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陰間由夢乃丞と八丁堀  作者: 紫紺
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其の肆 訪問者



 だが三日後、俺はユメの妹も、やはり油断ならないってことを思い知った。

 なんと、ユメの妹、琴が我が火浦家を訪ねてきたのだ。都合よく俺の非番の日だったのは偶然だろうか。


「おまつさん、追い払ってください」

「あほか! おまつ、俺が行くから客間を用意しておいてくれ」

「忠親様っ!」


 ユメが喚いても知ったことか。せっかく訪ねてくれた妹を追い返すなど、俺にはそんなことはできねえ。

 事情を知らないおまつは、玄関先にお供を連れてやってきた『仙台藩家老、橘家三女の琴』なる美少女に、もしやユメが見初められたのかと浮足立っている。足をもつれさせながら客間に走っていった。


 ――――俺たちの仲を、薄々感づいていると思っていたが。まあ、いいか。妹と分かれば落ち着くだろう。


 しかし、どうやってこの場所がわかったんだろうか? 俺は首をひねりながら玄関へと向かった。


「突然、お伺いしまして申し訳ございません」


 琴は大通りで会ったときよりも、落ち着いた様子で待っていた。

 桃色の地に白い小菊をあしらった着物、薄緑の帯が白い肌に映え、あの日よりもいっそう美しく見える。黒目勝ちの大きな目、形の良い鼻と見れば見るほどユメそっくりだ。


「いや、よく訪ねてくださった。どうぞ、小汚いところだけど上がってください」


 お供は先日と同じ侍女と荷物持ちの小僧が一人。二人を佐之助に次の間へ案内させ、俺は琴を客間へと連れて行った。


「ユメ……兄上がここにいると、どうしてわかったのでしょうか?」


 廊下で無言なのも具合が悪く、俺は後ろに続く琴に尋ねた。


「はい。大変失礼とは存じましたが、火浦様が北町奉行所にお勤めとわかりましたので……」


 あの日、ユメは道場帰りの袴姿だったが、俺は直接奉行所に行くのに着流し黒羽織だった。まあ、一目見て同心とわかる恰好なわけだ。

 北町奉行所に定町廻り同心は六名しかいない。年恰好からたどれば、俺のことはすぐわかるだろう。若侍を書生として面倒見てるのも俺しかいない。


「さすがユメの妹だな。着眼点と行動力が違う」


 俺は独り言のようにつぶやいた。




 客間におまつが茶を運んできた。とりあえず二つ分だ。ユメのやろうは、まだ拗ねて出てこやしねえ。困った奴だ。


「すまねえな。往生際の悪い奴で」


 格式ばった話し方は性に合わない。その断りを入れると、琴は笑って答えてくれた。兄上がお世話になっている方に、お気遣いさせるつもりはございませんと。


「いえ、兄上の気持ちは十分に理解しているのです。けど……どうしても会って相談したいことが」

「え? そうなのか。なにか困ってるのかい? それなら……」

「あ、その。無理に兄を引っ張ってこられなくても……」


 俺が腰を浮かそうとすると、琴は慌てて制した。だが、それに反応したのは俺だけじゃなかったようだ。


「琴! 困ってるって、どういうことだ!」


 いつの間に隣の部屋にいたのか。ユメが琴の背にあった襖を勢いよく開けた。


「おまえ……全く素直じゃねえな」


 俺は呆れて、ユメの……見たことのないような慌てた様子を眺めた。




 ユメの兄弟は、ユメを筆頭に五人。妹が二人と弟が二人。いい感じ? に互い違いになっている。

 琴は三つ年下というから、五人が散り散りになったときは九歳だった。知恵のある娘だったろうから、ユメの決意を重く受け止め、その行く末を案じていたことだろう。


 ユメから縁を切ると言われたことから、他の弟妹達との音信を絶えさせないよう気を配っていた。いつか必ず、皆で再会できる。そう信じて今日まで暮らしてきたと。


「じゃ、相談があるようだから、俺は席を外すよ」


 兄妹水入らずにしてやらなければ。そこまで俺も無粋ではない。おまつにお茶とお菓子を用意させ、俺は自室に戻った。


 向かう廊下で、俺はぼさーっと突っ立つ佐之助とすれ違った。あいつは俺に微妙な笑みを浮かべて見せる。どうやら、自分が琴の存在を知っていたことに謎の優越感を持ったらしい。どいつもこいつもめんどくせえ。





 つづく




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