其の弐 突然の邂逅
「忠親様、やっぱり随分なまってたね。俺に何本も取られてさ」
「うるせえな。ほざいてろ、今のうちだ」
予想通り、ユメは俺が話すまでもなく対抗試合のことを知っていた。全くどこから仕入れてくるのか。
その日の内に長行の道場で稽古をすることになり、今日で三日連続、俺は道場で汗を流している。ユメに言われなくても、怠けていたあの頃の自分を殴りたかった。
「ね、甘味処に寄っていこうよ。俺、だんごが食べたい」
道場着の袴姿のまま、ユメが誘う目をする。束ねた長髪が馬のしっぽのように揺れた。
「一人で行け。俺はお役目がある」
奉行所の面子に関わることだから、道場での稽古は大目に見てもらっている。だがそんな顔されても、寄り道してだんごを食ってるわけにはいかねえ。
「えー。だって、腰、ガタガタじゃん」
うっ……。どうしてそう、心にもガタが来るようなことを……。
「あの……兄上? 龍之介お兄様ではございませんか?」
ユメと馬鹿話をしながら大通りを歩いていたら、背後からなにやら呼び止められた。多くの人が行き交う場所だ。聞きなれない名前に、俺は通り過ぎようとした。が、なぜかユメの足がぴくりと止まった。
「どうした? ユメ」
俺は声がした方を振り返った。そこには、武家の娘、可愛らしい小花の、しかも値が張りそうな着物を纏った美しい少女が立っていた。
歳の頃は十五くらいだろうか。侍女を伴っていることからも、位の高い武家の娘であることはうかがえる。その少女は間違いなくユメに声をかけていた。だが、ユメは振り返りもせず、何事もなかったように再び歩を踏み出した。
「あの、お待ちくださいっ」
「おい、ユメ」
もう一度歩みを止めたユメは、肩で大きな息を吐いた。そしてゆっくりと振り向く。
「ああ、やっぱり。龍之介お兄様。お懐かしゅうござい……」
娘はこんな場所で、膝をつこうとする。
「お待ちください。お嬢さん。私はそのような……お嬢さんのような方に呼び止められる者ではございません。人違いです」
「え、そんなはずは……」
付きかけた膝をもう一度持ち上げ、すがるような瞳でユメを見ている。よく見れば、肌の白さも整った顔立ちも、ユメに似てる。
「私は西三河藩、田所由夢之新と申します。まだ若輩者で、人の世話になっている身です。お嬢さんの言う、『龍之介』殿ではございません」
俺は二人の間で何も言うことができず、おろおろしている。毅然として言い放つユメの態度。いつものあいつとは全く違う。
「お嬢様?」
娘の背後で怪訝な顔をしていた侍女が、たまらず声をかけた。
「侍女殿、どうぞお嬢様をお願いします。それでは……」
ユメはさっと頭を下げ、踵を返す。娘が声を出すのも待たず、大股でその場を立ち去ってしまった。
「おい、ユメ、待てよ。あ、それじゃあ、失礼します」
何がどうなってるのかわかんねえ。俺はとりあえず、会釈をして、ユメを追っかけた。
「ユメ、どうしたんだ。あの娘、おまえの……」
ようやく追いついたユメの肩をむんずと掴む。ユメはようやく足を止めた。
「妹さんだろ? おまえが否定しても、あれだけ似てたら……」
「妹だったよっ!」
肩にかけた手を乱暴に振りほどくユメ。その表情は険しく、大きな目には光るものがあった。
つづく




