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陰間由夢乃丞と八丁堀  作者: 紫紺
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其の伍 悩み事



「ご兄弟だったんですね。どうりで似てると思いました。どちらも美形で……お似合いかとも感じたんですけど」


 対抗試合の日がひたひたと近づいている。茶の間に二人を置いたまま、俺は長行の道場に出かけるべく自室で支度をしていた。そこに、なんの用もないはずのおまつが茶を持ってやってきた。要するに話がしたいらしい。


「おう。佐之助にでも聞いたのか」

「はい。今は仙台藩の橘様のところにいらっしゃるとか。そろそろご縁があっても良い年頃ですから、そこの若君に嫁がれるんでしょうか」

「え? なんだそれは。いや、そういう話はないだろう」


 ないだろうか。と俺は袴の帯を締めながら思う。

 九歳で琴を養女にしたとき、もしかするとその意図もあったかもしれない。養子縁組の仲立ちしたのはかの水谷だし、出自も廃藩になったとはいえ、指南役を担った武家の出だ。それにあの器量。

 仙台藩には若殿がいただろうかと俺は頭を巡らした。



「忠親様」


 大した情報量もない俺の脳内、何も思い当たらない。そこへユメの声。


「あ、俺も道場行く。琴を送ってから行くから先に行ってて」

「別におまえはどっちでもいい。長行に稽古をつけてもらうんだから」


 実際そのつもりだし、その方が実になる。


「来るなって言っても、絶対行くから!」


 なんて廊下で叫びながら玄関へと急いでいる。まあ、元気そうで何よりだよ。兄の名乗りをきちんとできたようで俺は安堵した。




 長行にこってりと絞られ、そのあといつも以上に機嫌のいいユメにボコボコにされた俺は、道場脇の渡り廊下で大の字になっていた。全く、どういうことだ。

 しかし、ありがたいことに随分勘が戻ってきてる。おまえらがいい気になるのも今の内だからな。なんて声に出すのも辛いので心の中で啖呵を切ってみた(負け惜しみではないからな。断じて)。


「はあ、気持ちよかった。忠親様、だらしないな」

「け、ほざいてろ」

「でもまあ、次からはこうも行かないか。先生も言ってたけど、切れ味出てきたね」


 ちぇ。お見通しかよ。


「はあ、それで? 琴さんとはちゃんと話できたのかよ」


 よっこいしょと起き上がり、俺はお絹さんが淹れてくれたお茶を口にした。しのはもう、嫁いでこの屋にはいない。元気玉みたいなやつがいないのは寂しい気もするが、すぐに慣れるだろう。


「ああ。まあ、ね」


 なにがまあね、だ。あからさまに機嫌がいいくせに。


「悩み事ってなんだったんだ?」


 まあ、それは話半分に思ってる。多分琴は、こう言えばユメが会ってくれると踏んでたんだろうな。こいつも手のひらに載せられてざまあない。


「なに笑ってんだよ。ああ……それがさ……」


 汗を拭き拭きユメが話すのは、思いも寄らない、恋の悩みだった。




 おまつが俺にした話はまんざら空想でもなかった。やはり女というものは、そこのところ鋭いのかな。


 琴は、家老の跡継ぎである昭之進の許嫁となるべく養女に迎えられたらしい。

 子供の頃は同じ屋敷の中で育ったようだが、二年前くらいから、琴は別棟に移り、あまり会うことがなくなったという。婚礼に合わせてのことだろう。


「昭之進は琴より一つ年下なんだ。小さい頃は、自分の姉として慕ってた琴が、突然自分の嫁になると言われて驚いたんだろうな」


 琴は自然にそれを受け入れていたのだけど、昭之進にとっては寝耳に水だったわけだ。それで意識したのか、突然琴に冷たく当たるようになった。


「会っても話もしないし、知らん顔するらしい」

「なんだそれは。まるでガキだな」

「そうなんだよ。琴のどこが気に入らないってんだよっ!」


 おっと。妹びいきもわかるが、なんだかおかしな方向に行ってるな。


「琴は自分が年上だからかとか、もらい子だからとか、すごく悩んでる。もし自分では不足なら、辞退したほうがいいのではとまで言ってるんだよ? 許せねえっ」


 ご機嫌だったのが、段々熱くなり、胸の前でぽきぽきと指を鳴らし始めた。俺からしたら、見え見えの素行なんだがなあ……。





 つづく



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