるから、気のせいとは思えないんだ。出来るだけ外出しないようにしてるとか言ってたけど、今日だって、のこのこやってくるから……」
危険を冒してもおまえに会いたかったんだろうよ。それは責めてやるな。
「とりあえず。来週、どうしても外出しなくてはいけない用があるらしくて。俺、護衛に行くつもりなんだ」
「なるほどね。それはいいんじゃないか。俺も気にかけておくよ」
「うん。よろしく。八丁堀の旦那」
「馬鹿、やめんか」
ユメはそれなりの答えを得たからか、いつもの笑顔に戻っていた。俺の腕に自分の腕をからませてくるのをやいやい言いながら、相も変わらない帰宅となる。
そして一週間後、事件が起こった。ま、それは全てを丸く収める悪くない事件だったけどな。
つづく




